第一回放送において、死者の名前が発表された。
それに耳を傾け、名簿にチェックを入れていると、気になる名前が聞こえてきた。
十六夜咲夜に
紅美鈴。確かこの二人ってパチュリーの知り合いよね。
そのことを思い出した私は、放送を聞き終えると、早速パチュリーに声を掛けようとした。
けれど、そういった私の意図はすぐに霧散することになってしまった。
だって、その二人とパチュリーの関係が、どれほど深いものなのか、見当がつかなかったんだもの。
「ご愁傷様」や「お気の毒に」という言葉だけでいいのか、それとももっと労りをかけた方いいのか。
ちょっと真面目に考えたけれど、私は適当な言葉を上手く見つけられなかった。
とはいえ、分からないからといって、このままパチュリーを無視するというのも、どうにも素敵とは思えない。
取り敢えずは、紋切り型のお悔やみでも申し上げて、パチュリーの反応を窺ってみようかしら。
もしかしたら、そこからパチュリーと彼女達がどれほど親しかったのかを、推察できるかもしれない。
そうなれば、この状況への最適解を導き出してやれることが、この私にはできる筈。
そしてパチュリーからの好感度アップよ♪
そう意気込んだ私だけど、それもあえなく失敗に終わってしまった。
私の横から角を生やした女性――
上白沢慧音が出てきて、私よりも先にパチュリーに話し掛けたのだ。
「パチュリー、こんな時に何と言ったらいいか分からないが……」
「……大丈夫よ」
慧音さんの言葉を遮り、パチュリーは何てことないように口を軽く開いた。
「お気遣い、ありがと、慧音。でも、私は大丈夫よ」
「パチュリー、無理はしなくてもいいんだぞ」
パチュリーのは単なる強がりと思ったのか、慧音さんは声に柔和な響きを含ませて、優しく語りかける。
それはまるで聖母マリアが我が子キリストを慈しむような愛しき光景だ。
だけど、パチュリーは私が抱いたそんな感動をよそに、深く溜息を吐いて、面倒くさそうに応えた。
「慧音、私の年齢は知っているでしょう? 見た目通りじゃないって。
それは貴方と比べたら、まだまだ子供なんでしょうけれど、それでも私は人の一回分くらいの人生は歩んでいるわ。
その中で今まで一度たりとも別れがなかったと思っているの? 私はろくに感情を制御できない思春期の少女なんかじゃないの。
もう一度言うわ、私は大丈夫。だから心配なんかしなくても平気よ」
視線を逸らさずに真っ直ぐと慧音さんの目を見つめるパチュリー。
その力強い視線に真実が含まれていると判断したのだろう。慧音さんは安堵の混じった笑みを零した。
「そうか。それはすまない。どうやら余計なお世話だったみたいだな」
「別にいいわよ。それに私なんかより、あっちの子を気にかけてやりなさい。
東方仗助だっけ? 見た目はアレだけだど、あの子は子供なんでしょ?
霊夢や魔理沙じゃないんだし、ちゃんとケアをしてやんなきゃ、あのぐらいの年齢の子は危ないわよ」
「向こうには天子が付いているみたいがな。まあ、ここは素直にパチュリーの言葉に甘えさせてもらおう」
慧音さんの背中を見送ると、パチュリーはティーカップを口に運んでいった。
窓から注がれる朝日を浴びて、紅茶を片手に静かにくつろいでいる様は、
パチュリーの言うとおり、人の死によってもたらされる哀しみや虚しさ、憎悪とは無縁の平穏な姿と言っていい。
だけど、そんな普通である筈のパチュリーを、私はそのままにしておくことが出来なかった。
だって――
「パチュリー、そのティーカップはもう空よ」
「…………そう」
私の言葉に、はたと気がついたパチュリーは、途端に震えだした手で何とかティーカップをソーサーに戻した。
そこには先程まで確かにあった気丈さはない。寧ろ、今にも手折れてしまいそうな儚さが際立って見えていた。
ああ、私は彼女を誤解していたように思う。
当初、私はそれこそパチュリーは私の理論を実証する為の道具とか退屈しのぎの話し相手ぐらいにしか思っていなかった。
だけど、それは違ったのだ。彼女は私のように笑い、怒り、そして哀しむ。
パチュリー・ノーレッジは感情を持った生きた人間なのだ。
それに気がついた瞬間、私はパチュリーのことが急に愛しく思えてきた。
哀しみに耐え、それをひた隠し、しかし打ち震えてしまうパチュリー。
そんな彼女を一人になんかしておけない。決して哀しみに沈ませたくなんかない。
私は以前とは違った気持ちで、彼女の傍にいたいと思うようになった。
ああ、私がパチュリーに抱いてしまった感情の正体。きっとそれは――――
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『パチュリー・ノーレッジ』
「パチュリー、もう組み分けのメンバーは決まったのか?」
ひとしきりすると、慧音が私のところに戻ってきて、そんなことを訊ねた。
新たに注いだ紅茶の香りと味を堪能したくはあるけれど、幾分か飽きてきたのも事実だ。
私は紅茶を口に運ぶのを止め、慧音に顔を向けることにした。
「一応はね。ちょうど私も貴方に確認を取ろうと思っていたところよ」
「そうか。タイミングは良かったみたいだな」
「ええ。それで本題に入る前に確認させてもらうけれど、仗助や他の皆は大丈夫だった?
