生き残りたい
まだ生きていたい

君を愛している

本気のココロ見せつけるまで
私 眠らない











☆ ☆ ☆




「あったわブチャラティ! 貴方の左腕と両脚よ!」

意識の朦朧とするブチャラティに代わり、戦闘中に捨ててきた彼の手足を拾い集める。
あの自動車の爆発は凄かったけれど、この手足が巻き込まれていなかったのは幸運だった。
元通りにとは行かないかもしれないけど、ある程度動けるようにはなるはず。
ジョルノがいれば、破損した部位も纏めて治してくれるのに……なんてことを考えていても仕方ないわね。

ブチャラティに拾ってきた手足を渡す。
彼は能力でそれらをつなぎ合わせ、見た目だけは元の無事な姿へと戻った。

腕をブルンブルンまわし、脚も動かして具合を確かめている。
そんな彼の様子を見ながらも、あたしの内心は不安でいっぱいだった。

手足の切断部からは、わずかに出血が始まっていた。
精神力に限界が来て、ジッパーの能力が失われてきたからだろう。
そう。つまり、彼の身体は普通に身体を切断されたに近い状況まで陥っていた。


にも関わらず、出血は"わずか"だった。


普通なら、もっと滝のようにドバドバ血が出るものじゃないのだろうか?
『スティッキィ・フィンガーズ』での切断部はいつもこんなものだっただろうか?

列車で戦った時のブチャラティはどうだっただろう?
あの時戦っていた釣竿の男はどうやって死んだのだっただろう?

気になっている事は、まだある。



「………調子はどう? ブチャラティ…… 体の方は―――?」
「ん……。ま、問題はない。腕も脚も、いつもと変わらない。ありがとう、トリッシュ。おかげで助かった」


神妙な声で問うあたしに対し、ごまかすように笑うブチャラティ。
すかさず、あたしは彼の左手を握り、掴み上げた。


「ここ……… 凍傷を起こしているわよ」

それはブチャラティが石柱に掴まっていたとき、ギアッチョのスタンドに凍らされた部位。
指摘された瞬間、ブチャラティの顔色が暗くなる。


気がついて、いなかったの……?


「………ああ。だが、あの男と戦って、この程度の傷で済んだのならば御の字だろう。この程度の怪我ならば、"いつもと変わらない"からな」

またそうやって誤魔化し、そして手を放してしまった。
彼の手は、とても冷たかった。
比喩ではない。
本当に、氷のように冷たかったのだ。

凍傷を起こしたから?
氷のスタンド使いが暴れまわったから?
興奮したあたしの体温が高くなっているから?
ここが地下だから?

それとも――――――?

あなたの体温は、どうしてそんなに低いままなの?



「いやあいやあ、お二人さん。ご無事で何より」

よそから声をかけられ、そちらを振り返る。
げ。"変態"―――――― コイツ、生きてたの?



「トリッシュちゃんと、そちらはミスター・ブチャラティだっけ? いやいや、この前は俺もちょっとワケわかんなくなっちゃっててさ……
でも大丈夫もう乱暴したりしないし、これからは力を合わせて……」


!?

「だめえぇぇぇぇぇぇ!!!」


気が付いたら、あたしは"変態"の方へ向かって全力疾走していた。




☆ ☆ ☆




「おーおー好き勝手やりなさる」


薄目で目を開け、大丈夫そうだったので起き上がった。

ん、オレが誰かって?
玉美だよ、コ・バ・ヤ・シ・タ・マ・ミ!

いままでブチャラティたちと敵との戦いをじっと見守っていたんだが、彼らが勝利したのでこうして激励をだな……
あの大爆発にはビビったが、あれはブチャラティが起こしたものだったんだな。
あいつは強い。そして、なんだか頼りになりそうだ。

このゲームで、生き残るために『強さ』が必要なのはよくわかった。
これからはあのブチャラティにうまく取り入って、ついて回れば安心だろう。

自動車の方を見る。
今もまだ爆炎を挙げて、原型もない。
あんなのに巻き込まれちゃあ、命はないわな。
敵とは言えかわいそうに、ご愁傷様。

自動車の残骸に背中を向けると、真反対にはブチャラティと、愛しのトリッシュちゃん。
うん、ウェイトレスの衣装も、よく似合っていてプリティだ。

グヘヘヘヘ

さっそく声を掛けてみよう。


「いやあいやあ、お二人さん。ご無事で何より」


あからさまに嫌な顔をされたが、気にしない。


「トリッシュちゃんと、そちらはミスター・ブチャラティだっけ? いやいや、この前は俺もちょっとワケわかんなくなっちゃっててさ……
でも大丈夫もう乱暴したりしないし、これからは力を合わせて……」



そのあたりで、トリッシュちゃんの顔つきが急に厳しくなる。
もしかして、オレまた履き忘れてたか?
いや、パンツもズボンも履き直したし、大丈夫だよな?

そんなことを考えていると、トリッシュちゃんが何か叫びながらこちらに走ってくる。
なんだかわからんが、とにかくすげえ。
めっちゃオッパイが揺れてて、フヒッ すげえ柔らかそ―――――






『ホワイト・アルバム』ッ!!!















「え?」


小林玉美が感嘆の声を漏らす。
何が起こったのかわからない。
突然、トリッシュに突き飛ばされて、自分はすっ飛ばされて転んで。

そしてトリッシュは、身体の半分を氷づけにされて動けなくなっていたッ!!



「ギアッチョ!!」

ブチャラティが叫ぶ。彼は――― ギアッチョはまだ死んではいなかった。
小林玉美の後方、爆破した自動車の残骸から這い出たギアッチョが、再び攻撃を仕掛けてきたのだ。


「このクソカスどもがァァァァァ!!! どいつもこいつも皆殺しにしてやるッ!!!」


完全なる誤算だった。
『ホワイト・アルバム』というスタンド能力は、ブチャラティの想像をはるかに超えていた。
この能力は、ギアッチョがその気になれば爆走する機関車だろうが止められる。荒まく海だろうと止められる。
そして今回は、ついに大爆発を起こした自動車まで止めてみせたッ!

