第074話 最優先事項(後編) ◆7NffU3G94s
「な……っ?!」
信じられない目の前の光景に、香は一瞬呼吸することすら忘れてしまう。
先ほどまで喧しく喚いていた少年の口から放たれていた声は消え、背面から倒れ行く彼を追う様に赤い軌跡が宙を伝った。
すぐ近くから聞こえた、香にとっては少し身近な暴音が原因だろう。
では、その音の出所はどこなのか。
香が視線を動かしたのと、飄々とした表情の少年が面倒くさそうに呟いたのはほぼ同時であった。
「あー、五月蝿かった」
越前は銃弾を撃ち放ったと思われる姿勢のまま、ふーっと一つ息を吐いた。
彼の手にする銃の銃口からは、弾が放たれた証とも呼べる白い煙がもくもくと上がっている。
「初めて撃ったんだけど、結構当たるもんなんだね」
腕、まだ痺れてるやと自分の体を確認している越前の姿に、香は戦慄く自分の感情を止めることが出来なかった。
「あんた……何をしたか、分かってるの?!」
怒りに震える香の声、眉一つ動かすことなく越前はそれを流す。
そしてすっと、ごく自然に。
越前は銃口を、今度は香の方へと移動させた。
香はいまだ、あかりと共に腰を地に落ち着けた状態にあった。
今の彼女に、越前のそれから逃げられる術はない。
それに今香が大きな動きを取ってしまったら、あかりにまで被害が及んでしまうかもしれなかった。
少女だけは助けなければという、香の確固たる方針に変わりはない。
そうなると為す術がない香は、見下してくる越前の冷たい視線と真っ向から対峙し続けるしかなかった。
「でさ。ラケットとボール、どこで見たの? 教えなよ」
最初、香は越前の問いが何のことなのか分からなかった。
それは越前が香とあかりの目の前に現れた際一番に行った質問ではあったのだが、その意図が伝わっていない香からしてみれば思い出すのにも時間のかかる事柄だろう。
「さっきの見たでしょ? 俺、本気なんだけど」
そう言って銃をちらつかせる越前の様子から、香は彼の押し付けてくる事の重要性を想像するしかない。
どう答えたらいいものか、香は考えあぐねていた。
解答自体は香自身に支給された物がそれだったということで、既に彼女は所持している。
だが、ここで簡単に真実を告げてしまっていいものか。
香の女の直感が叫ぶ、切り札を見せるのはまだ早いとそれは必死に訴えていた。
視線を下げ一つ深呼吸をし、香は早まる鼓動を落ち着かせようとする。
それでも喉には震えが残り、口を開いてもどもってしまいそうな現実に香は脳内で苦虫を噛み潰した。
ここで押し負けるわけにはいかない、守るべき少女のためにも。
それだけを思って、香は再び顔を上げる。
変わらない様子の越前は、やはり変わらない絶対零度の眼差しを香に送り続けていた。
香は負けじと、見つめ合う越前から視線を逸らすことなく小さく口を開く。
「し、知らないわ」
「嘘。さっきの顔は知ってる顔だったし、答えようとしてたじゃん」
ぴしゃりと言ってのける越前のそれが真実なだけに、香は何の反論もできなかった。
香の無言の肯定に更なる確信を抱いたのだろう、越前の行動が大胆になる。
「あのさ、俺急いでるんだ」
溜息混じりのその声色には、苛立ちとも思える気だるさが含まれている。
ずいっと身を乗り出した越前は、そのまま香を逃がすまいと態度で表すかのように改めて両手で銃を持ち直し、しっかりと彼女の目の前で固定させた。
「それとも、今持ってたりして」
嘲笑と共に吐かれた越前のそれに、香の頬がピクリと引きつる。
まずい。こんな簡単なかま賭けに乗る訳にはいかないと、香はポーカーフェイスを慌てて装った。
幸い越前にはばれていないようだった、しかしそれも時間の問題かもしれない。
あかりを崖から引き上げた際もしょったままだった肩から提げているデイバッグ、その存在感が香の中で一層増す。
これ以上詰問を受けるのは得策ではない、それではどう打開するか。
香は、一か八かの賭けに出た。
「……ここには、ないわ」
呟きは平坦で、そこから何らかの感情を読み取るのは難しいかもしれない。
香のそれに越前の瞳がすっと細まる、真実かどうかを見定めているのだろう。
まじまじと探るように見やってくる越前の視線に、香は無言で耐えた。
「どこ? 場所は?」
香の想像以上に、越前はあっさりと彼女の話に乗っかってきた。
その簡潔さこそが越前の固執する背景なのかもしれない、ならばそれを利用するまでだと香も覚悟を決める。
挑発とも取れるくらいの小さく笑みを浮かべながら、香は答えた。
「教えない」
「……はあ? あのさ、自分の立場分かって言ってるの?」
上から目線の馬鹿にしたような口調が、少年の年相応さを醸し出す。
そして一気に不機嫌さを増したそれこそが、香の狙いだった。
「言わないなら、私を撃つって言うの? 殺すって言うの?
