第076話 一人行く道 ◆CTsbv56Iug
鷹野神社へ出る少しずつ登りになった小道を両津は歩いていた。怪我をした足を引きずるようにしているが、あの少年に比べればと奮い立って、時折弾力のある歩きつきをする。
冷えきった朝方、淋しい山道を一人で行きながら考えることはやはり沈んだ事ばかりであった。
今まで何人の命が失われたのだろう。その内には悲惨な事故や、やむを得ない場合もあったろう。残虐な殺人もあったのだろうか。いずれにしても、殺し合いの場に放り込まれた心理を考えれば本当の殺人ではない。
進んで殺したわけではない。生きる為に仕方なしにやったのだ。わしだって殺そうと思ったわけではないのだ。責めを負うべきは、残酷な主催者たちではないのか。
こう考えて両津は首を振った。自分を正当化しようとする度に、血に濡れた少年の影が脳裏にちらつく。
いつの間にか朝日が輝きを強くして、新緑の葉の間から差し込んできた。山道を抜ければ朝日が見えそうである。子どもの頃好く聞かされた、お天道様に顔向けが出来ないとはこういうことかと思った。
登るにつれていよいよ心は重くなる。
主催者は残忍だ。非道だ。しかし、もはやわしは彼らを非難する資格さえ失ったのではあるまいか。どんなに弁解しようと、少年の死に責任があることに変わりはない。平たく言えば人殺しだ。殺人を強要する人間と殺人を犯した人間、直接手を下したという面においてわしの方が罪深いのかもしれない。
元来の強い正義感が彼の精神を容赦なく圧していた。
両津は鷹野神社に出た。境内に入って見れば、建物は悲惨な有様で完全に崩れてしまっている。傷跡からして、どうも斧のようなもので破壊されたらしくある。しばらく歩き回って、両津は朝日を見た。
朝日は海の向うにある。水平線の少し手前からずっと平地が広がり、この山地で途切れている。両津は太陽の位置から、五時か六時頃だなと当たりをつけた。また水平線との距離を知っていたから、高台にいる違いを考えてもそんなに広い島ではないことが分かった。
次に南と西を見渡したが、山頂が北にあるために北側の地理は見ることが出来なかった。南東に灯台がある。南には池があってその先に村がある。村は西にもある。両津はこれだけの観察をして、崩れた神社の前で腰を下ろした。境内には石畳が敷いてある。冷やりとした感覚が心地良い。
肉体も精神も疲れていたので、少し休んでいくことにする。左足を見た。鎮痛剤のおかげで痛みは引き、出血も止まっていた。しかし歩くにも一苦労である。
両津はこのまま山を登るかどうか考えた。島の北側は見ておきたいが、この先は舗装された道はないようである。この足で登れるだろうか。登れたとして、其処で動けなくなるかもしれない。それに水がない。食料は何日か食べなくても平気だが、水はそうはいかない。脱水症状を起こすのは避けたい。
そこで両津は山道を引き返して、さっき見えた南の村に行くことを考えた。水道が使えるかも知れないし、使えずとも手前には池がある。余程汚染されてない限り平気で飲める自信があった。自分の頑強な体に大きな自負をもっていたのである。
これからの方針を決めた時、放送が流れた。午前六時である。
「あー、あー、ただいまマイクのテスト中。ただいまマイクのテスト中。
よし、聞こえてるな。午前六時になったので、これから
第一放送を流すぞ。一回しか言わないからよく聞くように。まず、午前〇時から六時までの死亡者だ。
進藤ヒカル、
安仁屋恵壹、
小早川瀬那、外村美鈴、
清熊もみじ、寺谷靖雅、
大場浩人、葦月伊織、野上冴子、南戸唯、
菊丸英二、滝鈴音、
魚住純、以上十三名」
「小早川瀬那」
両津は覚えず呟いた。あの少年である。「ちくしょう」と小さく言った。一緒にいた少年の名前がなかったことに安堵した。本田とボルボが生きていることも嬉しかった。同時に十三人の死を思うと悔しかった。色々な感情が渦巻いて涙が滲む。
「続いて、禁止エリアの発表をする。午前八時にD-6、九時にG-8、十時にF-4。以上三箇所が禁止エリアだ」
地図のない両津にとって、禁止エリアの発表は意味がない。八時を過ぎれば地雷原を歩くようなものである。いつ首輪が爆発するか知れない。ここに置いては、地図を失うことと迷うことは死の危険を意味するのである。
両津はあまり恐怖を感じなかった。これくらいの罰を受けて当然だと思った。自分の命を重いものだとは考えられないのである。両津は涙を拭って立ち上がった。ぐずぐずしてはおられない。八時になる前に、ともかくも村に着いて後はじっとしている方が安全だと考えた。村が禁止エリアだったらお終いだが、両津はそれでもよかった。
山道を一人で下りる時、また沈んだ事を考えるのだろうと両津は強く予感した。
【G-06/鷹野神社/1日目・午前6時ごろ】
【男子41番 両津勘吉@こち亀】
状態:情緒不安定 左足に怪我(歩くのに支障あり)
装備:なし
道具:なし
思考:1.氷川村へ行く
2.激しい後悔
3.本田、ボルボを探す
最終更新:2008年02月15日 18:31