スーツの中、ギアッチョは頭から出血している。
それすらも凍らせて止血している。

普通ならば立ち上がれないほどのダメージは受けているだろうが、それもスーツ型のスタンド能力で痛みを矯正して補っている。

『爆弾』や『火炎』のスタンド使いが有効という、ブチャラティの考え方は間違ってはいない。
なぜなら過去、この世界とは別の物語でギアッチョと戦ったのは、その『爆弾』や『火炎』を操る者だったのだ。
だが、それではギアッチョを倒しきることはできない。
ギアッチョは、そのどちらの戦いでも『相打ち』という結末に持ち込んでいた。

この火では倒せない。
ギアッチョに炎で勝利するには、彼ら以上のパワーが必要となる。



「あ…… あぁぁあああ…………!」

悲鳴を漏らし、みっともなく腰を抜かしてしまった玉美。
見れば、情けのないことにズボンを濡らしてしまっているではないか。



「何してるの"変態"!! さっさと逃げろバカ!!!」

そんな玉美を覚醒させたのは、自分を助けたトリッシュ・ウナの叫び声。
自分の身に何が起こったのかを理解した玉美は、一目散にどこかへ逃げ出した。



「あんなカスの"変態ヤロー"のために、ずいぶん間抜けなことをしたなトリッシュ!!」
「くっ!」

トリッシュは拳銃を抜きギアッチョに向けようとするが、素早く平手で叩かれ、拳銃は遠くへ飛ばされてしまう。

(くそっ! ホントにコイツの言う通りよ!! なんであたしがあんなレイプ魔の"変態"を助けて、こんな目に合わないといけないのよッ!!)

トリッシュは自問するが、答えは出ない。
考えるより先に、身体が動いてしまったのだ。
『助ける相手がだれか』という事よりも、『助けなければ』という気持ちが、先に生まれてしまったのだ。


ギアッチョが右腕を高く掲げ、トリッシュの頭上で手刀の構えを作る。

「もう、ボスの娘も、ボスの秘密も関係ねえ! 順番に粉々にしてぶっ殺してやるッ!!
まずは自動車爆発の引き金を引いた貴様からだ! トリッシュ・ウナァァァァァ!!」

今にも振り下ろされんとする氷の手刀。
そこへ、雄たけびをあげながら特攻する一人の男、ブローノ・ブチャラティ

「うおおおおおおおお!!」

ニヤリ


「かかったなダボが」
「ギアッチョォォォォォ!!!」

ブチャラティが『ホワイト・アルバム』の射程に入った瞬間、ギアッチョはトリッシュを蹴り捨てる。
ギアッチョの狙いはあくまでブチャラティだった。
「殺すぞ」と脅すより、実際に殺しのアクションを見せつける方が、挑発として時には有効だ。

トリッシュの死という餌に釣られ、ブチャラティはまんまとギアッチョの射程距離に入ってしまった。


「だめぇ! ブチャラティ!!」

トリッシュが叫ぶ。
勝てっこない。このギアッチョには勝ち目はない。
せめて自分一人が犠牲になれば――― ブチャラティもあの"変態"のように逃げてくれればよかったのに。
もう、何もかも遅い。


「この距離では回避不能!! 氷のスタンドは防御不能!! そして弱ったお前のスタンドのパワーではこの装甲は突破不能!!
これで終わりだブローノ・ブチャラティ!!」
「『スティッキィ・フィンガ―ズ』ッ!」



二つの影がぶつかり合った。
ブチャラティの顔が、激痛に歪む。
ギアッチョのスーツへと伸びた右腕から肩口にかけて、彼の身体は冷たい氷で覆われていた。

そして、ギアッチョは―――



「ごふッ―――」



『スティッキィ・フィンガーズ』の右腕に腹を貫かれ、血の塊を吐き出した。



「嘘っ……」

トリッシュが思わず声を漏らす。
戦いの展開は、彼女にとって意外な方向へ転んだ。



「だが―――――― お前への攻撃は、『可』能だ―――ッ!」




自動車をぶつける作戦の前から、ブチャラティにはギアッチョを倒す一つの『策』があった。
その『策』とは、あきれるほどに単純明快。

『右ストレートでぶっとばす』
『まっすぐ行ってぶっ飛ばす』

それだけだ。



もちろん、ただの右ストレートでは、ギアッチョの『ホワイト・アルバム』の装甲を破ることはできない。
せいぜいヒビを入れさせる程度で、逆に殴ったところから凍らされて、それでおしまいだ。
だが、『スティッキィ・フィンガーズ』にも能力がある。
殴ったところにジッパーを取り付けるというとても強力な能力が。

装甲を破れないならば、ジッパーで開いてしまえばいい。
ジッパーで穴を開けてしまえば、どんな堅牢な鎧だろうが、それは紙切れと同じようなものだ。


しかし、この『策』には大きな欠点がある。
それはこの攻撃では「腹」以外の場所を狙えないため、相手を即死させることができない。
そして、過去に戦った暗殺チームのスタンド使いは―――
いったん食らいついたスタンドは、腕や脚の一本や二本失おうとも決して『スタンド能力』はを解除しない――― そんな男だった。



「これしきの事で、このオレがくたばるとでも思っているのか! ブチャラティイイイ!!!」


『ホワイト・アルバム』の冷凍能力、全開放。


「ぐあああああああ―――――ッ!!」


いったん弱まりかけたスタンド能力が、さらに強力なものになりつつあった。
腹のジッパーの口から全身にかけて、ギアッチョに組み付いたままの姿で、ブチャラティの氷像がまるまる一体造られようとしている。

ブチャラティの『策』の欠点。
それは、この男が死亡しスタンド能力が解除されるまで、この冷凍化攻撃を耐え続けねばならないこと。
自分で突っ込んだ腕はギアッチョの体に固定され、もう動けない。
全身が奴の身体と接触しているため、どこかを部分的に捨てて逃げることもできない。

『相打ち覚悟』でないと、このギアッチョは倒せない。
そう判断したからこそ、ブチャラティはこの特攻を行った。

「ぐがっ―――― がががががっ――――――――」

体内に入り込んだブチャラティの腕がギアッチョの内臓を掻き回し、少しでも死期を早めようとする。
ギアッチョの死は、もう免れないだろう。
問題は、ブチャラティの体力がそれまでもつかどうか。

最期の力を振り絞り、ギアッチョは絡み付いたブチャラティの両肩を、両腕で覆うように挟み込んだ。
無論、ブチャラティの全身はすでに氷の塊となっている。

「て……めえも…… 道連れだ……… ブチ―――割れな――――――」


『ホワイト・アルバム』の最期の力を振り絞り、凍りついたブチャラティの身体を押しつぶした。

だが、ブチャラティの身体はその力に逆らわない!
まるで『ゴム毬』のようにグニャリと変形して、破壊を免れた―――ッ!



