母なる坤神よ、友と共に

「なんてこった…!それじゃあ、幽々子さんは今たった一人で……!」


いざ、目の前の巨悪を討たんとする4人の元に届いた一つの知らせが届く。


幽々子が目を覚まし、いずこかへと行方を晦ましたのだ。


その場に居合わせた人物曰く、声をかけても応じる様子もなく、かと言って自身の力では気絶させることができるわけもなく、
こうして彼らの元へと馳せ参じた次第だった。

何故、幽々子が行方を晦ましたのだろうか。まさか、事態を察して囚われの身となったマエリベリーの救出に行ったのか。
普段の聡明な幽々子ならば、それを期待してもいいだろう。


だが、子を想う母親のように、従者の死に深い悲しみを受けていた彼女には少々無理な話だというものだ。


あるいは、友人と似た姿をしたマエリベリーを護ることが幽々子の支えとなっていたのならば、自らを鼓舞し立ち上がったかもしれない。

けれども、不運なことに彼女は目にしてしまうのだ。その友人が自身の従者を殺す様を。そこにどんな意図が隠されているとも知らずに。

その瞬間、彼女の時間は吹っ飛んだのかもしれない。友を護るべく命をかけたことなど。その友人に従者を殺されたのなら。

今の彼女にはマエリベリーはもう映らないのか、それはまだ分からない。気付いてもらうこと期待するしかない。

彼女を慕う者がいることを。


「畜生がッ! 秒殺だッ! 今すぐてめえをぶっ潰す!!」


幽霊に命を与えられた男、ポルナレフは即座に敵へと相対し直すと、スタンド『シルバーチャリオッツ』を顕現させ、駆け出す。
その動きに応じるように、敵もまた豪速を以て忍び寄る。最も間近にいた標的など目もくれずにポルナレフへと直進する。


敵の名は『ノトーリアス・B・I・G』。
二本の前脚と丸っこい胴体、最後に細長いひょろっとした尻尾、とシルエットだけなら案外可愛らしいマスコットになれるかもしれない。
だが、生憎と可愛らしいと呼ぶにはあまりにも面妖な肉体、いや肉塊そのものだった。

申し訳程度に二本の前脚と顔の一部が奇妙な外殻に覆われているが、スライム状の肉がほとんどを占めており、ひたすら不気味に蠢いているのがよく見える。
さらに、その大きさは2m近くまで成長してしまい、身体の一部はハムスターの頬袋のように、異常に盛り上がっていた。


瞬く間にしてポルナレフとの間を詰め寄ると、加速したまま大きく跳ね上がり、口をバカみたいに広げると、そのまま喰らい付こうとする。
スピードに感けた単純な動きだが、その速度は尋常ではないほど速い。


 へっ!そう何度も食らうわけねーだろうが!


ポルナレフは敵の突撃を知っていたかのように、チャリオッツの剣先を敵に向けたまま、彫像の様に一切の動きを放棄した。

すると敵もまたハッとしたかのように急に動きが鈍らせた。だが中空に浮いた状態で勢いを殺せるわけもなく、そのままチャリオッツの剣へと突っ込む。


グ ジ ュ ア ァ ア ア ッ ッ ! !


肉片や血をチャリオッツや地面へと派手にブチまけながら、串刺しとなった無様な敵の姿が出来上がった。

とは言っても、あまりの大きさ故に刃に納まることなく、剣の椀鍔の部分で引っかかっているが。

残りの図体の半身ほど力なく地面に垂らしており、その様はより一層の憐憫を誘った。


 ざまぁねえな!そのままてめえを口裂け女にでも仕立ててやるぜッ!


ポルナレフは血飛沫と白い煙を上げながら悶え苦しむ敵に容赦することなく、ゆっくりとゆっくりと徐々に徐々に剣を動かす。
別に苦痛を与えるためにこうしているわけではなく、こうでもしないと相手に手傷を負えさせることができないからだ。



だがそこで、不意にポルナレフがピタリと動きを止めてしまう。



 ねえ、ぞ…!?



手応えがないのだ。肉を切り裂いているはずなのに、あまりにも軽すぎる。

ポルナレフが混乱する中、剣が刺さり上体が吊るされていたはずのノトーリアスがビタンと地面へと着地する。


 なんだとォ…!?


チャリオッツの獲物。細く鋭い刀身が消え去っていた。
僅かずつにしか動かしていないが、チャリオッツの剣は当然スタンドエネルギーを介して生み出したビジョン。


 こいつ、喰らっていやがってたのか…!?


取り込まれたのだった、ノトーリアスの身体に。
さらにこちらを嘲笑うかのように、刺突し切り裂いていた傷口はその剣のスタンドエネルギーを以てすっかり塞がっていた。


 冗談じゃねぇぞ…!剣を喰われた俺がこいつにどう対処できる…!?


柄のみとなった自身の獲物とノトーリアスを視線のみを動かして見返すが、妙案がすぐに浮かぶわけもなく、
仕方がなしに一旦距離を置くしかないと判断。非常にゆったりとした速度で後退を始める。

先に交戦したダメージが残る身体はどうにも調子が悪いのか、身体の至る所から痛みが走る。


 くそったれがッ! 俺のスタンドじゃあどうあがいたって駄目だってことなのか!?


悔しさを噛み締めながら、敵に目線を逸らさず、後退していたその時。
ポルナレフにはノトーリアスの顔が突如、自身の方を向いたように見えた。


 落ち着け、ポルナレフ。あいつが動くわけねーだろうが…!見間違いに決まってんだろ!


ポルナレフはその時少なからず焦りを覚えたが、だからと(ズサ…)いって急げば確実に喰われることは明白。
今この時、何(ズズ…ズサ)もしないことこそが『覚悟』だと己(ズサリ、ズサリ…)に言い聞かせ、動くことはもちろん呼吸すらも抑えるが。





 見間違いじゃねえ…!?俺は止まってんだぞォッ!どうなっ―――





   ブ シ ュ ア ァ ッ ! !





「な、にぃいぃィッ!?」


血が噴き出た。


出所はポルナレフの胸郭から腹部にかけて。彼は正に血の気が引いたように青ざめる。尤もそれは、出血のせいではないのだが。


敵が出血の動きに反応し、駆け出していたからだ。


ずっと目視していたはずなのに今やそいつはポルナレフの目と鼻の先。


あまりの速度ゆえ彼の目は焦点を合わせられず、その姿はボケて見えた。



 やべえ、喰われ…る……



ついにノトーリアスはポルナレフの身体に飛び付いた。スライム状の肉体を直に触れるせいで気味の悪い触感に包まれゾッとした瞬間。




「そこを退かないかァッ!エメラルドスプラッシュッ!!」



今まで一騎打ちでもしていたかのような、静かなる戦場に裂帛の声が響く。


声の主の隣に立つ緑色の体躯を持つ人型の何かは、両掌から鮮やかな翠緑色の宝石のビジョンを射出する。
その人型の何かとはもちろんスタンドだ。その名は『法王の緑(ハイエロファントグリーン)』。
花京院典明が操る精神の具現が友の窮地に手を差し伸べる。


ノトーリアスはすぐにでも捕食可能だったポルナレフを無視し、オーバル・ブリリアントカットされた宝石の元へ殺到。
二本の前脚など知ったことかと、スライム状の肉体を駆使し無数の触手にすると、十数はあるそれらをあっさりと掴み取って見せた。


 やはり、エメラルドスプラッシュを凌いできたか…!


直撃を受ければ大ダメージ必至の花京院の十八番は既にこの敵に破られている。
しかし、それをもう一度目の当りにされると一層不愉快だった。
花京院の目の前の地面に着地したノトーリアスはまた一回り大きく成長を果たしていた。
まったくもって嬉しくない成長だった。


 くっ、本当にすくすくと育ってくれるな…!親の心子知らずだ、こいつは…


生憎とノトーリアスの親でもなければ、一児の親でもない花京院が当然この敵に対して一切の情など湧くはずもなかった。
いやこんな利かん坊が相手では、たとえそのどちらであっても親心もクソもないだろうが。

花京院の焦燥と怒りから思考が脇道に逸れたが、どの道即座に攻撃するわけにはいかなかった。
遠隔操作型である『法王の緑』は直接的な攻撃を得意としていない。殴りかかったところであっさり取り込まれるのが関の山。
虎の子のエメラルドスプラッシュは近距離で射出したが、(ズザザザザ)それさえも取り込んで見せたのは記憶に新しい。

一言で表せば、詰みの状況。彼もまた一人ではどうこうできないのだったが、そんなことは百も承知。
あくまでもポルナレフ(ズザザザザザザザザ)を一旦助けるための行動だったのだから。
だが、安心するには早い。出血が治まっていないポルナレフの元へ再び高速で接近し始めていた。


 再びポルナレフを狙うつもりか、助けなければ…!だが、この距離では……!


