「DISCはお前目掛け投げつけたのではない。ホット・パンツだ。
 私は指令を書きこんだDISCを、彼女目掛け放り投げた。実際にこうなるかどうかは賭けだった。
 頭部にDISCが入らないかもしれない。もはやホワイト・スネイクにその力は残っていないかもしれない。
 ホット・パンツが完全に死んでいるかもしれない。彼女の手刀より、お前の拳のほうが早いかもしれない。
 全ては偶然だった。幾つもの“かもしれない”を潜り抜け……ここに私は立っている。そしてお前は地に伏している」
「………ッあ」
「弟よ、お前は運命に敗北したのだ。神が選んだのは私だ」

力なく伸ばされた腕は何も掴まずに、地に落ちる。
プッチの胸ぐらを握ろうと、二度三度、最期に虚しくあがくが、ウェザーの腕はそれっきり動かなくなった。
空っぽの瞳は憎き相手を捕えるでもなく、未来を見据えるでもなく、ただ虚空を見つめる。

プッチはウェザーの傍らに立つと、そっと優しく語りかけた。
もう決して間にあうことのない病人を見送るような、そんなそっとした口調でプッチは言う。

「天に召される前に何かいい残したことはないか?」

辺りを包んでいた雨音が段々と遠くなる。湿った服の冷たさが染みいるまでの長い沈黙の後、ポツリとウェザーが呟いた。


「……―――雨を、ふらしたんだ」
「……なに?」


ウェザーはぼんやりとした表情で、プッチに顔を向ける。
その目は確かにプッチを見つめていると言うのに、どこか遠くのものを眺めているかのごとく、深く澄んでいる。
ウェザーは雨をふらしたんだ、とだけ繰り返した。困惑するプッチ向かって、そう言い続けた。
言葉は途切れ途切れでえらく聞き取りづらい。プッチが身をかがめて、口元に耳を寄せる必要があったくらいだ。

途中で何度もつっかえながら、血をせき込み吐き出しながら、それでもウェザーは懸命に言葉を紡いだ。

「俺は、ただ……雨を振らしただけなんだ。そこから先は、運……だった」
「……何のことだ? 何を言っている?」
「た、だ雨を……振らしただけ。それだけなんだ……。だから、立ち……あがったのは“彼”の意志だ。“彼”、自身の 強さだ……。
 ほんとに、ほ んとにありがとう……それしか言葉が出な……い。彼は 俺を信じて く……れた。俺は彼を救え た。
 記憶のないこの俺を……、人殺しのこの俺が……」

天より降りそそいだ水滴が、ウェザーの頬に落ちると、涙のように伝っていく。
雨はほとんど上がっていた。黒くぶ厚い雲は頭上を去り、本来の天気が辺りに戻って来る。

何かがおかしい。何かが、変わってきた。

プッチはゆっくりと振り向いた。雲が去り、雨が上がり、辺りは温度のは急激に上昇する。
その影響で濃い霧が街を包んでいた。前方十数メートルは立ち上った水蒸気が遮り、多くの影が蠢いては怪しく揺れる。
プッチの眼はその蠢きの中に異質のものを捕えた。あれは……ちがう。あの蠢きは、あの揺れ方は……本物の人影だッ!


「ありがとうを言うのは、僕のほうです」


コツン、コツン……と革靴の音が民家に反響する。頭上の雲が薄れ、少しずつ太陽が街を明るく照らす。


「そして同時に謝らなければいけません……」


霧が晴れ、その中から一人の少年が姿を現した。
プッチは反射的に胸のポケットに手をやった。ない。そこにあるべきはずの、“あの”DISCが……。
一枚のスタンドDISC、三枚の記憶DISC……。そしてあるはずの“四枚目の記憶DISC”……!
一番大切にしまっておいたはずのあのDISCが……! 決して手放さんと、丹念にしまったはずのあの記憶DISCが……―――!