「な―――ッ!?」



『『柔ラカイ』トイウ事ハ『ダイヤモンド』ヨリモ壊レナイッ!!』


トリッシュ・ウナのスタンド能力『スパイス・ガール』!
能力は、触れた物質を『柔らかく』する事!
柔らかいということはダイヤモンドよりも壊れない!

今、凍らされたブチャラティの身体を柔らかくした!
ギアッチョがいくら力を加えたところで、柔らかい氷がブチ割れることは決してない!!



「クソ―――が――――――」


ここらで、ギアッチョにも限界が訪れたようだった。
冷凍能力が弱まっていく。
氷像と化したブチャラティの身体がみるみる元通りに戻っていく。

スタンドによる氷なのだ。
能力が解除されれば、解凍速度は冷凍の比ではない。
そして暗殺チームであるギアッチョのスタンドが解除されたいうことは、それは彼の死と同義であった。



(リーダー……… オレ…… オレたちは―――――― 間違って―――― なかったよな――――――?)




するすると力が抜け、ギアッチョの身体は地面に倒れる。
それと同時にブチャラティも膝をつき、そのまま地面に倒れこむ。



「ブチャラティ! 大丈夫ッ!?」


そんな酷い有様のブチャラティを、トリッシュが抱き留めた。


「ハァ……… ハァ…… ハァ… トリッシュ――――――」


全身を完全に凍らされたといってもほんの数秒のことだ。
痛みは酷いが、命は無事だった。
氷をブチ割られていたら、命はなかった。
あと一歩のところでブチャラティはトリッシュに命を救われた。
彼女のおかげで、今度こそ相打ちとはならなかった。



「――――――勝ったぞ!」



【ギアッチョ 死亡】

【残り 68人】






☆ ☆ ☆




はあ…… はあ…… はあ……

逃げろ、逃げるんだ。


誰も、何者も追ってこない、遠い場所まで。


ただその一心で駆け抜けた、長い通路。

光が見えてきた。出口だ。
二度と見ることはできないと思っていた、太陽の光だ。



「はぁ…… はぁ……」


息が上がっている。
ここは、真実の口。入ってくるときは、トリッシュたちと3人だった。
今、小林玉美は、1人でその入り口の前で転げている。



「なんで………」



思い返すのは、つい先ほどの出来事。

彼は、トリッシュに庇われて、命を救われた。
彼女は、自分の身代わりとなって、敵スタンドの攻撃を受けてしまった。


「なんで、オレなんかを………」


自分が彼女の仲間だというのなら、納得もいく。
見ず知らずの相手だったとしても、まだ分からなくはない。
問題は、その相手が『自分』だったことだ。

自分は、彼女に間違いなく嫌われている。
恨まれているといってもいい。

当然だ。
自分は、彼女を、ただ自分の欲望のためだけにレイプしようとした。
女性にとっての一生モノの傷を、自分勝手に追わせようとした最低の変態のクズなのだ。

そんな自分を、彼女は助けた。
自分の危険などかまわずに…………


「なんで、オレなんかを助けたんだ!! トリッシュ・ウナァァァァァ!!!」


小林玉美は慟哭する。
唯一、彼を見守る真実の口は、その問いに答えてはくれなかった。




☆ ☆ ☆



足元で伏せて絶命したギアッチョの死体を、トリッシュが蹴り飛ばす。
ブチャラティは、自分がまだ生きていることが奇跡に思えた。

「よかった――― ブチャラティ…………」

トリッシュが涙を流して喜ぶ。
彼女がいなければ、ブチャラティは生きてはいなかった。

「間違いなく、今度こそ間違いなく、奴は死んだ」


呼吸は止まっている。
心臓も動いていない。
間違いなく死んでいる。

遺跡内の気温が少しずつ上がってきた。
奴のスタンドエネルギーが完全に消滅したという証拠だろう。



「ブチャラティ、大丈夫? 動ける?」
「ああ、凍傷は酷いが、死ぬほどヤバいってほどでもない。スタンドの氷だからか、能力が解除されてから温度が戻るまでの速さが速かった。
おかげで、後に引きずるような重傷ではないようだ」
「ほんとにっ? ああ、よかった―――」


そして何となしに会話が途切れ、少し思いつめた顔をしたブチャラティが、口を開いた。


「やはり、聞いておいたほうがよさそうだな」


そう前置きし、トリッシュがドキリとする。
その反応を伺いながら、ブチャラティはずっと頭の片隅で気になっていた疑問を問いかけた。


「トリッシュ…… 君の未来で、"俺"は一体何をしている?」


ドキリとする。
トリッシュは一瞬目をそむけ、そして何でもないかのように装いながら笑って話し始める。


「だ……だから、みんなでボスを倒して、平和に暮らしているに決まってるじゃないッ! もちろん貴方は組織の幹部よ。
ジョルノが組織を乗っ取ってボスになって、当然あなたは彼の右腕、ナンバー2よ。ポルナレフさんが3番で、ミスタが4―――――じゃなくて、えっと、そうそう。
4はナランチャで、ミスタは5で………」

突然饒舌になったトリッシュ。
言っていることも何一つまとまっていない。
それでもしゃべり続け、次第に聞いていないことまで話し始めたトリッシュ
ブチャラティは彼女の手を取り、無理やりに中断させる。

「もういい、トリッシュ。もういいんだ―――」

「――――――ッ!!!」


トリッシュの表情が蒼白する。
ブチャラティの手は、まだ冷たかった。
氷のように。いや、"死体"のように―――。

「トリッシュ。君はここで俺と初めに出会ったとき、まるで幽霊にでも出会ったかのように驚いていた。突然、俺と『再会』した、とも………
自分の事だ。なんとなく、わかっている」


『トリッシュの世界にいた自分』が『今の自分』と全く同じ状態だったとするならば、今はサルディニアでアバッキオの死体を看取った6時間後―――
ならば、ちょうどローマでボスの親衛隊とやらと戦っていたという頃だ。
さっきのギアッチョとの戦いの最中から、ちょくちょく感覚が鈍ってきている。
体温も、ゲーム開始直後から比べてどんどん下がってきた。