先ほどは捕食される寸前でエメラルドスプラッシュを射出して、花京院の目の前で止まったのだ。
今、至近距離で迂闊に撃てば花京院を捕捉される危険が大きい。

だがこの男、花京院典明は友と言う括りにおいては表面には現れぬほど熱いモノを持つ好漢。
そこまでギリギリまで待つことそのものを自身が許さなかった。


「くっ、やるしかない…!エメラル―――「秘術『グレイソーマタージ』!」―――



花京院の決断の瞬間より一手だけ早く、『命名決闘法(スペルカードルール)』の宣言を告げる少女の声が響いた。


愛用の大幣は手元になく、素手でだが一筆書きの五芒星を目前に描き、霊力を解放。
五芒星の五つの頂点が白い輝きを発した瞬間。そこを中心とし、光弾が五つの方向へ拡散していく。


「汚名返上です!ポルナレフさんには触らせませんよ?」


自身の目の前にノトーリアスがいるのにも怯むことはなく、ふんす、と鼻息を鳴らし息巻く少女の名前は東風谷早苗
少しどころかそろそろ矯正が必要なほど色々とズレてしまっているが、今回はそのおかげで花京院とポルナレフを引き寄せるという、ちょっとした奇跡を起こし現在波に乗っていた。
残念ながら、そのせいで対峙すべき相手と一気に離れてしまったのだが。目下その失態を取り戻さんと奮起していた。


一方のノトーリアスはまたもや触手を巧みに操り、計25発もの奇跡の弾幕を捕捉。
接触の際にスパークし、わずかに肉片が散らかったものの、全てを貪り散らかすと修復のみならず成長を果たした。


 うーん…弾幕もダメですか。早くしないと御柱(オンバシラ)が溶けちゃいそうなんですけど……


ノトーリアスの尾っぽあたりに見られる局所的な膨らみ。
ややあって、早苗と花京院が仲良くタンデムした乗り物、いやいや強大な武器である御柱がそこに眠っている。
彼女にとって武器としての扱い以上に何としても(ズザザザザ)取り返したい一品だった。


 いえ、絶対にそれは返してもらいますよ…!


三度動き出したノトーリアスに今度は全力で叩き潰さんと先ほど以上に霊力を充填し、弾幕生成の準備をする。
出力を最大まで上げれば、あるいは突破できるかもしれない。そう願って虎視眈々と好機を探る早苗であったが。


「東風谷さんッ!今はまだ早い!僕と君でこいつの注意を逸らすことが先決だ!」


『法王の緑』にエメラルドスプラッシュを発射させつつ、花京院は早苗へと叫びながら、走り出していた。
花京院の言葉が打ち水になったか、早苗は漲る霊力を自身へと押し込めると、
彼の言葉の意図を理解し、違う弾幕の準備をしつつ彼との距離を取るように走りだした。


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「ポルナレフ!平気か?今、鉄球の回転で止血する、横になってろ。」


右手に歪な鉄球を旋回させつつ、片膝を着いたポルナレフの元に一人の男が近づく。


ジャイロ・ツェペリである。彼もまた戦う術はあるのだが、早苗や花京院と違って、愛用の鉄球は一つ限り。
失えばそれこそ何もできなくなる。それに彼の鉄球の回転も、先刻の3名と同様に既にノトーリアスには通用しなかった。
あの場で迂闊に投擲するのは取るに足らない『感傷』。そう思い留まったがゆえに、待とうとする『覚悟』を選び取ったのだ。

ポルナレフの傷を見ると一つ一つごく小さいが、十を超える箇所から出血が見られた。
傷の種類もバリエーションに富んだ歪な形ばかりで、古傷が開いたとは思えない、不可解なものばかりだった。


「しかし、何だってお前の上体から急に血が噴き出した? 心当たりはあるか?」

「いや、わからねえ。俺はあいつに触ってもいないし、チャリオッツだって剣こそ喰われたが、それだけだ。」




「もしかしたら…」




仰向けで倒れているポルナレフは顔を歪ませ、口惜しい、そんな気持ちの声を絞った後に、

この場に居合わせた最後の一人がポツリと呟く。


幽々子失踪の火急の知らせを寄越した稗田阿求だ。


「返り血、ではないでしょうか?」

「阿求ちゃん、流石にそいつは…」「…続けてみろ、阿求。」


言葉の意味の理解にわずかに時間を要したが、二人は思い思いに反応する。
相反する両者の答えに、阿求は二人の顔を窺ってオドオドするが、時間も心許ない今無駄な時間は使えない、と合理的に考え、手早く伝える。


「ポルナレフさんが最初に放った突き。あの時に飛び散った敵の血液、それがスタンドに付着しました。
スタンドのビジョンそのものはエネルギーの塊なので、そのままゆっくり食い破られたのではないか、と。」


阿求はおずおずとした風に自信なさ気に語る。彼女とて、ノトーリアスを見るのはつい先ほどのこと。
その醜悪な姿に卒倒することなく、冷静に状況を見ることができたのは、ある意味でこの場における成長であるというのは皮肉なものだが。


「た、確かにあいつの血は浴びたがよぉ…」「いい線イっていると思うがな?」


またも両者意見が食い違い、阿求は再び困り顔。
だが、語尾が次第に尻すぼみとなっていくポルナレフと、明確に肯定してくれたジャイロを見ると、そっと胸を撫で下ろした。


「おそらくだが、血ではなく肉片だ。傷のバラけ具合も、何かが付着したような感じに見えなくもない。
もし、返り血からも捕食されていたら、上半身の皮を丸ごと引ん剥かれてたかもな…」


小さく「うげぇ…」と漏らすポルナレフ。冗談でも笑えない話だった。



しかし、こんな化物を一体どう相手にすればいい…? いっそチリにでもしないと、コイツはくたばってくれそうにもない。今の俺にできるのか…?



口にも表情にも出さないが、ジャイロはこの状況に対し己の出る幕があるのか、疑問を抱かざるを得なかった。
鉄球の回転、投擲、この2つの工程を無くして彼の攻撃は成立しない。そして、その両方とも相応のスピードが発生するのは言うまでもないことだ。
絶望的なまでに相性が悪い、本来なら避けなければならない、そんな相手だ。


だが―――



「肉片になってでも襲い掛かってくるなんざ、ホントにとんでもねえ相手だぜ…!どれだけ執念深いんだ、ヤローは!」


ポルナレフの言葉がジャイロの内から火が灯る。烈火の如く、たぎる『漆黒の殺意』。


―――だからと言って退くわけにはいかない。


「死人の怨念、そう………神子はそのために、そのためなんかに利用された……! 絶対に! 逃がさねぇ…!」


ギリギリと歯を食いしばらせ、左手は力拳を握りしめ、怒り心頭の様子を露わにするジャイロ。

脇に置いたデイパックから覗くのは、彼にしては丁寧に落り畳んだ一枚のエニグマの紙。





「『敗北を刻み付ける』?『完膚無きまで叩き潰す』? そのどちらでもねえ…!
『塵に還す』しかねえって言うんならやってやるぜ……!ただし……! てめえを『この世から完全に消し去る』っておまけ付きでなぁ…!!」





死の『尊厳』、命の『誇り』共に死刑執行官としての職務を受け継ぐ彼にとって、第一とする信条。
そして、彼自身もその二つを胸に抱いて、『誇り』と『納得』のある職務を全うしたい、それが彼をスティール・ボール・ランへと引き寄せた。


だから許せない、許せるわけもない。絶対に、絶対にだ。


こんな殺し合いの場でも確かな信用、いや信頼と呼ぶべき感情を抱けた友人を殺した相手を。
最低最悪の方法で現れた敵を。

だが、そんな彼でも今はどうすることもできない。今は味方の傷を癒し、ただ対抗策を練らなければならない。
役割を果たすことも必要だとわかっていても、そのことがただひたすらつらかった。

