(ひいいいい とんでもねえ! とんでもねえよ!!)

ゲーム開始以降、二度目の気絶から目を覚まし、二度目の『気絶したフリ』を継続中の、名実ともに小さい男、小林玉美
トリッシュらからひたすら"変態"と呼ばれ続けていた彼は、現在窮地に陥っていた。

(なんだよコレぇぇぇぇ!! いつの間にか気絶させられていて、目が覚めたらいきなり目の前でガチバトルおっぱじまってるなんてよォ!!
オレは関係ねえ! 関係ないからここから逃がしてくれぇ!!!)

ニワトリ大の小型恐竜にお尻をかまれて恐竜化した玉美。
彼は、自分が恐竜の姿にされていたことすらも気が付いていなかった。
トリッシュとブチャラティにボコボコにされ、恐竜化を解除させられ、それでも何とか目を覚ました彼だったが、目の前で行われている死闘に身体が硬直してしまっていた。

走って逃げることは、おそらく不可能ではない。
恐竜化していた際に防御力も強化されていたようで、身体に受けたダメージは致命的なものではないようだ。
だが、恐怖で身体がすくんでしまい、動けない。

バトル・ロワイアルという殺人ゲームが開始されて6時間。
けっこう呑気してた玉美も暴走する機関車だろうと止められる氷スタンドにはさすがにビビっていた。



ドン! ドン!



銃声が聞こえて、さらに冷や汗をかく玉美。
薄目を開けて様子を伺うと、しゃがみ込んだトリッシュが拳銃を構えて恐竜と応戦していた。

恐竜―――
こっちはこっちで、戦えそうも、逃げられそうもそうもない。

小林玉美も一応スタンド使いなのだが、能力は罪悪感を感じた相手の動きを封じるのが精一杯。
殺人を生業としている暗殺者と、本能だけで生きる獣が相手では、能力の発動すら期待できないだろう。


(せめて…… せめてブチャラティたちがなんとか勝ちますように)


結局、そう願うしかできない玉美だった。






☆ ☆ ☆





おかしい。

少し前から、俺はそう思い始めていた。
Dioが変身している恐竜は、捕食をする肉食タイプの恐竜だ。
生物学には詳しくはないが、狩猟をする動物というのはたいてい、時速数十キロで平原を走り回るものだ。

俺はまだDioの姿を『見失っていない』。
曲がり角を曲がっても、奴の姿はまだ視界に捕えられている。


それがどう考えても"おかしい"。


Dioは初めから、俺から逃げ切るつもりはないのではないか。
そんな気がしていた。







「ここは……?」

数分間の鬼ごっこの末、やっと地上にたどり着いた場所は奇妙な庭園だった。
カラフルに彩色された不気味な動物たちの像の飾られている。

このあたりの地図は大体暗記している。
コロッセオ地下遺跡からの距離を考えると、この場所がどこだがだいたい見当がつく。

「タイガーバームガーデン…… とかいう場所か」

こんなふざけた景色はローマにはない。
とすれば、ここはトウモロコシ畑と同様に大統領が用意した、切り取られた世界の一部なのだろう。
そして、自分の見上げる目の前の背の高い像の頭の上から、黒いマントを身にまとった金髪の男が俺を見下ろしていた。


「Dio……」
「フン、ウェカピポ。久しぶりだな」


久しぶり……か。
奴のことを知識として知ってはいたが、直接出会うのはこれが初めてだ。

やはりルーシーの言うとおり、俺とこの男とでは認識が違う。
俺より未来のDioか、もしくは別の世界のDio。

ルーシー本人の姿は見えない。


「彼女をどこへやった?」

「この近くで眠らせてある。まずはお前と2人きりで話そうと思ってな」


やはり――――――。
Dioは俺から逃げ切るつもりなど毛頭なかったのだ。

タイガーバームガーデン。
立体的な構造をしており、身体的能力に秀でた恐竜の戦闘に向いていると言える。
ヤツを追いかけているつもりが、逆にヤツ好みの戦場に誘い込まれていたってわけか。

「なあ、ウェカピポ。お前は今、何のために生きている? 今ここにいるお前は、何故俺とこうして会話をしている?
ルーシー・スティールなんていう出会って間もない小娘のために命を懸けるのか? 死を覚悟してまで、あんな小娘のために俺に立ち向かう必要はないだろう。
別の世界のお前はもっと利口だったぞ? 一時的にとはいえ、俺と組んで大統領と戦ったのだからな」

その言葉に、ピクリと心が揺れる。
大統領と戦った、というのは初耳だった。
俺がジャイロたちと手を結び、ルーシーの護衛を引き受けたのは確かだ。
だが、俺はまだ大統領に表立って牙を剥けたことはない。