荒木の放送で結構な数の死者の名前が呼ばれたから、不安に思う人もいたんじゃないかしら?」
私は至極真っ当な質問をしたと思う。いや、それは厳然たる事実だろう。
誰かの死によって、この殺し合いのスタンスを変えるという可能性は、誰にも否定できるものじゃない。
であるのならば、皆の心境や状態を確認しとくのは、これから一緒に行動する上で必要不可欠なこと。
つまり、絶対にしなければならない重要事項なのだ。
それなのに、慧音が私に送ってきたのは、私が答えとして予想していたものとは縁遠い温和な笑顔だった。
「何がおかしいの、慧音?」
質問に答えない慧音に苛立ちを覚えた私は彼女を睨みつけ、声を低くして訊ねた。
「ああ、いや、すまない。別に悪気があったわけじゃないんだ。
ただあのパチュリー・ノーレッジが皆のことを心配しているという事実に驚いてしまってな。
いや、確かにそこは笑うとこではないのだが、何というか、私はただ嬉しかったんだ」
「失礼ね。それだと、私がまるで人非人みたいじゃない」
「いや、だから本当にすまなかった、パチュリー」
そう言い終えると、慧音は帽子を取り、丁寧に頭を下げてきた。
そこまでされたら、さすがの私でも怒りの矛を収めざるを得ない。
「はぁ、まあいいわ。話を戻しましょう」
私を溜息を吐きながら、やれやれと言った具合に声を放つ。
すると顔を上げた慧音はフフッと笑い声を漏らし、隣に居た夢美からも慧音と同じような声が聞こえてきた。
途端に私の額に青筋が浮かぶ。
「二人とも、私に喧嘩を売っているの?」
「だって、パチュリーの表情がコロコロと変わって面白いんだもの」
「コロコロ?」
夢美の答えに、私は思わず眉根を寄せる。そんなに私の表情は変化していただろうか。
あれ? ひょっとして慧音に嬉しいだの、優しいみたいなニュアンスのことを言われて、笑顔とかになっていたのだろうか。
そんな無様を晒すようでは、まさしく思春期の少女ではないか。それに気がついた私は恥ずかしさから、急に頬が上気してきた。
私は自身の醜態を誤魔化すため、慌てて言葉を付け足した。
「と、とにかく、慧音! 状況は逼迫しているの! 急いで答えてちょうだい!」
「フフ、そうだな。確かに遊んでいる暇はないな。答えるとしよう。と言っても、そう大したものではないがな」
「問題ないということかしら?」
「ああ、そう言っていいだろう。仗助君は憤りはしていたものの、自らの知り合いも呼ばれていないし、
秋穣子以来、まだ実際に死んだ者も見ていないから、それほど動揺は見られなかった。
というより、『死』に対して、まだ実感が少ないのだろう。吉良さんも、そんな感じだった。
彼らに対して声を掛けるとしたら、『死』の実感を得られてからだと思う。
無論、気を緩めてはならないということは伝えといたから、安心してくれ」
「天人とあの妖怪はどう?」
「天子は人の生死に達観している節があるから、やはり誰かの死によって得られる影響は少ないみたいだったな。
ぬえの方は、すまない、少し分からない。本人は大丈夫、平気と言っていたが、それとは裏腹に顔色は優れなかった。
あまりしつこくしては、余計に苛立たせ、悪影響を与えてしまうと思って、その時はそれきりにしたが、
また折を見て、彼女に話しかけてみようと思う」
「そう。ぬえの件は、それでお願いするとして、慧音、貴方自身は大丈夫なの?」
と、慧音に声を掛けると、彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、あろうことか、大口を開けて笑い出した。
こいつ、ホントに私に喧嘩を売っているんじゃないだろうか。
私は右手で拳を作り出し、そこにあらんかぎりの力を込めて、声を絞り出した。
「グーよ、慧音。今すぐその下品な笑いを止めないと、グーパンチを貴方の顔面に叩き込むわ」
「ハハハッ、いや、すまない。別にパチュリーを笑ったわけじゃないんだ。これは寧ろ、自分だ。
自分のマヌケさを笑っていたんだ。私はパチュリーをひどく誤解していたんだな、と。
お前は、もっと他人に無関心な奴だと思っていたよ。
ああ、本当に今更になって、そんな勘違いに気がついた自分が、とてもおかしいんだ。ハハハハ!」
目の端に涙さえ浮かべて、心底おかしそうに笑う慧音。
邪気のないそんな姿を目の当たりにして、私の毒気はすっかり抜かれてしまった。
この雰囲気では、どうやっても慧音を殴ってやる気にはなれない。
私は振り上げた右拳を収めて、グーパンチの代わりに、少し棘のついた声を放ってやることにした。
「私も貴方を誤解していたようね。貴方はもっと冷静で聡明な人だと思っていたわ」
「そうか? では、私達はこうしてお互いの新たな一面を知ったということだな。
うん、それはとても素晴らしいことじゃないか。私達の関係は、これで一歩先に進んだというわけだからな」
私の皮肉を慧音はさらりと受け流し、この一連の出来事を、かなり前衛的に解釈してくれた。
到底そんな素晴らしいショーが開催されたとは私には思えないが、この手の輩にそんな反論など暖簾に腕押しだろう。
私はこのまどろっこしい会話に抗議するように大きく溜息を吐いて、改めて本題へと続く言葉を切り出した。
「つまり、貴方は大丈夫というわけね?」
「ん、ああ、多分な」
「多分?」
さっきまであった慧音とは随分違う引っ掛かりのある言葉を、私は思わず復唱した。
「……ああ。それが良く分からないんだ。教師という職業のせいだろうか、人前では弱味を曝け出すのに抵抗があってな。
それでそういう生活を長年と送っていたら、いつの間にか人前では自分の悩みというものに、向き合うことすら出来なくなっていた。
だから、今の自分の心境が良く分からないし、『多分』というわけだ。勿論、荒木や太田を許せないという気持ちは変わらずにあるぞ
そこは大丈夫だ」
「そう。分かったわ」
と、何気なく答えを返す一方で、私は一抹の不安を覚えた。
慧音の言葉を煮詰めれば、要するに一人になったら、危険だということだ。
そして己の心と改めて向き合った時、一体どんな答えを出すか、本人にも見当がつかない。これは、ちょっとした「爆弾」だ。
まあ、この状況で早々に一人になる選択肢など選ばないだろうから、問題ないということには変わりないけれど。
そのことも慧音自身も気がついているのだろう。自分の返答に深刻といった面持ちを微塵も含めていない。
私は慧音の「問題」を、彼女に倣って頭の片隅へ押しやり、組み分けのメンバーを発表することにした。
「それでメンバー分けだけど、三組に分かれようと思うの。一組目は仗助と天子。二組目は慧音、ぬえ、夢美。
そして最後の三組目は私、にとり、康一、吉影の四人。これで行こうと思っているけれど、どうかしら?」
「反対! はんたーい! 何で私とパチュリーが一緒じゃないのよ~!
っていうか、パチュリー、私を心配する声が聞こえなかったんだけど、それって気のせい!?」
横で馬鹿みたいに騒ぐ夢美を無視し、私は慧音に答えを促す。
彼女は顎に手をやり、ほんの少し黙考すると、夢美とは違う落ち着いた声を返してきてくれた。
「……うむ。夢美さんが言ったからというわけじゃないが、何故そのメンバーなのか教えてくれないか?」
「そうね。まず私達幻想郷の住人はスタンドのことを良く知らない。
これではスタンド使いと戦闘になった際、後手に回ることが多くなっちゃうでしょ?
それを防ぐ為、スタンド使いをそれぞれの組に一人は入れるようにしたわ。
そして彼らを中心に、なるべく戦力が均等になるように分けたというわけ」
「ふむ。それでは何故三組なのだ? 戦力の分散を危惧するのなら、二組に分けた方が合理的ではないか?」
「その指摘は尤もだと思うわ。だけど、それだとやっぱり見て回れる箇所が少なくなっちゃうでしょ?
