二足の草鞋を履く、という言葉があるだろう?
“一人の人間が全く別方向の仕事をする”とか、そう言う意味だそうだ。
例えばそうだな……魔法が使える戦士とか。もう少し現実味のある話をするならいろんな出版社で全然ジャンルの違う作品を掲載している漫画家とか。
後は――全く別の方向かっていうとそうじゃないけど、任務を遂行しながら部下を守るなんて、ある意味そうじゃない?
で、ここから何が言いたいかなんだけど。
“二足の草鞋を履く”って、結構難しいことだと思う……少なくとも俺には出来ないね。
事実として今、俺の靴箱には二足の草鞋が入っている。けど、どっちかを履くとどっちかが履けない。だからまあ交互に履くんだけどね。
君らにはそう言う経験ないかい?……あーいや、仕事じゃなくて趣味とかでも良いよ。あっちをやったりこっちをやったり、って。
俺の話を聞きながら、少し思い浮かべてみてよ――
●●●
「オイッ!奴を叩くったって、一体どうするつもりだよ!?」
後部座席のユウヤが身を乗り出してくる、滝のように流れる汗を拭おうともせずに。
俺はそちらに一度視線を送り、すぐに顔を前に向けた。
「落ち着け、あまり騒いでると運転にも支障が出る。
……どうする、シュトロハイム。今の装備、状態でさっきの
サンタナとやらを確実に殺せるか?
この自動車はどのくらい走る?燃費はリッター400メートルくらいか?」
「バァカをぬかすなァッ!そんな高燃費の車がこの世のどこに存在すると言うのだアァーッ!
それにこの大型車だ!そう細かい旋回など出来ん!大通りに出た上でエンジンブレーキをかけねばまともに止まれずドカンだぞォッ」
シュトロハイムには怒鳴り返されたが、状況の判断はこの中の誰よりも的確だろう。間違った事は何一つ言っていない。止まれなくとも加速しなければ問題ないという事か。
しかし、原理が分かろうと自動車に詳しくない俺はサポートに回るほかない。シュトロハイムの左手に握られていた地図を受け取り、現在地から大通りに出る方法を割り出す。
俺たちは今、エリアG-6かF-7あたりにいるのだろうか。速度は先程より緩やかになってきている。もっとも、まだ早々には止まれなさそうではあるが。
となれば次に考えなければならないのはサンタナへの攻撃だ。如何にしてあの生物を殺すべきかをこの場で考えておかねばならない。
俺は後部座席を振り返る。シュトロハイムは運転しながらでも話を聞いて答えを返してくるだろう。
「今の内に武器を出せるようにしておけ。さっき皆でやりとりした支給品だ……シュトロハイム、お前の物もここに出しておくぞ」
緩やかに左カーブを描くタンクローリーの遠心力に振り回されそうになりながら二人がデイパックを開く。もちろん俺もだ。
康一が力を込めてナイフを握る。ユウヤが機関銃を抱え込む。
それを見届けて俺はロープをパンと張り、シュトロハイムに割り当てた武器、チェーンソーとライフルを紙にしまったまま手の届く位置に置いた。
「よォし、用意は良いなお前らアァッ!大通りに出るぞッ!振り落とされるナアァァーーーッ!」
言うが早いか、もぎ取らんばかりの勢いでシュトロハイムがハンドルを切る。ぐん、という衝撃とタイヤが擦れる音が車内に響いた。
頭を振って視線を正面に戻すと数百メートル先にコロッセオが映っていた。流石にあそこに辿り着くまでにはこの車も止まる筈だ。
となればコロッセオ内でサンタナを迎え撃つのが最適か。シュトロハイムを見れば彼の表情にも笑みが見られる。おそらく俺と同じ発想なのだろう。
後部座席からもギリッと歯を食いしばるような音が聞こえてくる。覚悟は出来ているようだ。
よし――
「止 ま る な ッ !」
●●●
「止 ま る な ッ !」
そう言った僕の方を皆が一斉に振り向く。運転しているシュトロハイムさんまで。
「オイオイそりゃどういうこったよ康一ィ!?サンタナの野郎から逃げ切りたい気持ちはわかるが止まらない事にゃあどうしようもないぜ!」