それなら私は、絶対にラケットの在り処を言わないわ。いいの? 急いでいるんでしょう?
私以外の伝手、あるの?」
これは、香なりの精一杯の駆け引きだった。
所詮大人と子供では懐の大きさが違う、このようなやり取りでも余裕を持った対応をすれば言い負かすことができるという考えが香にはあった。
実際、これで越前の堪忍袋の緒は切れかけた所までいったかもしれない。
銃を向けているにも関わらずこんな態度を取られ、越前のプライドは大層傷ついたろう。
だがこのような子供に負けること自体が、シティーハンターの相棒である香自身のプライドも許さなかった。
伊達に修羅場は潜っていない、香は自分を信じ越前の出方を待った。
香の、その人をおちょくるような意味の含まれた台詞への越前の答は、正にストレートとしか言いようがなかった。
一発の銃弾が香の頬を掠っていく。一歩間違えば死に至らせることができるというそれに、何と度胸のある子だと香は感心さえ覚えた。
後方からあかりが漏らしたと思われる小さな悲鳴が香の耳に入る、しかしここで振り返ることはできないと心の中で謝罪しながら、香はそのまま真っ直ぐに越前を見やった。
焼けた頬肉は、ヒリヒリとした軽い痛みを香に訴えている。
幸い掠ったといっても本当に微妙に触れた程度だったらしく、大きな怪我にはなっていない。
顔色一つ変えない香に対し、越前も銃を撃った姿勢を解くことなく佇んでいる。
睨み合いは、終わる気配を見せなかった。
そんな中、香は揺らぐことのない意志の強さを匂わせるかの如く、越前にぴしゃりと言ってのける。
「無駄よ。絶対、言わないわ」
香には自信があった。
それこそ攻撃的ではなかったものの、香はつい先ほどあかりとこのような問答をしていたのだ。
しかも切羽が詰まっているという意味では守るべき対象が相手ということもあり、先ほどの方が香からすればやり難さは随分と強かっただろう。
所詮、越前のこの程度の力押しには限界がある。
鍵を握っているのが香の方ということもあり、それも彼女にとっては一つの余裕となっていた。
脅しだろうが何だろうが、現状を耐えきれる自信が香にはあった。
……そして彼女の予測通り、先に根負けしたのは越前の方であった。
「分かった、ちょっと待ってて。……逃げたら容赦しないから、そのまま動かないでよ」
一つ大きな溜息を吐き、越前が銃を下げる。
そのまますたすたと歩いていく後姿を追いかけると、彼が彼自身で撃ち殺した少年の元に近づいていることに香は気がついた。
……しゃがみこみ、黙って少年の荷物を漁る越前の仕草から「ちょっと待ってて」の意味がこれだと理解した香は、チャンスは今しかないと急いであかりの方へと振り返った。
「大丈夫? もう怖くないからね」
優しく声をかける香だが、それに対するあかりからの返事はない。
舌打ち一つで怯える少女だ、精神的にもかなりの疲労が溜まっているだろうという憶測も香の中では初期の段階で立っている。
だが、今しかチャンスはなかった。
