「う、うーん」
「あっ!メリーさん良かった、目が覚めたみたいですね。唐突に眠りだすからびっくりしましたよ。」
阿求はホッと胸を撫で下ろす。
内心自分の話が詰まらなかったのではないか、という的外れな考えがあったのだが。
「ええと……痛ッ!」
「だ、大丈夫ですか?」
対するマエリベリーも何から話していいか分からないでいた。
あれだけのことがわずかな時間で体験したせいもあるだろうが、それだけではない。
今思うと私を掴んでいたのってDIOのスタンドだったのかしら?
それにすごく体がだるい、全身汗でぐっしょりになってるし、
夢の世界での状態のまま戻ってきたのね。
じゃあもし、あの場で肉の芽を受けていたら…
マエリベリーは想像して寒気がした。
「へ、平気です、それより戦いはどうなりましたか?」
「ええ、終わりましたよ。ツェペリさんががんばってくださったお蔭です。」
「ちょっと~、私だって彼のピンチを救ったのにその言い方はないんじゃない、阿求?」
ぬうっと、幽々子が話している二人に割って入った。
「別に幽々子さんが何もしてないなんて言ってませんよ。」
「結局、あの後おじさんが一人でやってのけたのよ、まったく最初から準備しているなら
もっと早く使えばいいのにねぇ。」
「……そう言ってくれるな、あのタイミングで使ったからこそ、
あそこまでの隙が生まれたんだからのう。
ただ背後からけしかけただけなら奴も容易に切り抜けたじゃろうよ。」
「ツェペリさんッ!」
全身に無数の傷が覗かせていたが、ツェペリはなんとか無事のようでマエリベリーは安堵する。
「すまんかったなあ、メリー君。君にも怖い思いさせただろうしのう。」
「いえ、良かったです。ご無事で…そういえばポルナレフさんは?」
「奴なら、そこで伸びとるよ。本気の波紋をあれだけ叩き込んだんじゃ、すぐには立てまいて。」
マエリベリーはツェペリが指差す方向の少し先にポルナレフをいるのを確認する。
「皆さんに聞いてほしい話があるんです。私がさっきまで体験した夢の話を…」
マエリベリーはそう言って話を切り出した。
自身の境目を見る力、竹林でのとびっくら、
白黒ポルナレフ、DIOに出くわし逃げ出したことなど、
体験したすべてを包み隠さず話した。
『境目』を見るねぇ…いよいよもって、そっくりさんでは済まなくなってきたわね。
まさか紫に隠し子でもいたのかしら?
善の『白』、悪の『黒』のいわば相反する感情の『境目』を見つけて、
入り込んでしまったなんて。メリーさんの力は限りなく、あの大妖怪に近いですね……
ポルナレフを操っていたのは肉の芽とかいうものが原因か、
吸血鬼の力にはそんなものも秘めているのか?
話を聞き終えた三者はその内容に驚きを隠せなかった。
「嘘みたいな話だと思われるかもしれないですけど、本当なんです。
……信じてもらえますか?」
「ふむ、確かに俄かには信じられん話だが、わたしはメリー君を疑うつもりはないから心配はいらんぞ。
二人は何か分かることはないかな?」
「そうねぇ、私も阿求も心当たりがないわ。そうよね?」
「はい、―――って、ええぇ!?幽々子さん何言ってる、もごごぐ。」
阿求の口を幽々子は手で強引に塞ぎ言葉を遮る、耳打ちする。
(阿求、私に話を合わせなさい。別に悪巧みじゃあないから、いいわね?)
「何をしとるんじゃ?話させてやらんか、幽々子君。」
「ふふ、近くにハエがいたからつい、ね?」
ハエがいたら口の中に押し込む人なんていないでしょう、と思う阿求だったが、
幽々子の言われた通りにマエリベリーの能力について知らない、ということにした。
すぐに幽々子に小声で問いかける。
(一体どういうつもりなんですか?)
(あなたは紫と幻想郷のことを話した出した途端にメリーが眠りについたと言ったわね?)
(はい、偶然かもしれませんが…)
(もしその言葉が鍵になっていたら、またメリーは境目に旅立つかもしれないでしょう?
疲れ切った今の状態じゃ、戻ってこれるか怪しいわ。)
(念のためということですか?)
(そう、それにメリーの話が正しいかどうかなんて、見分けるのは簡単よ。
箒頭の前髪に肉の芽とやらがあるかどうか、それだけで十分だもの。)
(なるほど)
「なーに話とるんじゃ、二人とも?」
コソコソ話す二人にツェペリが口を挟み、慌てて阿求が返す。
「い、いえ気になさらないで下さい。それよりポルナレフさんに肉の芽があるかどうか、
確認しませんか?」
「ふむ、そうじゃな。確か前髪の付け根辺り、それで良かったかのう、メリー君?」
「はい、私があの時見たのが正しければ、そこにあります。」
「なら、早速見に行きましょうか?」
そうして、4人とも倒れているポルナレフを見ようとした瞬間だった。
ぱちぱちぱち、という音が聞こえてくる。手を叩き拍手する音が聞こえた。
「ブラボー!おお…ブラボー!!実に見事だったぞ、ウィル・A・ツェペリ!」
ふらつきながらも立ち上がり拍手を送っているポルナレフの姿が4人の眼に映った。
その姿にツェペリは大きく驚かされる。
「な、なんじゃとぉ―――ッ!!お主あれほどの波紋疾走を受けておいて、なぜ?」
「確かに何発かはモロに食らった。意識が飛ぶかと思うほどの衝撃を食らい、
実際さっきまで気絶していたさ。それを耐えた理由は―――これだッ。」
そう言うと、ポルナレフはスタンドを出現させる。だが今までとは違い、
ポルナレフの腕の上から覆いかぶさるようにチャリオッツの腕が現れたのだ。
「要はツェペリ。貴様の波紋から凌ぐために私の身体の外側に、
少しだけスタンドを出してガードさせていたのだ。
スタンドに波紋は通らないからな、分かってもらえたか?」
「ばかな…そんなことをする余裕があったのか?」
「ギリギリだった。だが、先ほどの攻防。不意打ちに近いやり方と考えても、
スタンドを持たぬ人間で私を追い詰めるとは恐れ入った。少々侮っていたようだな。」
「くッ、ならばもう一度食らわせてやるまでじゃ!」
「その非礼に詫びる形として、私の全力で挑ませてもらうぞ。『シルバー・チャリオッツ』ッ!!」
宣言と共にチャリオッツが突如はじけ飛び、分解したかのように身体の一部が周囲にばら撒かれる。
そこには先ほどまでの姿ではなく、鎧を外したチャリオッツが立っていた。
「これだ!甲冑を外したスタンド『シルバー・チャリオッツ』!これこそが私の全力!
覚悟してもらおうかッ!」
「一体何が違うのかしら?」
「もちろんお答えしよう!私は不意打ちは好まないのでね。
甲冑を脱ぎ捨てた私のスタンドは更なるスピードを得たのだ。見せてやろう!」
チャリオッツが動き出したかと思うと、無数のシルバー・チャリオッツが
横並びに整列していた。この事実にマエリベリーは驚く。
「どういうこと?チャリオッツが8体もいる?」
「ふふ、そう見えるだろう?だが、違う!これらの内7体はチャリオッツのスピードが生み出した残像!
視覚ではなく感覚に訴える残像なのだッ!」
場の空気がヒリつき始める。皆ポルナレフの見せた奥の手に少なからず驚いていた。
「さて、そろそろ始めようか一対一でかかってこいなど、とは言わん。
全員を加味しても9対4、不利なのはそちらだからな。逃げ出すのも構わん。」
「だが、ツェペリ!貴様はDIO様に危害を加える危険性、
先ほど見せた駆け引きを考えると放ってはおけない。この場で始末する!」
「ふん、わたしとて逃げ出すつもりなどない。返り討ちにしてやるわい!」
「そんなッ、危険ですツェペリさん!さっき戦った傷を治さないといけないのに!」
マエリベリーは戦おうとするツェペリを止めようと必死だ。見かねて幽々子が両者に割って入る。
「はいはーい!ちょーっと待ってもらえるかしら、箒頭さん?