大統領に刃向えば、俺の居場所はこの地球上から永遠に無くなってしまう。
いや、もともと最初っからそんな場所なんて無かったのかもしれない。

「あの『氷のスタンド使い』ギアッチョ。あいつはダメだ。強力な使い手ではあるが、頭が悪く使いづらい。あんな野郎といつまでも組み続けるつもりはない。
だが、お前は違う。お前の鉄球の技術、冷静な判断力、大統領に立ち向かう姿勢。どこをとっても悪くはない」

Dioが高みより、俺に語りかける。
先ほどまで身に着けていなかった黒いマントが、彼に一層の存在感を演出している。
まるで、どこかの『帝王』にでもなったかのようだ。
そして、俺の方へ手を差し伸べて、ぬけぬけとこう言った。

「もう一度、俺と手を組まないか? ウェカピポ」


別の世界の俺が大統領に立ち向かい、どんな結末を迎えたかはわからない。
だが、想像はつく。
大統領に勝利した世界のルーシー・スティールは、俺のことを何一つ知らなかった。
それはつまり、無事ではいられなかったという事。
彼女との出会いを果たす前に、俺は戦いの中のどこかで命を落としたのだろう。
「ルーシー・スティール」か。一度も会った事のなかった少女のために、国を敵に回し、その結果くたばってしまうのか。

だが、ま、それもいいだろう。


「大統領を倒す、というところまでは賛成だ。だがな、Dio――――――」

そこで一度、言葉を切る。
そして鉄球をDioに向けてかざし、強い言葉で言い放つ。

「貴様とは組めんッ!! Dio―――!! そのちっぽけな少女を、『ルーシー・スティール』を自分の利益のためだけに襲い、てめーの都合だけで利用しようとしている貴様

とはなッ!!」

ブチャラティから受け継いだ、黄金の精神。
ルーシーの胸に秘められた、気高き覚悟。
そして、トリッシュに教えてもらった、立ち向かう勇気。

俺は、もうひとりじゃない。
俺の帰る場所はここにあった。


俺はここでDioと戦い、ルーシー・スティールを救い出す。


「フン、ならばしょうがない………」

マントを翻し、Dioは不敵に笑う。
元々、本気で組むつもりなど無かったのだろう。



「死ぬしかないな、ウェカピポッ!!」



別の世界の俺がどうなったかなど関係ない。

俺は俺だ。

『ルーシー・スティール』はこのオレの手で助け出す。




これで、俺の気分も結構、清らかだ。






☆ ☆ ☆




「『ホワイト・アルバム』ッ!!」

氷のスーツを纏ったギアッチョの攻撃がブチャラティを襲う。
ブチャラティは『スタンド』の脚力と、このコロッセオ地下遺跡内部に数多く存在する大理石の柱を利用してギアッチョの攻撃から逃げ続けていた。

触れたところを瞬時に凍らせるスタンドに対し、防御は意味をなさない。
防御したところから凍らせる敵の攻撃は、すべて回避する必要がある。
多少やりづらくはあるが、『ホワイト・アルバム』自体のスピードは大して速くないため、逃げ続けるだけなら不可能ではなかった。

「ブチャラティッ!! てめえ戦う気あんのかッ!!」

柱にジッパーを取り付け、それを閉じることで天井方向へ逃れたブチャラティ。
そのブチャラティに対してギアッチョが怒鳴る。
ブチャラティに戦意が無いわけではないが、攻めあぐんでいることは確かだ。

『スティッキィ・フィンガーズ』は打撃が中心のスタンド能力。
攻撃するためには、敵を自分の射程距離内まで近づけさせなければならない。
だが、動くものすべてを凍らせる『ホワイト・アルバム』に近づいては、こちらもただでは済まない。
そして『ホワイト・アルバム』の強度はスタンドの中でも随一の硬さを持つ。並みの打撃では、ヒビひとつ入れられない。

『策』がないわけではない。
非常に単純かつ、効果的な『策』がある。
だが、それはブチャラティにとっても命がけ。
良くて相打ちという危険な『策』だった。


ブチャラティはチラリとトリッシュたちの様子を伺う。
トリッシュは今、ウェカピポに渡された拳銃を用いてンドゥール恐竜と交戦していた。



「くそっ! くそォっ! 当たれぇっ!!」


ンドゥール恐竜は弾丸をかわせるギリギリの距離を保ち、トリッシュからの弾丸を回避していた。
あの銃は軍用のもので、彼女が扱うには少し大きすぎる。
それ以前に、ミスタ並みの射撃センスがあれば動きを先読みして当てることもできるだろうが、トリッシュは銃なんか握ったこともない普通の女の子だ。