「そうだぞ康一イィィッ!走るのはともかく理由を言えェい!」
「二人の言うとおりだ。コロッセオなら十分に体勢を立て直せる。それともシュトロハイムの言うとおり何か理由が?」
口々に詰め寄る皆に、ひと息ついて僕は答えた。
「今のカーブで姿勢を崩して初めて気がついたんですよ。
……僕の足が食われてる」
キョトンとする、という言葉がどういう状態を指すのか?ってのを僕はタンクローリーの中で見た。まさに今、こういう状況のことだろう。
僕を除く車内の全員が全く理解できていないようだから、もう一度僕から切りだした。
「さっきサンタナを轢いた時、奴の身体の一部がこの車にくっついたんでしょう。
それが今僕の右足にあって、溶けると言うかえぐれると言うか、とにかく……だんだんなくなっていってるんですよ。足が」
「――おのれェサンタナの野郎やってくれやがったナァッ!それはミート・インベイド、憎き肉片だッ!!」
シュトロハイムさんは流石に詳しいのか、そのギャグみたいな技の名を言って、ダンとハンドルに拳を叩きつけた。
「……それが車を止めねぇこととどう関係があるってんだ?」
「そこだよ噴上君。このままだと僕のせいで四人とも全滅してしまう。
ティムさん、さっき渡したロープを」
その一言だけでティムさんは全てを理解してくれたようだ。
「いいのか?確かに俺のスタンドならダメージを受けている部分だけを切り離すことが出来るが……」
「エッ!?ちょっ待てよ!康一お前自分の足ぶった切るつもりかよ!」
驚きを隠そうともせずに噴上君がつかみかかってくる。逆の立場だったら僕だってそうするだろう。
そう、そのつもりなんだよ。確かにいきなりそんなことを言えば驚くさ。でも――
「僕はこれでもスタンド使いで皆の仲間だ!足手まといにはならないぞッ!
ああ、いいさ! いいとも、やってやるとも!
アイツに勝つためなら足の二本や三本かんたんにくれてやるぞーーッ!!」
「……康一よ、お前の覚悟しかと受け取ったぞッ!
ティム、ロープだ。我々が全滅しない内に早くッ」
シュトロハイムさんがそう言ってくれたのを合図に、ティムさんが僕にロープを差し出す。
それを左手で握りしめると、身体がぶつ切りになっていく。右足の付け根が身体から離れた。
僕は窓を開けてナイフを構える。車内に入りこむ強風に煽られる事もなく鮮やかなロープ捌きでティムさんが右足だけを外に出してくれた。
怖くないかと言われれば怖いと答えるだろう。
無人島で自分の足を食って生き延びたコックさんの漫画を見たけど、まさか自分が体験することになるなんて。
でも、僕も男だ。一度くらいは僕の覚悟ってやつを皆に披露してやりたい。
ブツッ、と小さい音を立ててロープが切れた。
痛みはない。自分の肉を直接切った訳じゃあないから当然かもしれない。
だけど……さようなら、僕の右足。
「チクショウ……康一おめぇカッコイイじゃあねーかよ!
シュトロハイム!タンクローリーぶっ飛ばせよッ康一の見せてくれた覚悟を無駄にすんな!
まずは康一の治療だ、いいかゼッテー止まるんじゃあねえぞ!」
「分かっておるわァーーー!サンタナを一度振り切り体勢を立て直すッ!」
噴上君が唾を飛ばしながらシュトロハイムさんに檄を飛ばす。シュトロハイムさんもやる気スイッチが完全にオンになっているみたいだ。
「そうじゃあねぇ!俺が仗助を探すッ!見つけるまでは何があっても止まるな!
そいつに康一の足を治してもらってからでもサンタナ退治は遅くねぇ!」
言うが早いか噴上君はスタンドを足跡状にスライスして車の外に飛ばし始める。
「フフン、いずれにせよ我々がサンタナはじめ柱の男たちを駆逐せねばならんのは変わる事無き事実ッ!
――しかし車を止めないことには攻撃できず、車を動かさないことには治療できずかァッ!なかなかのブラックユーモアじゃあないかッ!