「トリッシュ…… 俺は―――」
「言わないでッ―――!!」

トリッシュは目に涙を浮かべ、顔を伏せてしまった。
泣かせるつもりはなかった。彼女には笑っていて欲しい、ブチャラティは心からそう思う。


「大丈夫だ。心配するな、トリッシュ。俺の身体は、まだ動く。まだ、あと少しだけならば大丈夫だ。
皆で笑ってゲームを脱出するまで、俺は死なない。―――君は、俺が必ず守る!」


さっきは言えなかったこの言葉。
トリッシュはきっと笑ってくれる。そう思っての心からの言葉だった。


だが―――、トリッシュの反応は。


「嘘……… でしょ………?」


彼女の反応は、ブチャラティの想像とは違っていた。
トリッシュは声を震わせ、その表情は絶望に満ちてゆく。


「どう… した………? トリ………… シュ………」


「ブチャラティ……… それ……… 何―――?」


トリッシュに示されて、ようやく気が付いた。
ブチャラティの胸から、鋭いナイフのような刃の束が2本伸びていた。


「な………」


ブチャラティの身体が引き裂かれる
腹から小腸の一部を掻き出し、いくつかの骨と血管を引き裂いた。
2本の腕から伸びた鋭い爪から血が滴り落ちる。


「ギィィアアアァァァァァア――――――ッ!!!!!」

ブチャラティの背後では、割れたメガネを掛けた肉食恐竜が前足の爪に付いたブチャラティの血液を舐めまわしていた。


「そんな――― 嘘よォ!」

(バカな―――! このタイミングで恐竜だとッ!?)

ギアッチョの死体がどこにもないッ!
いや、この恐竜自体がギアッチョなのだ!

(そんなバカなッ! 俺に殺されて死んだギアッチョが、再び恐竜と化して襲い掛かってきたというのかッ!?)




☆ ☆ ☆



「なあ、Dio。お前の『スケアリー・モンスターズ』の恐竜化、オレにはかけられねえのか? 死体である必要は無ェんだろ?」

「出来なくはない。だが、今回の作戦では必要がない。恐竜化したお前より、今のお前の方がよっぽど強いからだ」

「何故だ? 『恐竜』だぜ。パワーもスピードも、人間と比べりゃあ段違いだ。オレだって、生身で恐竜とケンカしたら勝てる気がしねえぜ」

「それは当たり前だ。何故なら、恐竜はスタンド能力がつかえない。もしくは、使えたとしても、非常に微力な能力なのだ。
スタンドは精神のエネルギー。恐竜の精神力が低いからかは分からんが、ともかく恐竜化した人間は、たとえ元がスタンド使いであったとしても、能力を使えたことはなかっ

た」

「あぁ―――。なるほどな。そのンドゥールがあの『水のスタンド』でオレとコンボを組めない理由はそういうワケか。ケッ、でも仕方ねえか。
確か恐竜って氷河期で絶滅したって聞くし、『氷のスタンド能力』を使って戦うんじゃあ、笑い話にもなりやしねえぜ」

「…いや。だが、『お前を恐竜化させる』というのは、悪くない考えだ。例えば、お前がブチャラティと戦って殺された場合―――」

「オイ! どういうことだ? オレがブチャラティの野郎に負けるとでも思っているのかッ!?」

「仮の話だ。つまり、保険だ。仮にブチャラティの奴にお前が殺された場合でも、安心した隙をついて恐竜化すれば、お前は一矢報いて相打ちの形になる」

「――だがよ、お前の『スケアリー・モンスターズ』の恐竜化って、お前かお前の恐竜が近くにいないと発動できない筈だよな?
作戦ではオレとお前は別行動だし、仮にオレが死んだとしても、オレの死体へ恐竜を近づけるようなヘマ、ブチャラティの野郎がするとは思えねえが」

「ニヤリ。それについては考えがある」




「それに、良かったじゃないか。俺に殺されずにすんで」

ゲームが始まって以降、Dioたちと交戦し敗れ去った盲目の戦士、ンドゥール。
彼の死に立ち会った時、Dioは自らのスタンド能力について新たに気づくことがあった。

「君と仲間になることは、出来そうもない。残念ながらな。―――だが、『奴隷』としてなら別だ」

『スケアリー・モンスターズ』ッ!!

死にゆくンドゥールの身体に、『恐竜化』を感染させる!!
と、同時に、どこか別の場所でンドゥールのスタンド『ゲブ神』の形をした氷像が砕け落ちた。

「君の身体が今凍っているのは、凍った『スタンド』のダメージが君にフィードバックしているためだ。だから君が『スタンド能力』を使えなくなってしまえば、ダメージは

君へ届かない。
今!君を恐竜化させた。 スタンドの使えない恐竜となった今、君は粉々になること『だけ』は免れた。もっとも―――」

ンドゥールの身体を覆っていた氷の殻が壮大な音を立てて崩壊する。
覆いかぶさるようにンドゥールの死体が地面に崩れ落ちた。

「―――君の命までは、間に合わなかったようだがね」

そして地に伏せるンドゥールの死体を観察するDio。
1秒、2秒、3秒―――10秒が立ち、それでもDioの望む変化は見られなかった。

(チッ――― 少し遅すぎたか……?)

ンドゥールの死体の『恐竜化』が完成しない。
死体が損傷されすぎたか?
粉々に砕かれる直前だったせいで、皮膚の表面に多数の裂傷を負っている。
肉体が、恐竜として活動するに堪えきれぬダメージを負ってしまったという事だろうか。

(仕方ない――― ギアッチョの元へ合流するか)

人間と恐竜の中間のような中途半端な存在となったンドゥールに見切りをつける。
踵を返して歩き始めるDio。
部屋の外へ一歩踏み出そうとして、背後で動く気配を感じた。

「―――どういう事だ?」

背後でノソノソと身を起こす、生まれたばかりの奴隷恐竜。
ンドゥールの恐竜化は完成していた。
だが、何故だ?
いつもならば、感染させてからものの数秒で恐竜化は完成しているというのに。
この、恐竜化が果たされるまでに生じた『時間差』はなんだ?