『スパイス・ガール』の格闘にしてもそうだ。
俺やジョルノ並みの格闘センスがあれば恐竜とも渡り合えるだろうが、トリッシュには決定的に『経験』が足りない。
いかに強力な打撃でも、当たらなければ意味がないのだ。
自分でもそれをわかっているからこそ、トリッシュもスタンドではなく銃を取り出したのだろう。
だがそれでも、恐竜を傍に近づけないようにすることが精いっぱいだ。

トリッシュの持っている銃は予備を合わせても30発強……
それを撃ち尽くしてしまったら、トリッシュに勝ち目はない。



「オレを相手にして余所見とは、いい度胸だなあブチャラティ!!」

ブチャラティは、ふと気が付いた。
ギアッチョから視線を逸らしたのは一瞬であったが、その僅かな隙に、石柱に触れていたブチャラティの左腕と両脚は凍らされ、固定されていた。
いや、違う。ブチャラティが掴まっていた大理石の石柱自体が、すべて一瞬のうちに凍らさたのだ。

(何ッ!! 話には聞いていたが、なんという威力!! 想像以上に、冷凍化の速度が速い!!)

「今度は全身凍らせて、オブジェにして博物館に飾ってやるぜェェェェ!!!!」

キレたギアッチョの拳が凍らされた柱を破壊しはじめる。
柱上部に固定されたブチャラティの身体を叩き落とすつもりだ。

(くそッ! やはりギアッチョだ。まずはこいつを何とかしなければならない。それも相打ちでは、トリッシュがあの恐竜にやられてしまう。何か、他に『策』は―――)

ジョルノとミスタから元の世界でギアッチョを倒したときの話は聞いているが、あれは色々な偶然が重なったから可能となった辛勝である。
ミスタ自身も死に掛け、ジョルノの能力がなければ相打ちだっただろう。
打撃の能力では、ギアッチョとは渡り合えない。

奴に有効なのは、おそらく『爆弾』や『火炎』。
そんな能力のスタンドならば、ギアッチョの氷を止めることができるかもしれないが………



(まてよ…… 『爆弾』―――――)

「一か八か、やってみるか―――」



『スティッキィ・フィンガーズ』

ギアッチョが柱を完全に破壊し叩き落とされる前に、ブチャラティは柱の上から飛び降りた。
柱に固定された『左腕』と『両脚』はジッパーで切り離し、捨ててきた。
右腕のみを残したブチャラティは受け身すら満足に取ることは叶わず、石造りの地面に投げ出される。
そんな無様な姿になってまで逃れたブチャラティを、ギアッチョがさらに追撃を掛ける。

「それで逃げたつもりかブチャラティ!! ダルマになってオレに勝てると思ってんのかァ!?」

「開けッ ジッパ―――――――――ッ!!!」

地面に取り付けられたジッパーに掴まり、ブチャラティの身体は地面を引きずられるように疾走する。
ジッパーは地面に裂け目を生み出しながら、ブチャラティはギアッチョから逃げ去った。
そしてその向かう先は、トリッシュの銃撃を避け続けているンドゥール恐竜。

(なるほどなァ! ジッパーにはそんな使い方もあんのか! 先に恐竜の方を叩いてから、トリッシュと2人がかりでオレと戦うって算段か…… だがなァ)

「甘いんだよブチャラティ!! 飛び回ってならともかく、『直線』に逃げるのは『失敗』だぜッ!? オレの『ホワイト・アルバム』からはなァ!!」

ギアッチョの足元にブレード状のスケート板が出現する。
これを履いたギアッチョは、凍らせた大地を時速数十キロで駆け抜ける。
ブチャラティからンドゥール恐竜までの距離はおよそ10メートル。
彼が恐竜にたどり着く前に、追いつき仕留めるのは容易い事!!



「終わりだブチャラティ!!」


逃れたブチャラティを追って地面を滑走するギアッチョ。
だが突如、そのギアッチョの目の前に巨大な金属の塊が出現した!

(何ィ!! なんだこれは!! 自動車かッ!?)