これもまた『感傷』なのか、そう思う彼の背中は、表情など写るはずもないのに、わかるわけもないのに、

手に取るようにわかるほど、憤怒と無念、そして不条理さにもがいていた。


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「~~!?か、花京院く~んッ!?もももっと…もっと早く助けてくださいよぉ~~!!い、いまま、一瞬、あれに触っちゃいいいましいたよぉ!!??」

「東風谷さん!僕だって!先ほど髪の毛毟られかけたんですッ!!少しペースを上げてください!!」





ぎゃあぎゃあ、と大声でお互いを罵り合う二人。割と呑気している雰囲気を漂わせるが、実のところ全く持ってその逆。
危険水域120%オーバー待ったなしの状況であった。
因みにこの二人、お互いの声は届いていなかったりする。それでも話している感じになっているところ、多少は馬が合うらしい。


花京院と早苗の両名はポルナレフの治療に専念できるように、ノトーリアス・B・I・Gを引きつける役目を自ら買って出た。
と言うよりも、大きなリスクなくこの敵への対処ができるのはこの二人しかいないのだが。
早苗の弾幕と花京院のエメラルドスプラッシュ、この二つを交互に撃ち合うことで敵の注意を何とか釘づけにすることができている。

さらに片方が攻撃する間に、もう片方はそれを追い越さない速度で移動することで、なんとか距離を取ることに成功した。

尤も、これはただの時間稼ぎにしかならず、いや時間稼ぎにしたって下策中の下策でしかない。
弾幕の霊力、エメラルドスプラッシュのスタンドエネルギー、それらを喰らうことでノトーリアスは更なる成長を果たしてしまっているからだ。
そして当然、こちらはいつまでも弾幕を張り続けることは不可能。無暗矢鱈と使うわけにはいかない。

いい加減見切りを付けなければ、倒すことすら困難になってしまうのは目に見えていた。


 くっ!5分は経った…!もう治療は済んでいるはずだ、だが…


安全のために距離を取ったのが、ここに来て障害となった。
3人から離れた時のように、一方の弾幕に構っている間に、もう一方が移動することで合流しようかと思ったが、それが今はかなりリスキーだった。


 東風谷さんに近づいた、今だ…!


スタンド『法王の緑』の両掌から、ここに来て何十回目かのエメラルドスプラッシュを射出。放たれるや否やノトーリアスは超急接近。

エメラルドスプラッシュの射出速度を遥かに凌駕する速度を以て突撃すると、大口開いて纏めて捕食した。



だが、それで終わりではない。



   ガリ! ガリ! ガリ! ザ ザ ザ ザザ ザザ ザッ ッ ! !



追跡目標は失ったものの、突撃した勢いはあまりにも大きく、そのまま地面を激しく滑りに滑って滑り続ける。
そして、思い出したかのように急遽、花京院の目の前ギリギリでようやく停止。



まだ、終わりではない。



 うおぉぉおッ! またか! 今度は……マズいッ!!



あろうことか、花京院はこのタイミングで一歩、二歩と後退してしまった。
動かなければ安全という絶対的な不文律を破って、だ。もちろん彼が恐怖に屈しただとか、そんなチャチな理由によるものではない。
だが当然、それを放っておく敵ではない。蔦のようにしなやかに伸びた触手がついに花京院の胴体をグルリと旋回。


 ぐッ!? しまったぁッ!! 捕まるッ!!


もはや須臾の時すら待たずして、捕縛されてしまうのは明らか。





「させませんッ! 奇跡『白昼の客星』!!」





だがしかし、奇跡の使い手は瞬く時の、その間隙を見事に縫い付けて見せた。


スペルカードの宣言と共に、早苗から見て正面の位置より10m離れた上空にまばゆい光彩を放つ星が出現。


そしてその瞬間、触手は客星に気取られ、花京院を締め付けることなかった。


ほんのわずかな隙が生まれ、即決即断、躊躇なく彼は身を屈めた。


まるで、客星が上空から花京院を見ているかのように、彼の動きと完全に同期したタイミングで弾幕は展開を始める。


最後を迎える星がもたらす爆発。
一つの星でありながら、明け空に更なる輝きを与え、闇夜を塗り替えるその煌めきは白妙の光となって、幾重にも降り注ぐ。


花京院が立ち上がった時にはノトーリアス既に過ぎ去り、上空にある客星めがけて触手を伸ばしていた。


「はぁッ……はぁはぁ…ははは、はぁ…」


息切れと共に乾いた笑いが漏れる。全身から汗という汗が浮き出て、服はぐっしょりだ。
ノトーリアスが迫りそして早苗の元へと戻る間、十秒にも満たない時間、確かに死にかけた。

身を伏せたタイミングも、弾幕の射出と同時にしなかったら、触手は反応し花京院を捕捉。そのまま早苗の元へと連れ去られていたに違いない。
そして、じわじわと消化される結末が待っていたのだろうか。


 まったく、これじゃあ……しばらくは東風谷さんに頭が上がらないな…


今やノトーリアスは早苗と花京院の愛情をたっぷりと受け、全長5mを優に超す化物と化した。この体躯で瞬く間に100m程度の距離を詰めてくるのだ。
そこで生まれる風圧は、まず間違いなく確実に一歩はよろめき、『動いて』しまう。そうなればそこに反応したノトーリアスに察知され、喰われかねない。

現に今花京院が死にかけたようにだ。冒頭に二人がぎゃあぎゃあ言っていたのも、これらに起因するものだった。

対抗策は一つ。
より早いタイミング、より遅い弾幕の射出速度だ。だが、前者はともかく後者は花京院には少々慣れていないことだ。

いつだって敵に対して全力の攻撃を放ってきたのだから、イマイチ加減の容量が掴めない。
だが、泣き言を言っていられるわけもなく、言えば即死のこの状況。花京院は腹を決めるのみだ。


 客星の光が弱まる… スタンドはイメージだ。速度を抑えた……エメラルドスプラッシュを……撃つ…!


『法王の緑』の両掌が光り輝く。見飽きた光景だが、これから広がるその様は一味違うことを願って。


「行け…! エメラルドスプラッシュ!」


先刻のそれと比べて、確かに弾速は格段に落ちた。
花京院はふと、一回死にかけたおかげかな、と下らない考えが走るが、瞳は前方を見据え注意を怠っていない。
ノトーリアスも先ほどよりも減速しているのが見て取れる。


だが、ここに来て意外なことが起きた。




ノトーリアスが突如あらぬ方向を向いて静止したのだ。

しかも、距離はちょうど花京院と早苗の中心と絶妙なポジションというおまけつきで。

その後ハッとしたかのように、迫りくるエメラルドスプラッシュに喰らい付く。
そしてさらにもう一度、先ほど見た方向に、ほんの一瞬反応を示す。

突然の奇行はそこで終わり、それ以上その場を大きく動くことはなかった。



 な、何だ!? 一体何が…?



花京院にとって嬉しい誤算なのは確かだが、原因が分からないのはあまりにも危険すぎることだ。
スタンドの一番恐ろしいところは、その未知の部分が明らかにされていないがゆえに理解することなく一方的に殺されること。
状況が好転したからといって、諸手を挙げて喜べば、いつの間にかより深い落とし穴に転じることだってあるのだ。


しかし、今回は思いのほかあっさりと、理解が追いついた。それはノトーリアスの動きを見れば分かる。
あまりに唐突なことなので止まったかに見えたが、あれは何かに反応した動きだ。

ノトーリアスが花京院から視線を逸らした時、エメラルドスプラッシュ以上に速く動いた誰かがいた。

そして、その動きを即座に止めたのだ。この状況でその動きをできる人物など一人しかいない。


花京院はゆっくりと、だがしかし確信に満ちた思いを胸に、その方向を見る。


白い歯を少し覗かせニカっと笑うその様を見ると、不思議とこちらもつられて笑ってしまうのが妙に懐かしい。

こんな絶望的な状況にも勇気が湧いてくる『友人』、ジャン・ピエール・ポルナレフ
先ほどの負傷から、どうにかこうにか復活を果たしたようだった。

こちらも笑い返しておいた。尤も、鈍い彼が気付いてくれるかどうかは少しと怪しいものだが。
まあ、労いの言葉など後で幾らでもくれてやるとしよう、小さく笑いながら、そう思う花京院であった。