それで紫や霊夢と出会う機会を減らしては、この異変を長引かせることになり、結局の所、命の危険を増やしてしまう。
勿論、戦力を分散させたところで、誰かに襲撃されては元も子もないけれど、それでも最低限逃げのびるだけの戦力を、
それぞれの組に分けたと私は思うわ」
「うむ。そういった考えであれば、私も問題ないと思う。パチュリーの案に賛成だ」
慧音の首肯に、私も頷いて返す。さて、次はどのルートを通るかという話だが、
それに移ろうかというところで、夢美が物凄い勢いで私の肩を揺らしてきた。
「ちょっとー、パチュリー、何で無視するのよ~? 私、絶対パチュリーから離れないわよ!」
そんな下らない内容のことを、何故か誇るように胸を張り、毅然と私に告げてきた。
夢美は馬鹿とは思えないから、さっき私が言った理屈が理解出来ないというわけではないだろう。
しかし、それでも夢美は自分の目的なり、感情を優先したいというわけか。
全く困ったものだ。その優先するところが、皆の利になることであれば一考に値するけれど、
夢美はただ私を自分の世界に連れていく為に、私の首に縄をつけておきたいってだけなのよね。
うん、やっぱり考慮する必要なし。私は少しいじわるな笑みを浮かべて夢美に向き直った。
「あら、夢美、困った時は助けを求めなさいって言ってなかった?」
「……え、ええ!?」
次に私が何を言うか予想出来たと見える。
夢美は途端にあたふたと喚きだし、私の口の妨害へと走り出した。
しかし、私はそれを華麗にかわし、夢美に魔法の言葉を投げ掛ける。
「困ったわー我儘な子がいて本当困ったわー助けてー夢美ー」
「くッ! 何て白々しい台詞!」
やっとのことで、その言葉を吐き出すと、夢美は頭を抱えて煩悶としだした。
その苦しんでいる様からは、自分のした発言に責任を持とうとする真面目さが窺える。
夢美は、そんな責任感とは無縁の奔放な性格と思っていたから、ちょっと意外ね。
私が夢美に対する新たな認識を構築していると、彼女は突然と表情を正してきた。
どうやら、私への反論を思い浮かんだらしい。面白い。受けて立とう。
「ねえ、慧音さんてスタンド使いなの?」
と、夢美が慧音に訊ねた。
慧音は勿論それを否定する。
「いや、違うが」
「じゃあ、ぬえって妖怪がスタンド使いなの?」
「いや、おそらくだが、それも違う」
慧音の答えを聞き終えると、夢美はムフッと嫌らしい笑みを浮かべて、私に顔を向けてきた。
「ということは、パチュリー、貴方は私をスタンド使いとしてカウントしたわけね?」
「そうよ。でも、別に間違っていないわよね?」
「いやいや、パチュリー、その認識は問題大アリよ。パチュリーの知っての通り、私はついさっきスタンド使いとなったわけよ~。
それじゃあ、スタンドに対する知識の少なさは否めない。つまり、スタンド使いと対峙した時、後手後手に回ってしまう可能性が高い。
どう? それってやっぱり危険だと思わない? うん、やっぱり私はパチュリーと一緒にいるべきよ」
実に素敵なロジックだ。整然とだってしている。
現に慧音も頷き、夢美の肩を持つ素振りを見せてくれた。
でも、私は慌てることなく、穏やかに夢美に語りかける。
「ねえ、夢美」
「な、何よ」
「私は貴方と出会って、そう間もないけれど、分かったことがあるの」
「な、何?」
「貴方は知識があり、機転があり、優れた観察眼を持っているということよ。
そんな貴方なら、スタンドが相手でも、危機に陥る前に素早く相手の特性なり弱点を見抜けるんじゃないかしら?」
「まあね♪」
一瞬の間すら空けず、夢美は私にVサインを送ってきた。
こいつ、実は馬鹿なんじゃないんだろうか。そこを肯定しては、夢美の反論全てに意味が無くなるだろうに。
まあ、夢美を説得する時間が減ったことは、嬉しいけれど。
「あー、しまったー! 事実を指摘されて、うっかり肯定してしまったー!
今の無し! 今の話は無しよー、パチュリー! ね!? お願いー!!」
自分の陥った穴に気がついた夢美は、今度は頭を下げ、手を前で合わせ、猛烈な勢いで私に拝んできた。
その狂騒じみた熱心さに情を絆(ほだ)されたのかは知らないが、慧音も声を重ねてくる。
「あまり話の内容は飲み込めないが、スタンド使いになって間もないというのであれば、
夢美さんの話をもっと聞いてあげるべきではないだろうか、パチュリー」
「はぁ、慧音が相手なら真面目に話すけれど、問題ないわよ。
確かに彼女はスタンドを覚えたばかりだけど、それを十二分に使えるってことは、私の身体を使って証明してくれたしね。
スタンドにおける基本的な情報も、仗助や康一に訊けばいい。夢美、どうせ貴方なら一度聞けば、全部覚えられるでしょ?」
「そうだけど……」
一応は頷く夢美だが、それとは違って慧音はまだ少し不満顔だ。
仕方ない。もうちょっとだけ、説明しとこう。
「あとはスタンド使いと、そうでない人との意識の差もあるわね。思考の下地とも言うべきかしら。
スタンドって結構理不尽な所があるから、非スタンド使いはスタンドに攻撃されたら、まずそれへの対処じゃなくて、
抗議とか文句が思い浮かんでしまうのよね。実際、私も夢美のスタンドに攻撃されて、そんな感じだったし。
その点、スタンド使いは逆なのよ。自分もそうだからか、理不尽をちゃんと受け入れることが出来る。
そしてそこから対処法を練ることが出来るの。夢美はこういった思考の過程において、問題がない。
というか、私達非スタンド使いの中においては、誰よりも適任なのよ」
「うーむ。パチュリーの言い分は理解できた。しかし、夢美さんの方はどうだ?」
「話の内容自体に文句はないわね、慧音さん。でも、パチュリーと離れ離れになるのには文句があるわ」
はぁぁぁー、と私は心の中で大きな溜息を吐く。物凄い我儘な奴ね。面倒臭い。
夢美の助手であるちゆりとやらの気苦労が知れるわ。まあ、過去に夢美も異変を起こしたことがあるっていうし、
レミィや荒木達がそうであるように、異変を起こす奴は我儘というのが、どうやら必須にして最低条件なのだろう。
そんな奴を相手にしなくてはいけないとなると、思いっきり匙を投げつけたくなるけれど、
ここでそれをしてしまっては、夢美は本当に私から離れなくなるでしょうから、本末転倒となってしまう。
しょうがないので、私はもう少しだけ夢美の説得を試みることにした。
「夢美、離れ離れになるって言っても、ほんの三、四時間でしょ。それくらい我慢しなさい」
「そうかもだけど……パチュリー、大丈夫なの?」
「大丈夫?」
あれ、何故この場面で私を気遣う言葉が出てくるのだ。
ひょっとして、私と一緒にいたいと言っていたのは、私を心配してのことなのか。
ぐるんぐるん、と頭の中がこんがらがってくる。
夢美とは、こんな人間だったか。彼女はもっと自分本位な人間だったはずだろうに。
うーん、ひょっとしてこの夢美は偽者なのではないだろうか。それとも私は夢か幻でも見ているのか。
はたまた新手のスタンド使いの攻撃でも受けているのだろうか。
んー、分からない。
取り敢えず、夢美が本物かどうかの確認の為に、一つスペルでも唱えてみよう。
本物なら、多分生き残るに違いない。何か、顔がしつこいし。
というわけで、私は早速「ロイヤルフレア」の準備に取り掛かった。
しかし、いざそれをぶっ放そうといったところで、私の手は止まる。夢美と目が合ってしまったのだ。
そこにあったのは、不安を隠すことのない夢美の沈痛とした表情。
それは正体がバレるのを恐れてのものか、それとも迫る死を恐怖してのことか。
いや、そのどちらも違うのだろう。
私は思い出してしまった。私が荒木の放送の後、夢美だけに情けない姿を見せてしまったことを。
あんな醜態を晒した後に、大丈夫などと言っても、確かに信用は得られないだろう。
それににとりと一緒のチームに私がいるということで、夢美の不安に拍車をかけてしまったかもしれない。
にとりが怪しいということも、夢美だけは知っているのだから。
だとしたら、どれほど私はマヌケなのだろうか。
夢美の優しさを知らず、ただ私は彼女を自分勝手でファッションセンス皆無の赤女としか認識してなかった。
全く笑えてくるではないか。これでは慧音を怒る資格など、私にはない。
どうやら私は岡崎夢美という人間を誤解していたようだ。
それ気がついた瞬間、私の肩から力が一気に抜けていった。
それと共に、さっきまであった私の夢美に対するささくれ立った感情も嘘のように和らいでいく。
そして知らず知らずの内に、私は実に穏やかな気持ちで、夢美に話しかけていた。
「心配してくれて、ありがと。でも、大丈夫。これでも私は強いのよ。だから、私を信じて、教授」
「んー、パチュリーがそこまで言うのなら……って、え、ええ!? 今、パチュリー何て言ったの!?