そう。それは、ブチャラティがこの地下にたどり着くまでに利用していた自動車。
コロッセオ地下遺跡を訪れてからは、情報交換の間、目立たないように地面にジッパーを開け、地中に隠していたのだ。


「グハッ―――!」


突然現れた金属の大質量に、自らスピードを出していたギアッチョは溜まらず激突、クラッシュする。
スピードがついていた分、思い切り叩き付けられ『強烈なキス』を自動車さんと交わすことになってしまった。

「クソがッ!! なめたマネしやがって………」

ぶつけられひっくり返った自動車のそばで、ギアッチョが身を起こす。
ブチャラティが地面のジッパーを開いたのは、ギアッチョから逃げるため"だけ"ではなかった。
当然追ってくるであろうギアッチョに、地中に隠していた自動車の体当たりをぶつけるため。




「トリッシュ!! ギアッチョを撃て!!!」


すかさず、ブチャラティの声が聞こえてくる。
ブチャラティはすでにンドゥール恐竜の元にたどり着き、奴との格闘を始めていた。

(オレを撃てだと? 馬鹿め、オレに銃弾なんぞが通じるとでも思っているのか?
装甲で弾いてやってもいいが面倒だ。『ジェントリー・ウィープス』で弾き返してトリッシュを仕留めてやる。
それに、いくらブチャラティといえ、右腕だけで恐竜と戦えるわけがない。ブチャラティの野郎め、ヤキが回ったか?)

トリッシュはブチャラティに従い、ギアッチョに向かって拳銃を撃った。
だが弾はギアッチョの体を大きく逸れ、彼の背後へ。


(バカが! どこを狙って――――――)


瞬間、ギアッチョは悟った。

トリッシュの狙いはギアッチョ自身ではなかった。
ギアッチョのすぐ後ろ、クラッシュさせられた自動車の燃料が漏れている!!
いや、ガソリンタンクがジッパーで穴を開けられている――――ッ!!

地中に隠していた自動車を出現させたのは、ギアッチョに体当たりをぶつけるため"だけ"ではなかった。

トリッシュの撃った弾丸の火花が、自動車から漏れ出たガソリンに引火する。





「――――あの野郎ォ!!!」



すさまじい爆音が響く。

ギアッチョのすぐそばで自動車が大爆発を起こし、大地を揺らす。





「ぐおッ!」

至近距離にいたギアッチョは思い切り爆発に飲まれる。





「きゃあっ」

トリッシュは小さく悲鳴を上げ、耳をふさぐ。






そしてブチャラティは――――――

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ――――」

ギアッチョに見向きもしないまま、ンドゥール恐竜にスタンドのラッシュを叩き込んでいた。



「ギャバァァァァァァァァッ!!」



ギアッチョによる見立ては、ある意味で正しかった。
左腕と両脚を失った状態では、いくら百戦錬磨のブチャラティとはいえ恐竜とまともに戦うことなどできるわけがない。
その上、この盲目の恐竜には死角からの鉄球を回避し、左半身失調を物ともせず、弾丸すら容易に避ける反射神経と身体能力があった。

だがそれも、『まともに耳が使えていたら』の話だ。
ギアッチョを巻き込んで大爆発を起こした自動車の爆音は、同時にンドゥール恐竜の聴覚を奪っていた。
音の反響し合う地下の遺跡での爆発は、反響し合いとてつもない大音量となる。
通常より聴覚の発達したこの恐竜には、とんでもないダメージとなる。

聴力以外に頼る物がないこの恐竜にとっては、それはすべての感覚を奪われるに等しい。


「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)」


そうなってしまえば、あとは右腕一本でも事は足りた。
『スティッキィ・フィンガーズ』の能力によってバラバラにされた恐竜は、やがて沈黙し人間の姿へと戻る。


ブチャラティやトリッシュは知らぬ顔だが、死んでなおも利用され続けた誇り高い盲目の戦士は、今やっと永遠の眠りにつくことができた。


(とっさに思いついた作戦だったが、意外とうまくいくもんだ……)

両脚のないブチャラティは立ち上がることもできない。
失った左腕からも、少しずつ出血が始まっていた。

「ブチャラティ!!」

トリッシュがブチャラティに駆け寄る。

「しっかりしてっ! 私たちが勝ったのよ!!」






☆ ☆ ☆





「ウバシャァァァアア!!」




戦いの開幕と同時に、ディエゴ・ブランドーは地面を蹴って像から飛び降りた。
目の前真下のウェカピポ目がけて最短距離である斜方投げ下ろしの軌道。

ウェカピポは舌を打ちつつ、バックステップで距離を開ける。
玉美やンドゥールの恐竜のように馬鹿みたいに飛び上がってくれれば――― 『放物線の軌道』ならば、その軌道の線に鉄球の軌道を乗せるだけで片が付いた。
さすがというよりは当然の事かもしれないが、見た目は恐竜のDioの動きは『動物のそれ』ではなく、戦術を立て理論的に動く『人間』の戦闘スタイルだった。

牙を剥きウェカピポに迫るDio。
ウェカピポは懐に仕舞い込んだ『武器』を取り出し、素早くDioに投げつける。



(見切ったッ!!)