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静寂。





戦場は再び静けさに包まれた。しかし、周囲に漂う張り詰めた空気から、それが一時の安らぎでしかないことを如実に語っていた。


あれから何分経っただろうか。
化物『ノトーリアス・B・I・G』に対抗すべく各人、対抗策を練っているという状況だが、誰かが手を挙げる様子はなかった。

ただひたすら、無意味に、時間が過ぎているような気さえする。
垂れ下がる沈黙がますます一つの考えへと収束しそうになっていく。


果たしてこの化物を倒す手段があるのか、と。


そしてこの状況、最もソワソワしている素振りで気が気でなかったのが、東風谷早苗である。
まるでその熱い視線を穴を開けるかのようにノトーリアスを見つめている彼女。
もちろん、そこにある思いは淡い恋慕の情などでは一切なく、恨みがましさ一点張りの視線を送っているのだが。


 あぁぁあ…! 早くしないと、御柱が溶けちゃいますよ…!! 早く、早く何とかしないと……


そう、ここまで搭乗してきた乗り物、御柱の安否が彼女の最たる懸案事項だった。
すっかり成長したノトーリアスの尾にあたる部位に飛び出ている何か。
初めて見る人には歪なでっぱりにしか見えないが、彼女の慧眼はしかと、その正体を見極めていた。
とは言ったものの、不定形な体躯の敵を考えれば、ただの出っ張りである可能性もある。
触れた対象を取り込む性質を鑑みれば、ひょっとせずとも、消化されていそうなものだが。


 いえいえ、そんなはずはありません! あれが御柱に決まっています!


などと心中で無茶をのたまいながら、彼女なりに必死に思考を張り巡らせる。


 で・す・か・ら!無茶じゃないですって! だって今の御柱はスピードも霊力もない、ただのオブジェですよ! あんな物食べたらお腹壊すはずです!


……とりあえず、まあ彼女なりに考えているのだ。きっと。



 そう、あの敵はスピードのあるモノに反応して動いているんです。ですので、弾幕での攻撃はどうあっても厳禁。


ひとまず、彼女は今のところ分かっている敵の能力を振り返る。


 そして、反応した標的を捕食します。人、スタンド、弾幕、うぅ…入れたくないですけど、御柱……


未練がましさが少々残るものの、ようやく御柱への執着心を捨て去ったようだ。


 いえ! やっぱり御柱はあるに決まってます!あると言ったらあります!


紫電一閃の掌返し。これもまた、常識に囚われない秘訣なのかもしれない。


 だから……もし、御柱が残っているのは確実とするなら、ですよ…? もちろん、その理由は……
 今の御柱が何の霊力もスピードもないモノだから捕食されていないから、なんです。


自分の都合に合わせた解釈だが、あながち間違いではないだろう。ノトーリアスが取り込んだまま、消化し切れなかったらの話にはなるが。


 つまり、捕食し切れないモノで攻撃するのが……有効、なのでしょうか? ですけど、一体……何が…?


思うは易し行うは難し。そんな都合の良いモノがどこにあるだろうか。
仮にあったところで、それはスピードを出すことは許されないのだ。

捕食は免れても一時的に取り込まれるのは避けられない。それこそ、早苗が未だ存命していると仮定した御柱のように、だ。


 仮定ではありません!決定事項ですよッ!!


…………はい。


 必ずやると決めた時は『直線』なんです! 今の私は何が何でも『直線』で突っ切るのみですよッ!


そう自信を奮起させながら、ノトーリアスから目線を離さず、悶々と考える早苗。
直線なのは大いに結構なのだが、その前提が果たして『必ず』と言えるのか、それが思い込みだとしたら、その時は自らを危機へと誘う。
それを彼女はどこまで理解しているのか。



 動いていない、捕食できそうにない………



だがしかし、今回ばかりはその徹底した思考の偏りが、一計を閃くきっかけとなった。







 !!?? ありました!!!これです、これしかない!!!!!







手を組んで不敵に笑った時、それは勝利の瞬間とは誰が言ったか。
生憎と手は組んでいないものの、早苗の表情は口の両端を吊り上げたように、にんまりと厭らしく微笑んだのだ。


今、奇跡の少女は捲土重来を起こすべく、立ち上がる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 やれやれ、やはり遠いな……


ふーっと吐く息さえも満足に勢いよく出すことも躊躇われるこの状況、花京院にとって少々頭が痛かった。
結局あの後一人でしばらく思案したもののすぐには思いつくことはなかった。
それによくよく考えれば、妙案が浮かんだところでこの怪物を一人で退治できるとは考え難く、まず確実に協力が必要だということに気付く。
そんなわけで、一旦はポルナレフらの元へ戻ることにしたのだ。

じわりじわりと歩くものの、その距離が完全に詰めることは難しい。
ようやく、花京院が動き出した地点からポルナレフらまで半分と言ったところか。

だからと言って、ここで急いては事を仕損じる。そのことをしっかりと理解し、ゆったりとした亀の歩みを維持して堅実に進むのだったが。


 そういえば、東風谷さんはどうしている…?


ふと、自身の相方のことが頭を過った。先ほど鮮やかなお手前で窮地を救ってもらったのだが、
どことなく、いや結構ズレた感性の持ち主なのは、もう既に味わっている。
ノトーリアスが動いていないところを見ると、杞憂なのだろうが、一応その姿を確認したくなった。


 東風谷さんは……っと、いたいた。


上半身には白色の上着を下半身には青色のスカートを履いた東風谷早苗を目視できた。

どういった構造になっているのか、肩と腕の境目の部分を包むはずの布がない奇抜な巫女服も、見慣れば案外しっくり来るものだな、思った。
青のスカートの方も白い御幣があちらこちらに見えて、私は巫女ですよ、とアピールしていると考えるとそれはそれで可愛らしい、などとどーでもいい考えが頭を走る。
それに、今現在何やら緊張した面持ちも、初めて対面した時のことを思い出す。


 おっとっと、現を抜かしている場合じゃないな、早くポルナレフ達の元へ急がなければ…


こんな様子では後でポルナレフにからかわれ兼ねないな、と思いフッと笑ってしまう。

だが、まあそれはそれで悪くないかもしれない。
正確に言うと違うが、あの日を共にした友人とここに来て新しくできた仲間。そんな中にいられる自分がやけに幸せな人間に思えた。


 ん? ちょっと待て…


花京院は一歩進んで、心中首を傾げた。早苗の見えた位置が少々おかしいことに気付く。
もう一度振り向き、確信に至った。


 東風谷さん……まさか、あれから一歩も動いてないのか…!?


花京院の不安は的中。早苗の今の位置はノトーリアスが停止した時とほとんど変わっていなかった。
今までの時間一体何をしていたのか、そう問い詰めたくなる彼だったが、ここはグッと堪える。


 どうにかして伝えないと、しかしどうやって……


とは思ったものの、声を上げないで早苗に気付かせることなど出来るのだろうか。
それに、大声を上げれば敵が反応する可能性も否定はできない。

そこで、花京院はとりあえずゆっくりとだが、大きく腕を振ることにした。





 ノトーリアスは……動かない、な。東風谷さん…!こっち向いて下さ―――






花京院の思考が止まる。別に早苗が動き出したわけじゃない。

もし、そんなことでもしたら彼は卒倒していただろう。



にたぁ、と笑ったのだ。不敵というか不気味に。一体何が面白かったのか、花京院は知る由もなく静かに目を伏せるしかなかった。



 東風谷さん………すごく、その……ワルそうな顔を、しています…



もうちょっとだけなんとかならなかったのか、と思う。
もっと、こう、少女っぽい感じと言うか、どうせならイタズラっぽくというか、こう…なんとか。


 いや、花京院。今はそれどころじゃない、前を見ろ、現実と『立ち向かえ』。


目を開くと、いつもの早苗の姿があった。花京院は先ほどの光景をただの夢なのだということにした。
現実と向き合うのは誰だってつらいことだ。

さらに幸いなことに花京院の方を向いていた。お茶目なことに早苗も花京院と同じように片手を挙げて合図していた。



 ほら見ろ、花京院。こんな可愛らしい少女の仕草をした彼女があんなあくどい顔などするものか、さっきのはDAY DREAM。そう、白昼夢なんだ。



何度かその思考を反芻し、気分が落ち着いたところで、早苗にポルナレフ達の元へ戻るよう身振り手振り伝えようとする花京院だが。
彼女の方を見ると逆に向こうから伝えることがあるのか、何やらゆっくりとした動きでジェスチャーをしている。





1.徐に両手をパンと合わせる。


2.右手の人差し指と中指を伸ばしVの字に形作る。





そう、確か紅海を渡ろうかした時に見たハンドシグナルで…… そうそう、ポルナレフも知っているやつじゃあないか!


