私はそう吐き捨てずにはいられなかった。
あのガキは、あからさまな悪意をもって、明らかにこの吉良吉影を挑発してきてやがる。
あの脳タリンめッ! 人質の意味を理解していないのか……ッ!!
…………いや、理解しているのだろう。理解して、この私に突っかかってきているのだ。
人質は、私を守る盾。いわば、私の生命線でもあるのだ。
それ故に簡単には爆破しないと高を括り、その範囲内で皆に警告を与えようとしているのだろう。
あのクソカスがッ! やはり東方仗助、そして
広瀬康一の存在は、私のストレスだ。
場合によっては、もう少しの間、生かしてやってもいいと思っていたが、それは私の勘違いだった。
あの二人は、早急に排除しなければならん。ストレスを排除してこそ、そこには平穏が訪れるのだから。
だが、ここで下手を打っては、ガキ共以外の奴らも私にストレスを与える敵となりかねん。
ふと、ガリガリと爪を噛む音が聞こえてきた。どうやら、知らず知らずの内に、私はまた爪を噛んでいたらしい。
このような悪癖をあからさまに見せては、無用な憂慮を慧音さん達に与えてしまう。
平時であれば、そんなものはどうとでもないが、今は他人からの気遣いは余計なお世話、寧ろ不快でしかない。
…………私の癖は誰かに見られたりしなかっただろうか。
目が合った。
確認の為に、私が辺りを見回したところで、いきなり
河城にとりと視線が交錯したのだ。
そしてそのガキは一瞬にして目を逸らし、パチュリーとかいう紫女との会話に戻っていった。
私の不安は杞憂だったか。その思いと共に安堵を得たかったが、どうやら状況は私の予想以上に悪い方向に転がっていたようだ。
河童のクソガキがッ! 探るように何度もこっちに視線を向けてきやがる!
この恐れを感じさせる目は、私の癖を見たからという、しょうもない理由からではない。
広瀬康一めッッ!! 私のことを喋りやがったな!!!
私は、すぐにその結論に達することが出来た。
私の正体を知ったとなれば、河童の恐怖も私を窺うような態度も頷ける。
イライラさせやがって…………あのクソカスがッ!
人質の話をしてから一時間もしない内に、あの時の取り決めを破りやがった。
怒りと共に私は思わず爆弾のスイッチに手をかける。
ここであいつらに制裁を加えてやったら、どれほど気分が晴れるだろうか。
大人を舐めるという愚かしさを、是非ともガキ共に分からせてやりたい。
しかし、それが出来ないという現状が、余計に私を苛立たせていった。
人質を失ってしまっては、闘いの幕が上がるのと同義だ。
そうなれば仗助と康一は、周りの制止など聞かずに遮二無二なって、私へ襲い掛かってくるだろう。
無論、私とキラークイーンが負けることなど有り得ないが、それでそれ以降の状況が良くなるとも思えない。
私は手傷を負い、要らぬ不信感を慧音さん達に植えつけてしまうことは確実だ。
それはストレスとは無縁の平穏と、余りにかけ離れている。
私は舌打ちしながら、スイッチから指を離した。
だが、このまま何も気づかなかった振りをして、のんびりしているというわけにはいかない。
あの二人に時間を与えてしまえば、いずれは外堀を埋められて、ここにいる皆が私と敵対することになってしまう。
そうなっては、例え人質があったとしても、最悪としか言いようがない。
それを防ぐ為にも、仗助と康一は早急に始末しなければならないだろう。
さて、その方法を、と早速思案を巡らせていると、また河童と目が合った。
(一々、こっちを見るんじゃあない! マナーも知らないのか、河童という生き物は! 全くもって忌々しい!)
そう心の中で吐き捨てる私だが、そこで河童の手が目に入った。
肌は白く、爪も手入れされた小さな手だ。だが、そこには一際目立つ不自然さがあった。
汚いのだ。油汚れだろうか。まるで手そのものを貶めるように黒い筋が手を彩っていた。
(何だ、あれは? ……気にならないのか? 手が汚れているんだぞ)
手とは、顔のように絶えず外に晒している部分だ。否応にも目に留まる。
そしてそれは他人のというだけでなく、自分の目にも入ってくるのだ。
それを、あいつは気にならないのか? あいつではない私だって、こんなにも気になるものだぞ。
……洗ってやりたい。河童の手を洗って、綺麗にしてあげたい。
…………いや、ダメだ! そんな奇行を繰り広げては、皆からの注目を集めてしまう。
ふぅ、ふぅ……落ち着け、落ち着くんだ。手の汚れだって、大した問題じゃない。
実際、他の奴らだって、気にしちゃいないじゃないか。ここは落ち着いて、冷静に行動するんだ。
外の景色でも見て、気持ちを落ち着けてみよう。ほら、見ろ、吉良吉影。
とても素晴らしい光景じゃないか。緑が広がり、遠くには青い川が流れている。
陽射しも柔らかで、ピクニックにでも行きたい気分にさせてくれるじゃないか。
ほら、あそこの木陰なんかは、お弁当を食べるのにちょうどいい。
あそこでサンドイッチを手に取って……手に…………手………………。
(……………………クソッ!! ダメだッ!! やっぱり気になる!! 河童の手を綺麗に洗ってやりたい~~!!)
ガリガリガリガリガリッ!
私の動揺に呼応するかのように、私の爪が削られていく。
だが、私の指先から血がポタリ、と流れ落ちたところで、
横からもう一つの手が飛び出し、私の腕を掴んできた。
ああ、この手を見間違える筈もない。「慧音さん」だ。
「吉良さん、やめないか! 血が出ているぞ!」
慧音さんが、怒ったように口を開く。だが、そんなものに耳を傾けている余裕があるか?
目の前には「慧音さん」がいて、私の手をそっと柔らかに包んできているのだ。
東方仗助、広瀬康一、そして河城にとりが与えたストレスによって心が磨耗していた私は、
突如として現れた「慧音さん」の救済とも思える優しさに甘えずにはいられなかった。
「アフウウウ~~~~~~~~」
私は「慧音さん」に頬ずりをした。滑らかな白い肌。
そのキャンパスに私という色を染め付けるかのように、何度も頬をすり寄せる。
ああ、やはり「慧音さん」は美しい。あなたがいてくれて、本当に良かった。
あなたとこうしていると、とても落ち着く。不安が、苛立ちが癒されいくのを感じる。
シャブシャブ チュバチュバ
ペロンペロンペロン
気が付くと、私は愛情を込めて「慧音さん」を舐め回していた。
それはとても濃密で、とても素晴らしい二人の睦み合い。
時間の経過さえ、忘れさせてくれる至福の時と言っていい。
たが、それは残念ながら、僅か一瞬で終わりを迎えることになってしまった。
ガンッ、と東方仗助が横からいきなり私を殴ってきたのだ。
無防備な態勢をしていた私はその衝撃をもろに受け、堪らず身体が床へと吹っ飛ぶ。
「おい、てめえ、吉良!! まさか、てめーが自分で化けの皮を剥いでくれるとはな~……!!」
口の中にある血の味を感じながら、私は仗助を睨みつける。
どうやら私はあの美しい手を目の前にして、我を失うというとんでもない失態を演じてしまったようだ。
ここから挽回は出来るだろうか、この状況を上手く言い繕うことは出来るだろうか。
私は必死になって頭を動かしていると、今度は慧音さんが、いきなり仗助の頭を叩いた。
「コラ、仗助君!! いきなり人を殴りつけるとは、一体どういう了見だ!!?」
「痛ゥッ……慧音先生、どうもこうも……って、アーーーー!! バッチィィーーーー!!!