だがここは治療を取るぞッ!万全の状態で彼奴を討たねば康一が披露した誇り高き精神に曇りが残るわアァァッ!!」
「……決まりだな。 康一君、君は自分の身を犠牲にして僕たちを助けてくれた英雄だ。
そのジョースケ君とやらに足を治してもらったら、全員でサンタナを討とうじゃあないか」
ティムさんの言葉を待っていたかのように再びタンクローリーが加速を始めた。
僕には何もできないと思っていた。ヒーローなんかじゃあないと思っていた。なれる訳がないとも思っていた。
でも、なってしまったんだ、ヒーローに。
披露してしまったんだ、僕の覚悟を。ダイアーさんにも、ここにいる皆にも。だから、皆が僕のことを英雄だと呼ぶんだ……
皆が僕の行動を受けて次の方針を立ててくれている。
涙が止まらない。痛みとか恐怖のせいじゃあない。嬉しくて嬉しくて、ぼろぼろと大粒の涙が流れてきた。
ヒーロってものは、一人で孤高に戦う戦士のイメージだ。それなのに皆に助けられて泣きべそをかいている。
そんなふうに思ったら、ちょっとだけ笑えてきた。
●●●
うーん、ちょっと歯切れが悪いけどこの辺で止めよう。さっきの草鞋の話がどうも頭から抜けなくてね……。
タンクローリーを止めてサンタナを倒す、タンクローリーを止めないで仗助を探すっていう全く逆でいて同じ草鞋を履いた皆の状態をちょっとまとめてみるよ。
運転もする、柱の男を殺すという
ルドル・フォン・シュトロハイム。
仲間を探す、主催も倒すという
マウンテン・ティム。
仗助を探す、サンタナを倒すという
噴上裕也。
そして――覚悟を見せながら、足の治療に期待をかけながら、ヒーローでもある広瀬康一。
どのメンツも……まあ全くの別方向ではないにせよ、一気に複数の物事を消化しようとしている。
これって案外、いやかなりすごいことだと思う。
で、最初に言ったけど俺には二足の草鞋は同時に履けない。
ティムは康一を“覚悟を見せ、仲間を守った”ヒーローだって言ってたけど、俺からしてみたら二足の草鞋を履けるだけでも十分に超人、ヒーローなのさ。
君たちはどうだい?あっちの絵を描きながらこっちで音楽を奏で、そっちでは小説も書くなんて出来る?
その話、聞いてみたいな。たまには俺からじゃなくて君たちからも何か話をしてくれよ――
【F-7 コロッセオ南の路上/一日目 黎明】
【暴走列車の乗客たち】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → ???
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小・応急処置済)、錠前による精神ダメージ(小)、右足切断(膝上から。痛み・出血なし)、若干興奮状態
[装備]:琢馬の投げナイフセット
[道具]:
基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
0:右足の治療のために仗助を探す(探してもらう)
1:サンタナを倒す
2:やってやるぞ!見せてやるぞ!僕の覚悟!
3:なってしまった、ヒーローに……
【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOと
カーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:健康。タンクローリー運転中。
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0、ローパーのチェーンソー、
ドルドのライフル(残弾数は以降の書き手さんにお任せします)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
0:タンクローリーを走らせ続ける
1:サンタナを殺す
2:康一の誇り高い覚悟!俺は敬意を表する!
3:各施設を回り、協力者を集める(
東方仗助が最優先)
【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:
ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:健康
[装備]:
ポコロコの投げ縄(数十センチ切断。残り長さ約二十メートル程度)
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0:サンタナを倒す
1:まずは東方仗助の捜索
2:方針1とほぼ同時に各施設を回り、協力者を集める
【噴上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:健康、スタンドを行使中(仗助捜索のため)
[装備]:トンプソン機関銃(残弾数は以降の書き手さんにお任せします)
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
0:仗助(のにおい)を探して協力を仰ぐ
1:各施設を回り、協力者を集める
2:サンタナを倒す
3:康一のカッコよさにシビれる!憧れる!……?
【備考】
タンクローリーの移動経路:F-5→G-6→G-7→F-7と大通り(地図に表記されている道)を通り、現在は正面にコロッセオを見る形で走っています。
今後のルートは次回以降の書き手さんにお任せします。
また、故障個所はブレーキだけのようで、アクセルを離していれば自然と止まること自体は出来るようです。
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最終更新:2012年07月19日 22:42