貴方と戦うための作戦タイムいただけるかしら?」
「ふむ、いいだろう。しばらく待ってやる。」
「ふふふ、ありがとねー」
4人は少し離れた場所で、お互いの顔が見える様に円の形で話し合っていた。
「さて、面倒なことになったわね。」
もうちょっとお休みしてもらえたら楽に片付いたのにねぇ、と幽々子はもう一言小さく独りごちる。
「まさか、波紋疾走をあんな形で受け止めるとは…。みな、申し訳ない。わたしの責任じゃ。」
ツェペリは頭を垂れるのを見て、慌ててマエリベリーがフォローする。
「気にしないで下さい、ツェペリさん。今度は私達で止めましょう。」
「そうそう、簡単よ。今度は相手が操られていると分かっているんだもの、対処のしようがあるわ。」
「つまり、額にある肉の芽を抜き取るつもりですか、幽々子さん?」
「まあね、とりあえず私の話を聞いてくれるかしら?」
幽々子は自分が考えた案を話し出した。
数分経つと、幽々子とツェペリがポルナレフとの距離を10メートルといったところまで近づいてきた。
「準備はいいようだな?」
「まあね、それと約束してもらうわ。万一、私達二人が倒れても阿求とメリーに手出ししないことをね。」
「もとより、私の相手はツェペリのみだ。約束しよう。」
私って眼中にないのかしら?と軽く気に障るが幽々子はこれを無視して続ける。
「それと一つ聞きたいのよ、『スタンド』って一体何なの?人じゃないでしょ、それ。
ちょっと気になってね。」
「生憎私も詳しくは知らないな。だが、自身の『精神』の具現、
もしくは『守護霊』とも称する人もいる。これでいいか?」
「ふーん、守護『霊』か……。分かったわ、始めましょうか。」
「ゆくぞ、ポルナレフ!今度こそ、貴様の後ろに控える根源を破壊してやるぞ!」
「さあ、いざまいられい。このポルナレフ、全力で挑ませてもらう、覚悟ッ!!」
「戯曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ‐亡霊‐』」
幽々子はポルナレフの宣言を軽く無視して、代わりにスペルカードの宣言をする。
さらにいつ動いたのか、ポルナレフとの距離をさらに空けていた。
幽々子の正面とその左右の空間にそれぞれ、正面から黄色、左右からは水色の大玉の弾幕が集約する。
それらは一斉に無数の蝶の形へと姿を変えると解き放たれる。
いずれも発射された地点から直線の軌道を描き高速で飛来する。
その直線の一つの軌道にポルナレフは立っていたが、その態度は余裕そのものだ。
「ほお、変わった技を持っているな。だが…」
無数のチャリオッツが振るう刃が蝶の形を模した弾幕を霧散させた。
「これしきの威力しかないのか?チャリオッツの剣捌きは空間に溝を作る程度はたやすい。
したがって、無意味だ。」
幽々子はさらにポルナレフの現在いる地点へと直線で走る弾幕を展開。
青と紫の蝶が先ほどより密度を増して4回ポルナレフへと高速で迫る。
「分からないのか?儚い胡蝶をただ散らしていることに。…むッ!」
しかし、今度の軌道は高速で動き続けていたチャリオッツが原因で弾幕が微妙にぶれ、
4本の内2本ずつに挟まれたのだ。
「確かに普通の人間なら、動きを封じるのには十分だ。だが!
『スタンド使い』はその枠には捕らわれない!」
さっきほどより時間はかかったものの、再びチャリオッツの剣捌きによって行く手を
阻んだ蝶は切り裂かれた。
しばらく待ってみるが、先ほどの二種類の弾幕の繰り返しで一向に変化はない。
ふとポルナレフは思った。
まさか、ツェペリを逃がすためにこのような手段を取ったか?
自分の邪魔になる弾幕は斬り捨てたが、周囲にはかなりの蝶が舞っており、視界は劣悪だ。
どの道、あの二人はこの弾幕の向こう側にいるはず、
チャリオッツなら弾幕を破壊しながらでも容易。…ならば行くしかあるまい。
ポルナレフはそう判断すると、行く手を遮る蝶を斬り捨てつつ、侵攻し出した。
「動き出しよったな、ポルナレフ。」
星熊杯で揺れる波紋が少しずつ大きくなるのを見て、ツェペリは呟く。
彼もまた弾幕の中心地にいるが、被害は皆無であった。
事前に幽々子からどんな弾幕を使うか聞いているから当然である。
実際説明を受けただけでは弾幕を避けるのは難しいのだが。
スペルカード「戯曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』」はその点都合がよかったと言える。
放たれる弾幕は大きく分けて2種類。
一つは、ほぼ固定の位置に放たれる。よって幽々子が当たらない位置を教えており、避ける必要もない。
もう一つは標的に向かって飛来する性質、今はポルナレフに向けられており、
幽々子はツェペリを認識できる位置についているので、邪魔になる位置からは撃たないようにしている。
このスペルカードによって移動の制限と相手の位置が大まかに判断できるのだ。
マエリベリーから借りた
八雲紫の傘を握りしめ、波紋の呼吸を整える。
本当の狙いは八体いるチャリオッツを判別する手段でもあった。
目の前の弾幕を破壊するなら、当然その前に本体のチャリオッツがいるはずだと幽々子は判断した。
チャリオッツの生み出した残像であって、8体いるわけじゃない。
ならば、物理的に考えて弾幕を破壊した瞬間に立っているのはチャリオッツの本体。
そいつのみを意識して、先手を取り波紋をポルナレフへと叩き込むという単純な作戦だ。
まあ、失敗したら何か別の手を講じるわ、と幽々子は言っていた。
そう考えている間に、波紋の波がさらに大きくなっていた。
弾幕の向こう側でも切り払う音が聞こえ始めていた。
「来るな…!」
いよいよ目の前の弾幕の壁を切り刻む音が聞こえ出す、この弾幕の向こうにポルナレフはいる。
ツェペリは弾幕を破壊した瞬間に波紋の一撃を叩き込む、その一つに向けて精神を集中させる。
そしてついに、二人を分かつ胡蝶の境界線は引き裂かれた
ツェペリはその破壊される僅かコンマ数秒前から地を蹴った。
加速は十分なまま、弾幕の壁は消え去る。
このままチャリオッツの猛攻を振り切り、ポルナレフへ波紋を―――
いない!?馬鹿な!!?
弾幕の障壁の向こう側には誰もいなかったのだ。ポルナレフはもちろんチャリオッツの影も形もない―――
そう思った瞬間、ツェペリの周りが一瞬暗くなる。
違うッ!影はある!まさかっ!?
振り向いた時、既にチャリオッツの刃は迫っていた―――
「おおおおおおおおおおッッ!!!」
寸でのところでマエリベリーから借りていた『八雲紫の傘』で受け止めることに成功する。
「はあッ、はぁ、まさか飛び越えてくるとはのうッ!自分から壊しといて紛らわしい奴じゃ!」
そう、ポルナレフは弾幕を破壊し終えると、即座にチャリオッツを土台にして飛び越えてきたのだ。
「ふふ、先ほど貴様がヴァルキリーを使ったように小細工をさせてもらった、いわば意趣返し。
なによりこれで片付くとも思っていない。」
「さあて、行くぞッ!ツェペリ!!」
「こうなったら、やってやるわい!」
「ホラホラホラホラぁーーッ!!」
「うおおおおおおおッ!!」
チャリオッツの剣とツェペリの傘が激しく打ち合う。
『八雲紫の傘』はスタンドが振るう剣にも、破壊されることなく武器として十分に機能していた。
よって避けるだけでなく、受け止めるという選択肢をツェペリに与えていた。
しかし、チャリオッツのスピードは最初とは比較できないほど速い。
圧倒的なスピードと洗練された技を駆使し、ツェペリの傷を一つ、また一つと加えていく。
最初の時より受けるダメージは大きく、その間隔も短くなっている。
対して、ツェペリは波紋の達人ではあるものの、
武器を用いた戦いは門外漢であった。攻めに転じることもできず、ひたすら耐え忍ぶ。
こやつなんというスピードじゃッ!速すぎて目で追えん、このままでは押し切られる!