吉良の唾液が、おれの髪に~~~~~~!! どうしてくれるんすか、慧音先生!!!?」
「今、私はそんなことを問うたのではない!! 何故、暴力を振るったかと訊いたのだ!!」
「暴力って……今、慧音先生は、おれに何をしたんすか!? 見てくださいよ、この髪型~~。
崩れちまったじゃないですか……おまけに唾で汚くなっているし~~」
二人は、そのまま私を置き去りにして、下らない言い争いを続けていく。
別に私も二人を放っておいても良いが、それでは解決には繋がらないだろう。
「慧音さん」のおかげで落ち着きを取り戻した私は、冷静に言葉を選択して、彼らに投げつけてやった。
「…………すまない、慧音さん。どうやらこの殺し合いという状況に、
自分で思っていた以上に恐怖や不安を感じていたらしい。……死……というものが、どうにも頭にチラついてしまってね。
脅迫観念というのかな? それで少し理性のタガがはずれてしまったようだ。本当にすまなかった、慧音さん」
「……いや、私自身は、その、別に気にしてないが……」
「それと仗助君を、どうか怒らないでやってくれ。彼がしたことは、正義感からとうい立派なものから出た行動だ。
つまり、仗助君は慧音さんや皆を守る為に、私を殴りかかってきたというわけだ。
結果こそ、単なる勘違い…………私は皆を傷つけるつもりはないからね……
とにかく、そんな正義感……死者を決して出してはならないという立派な志は、
褒められこそすれ、決して貶められるものではない。……誰かが死ぬなんてことは、本当に辛いことだからね。
そうだろう、慧音さん…………そして、仗助君?」
「むぅ……確かにそうだな。すまなかったな、仗助君」
「……それで釘を刺しているつもりかぁ~、吉良さんよ~~?」
素直な慧音さんと違い、クソッタレの仗助は露骨な反感を示してきた。
そういう思わせ振りな態度をやめろって言ったことが分からんのか、このクサレガキはッ!
クソ! ここでこのガキの面を見ていたら、私はまた限界を迎えかねん。
「……おい、待ちやがれ! どこへ行くつもりだ!?」
私が無言で立ち上がり、去り行く姿勢を見せると、
東方仗助が私の背中に怒声とも言える言葉をぶつけてきた。
私は振り返り、慧音さんの顔を見つめながら答える。
「……少し、外で頭を冷やしてこようと思ってね。行ってきてもいいかな、慧音さん?」
「あ……ああ。だが、分かっているとは思うが、遠くに行ってはならないぞ。
それと誰かが来たら、すぐに私達のところに戻ってくること。それだけは守ってくれ、吉良さん」
「ああ…………それじゃ行って来るよ。また後で、『慧音さん』」
「慧音先生! 大丈夫っすか!? 何かされませんでしたか!?」
吉良さんの背中を見送った後、横から仗助君の怒鳴り声が私の耳に入ってきた。
何をされるも何も……と、ベチョリと吉良さんの唾液が付いた手を掲げてみせる。
心配に染まっていた仗助君の顔は、途端に犬の糞を眼前に突きつけられたような嫌悪に満ちたものへ変化した。
そしてそのままゆっくりと後ずさりし始める。……こういう時、私は一体どうすればいいのだろうか。
「随分と積極的なアプローチだったわね。あいつ、貴方に気があるんじゃないの?」
仗助君の脇からピョコッと湧き出た天子が、私をからかうように言ってきた。
人命が関わるこの地で、そのような軽薄とも思える態度は褒められたものではない。
私は目を一際鋭くして、天子へ説教を開始する。
「不謹慎だぞ、天子。吉良さんが不審な挙動を取ったのは、吉良さんの言ったとおり精神が参ってのことだ。
殺し合いという悲惨な状況を考えれば、誰だって吉良さんのようになる可能性がある。
それなのに、吉良さんを揶揄するなど、人として、天人として、恥であると知るべきだ」
「はぁ、うるさいし、つまらないわね、貴方って」
「むっ……ちゃんと聞いているのか、天子?」
馬耳東風と言った姿勢を見せる天子の耳に、ちゃんと言葉を入れようと私は彼女の肩を掴む。
しかし、そうしようと伸ばした手は呆気なくかわされ、空を切ることとなってしまった。
「ちょっと! そんな汚い手を、こっちに伸ばさないでよ!」
天子は仗助君の背中に隠れ、失礼な台詞を遠慮なくぶつけてきた。
どうやら彼女には言葉だけでは足りないらしい。
私は意気込みも新たに天子を掴まえようと、再び彼女に手を向ける。
すると、彼女の前にいた仗助君は「げっ」などと言い、天子と一緒になって私から逃げ出した。
………………そんなに私は汚いのだろうか。
だが、事実はどうあれ、天子と仗助君の人の善性をかなぐり捨てたような振る舞いは咎めるべきだ。
今の彼らのような行動は、下手をしたら、いじめを誘発するかもしれない。
それでは社会を構成する一員として、この先、問題しか残らないだろう。
私は手を洗うよりも、まずは彼らの性根を叩き直すのが先決だと思い、
手を前に掲げながら、天子と仗助君へ猛然と走り出した。
「……みんな、一体何を遊んでいるんだーー!!!」
私が足を動かす否や、今度は康一君の怒鳴り声が、私の耳に入ってきた。
ひょっとして私は天子や仗助君と一緒になって遊んでいると思われているのか。
「こ、康一君、待ってくれ。それはひどい誤解だ」
「そ、そうだぜ、康一……おれたちは別に遊んでいるわけじゃー……」
私に続いて仗助君が弁を抗するが、康一君は首を横に振り、聞き入れてくれない。
これは教師として、人の先達として、自分がちょっと情けなくなってくる。
しばらくすると、私があたふたと大人気なくしているのに呆れたのか、
康一君の後ろから、パチュリーが溜息を吐きながらやって来た。
「皆で楽しんでいるところ悪いんだけど、吉影も部屋から出て行ったことだし、
今が何かを話すにはちょうどいいんじゃないかしら、仗助?」
そういえば、仗助君は吉良さんに対して、随分と思わせ振りな発言をしていたな。
パチュリーの質問によって、私はそんな記憶を掘り起こしたが、仗助君は私とは違う反応を示してくれた。
「なっ…………な、何を言っているのか、さっぱり分かりませんよ~、パチュリーさ~ん」
軽く口笛を拭きながら、惚ける仗助君。……十分過ぎるほど怪しい。
そしてそれに触発されたかのように康一君の顔は蒼くなり、大量の冷や汗がそこに生まれていた。
「ちょ、ちょっと待って……何故、パチュリーさんが吉良のことを気にするんだ……?
ま、まさか、き、吉良のことを喋ってしまったのかーーー!! 仗助君~~~~~!!!?」
「お、おい、馬鹿ァ! 康一ィッ!!」
仗助君の言葉に康一君はハッと慌てて両手で口を隠す。
確かにそれで口は隠れたみたいだが、吉良さんについての隠し事があるということは、
ありありとした形で皆に知らせてくれていた。
「これで吉影のことで何かを隠しているというのは証明出来たわね。
それについて問題がない、もしくは貴方達だけで解決出来るというのなら、私は口出ししないわ。
だけど、手の負えないというのであれば、私が手を貸してもいいわよ、こんな状況だしね。どうする?」
「いや、その……」
パチュリーの申し出に、いまだ仗助君は決断を出来ないようだ。
それに対して、パチュリーは事前に用意していたかのように、即座に言葉を付け足す。
「大丈夫。この部屋からは音が漏れないわ」
「…………魔法ってやつすか?」
「ええ、魔法。そして今が、もしかしたら千載一遇のチャンス……かもしれないわよ?」
後押しするかのようなその言葉で仗助君と康一君はお互いを見合う。
そして二人は小声で何言か言い合うと、やがて頷き合い、
迷いの晴れた力強い視線を私達に向けてきてくれた。
「それじゃあ、聞いてください。実は……」
仗助君のその言葉で始まった内容は、実に驚くべきものだった。
吉良さんは殺人鬼であるを皮切りに、彼の所業、彼の能力、そして彼の最期。
それを語り終えると、今度は何故それを今まで喋らなかったのかという理由で
私達の顔を蒼ざめさせてくれた。
「……以上っす。全てを信じろっつーのは無理だって分かっています。
だけど、この話をしたことは吉良の野郎にはバレずにお願いします。
そして、もしほんのちょこっとでいいんで、それを信じてもらえたなら、
あいつと関わるのだけは止めといて下さい。……お願いします」
そう言って、仗助君は深々と頭を下げた。
話の内容は突拍子もないものだ。全てを信じるというのは仗助君の言ったとおり無理な話だろう。
だが、それが真実であった場合、どうなるか。我々は仗助君を信じなかったという罪で
手痛い代償を支払わなければならなくなるかもしれない。それは何としても願い下げたいところだ。
「どうしたんすか、慧音先生? 急に立ち上がって……」
「うむ、吉良さんのところに行って、少し話をしてこようと思ってな」
仗助君の問いに、私は毅然と答えた。
皆の命を守る為の最善の選択。それは吉良さんを説得し、改心させることだろう。
そうすれば、皆を悩ます問題は全て解決出来ることになる。
そういった旨のことを続けて言ったら、仗助君はいきなり立ち上がって、声を大にして叫んできた。
「アンタッッ!! 一体、何を聞いていたんすかーーーッ!!! その耳は単なる飾りですか!!