―――『ロックコンサートにでも行こうというのかい、神父様』


「ハッ!? ウェザー、貴様まさかッ!?」

ウェザーは何も答えなかった。否、答えれなかった。
答えるにはあまりに血を流しすぎていた。いつ死んでもおかしくないぐらいだ。
文字通り血の池にその身体を鎮めながら、ウェザーはそれでもプッチに向かってニヤッと笑って見せた。

その通りさ、と馬鹿にするように。今頃気づいたのか、馬鹿めと言わんばかりに。

「あの一撃はこの布石だったのか……ッ!? 全てはこのため、全ては“彼”のために……ッ!?
 何故だッ!? 何故そんなことができたッ!? 何故お前は今日会ったばかりの、見ず知らず同然のヤツを信用して……ッ
 そのもののために命すらかけたと言うつもりかッ―――!?」

プッチとの距離およそ10メートル。“少年”は歩みを止めなかった。
爛々とその瞳輝かせ、傍らに黄金のスタンド並び立たせ、希望に満ちた表情をして。
少年は歩みに合わせて、話を続ける。雨は既に止んでいた。濡れた街の向こうには、一本の虹が弧を描いていく。


「『何かあったら雨が教えてくれる……』、貴方のその言葉を僕は危険信号だと思っていました。
 一種の救助サインだと、助けを求めるサインだと、僕は勘違いをしていたのです。
 だが違いました。あの雨こそが……、あの豪雨こそが、僕を救ったんです…………ッ!」


ウェザー・リポートは戦いの直前に、プッチがDISCを胸ポケットにしまっていたところを見ている。
すぐにでも取り返そうとは思っていなかった。正直に言えば戦いに勝ち、復讐を果たすことが一番の目的だったから。
けれども、取り返そうとする意志は衰えていなかった。ウェザーは自責の念を抱えていたのだ。
“彼”を巻き込んだのは自分だと。自分こそが彼とプッチを引き合わせてしまった。
自分のせいで、“彼”はこんな目に会ってしまったのだ、と……!

だからDISCが落ちた時、ウェザーはそれを見逃さなかった。そして自分が負けるかもしれないと思った時、瞬間的に閃いたのだ。
この豪雨を利用してやろう。濁流のように湧きあがった雨粒をコントロールし、彼がいるあのカフェまで……彼が寝るあの部屋まで。
このDISCを運んでやる、と。そうしたならば、仮に負けたとしても心おきなく逝くことができる、と……。


ウェザーは今にも落ちてきそうな瞼を必死でこじ開けると、プッチの背中越しに彼の姿を捕えた。
ウェザーが笑えば、彼も笑い返してくれた。ひどくやられたな、という顔をしたので君ほどじゃないと、おどけてみせた。
そんななんでもないやり取りができることがうれしかった。こんな死に間際でも彼とそんな些細な、友人のような挨拶ができ、ウェザーは心の底からそれを喜んだ。

“彼”がいう。力強い、何もかもに任せられるような、エネルギーに満ち溢れた声だった。


「ウェザー・リポート、あなたの覚悟は天降りそそぐ太陽よりも貴く、まばゆい光を放っている……!
 その誇り高き輝きが照らし出した道は……この僕を導き、呼び寄せたッ!
 僕は貴方に敬意を表します、ウェザー……! そして貴方は死なせない……!
 この“ジョルノ・ジョバァーナ”の名にかけて! 僕はッ! 必ず貴方を救いだすッ!!」





―――雨が上がった。ジョルノを照らし出すように、ぶ厚い雲の隙間を切り裂き、太陽の光が降りそそいだ。


そうさ、俺はウェザー・リポートさ。お天道様の名前をしてるんだ。イカすだろ? なぁ、ジョルノ……。
口の中で、自分だけに聞こえる冗談を口にしてウェザーはそっと目を閉じる。
そのまま全身を包む無力感に逆らわずに、彼は闇に意識を手放した……