着地と同時に身体を低く沈ませ、鉄球を回避するDio。
遺跡内のウェカピポの戦いぶりから察するに、彼が鉄球を一つしか持っていないことは推測していた。
つまりこの一球目さえ回避してしまえば、ウェカピポには勝機はない。

小さくしゃがんだ体勢から、柔軟なバネへと進化した肉食恐竜の後ろ脚で踏み切り、ウェカピポに飛び掛かる。

鉄球を失って隙だらけ。
いわば丸腰になったウェカピポはもはや、鷹の前の雀も同然――――

この勝負、一瞬で決まった。



(――――いやまて、何か妙だ!)


Dioの知るウェカピポは、もっと思慮深い男だった。
何事にも謙虚に振る舞い、決して油断せず、敵に対しても常に敬意をもって戦い、そしてここぞというときには一切の容赦をしない。

ウェカピポの持つ武器が鉄球一発だとすると、勝負は彼の攻撃を"Dioが回避することができるか否か"―――この一点に掛かっていた。
それが勝負の分かれ目だろうと覚悟していたからこそDioは攻撃を避けることができたが、問題はその『タイミングが早すぎる』ことだ。

戦いが始まって、まだ第一ラウンドのゴング直後。
ウェカピポは、一発しかない鉄球をこのタイミングで放って来るような男ではない。

これではまるでマジェント・マジェントの戦闘。
ウェカピポなら…… ウェカピポならば、この攻撃の裏に『何か』がある。


この間、わずかコンマ1秒ッ―――!



「クアッ―――!!」



急ブレーキ! アンド、バック宙。

Dioは攻撃を即座に止め、ただちに退避を選択した。
そのDioの後を追うように、ウェカピポから放たれる『二球目の鉄球』。
鉄球はDioの鼻先を掠め、小さな擦り傷を残していった。
あと一瞬、回避が遅れていれば恐竜となったDioの顔はつぶれたカエルのようにグチャグチャにされていただろう。

だがまだ終わりじゃあない。
後ろに着地したDioの側部から、『一発目に投げた鉄球』が大きく弧を描きながら遠心力を付けて迫りくる。


「――――ッ!!」

「チッ!」


身体を逸らして間一髪これも逃げる。


「………くそっ!」

「フンッ!」

二発目の鉄球も弧を描いて戻ってくる。
Dioは溜まらず跳躍して逃げる。虎の像の頭を蹴り、ここらで一番背の高い龍の像の頭の上へ。

ここまでくれば、ウェカピポの円軌道を描く鉄球の攻撃範囲からは離れる。
そう。早くもこのとき既に、Dioはウェカピポの隠し持っていた武器の正体を見極めていた。


ウェカピポの投げた2つの鉄球は、遺跡内で用いていた鉄球とは別の武器だ。


一度投げた後も、円の軌道を描いて横から襲ってくる。
太陽のようにウェカピポを中心に置き、惑星のように一定距離で公転をする鉄球。
遠心力という力までつけて何度でも攻撃可能。
ただしその代り、その鉄球は『公転』は出来ても『自転』は出来ない。

すなわち、『黄金の回転』も『左半身失調』も起こりえない。
なぜならワイヤーで繋がれた特殊な鉄球だからである。

いや、正確にはそれは鉄球ではない。
正しくは『アメリカン・クラッカー』と呼ばれる代物だ。

鉄球に取り付けたベアリングの弾と同様、情報交換の際にブチャラティから譲り受けたもの。
もっとも、こちらはゲーム開始直後にルーシーに襲い掛かった屍生人『ジャック・ザ・リパー』に支給され、その後ブチャラティの手を経てウェカピポの手に渡ったものだ。

普通の鉄球とは違い綺麗に回転しないため、『技』としての威力は当然落ちる。
だが、ヨーヨーのようにワイアーで結ばれているため、振り回しても手元から離れていくことはない。
性質としては、モーニングスターに近い武器である。


「フム、ワイヤー付きか。なかなか面白い武器を使うな。俺の世界のウェカピポは、そんな武器は持っていなかったが」
「だろうな――― 俺も使うのは初めてだ」


皮肉めいたDioの口調に、淡々と答えるウェカピポ。だが、内心は苛立っていた。
できれば、最初の攻防で仕留めておきたかったのが本音だ。
Dioの前で、まだ一度も使用していなかった2丁のアメリカン・クラッカーを隠し持ち、初披露で仕留めてしまいたかった。
鉄球が一発しかないことがばれていたのも薄々感じてはいたが、他にも武器を隠し持っていたことまでは知られていなかったはずだ。