察しの良い花京院はこの二つだけで、すぐにその意味を把握した。





 ……パンtm………いや、いやいやいやいや! ちょっと待て!! 待ってくださいッ!! 東風谷さん!!!





大いに理解には苦しんだが。


何やっているんですか!ジェスチャーはともかく、いいえジェスチャーもですが、こんな状況で一体何を考えているんだ、あの人は!!??


思わずノトーリアスがいることを忘れて、何回も頭を振る花京院。すぐにハッとして動きを止めたものの、敵は彼の動揺などお構いなしにちゃっかり反応していた。



 あ、危なかった…! こんなノリで襲われてしまうなんて笑い話にもならないぞ…! こんな役回り、ポルナレフが担うべきじゃあないのか!?



少々理不尽な八つ当たりが混ざっているが、花京院は何とか平静を取り戻す。
もう一度早苗の方を見れば、心配そうに彼の方を見ていた。さらに、音を発さずに口パクで伝えてきた。


 大丈夫ですか? 最後まで見てください?って言っているのか?……まさか、まだ続きがあるのか?


確かに花京院が知っているそれも、後二つほど動きがある。

だが、うら若き乙女にそんなことさせたくない、というか見たくないのが彼の心からの願いだった。

なので、早苗に向けて両腕を伸ばし手を開く。待ってほしい、という意だ。


 何なんだ…!? さっきの表情といい、あのジェスチャーといい、彼女は僕をからかっているのか…!?


状況が状況だけに、花京院の心中は穏やかではない。信用すべきかどうかも少々怪しくなるほどに。

だが、早苗がこちらを見る目には悪意の欠片すらないように見える。彼女の黒の瞳はどこまでも澄んでいた。



 ……まさか、僕の考え過ぎかもしれない。でも、全部が全部、僕の一人相撲じゃあない、ですよね?



何だか急に恥ずかしくなってきた花京院はオホン、と一つ咳払い。
口パクで大丈夫だと伝えると、早苗は安心したように微笑んだ。対照的に彼の方は、げっそりとしてしまっていたのだが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


早苗は再びジェスチャーを始めた。


1.徐に両手をパンと合わせ、ぺこりと頭を下げる。

2.右手の人差し指と中指を伸ばしVの字に形作る。ついでに、口も両端を真横に伸ばす。


問題のシーン。花京院は人知れず、自分の勘違いであってくれ、とひたすら祈っていた。


3.自身の目の前で、両手を球状になるよう包む形で合わせる。


 違った…! だが、あれは何をして…


4.手はそのままの形を維持しながら、正面を向いた身体は半身へと徐々に移行。右足を腰の高さまで持ち上げる。

5.両腕を後ろへと引かせると、ついに両手を放し、右腕は放物線を描く。腕が突き出ると同時に持ち上げていた足を大きく踏み込ませる。



 投球フォーム…か? ゲーム『Oh !! That’s a Baseball !!』で見たことのある構えだ… だがしかし、何を投げるつもりだ…?



6.最後にあるモノを指差した、その先にあるのは―――





―――ノトーリアス・B・I・Gだった。



 どういうことだ…!? あいつを投げるだと!? 何の意味がある? というか出来るわけがない!



花京院は混乱するが、ここで早苗が両手を突き出して口パクで伝えてきた。


 エメラルドスプラッシュ…か? 何でそれを撃つことがノトーリアスを投げることに繋がる? 撃ったところであいつはそれを追うだけだ。
 そして、それを東風谷さんが弾幕で誘導して……それを、繰り返す…


その様相はまるで。


 まさか、さっきの投球フォームはノトーリアスでキャッチボールしようって意味なのか…? 最初のブイサインはそれを2回やろうってことか…?


要するに先ほどの時間稼ぎをもう一度やろう、花京院にはそう捉えることができた。


 だが、一体何のために? 彼女のことだ、何か狙いがあるだろうが……


ここに来てちょっと抜けているところが露呈しているものの、早苗の起点の良さは既に花京院自身、身を以て理解している。
彼としては彼女の作戦に乗ることにやぶさかでない。


問題はこの状況にある。早苗の考えた作戦を知るのは、彼女のみということだ。

もし、彼女が想定外の事態に追い込まれたら、作戦の知らない花京院ら4名の対処は完全に後手に回る。
それは5人全員の危険となることは明白だ。


相手が相手だ。拙速で挑むべきじゃあない…… ここは一旦戻るべきだと、僕は思う。


花京院はポルナレフらの位置を指差して、戻るよう指示するが、早苗は頭を振って断った。
さらに、手を合わせてぺこりと一礼。協力してほしい、という意味なのだろう。



 ……やっぱりダメか… まあ、東風谷さんが急いでいる理由は想像が付く。



御柱。ノトーリアスに取り込まれたそれの奪還。彼女の内にある目的を花京院は察していた。


 実際はあんな無茶な使い方をするような代物とは思えない。むしろ、あんな使い方を知っているということは…


少なからず早苗と縁のある品なのだろう。だからこそ、すぐにでも取り返したい。あんな無茶なジェスチャーをしてまで。
対抗策を閃いたのなら尚のことだ。きっと彼女は今、居ても立っても居られないはず。


それがたとえ、僕の敵に至る相手の物だとしても…… 協力しないわけにはいかないか…


大方、早苗の様子からして諏訪子、もしくは一度対峙した神奈子のものだという事は想像に難くない。
初めて話した時も、固い表情がほぐれた際には二人の名があった。

残念ながら早苗の複雑な事情を知る由もない花京院には、理解することができない。
だが、彼女にとって二人の存在がどれほど支えになっているかは容易に理解することができる。


花京院で言うポルナレフらを指す『友人』とは違った何か、それは―――


 ―――『家族』か……? そういえば僕は相当な親不孝者になるんだったな。


DISCを通して見た未来。DIOのスタンド能力の解明と引き換えに死に至る自分の姿を彼は知っている。


 僕だって、『家族』は彼らと出逢うまでの孤独の世界を埋めてくれた。父さんも母さんも…僕にとって大事な存在だということに何ら変わりない。


親不孝者が言うにはちょっと説得力に欠けるか、と思いながら小さく笑う。



 彼女の願いは僕にも通じるものがある。だったら、僕はそれを快諾したい。間違えたのならそれを補ってやればいい。
それに、勝手に付いて来た僕にようやく胸襟を開いてくれたんだ。協力しないのは男が廃るんじゃあないだろうか…?



自分でも少々甘い考えだと思ってしまったが、彼にはなんとなく彼女のことを放っておけなかった。



突然だが、とある人物は臭いで人となりを区別する、というぶっ飛んだ特技を持っている。

生憎と、花京院にそんな特技はない。チェリーを下の上で弄ぶという、視覚的にも擬音的にもアレな悪癖ならあるのだが、それは割愛しよう。

早い話、同じ生き方をしてきた者同士ゆえに感づいたのかもしれない、ということだ。

敬愛する二柱を唯一『視る』ことができた存在がゆえに、理解してもらえぬ思いに苦悶し続け、孤独であった東風谷早苗

スタンドを『見る』ことのできる者などいないと思ったがゆえに、周りと真に打ち解けることができなかった花京院典明

花京院は早苗の事情など知りもしない。だが、ひょっとしたら、もしかしたら、なんて思っているのかもしれない。いや思っている。

『スタンド使いは惹かれあう』。字面の意味は違うが、まあ要はこんなことなのだ。

長きに渡り、内なる孤独を抱え続けた者が持つ雰囲気を花京院が嗅ぎ付けた瞬間だった。



そうなると……決まり、かな?



花京院はそう心中で自分の気持ちに整理を付けると、早苗を見据える。彼女は一瞬ビクリとする。

彼が事に応じてくれるのかどうか、先の返答を見れば、再び断られるだろう、そう思っていたの違いない。

だがしかし、彼が大きく頷く様子を目で捉えると、不安げな表情をなどどこ吹く風とすっ飛んだ。

勢いよくお辞儀をし、顔を上げた彼女の顔は嬉しさと感謝でほころんでいた。

いつも緩やかな迷走を繰り返す二人なのだが、今この時、初めてお互いの気持ちが一つに固まったのかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 良かった…! 花京院くんも協力してくれるみたいで…!