ツェペリが焦り出した時、二人はまだ気づかないが周囲に変化が訪れていた。
ヒラリ、ヒラヒラリ、ヒラリ
スペルカード、戯曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』で展開された胡蝶がそれぞれ動き出していた。
幽々子は目を瞑り、両手を挙げて胡蝶に意志を送る。
『幽胡蝶』、数匹の蝶の形を模した弾幕を上空に飛翔させた後に、標的へと向かわせる弾幕。
スペルカードで大量にばら撒いた、胡蝶型弾幕に同じように動かそうとしているのだ。
その目標は―――
「どうした!ツェペリッ!やはり小細工しなければ貴様はこんなものかッ!!」
「ハァーッ、ハァ―、ぐっ!これしきでわたしが音を上げると思うなよッ!」
ツェペリは必死に喰らい付くが、その差は歴然だった。
ポルナレフには一切のダメージを与えることなく、
ツェペリの身体にはいくつか血が噴き出ている箇所もある。
加えて初戦で闘った疲労とダメージも残っている。
わたしは負けるわけにはいかんッ!最後の最後まで恐怖には屈さぬぞぉ!ムッ!?
ツェペリの強い執念に呼応するかのように、辺りの様子が変化する。
ッ!これは……幽々子君か!?
そう、辺りの胡蝶が静かにポルナレフへと向かい出したのだ。
つまり前方はツェペリ、後方には大量の胡蝶、挟み撃ちの形となっていた。
わたしに残された最後のチャンスということになるな。わたしの波紋か、幽々子君の胡蝶かどちらかの餌食。
それまで耐え抜いてみせる、絶対にじゃッ!
対するポルナレフは胡蝶との距離が残り3m辺りで変化に気がついた。
「まさか、何もしてこないと思ったら味な真似を…!」
背後にゆっくりと迫る胡蝶の数は百を優に超える数、それらが寄り集まって
一匹の胡蝶となるように接近している。
流石にこの数の弾幕を破壊するのには骨が折れる、
そう判断したポルナレフはツェペリを一気にしとめることを念頭に攻勢を強める。
「どうした、ポルナレフ!随分焦っておる様子じゃが?」
「関係ない!貴様を倒し切る、それだけだ!」
8体もの分身が更なる猛攻を開始する。
感覚に訴えるそれらは、視覚的に判断できず防御しきれていないことも多々あった。
ツェペリは斬られるだけでなく刺突された傷も10を超え、
ツェペリが立っている地点には大きな血だまりが出来ていた。
故にツェペリの動きは本来よりも精細を欠いてしまい、受けるダメージは加速する。
「うごおぉッ!」
放たれた突きは腹部を貫き内臓の一つを破壊する。
「ぐあぁあッ!」
振り降ろされる一閃は顔の肉を削る。
「ぬぉおおッ!」
大きく薙ぎ払われた剣は真一文字の傷を創り出す。
だがツェペリはまだ倒れない、いや倒れようとしない。
あれだけの傷を負い、なぜこの男は戦えるのか、立ち向かえるのか。
このチャンスを逃がしたら、自分ではポルナレフは止められない、止めることが出来ない。
逆に言えばこれはチャンス、自分がポルナレフを止められる、止めることが出来る。
人間の『勇気』と『可能性』の伝道師が、
目の前の『可能性』から『立ち向かう』のは至極当然、当たり前のことだった。
彼はまさに死中を彷徨うこの瞬間すらも『人間賛歌』を謳う、『黄金の精神』の持ち主であった。
ポルナレフは焦る、焦り出す。
顔には決して出さないが、この老人はどこまで喰らい付く気なのか、と静かに『恐怖』していた。
それこそ五体バラバラにでもしない限り止め処なく『立ち向かう』姿に。
皮肉にも操り人形と化した彼には『勇気』と『可能性』を掲げる男の姿は、
ある種の凄味からか『恐怖』を与えた。
だが、だからこそか、『恐怖』を抱かせる相手だからこそ、彼はツェペリを認め、全力で応じる。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」
胡蝶の一匹がついにポルナレフに触れる、ツェペリの肉体が更に切り刻まれる。
まばゆい豊かな煌めきが周囲を包み込んだ。
両者の死力を振り絞った先にはあるものとは――――
三者が戦っている中、少しだけ離れたところにマエリベリーと阿求は立っていた。
巻き込まれないように、と幽々子に言われたからだ。
ツェペリとポルナレフの攻防はここからギリギリ見るか見えないか、といったところだった。
だが、両者の戦っている雰囲気はこの距離からも理解できていた、
想像を絶する死闘を繰り広げていることは。
「ツェペリさん……!」
二人は無力さを噛み締めながら、目を瞑ってツェペリの無事を祈る。
絶え間なく弾幕が放たれた空間もやがて静寂が訪れる。
二人はゆっくりと両目を開く、不思議なことにそのタイミングはほぼ同時。
まずは幽々子の後ろ姿が見えた。ホッとする。
弾幕の衝撃か竹の葉が上からハラハラと落ちる。
その先で一人の男が立っていた、よく見えない。
二人は小走りで近づく。少しずつその姿は鮮明に映りだすが、まだ見えない。
ついには駆け出す。立っている男はなぜか見えない、しかし倒れている男はよく見えた。
最後は幽々子の隣にまでたどり着く。一体誰が立っている?倒れている男は、そう私を支えてくれた―――
「ぐうっ、はぁッ、はぁッはぁッはぁー、実に見事だったッ!
流石DIO様に楯突こうとするだけはある、ウィル・A・ツェペリッ!!」
何故この人はツェペリさんの名を呼ぶの?
ツェペリさんが自分の名前を呼ぶはずがないのに?
どうしてツェペリさんは倒れているの?
立っている人はツェペリさんじゃないの?