今、私のこと、教授って呼ばなかった!?」
「な、何よ。教授って、貴方の愛称なんでしょ?」
「そうだけど、え、でも、パチュリー、貴方、私のことを愛称で呼びたくないって……。
え? えっと、それって、つまりそういうことよね? パチュリーは私のことを……」
「……う、うるさいわね。もういいでしょ。はい、解散!」
パン、と手を叩き、私は急いで教授の言葉を遮った。
その先に発せられるであろう単語に、妙な気恥ずかしさを覚えてしまったのだ。
あー、顔が熱い。今、絶対顔が赤くなっているわ。早く家に帰りたい。
しかし、教授はそんな私の気持ちなど露知らずと、嬉しそうに私に抱きついてくる。
「キャー、パチュリーパチュリーパチュリーパチュリーパチュリーン!
ねえ、パチュリーに愛称はないの? あるんでしょ? 私に教えてよ! ね、いいでしょ?」
「さ、さあ、どうだったかしらね」
顔の熱が治まらない私は空とぼける。
だけど、そんな私の嘘を見咎めたのか、慧音が口を挟んできた。
「確かレミリアはパチュリーのことをパチェと呼んでいたな」
「こら、慧音!」
「すまないな、パチュリー。普段であれば、私も口を入れたりはしないのだが、こんな状況だろう?
無論、最悪の事態は避けねばならないということは分かっているが、もしかしたら、ということも有り得る。
だから、心残りがないよう、余計な世話を焼かせてもらったよ」
道理かもしれないけれど、随分と不吉なことを慧音は言う。
でも、このままでは一生教授に自分の愛称を伝えなかったと思うので、文句を言うのは止めにした。
そして私の愛称を知った教授は、満面の笑顔で私に頬ずりをしてくる。
「パチェ! 『ユ』じゃなくて『エ』というのがミソなのね~♪
んー、パチェパチェパチェパチェパチェパチェパチェパチェ~!」
「何よ、教授?」
「別に~。ただ呼んでみただけ~♪」
「ああ、もう! 用がないなら、一々絡んでくるな! にとり達が帰ってきたら、すぐ出発よ!
だから、その前にすることあるでしょ? さっさと仗助のところに行ってこい、バカ教授!」
そう言って、私は教授を思い切り蹴飛ばした。
しかしそれでも教授は離れようとしない。私も負けじとゲシゲシと教授に蹴りを入れるが、その攻防は一進一退だ。
この状況が呼び名で始まったのなら、やはり岡崎夢美を愛称で呼んだのは早計だったかもしれない。
私は早速後悔を覚え始め、頭を抱えていると、今度は厳しい口調で慧音が私達に口を挟んできた。
「こら、喧嘩はやめないか! これ以上、無駄な争いを続けるというであれば、
私は二人にガツンとかましてやらなければならなくなるぞ。二人は痛いのが、好きなのか?
それに、だ。夢美さんが、ここを離れる必要はないみたいだぞ」
慧音の眼元が据わり始めたのを合図に、私と教授は急いで距離を取り、姿勢を正しくする。
そして私が寺子屋の生徒よろしく慧音の台詞の続きを大人しく待っていると、
慧音はその顔を笑顔に変え、先生のように優しく答えを教えてくれた。
「噂をすれば、何とやらだ。どうやら、仗助君がこっちに来るみたいだぞ」
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『東方仗助』
「すんませーん、ちょっと訊きたいことあるんですけど、いいっすか~?」
おれは康一と話していた時に抱いた違和感とそれによる疑問を訊ねるべく、パチュリーさん達に声をかけた。
康一が吉良の顔どころか、あいつの最期まで知らない。康一は、それは時間軸がズレているからだと言った。
しかし、正直、その考えはぶっ飛んでいるとしか思えねーぜ。
つーか、違う時間軸から、人間をさらってくるというのがイメージできねーし、何よりもその意味が分からねー。
なら、この問題を放って置いていいってもんじゃねえよな~。
だけど、おれのその為の第一歩は、のっけから躓いちまうことに。
何とおれの目の前に、天子さんが無い胸を張り、さも当然のように立ち塞がりやがったのだ。
「いいわ。この私が聞いてあげるから、さっさと言いなさい」
グレート。こいつはマジで厄介だぜ~。
天子さんは悪気があってじゃなく、百パーセント善意でやってるつーのが、何よりもヤバイ。
下手に断ったら、癇癪を起こしちまうのが、ありありと分かる。ああ、面倒クセー。
しかも、この人、何か億泰みてーで、どこか抜けているんだよな~。まともな答えが返ってくるとは思えねえし……。
どうやって断ろう。
「仗助君、天子を含めた皆に相談したいということかな?」
おれが困っていると、すかさず慧音先生が助け舟を送ってきてくれた。さすが、慧音先生だぜ。
チラリチラリと送っていたおれの視線に気がついて、更に気を遣ってくれるとは、グレートとしか言いようがねえ。
おれは笑顔で天子さんの横を通り抜け、目的地へと向かっていった。
「いや~、実はそうなんすよ。天子さんは元より、是非皆さんに訊きたいことがあって~」
グサリとおれの背中に視線が突き刺さってくる感じがするけれど、恐いから振り返るのはやめとこ。
とはいえ、一応、天子さんがソファーに座ってから、おれは話を切り出すことにする。
これ以上、天子さんを刺激するのは、ヤバイからな~。
「それで話なんすけど……」
と、おれが口が開いたところで、慧音先生が手で制止を促してきた。
何だ、と思う間もなく、慧音先生が吉良の野郎に顔を向け、温かな声で語りかける。
何してんのッ、アンタッ!