早苗はひとまずホッとした様子を見せる。だが、そんな素振りを見せた自分を即座に是正する。
花京院は、あくまで彼女に勝手に付いて来た相手だ。
だと言うのに、ここに来てこちらから協力してほしい、と言うのは少々虫のいい話だろう。


早い話、彼女なりに気兼ねするところがあったのだ。


だからこそ、もっとしっかりした自分を見せなければ、という気負いゆえ今はキリっとした表情をしている。

今更遅いとか、野暮なことは言いっこなしである。



早苗は自身を指差しながら、霊力を充填する。2回だけのキャッチボール。その始球式を務めるのは自分だと意味だろう。
花京院はそれに頷くのみ。彼女の作戦を信頼すること、今の彼にはそれしかできない。
だが、スターダストクルセイダースのブレイン担当の彼は、万一の不慮の事態に対処する心構えを一切崩していない。







「行きますッ!開海『海が割れる日』!!」







白波一閃。早苗の両脇の空間から突如、水圧カッターのように鋭い波飛沫が大地に一筋の直線を描きながら駆け出す。

同時にまた敵も躍動する。その速度は異常にして絶対追随。
大地を這うように走っているはずなのに、どこからその速度が生まれるのか。
ノトーリアス・B・I・Gがついに不動の呪縛から逃れ、獲物へ向かってただただ走る。


「ッ!!」


早苗の目の前まで近寄ると急停止。大きく二手に分かれた弾幕に対して、敵は触手を伸ばし吸収を狙う。
迫る暴風に一、二歩よろめくものの、未だ弾幕は健在。早苗本人は事なきを得るに終わり、だがしかし、弾幕は養分として捕捉されてしまう。


 弾幕を二手に分けてもしっかり捕捉してきますか…!


改めて敵の強大さを目の当たりにする早苗。鋭い弾幕の射出も多少の出血に終わり、傷はもう塞がっている。
だが、彼女の瞳は揺れることはあっても、恐怖に屈してはいない。それはなぜか。





「エメラルドスプラッシュッ!」





彼女の意図を理解できずとも信頼し、支えてくれる相手がいるからだ。
法王の緑の両掌が唸りを上げる。次々と射出される翡翠色の鮮やかな弾幕。問題の射出速度は既に克服している。
普段より遅めの速度を維持し、あくまで敵の引きつけが目的だという花京院の役割の表れだ。


ノトーリアスは再び大地を蹴り、駆け出す。目標は当然、飛来する宝石の群れ。一点集中の弾幕をその巨体に見合った大口で一気に喰らい付く。


やがて勢いを殺す気もないまま、花京院の目前まで一気に迫り、そして止まる。



だが、減速したエメラルドスプラッシュのおかげで、以前ほどの速さはなく、彼をふらつかせるにはいささか無理があった。

そよ風を受け、揺らぐのは彼の精神ではなく、特徴的な素敵前髪。

心なしか、虚ろなその瞳で恨めし気に彼を睨んでるように見えなくもない。


 一合凌いだ…! しかし、東風谷さんだって迂闊に動けないはず。


一体何を始めるのか、果たしてその準備は整っているのか、花京院の疑問は尽きない。


 いや、僕は僕の出来ることを果たす。彼女が心置きなく戦えるよう全力を尽くす。それだけだ。


「『ナット・キング・コール』! お願いしますッ!!」


早苗はDISCから得た仮初の守護霊を召喚し、即座に命令する。
スタンド『ナット・キング・コール』は握り締めた両手を開くと、そこにある大量の螺子を投擲し始めた。


されど、ノトーリアスは一切動じる様子を見せず、早苗の元へと突き進むのみ。
やはり、直接的なスタンドを介した攻撃はその身に取り込んでしまい決定打にならない、ということなのだろうか。


ノトーリアスは螺子を投げているナット・キング・コールめがけ、ついに大口を開く。


しかしながら、早苗はそれを無視。
ナット・キング・コールのビジョンそのものに打ち付けられた螺子が飛び散っているのかのように、ひたすらに投げるだけ。



一点集中。
ただ一つの動作を延々と繰り返す様は、どこかしら狂気染みた様相を呈している。

だが違う。
それは彼女の両足を見れば自ずと理解できるはずだ。その両脚の震えは一体どういう意味なのだろうか。迫り来る轟音が彼女を揺らしているのか。

それも違う。
彼女とてこの瞬間の連続、その間隙の全てに恐怖を抱きながら立ち向かっているのだ。弱さを乗り越える、その意味に苦悶しながらも。



「そういうことか…! 邪魔立てはさせないぞ、ノトーリアス・B・I・G!」



早苗の意図を察した花京院は、その狙いを成功へと導くため再度エメラルドスプラッシュを発射。

何度も敵の動きを見せられた花京院の射出タイミングは絶妙の一言に尽きた。
ノトーリアスの触手は、ナット・キング・コールの薄皮一枚持っていくのみに留め、標的をエメラルドスプラッシュへと無理やり移行させる。

早苗の行動時間をギリギリまで引き延ばすための、ファインプレーをここ一番で成し遂げて見せた。



ノトーリアスがエメラルドスプラッシュに構っている間も、早苗はその速度を追い越さない程度に螺子を放り続ける。



 確かにこれなら、スタンドも弾幕を介することなく、奴を攻撃できる…! だが、成功するのか…!?



迫り来るノトーリアスを目で捉えながらも、早苗を案ずる花京院。

彼女は二回で大丈夫と言っていたが、万一の際はフォローできるよう心構えをして、今は佇む。



そして、敵はエメラルドスプラッシュの全てを捕食し終えると、即刻、対象を切り替え―――なかった。



 何だ…!? どうして動かない!?



花京院の目の前で呆けているノトーリアスは動こうとする気配がない。早苗の方を窺おうにも敵の巨体に視界を阻まれてしまっている。


 終わった…? ついに仕掛けるのか……?


その時だった。

ノトーリアスがゆっくりと動き出し、花京院の視界も徐々に広がっていく。
そう、早苗の方へと向かっているのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 準備の準備ができました…! 後は……



早苗はゆったりと迫り来るノトーリアスを見据える。距離は十分。さらに歩みは愚鈍そのもので、今現在は脅威足り得ない。
だけども、少々不可解だ。早苗もナット・キング・コールもその場を動いていない。

彼女の動きと言っても、少しだけ荒れた呼吸を繰り返しているだけで、本来ならば探知されることはないはずである。


一体ノトーリアスは何の動きに反応しているのか。


  …コロン…ボ ト リ……


この音を聞いている存在はいないはずだ。

それほどまでにちっぽけな物が発した音。

とは言ったものの一寸の虫にも五分の魂。

それ、いや、それらが何を起こすのか。



 ……ッ! 一つ落とした……思った以上に、難しい……!



早苗は先刻より苦しそうに呼吸を荒げ、その振動が一筋の汗を重力へと捕捉させ、顔を走る。


 上手く、タイミングを、揃えることに……集中しないと…


早苗は思い描く、自らのイメージを。


だが―――



回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る



「あぐぁ…ッ痛ぅ!!」



―――早苗の頭に鋭い痛みが走る。痛みは一時的に彼女の平衡感覚を失わせ、大きくたたらを踏ませる。
それは当然ノトーリアスも同調して動くことを意味した。

何とか我に返った時、わずかだが敵に距離を詰めることを許してしまった。


 まだ、です。距離はあります…… これは…あくまで……確実に成功させるための、調整……段階的にやれば…


思考とは裏腹にその表情に余裕はない。
軋む頭に鞭を打ち、再び目を閉じる。五感を極力排除し、内なる精神の手綱を握り締める。


回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る


 ゆっくりと少しずつ、蛇口をひねる様に…


回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る


 くうぅうッ! まだまだぁ…!…もっと、もっとです!!


回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る



 急がなくては…! 花京院くんに誘導して、もらうわけ…にはいか…ない…! こっちが、持ち…ません……!



回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る



 まだ、終わらない…! これ以上は……増やせない…! 敵は…どこまで近づいて? 本当に成功するの? 花京院くんが助けてくれる? 失敗して……



回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る






 違う、そうじゃない! Lesson1『己の精神を支配しろ』 呼吸を整え、平静を保て!