辺りの景色は様変わりしていた。
雲は流れ、霧は晴れ、さんさんと輝く太陽が照らす。
気温は上昇し、フライパンを温めるかのごとく地面が熱を帯び始めた。
プッチが口を開く。ジョルノが来たときの動揺や驚きは既におさまっていた。


「大見え切って啖呵を吐いたのはいいが……足元がふらついているぞ、ジョルノ・ジョバァーナ」
「…………誰のせいでそうなったか、とぼけるつもりですか」


ジョルノを中心として円を描くように、足をすすめていく。
左に流れていくプッチを追うことなく、ジョルノは身体を傾けるだけで動かなかった。
互いに様子を伺う慎重な立ち回り。戦いは既に始まっている。しかし激突の時は、まだ“今”ではない。プッチは話を続ける。


「君におとなしくしてもらうにはああするしかなかった。時間が必要だったのだ。
 これは私と弟、私とウェザー・リポートの問題だ。何も知らない君に首を突っ込んでもらいたくなかった。
 それが結果的に、ああいった形で君を傷つけるようなことになってしまったのは……謝りたい。本当に申し訳なかったと思う。
 だが君には必ずやDISCを返すつもりだった。それだけは神に誓ってもいい。私の本心だ」
「僕が神ならば例え一時とはいえ、他人から記憶を奪う盗人を赦すつもりはありません。それが神父というのならばなおさらです」
「神はいつだって私に寄り添ってらっしゃる。時に神は人知を超えた行動をとることもある。それが神だからだ」
「神の選択と言えば何でも許されると? まるで免罪符ですね。神が聞いて呆れます」


じりじり、じりじり……プッチは足を止めることなく、ジョルノの周りを回り、最適な角度を探す。
地面の状態、背後にさがるスペースの少なさ、ウェザー・リポートと射線を重ねること。
“攻撃”に必要な条件はそろっていた。あとはタイミングだ。一瞬でもいい、あとはジョルノが見せる隙を待つのみ……。


「君はまだ若いから知らないのだろう。人間はそれほど強くない。
 不都合がその身に襲いかかった時、不条理なことが起きた時、納得のいかない災害に襲われた時……。
 縋るモノが必要だ。祈るモノが必要だ。自分を支えてくれる、見持ってくれている存在が。
 そんな神と呼ばれる存在が……弱い人間を強くする時がある」
「……ならば僕には神は必要ありません」
「……なに?」
「そんなものが神ならば、こっちから願い下げだと言ったのです」

思わず足が止まった。それは聞き逃せない言葉だった。
プッチの怒りを込めた視線を受け止めながら、ジョルノは鋭く返す。

エンリコ・プッチ、あなたは悪だ。それもこの世で存在するなかで最も醜い悪、独善に満ちた悪だ。
 貴方は自分が正しいと思っている。まごうことなく正義だと自分を信じている。大した精神力です。すがすがしいほどの割り切りだ。
 だが違う。そんなものは正義ではない。邪悪だ。
 貴方はそうやって自分が信じる正義のために! 自分の信じる正義を振りかざしたいがために!
 何人ものを無知なるものを踏みにじってきた……吐き気を催す邪悪だ!」

民家の壁に反響し、辺りはジョルノの叫びで埋め尽くされる。
最後にひときわ大きな声で叫ばれた邪悪だ、の一言が何度も何度も繰り返される。
邪悪だ、邪悪だ、邪悪だ……。険しい顔のプッチはやがてふっと顔をあげるとため息を吐いた。
彼の顔にはやれやれ、といった表情が浮かんでいる。


「……君には失望した、ジョルノ・ジョバァーナ」


目を閉じ、頭を振る。聞き分けの悪い小僧を相手するのはつかれた、と言わんばかりだ。
ホワイト・スネイクが新しく一枚のDISCを創り出す。プッチはそれを無造作に、ジョルノの前に投げ捨てた。