「吉良さんも、こっちに来て皆と話さないか?」
「…………いや、それで見張りが疎かになっては事だ。私はこのまま外を見ていよう」
吉良の野郎はぶっきらぼうに応えると、その場を動くことなく、窓の外へ視線を向けた。
危ね~。いや、危なくはないが、いやに緊張するぜ、あいつとの会話はよ~。
だけど肝心の慧音先生は、そんなおれの焦りに気づくことなく話を続けていく。
「そうか。それは感心だな、吉良さん。といっても、休める時には、身体を休めなくてはならないぞ」
「ああ……分かっているよ」
そこで二人の会話は終わったが、僅かな時間とは裏腹に、おれの顔には大量の冷や汗がつたう。
こりゃ~、おれの心臓が持ちそうにねえ。やっぱり、どこかのタイミングで吉良の正体、
もしくは危険性について、皆に伝えなくちゃだぜ~~……当たり前だが、吉良にばれずによ~。
「ぬえは、どうだ? こっちに来ないか?」
ハンカチを取り出し、汗を拭いていると、慧音先生が今度はぬえさんに話しかけた。
それに対する返答は吉良の野郎みたいに冷たいものだ。
「……手を洗いに行ってくるわ」
一言だけ残して、ぬえさんは部屋を出て行った。
ぬえさんは、最初に会った時と比べて、何つーか、随分と印象が変わったなあ。
もうちっと愛想があったように思えるし、何よりももっと多弁だった気がする。
つーと、荒木の放送かな~。あれで色々思うところがあったつーわけだよな、やっぱ。
まあ、慧音先生が色々気を配っているみたいだから、おれが出しゃばる必要はないし、
大丈夫なんだろうけれど、何か不安だな~。このパーティーは吉良のことに限らず、
色々とヤバイ気がするっつーか……単なるおれの勘だけど…………。
「それで話って何よ、仗助? 時は金なり。その言葉の意味ぐらい分かるでしょう?」
ドカンと音を立ててソファーに座り直した天子さんは、腕を組み、脚を組みながら、話を催促してきた。
懸念事項はあるけれど、このまま天子さんを放っておいた方、よっぽど面倒ごとになるな、こりゃあよ~。
しゃあねー、話すとするか。
「そうっすね。話を聞いたらつまんねーと思うかもしれないんすけれど、どうも違和感を拭いきれないんすよね。
康一とは結構長い付き合いなんすけれど、そいつと話をしてても、何か会話が噛み合わねーんすよ。
知っているはずのことを、知らないっつーか、何つーか、そーいうのがあって…………忘れたとか、そんなチンケなもんじゃねーんすよね。
どうも最初から知らない。そんな素振りを康一が見せるんすよ」
「……貴方の話をまとめると、二人の記憶が食い違っているということかしら?」
少し考える素振りを見せると、パチュリーさんが、おれの言いたかったことを上手く整理してくれた。
おれは天子さんが言葉を入れる隙を生ませまいと、すかさず頷く。
「そうっす。普段なら、単なるおれ達の勘違いで話を済ますんですけど、
こんな状況だから、何か他に理由があるんじゃないかと思って…………そういうの分かります?」
「分かるけど……そうね。それだったら私が説明するより、慧音、貴方がした方が分かりやすいんじゃないかしら?」
パチュリーさんは何ら迷う暇もなく肯(がえ)んずると、慧音先生にバトンを渡した。
その慧音先生も何ら躊躇うことなくバトンを受け取り、おれの方に向き直った。
「うむ。まずは、そうだな、仗助君は白沢(ハクタク)というのを知っているだろうか?」
「いや、知らないっすけど…………何すか、それ?」
「うむ、白沢というのは古来中国において……」
「……あ、待って。やっぱり私は話すわ」
慧音先生が説明を始めた途端、パチュリーさんが割って入ってきた。
その無作法に頭にきたのだろう。慧音先生の目は一段と鋭くなって、パチュリーさんを睨みつける。
だけど、パチュリーさんはそれを柳のように受け流し、実にあっけらかんとした顔で応えた。
「だって、慧音の話が無駄に長くなりそうだったんだもの。
白沢が貴方の力にどういった影響を与えたかは知らないけれど、今は正直どうでもいいでしょ。
話の要点は、貴方の能力の由来じゃなくて、貴方の能力そのもの。分かるでしょう?」
「いや、それはそうかもしれないが……やっぱりこういうのは最初からの方が……なあ、仗助君?」
パチュリーさんの言っていることが正論なのか、慧音先生はたじたじとなった。
とはいえ、慧音先生は喋るのを止めようとしない。というか、パチュリーさんの言うとおり、
何だか話がとてつもなく長くなりそうな気配が慧音先生から漂ってきたぜ~。こりゃ、マズイ。
ピンときたおれは即座にパチュリーさんに向かって訊ねた。
「能力すか?」
「ええ。慧音には歴史を食べる程度の能力があるのよ」
「食べる? 歴史を~~? 何つーか、いまいち……いや、正直……分かりづらいっすね」
「簡単に言い換えるなら、人の記憶にある出来事を無かったことにする能力ってとこかしらね。
私自身もいまいち判然としない力だけれど、その能力を使ったとなれば、
仗助の言う噛み合わない会話が生まれることも、十分にあるということよ」
やっぱり話は聞いてみるもんだぜ。康一とは違う答えが返ってくる。
しかし、「へー」と頷くおれの脳裏に一人の忌まわしき人間の姿が映ってしまった。
つーか、これって要するにあの漫画家みたいな能力ってことだよな~~?
さすがにアイツほど利便性があるわけじゃないみたいだが……ゴクリ……やっぱり恐ろしいぜ~。
他人の頭の中をいじくり回すっつーことに変わりはねーからな。
まあ、アイツが今更康一をどうこうするとは思えないし、また人の言いなりになるような奴じゃないから、
この件に関しては無関係だと思うけど…………。
そこまで考えて、ふと慧音先生はどうなんだろうと思い、何となくおれを疑問を口にしてみた。
「…………えっと、慧音先生……そんなことしたんすか?」
本当に何気なく慧音先生にぶつけた質問だが、その答えは怒り心頭となって返ってきた。こえ~。
「そんなことするわけなかろう!! パチュリーも私がまるで犯人であるかのような言い回しはやめろ!!」
「ごめんなさいね。でも、今までの会話で幾つかの『可能性』が新たに浮かび上がってきたわね」
慧音先生の物凄い剣幕に見向きもせず、パチュリーさんは深刻な顔でそんなことを言ってきた。
パチュリーさんの目線の先には、やっぱり荒木と太田の野郎共がいるんだろうな。そういった考えの人が近くにいると、やっぱり心強いぜ
目の前のことしか見てねえ天子さんとは大違い。まあ、おれもパチュリーさんの言うところの「可能性」が思い浮かんでたりする。
間違ったら、恥ずかしいから、何も言わないけど。取り敢えずは、聞き役に徹するぜ~。
「『可能性』っすか? もったいぶらずに教えて下さいよ、パチュリーさん」
「一つ目は私達全員の記憶が食べられたのではないかということね? 私も少し記憶に違和感あるし」
夢美さんが、パチュリーさんに代わって答えてくれた。
それにパチュリーさんが頷き、補足説明をしてくれる。
「ええ。それはつまり、私達のことを知らない私達の友人、知人がいるかもしれないということ。
これからは見知った相手に出会っても、より慎重に、より警戒してという心構えが必要になってくるわね。
勿論、私達の記憶が奪われているということもあるから、見知らぬ相手にも相応の対応しなくてはならない。
そして二つ目……」
そこでパチュリーさんは視線を慧音先生に移した。
その目は力強くあれど、別に口を開く気配は見せない。
どうやらパチュリーさんは慧音先生に答えを促しているようだ。
その意図に気がついた慧音先生は溜息を吐くと、ゆっくりとパチュリーさんの言葉を付け足した。
「二つ目は私が荒木と太田と繋がっていることか?
確かに記憶の綻びが見つかった以上、私の関与は疑われるし、また私と康一君に何の関係性もなければ、
荒木と太田が私と康一君とを繋ぐ糸であったという『可能性』は浮かび上がってくるものだ。
だが、断言させてもらうぞ。それは絶対にない!」
「あら、貴方が貴方自身の都合の悪い記憶を食べたということも考えられるんじゃないの?」
パチュリーさんが針のように尖った質問で、慧音先生を突き刺す。
だけど、それで痛みを与えることはできなかったようだ。
慧音先生は顔色一つ変えずパチュリーさんに答えを返した。
「そもそもパチュリーは私の能力を誤解している。歴史を食べると言っても、事実を無かったことにするこはできない。
あくまで、そのように認識させるだけだ。それだって対象が当たり前のこととなると、違和感を拭いきれるものではない。
つまり、私の能力を完全に作用させるには、人の認識が低いものに限るということだ。
であるのならば、実体験を伴った個人の記憶に干渉するその困難さは分かるだろう?