私は目を背けている。
瞳は確かに真実を映しているのに、頭はそれを認めない。
私の思い描いた未来と違い、駄々をこねている。
違う、違うわ、違うのよ、違うでしょ、違うに決まってる、違うって言ってよ
ツェペリさん―――
「いやあああぁあぁぁあああッ!!!!」
私は慟哭した。
自分の考えを吐き出すように、
あたりに漂う血の匂いを嗅がないように、
ありったけの空気を吐き出した。
「阿求ッ!さっきいたところに退きなさい、メリーを連れて、速くッ!」
「は、はい!」
声を張り上げ叫ぶメリーを、必死に阿求は腕をつかみ半ば強引に連れていく。
「マエリベリー君には悪いがこれも我が主を守るため、許してもらおうとは思わん。」
「ずいぶん潔いのね、一応貴方の美徳として数えてあげるわ。
説明好きの貴方なら、どうやってあの幽胡蝶を凌いだのかお聞かせ願えるかしら?」
「ウイ、了解した。ツェペリとの戦いは実にギリギリだった。
最後に私が簡単だが一か八かの賭けに出たのだ。」
「……」
胡蝶は私に既に数匹接触し、わずかだがダメージを負った。
これからそのダメージの量はあっという間に、私の限界へと追い詰めるのは目に見えていた。
だから私はチャリオッツのほとんどを後方へと向けた。
まだ接近して間もないため、あっさり胡蝶の数匹を散らすことに成功した。
対しツェペリは急に私が攻めて来なくなり、緊張状態がわずかに揺らいだ。
そして、私に接近し拳で殴りかかってきたのだ。
隙があると、判断したのだろうがむしろ好都合だったよ、
攻めあぐねていたのはこっちだったのだからな。
チャリオッツの刃で受け止め、袈裟がけに切り伏せたのだ。
意外とその一撃でけりがついた。まだ立ち上がって来るかとヒヤヒヤしていたがな。
残る胡蝶はチャリオッツの全力を以て相手させてもらったよ。
流石に全部を破壊しつくせず、何発か食らったが
一つ一つは儚い蝶だ、できないことではなかった。
「……」
「―――とまあ、こんな感じだ。理解できたか?」
「…まあね。」
「さて、君は私と戦うつもりか、西行寺君?」
「貴方はツェペリを殺したかった、私たち三人には興味がない。そういうことでいいのよね?」
「まあ、端的に言ってしまえばそうなるな。」
「私もね、貴方とわざわざ殺し合おうなんて気はないわ。
あの戦いは言ってしまえば彼の私怨に近い。巻き込まれたようなものよ、こちらとしては。」
「ならば、ここまでだな。」
ポルナレフは背を向け、歩き出した瞬間―――
「―――って話すつもりだったのよねぇ、本当は。」
(ごめんね、阿求。)
幽々子の手から一匹の蝶が飛び立ちポルナレフに触れる、先ほどと同じ弾幕だ。
「どういうつもりだ?」
「誘蛾灯よ。」
「何を言っている?」
「貴方の奥にいるナニかのこと。とーっても危険だわ。」
今度は幽々子が一方的に語りだす。
「事情は知らないけど、本来『白』の存在をここまで『黒』に染め上げてしまうほどに
怪しい光を放っているんでしょうね。」
「DIO様のことか?」
「でも、その光に近づきすぎたら最後。触れて落ちて、気が付いたら
殺虫剤の中になんてことになっちゃうわ。」
「……」
「人を誘蛾灯と蛾で例えるなら、貴方の主人は誘蛾灯でしょうね、限りなく。それで貴方は蛾ね。」
「……」
「ウィル・A・ツェペリ、彼もまた…DIOだっけ?そいつにある意味で引きつけられて、
誘蛾灯に近づいて落ちていったのよ。」
「……」
「あの人見た感じ、自分の死期を悟ってる風だったわ『覚悟』って言ってもいいわね。
職業柄というか、まあ分かるのよ。」
「……」
「どういう死に方が所望だったかは知らないけど、とりあえずこんな場所ではないと思うわ。
こんなイレギュラーな事態でね。」
「そうやって、『覚悟』した存在すらすら無理やり引きつけ、
殺してしまった誘蛾灯の存在を見て思ったのよ。」
「ああ、貴方の誘蛾灯に私の大事な存在をあげたくないってね。」
「「……」」
「あっ!もちろん阿求もその中にいるわよ!」
「とにかく、貴方は既にあの子の心に大きな、それは大きな傷を与えたわ。
もう無関係ではないのよ。私が貴方を止める、ただそれだけよ。」
「宣戦布告、そう見なしていいのだな。
西行寺幽々子?」
「そういうことよ。」
「一つ尋ねよう。君は私を蛾、DIO様を誘蛾灯と例えた、ならば君はどちらだ?」
「あら、そんなこと?簡単よ、私はね―――」
胡蝶じゃないの、さっき沢山見せたでしょ?
緊張感のないそんな幽々子の言葉をきっかけに二人は戦いの合図とした。
「ふん、ならば!その胡蝶の命すらも我が主の誘蛾灯に陥れてみせるまで!」
ポルナレフはチャリオッツを顕現させると、空いた間合いを詰めるべく走る。
幽々子はポルナレフにどう対処するのか、とっくに決めていた。
だが、それにはポルナレフに付け入る隙がほしい。
動かないでくれると楽なんだけど…。うーん、眠ってもらえればすぐにでも片付くのにねぇ。
まあ、どの道彼には眠ってもらうわ、死んだようにね。
幽々子がぼんやり考えている間に、ポルナレフはチャリオッツを先行させ、
その後に追随する形で突進していた。
弾幕を亡霊を盾にして防ぐ気ね。まったく、亡霊を何だと思っているのかしら?―――ん?
幽々子はどうでもよいことを考えている傍ら、ポルナレフとチャリオッツの様子を見ていた。
そこである変化に気付く。
変ねぇ…?こんなものだったっけ、こいつのスピードは?
決して彼らが遅いわけではない。実際、幽々子と徒競走すれば彼らに軍配が上がるだろう。
しかし、今幽々子に近づこうとするチャリオッツには、
8体の残像を生み出すほどのスピードは感じられなかった。
それでも、たいして長くない距離だ。
ついにチャリオッツは幽々子の元へとたどり着き、加速したスピードを維持した突きを繰り出してきた。
遅い、―――ッ!
幽々子はその一撃を白楼剣で上から押さえつけ、自らの射線上から大きくずらし防御する。
しかし、二撃目は違った。押さえていたチャリオッツの剣が一瞬ブレたかと思うと、
8つの剣が幽々子の上半身目掛けて振るわれていた。
幽々子は咄嗟に地を強く蹴り、体を大きく反らし回避する。
横から見ていればわかるだろうが、綺麗な半円を描いたサマーソルトだ。
その避ける一連の動作に胡蝶の弾幕を脚から放つ。
「やれやれ、危ないわね。って、あらら?」
ポルナレフとの距離を一気に空けて、避けることに成功したかに思えたが、
服に無数の切れ込みが入れられていた。
「ちぃッ!届いていない、浅かったか!」
ポルナレフは飛んでくる弾幕をチャリオッツで捌きながら吐き捨てる。
その間、幽々子は距離を取りながら再度思考する。
今、明らかに攻撃が加速した…!一撃目は私の隙を狙ったもの―――いや、違うわね。
さっきのは全部本気の一撃だった。
若造の騙しにかかるほど、私は老いちゃいない、亀の甲より年の劫だもの。(違う)
…ともかく、あいつには全力のスピードを出せない何かがあるわ。
「次こそは逃がさん、チャリオッツの刃を受けてみろッ!」
幽々子がじりじりと下がるのを見て、ポルナレフは再び走り出す。
幽々子は後ろへと下がりながらもその様子をつぶさに見つめる。
チャリオッツが駆け出し、その後をポルナレフが追うように走る。
チャリオッツのスピードはここまで速かったが、ほんの僅かな時間で減速した。
減速した瞬間をもう一度脳裏に浮かべる。
あの時に何かが変わったのだ。
減速したチャリオッツはその後、誰かのスピードと全く一緒になった。
他の誰でもない、ポルナレフに。
走る間隔が一定になった。その間2メートルに。
ああ、そういうことだったのね。
その時、幽々子の切れ者として一面を見せた。
異変の時もいつだって鋭い彼女はこれらの情報で理解する。
貴方たちって、手を繋いでないと何にもできないのね。所詮、スタンドも半霊みたいなものか。
幽々子は『スタンド』の有効範囲の存在察した。
およそ2mこの範囲からチャリオッツは出て行動できないことに。
減速したのはチャリオッツが速すぎて、すぐにその2mギリギリにたどり着いたからだ。
弾幕を警戒して『スタンド』を先行させたのが裏目に出た。
後はポルナレフが走ったスピードの分しか、動けない。
剣を振るうのも同じように有効範囲ギリギリだったので初撃のみ遅れ、
二撃目はチャリオッツが移動を止め、ポルナレフが近づき、自由に動ける範囲が増えたからだ。
もう距離を取る必要もない、幽々子はそう思い、足を止める。
近づいてくる彼らを見据えて、右手に白楼剣を構え、もう一方にその鞘を持つ。
「妖夢、ちょっとだけ手荒に扱うわね。」
チャリオッツは近づくがやはりそのスピードは目で追えるレベル。
逆にポルナレフ共に接近を許せば、2度目はない。彼への接近とチャリオッツの剣撃に対する防御。
その二つを両立させるべく、幽々子もまた走る。
両者が接触するその僅かコンマ数秒前、幽々子は舞うかのように回転しながら突撃する。
本来は愛用の扇で繰り出すその技は『胡蝶夢の舞』。
元来のスピードを発揮できていないチャリオッツの剣を、
二振りの獲物で絡め取りながら無傷で接近を可能にする。
「なにいぃッ!」
そしてチャリオッツの後ろ、つまりポルナレフを目前控える距離になると白楼剣の鞘を放る。
その代わりに、左手には妖しい光がともった。
「貴方には死んでもらうわ、DIO。」
幽々子は左手に一匹の蝶を象る弾幕を作ると、それをポルナレフの額へ目掛けて腕を突き出す。
左手にあるのはただの弾幕ではない。
『死を操る程度の能力』。その名の通り、幽々子は相手を抵抗なく殺すことが出来る力を持つ。
彼女はこの力を以て、肉の芽のみを死に誘うという作戦を取ったのだ。
当然、相手を問答無用で殺すという能力は大きな制限を与えられている。
だが、幽々子はそれらを理解して能力の行使を選択した。
彼女は阿求に会う以前にその能力を確認していたのだったから。
周囲の竹林を利用し死期の迫った竹やタケノコに対し、自身の能力を試した。
以下が現時点での自身の能力の制限だと幽々子が把握したものだ。
1.能力の行使の際には、蝶型の弾幕としてのみ使用可能。その際大きく霊力を消費する。
2.この能力のみでは相手を殺せない。花が咲いた竹に試したが、
相手が肉体的大きく弱っていなければ死に誘うことは不可能。(人や妖怪なら精神的に弱っていても可能?)