2発目のクラッカーは直撃まであと一息だった。
どこかで隠し持っていたことが感づかれるような仕草を見せてしまったのかと自問するウェカピポ。

だが、これは不運な奇跡だったとしか言いようがない。
ゲームの支配者による気まぐれ、すなわち参戦時系列の差。

ウェカピポはDioのことをあまり知らず、そしてDioはウェカピポという人間のことをある程度まで把握していた。
どうして隠し武器の事がバレたのかと質問されるとしたら、その前情報と経験の差であるとしか答えようがないだろう。
もし、Dioがウェカピポという人間と初対面であったとしたら、彼はこの時すでに地に伏せられていたかもしれない。


「――――――くっ」


バレてしまっては仕方がない。
ウェカピポの手元にはもう隠し玉はない。

ブルンブルンとアメリカン・クラッカーを振り回し、ウェカピポは自分の周囲に壁を作る。
まるでドラゴンへの道のブルース・リーが操るヌンチャクのように、近づくものに反応して打撃を与える防御壁だ。
これだけ振り回されては、攻撃速度だけは恐竜のそれを上回る。
幸いこの武器の性質は、鉄球との共通点も多く扱いやすかった。
それが2対。振り回すだけでも、ディエゴはウェカピポに近づけないでいた。




「ホウ。初めて使うという割には大した腕前だな。護衛官の職を追われても、大道芸人にでもなれば食い扶ちくらいは稼げるんじゃあないか?」
「……その無駄口がいつまで続くか、楽しみだ」


とは言え不意打ちが失敗した今、『自転』の無いクラッカーの攻撃は決め手とはならない。
分厚い皮膚で覆われた『スケアリー・モンスターズ』に対抗できるのは、やはり『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』だけだ。
アメリカン・クラッカーはあくまでDioの隙を生み出すための小細工。
ウェカピポの戦いは、如何にしてDioの脳天に『鉄球の回転』を叩き込むかにかかっている。


「フフフ…… 確かにその通りだ。少々貴様の力を侮っていたぞ。これからは俺も『謙虚』に振舞おう。
貴様をはっきり敵と認め、いかなる手段を用いてでも確実に殺す事とする」



その言葉を合図として、ウェカピポの背後、虎と鷹の像の後ろからそれぞれ2体の恐竜が姿を見せた。
どちらも、Dioが変身するのと同じドロマエオサウルス科の肉食恐竜。
全長は4メートルほどの中型恐竜で、後肢に付いたナイフのように鋭く湾曲した鉤爪が特徴的である。



「ケェェェイイィィィィィ!!!」
「ブルルァァァァァァァ!!!」



甲高い叫び声と低い唸り声で威嚇をする2体の恐竜たち。
正面のDioも再び変身し、ウェカピポは3体の肉食恐竜の中心でまさに四面楚歌だった。


(クソッ 新手の恐竜か――― 血まみれの服を着ていることから、奴らもこのゲームで死亡した元人間の参加者だろう。
死んだ人間を『ゾンビ』のように蘇らせ、支配する――― 悪趣味な黒いマントも相まって、Dioはまるで『ドラキュラ』か『吸血鬼』のようだ!
いや、恐竜は日中でも這い回る実在したモンスターである点で『吸血鬼』よりもタチが悪い)


Dioの能力はウェカピポの想像以上に厄介だった。
このバトル・ロワイアルという殺し合いゲームの盤上では、Dioの配下はほとんど際限なく増やすことができる。
そして、Dioが最も好みとするこのタイプの恐竜は群れで狩りをする習性を持つ地上のハンターだ。
数が増えれば増えるほど、強力かつ危険な存在となる。


(ルーシーの救出も大切だが、それ以上にこのDioは危険だ。ゲームが進むにつれ、奴の配下の恐竜は増えていく。
放置していたら、奴の恐竜軍団はどんどん強化され、どんどん手を付けられなくなる。今、この段階で確実に倒しておかねばならない!)