それに私の能力が通用するのは、精々が歴史の浅い人間くらいだ。パチュリーやこの地にいる他の妖怪ともなると、
その歴史を食べるのは無理だと言っていい。というより、不可能だ。
どうだ? これでも荒木と太田が私を味方にするメリットがあると思うか、パチュリー?」
「ないわね。嘘も……言っていないようだし。
まあ、最初からそこまで貴方を疑っていたわけではないけどね…………一応、念の為にというやつよ。
気に触ったのなら、謝るわ。ごめんなさい。問題は……これは三つ目の『可能性』に繋がることなんだけど……」
「……三つ目すか!!?」
おれは思わず叫んじまった。ひょっとしてパチュリーさん達は岸辺露伴の野郎を知っているのか!?
やっべ~~、こりゃまた一騒動起きるぜ。おれは早速、まだ会ってもいない奴と皆との邂逅に頭を悩ませた。
しかし、どうやらそれは杞憂だったようで、パチュリーさんはアイツの名前を出すことなく、淡々と説明を続けていく。
「ええ。ここで慧音に改めて質問するけれど、貴方の能力をZUNが使ったとしたら、
誰に対しても記憶の完全削除は可能なのかしら?」
「……要領を得ないな。まず確認させてもらうが、ZUNとやらは、『東方心綺楼』の製作者であり、
またそれによって外の世界の人間の信仰を受けることになった神……つまり荒木か太田の本当の名前ということであっているか?」
「ええ、そうよ。ま、あくまで仮説の内だけど」
「うーむ…………分からない、としか答えようがないな。大体何故そんな質問をするんだ、パチュリー?」
慧音先生の疑問は尤もだ。正直、おれもパチュリーさんの言わんとしているところが分からない。
一体、さっきの質問にどんな意味があるっつーんだ? おれも慧音先生と一緒になってパチュリーさんの顔を覗きこむ。
するとパチュリーさんはかすかな笑みを零し、おれたちを焦らすように紅茶を口に運び、一息入れやがった。
おいおい、この人は意外にSか~~? ちょっぴりドキドキ。
おれがそんな不謹慎な感想を抱くと、パチュリーさんはそれ咎めるかのように、湿った唇を動かし始めた。
「ZUNは幻想郷を作り、そこの住人である私達を作った者として外の世界の人間に信じられている。
これって何かを想起されない? 大地を作り、人を作った。それこそ多くの人間達が遥か昔より信じるもの」
「え……えっと、それってひょっとして、あれっすか? 神様…………キリスト教の?」
おいおい、マジかよ。それはあまりにスケールが大きいだろう。
心中でそんなことを呟きながら、おれはパチュリーさんに確認を取る。
そしてパチュリーさんは、おれの驚愕とは裏腹に、実に落ち着き払って返答を開始した。
「そう、全てを知り、全てが出来る唯一神。真っ先に思い浮かんでしまうのが、それ。
これって、ZUNが幻想郷における全知全能の神として信仰されている、と考えることも出来るわよね。
今回の場合、問題となってくるのは、この全能という部分ね。
歴史の消失という慧音の能力に類似した現象を引き起こしたことから推察されるのは、
幻想郷の住人――つまりZUNが作り出したと信じられている人間や妖怪『全ての能力』を、
ZUN自身も使うことが出来るのではないかということ。……これが三つ目の『可能性』ね」
「はあ? そんなことあるわけないでしょう。それはあまりに強大過ぎるわよ。
人の信仰が薄れているというのは、守矢だっけ? あいつらがもう証明しているでしょう?
そんな中で、力を失うどころか、より大きな力を手に入れるって? 馬鹿げているわ。拡大解釈が過ぎるわよ!」
怒気の孕んだ声を、天子さんが上げてきた。つーか、どこに怒るポイントがあったんだよ。
あー、自分と同じ能力を持つというのが許せねーとかか? まあ、確かに荒木と太田が
あのマヌケ面で、おれのクレイジーダイヤモンドを使ってきたら、ちょっとカチンと来るけれどよ~。
あ、つーか、ひょっとしておれが天子さんに目を向けず、無視していたから、機嫌悪いのか。
やべえー。何かそう考えたら、天子さんがすげーおれのことを睨んでいるような気がしてきたぜ~。
取り敢えず、おれは何も気づない振りをして、天子さんの意見に同調しとこ。それで解決するかは知らねーが。
「そうっすね~。幾らなんでも突拍子がねーって気がしますよ、パチュリーさん」
「私だって、断定するつもりはないわよ。ただ、そういうことも考えられるって話。
大体、そこまでの能力を有するとしたら、例大祭が毎年行われるほどの信仰を得てなきゃだし、
それだったら仗助も『東方心綺楼』の名前ぐらいは聞いたことがあるでしょうしね」
「…………まあ、おれも別に祭りやそういった行事に詳しいってわけじゃありませんけどね。
知っているのなんか、精々がねぷた祭りぐれーで、他はとんとですよ」
つーか、おれが知っている知らないで物事を判断するのは勘弁して欲しいな。
プレッシャーだぜ~~。祭りなんか、マジで興味ねーからよ~。
そんな気持ちから出たあやふやなおれの答えだったけれど、パチュリーさんがしたたかに受け継いで、天子さんに言葉を返す。
「……というわけよ、天子。とにかく『可能性』は否定しきれるものではないってこと。
ま、事実だったところで、貴方に何か出来るというものでもないけれどね」
「喧嘩売っているの、魔法使い?」
「それは早合点。お生憎様、私はバーゲンセールは行っていないの。
それに私だって、全知全能の神が相手では出来ることは少ないでしょうからね。
というか、この場合、重要なのは私達ではなく、仗助達スタンド使いね」
「……え、おれ……達っすか?」
「ええ。幻想郷とは関係ない貴方達なら、ZUNの掌の上から外れる。
それなら、ZUNの予想や思惑を超えて、あいつを倒すことが出来るでしょう?」
うおおぉ、またもやプレッシャー。この人、絶対Sだぜ~~。
まあ、でも、人様の命運をたくさんに乗せた重圧だが、実はおれは平気だったりする。
何故なら、パチュリーさんが期待するスタンド使いには、あの人が含まれているからだ。
それ即ち、無敵のスタンド使い――承太郎さん。正直あの人がいりゃー、どうにかなるだろう。
というわけで、おれは承太郎さんに代わって、パチュリーさんの期待を請合うことにした。
「まあ、任せといて下さいよ! こっちには飛びっきりの味方が付いているんで!」
「あら、分かっているじゃないの、仗助♪」
ここで何故か天子さんが満面の笑みを浮かべて、おれの肩を叩いてきやがった。
話の流れからして、アンタじゃないっつーのは分かるだろうがよ~。何でアンタが喜んでいるんだ。
ま、色々ツッコミたいけど、折角直った天子さんの機嫌を、ここでまた損ねるのは厄介極まりない。
おれは天子さんの言に頷いてやることにした。
「そうっすよ! 天子さんがいれば、百人力っす!」
うんうん、と頭を縦に振る天子さんだが、それとは反対に他の皆の視線が冷めていくような気がする。
あれ、選択肢を間違えたかな~~。今の台詞を無かったことにしたいけれど、残念ながらもう後の祭りだ。