Dioが室内を見渡し、その異常の原因を探る。

肉体の損傷が原因でないとすれば――――――

「『温度』か―――?」

ンドゥールを死に至らしめた、ギアッチョの『スタンド氷』。
『スケアリー・モンスターズ』を発動した時には彼の遺体を覆っていた。
そして恐竜化が完成した今、その氷は粉々に粉砕され、蒸発して消えてなくなっていた。





Dioがンドゥールの死に立ち会い新たに気づいた事。
それは、氷の地面の上で生物を恐竜化させることはできないという事だ。

すでに恐竜化した生物が氷の上を走り回る方は問題ないが、凍った大地の上で『新しい恐竜』を生み出すことはできないのだ。
恐竜が氷河期で絶滅したという説があるせいなのか、それとも単にマイナス100℃の中で生まれる『生物』はいないからなのか。
ともかく、Dioの『スケアリー・モンスターズ』の発動には『温度』が必要だった。

襲撃前、前もってギアッチョに『恐竜化』を感染させる。
そして恐竜に自我を奪われる前に、『ホワイト・アルバム』で身を包み、恐竜化を制止させる。

このようにすれば、『ホワイト・アルバム』の能力を解除しない限り、ギアッチョの恐竜化は始まらない。
そしてギアッチョが死に、"スタンド能力が解除され"れば、ギアッチョはその瞬間、獰猛な恐竜へと姿を変えるのだ。


『なにが……俺たちにとって、勝利なのか……よく……考えろ……』

(リーダー……… オレ……………)


例え、腕や脚の一本や二本、失おうとも―――
腹をぶち抜かれて内臓をグリグリ抉りまわされようとも―――

いったん食らいついた『スタンド能力』は、決して解除はしない。

そして――――――


たとえぶっ殺されて、食らいついたスタンド能力を"解除させられ"ようとも――――――

『ブッ殺す』と心で思った相手は、間違いなく殺して、殺しつくす。
最期まで決して諦めず、たとえ命尽き果てようとも、かならずやり遂げてみせる。



『……誇りを…………』



それが、彼らリゾットチームの誇り。

そうだよな?


(オレたちは―――――― 間違って―――― なかったよな――――――?)


この戦い。
あえて勝者を決めるとするならば、それはブローノ・ブチャラティではない。
それはリゾットと、その仲間たちの執念の勝利である。



☆ ☆ ☆



「うわあああああああ!!! 『スパイス・ガ―――』
「ギャバシャァァァァ――――!!」

ギアッチョ恐竜の頭を振り回すだけの頭突きでさえ、トリッシュはなすすべもない。
いったん左腕両足を切り離し、全身凍傷を負ったブチャラティよりはマシだとはいえ、トリッシュも既に満身創痍だ。
ンドゥール恐竜に痛めつけられ、一度ギアッチョにも身体半分を凍らされている。
『スパイス・ガール』を繰り出すも難なく弾き飛ばされ、地面に叩き付けられる。


「くは――――ッ」


トリッシュが吐血した。
激しい打撃を食らい、どこか内臓を痛めたのだろう。



「そ―――――んな――――――」


一方のブチャラティは、もっと酷い。
身体を爪で引き裂かれ、動くこともできない。
いや、それ以前から、ブチャラティの身体にはすでに限界が訪れていた。
ディアボロに殺され、一度は命を落とした身。
ジョルノの能力で現世に繋ぎとめられたが、確実に肉体の方が消耗され、体力は底を尽きていた。

立ち上がろうと、地面に左脚を立てる。すると、左脚は根元から外れ、転んでしまった。
続いて右脚と、左腕。これも、地面に立てた瞬間にねじ折れ、身体はバラバラになった。
まだ、完全に接合されていなかったからだ。
自身のスタンドパワーが、完全に失われつつあるからだ。

後ろで恐竜が動いていることにも気が付かなかった。
自分が刺されたことすら、トリッシュに指摘されるまで気が付いていなかった。
感覚は、既に無いに等しい。
ブチャラティはもはや、自分で動くことすらできない。


ひたひたと、トリッシュに忍び寄るギアッチョ恐竜。
今のギアッチョはただの野生動物。そのはずなのに、ギアッチョは本能に逆らった明らかな殺意を持ち、トリッシュを攻撃しようとしている。

恐竜となった玉美は、変態だった。
恐竜となったンドゥールは、盲目の戦士だった。
恐竜となったドノヴァンは、身軽なコマンドーだった。
そして、恐竜となったギアッチョは、だれよりも彼らに殺意を抱いていた。

彼女に勝ち目はない。
ブチャラティは心の中で慟哭する。


(そんな――――――トリッシュが―――――― 殺されてしまう―――ッ!
たった今、彼女と約束したのだ。『俺が守る』と約束したのだ――――ッ!!
そんな約束すら、俺は守ってやることができんのか――――――! 誰か…… 誰か、彼女を―――――)


「ギャオオォォォォ――――――ン」

恐竜が牙を剥いて、トリッシュに襲い掛かった。



(誰か――― 彼女を護ってやってくれ―――――――)




ダァン!




突然の銃声とともに、恐竜の攻撃が止まった。
恐竜の皮膚には生々しい弾痕が刻まれ、痛々しい出血が始まった。



ダァン!


「ギャギャッ!」


銃声がもう一発。
今度は恐竜の首筋に命中し、恐竜も悲鳴を上げて苦しむ。


「死ねッ! 死ねッ! 死ねェッ! 」


ダァン! ダァン! ダァン!


拳銃の連射は続く。
一発でも食らってしまえば、たとえ恐竜でも、もうンドゥールの時のように回避し続けることはできなかった。


「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!」


レパートリーの少ない殺しの文句を叫びながら、銃を乱射する男。
トリッシュは彼の顔を確認して、呆然とする。

白馬に乗った王子様には程遠い。
だが彼が来なければ、間違いなくトリッシュ・ウナは死んでいた。

最後の最後に現れて、おいしいところだけかっさらっていっただけであることは間違いない。
だがそれでも、彼が地獄に現れたHEROであることには変わりはない。

トリッシュが、思わず名前を口にする。

その救世主の名は――――――




「"変態"―――――!」





――――――否、  小 林 玉 美。







「死ねェェェェッ!」




弾丸が恐竜の脳天を打ち抜き、吹き飛ばす。
恐竜は次第に生命力を失い、そして変身が解け、元のギアッチョの姿へ戻っていった。

カチリカチリと拳銃を打ち鳴らす玉美。
やがてそれが拳銃の弾切れによる不発音だと気が付き、そして恐竜が沈黙したことから腰を抜かして倒れこんだ。
そして、呆気にとられて自分の方を眺めているトリッシュに向かって、叫んだ。