「幸運なことを一つ上げるならば……君がDIOと会う前にこうして私と会えたことだな
 君には相応しい役割を演じてもらうことになりそうだ。王には王の、料理人には料理人の、そして皇子には皇子の役割がある。
 今はわからなくてもいい。段々と君もわかり、そして身につけていくがいい。だが私はDIOを失望させたくない」
「なんのつもりですか」
「そのDISCを頭に入れろ。そうすれば一時的ではあるが君はそのバカげた考えを忘れることができる」
「拒否します。僕は操り人形なんかじゃない」
「やれやれ、DIOにこんな報告をするのは心苦しい事だが……そういうのならば仕方ない。
 君の息子は随分と聞き分けの悪い男で、しかたなく私が処分した……なんて報告を聞かせるようになるとはなッ!」


言い終ると同時にDISCがものすごいスピードでジョルノ目掛け飛んだ。
ジョルノはゴールド・エクスペリエンスではじきとばし、その一撃を回避する。
と、同時にプッチ目掛けて駆けだした。答えるように、プッチも走る。二人の距離はあっというまに縮まっていった。

白の大蛇、黄金の戦士。激突の時が来た。互いに吠え声をあげながら、二つのスタンドがぶつかり合う。


「ホワイト・スネイクッ!」
「ゴールド・エクスペリエンス!」

―――……戦いが始まる。




二人の力は五分と五分。プッチはウェザーとの戦いで消耗し、ジョルノは記憶を取り戻したばかりで本調子じゃない。
プッチは強引に攻勢を仕掛けていった。長期戦になれば先に体力が削れているプッチが押し負ける。
ジョルノが調子を取り戻す前に決着をつける。狙うは短期決戦……、呼吸を整える前に終わらせてやる!

「……くッ」

苦しそうな、短い息がジョルノの口から零れ落ちる。
心臓目掛けて放たれたプッチの手刀を間一髪のところで防ぐ。鋭い一撃だった。ワンテンポ遅れたら、殺られていた。
続けて放たれた回し蹴り。今度は防げなかった。体勢が崩れたところに重い蹴り。
腹をけり飛ばされ、ジョルノの細い体が吹き飛ばされる。民家に叩きつけられると呼吸が止まった。
ガハッ、と空気が肺から押し出され、同時に血を吐きだす。プッチは隙を見逃さず、攻撃を畳みかける。

石を穿つ音がひびき、ジョルノ顔のすぐそばをホワイト・スネイクの拳がとんだ。
背後の壁を削りながら、構わずプッチは攻撃を続ける。ジョルノは避けの一手だ。攻撃をする暇もない。プッチの猛攻がそれをさせなかった。

しかし何の策もなかったわけではない。
攻撃をかわし続ける中でジョルノのスタンドは既に壁に触れていた。その壁から既に、生命を産みだしている。

「小賢しい真似をッ!」

まとわりつくように伸びた蔦をさけるため、プッチが一旦距離をとる。
今度はジョルノの番だ。ゴールド・エクスペリエンスが躍動すると、プッチ目掛け拳を振るった。
地面を砕き、民家を崩し、辺りを破壊しながらゴールド・エクスペリエンスがプッチを追いかけていく。
だが完全にとらえるには至らない。後一手が足りない。どうしてもプッチを捕えられず、いたずらに住宅街を破壊する音が木霊した。

「どこを狙っているッ!」

何度目になるかわからない破壊音、そして伸びる蔦。プッチはかわす。もう何度繰り返したかわからない攻撃と回避。
ジョルノは少し離れたところで膝をついて、息を荒げていた。段々と攻撃が単調になっていた。体力の回復より消耗が上回っていたのだろう。
状況はプッチに傾いた。腰を落とし、瞬時に踏み込むと間合いを詰める。
ジョルノが敷いたガードの上から強引に殴りつけてゆく。パワーでのごり押しだ。実際、今のジョルノにそれを受ける体力はない。

