主導権を握る者が違えども柱の男の健脚は依然として健在であり、太陽がその頭を見せ街に光を振り撒き始める前にコロッセオの傍へと辿り着いた。
石造りの闘技場はこの殺し合いへと呼ばれる以前に訪れた時とまるで変わらぬ姿で威容を放ち続けており、それを確認した巨漢は忙しなく大地を蹴り続けていた脚の動きを緩める。
地図に示されていた地下への入口を探すため、日光で滅びてしまう自身の体を守るため、コロッセオの外周に沿って歩き出した男。
疲労感など一切感じていないが、レオーネ・アバッキオ"であった”男は大きく息を吸い込み吐き出す。
吐息に込められた感情は複数の色を孕んでおり、彼自身もどのような意図を込めていたのかハッキリとは分かっていない。
ただ、深呼吸でもしたい、そんな気分であった。
それだけは確かなこと。

人間臭いな。

そんなことを小さく呟いて苦々しげに笑う。
もはや怪物へと身をやつしてしまったはずなのに、あたかも人間であるかのような振る舞いをする自分がとても滑稽に思えた。
心の奥底で燻り続けている人間としての生に対する未練。
いずれは消さねばならぬと分かっていながらも、望みが叶うことが億に一つも無いことが分かっていても。
目的という名の覚悟で塗りつぶそうとしようと、石畳の間からミミズのように這い出してくる願望。
眼前の建造物が悠久の時を経ても変わらずその姿を保ち続けてきたよう、自分も変わらぬままでありたかった。
沸き起こってくる感傷的な思いに苛立ちが募る。
が、その感情も途中で途切れることとなる。

「ここが地下への入り口ってやつか……?」

足を止め、通路の奥を注視した男。
柱の男の眼力は地下へと続く下り階段の姿を明確に捉えていた。
目的地が見つかり、早速日光から逃れようと体の向きを変えるも、踏み出そうとした一歩が宙で止まる。

いや、日光に弱いってのがどれくらいのもんか確かめてみるのもありなんじゃねぇか?

もう後数分もすれば太陽が姿を現す。
自身の肉体が日光を弱点とすることは聞いていたが、それがどの程度なのかは知らぬ彼にとっては試すべき好機。
火傷をしながらジリジリと肌が灼けていく感覚を味わうことになるのか、それとも一瞬にして死に至ってしまうものなのか。
後者の可能性も存在している以上は賢明な判断ではないということは彼も分かっている。
だが今、男の心中を占めるのはどこか捨鉢な物。
『俺』として生きると言ったものの、死ぬのなら死んでしまっても構わないという後ろ向きな感情は拭い去ることが不可。
全ての警戒を捨てて棒立ちになる男。
しかし、その逡巡も一瞬にして断ち切り男は前へと歩を進める。
通路の入口に消えていった大きな背中からは彼の本心が如何なるものなのだろうか感じ取ることができない。
裸足であることもあって階段を下る足音は聞こえない。
少しずつ彼の背中が地下へと消えていく。
日の当たる世界から姿を消していく。
そこにあるのは一面に広がる闇。
レオーネ・アバッキオが所属していた社会の暗部とはまた違った闇。
途中で一度だけ首のみを振り返らせ外の世界を眺める。
男の瞳に世界はどのように映っているか。
無言のまま再び前を見据え、歩き出した彼の瞳には。



☆  ★  ☆








「――ブ、ブチャラティ!?」
「……ルーシー・スティール?なぜここに!?」


「………トリッシュ。よく無事で―――――」
「待ってブチャラティ!」









地下へと降り立った男の耳に入る複数の声。
駆け出した。
それを聞いた瞬間。
体の制御を失ったが如く。
勝手に脚が動き始めた。
足音を一切立てず。
かつ可能な限りの迅速さで。
ふと目を向ければ数百メートル先には見慣れた男の姿。
避ける。
障害物に隠れる。
道無き道を進む。
彼の視界に己の姿が入らぬことを願いつつ動く。
ボスの娘がいた。
見知らぬ男女がいた。
その事を確認しつつなお駆ける。
気が付かれずに彼らを置き去りにする。
余計なことなど考えぬ。
ただひたすらに姿を隠しながら走る。
走る走る走る。
走って走って走り続ける。



そして"人間の”目では決して目視が叶わぬ距離の倍以上を走りぬけ、ようやく彼の脚は動きを止める。
予め地図の内容を頭に叩き込んでいたことが功を奏した。
もしもあそこで彼らの声から離れようと動いていればそこに待つのは袋小路。
だからリスクを取ったとしても前に進んだ男の判断は正解に限りなく近いものであった。
ブローノ・ブチャラティの前に姿を現すという選択肢を除いての結果であったが。
咄嗟に逃げ出したのはなぜか。
パンナコッタ・フーゴには話すことができた真実をなぜ明かすことが出来なかったのか。
考えようとするもその答えは闇の中に消える。
直後に始まったスティーブン・スティールによる放送によって。