回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る



 あの人はいない。だけど彼の言葉は私に勇気を与えてくれる。恐怖も不安も全て抱えて、この敵を乗り越える!



回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る回る





 スタンドのイメージを塗り替える! 『回る』んじゃあない!! 私の手で!! この意志で!!! 『回れ!』!!!!





回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!回れ!






 そして……『回れ!』と心の中で思ったその瞬間!! その時、既に…『完了している』!!!






全ての雑音が泡沫の夢のように消えた。

だが、確固たる事実は生き残るはずだ。

真の行動の末に広がる、この世界の真実だとしたら。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ゆっくりと目を開く。まず、最初に写ったのはノトーリアス・B・I・G。

距離は10m程度あるかないか、といったところか。

だがしかし、早苗の関心はそこになかった。おそるおそる、視線をある場所へとずらす。



偶然か、あるいは奇跡か、狙ったのだろうか。だが、それは丁度早苗とノトーリアスの最短距離を二分する位置にあった。



一筋の長く浅い大地の亀裂。


だがそれだけならば、どこにでもある些末な景色の一つに過ぎない。


問題はその割れ目から、何かが突出しているのだ。


螺旋状の溝が掘られた細長い円柱状の物体。



それは螺子。



数百は下らないであろうそれらは。


ある螺子は先端を上にして、ある螺子は頭を上にして。


ひび割れた大地とその周り突き刺さる形で、びっしりと敷き詰められていた。






 レッスンの成果の証を今ここで打ち立てて見せる! 見ていてください、プロシュートさん…!!





もはや、在りし人となったスタンドの恩師の姿を胸に、早苗は描く。徒手空拳の五芒星を。


一画。生憎とそこに意味はない。だが真意はそこにある。


二画。スタンドは自身の精神が物を言う性質を持つ、精神の具現。だから早苗は心で理解した。


三画。これから巻き起こす奇跡はスペルカードではなく、スタンドの力。だが彼女はこの軌跡に祈りを乗せた。


四画。無駄と言えばそれまでだが、魔を退ける文様は、確かに彼女の心を安らかなものへと導いていった。


五画。先のスペルカード然り、空間に描く五芒星然り、全ては奇跡へとつなげるための布石なのだから。












「―――『ナット・キング・コール』!!! 神の歩まれたその道を境目とし! この地を『分け隔て』!! 楔を『解き放て』!!

                                    番の大地を生み出すべく『分解せよ』!!!!―――」












ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!


百花斉放。地面に突き刺さった螺子のナットが狂ったように旋回し出す。

早苗の動きから既に動き出していたノトーリアス・B・I・Gはここでさらに疾駆する。

即座に最短距離のナットを喰らい付くべく跳躍した。





ガオンッ!! ゴッ ゴッ ゴッ ゴッ ゴッ ゴッ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ … … …





頭から突っ込み、その一口で外れた数十のナットや螺子を捕食するが、それでもなお飽き足らない。

なんと跳んだと同時に触手を引き延ばし、口では喰らいながら尚もその身に取り込まんとする。

恐るべき執念は外れた螺子とナットの全てを掴み取ることに成功させる。





   ゴ ゴッ ゴ ゴ ゴ ゴ ッ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ … … ゴァンッ ! ! !





そのまま地面へと着地――――――できなかった。





「GYHA!?」





頭を下に向け、無様に驚くその様はあるいは可愛らしいかもしれない。

降りるべき大地はもうそこにない。あるのは深淵のみ。

無重力に抱かれて、未知なる世界への旅路を待つだけとなった。





そう、早苗は大地に深い地割れを創り出すことが狙いだった。

ナット・キング・コールの『分解』の能力を利用して。

螺子をばら撒き、抉じ開けるための螺子のナットを一気に外すというもの。



開海『海が割れた日』を発動したのも、大地を二手に『分解』するためのイメージを築き上げる布石。

奇しくも『御神渡り』をモデルとするスペルカードが、大地に巨大な地割れを引き起こさせたのだ。



だが、この強大な敵が地の底に叩き付けられた程度で死に至るだろうか。

少なくとも早苗はこの問いの答えに対して、ノーであった。

何より御柱は未だノトーリアスが取り込んだままである。

奪還のために奮闘したのにこれではあまりにも本末転倒。

早い話、早苗はこのままノトーリアスを逃がすつもりは毛頭ない。

奇跡の成功に酔いしれることなく、彼女はジッとノトーリアスを見据え、機を窺う。

奈落へと歩み始めた敵が地平線から消える瞬間を―――

―――正確には、化物の尻尾のおまけとなった『それのみ』をこの大地へと残す間隙を。

狙いは一つ。更なる奇跡の軌跡に奇跡をおっ被せること。

奇跡を締めるのもまた奇跡の元にある。













「―――『ナット・キング・コール』!!! 汚れし殉教者の道を絶て! この地を『接ぎ当て』!! 今一度番を『妻合わせ』!!

                                        袂を分けし坤神を『接合せよ』!!!!―――」












ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!ギャル!



螺子のナットが悲鳴を上げ出し、蜘蛛の子散らすように旋回し出す。

あれで終わりではなかった。大地には未だ無数の螺子が打ち付けられており、ナットは螺子の頭を目指し駆け上がる。

それに呼応して、ばっくりと割れていた大地は瞬く間に閉じられていく。



「GYYYYYYYYYAAAHHHHHHHHHHHHHH!!??」



当然、二分した大地の間にいるノトーリアスを挟み込んで。

迫り来る大地に構ってしまっているせいか、地表に上がることも叶わない。

さらに、大地というあまりにも絶対的な不動の存在は、正に天敵。

体躯が完全に固定された瞬間、更なる悲鳴を上げる。





「GYYYYYYYYYYYYAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」





最初に血飛沫がバカみたいに飛び出す。噴水というよりは、間欠泉と言うべきほど驚異的な高さに打ち上げられるそれは凄絶と言うべきか。

さらには、モクモクと白い煙が狼煙のように天へと昇っていく。運命の奴隷が安息の地へと還るかのように。

そして絶叫する。










「GGGGGGGGYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!」










   ゾ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ ォ オ オ ン ン … … … … …



大地が閉じた時、そこは気に恐ろしい景色が広がっていた。



血の海と称すべき夥しい量の血液、弾幕と悪魔の蹂躙によって滅茶苦茶にされ血の海に浮かぶ向日葵、そしてその中心に立つ血に濡れた少女。



狂気的な絵画の世界に引きずり込まれたような光景。



それを眺めていた4名は、呆けたように佇む少女が駆け出したところで、これが現実なのだと引き戻されるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



早苗は花京院の元へ走り寄りながら、バシャバシャと飛沫を上げながら、大声で叫ぶ。



「…や……ややや、やりました~~~!! やりましたよ、私!!! ねぇ、どうですか!? ねぇったら、花京院くん!!??」



そして走った勢いに任せて花京院へと飛び付いた。早苗の華奢な腕が花京院の首に巻きつく。


「おぐぅえ…! こちやさん……ほんとうにじつにみごとでした。ぼくにはとてもできません。くるし…」

「もう! 心が込めてないですよ!! それそれっ!!」

「くびががぐぁ、おも…いからですよ。はやく…はなれって…くだ、さ……」


「その辺にしときなよ、早苗ちゃん? じゃなきゃ、花京院がぶっ倒れちまうぜ?」


二人が乳繰り合っている横から声が聞こえた。ポルナレフである。後ろにはジャイロと阿求も連れている。


「大丈夫とは思うが、ケガはねぇか? しっかし、あんな方法でやるとはな… ブッたまげたぜ……」
「お見事でした、早苗さん。本当にお疲れ様です。」

「えへへ、いやぁ、うふふ?」


称賛と労いの言葉に素直に照れる様子を見せる早苗。両名のおかげで花京院から腕を離してあげることに成功。
花京院は数度咳込むだけで、幸いにも事なきを得た。


「ほれ、花京院。おめえも早苗ちゃんに言うことあるだろうがよ?」
「急かさなくて結構ですよ、ポルナレフ。彼女の活躍ぶりは僕が良く分かっているんですからね。」


「そりゃあそうだな! お前が一番早苗ちゃんのことはわかっているんだもんなぁ~?」
「……誤解を招く発言はよしてください。何より彼女に失礼でしょうに…」


指で花京院をちょんちょんと突っつきながら、ポルナレフはニタニタと意地悪に笑う。
あくまで花京院は冷静に対処するが、そこに一人割って入る。





「そんなっ! 花京院くんなら私のこと、一番わかってくれていると思ったのに!?」

「東風谷さんも、です。 …悪乗りしなくていいですよ……まったく…」




一人で御柱の回収に向かった早苗は、血の海に物怖じすることなく、ズカズカと進んでいく。
足首が浸かる程度になったそこは、相変わらず向日葵の花が幾つも浮いており、不気味な空間と化していた。