吉良の野郎は殺人鬼なんすよ!! そんな聞き分けのいい奴じゃないんすよ!!
大体、人の言うこと聞くような奴だったら、殺人なんか最初からしてねーでしょ!!?
そんな簡単なことも分からないんすか!! 慧音先生はーーーー!!!?」
「そうですよ!! あいつは人の命を何とも思っていないクズ野郎です!!
それにあいつが改心なんかするはずがない!! 例え改心したって許せるような奴じゃない!!」
仗助君に続いて、康一君も唾を飛ばすかのような勢いで怒鳴ってきた。
その物言いから、吉良さんが如何に危険な人物かというのを如実に分からせてくれる。
しかし、それでも私は意見を変える気は毛頭なかった。
「では、おまえ達は犯罪者は何をしても許されないと考えているのか?
懺悔をしても、贖罪をしても、普通の人のように扱うのは間違っていると思うのか?
あまつさえ、おまえ達はそのチャンスを与えることも許さないというのか?
おまえ達は一体何様のつもりだ? 私にはおまえ達の方が、よほど恐ろしい考え方をしているように思えるぞ」
全てを切って捨てるなど間違いだ。私は仗助君達にそう伝える。
だが、彼らは納得する姿勢を露ほど見せてくれない。それどころか、二人は私の前に壁となって立ち塞がってきた。
これはいよいよ強硬手段に出るべきか。そう考えたところで、パチュリーが私を諌めるように声を掛けてきた。
「慧音の考えには、私も反対よ」
その発言に私はムカッっとする。私の主張は絶対に間違っていないはずだ。
「何故そう思うんだ、パチュリー!? おまえの考えを、是非とも聞かせてもらおうじゃないか!」
「貴方が爆弾にされている可能性が高いから」
予想外の台詞に私は言葉を失う。いや、それ自体は全く考慮していなかったわけじゃないが、
それは私が吉良さんとの話を取りやめにする理由になるのか。
そういった疑問が私の顔に出てしまったのか、パチュリーはそのまま説明を続けていった。
「まず爆弾にされたという可能性から話すわね。それは至って単純で、皆の位置から割り出した確率よ。
仗助が暴れた時に誰かが爆弾にされた。まずは、にとりは除外されるわね。吉良から一番遠くへ一瞬で吹っ飛んでいったわけだし。
そして次に私ね。仗助の行動で、私は仗助達一行は敵と認定し、距離を取ってスペルの準備に取り掛かったわけだから、うん大丈夫。
仗助と康一に関しては考慮する必要はないでしょ。二人を爆弾にしたのなら、二人はもうとっくにいなくなっているでしょうからね。
つまり、誰が爆弾となったか……その答えとなるのは、吉良の近くにいた残りの貴方達というわけよ」
そう言って、パチュリーは私と天子、床で気絶している夢美さんを見る。
ここにいないが、ぬえも候補には含まれているのだろう。
逃れようがない絶対的な死を、今までにないほど近くに感じる。
だが、それでも、と私は震える手足を抑えてパチュリーを睨んだ。
「それで何故吉良さんの説得が駄目になると思うのだ? まさか私が臆して、言葉も発せなくなるとでも思ったか?」
「まさか。貴方のそういった馬鹿な所は、死んでも直るようなものでもないでしょ」
「…………それは褒めているのか、それとも貶めているのか?」
「好きな方を選んで結構よ。それよりも私が言いたかったのは
命を握られた者と命を握った者が、同じテーブルに座ることが出来ないということよ。
両者には明確に上下関係が存在するのは分かるでしょう? わざわざ下の者の意見を尊重する道理が、どこにあるというの?」
「…………それでもお互いに話をすることは出来る」
「爆弾にされたのが百パーセント貴方だというのなら、私も止めはしないけれど、事実はそうでないでしょう?
さて、貴方の我儘を横にいる天子は許してくれるかしら? 私だって、教授が死ぬとなれば、些か以上の抵抗はするわよ?」
そう言われてしまうと、上手く反論は出来なくなる。
だけど、このまま手をこまねいていても、状況が好転するというわけでもない。
そこのところを、パチュリーはどう考えているんだ。
疑問に思った私は素直に訪ねてみた。
「安心して、慧音。別に貴方の考え全てを否定するつもりはないわ。吉影の説得には私が行く」
パチュリーのハッキリとした答えに、おお、と思わず私は感嘆の声を上げる。
そしてそれと同時に、仗助君と康一君が一緒になってブーッと水を噴き出した。
ハンカチで急いで口の周りを拭いた仗助君は、今度はパチュリーに食って掛かる。
「一体、何を考えているんすか、パチュリーさん!!?
吉良のことを話したのは、皆に危険な真似をさせる為じゃないんすよ!!」
「分かっているわよ。それで答える前に確認するけれど、日常に戻る為なら吉影は手を組んでもいいって言ったのよね?」
「言いましたけれど…………って、まさかッ!! パチュリーさん!!?」
「ええ、そういうこと。慧音には悪いけれど、私のは改心させる為じゃなく、共闘する為の説得というわけね」
一時的な同盟というわけか。確かにそれ自体は私の目的とするところではないが、
吉良さんと一緒にいる時間が増えれば、自ずと彼と話をする機会も増えていくことになる。
それに共闘が相成れば、爆弾化という懸念事項も解消されるやもしれない。
そうなれば、吉良さんの説得する道筋は、今よりかは見つけやすくなるだろう。
そう結論づけた私だが、やはり仗助君達には納得いくものではなかったらしい。
「パチュリーさんも勘違いしていますよ!! あいつは人と仲良しこよしっていうよーな奴じゃないんすよ!!」
「そうですよ! 第一、危険です! 背中なんか、とても任せられるような奴じゃ、ありません!
一体どこに吉良と手を組む必要があるっていうんですか!?」
仗助君と康一君が一緒になって目をむき出し、パチュリーに迫る。
しかし、別段、彼女は慌てるでもなく、落ち着いて紅茶のカップを手に取り、
会話によって渇いた喉を潤すと、改めてゆっくりと説明を続けていった。
「別に私は皆で和気藹々を目論んでいるというわけじゃないわよ。
でも……そうね、確かに共闘という言葉に語弊があったかもね。
より正確に言うのなら、吉影の能力で実験してみたいことがあるから、彼を利用したい……ってとこかしらね」
「…………実験?」
ヒートアップしていた二人の感情が、肩透かしを食らったのか、たった一つの単語で熱が下がっていく。
「ええ、実験。吉良は何でも爆弾にすること出来るんでしょう?
果たして、その対象が魔力や結界といったものにも通ずるのか。そういったことを確認してみたいのよ」
「……それって必要なことなんですか、パチュリーさん?」
康一君がおずおずとパチュリーに質問を返した。
「さて、ね。必要かどうかは分からない。この場を脱出する、もしくは荒木達を倒すに当たって、
思わぬ糸口が、もしかしたら見つかる…………かもしれない。その程度のことだし」
「その程度のことで、パチュリーさん達を危険に晒せっていうんですか?」
「あら、優しいのね。でも、別に危険なんかないわよ」
意味不明だ。康一君が巧みに表情を変化させ、そのことを伝えていた。
その顔はちょっと面白くはあるが、いつまでもそのままにしとくのは可哀想なので、彼に代わって私が訊ねてみる。
「どういう意味だ、パチュリー?
危険を排除する方法があるというのであれば、それは皆で共有すべき事柄じゃないのか?」
「共有するって言ってもねぇ…………別に今すぐに吉影を説得しに行くわけじゃない。これで分かる?」
「…………残念ながら、言葉遊びをしている余裕はないな」
「はぁ、いいわ。この後、組み分けして、それぞれの別のルートを通るということは話したわよね。
それで爆弾になった者は無事に解除されるというわけ」
そこまで言われて、ピンとくるものがあった。
「そうか! 射程距離か!」
「ええ、そうよ。吉影のスタンドは近距離型で、爆弾化もそのタイプのスタンドの能力。
であるのならば、キロ単位で離れれば、その能力も無効となってくる筈……と考えているけれど、
そこんとこどうかしら、仗助に康一?」
その質問に仗助君と康一君はお互いの顔を見合い、
それから仗助君が代表して、答えを発表した。
「そうっすねー。その点は、ちゃんと確認したわけじゃないから、絶対とは言えないんすけれど、
パチュリーさんの言った通りかもしれません」
「心もとない答えね」と、パチュリーが声に失望に混ぜて言う。
「すんません」
「まあ、でも、危険性が減るということには変わりはないわ。
組み分けのメンバーも、人質になった可能性が高い者は吉影と離れ、
可能性が少ない者が吉影のいる組に集まったしね」
「でも、それじゃあパチュリーさんとにとりちゃんの危険性が無くなったというわけじゃないですよね?」
表情を正すことに成功した康一君が、今度はハッキリとした声を届かせてくれた。
それに対し、パチュリーは笑顔でこう言う。
「大丈夫よ。危険がないと言った一番の理由。それは私が強いからよ」
「パチュリーさんが……ですか?」
仗助君と康一君が、パチュリーの姿を上から下まで何度も目線を往復させて、声を唱和させた。
二人の疑いを隠すつもりのない様子を見て、パチュリーは堪らず苦笑を漏らす。
そしてパチュリーはそんな二人の疑問にに答えるかのように、竹箒を取り出した。
「これね、空を飛べるのよ。空を飛んで、こうね」
パチュリーの指先から出た火の玉が仗助君と康一君の目の前を通り過ぎていく。
「今の攻撃を空から雨のように降らせることが、私には出来るわ。
近距離型のスタンドを持つ二人に聞くけれど、それを全部かわせる? そして空を飛ぶ私を攻撃出来る?