ここはもう天子さんの笑顔に金銀財宝よりも遥かに高い価値があると信じて、次の質問に移ろう。
「えーと、もう一つ質問があるんですけど、いいっすか?」
「何? 遠慮せずに、さっさと言いなさい」
その言葉と共に天子さんがおれに屈託のない笑顔を向けてきた。
何だか妙に罪悪感を覚えるぜ~。ま、ここでそんなことに拘ってもしょうがないので、おれは大人しく話す。
「あの、死んだ人が生き返るってこと、ありますか?」
辺りがシーンと静まり返った。…………いや、まあ、確かに荒唐無稽な話だよな~。
ここで吉良吉景は実は死んだんですよって言っても、信憑性ゼロだしな~。
さっきのこともあるし、もしかしたら、おれって皆に馬鹿って思われているかもしれない。
…………嫌だな~。さて、ここからどういった説明をして、誤解を解こう。
そんな風に頭を悩ませていると、パチュリーさんがおもむろに口を開いてくれた。
「まずは復活の定義を教えてくれないと、話は始まらないわね」
「定義っすか? あー、別にそんな小難しいことはいーんすよ。
魂の在り処とか、そーゆーのはどーでもいいんで……。ドラゴンボールの神龍に頼んで生き返った。
そんくれーの気軽さでいいっす」
「ドラゴンボール? …………はぁ、まあ、いいわ。
死者が生者のように動くという意味合いであれば、復活は可能よ」
「え!? 可能なんすか!?」
自分で訊いといて、ビックリ。いや、でも、こんな気軽に肯定されたら、
やっぱりっつーか…………マジで幻想郷はとんでもねーぜ。
「まず思い浮かぶのはゾンビやグールね」
「あー…………そーゆー方向っすか、パチュリーさん?」
「だから復活の定義を訊いたのよ! あとは、そーね、他にパッと思いつくのは反魂法ね」
「反魂法!!? まさか出来るのか、パチュリー!!?」
慧音先生が身を乗り出し、顔と声に驚愕の色を写して大きく叫んだ。
パチュリーさんは慧音先生のそんな姿を見取ると、静かに、そしてゆっくりと紅茶を手に取り、口に運んでいった。
この人は相変わらず嫌なところで間を取るな~。
しばらくして紅茶を飲み終えたパチュリーさんだが、ようやく答えを口にしてくれた。
「出来ないわよ」
「出来ないのかよッッ!!」
おれと天子さんと夢美さん、そして慧音先生も一緒になってパチュリーさんにツッコミを入れた。
あれだけ間を取って、このオチは正直ないぜ~。嘆息やら呆れやら憤りを見せるおれらだけど、
パチュリーさんはどこ吹く風と平然と話を続けていく。
「昔にそういったことが書かれている本を読んだだけだし、記憶が曖昧なのよ。
別に蘇らせたかった人もいなかったしね。だけど……仗助、何でそんなことを訊くのよ?
ひょっとして誰かを蘇らせたいの?」
その言葉と共に射抜くような視線がパチュリーさんの目から放たれた。
そういやー、荒木の野郎が殺し合いの優勝者には何でも願いを叶えるって言ってたしな~。
ここで妙な疑いを持たれるのは嫌だし、素直に答えとこ。
「いや、そーゆーんじゃなくてですね。
参加者名簿があるじゃないですか?
そこに死んだ奴の名前が記されていたんですよ。それでどうゆう訳だって思って訊いてみたんす」
「…………そう。それでその死んでた人って誰なの?」
うーん……ここで吉良の名前を出していいんだろうか。悩むぜ~。
ここで吉良が死んでたっつったら、間違いなく吉良やおれに詰問するだろうしな~。
そこで死因やそこに至るまで過程が間違いなく訊かれるだろうけど、そこで吉良が殺人犯だと隠せるか?
いや、それ自体はいずれ皆に知ってもらいたい事実だが、それ以前におれの話を信じてもらえるのか?
もう既に吉良とはお互いに今日初めて出会いましたって素振りを、皆の前で続けているんだぜ~。
ここに来て、実は昔からの知り合いでしたーで始まるお話に、果たしてどれだけの信用が得られるっつーんだ。
つーか、無理だろ。ここは一先ず、問題の先送りだな。
「あ~、それついては後で話しますよ、パチュリーさん」
「何で今じゃダメなのよ?」
「色々と複雑なんですよ」
「…………まあ、いいわ。後でちゃんと話しなさいよ」
「はい、それは絶対に!」
グッと拳を握り締めて、おれは力強く答えた。
とはいえ、どのタイミングで吉良のことを話せばいいか分からなかったりする。
うーん、と再び頭を悩ませていると、パチュリーさんが突然と大声を上げた。
「……………あ! 今、思いついたけれど、定義に拘らないのであれば、転生も復活の範疇よね?」
「ひょっとして阿求のことを言っているのか?」
慧音先生が何やら人の名前を持ち出し、確認を取る。
パチュリーさんは、それに頷きながら質問を続けていった。
「ええ。阿求のような転生って、他の人にも可能なのか分かる、慧音?」
「どうだろうな。そもそも阿求の転生は記憶を受け継いでいるとはいえ、名前も身体も違ってくるしな。
果たして、それを復活と言っていいのか。それに転生は閻魔の許可がいるものだ。阿求が得たそれは特例と言っていい。
もし阿求以外にそれを得られるとしたら、生前にたくさんの善行を積み、死後もたくさんの善行を積んだら、と言ったところだろう。
仗助君が言う誰かとは、そんな善人なのか?」
「いや~~~~、そんなことはねーっすよ。そいつはとんでもね~~悪人っすから。ね~~~~、吉良さ~~~ん!?」
おれはそこで吉良の方に振り向き、そんなことを言った。
これくらいなら、吉良の「スイッチ」とは関係なく、皆の警戒を少しは促すことを出来るんじゃないか。
そんな心積もりだったけれど、吉良にとっては十分に堪らないものだったらしい。
重苦しい空気を身に纏い、吉良はその能面のように冷たく、固い顔に飾った
光を映さない真っ黒な双眸を、ゆっくりとこちらに向けてきた。
「…………いや……私には……何を言っているか……さっぱり……分からないな…………仗助君……」
クソ! やっぱり吉良の野郎には露骨過ぎたか。だけど、これでも皆には迂遠過ぎる言い方だ。
これで吉良の正体を察してくれというのは、到底無理な話だろ。
あー、マジどうしろっつーんだよ、コレ。おれが吉良を睨みつけながら、この苦汁を舐めていると、
慧音先生が実に素敵な声をかけてきてくれた。
「前にも少し思ったが、二人は知り合いなのか? どうにもお前達は含みのある言い方をするが……」
「確かにそんな感じがするわね」
「んー、ひょっとして仗助君がさっき言った死んだ人っていうのは……」
慧音先生に続き、パチュリーさん、夢美さんが上手い具合に頭を働かせてくれた。
これなら話の取っ掛かりとしては十分。全くのゼロからよりは、話を聞いてくれる筈だ。
これだから頭の良い人は好きなんだよ。
とはいえ、吉良がこっちを窺っている中で、この話題を続けるのは危険だ。
吉良の野郎に「どうぞ、爆弾のスイッチを押して下さい」って言うよーなもんだからな~。
おれは歯噛みしながら、この話を打ち切ることにした。
「いや、それよりも死者復活っすよ!!
