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  「ようこそ……男の世界へ…………」     
                            ―――リンゴォ・ロードアゲイン


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僕らが話を終えてどれぐらいの時間がたっただろう。
真昼だと言うのに北向きのキッチンは薄暗く、僅かに入った日差しもどこか埃っぽい。
向かいに座った千帆さんの頬に長い影が落ちる。彼女が首を傾げるたびに髪の毛が揺れ、衣擦れの音が僕の鼓膜を震わせる。

壁時計が沈黙を破るように時を刻む。チクタク、チクタク……チクタク、チクタク……。
不意に、壁越しに男たちの声が聞こえた。一つはさっき千帆さんと一緒にいた男の声。そしてもう一つは……聞き覚えのある声だった。
椅子を引き、立ち上がる。千帆さんは顔をあげ、何か言いたげな表情で僕を見る。僕も彼女を見返す。沈黙が流れる。

チクタク、チクタク……チクタク、チクタク……。そして僕は扉に向かう。


「ジョニィさん」


僕を引きとめるように、彼女が僕の名を呼んだ。懸命に、何かを訴えるようにその目は僕をまっすぐに射抜いて行く。
僕は立ち止まり、その目を見つめ返す。睨み返す、と言ったほうが正確かもしれない。
たじろく彼女に指を突きつけると、 僕はこう言い放った。


「君の言い分はわかるし、必死だってこともわかる。
 できることなら協力してあげたい、殺さずに済むのであればそれに越したことはない……。
 それは僕が感じていることでもあるからね」
「なら……」
「けどもしも彼が、蓮見琢馬が僕の邪魔をするというのなら僕は手を止めることができない。
 繰り返すことになるけど、これは決定的なんだ。僕の確固たる意志なんだ」


一言一言僕が言葉を吐き出すたびに、彼女の顔は大理石のように固まっていった。
真っ白になった彼女の顔を見て、胸が痛まないと言えばウソになる。
けど、仕方がない。こればかりは避けようもないほどに、僕の中では“絶対的”だった。曲げることのできない、確実なものだった。

もしも蓮実琢馬が僕の行く手に立ちふさがるのなら……僕は宣言通り彼を撃ち抜く。僕のこの手で、容赦なく。

男たちの声が大きくなった。僕は彼女に向かって話を続ける。
弱った動物に止めを刺すかのように、僕は言葉を振りおろす。


「殺し合いという舞台に立った以上、望むに望まざるに戦いは避けられない。
 僕には叶えたい目的がある。必ず会わなければいけない友達がいる。
 そのためなら……なんだってする。僕にはその覚悟が、ある」
「…………」
「優しさで誰かを救えるなら僕だってそうするさ。だけどそうじゃない……本当に誰かを救うのは強さだ。優しさなんかじゃない。
 今までも……そして、これからも…………ずっと」

扉をあけると暗闇を切り裂くように陽が刺した。眩しさに目を細めながら外に出る。僕は後ろを振り返らなかった。
彼女がどんな顔をしているか、見たくはなかったから。


「夢見る少女じゃ世界を救えない。僕はそう思うよ、双葉千帆さん」


バタン、と扉が閉まる音がする。あの薄暗い部屋に彼女を閉じ込め、僕は光の中を進んでいった。





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  「その子からさあ、きたない手をはなせよ。どうせ小便してもあらってないんだろ」    

                                    ―――蓮見 琢馬


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「なるほど、話はわかった」


プロシュートさんの声はどことなく歯切れが悪い。そっとばれないように視線をあげると、彼は何も言わずにコーヒーを一口すすっていた。
キッチンの窓を背にした彼の表情は影になって、よくわからない。
けど、なんとなくだけど……どこか面白可笑しく思っているように、私には見えた。

ジョニィさんとの話し合いに時間はかからなかった。
お互いに出会った人について、知っている人について、危険人物の特徴、支給品の披露などなど……。
けど結局はそこ止まりだった。ジョニィさんは辛抱強くて、気が利いて、冗談を言って私を笑わせてくれたりしたけど一緒にはいられなかった。
一緒にはいてくれなかった。

話し合いが終わるとジョニィさんは私を置いて出ていってしまった。
少しの間、外ではなしあうような声が聞こえ、入れ替わりにプロシュートさんが部屋に入ってきた。
放送も近いし昼飯でも食べておこう……そう言って私たちはここに留まり、私はプロシュートさんにジョニィさんの話をしていたのだ。