「な、なんでオレなんかを助けれるたんだるおおお!!?」




盛大に噛んだ。
それほどまでに、彼は混乱し、ワケが分からなくなっていた。

自分が犯そうとした女の子に、逆に命を助けられた。
そして、ワケも分からず逃げ出して、二度と見ることのないと思っていた太陽の光を浴びて、何が何だか分からなくなってしまった。

気が付いたら、足が勝手にこの場所へ引き返していた。
見ると、自分を助けてくれた女の子へ、恐竜が牙を剥いてジリジリと迫っていた。
いつの間にか、足元に転がっている一丁の拳銃を手に取っていたのだ。



「はぁ……… はぁ……… はあ………」

激しく息を切らして呼吸をする玉美。
そんな彼に大して、トリッシュは小さな声で囁いた。



「………ありがと」



その言葉に、一気に顔を赤らめる玉美。
初めて出会った時の、衝動的な気持ちは既に無かった。
強く、凛々しく、美しく、そして優しい彼女に、小林玉美はこの時、本気で惚れていた。



そしてトリッシュは、ブチャラティの元へ向かう。
もう確認する必要すらないほどに……
ブチャラティは、もう助かりようのない姿となっていた。

彼は右腕以外の四肢を失い、胸からは血を流し、瞳孔も開いていた。
トリッシュは、瞳いっぱいに涙を浮かべる。


「ブチャラティ……… こんな事って………」

「そんな…… 顔をするな、トリッシュ。綺麗な顔が、台無しだ」


実際には、既にトリッシュの顔はブチャラティには見えていない。
ブチャラティの視力は、既にゼロだった。

だが、わかる。
たった数日の付き合いだが、それでも、トリッシュのさまざまな顔を見てきたブチャラティだ。
彼女のことなど、声を聴けば分かる。


「気にすることはない。俺はどのみち、こうなる運命だった、そうなのだろう?
例えボスを倒したとしても、その未来の"彼ら"の中に、俺の姿はいなかった。だろう?」

「…………………」

嗚咽がひどく、トリッシュは首を小さく上下させるだけで応えた。
ブチャラティには、わかっていた。自分がもう長くないことをを。

ボスを裏切った時点で、ブチャラティは”既に死んでいた”のだということを。
このバトル・ロワイアルの是非に関わらず、自分の身体が動いていられる時間はもう長くないということを。

すべて理解して、覚悟していた。
そして、運命を受け入れて、それを享受した。そのつもりだった。

トリッシュはそれを認めたくはなかった。だから嘘をついていたのだ
だが、今トリッシュが泣いているのには別な理由もあった。


「ヒグ………エグ…………ウウゥ――――――」

トリッシュのすすり泣く声が、大きくなっていく。
何かを訴えかけるかのように、ただただ涙を溢れさせる。



ズシリ



「話したほうがいいぜ、トリッシュ……ちゃん。何か、言いたいことがあるんだろ?」

いつの間にか、トリッシュの隣には小林玉美が立っていた。
そして、トリッシュの胸には小さな『錠前』が付けられていた。
トリッシュは、心臓が締め付けられたような気がした。

"変態"なんかに、自分の心のうちを言い当てられてしまい、ついカッとなってしまい――――

「何を―――っ そんな事――――」

強く否定しようとしたトリッシュの顔に、ブチャラティの指が伸びる。
唯一残された右手の人差し指が彼女の眼尻に伸びていき、涙をぬぐい取り……
そしてそのまま、ブチャラティは指先に付いた水滴を、自分の口元まで運んで行った。


「この…… 『涙』の味は……… 嘘をついている味だぜ…… トリッシュ!」


そう言ってニコリと笑うブチャラティ。
その笑顔を見て、トリッシュはもう我慢できなかった。


「うあ……… うあああぁああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」



大声で泣き叫ぶトリッシュ。
彼女が恐れていたのは、もう一度ブチャラティを失う事だった。

あの日。運命に打ち勝ち、組織のボスである父を消滅させ、日常に平和が戻ったあの日の夜。
自宅のベッドに帰ったトリッシュは、ブチャラティが死んだことを知り、朝まで泣き明かした。

護衛される日々の中で。
何度も恐ろしい目に会い、何度も助けてもらっている中で。
トリッシュ・ウナの中で、ブローノ・ブチャラティの存在は、いつの間にか大きな存在になっていた。


『大丈夫かって、気にかけてもらいたかったわけ?』

『君はこれからブチャラティの事がわかりたくってしょうがないってわけだ』

『あとでゆっくり自分の気持ちに気づくんだね』


いつか、ナランチャが言っていた言葉。
あの時は、自分でも意味が分からなかった。
気が付いた時には、すべてが終わっていたのだ。

今、言わないといけない。
―――でないと、きっと後悔する。






「――――――好゛ぎでずッ!」


涙声のまぎれてで、トリッシュがそう叫んだ。

僅かな静寂の時間が流れる。
トリッシュは涙を必死で堪えて、そして顔を赤らめながら俯いている。

小林玉美は目をつぶり、静かに行く末を見守っている。

ブチャラティが、返す言葉に困っている。
すると、涙をふき取り気持ちを落ち着かせ、今度ははっきりとした声で、もう一度トリッシュが言った。



「私は――― トリッシュ・ウナは、ブローノ・ブチャラティが大好きです。」



一世一代の大告白だ。
「好きでした」と、過去形は使わなかった。
未来がどうなろうと、今は考えたくなかった。
今、この瞬間だけは、目の前にいる男性を好きでいたかった。



「トリッシュ………」



涙を溢れさせ、呼吸を必死に落ち着かせながらも、まっすぐ自分を見つめる彼女へ、ブチャラティは返事をする。



「俺はまだ、君がどんな音楽が好みなのかも知らない。 だから――――――」


トリッシュが俯き、自らの拳を握りしめる。
そんな彼女に、ブチャラティは優しく微笑みかけた。
どんな返事をしても、それは彼女にとって残酷な結果を与えてしまう。

だからブチャラティは、こう彼女に頼むことにした。




「君の歌を、聞かせてはくれないか?」












石段を何段か上っただけの、何もないステージ。
服装は、まだよれよれのウェイトレスの衣装のまま。
小林玉美は空気を読んで脇へどき、トリッシュの目の前にいる観客は、ブチャラティただひとり。

漏れ出る嗚咽を堪え、トリッシュ・ウナのソロライブが始まった。

歌うのは、彼女がプロデューサーに無理を言って書かせてもらった、彼女の曲だ。
彼女が、ブローノ・ブチャラティを想って作った一曲。








     神様に         恋をしてた頃は
     こんな別れが      来るとは思ってなかったよ

     もう二度と       触れられないなら
     せめて最後に      もう一度抱きしめて欲しかったよ

     It's long long good-bye...