「チッ」

思わず舌打ちが漏れる。
近くに他の人間がいたらなんて考えない。考える気もねぇ。
もしそいつが乗っていて襲いかかってきたら殺すだけだ。
この化け物の体。戦った俺だから分かる、強さだけは一級線だからな。
そして俺は再び先ほどの放送へと頭を切り替える。
76人。150人いた参加者の内の過半数が6時間という短い時間で死んだ。
不幸中の幸いってやつだろうか。レオーネ・アバッキオと同じチームに所属していた人間は誰一人としてその名を呼ばれる事がなかった。
けどな、それが一体なんだってんだ?
生き死にの価値観が常人よりも薄い俺でも心に黒いものが湧き上がる。
嫌悪感に思わず表情が歪む。
反吐を吐きそうになるほどに迫り上がってくる不快感。
チームの人間は誰一人として呼ばれなかったとはいえ、放送の中に名を知っている人間がいくらかいた。
その中の一人は岸辺露伴
半ば事故のようなものだとはいえ俺の手で命を奪ってしまった人間。
自分を化け物の体におとしめた張本人。
ヤツのことについてごちゃごちゃ考えるのはやめにした。
どうせ俺の感情に決着がつくことなど無いのだから。
そしてもう一人。

「あのガキも死んじまったのか……」

川尻早人
リプレイ中に露伴が呟いた名前。
あの場面から考えるに該当するのは一人だけ。
直後に届けられた名簿を見たが他に『はやと』言う名はなかった。
つまりはそういうことなのだろう。
別れ際に見せたあの強い目を持っていたガキが死んだ。
レオーネ・アバッキオが最後に出会った人間が死んだ。
その他には何も知らない相手だったが、もう会うことがないと思うと無性に寂しく思えた。

「らしくねぇな」

感傷的になるなど本当に自分らしくないと苦笑。
思えば早人を救ったことも俺にとっては"らしくない”ことだった。
そんな感情を振り切るかのように別の思案へと頭を切り替える。

「ジョルノの野郎が名簿に載ってて放送で名前も呼ばれてないってのは一体どういう事なんだ?」

始まりの間において首を吹き飛ばされたのは見間違い様もないジョルノ・ジョバァーナ本人。
体格や服装、髪型、顔の全てにおいて男の知っているジョルノそのもの。
だとすれば可能性は二つ。
殺されたジョルノの名も名簿に載せているのか、もしくは殺されたジョルノは偽物なのか。
後者の場合、殺された偽ジョルノのあまりにも精巧な造りからスタンド能力が関与しているのは間違いない。
柱の男の五感を以ってしても参加者以外の生物が一切関知できない異常な空間。
紙の中に詰まっている支給品。
始まりの場から一瞬でワープさせられた現象。
これらの全てをたった一つのスタンドで賄いきれるとは思わない。
複数人のスタンド使いが運営に絡んでいるのだろう。
そこまで考えたところで思った。
馬鹿馬鹿しいと。
意図せぬ内に顔が笑みの形を作り出す。
俺にとっては慣れきったこの表情。

「くだらねぇ、どうせ俺には関係ねぇ話なのにな」

そうだ、これは俺の役割じゃない。
この手の仕事はブチャラティやフーゴ、気に食わねぇが新入りに任せればいい。
俺がやるべきなのは、殺るべきなのは。

川尻浩作や組織の連中も何人か死んだらしいが……」

事前に目を付けていた危険人物は死んだらしいが、まだこの会場には人を殺して回ってるクソッタレ共がいるはずだ。
だから殺す。
そいつらを一人残らず殺す。
ブチャラティ達の道に立ちはだかる連中を一人残らず殺す。
完膚なきまでに、一欠片の害も及ばせないようにぶっ殺す。
それが俺の仕事。

「さて、じゃあ探すとするかね、俺が殺すべき標的達を」





"殺す”
ギャングの世界では決して言うべきではないこの言葉を彼は何度も繰り返す。
何故なら彼はもはやギャングではないのだから。
ボスを倒して組織を乗っ取るというリーダーの野望に乗ることすらできなくなってしまったのだから。
彼は今、運命という巨大な歯車の中に取り込まれる奴隷として働くことを望んだ。
再びなにか大きなものに従って生きてゆきたいと願った。
何も考えず、何も得られず、ただただ働き続ける眠れる奴隷。
今の彼は言うならば生ける屍。
目覚めることを恐れ、眠りながら働く死者。

屍はたった一つ残されたと考えている存在意義に突き動かされて生きる。
それが正しいのか間違っているのか、それを考えることすらせずに。







【D-6 地下/ 1日目 朝】

【レオーネ・アバッキオ】
[スタンド]:『ムーディー・ブルース』
[時間軸]:JC59巻、サルディニア島でボスの過去を再生している途中
[状態]:健康
[装備]:エシディシの肉体
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2、地下地図
[思考・状況]
基本行動方針:護衛チームのために、汚い仕事は自分が引き受ける。
1.殺し合いにのった連中を全滅させる。護衛チームの連中の手を可能な限り、汚させたくない。
2.全てを成し遂げた後、自殺する。
【備考】
※肉体的特性(太陽・波紋に弱い)も残っています。 吸収などはコツを掴むまで『加減』はできません。








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最終更新:2012年12月29日 17:19