これで納得出来たかしら? まあ、康一とにとりが、ちょっととばっちりを受けるかもしれないことが
問題といったら、問題だけど……まぁ、そこらへんは愛嬌よね」
最後のはパチュリーなりの冗談なのだろうが、
人を傷つけてしまう可能性を含ませる冗談は、とてもではないが、笑えるものではない。
「パチュリー」
私は声を低くしてパチュリーを睨みつけた。
「はぁ、分かっているわよ、慧音。そこらへんも、ちゃんと考えて行動するわ。
だから、にとりも康一も、安心していいわよ。というか、戦闘になる可能性は、そう高いものではないのよね。
慧音の手を舐めるとか、しゃぶるとか、奇天烈な行動を取ったりもするみたいだけれど、
吉影の打算的な部分も見え隠れした。なら、ちゃんと彼にとって利する部分を提示してやれば、
戦闘の回避自体は、そう難しいものではない筈よ」
「見込みがあるということか。それならば、私から口を挟むことはないな。
尤も私も吉良さんの説得を諦めたわけではないということは、ここでちゃんと申し入れとくが」
パチュリーの考えに私は頷いて返す。それでは、他の皆はどうだろうか。
そのことを訊ねてみるが、他に吉良さんに対しての有効な策が思いつかない以上、
皆もそれを受け入れるより他なかった。そのことを確認すると、パチュリーは改めて皆に話しかけた。
「分かってはいると思うけれど、もうこの話はここでおしまいよ。
吉影について何かを知っているというのが、この場で気取られてしまったのなら、そこで終わり。
人質をどうこうすることは、今の私達には出来ないんだからね。
彼については、何も知らない振りをすること。いいわね?
彼への説得は、ホテルを出発してから、一、二時間後とするわ。
それなら、他の組とも十分に距離が離れるでしょうからね。そこらへんもちゃんと留意しといてね」
これで一応の閉幕は迎えたが、仗助君と康一君の顔は依然と晴れやかなものに変化はしていなかった。
吉良さんへの危機感、そしてその吉良さんを早くに……という気持ちが、まだ彼らの中にあるのだろう。
危機感自体は持っていて当然だと思うが、吉良さんへのあからさまな害意は、やはり見ていて気持ちいいものではない。
彼らの年齢を考えれば、それは尚更だろう。子供が持つべきものは、もっと前向きで明るい夢や志が相応しいのだから。
その辺りも、吉良さんと同様に、どうにか改善していきたいものだが…………困ったものだなぁ。
そこで頭を掻こうとした手がゴツンと私の角にぶつかった。
困ったと言えば、これもそうだ。夜が明けても、いまだにワーハクタクの状態なのだ。
戦闘面ではこちらの方が頼りになることは確かだが、やはり不慣れなこの姿では動きづらいところもある。
本当にどうしたものか。そうやって頭を悩ませていると、パチュリーが突然と私に話しかけてきた。
「ねぇ、慧音、今まであまりに泰然としていたから、気がつかなかったけれど、
何で貴方はそんな姿をしているの? 聞いた話では、満月の晩だけど、その姿になるというけれど」
「うむ……」
何故、変身するか、か。昔はそんなことを良く考えていたものだ。
そんな風に昔日に思いを馳せていると、パチュリーが溜息を吐き、何やら話し出した。
どうやら私が何も知らないと判断したらしい。そこらへんには異を唱えたくはなるが、
今までのパチュリーを見るに、知識を披露するというのが、彼女のコミュニケーションの手段の一つなのかもしれない。
だとしたら、今、差し伸べられているのは友好の手ということになるのだろう。
勿論、それを無下にするほど、私は野暮ではない。私はパチュリーの話を大人しく聞くことにした。
「……っと、その前に教授、いい加減に起きなさい。魔法の授業よ」
パチュリーが放った魔法という単語に反応して、床で気絶していた夢美さんが跳ね起きる。
「え!? うそ!? 魔法を教えてくれるの、パチェ!? やったー!!」
「嘘よ」
ズコーッと夢美さんが再び床に倒れ落ちる。
その姿にパチュリーは微笑を零し、今度こそ説明を続けていった。
「これから話すことで、夢美には手伝ってもらいたことがあったしね、それで起きてもらったわけよ。
さて、ここでさっきの話に戻るけれど、満月とそうでない時との差って何か分かる?」
「イテテっ……一般的には潮の満ち干が挙げられるわね。
オカルト的なのだと高揚感を得る、殺人事件が起きやすい、女の子の日に影響を与えるというのもあるけど」
パチュリーの質問に夢美さんは身体を起こしながら答える。
だが、パチュリーが求めている答えは、そうではないだろう。
「魔力か?」
私は答えの確認を取る。
そして思ったとおり、それは正解だったようだ。
「ええ、そうよ。月には魔力があり、満月となる晩には、多くの魔力が地球へ注がれる」
「ちょっと待って! 月の観測はイの一番に始めたけど、そんなデータは取れなかったわよ!」
夢美さんが反論するが、月に魔力があるというのは、厳然たる事実だ。
おそらく夢美さんのそれは単なるミスか、可能性世界とやらで、片がつくものなのだろう。
パチュリーもそう判断したのか、「それはご愁傷様」と簡単に告げるだけで、すぐに話を戻す。
「つまるところ、慧音がワーハクタクになるのは、周囲の魔力の濃度が関係している。……違うかしら、慧音?」
「うむ、それが主要因かは分からないが、間違いなく関係しているだろうな。
…………そして今も私がこの状態なのは、満月の晩と同じく周囲が魔力に満ちているからということか?」
「ええ、実際に私も魔力を感じるわ。そして当然、疑問が湧いてくるわよね。
何故、満月でもないのに、こんなに魔力が満ちているのか、と」
「それは分かるが、それでどうするつもりなのだ。
確かにそこから色々推理なり憶測を並べ立てられるだろう。
例えばこの擬似的な幻想郷を維持させるの必要だとか、空を飛べなくするなどの色々な制限をかける媒介となっているとかな。
だが、魔力が実際にある以上、そこから逃れる術はないだろう?」
そういった質問を私がすると、パチュリーはすっくと立ち上がり、胸に手を当て、厳かに答えた。
「あら、忘れたの、慧音? 私は魔法使い。魔力を自由に扱うことこそ、魔法使いの力であり、誇りでもあるのよ」
うーむ……答えになっているようで、答えになっていない。
パチュリーが何か格好つけて言っただけに、色々と台無しだ。
とはいえ、ここでそれを指摘するのは、いかにも無粋だ。
私は喉まで出掛かった文句を飲み込み、もう一度訊ねた。
「………………つまり、どうするのだ?」
「つまりね、周囲にある魔力を私が全部頂いちゃおうってわけ。
それで慧音に教授、そしてそこの天人にお願いしたいというのは、
貴方達の通るルートにも魔力が満ちているかどうかを確認してもらいたいってことよ。
それでその情報を元に魔力の中心地となっている場所を見当をつけて、そこで私が事に及ぶつもり」
「魔法使いならではの発想だな。
だが、この地にある魔力を大量に消費するということだが、問題はないのか?
