第060話 Men in Black ◆SzP3LHozsw
何処とも定かでない場所を、千秋は太尊を求めて彷徨っている。
空は相変わらず暗く、一向に明け覚める気配はない。
夜の湿った空気を嗅ぎながら、千秋は一人不安になっていった。
「前田くん……」
こんなとき、いつもなら太尊が真っ先に飛んで来てくれる。
どんな場合でも、どんな相手でも、何かあれば必ず太尊がやって来て、文字通り捨て身で千秋を守った。
それは不器用な太尊なりの愛情表現であり、千秋が太尊を身近に感じられる瞬間でもある。
普段素直でない太尊が、ほんの一瞬見せる、千秋への本音なのだ。
が、その太尊が今は一体何処に居るものか……。
所在が掴めないどころか、その安否さえわからないという始末。
一人きりというだけでも不安で堪らないのに、これでは千秋は生きた心地がしなかった。
「――――神は偉大だ」
そんな声が聞こえてきたのは、泣き虫の千秋の瞳に涙が溜まり、もう少しで溢れるという頃だった。
千秋は見た目にもわかるほど極端に肩を強張らせ、身を避けるようにして恐々と声のした方を振り向く。
その声が、太尊や、小平次、中島、ヒロトといった面々のものではないと、千秋はすぐに気付いている。
涙で翳む千秋の眼に、清潔感のあるスーツを纏った男が棒のようなものを手にして佇んでいるのが映った。
「神はこの世の悪を取り除いてくれる。神は偉大だ」
男は震える千秋に言うでもなく、一人ごちるように続ける。
恐怖と困惑とで、千秋は声も出せなかった。
「この世に悪など必要ない。……いや、あってはならない。正義こそ全て」
呟きながら、男が一歩一歩近づいてゆく。
この得体の知れない男を前に、もはや千秋は動くことさえ忘れてしまったかのようだった。
足を動かなくしてしまうような畏怖の如きものが、男の周りには漂っていた。
「貴方は、神の存在を信じるか?」
初めて、男が千秋の存在を認めた。
すっと通った鼻筋に乗せられた黒縁の眼鏡を向こうから、明らかに千秋に視線がむけられている。
鋭いが、何も期待していないかのような眼。
案の定男は千秋の返事を待つことはなく、更に言葉を続けた。
「私は信じている。神を……キラを……。
神は本当に居るんだ。悪を許さない、正義の神が」
もう千秋は男が何を言ってるのか理解していなかった。
神だとかキラだとか、そんなことは耳にすら入っていない。
千秋の意識はただ一点にだけ集中されている。男の手にしている棒に。
それはただの棒ではなかった。
先に肉厚の刃をつけた、闇の中でも黒光りのする斧であった。
男がその斧をどう使うのか、千秋の頭はそのことで一杯になりつつある。
(逃げなくちゃ……!)
直感――と言うより本能の如きものが、千秋の中に沸き起こっている。
今は太尊が居ない。近くに助けを呼べるような人も居ない。
居るのは訳のわからないことを口走る斧を提げた黒ずくめの男だけ。
となればこの島の状況を考慮に入れずとも、当然ここは逃げるという選択が妥当なはずなのだ。
だが、動けない。
男の猛禽類を思わせる冷たい眼光と雰囲気が、千秋が動くのを封じていた。
「私は選ばれたのだ、その神に。お前ら悪人を裁く側の人間として、神は私を指名した」
千秋がハッと我に返ったときには、男は数歩の距離に迫っていた。
すうっと、男が斧を千秋の鼻先にかざす。
岩をも砕きそうな頑丈な鋼から、確かな生臭さが立ち昇り、千秋の鼻腔を強く刺激した。
千秋はこれまで以上の恐怖を感じ、固く眼を閉じ、俯き、そして震えた。
しかし、男は容赦を見せない。
声こそ荒げはしなかったものの、言外に嫌悪と苛立ちを籠めながら、怯える千秋を問いただしに出た。
「さあ、名前を言え。自分の名前を言うんだ。神は貴様ら悪人の名を知りたがっている」
そう言われても、千秋は声を出せない。
口はからからに渇き、喉は貼り付けたようにぴったりと塞がっていた。
「言え。お前の汚らわしい名を、私に教えるんだ」
「ご……ごめん……なさい……」
擦れた声でそれだけを言うのが精一杯だった。それ以上、言葉が出ない。
千秋は男の威圧感にすっかり気圧されてしまうと、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
「罪人め、口が利けないのかッ!」
男が益々苛立ちを露わにする。
すると千秋の怯え方も男の苛立ちに合わせて大きくなっていった。
まるで悪循環だった。
と――。
ついに堪忍袋の尾を切ったのか、男が手にしていたものを頭上に振り上げた。
瞬時に緊張が高まる。
「言わねば、削除だ」
不必要なデータを消去するとでも言うような、事務的とも取れる冷徹な言葉が、震え続ける千秋に吐き掛けられた。
千秋の感じる恐怖も、それでピークに達した。
千秋は地面の土を掴むと、それを男の顔に投げつけていた。
考えての行動ではない。恐怖がそうさせたのだ。
男はまさか千秋がそんな強攻に出るとは考えていなかったのだろう。千秋の投げた土塊を、まともに顔面に受けた。
男が一瞬怯む。
手で顔を覆い、眼に入ったであろう土や砂を甲で擦って出そうとしていた。
そこに隙ができた。