2つのアメリカン・クラッカーを振り回すウェカピポ。
リーダーであるDioを含む3体の恐竜たちがその周囲を飛び回り、攻撃の機会を伺っていた。

Dioの策略にハメられて、ウェカピポたちの戦力は分散させられてしまった。
一方のDioは能力で恐竜たちを生み出して3対1。

この場面だけを切りとって見た人は、Dioを卑怯者だと思うかもしれない。
もしくは、群れなければ戦うこともできない臆病者かと。


Dioにプライドはないのか?
―――いや、そうじゃあない。

これこそがDioのプライドだ。



貧しい過去―――過酷な少年時代を送ってきたDioにとって、『勝者』となることは何より重い。

"ゲームの勝者" "ケンカの勝者" "競走の勝者" "決闘の勝者" ―――そして"人生の勝者"。

何ごとにおいても『敗北』は許されない。

欲しい物を手に入れるためならばババアとだって結婚する。
使えるものならば、たとえ便所のネズミの糞だろうが利用する。
地べたを這いずり回って惨めな思いをしてでも、勝利をつかみ取る。
『過程』に拘らず、『勝利』という『結果』のためならばどんな手段だって用いる。

それがDioの人生哲学なのだ。


対するウェカピポは、現在、圧倒的に不利な状況。

武器の少ないウェカピポにとって、ひとりで複数の敵と戦うのは分が悪すぎる。
それも、親玉であるDioへは、クラッカーの攻撃ではおそらく力不足。
奴には確実に鉄球の回転を食らわせてやる必要がある。

(とはいえ、配下の2体も無視するわけにはいかないが―――)

奴らはおそらく3体同時に攻撃してくる。
アメリカン・クラッカーで同時に攻撃できるのは2体まで。
仕留めると同時にクラッカーを捨て、鉄球を取り出し最後の1体を仕留める。
そしてその最後の1体をDioにしなければならない。

そう、クラッカーを手放し、鉄球も使う。
つまり、1体でも仕留め損ねると恐竜の牙がウェカピポを喰い殺すということだ。

(まったく、無茶な注文だな)

一応気を付けねばならないのは、4体目の恐竜がどこかに潜んでいないかということだ。
Dioの事だ、充分あり得る。
だが、たとえ恐竜の移動速度が尋常でないにしても、奴らに遠距離の攻撃手段はない。
気配を察知できる距離に感じ取れないのならば、心配する必要はないかもしれないが。


ウェカピポは覚悟を決めた。
勝負は、恐竜たちが攻撃を始めた瞬間に決まる。






「いくぞ…… ウェカピポ」



言葉を吐くと同時に、Dioがマントを脱ぎ捨て、ウェカピポに投げつける。
真っ黒なマントの影が目の前に広がり、ウェカピポの視界が一瞬遮られる。


「クソッ――― 姑息な手を―――――!?」

マントを上空へ弾き飛ばしたウェカピポ。
彼が目に捕えたのは、3体の『同型』の恐竜たち。

目くらましのためではない!
マントを脱ぎ捨てたのは、ウェカピポから自分を隠すためだった。
ウェカピポは無意識のうちに、マントの有無でDioと手下の恐竜の見分けをつけていた。
それを脱ぎ捨てられた瞬間、3体の肉食恐竜の個体を見分けることは至難の業となる。



(クソッ――― どいつがDioだ?)




この世界に連れて来られる直前、とある汽車の中でDioは大統領と戦った。
今度はDioが、大統領の立場になって再現した。
あの時、Dioは3人の大統領を相手に戦い、3人すべてを『即死』させる必要があった。
今回のウェカピポは、あの時のDioより過酷だ。

ウェカピポは、3体の恐竜のうち『どいつがDioかを見定め』、その上で『全員倒す』必要があった。
それも、武器も攻撃回数も限られた状況でだ。



「WRYYYYYYYYYYY!!!」


3体の恐竜が、同時にウェカピポへと襲い掛かった。
ウェカピポは―――




ドゴドゴォォ――――――ン




「ゲイイィィィィィ――――ン!!」
「ブラァァァァァァ―――――――――ッ!!!」



冷静に、かつ確実に、Dioの配下の恐竜2体にアメリカン・クラッカーを叩き込んでいた。


「何ッ!?」


(Dio―――――― お前は大きなミスを犯した)


マントを捨てても、一つだけ残っていたものがあった。
それは、最初の攻撃で2発目のアメリカン・クラッカーがDioの鼻先を掠めてできた『小さな傷』だ。
戦いにも、何も影響を及ぼさないであろう小さな傷。
それがDioと他の恐竜を見極める、唯一にして最高の手掛かりとなった。


アメリカン・クラッカーをまともにぶつけられた2体の恐竜は戦闘不能となり、人間の姿へと戻った。
そんな彼らに見向きもせず、ウェカピポはクラッカーからすばやく手を放し、捨てる。
そしてすかさず鉄球を取り出し、手のひらの上で高速回転。

たった一発の、そして強力な鉄球の回転。
まだ"行ける"間合いだった。
それどころか、外しようも避けようもない絶好の距離。


(とどめだ、Dio――――――)












ザクリ――――――



ウェカピポの首を、獰猛な恐竜の顎が噛み砕いた。



「ドノヴァァァァァァァ―――――ッ!!!」







「な゛――――――――」

(バカな―――――― 何が起こった?)