焦燥が表情に浮かぶ。徐々に、そして少しずつ、ジョルノの体にダメージが浮かんでいく。
頬に走る真っ赤な線。身体に浮かぶ真っ青なあざ。少しずつ、だが着実にジョルノの体は浸食されていく。
一方プッチに消耗は見られなかった。攻勢一方なのだから当然だ。
つまるところ勝負の分かれ目はひとつだ。消耗したジョルノにプッチを押し返す力はあるのか。プッチを防戦に持っていく策があるのか。

ついにプッチがジョルノを追いつめる。
街中を飛び回るように戦っていた二人が辿りついたのは袋小路。三方を高い壁に囲まれて逃げ道なし。正面にはスタンドを構えたプッチがいる。
ジョルノの額を汗が伝った。それは疲労ゆえのものなのか。追いつめられた危機感ゆえのものなのか。

ゆっくりと、そして確実にプッチが距離を詰める。後ずさりしていたジョルノの身体が壁にぶつかった。
もう時間を稼ぐことも不可能。消耗したジョルノに正面のプッチを打ち倒すことも無理。
観念するんだなと、プッチが言った。文字通り将棋やチェスでいうところの『詰み』だ。ジョルノは唇を噛み、青い顔で黙り込んだ。

「覚悟するんだな、ジョルノ・ジョバァ―ナ……ここまできたら逃げられない」
「“覚悟”……ですか。それなとうに済ませましたよ」
「ふっふっふっ……殺される覚悟か? それとも自分を捨てる覚悟か?」
「いいえ、そのどちらでもありません。僕にできた覚悟、それは…………」

疑惑がもたげる。不安がよぎる。思わずプッチの動きが止まってしまった。
ジョルノはすでに疲れ切っている。そこに偽りはない。
ダメージも相当のものだ。生傷、青痣、骨折、打撲……プッチはジョルノに生命を生み出す隙、治療させる隙を与えなかった。
つまり状況は圧倒的有利なはずだ。ここからプッチに負ける要素など、皆無のはずだ。

―――ならばこのジョルノの余裕はなんだ? その顔に浮かんだ不屈の心は、輝くきらめきは……?



「危険を冒してでも貴方を殺す覚悟です」
「……なに?」

プッチの問いかけは地響きに紛れ、ジョルノの耳まで届かなかった。
直後、辺りを揺るがすような轟音が響いた。否、事実、現象として辺りが揺らいだ。
プッチの足元が崩れる。ジョルノが倒れた地面が割れる。民家が、壁が、木が、街が…………!
突然足元に生まれたぽっかりとした穴に二人の体が吸い込まれていくッ!

「ゴールド・エクスペリエンス!」
「うおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!?」

プッチは見た。そして理解した。
固いコンクリートを貫き張り巡らされた根。水道管をぶち抜き伸びる木々。
ついさっきの光景が頭の中で再生される。つまりは『こういうこと』だったのだ。すべてはジョルノの策だったのだッ!

ジョルノの攻撃はプッチを狙っていたのでない。地面だッ!
すべてはこの時のため、プッチをはめるためッ! ジョルノは! あえて大振りで拳を振るったッ!
プッチに悟られぬよう、あえてそうしたのだッ

底知れぬ闇に落ちていく二人。プッチの叫びが聞こえる。
どこまで落ちていくんだろうか。この先はどこに通じているのだろうか。
まさか行き着く果ては……転落死? 固い地下通路にたたき伏せられ、この私が……こんなところで…………死ぬ?