話をまとめると、まともな状態で生き返ることはねーってことでいいんすかね?」
パチュリーさん達は目を細めて、物凄く胡散臭げな視線を送ってきてくれた。
ちょっと強引過ぎたか? だけど、何となくはヤバイっていうのを察してくれたらしい。
吉良の問題にツッコムことなく、おれの質問に答えてくれた。
「んー、まー、そういうことでいいと……」
「……ちょっと待って、パチェ。まだ私の意見を言っていないわ」
パチュリーさんの言葉を遮り、夢美さんが声を上げた。
それに対してパチュリーさんが興味津々といった顔で応える。
「そうね。教授の見地からも、こういうのは是非聞いてみたいわ」
「ぐふふ、それでは期待に応えて、披露させてもらおうかしら。私が一番に思いついたのはクローンね」
「クローン?」
パチュリーさん達が声を重ねて聞き返したのを嬉しそうに笑い、夢美さんは舌を滑らかに回していく。
「まあ、あまり説明を長くしたら、パチュリーの横槍が入っちゃうみたいだから短くするけれど、
要はコピーってことね、人間のコピー。複製された人間というやつよ。
これなら、取り敢えずは見た目が同じ人間が生まれてくるでしょう? これって復活と言えるんじゃないかしら?」
「あー、いや、その、記憶とか経験も、ちゃんと備わった状態での復活を、お願いします」
おれは、おずおずと復活の定義を付け足した。
後出しで、かなり申し訳ない形となってしまったが、
夢美さんは気にせずに笑顔で、空中にパンチを打ちながら喋っていく。
「あら、そう? じゃ、二つ目ね。こっちが本命。さっきのはジャブで、これが右ストレート。
その人が生きていたという可能性世界から、こっちの世界に拉致してくること。
事実としては復活とは違うけれど、傍目からなら死者が生き返ったという風に見えるわよね?」
「あ~、可能性世界…………他の世界ってことですよね? おれたちが住んでいるのと似たような……」
「もしかしたら、平行世界とかパラレルワールドと呼ぶのが、貴方の世界では一般的かもね。
とにかく私の可能性空間移動船があるし、そういった荒業での死者復活も可能というわけよ」
おれの質問にしれっと答える夢美さん。何つーか、康一の言う時間軸云々と同じくぶっ飛んだ考えだぜ。
まあ、こっちは予想でも何でもない実現可能なことらしいが………………
…………つーか、あれ? 康一と話が噛み合わないのも、このせいじゃね?
その考えに至るや否や、ボカッと人の頭を叩く音が響いた。
「このバカ教授!!! 何てものを作ってくれるのよ!!!」
「い、痛いわね、パチェ。何をするのよ~」
「何をするのよ~、じゃないわよ!
そんなものがあったなら、今までの仮説やら何やら全てが無意味になっちゃうじゃない!」
「いや、でも、パチェ、貴方には可能性空間移動船のことは既に話していたわよね?」
「その時は貴方の起こした馬鹿げた異変に考えが回っていたのよ!!」
おれたちをそっちのけで二人は言い争いを続けていく。
しかし、何を話しているのか、さっぱり分からない。
「何を怒っているんすか?」
何気なく呟いた疑問に、パチュリーさんが青筋を立てて、おれに吼えてきた。
「可能性世界よ! そんなのがあれば、前提が変わったり、必要なくなったりするのよ!
例えばAがなければBに到達しないことであっても、世界によってはCからBへと到達することがあるかもしれない。
いえ、何もせずともBが存在するということも考えられるのよ。可能性世界っていうのは!
ちょうどそこのバカ教授が魔力のない世界から、魔力のある幻想郷にやって来たようにね!」
はぁ、と気のない返事で頷くと、横にいた慧音先生が分かりやすく説明してくれた。
「つまり、だ。パチュリーは『東方心綺楼』によって信仰を得て、荒木と太田は神となったと考えたが、
そんなもの関係なく最初からあいつらは私達をどうにかする力を持っていたのではないか。
また記憶云々に関しても、私の能力に関係なく、最初からそうであった世界から連れてきたのではないか。
そんな風にパチュリーの考えを全て覆すことが、可能性世界には出来るのだ」
はぁ、と気のない返事で再び頷くと、今度は天子さんが分かりやすく説明してくれた。
「要するに、そこの魔法使いはしたり顔で得意気に説明していたけれど、
実はそれは説明でも何でもなく、自分は何も知らない馬鹿ですっていう単なる自己紹介だったわけよ」
それを耳にしたパチュリーさんはキッと天子さんを睨みつけると、
薄い紫色の髪を振り乱しながら、ボカッ、ボカッ、と夢美さんの頭をまた殴りつけた。
「い、痛ァ! って、ちょ、ちょっと待って、パチェ!
可能性世界に全ての答えを収束させようとしているみたいだけれど、大丈夫よ。
可能性空間移動船を動かすのには、結構なエネルギーが必要だから、気軽に運用出来るものじゃないし
それに何より移動船は他の人には使えないように、ちゃんと管理しているから」
「あら!? どこかの世界には、お腹が真っ黒な岡崎夢美がいるんじゃないの!?」
「そうかもだけど、それでも大丈夫よ。
平行警察がいるもの。そんなポンポン可能性世界を行ったり来たりして、
更には多数の人間を拉致しては、エネルギーの均衡に不和が生じてしまい、
平行警察が黙っていないもの」
「警察…………可能性世界の行き来を取り締まる機関があるのね」
そこでパチュリーさんは振り上げた拳を元に戻し、ゆっくりと深呼吸を開始した。
可能性世界という可能性が低くなったことに安堵してか、気持ちを落ち着かせている。
この喧騒も無事に終わりそうだ。
だけど、夢美さんが次に放った言葉で、全てが無意味なものとなってしまった。
「でも、ちょっとぐらいならバレないけどね♪」
てへぺろ、と舌を出す夢美さん。
それにイラッとしたのか、パチュリーさんはすかさず右ストレートを夢美さんの顔面に叩き込んだ。
そしてそれに続いて慧音先生が頭突きをかまし、仕上げとばかりに天子さんがドロップキックをお見舞いした。
その三連コンボを見事に喰らった夢美さんは壁へと吹っ飛び、そのまま身体を壁へめり込ませる。
おれもちょっとばかりムカついたけれど、さすがに女性を殴るのは気が引けたので
壁にはまって、吐血し、鼻血を垂れ流す夢美さんをクレイジーダイヤモンドで治療してやった。
「あの、それでこの話は結局どこに落ち着くんすか? 他の世界に行けるやら行けないってみたいですけど……」
気絶した夢美さんを床に転がし、おれは改めて怒りで息を喘がすパチュリーさんに向き直った。
パチュリーさんはおれの声を耳にすると、再び深呼吸をして、少しずつ息を落ち着かせ、
言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いていく。
「そう、ね。復活の件にしては、可能性世界から、その人を連れて来たことも考えられる。
そしてラスボスは荒木や太田ではなく、可能性世界のもう一人の岡崎夢美かもしれない。今はその程度の認識でいいわ」
そう言い終えると、パチュリーさんはぐったりした感じでソファーに座り、その柔らかそうな身体を背もたれに預けた。
周りを見てみると、パチュリーさんに限らず、天子さんや慧音先生も疲れたような雰囲気を発している。
他にも訊きたいことはあったが、この様を見るに、さすがに無理というものだろう。
そして何より、窓の外を見ていた吉良の野郎がこちらを向き、おれ達の会話に終止符を打ってくれた。
「……皆……康一君と河城さんが、戻ってきたぞ」
最終更新:2015年03月28日 08:11