     さよなら  さよなら  何度だって
     自分に   無情に   言い聞かせて

     手を振るのは優しさだよね?
     今 強さが欲しい




     貴方に出逢いSTAR輝いて アタシが生まれて
     愛すればこそ      iあればこそ

     希望のない奇跡を待って どうなるの?
     涙に滲む 惑星の瞬きは gone...










トリッシュは、強く、逞しく、そして美しくなった。
自分にはもったいない、できた少女だ。
歌声から、ブチャラティはそれを感じ取る。

伴奏もない。
ライトアップもない。
暗く汚い地下の遺跡のステージで、彼女の歌も、泣き声と混ざり合い掠れている。



それでもブチャラティにとっては、どんな有名人のライブステージよりも素晴らしいものに思えた。


(泣いてくれても……いい…… でも…君は… 生きなくては…ならない……)


チームの仲間たちは、まだ誰一人として名前を呼ばれてはいない。
誰でもいい。彼らを頼れ。
そして、死ぬなトリッシュ。何があっても、最後まで絶対にあきらめるんじゃあない。



(幸……せ……に………… トリッシュ………)









     もし生まれ変わって   また巡り会えるなら
     その時もきっと     アタシを見つけ出して

     もう二度と離さないで  捕まえてて
     ひとりじゃないと  囁いてほしい  planet...













トリッシュが歌を歌い終わったとき、ブチャラティは既に息絶えていた。
彼の死に顔は、驚くほどに綺麗な笑顔だった。
あれほど流れていたトリッシュの涙は、何故か途端に止んでいた。

これから自分は、前へ進めるだろうか?
分からない。でも、行かなければならない。

自分はブチャラティに、全てをもらった。
救われたのは、自分の方だった。






パチ パチ パチ


ステージの隅から、乾いた拍手が聞こえてくる。
"変態"だ。


「感動しました。とても」

慣れない敬語が気持ち悪い。
というか、キャラ変しすぎて何か不気味だった。


"変態"はトリッシュの前に跪き、そして胸に手を当てて話し始めた。


「以前の無礼をお詫びします。そして、役不足かもしれませんが、私にあなたと共に戦う許可を頂きたい。
トリッシュちゃん。いや―――――― トリッシュ"様"。この小林玉美、命に代えても、あなたをお守りしたい所存であります」

パンチパーマを当てたチビのオッサンが、年下の少女にひれ伏している。
武士を気取っているらしい妙な口調もどこかずれているし、しっかりと『役不足』も誤用している。

はたから見れば滑稽な図なのだが、彼は至って真剣なのだからタチが悪い。


(あたしが想い人を失った直後で傷心しているのはわかってるだろうに、正気なのかしら?)


見るからに惚れっぽそうな男、小林玉美。
まさにその通りなのだが、本気の"恋"はこれが初めてだった。

いや、これは恋愛感情ではないのかもしれない。
その証拠に、トリッシュの大告白を聞かされても大してショックは受けなかった。

元の世界で、広瀬康一につかえていた時のような気持ち。

小林玉美は純粋にトリッシュ・ウナに憧れ、忠誠を誓ったのかもしれなかった。


(やれやれだわ……)


荷物を纏め、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていくトリッシュ。


「言っとくけど、あんたのやったことを許すつもりはないからね」


跪いた玉美に向き合わず、彼の横をすれ違うさまに、キツい口調で吐き捨てるようにそう言った。
玉美は黙ったまま、俯きじっとしている。
トリッシュは無視して、遺跡の北のトンネルへ向けて歩き始めた。

ウェカピポとルーシーたちのことも心配だが、追いかけようにも、どこへ行ってしまったかもわからない。
ならば、目的地は、その前の作戦会議で決まった場所。
地図の中心付近。人が集まる場所で、仲間を探すのだ。


遺跡の出口に差し掛かり、トリッシュは後ろを振り返る。
玉美はすれ違った時のまま、こちらに背を向けしゃがみ込んだまま動いていなかった。


(ハァ…… ほんとに、めんどくさいオッサンね)


「何してるの"玉美"! 置いていくわよっ!!」


「は…… ハッ!!」


初めて『名前』を呼ばれ、心底嬉しそうに叫び、敬礼して走り寄る玉美。
今度は武士は辞めて、女士官に傅く従兵にでもなったつもりだろうか。
まったく忙しい男だ。




(変な奴も一緒だけれど、でも、私ももう少し頑張ってみる。貴方にもらったこの命で、最後まであがいて見せるから………)


もう、涙は流さなかった。


(だから、見守っていてね)


バイバイ、ブチャラティ。

本当にありがとう。







【ブローノ・ブチャラティ 死亡】

【残り 67人】







【F-6 地下 コロッセオ地下遺跡 1日目 朝】

【トリッシュ・ウナ】
[スタンド]:『スパイス・ガール』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』ラジオ番組に出演する直前
[状態]:肉体的疲労(大)、全身に凍傷(軽傷だが無視はできないレベル)、失恋直後
[装備]:吉良吉影のスカしたジャケット、ウェイトレスの服
[道具]:基本支給品×4、破られた服、ブローノ・ブチャラティの不明支給品0~1
[思考・状況]
基本行動方針:打倒大統領。殺し合いを止め、ここから脱出する。
1.ありがとう、ブチャラティ。さようなら。
2.ウェカピポとルーシーが心配だが、探しようもないのでとりあえず地図の中心へ。
3.ジョルノ、ミスタ、ナランチャ、アバッキオ、フーゴ、ジャイロ、ジョニィを筆頭に協力できそうな人物を探す。

……玉美? あんな"変態"の事など思考にないわ。

[参考]
トリッシュの着ていた服は破り捨てられました。現在はレストランで調達したウェイトレスの服を着て、その上に吉良のジャケットを羽織っています。
ブチャラティ、ウェカピポ、ルーシーらと、『組織のこと』、『SBRレースのこと』、『大統領のこと』などの情報を交換しました。
ブチャラティの支給品の一つはベアリングの弾でした。
ジャック・ザ・リパーの支給品はアメリカン・クラッカーでした。
そのいずれもがウェカピポに譲渡されました。