―――バシャンッ



「こ、これは…………“水”……?」

濡れた顔を拭い、足着かぬ縦穴で泳ぎながらプッチは上を見上げた。
相当深いところまで落ちたようだ。さっきまで見えた太陽がまるで針の穴かのように細く小さく、上から射している。
辺りを見渡せば少し離れたところにジョルノもいる。闘志は衰えていない。ここからが勝負だということか。
足場もない水の中、そこでの真っ向勝負と洒落込むわけか。

「貴方は覚悟を口にした……それは軽々しく口に出してはいけない言葉だ
 なぜなら覚悟とは与えらるものでも押し付けられるものでもないからだ」

しかし直後プッチは自らの勘違いに気づく。ジョルノの言葉が狭い穴の中で増幅される。
ジョルノの策は終わっていない。むしろここからだ。逃れられない結果だけが、そこには存在していたのだ!


「覚悟とはッ! 己の意志で、自らの手で……光り輝く明日を切り開くことだッ!」


顔を打つ雨粒。滴り落ちる水滴。そして聞こえる轟音。水の音。
太陽がさえぎられる。黒い雲が細い光を遮り、今にも泣きだしそうな天候がプッチを見返した。
絶望に染まった顔でプッチはジョルノを見た。ジョルノは何も言わなかった。スタンドすら構えなかった。
なぜならここに落ちた時点でプッチは“終わっていた”のだから。
なすすべもなく“死ぬこと”だけは、すでに決まりきった“運命”なのだから。


「嘘だ……ありえない。この私が、この私がこんなところで、こんな小僧と共に…………ッ!!」
「“覚悟”してもらいますよ、エンリコ・プッチ…………」


縦穴に水が流れ込む。ゆっくりと、そして次第に加速して。肩までだった水が顎まで伸びる。顎までだった水位が唇まで上がる。
ジョルノはゴールド・エクスペリエンスであちこちの水道管をひねり、曲げて、そしてこの縦穴に流れ込むように細工した。
ウェザー・リポートの豪雨を最大限に利用したのだ。

逃げ道はない。今のプッチに縦穴を上る力は残されていない。仮あったとしてもジョルノがそれを許さない。
逃げようにも足は底をつかず、絶えず立ち泳ぎ状態。辺りはすべてに壁に囲まれている。
井戸に落とされたも同然だ。そして井戸に突き落とされたままそこに水がなだれ込めば……しかも記録的、災害的豪雨の直後であったならば……。

「このちっぽけなゴミ糞がァァアアア――――ッ!」


やけっぱちに悶えたプッチのスタンドがジョルノに迫る。ジョルノは冷静に、落ち着いて……一閃。
黄金の輝きがクロスカウンター気味に拳を叩き込んだ。つぶれた饅頭のような格好でプッチがうめき声をあげる。
ジョルノは止まらない。ジョルノは今一度、力を振り絞り、すべてのエネルギーを解放し……スタンドの拳をプッチ目がけ叩き込んだ。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――」


雨よりも多い拳がとぶ。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――」


風よりも早く拳が打つ。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――――――――ッ!」



そして耳をつんざく轟音と共に、この世の終わりを思わせるほどの濁流が天より降りそそぎ……二人の姿は見えなくなった。
そこにあったのは水。二人は水に飲みこまれ……そして浮かんでくるものは何一つなかった。






「終わったのか……」

底も見えないほどの深さの池の近くで、男の声がそう問いかけた。
ウェザー・リポートは身体を引きずりながらジョルノとプッチが落ちていった池を覗き込む。
真黒で何も見えない。あの大雨全てが流れ込んだのだ。二人が生きてるはずがないだろう。


――――もしもなにも策を講じていなければ、だが


「……ぶ、はアッ!」
「ジョルノ、大丈夫か」

池から二本の腕が伸びると、水面からジョルノが顔を出した。身体には何十もの蔦が絡まっている。そしてその腕に丸々と太った魚が一匹。
ジョルノはあの濁流を乗り越え、底知れない池より這い上がり、見事に生還した。
ジョルノの完全勝利だ……! プッチは死に、ジョルノは生き残った……!