あかりだけでもこの場から逃がしたい、せめてもの香の願いである。
チラチラとこちらを盗み見ている越前に隙という隙があるという訳ではない、二人一緒にこの場から逃げることは難しいだろう。
それこそ越前が発砲してきた時、香はともかく流れ弾があかりに当たってしまう可能性という物を香は一番恐れていた。
ならば、せめて彼女だけでも安全な場所へと。
自らが囮になるのは構わない、この幼い少女だけでも逃がしてあげたいというのが香の出した優先事項だった。
「逃げて、今のうちに。早く!」
小声で早口に捲くし立てる香、だが焦点の合ってない少女は香がどんなに肩を強く揺すっても反応を返そうとしない。
ただガクガクと大きく上下する頭はまるで人形か何かのようだった、そんな錯覚を香が覚えたところで時間は切れることになる。
「何してんの?」
後方からの声。
聞き覚えのある少年の声。
ああ、間に合わなかったと。
香には、そうとしか取れなかった。
それだけだった。
苦い思いが広がっていくが越前に悟られるわけにはいかない、香は振り返り、再び凛とした表情を浮かべ直し改めて越前と目を合わせた。
越前はと言うと香の内心を知らずか不思議そうに彼女を見やった後、今気づいたかのようにあかりにも視線を這わせる。
そのまままた銃を構えてくる越前の様子、香は驚き表情を強張らせた。
「そう言えばさ、あんたがラケットとかの場所知ってるならこいつはいらないよね」
「だ、駄目よ駄目! この子に危害を与えてみなさい、死んでもラケットの場所なんか教えないからね」
「……ちぇっ」
慌てて間に入ってくる香に不平を漏らす越前だが、半分冗談でもあったのだろう。
香の行動は読めているといった風に、越前は簡単にあかりから手を引いた。
(……さて、これからどうするかが問題ね)
越前の方は既に支度……と呼んでいいものか難しいが、とにかく佇まいを整え終わっているようだった。
香がその存在自体に恐れたイングラムは、今彼の手元にはない。どうやらデイバッグの方に仕舞っているらしい。
越前の両手はズボンのポケットに入ったままだ、先ほどと同じようにその中に銃が入っているのだろう。
無言で香を見やってくる越前の視線には、「早くラケットとボールの在り処に案内しろ」という意味が込められているのかもしれない。
香はそれに答えるように、いまだ放心したままであるあかりの手を取ってゆっくりと立ち上がった。
その間も、越前の無言の重圧が止むことはない。
細かくこちらの様子をチェックしていることから、油断の類はできないだろう。
(前田君、ごめんなさい)
約束の時間に、結局香は間に合わなかった。
しかもこんな状態で今から学校に向かっても、まだ皆がその場にいた場合迷惑をかけてしまうだけだろう。
香が彼等と再会するための絶対の状況というものは、なくなってしまった。それが歯がゆく、香は仲間達に心の中で謝り続けた。
(つかさちゃんも虎鉄君も、ピヨ彦君も鈴音ちゃんも……え、あれ? 鈴音ちゃん?)