3.ただ、地表に出て間もないタケノコを枯らすこともできたため、
力の小さい存在には通用するかもしれない。
おおよそこんな感じだった。要は死ぬ寸前の相手の背中を押す程度にまで力を落とされていると言っていい。ただし、3にもあるように対象の力が小さければ可能性はある。
だが一番の問題点は、これらの結果は人に試したものではないことだ。一体通用するかは未知数。
さらに幽々子は『死を操る程度の能力』による肉の芽の抹殺ともう一つの手段を用意していた。
それでもこの手段を選んだのは訳があった。
先のツェペリの援護に放った弾幕で想像以上に霊力が消費しており、
同じような弾幕に頼った戦いはできなかったからだ。
しかも今度は一人。ポルナレフが黙ってみているわけではない。
逆に接近戦は相手の独壇場だ。距離を取れば今の様に一撃のみチャンスがある。
しかし、もう一つの手段にはここまでの接近は必要ないが、
『死を操る程度の能力』を用いた作戦は今の様に接近しなければ使えない。
バレる前にそのチャンスをここで使うべきと判断した。
最後には利点。幽々子は能力で殺した相手の霊を操ることもできる。
つまり、一部とはいえDIOの霊を操ることが出来るため、
何か聞き出せるのではないかという目論見もあった。
左手がついにポルナレフの額へと触れる。
ポルナレフは驚愕のまま、動けない。
触った途端、蝶は静かにその中へと沈んでいった。
「うおぉおぉぉおおおおおッ!」
ポルナレフが頭を抱え、大きく呻き出す―――かに思われた。
ヒュンッ
背中が熱い。
幽々子はハッとして振り向いた。
そこにはチャリオッツが平然と立っていた。剣には血が滴っている。
もちろんそれは幽々子のもの。無慈悲にもう一度振るわれる。
―――避け ―ヒュンッ― ―ないと…―
今度は正面から袈裟がけに切り裂かれたのだった。
「ああぁぁああぁああああッ!」
幽々子は正面と背後の二か所に傷を入れられたことに今認識した。
正面の攻撃はわずかに反らすも、浅すぎるということはない傷を受けた。背中の傷はさらに深い。
痛みに悶え、それでも距離を取ろうとするもチャリオッツは追撃する。
白楼剣で打ち合うが、全てを対処しきれずいくつかの掠り傷が生まれる。
しかし、なぜかポルナレフが動かなかったためある程度下がると攻撃は止んだ。
「ッ!ハァー…ハァーッ。」
マズいわね、まさか間髪入れずに斬りかかって来るなんて…
「ふー、一体何をするかと思えば、何のつもりだった、西行寺!」
ポルナレフはさらに続ける。
「あそこで貴様がその脇差で俺の心臓を一突きしていればそこで終わりだった!ふざけているのか?」
「あんたは、知らなく、ていいことよ。それに…この獲物は、切れ味が悪いもの。」
「ふん、俺も貴様が近づき額に触れた後、チャリオッツに背を向けた貴様を殺そうと思えばできた。
だが、DIO様の敵となる相手を逃すわけにもいかん。
貴様に与えた傷は私の最大限の譲歩。次で終わりにしてやる。」
「ふふ、譲歩ですって?面白いこと言うわね。
貴方の取った行為は自己満足の誇りとDIO様依存症から揺らいでいるだけのもの。
そんなものを私に押し付けないでくれる?」
「口は達者だが、貴様はもはやここまでだ。覚悟ッ!」
ポルナレフはチャリオッツと共に幽々子との距離を詰めるべく走る。
ああ、痛い。とっても痛いわ。まさか、死を操る能力が効かないなんてね。誤算よ、完全にね…。
何故通用しなかったのか、考えられるのは触れる位置を間違えたことだ。
髪の毛に巧妙に隠れている肉の芽は、一瞬見ただけ分かりにくい。加えて、今の時間帯は黎明。
視覚的に判断するのは厳しかった、と言える。
今度はポルナレフとチャリオッツの距離は大きく開かない。最大限のスピードで迫る。
チャリオッツが走りながら、突きを放つ構えを取る。8体の分身と剣も見える。
状況は絶望的、このままではハチの巣か、なます切りにされるだろう。
幽々子は迫るポルナレフを見据える、心なしか近づいて来るポルナレフの動きがスローモーションだ。
―――あはは、死ぬ直前っていうのは周りの時間が遅くなるんだっけ?
―――死んだら冥界に戻るのかしら?もしそうなるなら構わないんだけどね。
―――メリーもみんなも来てくれるといいわねぇ…
―――でも、うん。まだあの娘と居てあげたいなぁ…
蹴り上げてしまったのか運よく、近くに落ちていた鞘があるのを拾い上げ、
幽々子は白楼剣を鞘に納め握りしめる。
ちょっと短いし、斬れ味も悪いし、妖夢もこんなナマクラ、なんで使ってるんだったっけ?
そうそう、これって魂魄家の家宝で…。
幽々子は静かに目を瞑る。
当然、視界は闇に包まれる。
しかし、そこには自身の従者、魂魄妖夢の姿が映っていた。
あらら、面白いわね。何しに来たのかしら?
もうすぐ冥界に行くと思うから、ちゃんと庭にある桜の剪定お願いね。
えっ?死んでも冥界に帰れないって?そんなこと言ったって知らないわよ。私はもう長くないもの。
白楼剣を使って下さい?あいつのどこに『迷い』があるのっていうの?
考えもなしに言うものじゃないわよ。そうそう、おにぎり沢山用意しておいてね。
ん?あいつの○と×の△△があって△△は□□に相当するだって?
……そんなことは分かっているわ。でもね、あいつに近づくのにどれだけ苦労してると思ってるのよ。
はぁ?あいつの●●●●は▲▲だとしたら、■■■はきっと通用します?
………ああもう、分かってるわよ。いい?
私は最初から分かっていたわ。貴方に言われるまでもなく、ね。
私の従者があくまで私を扱き使うような子だったってことはよ~く分かったわ。
違うそっちじゃない?だからわかってるって言ってるでしょ?
言ってて何が分かっているか分からなくなってきたじゃないの!私を困らせないで、妖夢?
ああ、お腹すいたわ。今、おにぎり持ってない?そういえば、宗教戦争見に行くんだったわよね。
持ってない?それに、いい加減早く目覚めないと危ないって?
はいはい、じゃあ戻ったらちゃんと用意しておくのよ、全部ね。
そして、時は加速する。
幽々子が目を開けると、まだポルナレフは近づききっていない。わずかだが猶予があった。
変な夢だったわ…
結構長く話してたのに、ほんの一瞬出来事だったなんて…
なんだかいつも通り話しただけなのに、妖しい、さびしい夢だったわねぇ…
ふふ、私にさびしい夢を見せるなんて、あの子もちょっとは『侘・寂』
の何たるかを理解してくれたかしら?