千秋はその僅かな隙を衝き、男の横をすり抜けて走り出した。
「く……! 愚かな真似を……」
眼をしばたたかせながらも、男はもう体勢を立て直している。
すぐに千秋の追跡に出た。
追う者より、追われる者の方が不利なのは自明の理だ。
ましてや身体能力からして違う。
当然のように千秋は追いつかれ、肩を掴まれ地面に引き倒されていた。
「遊んでいる暇は私にはない。手間を掛けさせるな」
そう言って、男は千秋を仰向けにさせ、その細く尖った顎を掴む。
嫌々をする千秋の抵抗を荒々しく押さえ込み、真っ直ぐ上を向かせた。
「言ってわからなければ、こうするまでだ――」
男は千秋の両の瞼の上に、長い指を置いた。
* * *
「どうかしましたか、冴羽さん……」
彼方を睨み、じっと聞き耳を立てていたリョウに、春香が怪訝な面持ちをして訊ねた。
潮の臭いが濃くする海沿いの道でのことである。
リョウは春香に問われたあとも虚空に視線を据えることをやめず、しばらく同じ姿勢のままでいたが、
やがて顔を振り向けると、「少しより道をしなければならなくなったようだ」と、真剣に言った。
春香は何のことか意味がわからなかったが、理由を問う前にリョウが走り出したので、その後を必死で追うしかなかった。
リョウの足は速い。
ある程度春香に合わせて速度を緩めてはいたのだろうが、
それでも春香にしたら視界にリョウの背中を留めておくのが精々であり、それ以上離されまいと懸命に追い縋る。
春香は軽く腹が立たぬでもなかった。
日々野や一条を捜してくれる約束はどうなったのか? そう思わぬでもない。
寄り道している時間が春香にはないのだ。
だが、リョウの態度が異常だった。明らかに何かを感じ取っている。
(何かあったのかしら? もしかして、日々野くん達に……!)
そんな予感が春香の胸を締め付ける。
リョウに腹立たしさを覚えるより前に、懸念の方が勝った。
いつの間にか消えてしまったリョウを求め、春香も闇に白衣をひるがせた。
* * *
倒れている少女。斧を振りかざす男。
流れる血。血のついた指。
少女の嗚咽。苛ついた男の表情。
この僅かな情報からも、どういう事態にあるのか、リョウにも自ずと知れた。
経緯まではわからない。
しかし男が少女を手に掛けようとしてるのだけははっきりしていた。
そして、リョウにはそれだけで充分だった。
「大の男が女の子相手にこんなことをするとは、あまり感心しないな」
あくまで冷静に、リョウは言う。
リョウにとってこういう修羅場は手馴れたものだ。怒りや感情に任せて動く愚を心得ていた。
冷静さを保ちながら男を観察し、そして距離を測る。
斧の刃圏を見定めると、リョウは少女のところまで行き、そっと抱き起こした。
「もう大丈夫だ」
言って眉をひそめる。
眼の周りが血で濡れていて、傷元がよくわからなかった。
「冴羽さん……!」
そのうちに春香が息切れをさせて追いついてくる。
どうやら離されまいと必死に追ってきたようだった。
春香も一目で状況を把握したらしく、少女を抱くリョウの元に走り寄った。
「……酷い」
春香がキッと斧を持つ男を睨む。
男は平然とした様子でその視線を受け流していた。
黒いスーツに黒いネクタイ。黒縁の眼鏡を掛け、斧を手にした姿。
その冷酷なその佇まいは、まるで大鎌を持った死神そのものだった。
「あなたが……あなたがやったのね!?」
「だとしたら、何だというんだ」
「だとしたらって……!」
「春香くん、よせ」
リョウが男に食って掛かろうとする春香を手で制す。
「それよりこの娘を」
リョウは抱いていた少女をそっと春香に託した。
少女は怯えきってしまったのか、それとも他に傷を受けていたものか、
はたまたリョウと春香が来たことに安心したのか、ともかくリョウの腕の中で気を失っていた。
「この男の相手は俺がする。君は手当てをしてやってくれ」
有無を言わせぬ響きがあった。
表面上は冷静さを装っていても、リョウも相当腹に据えかねていた。
「未来のもっこり美女を傷物にした代償は重いぞ。覚悟するんだな」
黒服の男にリョウは対峙した。
【H-09/平野/一日目・午前4時半ごろ】
【男子13番
冴羽リョウ@CITY HUNTER】
[状態]:健康
[装備]:特に無し
[道具]:支給品一式(
ランダムアイテムは不明)
[思考]:1.眼の前の男を倒す
2.あわよくば春香ともっこり
3.春香を守る
4.香、冴子、海坊主を探す
【女子15番
山ノ上春香 @BOY】
[状態]:健康
[装備]:特に無し
[道具]:支給品一式(ランダムアイテムは不明)
[思考]:1.千秋の介抱をする
2.日々野や一条を探す
3.リョウについて行く
【女子08番
七瀬千秋@ろくでなしBLUES】
状態:眼を負傷(傷の程度は不明)、気絶
装備:なし
道具:支給品一式 弾丸詰め合わせ(※数や種類は不明)
思考:1.太尊との合流
【男子35番
魅上照@DEATH NOTE】
状態:軽い興奮状態
装備:斧
道具:支給品一式
思考:1.キラを崇拝
2.全参加者への裁き(殺害)
3.主催者への裁き(殺害)
最終更新:2008年02月13日 20:12