そう言えばと。ふと、小さな疑問が香の中に沸き上がる。
鈴音。
滝鈴音。
くるくると変わる明るい表情に、スケートでのオーバーアクションから揺れる黒のショートカットが印象的な少女だった。
彼女の名前は第一回目の放送にて、確かに川籐によって呼ばれている。
しかし当時あかりと対峙していた香は、放送自体を流し聞いていたような状態だった。
冴子の名前が上がったことは、香も覚えている。
野上冴子。このような条件の時ほど頼りになる女性が、どのような目にあったかなど香には分からない。
だが呼ばれたのは事実だ、つまり冴子は亡くなっている。
それでは、鈴音はどうなのか。
(鈴音ちゃん……まさか、ね。あんな元気な子が、そんなはずないわよね)
自分に言い聞かせる香、今の彼女にそれを確かめる術はない。放送は既に過ぎている。
しかし一度芽生えてしまった疑問は彼女の腹の底から抜け出す気配もなく、重い存在感をアピールしながら香にストレスを与え続ける。
(この子には、難しいわよね)
手を繋いでいるあかりの様子は相変わらずで、色を失った瞳にも変化はない。
刺激しない方が得策だと思い、香は一か八か越前へと声をかけた。
「え、えっと、君!」
香と越前はまだ自己紹介を行っていない。
それを言うならばあかりもなのだが、とにかく何て呼べば分からず、とりあえずは伝わるであろう敬称を用いて香は越前へとコンタクトを図った。
「何?」
「あの、行く前に一つだけ教えて欲しいことがあるの」
越前は無言で香の出方を待っている。
それを肯定と受け取り、香は自分の疑問を越前へとぶつけた。
「さっき、放送があったじゃない。それで、『滝鈴音』って子の名前が呼ばれたかどうか知りたいんだけど……覚えてるかしら」
「呼ばれたよ」
「え?」
「だから、呼ばれたって」
それがどうしたとでも言いたいような軽さで、越前は答えてきた。嘘をついている気配はない。
……香の心が沈む。嫌な予感が当たったものだと、香は悔しさで目元を歪めた。
一体彼女の身に何があったのか、それこそ同行していたピヨ彦は大丈夫なのか。
……いや、そんな何があったか分からないような場所に向かわせてしまって、前田は大丈夫なのか。
香の中、グルグルと様々な思考がせめぎ合う。それを突破することができる状態でもないことが、香は歯がゆくて仕方なかった。
そんな香に越前は告げる。
今彼に浮かび上がっている表情は、小悪魔に他ならない、いや。
小悪魔だなんて。そんな、可愛らしいものですら、ないかもしれない。
「ふーん。あんた、お姉さんの知り合いだったんだ」
その『お姉さん』という呼称は、香に当てられたものではないだろう。
今まで越前が香に対しそんな呼び方をしたことがなかったからだ。
それに、その『お姉さん』が香だった場合、繋がらないのだ。脈絡が。
会話の脈絡が、繋がらなくなる。では、誰なら繋がるのか。
ショックで俯いていた視線を上げた香の視界に、にやにやと意地の悪い笑みを湛えた越前が映る。
少年のそれは、構えていた悪戯に見事獲物が命中した様を語っているようにも見えた。
「……あんた、鈴音ちゃんを知ってるの?」
恐る恐ると、香は口を開く。
そんな香の疑問に、越前は笑みを崩すことなく即答した。
「知ってるよ。だって、あのお姉さん殺したの俺だし」
あまりにも軽かったからか、香は越前の言ったそれがどういう意味かすぐの理解が出来なかった。
だからこそ、理解できた際の香のショックは大きかっただろう。
頭が真っ白になる予感、突然の偏頭痛に吐き気さえ込みあがってきた香の顔面は蒼白だった。
だが、それに反応し彼女の身を心配する人間はここにはいない。
手を繋いでいるにも関わらず、やはりあかりは何の反応も返して来ない。
越前はと言うと鈴音と香の関係でも察したのか、さらに香の傷を広げようとさりげなく件についての追求をしてくる。
「まあ、直接俺がやったって訳でもないけど……それが、どうしたの?」
本気の怒りが込められた鋭い眼差し、香はここで初めて攻撃的な視線を越前へと送った。
許せるはずがない、あんな可愛くていい子が何故殺されなければいけなかったと、享受する訳にはいかない事実に香はただただ腹を立てていた。
怒りで握られた拳、あかりと手を繋いでいない左手を香は力いっぱいで固めていた。
「何? っていうか、そんなのどうでもいいからさっさと道案内してくんない?」
憎しみでこの少年をどうにかできたら、しかしそんな香の直情など今や何の役にも立たない。