濁流が流れ込んだ瞬間、ジョルノは頭上と体全身をスタンドで生んだ木の葉でつつんだ。
あの状況で真っ先に死ぬ要因として挙げられるのは溺死でなく、圧死。
何万トンもの水が、雪崩のように流れ込むのだ。そのまま何もせずにいたならば、まず真っ先に水の重さで、潰れて死ぬ。
ジョルノはそれを避けるために、隠し持っていた木の葉、木の枝、あらゆるものを身に纏った。
プッチとの戦いでそれをしなかったのは機動力を殺さないため。そしてプッチに攻撃してもらうためだ。
ジョルノにとって避けなければいけなかった事は長期戦と、ウェザーをいけにえに取られるような行為だったから。
長引けば体力を限界まで削りきっていたジョルノは押し負けていだろう。そのためにもカウンターではなく、一撃で沈める必要があったのだ。

水の濁流をスタンドの反射で乗りきり、次にすべきことは脱出だ。
圧死は免れたとしても深さ20メートルはあろう縦穴からの脱出は困難必須。
一度に流れ込んだ水流が安定するのには時間がかるだろうし、渦潮のように滅茶苦茶にうごきまわる可能性もある。
人間の体は自然と浮かび上がるようにできているとはいえ、それを待っていては窒息死、あるいは戦いの中でついた傷が開いて失血死が待っている。

ジョルノがとった策は二重。穴の外にいるウェザーによるサルベージ。そして生みだした生命が元の持ち主戻ろうとする性質を利用するもの。
生みだした魚は生まれた地上目指し上昇する。舵を取るように蔦が動けば、もう大丈夫だ。
何をする必要もなく、ジョルノは水面にたどり着く。そうして今、こうやって彼は生きている……。

「やったな」

柔らかな笑顔をこぼし、ウェザーが言う。水を滴らせながら呼吸を整えていたジョルノはその言葉に顔をあげ、そしてニヤッと笑った。

「目にもの見せてやりました」

ぱんっ、と乾いた音が辺りに響く。二人の掌がぶつかり合う音だ。高らかに鳴る勝利の音。
ウェザーは笑った。ジョルノも笑った。この勝負、二人の勝ちだ。しかもただの勝利ではない。二人がいたからこそ、二人だったからこその勝利。
どちらかが欠けていても負けていた。どちらかの意志が伝わらなかったら負けていた。
二人こその勝利。二人だけの勝利。それはとっても嬉しい事だ。境遇を越え、年齢を超え、二人が真に心を通じ合わせた証拠とも言えよう。


「ジョルノ」
「はい」
「頼みがある」
「はい」
「アメリカ、フロリダ州メーランドに俺の家族の墓がある。母、父、そして妹……一家の墓なんだ。
 そこに俺の名前を刻んでほしい。頼まれてくれるか?」


だからこれは悲しい事ではない、とジョルノは自身に言い聞かせようとした。
血を流し、白色の顔で倒れたウェザーを見て、奥歯をグッと噛みしめた。
既に手遅れだった。最後のあの豪雨、大穴に雨を流し込んだ時点でウェザーの命は燃え尽きていた。
否、実際はもっとそれよりも前に、ウェザー死んでいたのだ。ウェザーが今動けているのはジョルノのおかげ―――。


「君が悲しむ理由はない。君がダービーズ・カフェで俺に拳を叩きこんだ時、ちょっぴり君のエネルギーをわけてもらえた。
 そうでなければ俺はとっくに死んでいる。今こうやって話していられるのも君のおかげなんだ。だから悲しむことじゃない」
「わかっています……。わかってはいるんです……」
「ジョルノ、君は俺を救ったんだ。家族との決着を済ませた。一夏の恋物語もついに決着だ。
 もうなにもいらない。登場人物はとうに皆、死んでいる。だから今度は俺の番。ただ今それが来ただけ。
 それだけのことなんだ……」