さてと、夢の世界を現実に変えて見せるわね、妖夢…!
目には確かな輝きを灯し、相対するポルナレフを睨む。
身体は依然痛みを訴えるが、気にしてはいられない。
誰にも気づかれないように、従者へのささやかな感謝の念を送り、白楼剣を構える。
「わが刃で還るがいい、儚き胡蝶よ!」
「迷い断つ一閃で眠るがいいわ、邪悪なる芽よ!」
チャリオッツの剣が空を切り裂き幽々子へと迫る。依然変わることなく、8つの分身と共に。
対する幽々子は白楼剣で捌こうとするが、刃が交差するごとに裂傷が増していく。
「ホラホラホラホラぁーーッ!!」
まだよ、本体を見つけるまでは……!
しかし、背中と正面に受けた傷を負った状態で無茶がたたり、
傷が少しずつ熱を持ち始める。痛みがよりリアリティを以て訴えかけてくる。
あの子が言ったことぐらいッ…私がやらないと、
面目ってものが私にだってあるのよ…!
しかし、無常にも更なる事態が幽々子を襲う。目元が霞み防御の選択を誤り、
ついにチャリオッツの剣が幽々子の守りを突き破る。狙いは胸郭―――下手をすれば心臓に傷が入る。
「なかなかしぶとかったが、ここまでだぁーーーッ!」
「まだ、死ねないのよ…!妖夢の敷いた道に、私の道に立ちふさがるなあぁーーッ!」
幽々子はチャリオッツの剣が刺さるわずかな瞬間―――
空いた左腕を自分の正面に、心臓を守るように腕を動かす。
当然、その腕に剣が突き刺さり防御に成功する―――はずだった。
チャリオッツの剣は左腕を貫通し、なおも幽々子の命を奪わんと走る。
「ぐぅッ!止まれえぇッ!」
幽々子は『立ち止まらない』、己の『可能性』を燃やし、更なる無茶打って出る。
貫かれた腕を自身の胴体の射線上から反らすように、
さながら腕を振ってバイバイと振るように、大きく左腕を動かす。
スタンドで生み出された刃ゆえ、腕を貫通したのだ。
それを動かすことはチャリオッツの剣もあらぬ方向へと動くことを意味する。
結果、さらに体を破壊することになり―――貫通した箇所の上腕部から前腕部にかけて、
一本の長い貫通した裂傷を創り出した。
「ああああああああああッ!」
「バカな…!貴様、正気か!?」
幽々子の決死の防御により胴体に新たな傷はない、
さらにはチャリオッツの刃が左腕の前腕部に留っている。
要はその刃の先にいる者こそが―――
「眠ってもらうわ、深く永遠に。貴方に私の大切な存在はくれてやらない。
もう大切な誰かが死に誘われるのを私は見たくないッ!
死に誘うのは―――私だけで十分よッッ!!」
白楼剣が走る―――標的はポルナレフではない。
彼のスタンド、『シルバー・チャリオッツ』。目指すは額、肉の芽が潜む位置へと。
「させるかあぁッ!チャリオーーッツッ!!受け止めろおぉおーーッ!」
チャリオッツは空いた片手で白楼剣を掴み取ろうとし―――成功する。
寸でのところで額に刃の一部が刺さる程度で済んだのだ。
『スタンド』のパワーを以てすれば不可能ではないこと。
だが、幽々子は『立ち止まらない』。掌に収まった白楼剣をなおも押し込み、
それは少しずつチャリオッツの額の奥へと、また奥へと進む。
「何故だッ!何故…チャリオッツ!何をしている止めろ、止めないかぁーーッ!!」
ポルナレフは狼狽していた。あれほどの傷を負い、何故動けるのだと。
この時、彼ははっきりと『恐怖』を感じていた。そしてその『恐怖』は精神から成るスタンドを鈍らせる。
この時、ポルナレフは疑問に思わなかった、『恐怖』のあまり思えなかったかもしれないが。
何故、小ぶりの刀が『スタンド』に通用するのか。
そして、何故『スタンド』のダメージがフィードバックしていないのかと。
ポルナレフの叫びも空しく、白楼剣はついにチャリオッツの額の半分は突き刺さっている。
白楼剣はついに『善』の『白』、『悪』の『黒』の『境目』へと―――たどり着かなかった。
急に白楼剣を押し込める力が弱ったのだ、それも唐突に。
限界だった。
あれほど切り傷を負い、あれだけ出血して、とっくに倒れているべきだったのに。
なぜ戦おうとしたのか、逃げ出さなかったのか。
その答えは簡単だ。今の彼女の行動の原動力は、彼女自身は永遠に知ることが出来ない過去にあるから。
大切な誰かを失う、その思いは彼女の生前から続く大きな忌諱。
そんな未来に繋げたくない思いが彼女を突き動かしていたが…
あ~あ、妖夢がおにぎりくれたら、もっと頑張れたかも知れないのに…貴方のせいよ。
まったく、帰ったらただじゃあ済まないわ。
立っていた両足が震える。本格的に意識が飛びそうになり、さっきまでと違い力が入らない。
疲れたわ…
その瞬間だった。二人とも気づかない、幽々子の背後から駆け寄る一人の影を。
紫色の服を纏い、金色の髪をたなびかせ、その頭部にはどうやって被るのかわからない、
白い帽子が鎮座している。
そう、彼女の名前はマエリベリー・ハーン。
ツェペリの死で塞ぎこんでいた彼女が何故かこの場にいた。
「ハァーッ、ハァ―、幽々子さんッ!!」
大きく息を切らしているが、幽々子の右手を包み込むように、だが力強く支える。
幽々子は何故戻ってきたのか問い質そうかしたが、止めにした。
その行為はあまりに無粋すぎる、幻想郷に生きる者として。
代わりに行動で示す。震える両足に、醜い裂傷を負った左腕に、いや全身に喝を入れる。
こんなにも傷ついた身体だというのに力が湧いて来る。守りたい友の輪の中に私はいるッ!
ふふ、妖夢。貴方より案外この娘の方がしっかり働いてくれそうよ?