必ずしも、それは荒木達に打撃を与え、私達の利点となるとは限らない。
例えば、もし魔力がこの地を作り上げる土台みたいな役割を担っていたとしたら、私達もただでは済まないだろう?」
「確かにそこにはギャンブル的要素があるわね。まあ、そこまで土地に密着しているものだったら、
私は簡単にそれを判別出来るけど…………でも、そうね、そうなった場合は外的刺激から身を守る魔法を、皆にかけるわ。
それに教授もいるしね。貴方のスタンドなら、宇宙船とか潜水艦とかにも化けられるんじゃない?」
「物凄い無茶ブリね、パチェ。さすがにそこまで複雑な代物は無理よ。
だけど、宇宙空間や海中でも大丈夫な箱というのは、作り出せると思うわ」
「というわけよ、慧音。最悪の場合でも、一応の保険を掛けられるというわけ」
「うむ。で、あるのならば、問題ないな。道すがら確認しておこう。天子もよろしく頼むぞ」
そこで私は仗助君にほっぽり出されて口を閉じていた天子の肩に手をかけ、声をかけた。
そして、べちょ、という音と共に天子の服の肩に染みが広がっていく。ああ、まだ吉良さんの唾液が乾いていなかったのか。
その悲惨な結果を目に留めた途端、天子は悲鳴を上げて、私に文句を言ってきた。
「ぎゃー!! ぎゃー!! ちょ、ちょっと何をしてくれちゃったのよ!!
着替えはないのよ!! ああ、もう!! 洗ってくるわ!!」
天子は急いで部屋を出て行った。慌ただしい奴だ。
しかし、その様を見て、私は部屋を出て行ったもう一人の妖怪のことを思い出した。
「そういえば、ぬえの奴が戻ってくるのが遅いな。もしかしたら、何かあったのかもしれない。
確か……お手洗いだったな。私も手を洗うついでに、様子を見てこよう」
私がそう言うと、夢美さんとパチュリーも一緒に行くと言い出した。
そして仗助君も髪をセットし直すとかで立ち上がり、康一君もそれに付いてトイレに行くという。
さて、これでこの部屋に残るのは一人ということになるが……。
「どうする、にとり、私達と一緒に来るか?」
一人では寂しいし、何よりも危険だろうと思い、私はにとりに誘いの文句を投げかけた。
だが、彼女は私の思っていた以上に心が強く、気の利いた妖怪であるらしかった。
「……いや、それで入れ違いとかになったら、嫌でしょ? 私はここで荷物番でもしながら、待っているよ」
「そうか。見かけによらず、と言ったら失礼か? だが、ここは素直にお願いするとしよう」
「う、うん、分かったよ……気をつけて」
(どうやら気づかれなかったみたいね)
私は部屋の片隅で河童のにとりを眺めながら心中で呟いた。
彼女をはじめ、他の奴らも私に気づく素振りさえ見せなかった。
途中から皆がいるこの部屋に入り、魔力がどうのという話を、一緒になって聞いていたのにも関わらずだ。
これは成功と言っていいだろう。
この「メタリカ」というスタンドを使い、砂鉄を保護色として塗り替え、自らの身に纏わせること。
つまり、これは正体を判らなくする程度の能力を、更に発展させた私の新たな能力――正体を知られなくなる程度の能力だ。
その「メタリカ」の使い方に気づいたのは、まさに僥倖だった。
吉良吉影の能力で間近に迫った私の死から逃れたい。その死の呪縛から解放されたい。
外の暗がりで一人蹲り、そんなことを一心に思っていたら、
スタンドが私の想いに呼応するかのように動き出し、砂鉄を私の身体にくっつけ始めたのだ。
その後程なくして、砂鉄を保護色に変えられると知ったけれど、勿論、そこに苦労がなかったというわけではない。
意識して行おうとした途端、急にスタンドを動かす難易度は増したし、
自分が動きに合わせて、保護色を塗り替えていくというのは、至難の技だった。
それに何より、スタンドの能力を私の全身に作用させると、短時間でも精神の疲労の度合いが大きかった。
だけど、それでも頑張り、私の新たな能力を何とか様に成なるまでにしたのは、
ひとえにそれこそが聖を守り、私の命を守ることに直結していたからに他ならない。
即ち、完璧なる吉良吉影の暗殺の為だ。
奴を殺せば、私は爆死などという不安から解消され、
そして危険な人物を排除するということで、聖を守ることにも繋がるのだから。
「メタリカ」は光明だ。
一人怯えていた私を優しく包み込み、この先に光があると知らせてくれた。
「メタリカ」の能力に、私が元々持つ能力を合わせれば、あら不思議
それはまさしく正体不明。襲撃者が誰で、どこにいるかは、相手には百パーセント判らない。
ここまで私をヴェールに隠せば、どんな相手とだって、戦闘は優位に運べる。
そして襲撃者が私だと判らなければ、仮に私が爆弾となっていても、吉良が爆破するということにはならないだろう。
確かパチュリーとかいう女は、この後でメンバーを分けて行動すると言っていた。
なら、吉良を殺すのは、その時だ。さすがに、今ここで行動を起こしては、不在となる私が疑われるし、
もし私が爆弾となっていたら、そこで全てが終わってしまう。そんな馬鹿で悲惨な結末は御免こうむりりたい。
いまだにこの殺し合いにおいて、最終的にどうしたいかというのは判らないけれど、
今ここで何をしなければならないということは、簡単に判る。
荒木の放送で聖が親しくしていた妖怪の死を知り、その思いは一段と強くなった。
別に私自身、その妖怪の死に哀しみなど抱かないが、聖は違うだろう。
私を受け入れてくれた聖。彼女が両腕を広げ、私に見せてくれた笑み。
それは太陽の光のように私を優しく包み込み、温かな気持ちにさせてくれた。
そんな彼女の笑顔が損なわれるのは、あってはならない。そんな彼女を悲嘆に暮れさせてはならない。
それが今の私の純粋な気持ちだ。
この地にはマミゾウ程の妖怪を、死に至らしめることが出来る奴がいる。
吉良も、おそらくその内の一人だろう。だからこそ慎重に、そして確実に事を運ばなければならない。
その理由を、友人であり、大妖でもあるマミゾウは、その死でもって、私に教えてくれた。
それは勿論、喪失感や悲哀などという、この殺し合いにおいての無意味な感情のことではない。
彼女ほどの妖怪でも、簡単に死ぬということ。つまり、生のあっけなさだ。
吉良は死に直結した能力の持ち主だ。であるのなら、慢心は一層排除せねばならない。
幾年月も時を過ごした妖怪としての誇りは、単なる戯言としか機能しない。
全力をもって吉良を殺せ。誰にも知られることなく、素早く奴を殺せ。
完璧な暗殺だ。それでもって聖は救われ、私は救われる。
(さあ、死の恐怖を振りまく人間よ! 正体不明の私に怯えて死ぬがいい!!)
が、…………それはそれとして、この目の前の河童は何をやっているんだろう? バッグに何を入れているのか?