彼の真っすぐな目と、折れることのない硬い、硬い意志について……。


「もしもここがタダの街で、俺とお前が偶然街ですれ違うような関係で、それでもってたまたま何か事件に巻きこまれただけとしたら……俺も同じことを言っていたかもしれない」


コーヒーの香りをぬうように、プロシュートさんの言葉が飛びこんできた。
顔をあげた私を見て、彼は話を続ける。


「俺もジョニィ・ジョースターと一緒だ。
 目的のためならば手段を選ばない。他人を蹴落とす必要があるならそうする。ぶっ殺すと心の中で思った時には既に行動は終わっている。
 心やさしいなんて的外れもいいところだ。そんな人種だ、俺たちはな」


コト……、陶器が触れ合う音が響いた。私は両手の中にあるマグカップを見下ろした。
真黒な液体の中で、白い顔をした私自身が見つめ返している。
どこまでも深く、濃い、真黒な渦の中で。


「だけど、死んだ。そんな人種と呼ばれる俺の仲間たちは六時間も持たずに、死んだ。どいつも俺より凄い奴らばかりだって言うのにな。
 一人は俺以上に強くて、頑固で、厄介な野郎だった。
 一人は俺以上に頭が回って、冷静で、冷酷だった。
 一人は俺以上に意地汚くて、しぶとくて、ぶっ殺しても死なないような奴だった。
 それなのに死んだ。そしてお前は生き残っている」
「プロシュートさん、私……」
「千帆、お前はとびきりの大甘ちゃんだ。 誰かを蹴落とすなんて考えたこともないって面してる。
 誰かを犠牲にするぐらいなら私が犠牲になってもいい、そんな夢みたいなことを大真面目に考えてる。
 実に、馬鹿馬鹿しくなるほどに、世間知らずのお嬢様だ」

言葉とは裏腹に、プロシュートさんの顔には笑顔らしきものが浮かんでいた。
コーヒーから立ち上る湯気越しに、微かに浮かぶ頬笑み。唇をひん曲げただけの不器用な笑顔は、それでも私を励ましてくれた。
これでもいいんだって、そんな気分になった。

女々しいかもしれない。臆病かもしれない。
でもそれはもしかしたら私にしかできないことかもしれないんだ。
私だけが持つ、大切なものなのかもしれないんだ……。


「そんな大甘ちゃんだから、俺はお前に賭けることにしたんだ」


ポケットに入っている歪な形の黒い武器。傍に佇むならず者剥き出しの男の人。
どちらも私からは遠く、遠くのものだった。けど今は、それ全部が大切に思えた。

強くならなきゃいけないと思った。ジョニィさんにああやって言われて、何一つ言い返せなかった事が急に悔しく思えてきた。


「少し寝ておけ、放送が始まったら起こしてやる」


目を閉じると暗闇が広がる。奥行きのない、どこまでも広がっていく闇。
私は何て言えばいいのだろう。こんな目をした、あのジョニィさんに何て言えば“勝つ”ことができるのだろう。
眼を開けてみれば差し出した腕はどこにも届かず、ただ天井向かって延びただけだった。

私はまだ、答えられない。けどいつかは……“答えられるよう”になりたい。




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  「来いッ! プッチ神父ッ!」     
                            ―――空条 徐倫


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「俺はそう思うよ、ジョニィ」
「だったら尚更僕は一緒にいられない」


足を引きずりながら進む俺と、ただ真っすぐに進んでいくジョニィでは彼のほうが歩くペースが速い。
少しだけ前を行くジョニィの後ろ姿を見つめながら俺は見たこともない、その双葉千帆という少女のことを考えた。
何故だか彼女の姿はイメージの中で、俺の愛した少女と重なった。

それは彼女がきっと……双葉千帆が徐倫と同じぐらい優しい子だと俺が思ったからだ。
殺したくない、傷つけたくない。誰だってそう思うだろう。
彼女に足りないものがあるとするならば、それを貫きとおす勇気だ。
武力でもなく、説得力でもなく、ただ自分にそれを課す勇気……いや、勇気と言うより愛、だろうか?