悔しかったらもっとしゃんとしなさい?私も…
「私も、まだ……『立ち向かう』、から…ッ!」
「ぐうッ!無駄だぁ、力のない少女一人加わっただけで私は屈しない!負けるものかあぁ!!」
ポルナレフの言う通りであった。マエリベリーが加勢しても、
チャリオッツに刺さっていた白楼剣は少しずつ引き抜かれる。
状況がポルナレフの有利へと再び傾き出した時、彼はようやく冷静を取り戻す。
力比べをしているというのに何故片手だけでやっているのか、と。
ポルナレフはチャリオッツに命令を下す。
「薙ぎ払え、チャリオッツ!」
ビュン、と一閃。
幽々子の左腕を貫き、一本の長い傷を負わせたチャリオッツの剣は、またも彼女の肉体を貪り喰らう。
「えっ!?まさ―――かあああがあぁぁああああッ!」
幽々子の前腕部にあった剣は、手の平を通り自由を取り戻す。
左腕の傷は二の腕から始まり、人差し指と中指の間を抜けてついに終わりを迎える。
簡単に言えば、左腕を縦から真っ二つに引き裂かれたと言ったところか。
「幽々子さんッッ!!」
右側に立っていたマエリベリーには噴き出る返り血を浴びることはなかったが、それどころではない。
なんとかせねばと焦り出す。
一方、幽々子は白楼剣を放さなかった、放そうとしなかった。必死に喰らい付こうとする。
だが、剣の自由になったチャリオッツがただ黙って力比べをするわけがなかった。
「ここまでだ、貴様たちをまとめて切り裂く!チャリオッツ!!」
チャリオッツの目標は幽々子だけではない、マエリベリーもろともその剣で一文字に切り結ばんとしていた。
「―――ッ!貴様にくれ、てやる、友の命は、あんまりないッ!要は一つたりとも渡さないッ!」
幽々子は全てを理解し手を放した。
己の勝利のための手段をいともたやすく投げ出した。
使い物にならない左腕ではマエリベリーを突き飛ばせないから。
友と瓜二つの存在を救えないから。
空いた右腕でマエリベリーを渾身の力を込めて押し退ける。
その後の自分はどうなるかは想像に難くない。
でも、まだやれることがある。
チャリオッツの剣は幽々子の胴体に綺麗な一の字を描いた。その色は赤。
始まりの字は幽々子の命の終わりへと、秒読みを更に加速させる―――
だというのに…
幽々子は踏み込む。手にはもう白楼剣はない、チャリオッツに刺さったままになった後、
地面へと落ちていったから。
それでも近づき宣言する。
「『反魂蝶―八分咲き―』」
死に瀕した幽々子の身体から幻想的な桃色の輝きと共に、一斉に十を超える胡蝶が飛翔する。
「な、なにいぃ!?」
ポルナレフにもはや3度目の『恐怖』が走る。飛び出した反魂蝶を避けようとするが、
光をもろに見てしまい、視力を奪われ咄嗟には動けなかった。
そして反魂蝶に触れた途端、まるで体力を奪われるような感覚に襲われる。
「いかん、離れなければッ!」
ポルナレフは見えない目で何とか後方へと飛び退き、距離を取ることが出来た。
しかしその間数匹の反魂蝶に触れたのは言うまでもなく、大きく体力を削ぎ落とされた。
そのせいで体に力が入らず、今は片膝をついた状態で息を切らしていた。
眩んでいた目が徐々に戻り、幽々子が倒れているのがぼんやりと確認できた。
「ハァーッ、ハァーッ…よう、やく終わ、ったか…」
発せられる声も力強さが感じられず、絞り出すような感じすら窺えた。
「だが、倒したッ!西行寺幽々子、私が『上』で貴様が『下』。私の勝利だッ!」
そう、ツェペリも幽々子も倒れた今残っていたのは後二人。
内一人は、さっきいたマエリベリー・ハーンなのだが幽々子の近くにいなかった。
「どこにい―――ぬうぁあッ!?」
「うわあああああああぁああぁああ!!」
ポルナレフが辺りを見回した瞬間、全力で駆けるマエリベリーがいた。
その手には白楼剣を握りしめ、チャリオッツの額へと突き立てようとしている。
ポルナレフはチャリオッツを動かそうとするも連戦に次ぐ連戦で、とうとう体力の限界に至っていた。
チャリオッツを思うように動かせず、白楼剣は着実に迫る。
そして、白楼剣は再びチャリオッツの額を捉え、突き刺さる。
「ま、だ、だあぁああ!!」
しかしポルナレフは己の精神を燃やし、チャリオッツに働きかける。
結果額に僅かにめり込んだところで、腕を動かすことができ、白楼剣を指で止めることに成功した。
マエリベリーは必死に突き立てようとするも空しく、白楼剣は動かない。
「チャリオッツ!振り降ろせえぇ!」
今度はチャリオッツの右腕を動かし出す、その動きはぎこちなく油の切れた機械のようだったが
剣を上段に構えた。
今なら白楼剣を諦めて、逃げることが可能だっただろう。
だがマエリベリーは白楼剣を引き抜こうとしてしまった。
せめて、この刀だけでも…!
二人分の血を吸い尽くした凶刃が迫る。
マエリベリーもまたその犠牲となろうとしていた。
その時、最後の異変が起きた。
マエリベリーが引き抜こうとした白楼剣が逆に大きなエネルギーに押されて、
前へ前へと突き刺さっていく。
マエリベリーの力ではない。ツェペリも幽々子も共に力尽き、この場に居合わせるのは二人のみ。
最後の伏兵が今、躍り出る。
鼓膜を叩くのは、奇妙な怪音。
それは私の持つ白楼剣のちょうど頭の部分にあり、少々耳障りな音を奏でていた。
引き抜こうとする私の力を上書きして一気に突き立てていく。
人ではないモノがそこにあった。それが私の窮地という『マイナス』のベクトルを『プラス』へと導く。
―――ギャルギャルギャルギャルギャルギャル―――
鉄球。それは回転しながら凄まじいエネルギーを発する鉄球だったのだ。
何故こんな状況になっているか、そんなことはどうでもいい。
回り続ける鉄球に後押しされて私もまた『立ち向かう』。
地を踏みしめ、両腕にありったけの力を込める。
両手からズブリという嫌な感覚が走った。
そしてついに―――
チャリオッツの額から外へと完全に貫いた。
その時白楼剣は力を発揮する。
ポルナレフに宿る本来の人格『善』の『白』
肉の芽に宿る巨悪DIOのカリスマ『悪』の『黒』
その狭間に揺れる、ねずみ色の『境目』を『迷い』とし、
白楼剣は『境目』を両断する。
ポルナレフは動きをピタリと止めると、その身体が大の字を描いて倒れた。
「お、終わ、わった、たたの…?」
マエリベリーは声を震わせる。腰が抜けたのか足は立てない。
身体からは熱いというのに、寒気が止まらなかった。
一歩間違えれば、自分の命など潰えていただろうから。
「ふー、ひとまず決着がついたようだな。」
私は思わず振り向く。
そこには3人立っていたのだ。
戻ってきた鉄球を掴みとり、ゴーグルをつけたカウボーイ風のハットを冠っていた男性。
獣耳のように2つに尖った金髪が非常に目立つ、「和」の文字が入ったヘッドホンをしている少女。
そして、
稗田阿求……。
金髪の少女が私に駆け寄ってくる。
「君、怪我はない?安心してほしい、私もそこにいる彼も君には一切危害は加えないことを約束するわ。」
少女は力強く私にそう言って聞かせた。
「怪我……。そ、そう!私より幽々子さんを、助けて!」
「……ええ、分かったわ。」
そう言うと既に幽々子の元にいたジャイロと阿求の元へと向かい、
決してマエリベリーに聞こえないように小声で尋ねる。
「ジャイロ、どうかしら?」
「一応聞くんだな?大方アンタの考えてる通りだ。正面の傷は、
こいつが仕込まれていたせいでまだ大丈夫だったんだがな。」
ジャイロは幽々子の懐から鞘を取り出す。もはや砕けていたがそれは、白楼剣の鞘。
従者の鞘は主の命を守ることに貢献したのだった。
「出血が酷過ぎる。僅かに呼吸しているが、もう…数分ももたねぇよ。」
「そうですか。やはり、間に合わなかったか…」
「嬢ちゃんには俺から伝える、見てくれはこれだが、医師だしな。」
ジャイロはマエリベリーの元へと歩み寄る。
「よお、おれの名は
ジャイロ・ツェペリ。本業じゃねえが、一応医師だ。」
「………」
「はっきり言うぞ、あの女はもう助からねぇ。」
「……」
「治療しようにも道具がない。仮に永遠亭から道具を持ってきていようが、いまいがな。」
「…わ、か…」
「あん?」
「分が、ってい、いるんです。でも、でもぉ!助けて、ほしい!助かってほしいッ!
また私は失うんですか!?また……」
悲痛な少女の声が竹林にこだまする。ジャイロはかける言葉が思い付かなかった。
その時だったあることに気付いた神子が全員に聞こえる様に声を出す。
「みんな!少しの間、黙ってもらえない?欲を殺して!」
「一体全体何のつもりだよ、神子。」
「いいから!君は素直に従いなさい!二人もお願い、自分の気持ちを押さえて!
マエリベリー、つらいと思うけど私を信じて!幽々子が、救えるかもしれないから!」
その言葉にマエリベリーは目を見開く、必死に気持ちを落ち着けようとする。
欲が聞こえる!?救いたい気持ちが、いや私なら救えるという強い思いが、
でも小さすぎる、どこだ…!?
「みんな!欲を抑えようとする気持ちが強すぎるッ!大きく深呼吸しなさい。」
「「は、はいッ!」」
少し経つと、ようやく沢山の感情が行きかう竹林がわずかだが静かになる。
ダメだ…!どこにあるんだ、一体…。救えるかもしれない、と言ったのだ!