河童のバッグは背中に背負っている奴だと思うから、あれは河童以外の誰かのなのだろう。
うーん……一体、河童は何をしたいんだ? 気になるな~。
まあ、それを訊いたら、私の新たな能力がバレるから、何も言わないけど……。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『河城にとり』
「ふぅー……設置完了」
私は額に湧き出た汗を、腕でグイッと拭いた。
作業は、ある物をバッグの中に入れるというだけの単純さだけど、
その効果の程を考えるとやっぱり冷や汗っていうのは出てしまうよ。
だって、今、パチュリーのバッグの中に入れたのは、爆弾なんだもん。
河童のアジトで頭を何回も捻って、作り出したのが、まさにソレだ。
私は考えた。如何にパチュリーと吉良を排除して、私の死を遠ざけるか。
そして導き出した答えが、パチュリーを爆殺して、その罪を吉良に擦り付けるというものだ。
誰かが爆死したとなれば、仗助と康一は私が何かを言うまでもなく吉良に襲い掛かってくれるだろう。
そして私もそれに乗じて吉良に攻撃を加えたり、混乱するであろう他のメンバーを説き伏せたりして、康一達をサポート。
これで私を悩ましてくれる憂鬱の種が二つとも消えて無くなってくれるという正に一石二鳥の策。
名づけて「バッグがピカッ――」作戦だ。
あとは、パチュリーがバッグを持ち上げたところで、私がこのリモコンでスイッチを押す。
ただそれだけでパチュリーはボンッ! 続いて吉良も皆の手によって死体と成り果てる。
勿論、吉良の爆弾によって、他の誰かが死ぬことなるだろうけどれど、それも些末なもんだろう。
だって、それは私じゃないもん。よくよく考えれば、簡単に分かることだった。
仗助の馬鹿が暴れた時に爆弾にしたって吉良が言ってたけど、その時の私は吉良が遠くにいた。
その中で吉良が皆の目を盗み、スタンドの手を伸ばして、私を爆弾にするのは不可能ことだ。あー、安心。
そして私は今、運に恵まれていることを自覚した。
最も最も最も最も最も難しいと思っていたパチュリーのバッグに爆弾を仕込むという作業が、
廃ホテルに戻るや否や、成し遂げることが出来たのだから。まさしく幸運の極みだ。
おまけに危惧していたパチュリーの質問も、難なくやり過ごすことが出来た。
殺し合いのスタンスを改めて問われた際に「無事に殺し合いを解決したい」という私の答えで納得してくれたのだ。
勿論、それは嘘ではないから、パチュリーの嘘発見器は機能しないだろうけど、
「無事に」という部分を問い詰めていけば、きっと私からはボロが出ていたことだろう。
だけど、そうなることは、なかった。
事前にパチュリーの質問を想定し、嘘と判定されないような微妙な言い回しの答えを、
たくさん用意していた私の周到さも勝因として輝いているだろうけど、やっぱりパチュリーの詰めの甘さが目立った。
私が河童のアジトへ行く前のパチュリーだったら、疑心に疑心を重ねて、ねちっこく私をいたぶり、
自分が望む答えが出るまで、決して私を解放しなかっただろう。
でも、パチュリーは、私が想定していたほどの厳しさを見せなかった。
彼女が疲れていたのか、他に懸念事項があったのか、はたまた床で気絶していた夢美を気にしていたかは知らないけれど
理由はやっぱり一つの言葉に帰結すると思う。私は幸運だったのだ。
「何だよ、ラクショーじゃん! イエイ! よっしゃー!」
私は誰もいない部屋で勝利の雄叫びとダンスを繰り広げた。
それこそ胃に穴が空きそうなほど懸念していた事柄が、すぐに消えてなくなってくれたのだ。
それによって高ぶる気持ちが、私の身体を動かしてやまない。
これが勝利の美酒というやつか。フフ。
そのまま美酒に舌鼓を打っていたいけど、残念ながら気になることが、ないわけでもい。
どうも、吉良が私のことをチラリチラリと見てくるような気がするんだよなー。
もしかしたら、私と話していたパチュリーの方に目を向けていたのかもしれないけれど、
ここは念には念を入れて、予防策を打っておいた方がいいだろう。
吉良は、すぐに死ぬことになるとはいえ、それでもやっぱり殺人鬼に関心を持たれるのは、心臓に悪い。
私は再び工具を取り出し、その油汚れを手に擦り付けた。
「ただいまー!」
しばらくすると、その天人の声と共にバンッと大きな音が立てられて、部屋の扉が開いた。
目を向けてみると、天人が隣を歩く慧音に文句を言いながら、部屋に入ってくる。
慧音は再三と謝罪を入れているみたいだが、天人は変わらずご立腹の様子だ。
「にとり、何か変わったことはなかったか?」
慧音は私と目が合うと、助かったとばかりに急いで私のところに寄ってきて、そんなことを訊ねてきた。
私は手に持った工具をバッグにしまいながら、なるべく落ち着いて返答する。
「別に……何もなかったよ」
「ぬえは戻ってこなかったのか?」
「見てないけど……見つからなかったの?」
「うむ…………しかし、しょうがないな。もう一度、私がホテルの中を見てこよう」
慧音がそう言って、足を動かそうとしたところで、ぬえの声が突如としてドアの方から聞こえてきた。
「私なら、ここにいるわよ」
「おお、ぬえか!? 一体、どこに行っていたんだ!? 心配したんだぞ!!」
ぬえの姿を目に留めた慧音は急いで彼女の方へ駆け寄っていく。
その様子からして、随分とぬえを探して回ったと見える。
そうして何言か言葉をかわしていると、その後ろからパチュリーと夢美が部屋に入ってきた。
「はぁ、邪魔よ、慧音。おしゃべりなら、椅子に座ってしなさい」
「もう……何をむくれているの、パチェ? 大人気ないわよ」
「一体、誰のせいで、そうなったと思っているのよ! よくも、まあ、あんなことが平気で出来たわね!?」
「ちょ、タンマ! いや、ギブよ、パチェ!」
二人が行ったトイレで、何かあったのだろうか。二人は前よりも激しくどつき合いの漫才を繰り広げている。
……少し二人の距離が縮まっているようにも感じるのは、気のせいかな?
まー、どうせすぐ死ぬ人のことなんか、どーでもいけど。
「……二人とも、静かにしてくれないか。そんな喧騒を起こしては、危険な人物を呼び寄せてしまうかもしれないだろう?」
扉の奥から低い声と共に吉良が現れた。
途端に私の額には冷たい汗が滲み、喉が緊張でゴクリと音を立てる。
その音があまりに大きかったのか、吉良が一際目を見開いて、私を見つめた……ような気がする。
恐怖からか、私は吉良から逃れるように、すぐに視線を逸らした。
それによって吉良は視界から消えたが、冷静になって考えてみると、この反応は不審過ぎる。
露骨で過剰とも言える自分の行動を自省していると、パチュリー達が実に普通に吉良と会話している声が耳に入ってきた。
吉良が危険な奴だと皆も知っているのに、よく平気なものだ。まあ、パチュリーは吸血鬼二人を身近に置いているから、
この程度の危険なんか今更のことなのかもしれないけど。……他の奴らは知らない。多分、馬鹿なんだろう。
「いまいち、髪型が決まんねーな~~」
「いや……もう十分に決まっているよ、仗助君」
吉良が部屋に入ってから、大分経った後、髪をいじる仗助とそれを誉めそやす康一が入ってきた。
仗助は部屋に入っても、窓のガラスにうっすらと写る自分の顔を見ながら、何度も髪に櫛を入れている。
私がそんな彼を横目で見ながら、溜息を吐いていると、突然と仗助は私に振り返った。
「ヒッ!!」と思わず私の口から悲鳴が漏れる。
「どうっすか~~、にとりちゃん? おれのヘアースタイル?」
恐る恐る顔を上げて仗助を見てみると、人懐っこい笑顔が、そこにはあった。
てっきり私の心の声が外に漏れたのかと思ったが、それは杞憂だったらしい。
私は二の轍を踏むまいと、頭をフル回転させて、慎重に言葉を選び取る。
「か、かっこいいよ……しびれたね」
「……そっか~? ま、にとりちゃんが言うなら、そーなんだろうな」
やはり私には運が巡ってきている。
その証拠に、仗助は機嫌が良さそうに櫛を、胸の内ポケットへしまっていった。
ふっと視線をズラすと、仗助の後ろで康一と天人が私にグッと親指を上げているのが目に入った。
何だか良く分からないが、私は頷き、ホロリと涙を落として、彼らとこの喜びを分かち合った。
「さて、皆も揃ったことだし、これからの行動・指針を改めて説明するわ」
仗助の髪のセットが終わったのを合図に、パチュリーが皆の前に立って、弁舌を振るう。
「前にも言ったけれど、これから三組に分かれて動いてもらうわ。
一組目は仗助と天子。二組目は慧音、ぬえ、夢美。そして最後の三組目は私、にとり、康一、吉影の四人ね」
相変わらず、とんでもないメンバー分けだ。
パチュリーと吉良をどうこうするというのを画策していなかったら、私は間違いなく卒倒していただろう。
とはいえ、今だって平然となんかしていられるような状況でもないけれどね。
後ろ手に握った爆弾のリモコンスイッチをいじりながら、私はどうにか平静を装い、パチュリーの話に耳を傾ける。
「前もって言っておくけれど、このメンバー分けに対しての文句は受け付けないわ。確定事項よ。
それでルートだけど、一組目がD-1へ進み、そのまま結界沿いを行く、一番の長距離コース。
二組目はE-2へ下り、そのまま西を行くコース。そして三組目はF-1へ進み、そこからF-3に下って、西へ行くコースね。
目的地は先に言ったとおりC-3のジョースター邸。最優先目標は紫と霊夢の発見及び確保。
分かっているとは思うけれど、極力、戦闘は避けるように。これは弾幕ごっこやその他の遊びとは違うの。
命をかけた殺し合いよ。戦う場合は、常に多勢で無勢に挑むように。リスクは最小限にね。
それと何度も言うようだけど、天子、慧音、教授には道中での魔力の確認を、お願いね。
フゥ…………私から以上ね。他に誰か皆に伝えたいことがある人っている?」
パチュリーが、ひとしきり皆の顔を見渡すが、誰も何か言う気配を見せない。
そこでパチュリーは一つ頷き、皆に号令を打った。
「よし! それじゃあ、出発よ! 皆、行きましょう!」
その台詞で皆が立ち上がり、各々が置いてあったバッグを手に取りにかかる。
そして今こそが、パチュリーを爆殺する絶好の機会と私は見た。
肝心の彼女はバッグの前で咳を二、三度すると、いよいよその手をバッグに手を伸ばす。
さあ、死への秒読み開始だ。それに伴って、爆弾のスイッチを握る力も強くなっていく。
「ちょっと待って下さい」
康一がパチュリーに声を掛けた。まさか、気づかれたのか?
