第048話 天測終了 ◆AAxoi1ysvg


 数学ではなく、算数と書かれたジャポニカ学習帳を手に取り、Lは表紙を引きちぎる。
 表紙の裏側の白い部分に、円を描く。コンパスの針を使い、円弧に沿って丁寧に穴を開けていく。
 円状に作った点線は切り取り線だ。これを使って紙を切り取り、さらに直径に一本大きな線を引く。
 仕上げに円の真ん中に穴を開け、そこに電灯から引きちぎった吊るし糸を通せば、簡易高度計の完成である。
 Lは自作高度計と分度器を使って北極星の高さを測った。
 北極星の高ささえ分かれば、その高さがそのまま現在地の緯度になる。
 続いて、経度の測定。
 北極星のほか、いくつかの天体の高度を測定し、さらに正確な時刻が分かれば経度を測定する事が出来る。
 Lは懐中電灯を片手に、腕時計の時刻を確認する。
 ふと、ここでLの手が止まった。この腕時計は正確なのだろうか。
 天測計算で必要とされる精度は、別に電波時計並でも、原子時計並でもない。
 数十分の誤差があっても、ある程度の位置を確認する事ができる。
 だが、それ以上の誤差があった場合はどうだろうか……

 と、考えて止めた。

 考えたところで仕方がない。時計の誤差など、こんな所で確認できるものでもないだろう。
 今は信頼して、天測計算を行うほかないのだ。

  数分後。

 子供用の勉強机には、角砂糖が賽の河原の石のように積み上げられた。
 傍らのノートには、オイラーの公式から導いた三角関数のマクローリン展開が書かれている。
「角砂糖が置いてあって助かりました」
 天測計算の理屈に難しいものは何一つないが、計算そのものは非常にややこしい。
 単純計算ここに極まれり。通常、三角関数の計算は電卓でやるものだ。マクローリン展開から手計算したのは何時以来だろうか。
 ともかくも、数分間のノートとの格闘の結果、角砂糖の助力を得てLは沖木島の緯度経度を知った。
「なるほど、ここですか」
と呟きながらノートを見つめる。
 この情報は、いつ役に立つだろうか? いや、役になんて立たないかも知れない。
 けれど、やっと手に入れた貴重な情報である事に代わりない。
 これを活かす方法は次の行動をとりながら考えるとして、とりあえず仕舞っておこう。
 Lは島の位置をメモした紙を無造作にポケットに詰め込むと、次の目的地へと移動を開始する。
 彼が考えた目的地は沖木診療所。
 本当は北に向かって銃声の正体を確認したかったが、準備の整わない状態で赴いても無駄死にするだけだ。
 それよりは、島の公共施設を確認し、情報収集に努めたほうがいいだろう。
 それに、診療所ともなれば少しばかりの医療器具が置いてあるかも知れない。
 そう考えて、Lは行動を開始する。
 ちなみに、彼は移動前に台所から少しだけ角砂糖を拝借していた。
 これがあれば百人力。鬼に金棒、Lに甘いもの。
 まぁ、これも正義のためだ。名も知らぬ民家の住人には申し訳ないが、協力には心から感謝しておこう。

「今のところ……」

 Lは子供部屋を出て、階段を下る。

「私は全くの無力です」

 玄関を出て、子供用のMTBを未練のこもった瞳で見つめる。だが、あえて放置。

「ですが、私は負けません」

 MTBを放置した理由は、自転車より徒歩の方が行動範囲が広くなると考えたからだ。

「正義は必ず勝ちますから」


 海からそよぐ風は、氷川村の家々に遮られてLまでは届かない。潮の匂いだけが、Lに海の存在を感じさせる。
 島の位置から考えれば、つい最近までここには漁師たちが暮らしていたのだろう。
 けれど今はもはや、誰も住んでいない。いや、誰も住めない。
 ふと、風を遮る石塀に目をやると、その材質は墓石のようにも見えた。
 自分が名探偵でなければ、『幽霊怖い』などと言って脅えているだろうか。

  いやいや、それ以前に。

 墓石のような石塀に囲まれ、目の下にクマを作った男が一人、猫背でペタペタ歩いている。
「弥さんが見たら、なんて言いますかね……」

【I-6 南側車道/一日目・午前3時00分ごろ】
【男子06番 L@DEATH NOTE】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※ランダムアイテムは不明)コンパス、懐中電灯、角砂糖(数十個)
思考:1.情報を集める。
  2.犯罪を停止させる。
  3.生還する。
  4.沖木診療所に向かう。

※沖木島の位置は次の書き手さんに任せます。
 分度器は不要と考えて部屋に放置しました。


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届いた銃声 L 名探偵はため息をつく

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最終更新:2008年02月11日 14:58