むしろ越前の機嫌を損ねてしまえば、状況を悪化せざるをえないだろう。
火種にしかならないのだ。
隣にはあかりがいる、手を繋いでいるものの一向に香の手を握り返して来ない彼女がいる。
ここに来て香は、今まで時間を共にしてきた仲間達の存在の大きさを改めて実感した。
「あ、そうそう」
香が大きな溜息をついた所で、いきなり越前が距離を詰めてくる。
何事かと体を体を強張らせる香の目の前、越前はそのまま何食わぬ顔でがさごそと自身のデイバッグを探り、ある物を取り出した。
「逃げられたら困るからさ。これくらいはいいよね?」
「……何する気?! 馬鹿、やめ……っ」
香の叫びが終わる前、機械的な越前の作業はあっという間に済んでしまった。
器用なものだった。その鮮やかな手際に、香が口を挟む暇もない。
重い金属の感触、それはあかりと繋いでいる香の右手が感じているものだった。
そこから垂れた鎖が隣にいるあかりの左手に伸びている。あかりの左手も、同様に金属の輪が嵌められていた。
「何馬鹿なことしてんのよ、これ外さないとぶん殴るわよ!」
愕然となる香、思わず素になって叫ぶものの越前がそれを聞き入れるはずもない。
香とあかりを繋ぐそれは、支給品として越前が一番最初に手に入れた手錠だった。
逃げられない、逃がせない、そんな冷酷な現実に香は絶望しか感じない。
香にとって一番の優先事項であった、あかりをこの場から逃がすということもこれでは叶わないのだ。
しかも言わば利き手を塞がれてしまった様な形の香に、今冷静な判断力などないだろう。
「さ、もういいからさ。さっさと行こうよ」
越前の呼びかけに、香は無言で足を踏み出した。
方角なんて確認していない、気落ちした香はあかりを連れとぼとぼとゆっくり歩みだす。
後方からついてくる越前の存在は、その足音で確認できていた。
……これからどうするか、もう香の頭はめちゃくちゃだった。
一切の余裕が消えた香に、今やあかりを気遣う余裕はない。
知らぬ間に抱えることになっている爆弾の存在に、香は気づいていない。
無言で手を引かれる少女、
藤崎あかりの心中。
それは今、香や越前の想像の範疇を絶する形で、一人先走っていた。
※ ※ ※
あかりの望みは自分以外の人間が消えてなくなって欲しいという、それだけのことだった。
ただ怖かった。
誰も信用できなかった。する気もなかった。
いなくなって欲しかった。皆、死んで欲しかった。
あかりには、それだけだった。
それだけだったあかりの願いが、今、このような形で叶えられるなんて彼女も思ってもみなかっただろう。
「……本当に?」
呟く。
言っても聞いてくれない状況が、あかりには悔しくて仕方なかった。
自分がその程度の人間だと、神様が嘲笑っているようにすら彼女には思えただろう。
しかし、現実は変わった。
あかりが「死ね」と命じると、あの五月蝿くて気持ち悪い男はああも簡単に死んだのだ。
これは、あかりの『夢』だ。
その中で今、こうして一つの願いが叶ったのだ。
楽しかった。
快感だった。
死んじゃえばいいのにと願ったら、本当に死んだ。
うざい。
皆うざい。
でも、あいつは特にうざかったから。
今でもあかりの脳裏には、念じたと同時に倒れていった男のモーションが残っていた。
無様だった。
でも、それが良かった。
ここまであかりが明確な殺意を持ったのは、初めてだろう。
消えて欲しい、いなくなって欲しい、という曖昧なものではない。
あかりは、明らかな小平次の「死」を望んでいた。
そしてそれは、とても良いタイミングで叶えられた願いとなった。
これで、あかりは一つの確信を得る。
本当に心の底から思えば、願いは叶うのだと。
今自分の手を取る女が死なないのは、あかり自身がそこまで大きな嫌悪をまだ抱いていないからだと。
もう一人、背の低い生意気な少年が偉そうな態度をしていられるのも、あかりがそれを許してあげているからだと。
つまり香も越前も、あかりのお情けのようなもので生かされているのだ。
あかりが本気で念じれば香も、そして越前も死ぬのだ。
それは、優越感に他ならなかった。
この島に来てからのあかりには、嫌なことしかなかった。
『夢』とは言えあんまりな内容ばかりが続き、あかりの心は疲れきってしまっている。
特に幼馴染である
進藤ヒカルの死に対面してしまったことが、彼女にとっては一番のショックだっただろう。