身体の力が一気に抜けていく。
恐竜の馬鹿力に負け、地面に叩き付けられた。
鉄球は、もう手元にはない。
攻撃されると同時に、落としてしまった。


「正直、ここまで手こずるとは思っていなかったぞウェカピポ。俺の世界のお前よりはよっぽど強敵だった、誉めてやろう」


(Dio――――? いや違う、奴じゃあない。奴はすでに恐竜化を解き、俺の目の前で笑っている。
それに、攻撃はあさっての方向から受けた――― 奴じゃあない)

恐竜がウェカピポの腕を喰いちぎった。
すさまじい激痛に叫び声をあげるウェカピポ。
そしてようやく、その存在に気が付いた。



「ハァ…… ハァ…… もう一体……… 別の、恐竜が――――――?」

「簡単に言えば、そういう事だ。それまでの行動はすべてブラフ。お前が倒した2体も、そして"俺自身"も囮だったというワケだ」


(バカな―――――― 4体目の恐竜は予想外の存在ではない。あり得ることだと、しっかり『警戒していた』のだ―――ッ!
にも関わらず、接近に―――いや、『噛みつかれるまで存在を一切関知できなかった』―――― そんなことが――――――)

そもそも、こいつはどこから現れたのだ。
ここは庭園の中でも、ある程度開けた場所に位置する。
近づけば、必ずわかるはずなのに……

そんな考えを巡らせるウェカピポの頭上へ、Dioの脱ぎ捨てた黒いマントが風に舞いながら落下してきた。

「まさか――――――」

「ご明察。そいつはずっと"俺のマントの中にいた"ッ!!」



(バカな――――――ッ!!)


タイガーバームガーデンに着いて以降、Dioが四六時中翻していた目障りなマント。
『あの中』に、今までずっと隠れていただと?
ウェカピポがアメリカン・クラッカーで連続攻撃を仕掛け、それを間一髪で回避し続けた時も。
そして投げ捨てられ、ウェカピポがそれを弾き飛ばした時も。
ウェカピポに一切、その気配すら悟らせないまま。

(そんなこと――― できるワケが―――ッ)

「こいつは特殊な経歴の持ち主でな。人間だったころの名は『ドノヴァン』。軍人で、コマンドー部隊の所属だったそうだ。
特技は、砂漠の上でも足跡を付けずに歩くことができるらしい。また、野生のコウモリにさえ気づかれずに近づくことができるそうだ。
それも、『人間』の時からな。身体能力がすべて向上する『恐竜』となったとき、こいつの存在はまるでステルスの迷彩だ。気配を感じ取れるものなどいない」

マントを着ていたのは、ドノヴァンを隠すため。
マントを脱ぎ捨てたのは、気づかれぬようにドノヴァンをウェカピポに近づけるため。
3体の恐竜の見分けを付けさせなくさせたのも、意識を散漫とさせてウェカピポの注意をドノヴァンから遠ざけるため。



(ルーシー…… ブチャラティ……… トリッシュ――――――)


「話は終わりだ。ところで、さっき俺は『俺の世界のお前より強敵だった』と言ったが、『成し遂げた事』はここにいるお前の方がはるかに少ないぞ」

Dioが指先を尖らせる。
完全な恐竜化ではなく、半恐竜化。

「前のお前は、大統領のスタンドを見極めるのに大いに役立ってくれた。本当に感謝している。
俺が今こうして生きているのも、お前のおかげなんだからな」

強化されたDioのナイフのような爪が、ウェカピポの頭に振り下ろされる。

「だが、『お前』は何もしていない。ルーシー・スティールも助けられず、俺にも手も足も出ずに完敗した。
前のお前が、"俺を助けるため"にアメリカ大陸に来たのだとすると――――――」

ウェカピポにまっすぐな『線』が引かれる。
深く抉られた心臓へ向かう傷口が、大量の出血を起こした。


(すまない―――――)



「『お前』は、"特に理由もなく"このゲームに参加させられ、そして最期まで"何もできないまま"死んでしまうということかな?」

返事は、帰ってこない。
なぜなら、ウェカピポには話すことも、身体を動かすことも、考えることすら二度とできないのだから。








【ウェカピポ 死亡】

【残り 69人】




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最終更新:2012年12月07日 23:56