トリッシュの歌った歌は、アニメ「マクロスF」の主題歌「ダイアモンド・クレバス」に似た何かでした。
トリッシュが作詞したことになっていますが、実際に作詞されたのはhalさん、作曲は菅野よう子さん、歌っているのはMay'nさんです。
こちらのCDなどに収録されています。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0015DQFP0/kasi-22/ref=nosim

【小林玉美】
[スタンド]:『錠前(ザ・ロック)』
[時間軸]:広瀬康一を慕うようになった以降
[状態]:全身打撲(ダメージ小)。興奮(大)。
[装備]:H&K MARK23(0/12、予備弾0)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:トリッシュを守る。
1.トリッシュ殿は拙者が守るでござる。
2.とりあえずトリッシュ様に従って犬のように付いて行く。

[備考]
どうしようもなくバカなうえ変態です。
拳銃の弾は無くなりました。



※コロッセオの地下遺跡内にギアッチョ、ンドゥールの遺体と、爆破した自動車の残骸が放置されています。
ブチャラティの遺体はどこか目立たないところに安置されています。




☆ ☆ ☆




恐竜化したドノヴァンが腹をすかせ、肉を喰い漁っていた。
喰われているのは、彼の元友人であるケインブラッディである。
このゲームに参加して以降、彼らはドノヴァンのよき友であった。
初めての獲物である花京院典明を襲撃し、返り討ちに合って仲良く殺された3人組だった。

だが、今のドノヴァンは獰猛な絶滅動物。
昔の友など、今の彼にとってはただの上手そうな餌であり、肉の塊でしかない。

ディエゴ・ブランドーに従う、忠実な奴隷恐竜ドノヴァン。
恐竜化する人間はスタンド使いである必要はない。
むしろ、生身での身体能力に優れた人物の方が優秀な戦士となる。
抜群の身軽さと格闘術を併せ持つナチス兵親衛隊の一人ドノヴァン。
そういった意味で、このドノヴァンはディエゴ・ブランドーにとってもお気に入りの恐竜の一体だった。


「よう、戻ったか」


ウェカピポの荷物の中から手に入れた地下地図を眺めながら、ディエゴ・ブランドーは帰還した別の恐竜を迎え入れる。
こいつはドノヴァンやその他の恐竜化した人間たちよりもずっと小型のタイプだ。
カエルを恐竜化させたニワトリサイズの小型恐竜。
今回の攻撃では一番初めに玉美を恐竜化させ、そのあとは遺跡の隅に隠れ、誰にも気づかれぬよう事の顛末を見届けていた。


「なるほど、ギアッチョがくたばったのか。それも、ブローノ・ブチャラティと相打ちか。フフフ、いいじゃあないか。もっともいいパターンだッ!」

ギアッチョは手を結びはしたが、いずれはどこかで切り捨てるつもりでいた男だ。
奴の『ホワイト・アルバム』は強い。まともに戦っても、勝てるかどうかわからない。

それを、体良く始末できたと言ってもいいだろう。
それも、確実に自分と敵対することになるブローノ・ブチャラティを巻き込んで。


ギアッチョは最期まで自分の意志で戦い、そして暗殺チームの誇りを掛けてブローノ・ブチャラティとの死闘を繰り広げ、相打ちに持ち込んだつもりだった。
しかし、ディエゴ・ブランドーに言わせれば、自分のために都合よく動いてくれた駒でしかなかった。
うまくディエゴの口車に乗せられ、恐竜と同じように使われたただの兵士の一人。


(トリッシュ・ウナと"変態"を仕留めそこなったのは癪だが、それでも上出来の結果と言えるだろう。
俺の方もウェカピポを始末できたし、なにより最高の収穫があった)

そして、Dioの膝に頭を乗せて眠る少女。
彼女が目を覚ましたならば、この屈辱的状況をどう思うだろう。
恐竜化したドノヴァンの頭を撫でながら、Dioは彼女に語りかける。


「なあ? ルーシー・スティールよ」


ウェカピポは死んだ。
ギアッチョは死んだ。
ブチャラティも死んだ。
そしてルーシー・スティールの身柄すらも確保した。

この長い長い戦い。
蓋を開けてみれば、結果はディエゴ・ブランドーの一人勝ちに終わっていた。





【E-5 タイガーバームガーデン / 1日目 朝】


【ディエゴ・ブランドー】
[スタンド]:『スケアリー・モンスターズ』
[時間軸]:大統領を追って線路に落ち真っ二つになった後
[状態]:健康、人間状態、疲労(小)
[装備]:ディオのマント
[道具]:基本支給品×4、ランダム支給品1~4(内0~1は確認済み) 、地下地図、鉈
[思考・状況]
基本的思考:『基本世界』に帰る
1.ルーシーから情報を聞き出す。たとえ拷問してでも。
2.ギアッチョの他の使える駒を探す。だが、正直恐竜を使っている方が捗る気がしてきた。
3.あの見えない敵には会いたくないな。
4.別の世界の「DIO」……?

[備考]
ギアッチョから『暗殺チーム』、『ブチャラティチーム』、『ボス』、『組織』について情報を得ました。
ウェカピポとルーシーの装備をすべて回収しました。(ウェカピポの不明支給品0~1含む)
現在従えている恐竜はカエルとドノヴァンの2体です。ンドゥール、ケイン、ブラッディの遺体はもう恐竜としては扱えそうもありません。
ディエゴの支給品の一つは【ディオのマント@Part1】でした。



【ルーシー・スティール】
[時間軸]:SBRレースゴール地点のトリニティ教会でディエゴを待っていたところ
[状態]:健康、気絶中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:スティーブンに会う、会いたい
1.気絶中。

[備考]
ブチャラティ、ウェカピポ、トリッシュらと、『組織のこと』、『SBRレースのこと』、『大統領のこと』などの情報を交換しました。



タイガーバームガーデンにウェカピポ、ケイン、ブラッディの遺体と、ジャイロの鉄球、ベアリングの弾、アメリカン・クラッカー×2が放置されています。






投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
099:単純 小林玉美 141:判断
099:単純 ブローノ・ブチャラティ GAME OVER
099:単純 トリッシュ・ウナ 141:判断
099:単純 ギアッチョ GAME OVER
099:単純 ウェカピポ GAME OVER
099:単純 ルーシー・スティール 137:音もない砂漠に沈む (前編)
099:単純 ディエゴ・ブランドー 137:音もない砂漠に沈む (前編)

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最終更新:2014年06月09日 22:41