「はぁふぅ………」



ため息交じりに二酸化炭素を追い出す彼女は一体何を不満に思うのだろうか。
感謝の思いを半分しか受け取ってもらえなかったからか。考えたくない事実を突きつけられたからか。慌てふためく花京院を見ることがでなかったからか。


 多分、全部なのよねぇ。 だってあの流れじゃないと、とても言えなかったのに……


早苗なりの混じりっ気のない素直なお礼だったのだが、如何せん花京院は義理堅いというか何というか。
仲間、友人という括りにおいて、彼は明確な線引きを求める男であった。そして、それは早苗とて例外ではない。

エジプトへの50日の旅そのものが彼の真っ当な友人が出来た日数なのを考えれば、それも少々致し方ない。
そんな彼だからこそ、彼女の思惑はあっさりと見抜かれてしまった。

別に彼女に彼と友人になる資格のない人間というわけではない。それならば、そもそもそんな義理堅さなど目に写りはしないだろう。
むしろ、その資格がある故の彼の態度、そう捉えるのが自然だ。

とは言っても、早苗からしたら自身に非があるのでは、と勘繰ってしまうものである。
生憎と幻想郷に彼の様な人種(妖怪も神もいるけど)は、なかなかお目にかかれないのも起因していた。


まったくもってお互い難儀なものだった。


 私、甘えちゃってるのかなぁ…… 『弱さ』か…


小さな自責の念は未だ掴めぬLesson4へと連想させた。そういえば先の戦いでようやっとLesson1を乗り越えられた感覚というか、胸を張って言えるような感じになった。


 これでようやくLesson1だもの。先は長くて遠い。もっと頑張らないとね…!


早苗は素早く気持ちを切り替える。うだうだしても何も始まらない。少なくとも今思い悩むことは彼女の中では『弱さ』と捉えたようだった。
それに別に花京院から拒絶されたわけでもないのだ。

気付けば、周りは血の海ではなくなっていた。ちょうどここら辺一帯が先ほど地面を抉じ開け、閉じた場所のようだ。
無理やり開け閉めしたせいで、ここの大地が盛り上がっているのだろうか。



「……と言うことは…? あ!? あった、あった!」



養分足り得ないそれはノトーリアスにとってもはや無用の長物だったのだろう。

ノトーリアス・B・I・Gの尻尾から飛び出ていた御柱は、頭から突っ込んでいった敵の身体と大地と挟み込むことで、見事救出されたのだ。

そんな御柱は早苗のすぐ近くを転がっているのが視界に入り、手を伸ばし掴み取る。ズシリとした手応えを感じ、何故だかホッとした。


むぅ…ちょっとみすぼらしくなっちゃいましたねぇ……


しかし、一時的にでもノトーリアス・B・I・Gに取り込まれたせいなのか、虫食いチーズのように所々溶けているのが見て取れた。


いえいえ、すこ~しだけ軽くなった気がしますし…うん、軽量化に成功したということで良しとしましょう。


中々前向きな考えで一蹴してしまう早苗であった。
目的を果たした彼女は回収した御柱をエニグマの紙に仕舞う、ではなく、唐突にそれを両手で天へと大きく振りかぶる。





「それっ!」





そのまま円柱で言う底の部分を地面へ向けて、思いっきり振り下ろす。育ちの良い地面は思いの外あっさりと、御柱が自立する程度に突き刺さった。



今度はその場から一歩下がり、御柱へ向けて頭を垂れる。90度きっかりと。

2秒ほどして頭を上げると、もう一度同じように頭を落とす。

再び頭を上げると、目の前まで両手を叩き合わせる。パンパンと小気味いい音が響く。

最後にもう一度、下半身に対して直角になるように上半身を傾ける。

『二拝二礼一拝』という、神社に参拝する作法、あるいは神遊びの始まりの挨拶だ。

尤も、最近は一々堅苦しいと苦言を呈されたので、執り行うことはすっかりなかったのだが。


 そういえば、幻想郷に来る前は良くやってましたねぇ…


信仰が廃れ、神奈子と諏訪子の存在が危ぶまれた結果、早苗以外からは視えなくなってしまったあの頃。

神社に訪れて『二拝二礼一拝』をすれば、幼き日も、幻想郷に来て間もない日も、どこからともなく二人が来てくれたというものだ。

早苗たちが幻想郷に行き付いた後も行き付く前からも存在する確かな風儀。

目の前にそびえ立つミニチュアサイズの御柱もまたそうだ。

守屋神社ごと越してきた彼女にとって、貴重な幻想郷と外の世界が地続きとなっている代物と言える。


だからこそ、この戦いの勝利と、新たに固めた決意の報告に御柱を打ち立てたのだった。


 神奈子様……貴方を必ず止めて見せます。花京院くんと一緒に、です。それまで待っていてください。


ゆったりと目を伏せ、すっかり離れてしまった相手のことを静かに想う。

改めて胸に灯す確かな願い。それは勝手に着いて来たと自称する堅物な彼と共に、仕える一柱の凶行を止めて見せるというもの。



「さあて、行きましょうか!」

快活な声を合図に、神妙な表情を脱ぎ捨て眼に明るい光を灯す。
まずは目の前の御柱を引っこ抜くべく近づくと、両腕をグルリと回して足を踏ん張らせる。


「むむ!? 思ったより深く突き刺さってるみたいですね!? ふぅーはぁー…ふんぬぬぬぬぬぬぬ!」


御柱は地中深くに埋まっていたのか、中々地表へと顔を出さない。

地面に埋まった大きなモノを引っ張り出す。これではまるで『おおきな―――



 うーん、花京院君たちにも手伝ってもらわないといけないかしら?



―――かぶ』って、ますますそれっぽくなっていくからやめなさい。

当然カブではないので、あえて言うなら『おおきなおんばしら』か。いや、御柱そのものは小さくされているから『ちいさなおんばしら』か。

ここは元ネタの『おおきなかぶ』の対となるよう『ちいさなおんばしら』の方がおあつらえ向きだろう、うん。……極めてどうでもいいが。

などとこちらが遊んでいる間に彼女の方に動きがあったようで。結局、自力で引き上げることにしていた。

まあ、自分で埋めた物が取り出せませんでした、と言うのは少々恥ずかしいのだろう。


「もう、ちょっと…で、取れ、そうですね……って、あれ、れ?」


あと一息で引っこ抜けそうというところで、早苗は気付く。

力強く踏ん張っていた両足が足首ほどまで埋まってしまっていたのである。







うん、と首を傾げ、やがてその重大な事実に絶望し、声を上げた。







「いやいやいや! わわ私は重くないですよッ!! さっきも言ったでしょ! ダイエットに成功してですねぇ―――」







勝手に弁明する彼女のことは他所に置いておこう。

おそらく、あの悪魔が降らせた大量の血が染みこんだせいで、ここら一帯がぬかるんでいるのだろう。



しかしまあ、見事にずっぽり収まったものである。足首は埋まってしまったが、果たして抜け出せるのだろうか。



某九代目サヴァンが見た日には、これぞまさしく動かぬ証拠、と上手いこと言ってくれるだろう。





「もう! こんなところサッサとおさらばしますよッ!!」





結局、御柱は完全に抜けていないのだが、デイパックからエニグマの紙を取り出す。

ただ努力と失態の甲斐あって、殆ど地表に上がったので、このまま仕舞おうという魂胆なのだろう。

最初っからこうしていれば良かったなどと、ぶつくさぼやきながら紙を開封する早苗。





斯くして、御柱を回収した彼女は花京院らの元へと合流するべく、まずは泥に埋もれた足首をどうにかするのであった。





TO BE OF GOOD CHEER … … … !

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最終更新:2021年08月26日 16:55