時が来ようとしている。二人は口にするまでもなくそれを察した。
残る力を振り絞って、ウェザーが腕を持ち上げる。その手を受け止め、ジョルノが手を握る。
死ぬ間際とは思えないほどの温かくて力強い握手を交わし、二人は言う。別れの言葉だ

「君と友達になれて良かった、ジョルノ」
「僕もです、ウェザー・リポート」


太陽が真上から二人に降りそそいだ。そして一瞬雲が横切って……再び光が見えた時、既にウェザーはこと切れていた。
冷たく硬くなった手に一度だけ頬よせ、ジョルノ目を瞑った。

仲間がいた。上司がいた。敵もいたし、コイツだけは許せないと思うヤツも何人もいた。
ウェザーはそのどれにも当てはまらない不思議な人物だった。
互いがどんな音楽を好きかも知らない。食事を一緒にとった回数だって一度だけ。
今回だって共に戦ったとはいえるが、肩を並べて戦ったわけではない。


「人と人との出会いは偶然です。もしかしたら、それは運命と言えるのかもしれません」


それでもジョルノにとってウェザーは友人だった。
年齢も人種も性格も境遇も全く違うが……違うからこそ芽生えた不思議な連帯感はそうとしか形容ができなかった。
もっと一緒にウェザーといたかったとジョルノは思った。
記憶を取り戻したウェザーは予想以上に激情家だったが、そんな一面も新鮮で面白いと思えた。
落ち着いた一面だって素敵だった。物静かで、読書や音楽を楽しむ時に一緒にいてくれるだけで幸せにしてくれるんじゃないかと思った。
そんな風に期待できる何かを、ウェザーは持っていた。


「だったら僕はあなたと出会わせてくれた運命に感謝します」


約束は必ず守ってやる。この戦いを終えたらウェザーの言った通りに、花束を持ってアメリカにわたり、そして彼の名前を刻んでやる。
とびっきり派手にだ。なんだったら墓一つ丸々作り変えてもいい。
名前以外になんて刻もうか。偉大なる気象予報士、ここに眠る、なんてジョークを書くのがアメリカ式なんだろうか。

「さよなら、ウェザー・リポート」


ジョルノは振り向かない。冷たく転がる遺体に一瞬も目をやることなく、彼は先に向かって足をすすめた。
いいだろう、約束してやる。約束してやるとも。
ウェザー・リポート、僕がまとめて救います。貴方を救ったよう、僕は皆を救います。
もう誰も失わない。もう誰も死なせません……!


決意を胸に少年がいく。その背中を押すように温かな光線が降りそそいだ。
雲は去り雨は上がり太陽が輝く。ジョルノは進んでいく。その輝ける未来めざして。







【ホット・パンツ 死亡】
【エンリコ・プッチ 死亡】
【ウェザー・リポート 死亡】

【残り 58人】







【C-2 北部/ 1日目 午前】  
【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:体力消耗(小)
[装備]:閃光弾×3
[道具]:基本支給品一式、、エイジャの赤石、不明支給品1~2(確認済み/ブラックモア
    地下地図、トランシーバー二つ
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。
1.ミスタ、および他の仲間たちとの合流を目指す。
2.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
[参考]
※時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
※ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。

※ウェザー・リポート、エンリコ・プッチ、ホット・パンツの支給品、デイパックを回収し、必要なものだけを持って行きました。
 必要のないものは全て放置しました。回収したものはエイジャの赤石、不明支給品、トランシーバー二つ、閃光弾二つ、地下地図です。



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時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
135:Catch The Rainbow...... ジョルノ・ジョバァーナ 149:それでも明日を探せ
135:Catch The Rainbow...... ウェザー・リポート GAME OVER
135:Catch The Rainbow...... エンリコ・プッチ GAME OVER
135:Catch The Rainbow...... ホット・パンツ GAME OVER

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最終更新:2013年12月19日 10:04