思い出すだけであかりの涙腺は緩んでいく、彼の指を持ち続けることで寂しさを紛らわせてはいたものの、その傷自体が治った訳ではないのだ。
しかも、あかりはいつの間にかその大事な彼の指を失くしていた。
心のよりどころを失ってしまったあかりに、この事実はあまりにも大きすぎる。
今あかりはこの島に来て、初めて満たされていくような感覚を得ていた。
そう。この世界では、言わばあかりこそが神だった。
相手の命を自由にできるという存在になれたということ、それはあかりが見る『夢』の世界なのだから本来ならば当たり前なのかもしれない。
残酷な『夢』だからと、否定し続けてきたあかりの心に光が差し込む。
やっと分かった事実こそが、あかりにとっての希望だった。
「ふふ、楽しい……楽しいよヒカル。凄く、楽しい」
少女の呟きは儚く、周囲の人間の耳にまで届くことはない。
だが今もまだ彼女が無表情であると思い続けている香の予想を裏返す形で、あかりの瞳にはだんだんと鮮やかな色が戻っていったのだった。
※ ※ ※
手錠で繋がれてからも手を離す様子のない香とあかりの様子、越前は後ろから二人の背中を黙って見つめていた。
余程ショックが大きかったのだろう、背を丸める香からは先ほどまであった気の強さが感じられない。
覇気のない相手ではやりがいもないと、越前は一人肩を竦める。
だがそんなことは越前の目論見から言えば、問題ない事態ではある。関係もない。
香についていけば、ラケットとボールは手に入るのだ。
もうすぐだった。
もうすぐ、だった。
望んでいた物が手に入る。その興奮を口に出しはしないが、越前は満たされていく感情に一人酔いしれそうになっていた。
新たに手に入った武器もそうだった。
何もかもが自分の思い通りになっていく様が愉快で仕方ないのだろう、一人笑む越前は満足そうに改めて自分のデイバッグをしょい直す。
少し重くなったそれ。漁った小平次の鞄の中には、あとはよく分からないCDしか入っていなかったため、その他の補給はしていない。
食料の類も充分な量がある越前には問題ないことだ、それらの支給品に関しては全てあの場に放置されている。
とにかく今、越前の目の前には唯一の情報源があった。
それが誰であるかということなど関係ない、ラケットとボールの在り処を知っているというだけの価値しか越前は抱いていない。
何としてでも、手に入れなければいけないもの。
それが越前の目的であり、彼にとっての最優先事項でもあった。
【C-06/一日目/午前7時前】
【女子11番 藤崎あかり@ヒカルの碁】
状態:健康、混乱気味、左手が手錠で香と繋がれている、
右人差し指に小さな切り傷(傷口が開き血が滴っている)
装備:バタフライナイフ
道具:支給品一式
思考:1.怖い、でも願えばみんな死ぬんだから大丈夫
2.みんな死んで欲しい
3.ヒカルに会いたい
【備考】
※香、あかり、越前はお互い自己紹介をし合っていない
【女子12番 槇村香@CITY HUNTER】
状態:精神的疲労大、右手が手錠であかりと繋がれている
右頬に銃弾が掠った傷痕がある
装備:ラケット(テニスボール×3)@テニスの王子様
道具:支給品一式
思考:1.少女をどうにかして逃がしたい、でもどうすればいいか……
2.越前を何とかしたい、でもどうすればいいか……
3.鎌石村小中学校へ向かって、ここで知り合ったメンバーと合流
4.リョウ、海坊主と合流
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【備考】
- あかりの異変に気づいていない
- 第一回目の放送の内容があやふや
※香、あかり、越前はお互い自己紹介をし合っていない
【男子05番
越前リョーマ@テニスの王子様】
状態:健康
装備:フライパン@BOY、SW M19(弾数4/予備弾24)@CITY HUNTER 、イングラムM10
道具:支給品一式×2
思考:1.手塚と試合がしたい
2.1のためにテニスラケットとテニスボールを捜す
3.1のために香の後について行く
4.優勝して生き残る
【備考】
- あかりの異変に気づいていない
- 滝鈴音が香の仲間と判断
※香、あかり、越前はお互い自己紹介をし合っていない
【男子26番
中田小平次@ろくでなしBLUES 死亡 】
小平次の荷物(支給品一式、CD『なんかのさなぎ』 )はC-6に放置
香がどの方面に言ったかは後続の方にお任せします。
最終更新:2008年02月14日 18:50