私はパチュリーが反応する前に、康一に訊ねた。
「ど、どうしたのさ、康一!?」
「あ、いや、パチュリーさんの具合が悪そうだから、代わりに僕が荷物を持ってあげようかなって……」
「ダメ!!!」
パチュリーが答えるよりも早く、私は康一に向かって叫んだ。
事態の危急さに、思わず私が口を開いてしまったが、この状況で、この私の言動は、どう考えてもアウトだ。
パチュリーがものすごーーーーく目を細めて、私を睨んできた。
「何でダメなのよ?」
「いや、その……ね。ほら、バッグに武器とか支給品とかも入っているだろう?
それを自分以外に預けたら、色々と不信感を助長しちゃうかもじゃん?
少なくとも第三者から見たら、対等な関係が築かれているとは思わないよね?
それってさ、誰かと交渉する際にさ、あんまり良い印象は持たれないんじゃないの?」
パチュリー対策第二弾。全部疑問文で答える。疑問文なら、嘘も本当もないだろう。
それが功を奏したのかは知らないけれど、パチュリーは私を責め立てるようなことはなかった。
「…………別にその程度のことは、私は気にしないけどね。
でも、まあ、バッグを持つ程度で苦なんか感じないし、今回は康一の気持ちだけ貰っておくことにするわ」
パチュリーはそう言って、再び自分のバッグに手を伸ばす。
その真っ直ぐに目的地に向かう彼女の手に安堵を得たのか、
爆弾のスイッチを握る私の手の力も、期待と共に段々と強くなっていく。
「ちょっと待って」
今度は
岡崎夢美がパチュリーに声を掛けた。こいつは何か色々と勘の鋭さを見せた人間だ。
もしかして爆弾に気がついたのかもしれない。その焦りからか、私はパチュリーよりも早く口を開いてしまった。
「ど、どうしたの!?」
「え、いや、ほら、パチュリー、まだティーカップに紅茶が残っているよって」
(そんな下らないことで呼び止めるなよ、人間!!)
私の心中の叫びに同意するかのようにパチュリーは、呆れた顔で席に戻る。
そして残った紅茶を一息で飲み干すと、パチュリーはその勢いのまま、再度バッグへ手を伸ばした。
それに伴って、爆弾のスイッチを握る私の手の力も、グンと強くなっていく。
「ちょっと待ってくれないか」
よりにもよって吉良が声を掛けてきた。コイツは爆弾にするという能力持ちの云わば爆弾のスペシャリストだ。
もしかしたら、私がパチュリーのバッグの中に仕込んだ爆弾に気がついたのかもしれない。
不安からか、私の顔から汗が飛び出し、喉からも声が押し出された。
「どど、ど、どうしたの!?」
「いや……ティーカップを片付けずに出て行くのかな、と思ってね。
小さなことと思うかもしれないが、どうも気になってね……すまない、パチュリーさん」
パチュリーは再び席に戻り、ティーカップを手に取る。
しかし次の瞬間、ティーカップは床へと落ち、ガシャンと無残にも砕け散った。
「はぁ、ダメね。こういった作業は、いつもメイドに任せていたから、
どうにも不得手だし、何よりもテーブルを綺麗にするっていう発想が出てこなかったわ……」
パチュリーは頭を掻きながら、申し訳なさそうに呟く。
というか、ティーカップの取っ手を持って、それを落とせるものか?
そこまで考えて、ああ、わざとか、と納得することが出来た。
吉良の能力を知った今なら、吉良の近くにあったものを自分の懐にしまい込む様なことは出来ないよな。
まー、私が爆弾を仕込んだから、そんなの意味ないんだけど。
私のほくそ笑む姿など、パチュリーの目には入らなかったのだろう。
彼女はカップの破片をゴミ箱に捨てると、何ら疑うことなく、バッグへと手を伸ばした。
さあ、いよいよ死は間近だ。緊張によってか、爆弾のスイッチを握る私の手は汗で濡れてくる。
「ちょっと待ってもらっていいっすか?」
仗助が、クソッタレの仗助が、マヌケな声で口を挟んできた。
こいつは……こいつは、とにかく嫌だ。関わりたくない。しかも、こんなタイミングなんて尚更だ。
その恐怖と嫌悪感が、この場から早く逃げ出せ、と私の足に命令してくる。
だけど何をトチ狂ったのか、その電気信号で動いたのは、よりにもよって私の口だった。
「ななな、何だよ~、どうしたっていうのさ~?」
「いや、にとりちゃんの顔がすげー蒼いし、汗でびっしょりだぜ~。
どっか身体の具合が悪いんじゃないかと思って……大丈夫か?」
(余計なお世話だ! コンチクショー!!)
そう叫びたい。叫びたいけど、心の中で留めておく。
というか、どう答えればいいんだ。パチュリーも見てる中で、嘘はつけない。
体調を聞かれて、疑問文で答えるって、なんか変だろ。
……ああ、もう考えるのが面倒臭くなってきたなぁ。もういっそここで爆発させてやろうか。
そんな投げやりな気持ちが私の心の中を占有し始めたが、最後に残った私の理性が、何とか頑張ってくれた。
「辛いよ。だけど、ここで音なんか上げられないでしょう? だから、するべきことは、ちゃんとするよ」
会心の台詞だったらしい。仗助は何か感動し、康一の背中を頑張れよ、頼んだぞと言いながら叩く。
パチュリーも私の発言に何の疑心も抱かず、バッグへ手を伸ばしていった。
さあ、これでもう問題はないだろう。私の逸る気持ちに呼応するかのように、スイッチを握る手が熱くなってくる。
「……ちょっと待って」
最後の最後でパチュリーが、自らを呼び止めた。
やっぱり私のこれまでの挙動は不審だったか? 私の目論見は露見してしまったのか?
私の目の前には破滅の未来が色濃く見えてきた。ああ、やっぱり馬鹿なマネはするんじゃなかったよ。
しかし、次の聞こえてきたパチュリーの言葉で、それは無用な心配だと私はすぐに知ることが出来た。
「……ちょっと、お手洗いに行ってくるわ」
「もう……パチェったら、さっきも行ったでしょ? 紅茶の飲みすぎよ」
「う、うるさいわね」
顔を赤くするパチュリーを、夢美がやんわりと咎める。
だけど、パチュリーは急いでいたのか、ろくに耳に入れず、部屋を出て行ったしまった。
彼女達のやり取りは、気の抜けるものなのかもしれないが、
今の私からすると、単に気を揉ませて、私を焦らしているようにしか思えない。
ああ、早く帰って来い、パチュリー。
「よし! それじゃあ、出発よ! 皆、行きましょう!」
程なくして戻ってきたパチュリーは、爽やかな顔で、これまた爽やかな声を部屋に行き渡らせた。
その台詞で皆が立ち上がり、各々が置いてあったバッグを手に取りにかかる。
そして今こそが、パチュリーを爆殺する絶好の機会と私は見た。
彼女はバッグの前で咳を二、三度すると、いよいよその手をバッグに手を伸ばす。
さあ、爆弾のスイッチを押す準備は万端だぞ。私はこの機会を逃さぬよう、思い切りそれを握り締めた。
「ちょっと待って下さい」
康一が、また皆を呼び止めた。……ああ…………もういいや。どうでもいい。爆弾のスイッチを押そう。
度重なるやり取りに磨耗した私の心は自棄となって、スイッチに手をかけた指に力を込める。
だけど、後一ミリ押し込んだら作動するといったところで、私の動きは止まった。
「天狗でしたっけ? その人から? いや、妖怪から? とにかくメールが来ました」
という康一の言葉で、私の好奇心が自棄を押し退けて、打ち勝ってしまったのだ。
私はそのまま興味にそそられて、パソコンの画面を見てみる。
すると『
八雲紫、隠れ里で皆殺しッ!?』という見出しで、八雲紫が死体を前に銃を持つ写真が、デカデカと載っていた。
これは一体何を意味しているのだろうか。頭を捻っていると、パチュリーがバッグを持って私の横にやってきた。
「これは……ふむ……そーね。皆、ちょっとこっちに来てくれる。
記事の内容は取り敢えず置いといて、これには八雲紫の写真が載っているわ。
これが私達の探し人の顔よ。知らない人は、これを見て、覚えておいて」
私が顔一杯に汗をかきながら、急いでパチュリーから距離を取ると、
それに取って代わるかのように皆がパチュリーの周りに集まりだした。
これでは爆弾を起動させられない。爆発なんかしたら、パチュリー以外の皆にも被害が及ぶからね。
そうしてスイッチから一旦手を離すと、何だか急に頭が冷静に回転しだした。
(あれ? ここでパチュリーを殺すのって本当に正しいのか? 彼女は集団の要となれる人だ。
それを失っては荒木達を倒す可能性を著しく下げてしまうのでないだろうか。
吉良のことだって、皆が彼の危険性を知った今なら、ここで何が何でも始末する必要はないように思える。
それにもしかしたら、パチュリーが言ったように、吉良の能力は何らかの事態において、
解決の糸口になるということも考えられる。やっぱり殺すというのは、時期尚早……というか、これって単なる私の臆断じゃないのか?)