あの子に与えた希望を陰らせたくはない、私は
豊聡耳神子。
無責任な希望を振りまく為政者ではないッ!
強い決意を抱いて、神子はヘッドホンを外す。
彼女のヘッドホンは十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力を抑制、
または特定の声のみを聴きとるための重要な道具だ。
聞き取るためにも使えるため、基本的に外す必要はない。
しかし、今回聞こうとする声があまりに微弱すぎる上に、制限のせいか聞こえが悪い。
よって外すことを選んだ。殺し合いが行われた場では行いたくなかったが、
四の五の言っている場合ではない。一刻を争うのだ。
『私は正しかったのでしょうか?』『マエリベリーめぇ、よくも、よくもこのDIOをおぉ!』
『幽々子さん…!』『助かる手段なんて本当にあるのか?』『逃げ出した私は…』
『俺は今何をしている?』『…『もう一度ポルナレフの元へと…!』
『気持ちを落ち着けるのよ、私』『あのような方法で私のみを切り離すなど…!』
様々な感情が逆巻いていた。神子は歩く、欲の出所を特定するために。
聞こえる…!でも一際聞こえるのはこいつか…!
足を止めた。場所はポルナレフが倒れているところだ。そこにあるのは彼以外に何かが蠢いていた。
阿求から聞いた肉の芽…!すべての根源!貴様のせいで多くの存在を…許せない!
神子は怒りと共に、履いていた靴で思いっきり踏みつけた。
メシリッ、ドグシャアァ
『このDIOがあぁあああッ!!』
カリスマの芽はあまりにも呆気なくその最後を迎えたのだった。
これで静かになる、さぁ見つかってくれ、希望の声を…!
再び声に耳を傾け、歩き出す。そして今まで聞こえなかった声が彼女の耳に伝わる。
『わたしの…波紋なら…』
「!!まさか…!生きているのか…ジャイロ!手を貸しなさい、急いで!」
ジャイロは少し離れた神子の元へと駆け寄る。
ったく、黙っとけって言った後に今度は。人使いちょいと荒すぎやしないかよ…
「無駄口叩かないッ!」
口に出してねぇよ…
神子がいたのは、紳士風の格好をした初老の男性の側だった。
「って、このおっさんがあの女を助けるっていうのか!?」
「ええ。そうですよね、ツェペリさん?」
「…うむ、わ、わたしな、ら幽々子、君の命を…」
今にも消え入りそうな声だが、強い決意を感じさせる声だった。
「分かりました、言われた通り貴方をお運びします。
だからこれ以上は黙っていてください、お体に障ります。」
「おいおい、マジかよ…。死んでないのが不思議なぐらいの状態じゃねぇか!」
「…ジャイロ、運ぶわよ。」
「ああ、分かったよ…アンタの言う通りにするぜ。」
そうしてツェペリの両脇に二人は立ちゆっくりと幽々子の元へと運んだ。
「ツェペリさんッ!?」
マエリベリーは驚く。もう話すことができないと思っていた相手がそこにいたのだから。
「メリー君か…。スマンが話は後じゃ、幽々子君を救いたいじゃろう?」
「ツェペリさんだってその傷が…。」
「そんなもの後回しじゃ、今わたしがせねば彼女は助からん、分かってくれ…!」
「でも…!ッ、お願いします、ツェペリさん…」
マエリベリーはなんとなく、本当になんとなくだが、
ツェペリがどういった行動に出るか分かってしまった。
止められないだろう、と分かってしまった。
「まかしてくれ…!」
「もう、ここまでよいぞ。助かった…」
ツェペリは二人に支えてもらいながら、幽々子の元へと両膝を付く。
「幽々子君…君のことじゃ、決してわたしの為ではなかっただろうな…。
じゃが、だからこそ無関係の君を死なせるわけにはいかんッ!
『石仮面』を原因に死んでほしくはないッ!」
ツェペリは幽々子の両手を自身の両手で握りしめる。
「わたしの意志を波紋を受け継げなど言わんッ!
その命にもう一度『可能性』の火を灯してくれッ! 究極! 深仙脈疾走! 」
ツェペリの呼吸から生まれた波紋の力が幽々子の元へと走る。
眩しいまでの太陽の輝きが幽々子を包み込む。
幽々子の負った傷が見る間に体の傷が塞がっていく、両断しかけた左腕すら元に復元する。
「すげぇ、おっさん。あんた何をしたってんだ…」
「成功したか…!」
ツェペリの生涯最後の波紋は最も美しく、そして残酷な死を彼に渡した。
ツェペリの容姿が一変する。まるで玉手箱を開けた浦島太郎のように一気に歳をとったのだ。
「ツェペリさんッ!!」
マエリベリーは倒れかけていたツェペリをなんとか支える。
「これで幽々子君は助かるはずじゃ。良かった、本当に…」
「こ、今度はツェ、ツェペリ、さんの傷を、な、治す番です!
そう、ですよね…?そうって言ってください!!」
マエリベリーの声は震えている。理解していた。そんな簡単にできるようなものではないということぐらい。
「ほっほ、無茶を言うな。メリー君、今ので限界じゃよ、そもそも今のはわし自身にはできないものじゃ。」
そんな…とマエリベリーは小さく呟く。自分を今まで支えた存在を失う、
彼女は今内に秘めた正直な気持ちを口に漏らした。
「あなたがいなくなったら、私はどうしたらいいんですか…?」
「『勇気』を持ち、自分の『可能性』を信じてほしい。わしから言えるのはそこまでじゃよ。」
「できるわけがない!私は怖い!今から貴方を失うことが怖くてたまらないのに、
『勇気』なんて持てません!」
「ほっほ、君は『恐怖』の訳が理解しているじゃないか。」
「えっ?」
「『勇気』を持つために必要なのは蛮勇ではない。
『恐怖』を恐れている自分を知ること、これが一番の初歩じゃ。
安心せい、君は『勇気』を持とうと『立ち向かう』最中におる。」
「…」
「阿求君、いるじゃろう?」
「…………えっ、わ、私?」
今まで外野でただ立っていた阿求は、声をかけられたことに気付くのにわずかな時間を要した。
「君が今、思い悩んでいることは大方想像がつく。実は少しだけ幽々子君との話は聞いておったからの。」
「ッ!やめて、わ、私は…!」
「君の選択は間違っておらんかったということに自信を持ってくれ。」
その言葉に阿求は自分の内に渦巻いている思いの丈をぶつけてしまった。
「無責任なことを言わないでッ!私がその二つの中でどれだけ悩み続けたのか…
『可能性』を信じられる貴方には分からない、分からないわよッ!」
「わしには謝るしかできん、本当に申し訳なかった…」
「くっ!」
阿求は駆け出したが、迷惑をかけてしまうと気づき途中で足を止めた。
「確かにわしの生き方が全てではない。そうかもしれないのぉ…ゴホッ」
ツェペリは血を吐き出す。それはもう彼の限界を知らせる合図にも見えた。
「ツェペリさん…!」
「さよならじゃ、きっとジョジョの奴なら。メリー君の力になってくれるじゃろうて…」
「ツェペリさん、さようなら…私は生きてみせます。『勇気』と『可能性』を忘れずに。」
ツェペリさんから返事はなかった。悔いなくこの世から旅立っていったのだと私は信じたい。
いや、悔いはあるに決まっている。彼の目的は『石仮面』の破壊、吸血鬼DIOの打破、
いずれも達成されていないのだから。
だが、彼はその恨みつらみを一切口にせずに逝ったのだ。
私はこんな清い人にはなれるような気がしない。
だからせめて、彼の言ったこと『勇気』を『可能性』を信じるという生き方だけでも受け継いでいきたい。
でも今は、そんなことは考えずただ失った貴方を思って涙を流してもいいですよね。
失意の涙を、私を友として扱ってくれた幽々子さんの命を救った感謝を胸に、
ツェペリさん、さようなら、最後にありがとう。
【ウィル・A・ツェペリ@第一部 ファントムブラッド】死亡
【残り 73/90】
最終更新:2014年10月29日 19:49