母親が子に授けるような不変の愛、聖母のように慈しみ信頼する心……それを貫き通すのは難しい。

だけど徐倫だって昔は寂しさのあまりメソメソ泣くような女の子だったんだ。
彼女なら、できる。双葉千帆にだって、なれるだろう。俺はそう思いたい。
このジョニィ相手に一歩も引かないような女の子なんだ……あとはきっかけさえあれば、彼女は変わる。俺にはそう思えた。


「彼女のことが心配かい、アナスイ」
「……いいや」


振り向きもせずにジョニィがそうたずねてきた。俺は返事をし、その後ろ姿をじっと見つめる。
ジョニィは変わった。たった数時間ぶりに会っただけだと言うのに……どうしようもなくわかってしまうほど、今のジョニィは剥き出しで鋭い気を放っている。
前に比べてずっと無口で、座った目をしている。ときどき俺がギクリとなるぐらいに。

会いたい人がいると言っていた。必ず会わなければいけない友人なんだと。
きっとその気持ちがジョニィを変えてしまったんだ。失うことを恐れるあまり、失う怖さを理解しているがゆえに。
俺とジョニィの立場は完全にひっくり返ってしまった。今や俺が下がり、ジョニィが先だ。
しっかりとした足取りで前を行く彼は、頼もしげだけれどもどこか怖さを感じる。そんな風に俺には見えてしまった。


「アナスイ」


ジョニィに呼ばれ、俺は我に返った。
行き過ぎた道を戻ると、曲がり角で元来た道へと戻っていく。待ってくれていたジョニィと肩を並べ、俺たちはまた歩き出す。


―――全てをなぎ払い、踏み倒し……それでも何も手に入らなかったらお前はいったいどうするんだ?


そうジョニィに聞いてみたかった。けれども俺は尋ねない。
俺がその問いに答えることができないならば、それを口にする資格はない。
それになんとなくだが、ジョニィの答えが想像できたのだ。


―――それでも変わらず、歩き続けるだけさ。


俺は、ジョニィがうらやましかった。
こんな抜け殻になった俺なんかとは違う。死んだ女の亡霊に取りつかれるでもない。
ただひたすら道を行く、ジョニィ・ジョースターという男が…………。


「そろそろ放送の時間だ」
「ああ」


短くそう答え、俺は空を見上げる。
底抜けするように青く澄んだ空を、馬鹿みたいにでかい雲が横切っていく。
心地よい、昼下がりのことだった。








【D-7 南西部 民家/1日目 昼】
【プロシュート】
[スタンド]:『グレイトフル・デッド』
[時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時
[状態]:全身ダメージ(中)、全身疲労(中)
[装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60)
[道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具
[思考・状況]
基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還。
1.暗殺チームを始め、仲間を増やす。
2.この世界について、少しでも情報が欲しい。
3.双葉千帆がついて来るのはかまわないが助ける気はない。


【双葉千帆】
[スタンド]:なし
[時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前
[状態]:疲労(小)
[装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24)
[道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品
[思考・状況]
基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く。
1.プロシュートと共に行動する。
2.川尻しのぶに会い、早人の最期を伝える。
3.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。
4.露伴の分まで、小説が書きたい。




【D-7 西/1日目 昼】
ナルシソ・アナスイ
[スタンド]:『ダイバー・ダウン』
[時間軸]:SO17巻 空条承太郎に徐倫との結婚の許しを乞う直前
[状態]:全身ダメージ(極大)、 体力消耗(中)、精神消耗(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:空条徐倫の意志を継ぎ、空条承太郎を止める。
0.徐倫……
1.情報を集める。
【備考】
※放送で徐倫以降の名と禁止エリアを聞き逃しました。つまり放送の大部分を聞き逃しました。

【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』Act1
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、リボルバー拳銃(6/6:予備弾薬残り18発)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロに会いたい。
1.ジャイロを探す。
2.第三回放送を目安にマンハッタン・トリニティ教会に出向く



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前話 登場キャラクター 次話
131:死神に愛された者たち プロシュート 160:役割
131:死神に愛された者たち ナルシソ・アナスイ 162:ありえない筈の遭遇
131:死神に愛された者たち ジョニィ・ジョースター 162:ありえない筈の遭遇
131:死神に愛された者たち 双葉千帆 160:役割

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最終更新:2014年06月09日 01:31