しかし、冷静になったらなったで、また私の顔は恐怖で蒼ざめてきた。
パチュリーのバッグには爆弾が入っているのだ。それは私の立派な殺意の現れ。
つまり、ゲームに乗っている証拠と言っても過言ではない。
それがパチュリーや他の皆にバレてしまったのなら、ろくな結果が待っているとは思えない。
勿論、その爆弾を私がセットしただなんてことは、すぐには分からないだろうけれど、
いつまでも隠し立てることも出来ないということも事実だ。なんせ相手は嘘を読み取るパチュリーなのだ。
言い逃れなど、延々とは続けられない。
やっぱりここでパチュリーを殺そう……それで平和になるんだ。私は決意も新たにパチュリーを睨む。
だけど、そこでまたパチュリー不在の問題が、私の頭をかすめてしまった。
彼女の死によって、この殺し合いを生き残る可能性を減らしては、元も子もないではないか、と。
ああ……ここに来て、私はパチュリーと吉良を殺していいのか、分からなくなってきてしまったよ。
【E-1 サンモリッツ廃ホテル/朝】
【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:頭に切り傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:天狗からのメールを確認
2:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良を仲間になんかできるのか? やっぱり……。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
【
比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:健康
[装備]:木刀@現実(また拾って直した)、龍魚の羽衣@東方緋想天
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:天狗からのメールを確認
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:主催者だけではなく、殺し合いに乗ってる参加者も容赦なく叩きのめす。
4:自分の邪魔をするのなら乗っていようが乗っていなかろうが関係なくこてんぱんにする。
5:吉良が調子こいたら、ぶちのめす。
6:紫には一泡吹かせてやりたいけど、まぁ使えそうだし仲間にしてやることは考えなくもない。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※ぬえに対し、不信感を抱いてます。
※吉良の正体を知りました。
【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:天狗からのメールを確認
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪はたてやにとりちゃんにも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:
霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※
宇佐見蓮子、
マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。
※吉良の正体を知りませんし、パチュリーが彼と交渉するのも知りません。
【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:天狗からのメールを確認
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:もう少し時間が経ったら、ぬえのメンタルケアを行う。
4:殺し合いに乗っている人物は止める。吉良さんを説得して、改心させる。
5:出来れば早く妹紅と合流したい。
6:
姫海棠はたての行為をとっ捕まえてやめさせたい。
[備考]
※参戦時期は未定ですが、少なくとも命蓮寺のことは知っているようです。
※吉良の正体を知りましたが、まだ改心の余地があると思っています。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:精神疲労(大)、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部、メス(スタンド能力で精製)
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:パーティーが分かれたら、吉良を暗殺しに行く。
2:慧音達に同行しながら、危険な奴を殺していく。
3:皆を裏切って自分だけ生き残る?
4:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※吉良の正体を知りました。
※メスは支給品ではなくスタンドで生み出したものですが、周囲にはこれが支給品だと嘘をついています。
※スタンド「メタリカ」のことは、誰かに言うつもりはありません。
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※皆が行う吉良の爆弾解除と彼への説得を知りません。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※河城にとりが他人のバッグに何かを仕込むのを目撃しました。
【広瀬康一@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ・東方の物品・確認済み)、ゲーム用ノートパソコン@現実
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:天狗からのメールを皆に見せる。
2:霊夢と紫を探す・第三ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良を仲間になんかできるのか? やっぱり……
4:仲間(億泰、露伴、承太郎、ジョセフ)と合流する。
露伴に会ったら、コッソリとスタンドを扱った漫画のことを訊ねる。
4:河城にとり、東方心綺楼の登場人物の少女たちを守る。
5:
エンリコ・プッチ、
フー・ファイターズに警戒。
6:
空条徐倫、
エルメェス・コステロ、
ウェザー・リポートと接触したら対話を試みる。
[備考]
※スタンド能力『エコーズ』に課せられた制限は今のところ不明ですが、Act1~Act3までの切り替えは行えます。
※最初のホールで、霧雨魔理沙の後ろ姿を見かけています。
※『東方心綺楼』参戦者の外見と名前を覚えました。(
秦こころも含む)
この物語が幻想郷で実際に起きた出来事であることを知りました。
※F・Fの記憶DISCを読みました。時間のズレに気付いています。
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:ストレス
[装備]:スタンガン@現実
[道具]:基本支給品、ココジャンボ@ジョジョ第5部
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:天狗からのメールを確認
2:河童の手を綺麗に洗ってあげたい~~!!
3:東方仗助、広瀬康一を出来る限り早く抹殺する。
4:無害な人間を装う。正体を知られた場合、口封じの為に速やかに抹殺する。
5:
空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
6:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
7:亀のことは自分の支給品について聞かれるまでは黙っておこうかな
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※自身のスタンド能力、及び東方仗助たちのことについては一切話していません。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※吉良は慧音、天子、ぬえ、パチュリー、夢美、にとりの内誰か一人を爆弾に変えています。
また、爆弾化を解除するか爆破させるまでは次の爆弾化の能力は使用できませんが、『シアーハートアタック』などは使用可です。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※正体が皆にバレてしまったことは、まだ知りません。
【河城にとり@東方風神録】
[状態]:精神疲労(小)、手に物凄い油汚れ
[装備]:火炎放射器 、リモコンスイッチ@オリジナル
[道具]:基本支給品、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、F・Fの記憶DISC(最終版)
河童の工具@現地調達
[思考・状況]
基本行動方針:生存最優先
1:パチュリーを殺るか、殺らないか。それが問題だ。
2:パチュリーのバッグに仕込んだ爆弾をどうにかしたい。
3:知人や利用できそうな参加者がいれば、ある程度は協力する。
4:吉良吉影を警戒。手を汚くしてれば、関心は持たれないよね?
[備考]
※F・Fの記憶DISC(最終版)を一度読みました。
スタンド『フー・ファイターズ』の性質をある程度把握しました。
また、スタンドの大まかな概念やルールを知ることが出来ました。
他にどれだけ情報を得たのかは後の書き手さんにお任せします。
※幻想郷の住民以外の参加者の大半はスタンド使いではないかと推測しています。
※自らの生存の為なら、他者の殺害も視野に入れています。
※パチュリーの嘘を見抜く能力を、ひどく厄介に思っています。
【
パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:霧雨魔理沙の箒、ティーセット、基本支給品、考察メモ、小型爆弾@オリジナル
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:天狗からのメールをチェック
2:吉良と交渉して、彼の能力を利用する(結界の破壊etc...)
3:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第三ルートでジョースター邸へ行く
4:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる
5:状況が落ち着いたら、河童と改めて話をする
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けるようです。
※河城にとりの殺し合いのスタンスを疑っており、問いただしたいと思っています。
※河城にとりが仕込んだ小型爆弾には気づいていません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
[全体の備考]
※会場(最低限東北部)には満月の晩と同じだけの魔力があります。
※第一ルートはE-1からD-1へ進み、そのまま結界沿いを行くコース。
※第二ルートはE-1からE-2へ下り、そのまま西を行くコース。
※第三ルートはE-1からF-1へ進み、そこからF-3に下って、西へ行くコース。
<小型爆弾>
河城にとりが河童の技術をもって作り上げた高性能爆弾。
大きさは手の平大で、バッグにもすっぽりと入る。重さは軽い。
威力は人一人を殺すのには申し分ない。
<リモコンスイッチ>
遠くから小型爆弾を爆破させる為のボタン。
最終更新:2015年06月08日 00:51