第059話 ストロベリー・パニック! ◆7NffU3G94s



「……誰だ、お前」
つっけんどんなその言葉、恐怖心を与える類のものではないが状況が状況である。
磯崎泉はかけられたそれに対し、思わず肩を震わせた。
月の光に照らされた男の面影、何の表情も浮かべていないクールな眼差しに射られ泉はごくりと息を飲む。
「……」
晒された端正な顔立ちには切れ長の瞳と高い作りの鼻があしらわれており、男の高い容姿を一目で分かる具合に表していた。
泉とて、女の子だ。このような異性を相手に全くときめかない、ということもないだろう。
だがやはりこの緊張に包まれた舞台が、それらの感情を泉に沸かさぬよう補正をかけていた。
(! スタンガンは……っ)
自衛できる唯一の武器、咄嗟にそれを思い出すもののそれは先ほど泉が手落としたままだった。
何処に行ったか、慌てて周囲に目をやる泉。
転がっているスタンガンを発見すること自体はすぐにできた、安堵の息を漏らす泉だがそれは長くは続かない。
男の存在が、泉の行動範囲を狭めてしまっている。
そう、スタンガンは距離的に、ちょうど男と泉の真ん中辺りにまで転がっていってしまっていた。
取りに行くには男との距離を縮めなければいけない、男は尚も泉を見やるままである。
男の様子が不気味で仕方なく、泉は足を前に踏み出すことができなかった。
不意に男の腕が上げられる、と同時にひっと小さい悲鳴を上げ泉は一歩後退した。
(嘘ヤダ! どうし、どうし……え?)
男はそのまま、泉から目線を外すと自分の頭をポリポリと掻いた。
それだけだった。
そして再び泉の方を見やることもなく、男はぼーっと虚空を見つめるようにしながらゆっくりとした動きで目を細めていく。
男が泉に対し声かけ以上のアクションを取ってくることも、以来一切なかった。
ただ刻々と時間だけが過ぎていくという場、その間で泉も大分精神的に余裕を取り戻すことができているようだった。
男は相変わらずの様子である、まだ距離を縮めることに対し躊躇を持つ泉であるが初期に感じた恐怖心というのはほぼ拭えてしまっていると言っていいだろう。
泉は黙って、自分の取るべき行動を考えていた。
この島に放られた泉が生き残るには、力ある者から庇護を受けるぐらいしか術はない。
では、その相手というのはどうやって探すのか。
勿論本当は誰よりも信頼を置いている瀬戸一貴が傍についていてくれることが、泉にとってはベストであったろう。
特別能力がある訳ではない、しかしそれでも一貴は泉の恋焦がれる存在である。
それだけで、一貴という存在は泉にとって特別以外の何物ではない。
しかし、今この場に一貴はいない。
島に投げ込まれた泉を守ってくれる可能性のある人物は見当たらない、そう、目の前のこの男以外。
明らかに非力にしか見えない自分に対し、攻撃性を一切見せてこない男の様子に泉は可能性を見出した。
助けて欲しい、守って欲しい、一緒に一貴を探すのを手伝って欲しい……緊張により塞き止められていた泉の欲望が、ここぞとばかりに溢れ出す。
次の機会を考える余裕などない、チャンスは一度きりかもしれないという考えも泉の心を焦らせた。
「あ、あの!」
一度瞼を閉じ決意を新たにし、泉は男に向かって話しかける……が。
「え?! ちょ、ちょっと何してるのよっ」
それは、本当に一瞬のことであった。
先ほどまで起き上がっていた男の体、それは泉が瞼を開けたと同時に再びゴロリと床に横たわっていた。
男は、再び惰眠を貪ろうとしていた。
「ね、ねえ! 人の話を聞きなさいよ」
慌てて男へと近づこうとする泉、道中思いついたように転がっているスタンガンを拾い上げながらも真っ直ぐに駆けて行く。
そんな、混乱しかけた泉の思考の中に浮かび上がる数々の疑問符に対し、男が突きつける言葉はただ一つ。
「寝る」
「は、はあ?!!」
男、流川楓の優先した欲望はあまりにも呑気であり、泉もそれをすぐには信じられなかった。
そう、しばらく経ってから漏れてきた流川の寝息を聞くまでは。

「し、信じらんない……本当に寝ちゃってる……」
へなへなと座り込だ泉は、そのまま流川の寝顔を見つめていた。
いくら揺さぶっても再び目を開ける気配はない、泉は途方に暮れるばかりである。
「……ふんだ、気を抜いて居眠りなんかしてるのがいけないのよ」
そんな中、ふと泉の中で沸いた一つの妙案。
眠る流川の横には、彼に支給されたデイバッグが無造作に転がっていた。
そろり、そろりと流川のデイバッグを掴み取り、泉はその中を確認する。
食料に水、地図、コンパス、参加者の名簿……中身はほとんど泉に支給されたものと同じだった。
その中で、今後絶対必要になるであろう食料と水を泉は自分のデイバッグへと移し変える。
しかし、本命にあたる物が見当たらない。
既に回収してある自身に支給されたスタンガン、泉はそのような武器に値するものを探していた。
自分の身を守るには絶対必要な物である、またそれはいくらあっても困るものではないだろう。
全ては、泉自身が生き残るためである。
流川自身がこの調子では泉も庇護を求めるという行為自体に疑問を感じてしまっていた、泉はこの時点で流川に対し「使えない男」というレッテルを貼ってしまっていたのだろう。
勿論良心が痛まない訳ではない、それでも泉は黙々と流川のデイバッグを漁った。
「……え?」
そして、バッグの底から出てきた最後の支給物であろうものに泉の目は点になる。
泉にとっても馴染み深いそれ、ぴらっとした布地を掴みあげる彼女の表情は正に素であった。
柔らかい質感、散りばめられたいちご模様が幼く可愛らしいデザインにはどこか幼稚さが窺える。
それは……間違いなく、女物のパンツだった。
「うっそ、何このデザイン……こんなの中学生でも履かな……」
そこで泉は、ふと気づく。
何故流川が女物の下着などを持っているのか。
慌てて月の光を当てながらしげしげと見つめてみるものの、泉が見た所パンツに使用感はない。
しかし。それでも。
隣ですやすやと眠っている流川の横顔と、手にするいちごパンツの間で泉の思考が錯誤する。
イケメンとパンツ。その間で揺れる泉。
冷静になれるはずもなく、わなわなと自然に震えだす体を泉が止めることもできず。
それこそ、まさかこのパンツが流川に与えられた支給物だったなどという事実に泉が気づけるはずもなく。
「いやああぁぁぁーーーー!! 変態ーーー!!!」
静かな部屋に響くかなきり声、いちごパンツを放り出すと同時に泉は寺を飛び出した。
殺し合いという舞台、その中でもあくまでマイペースな少年の存在自体が泉の中では異端だった。
そんな少年の荷物にはパンツが、幼稚なデザインな女性物のそれが。
……色々考えをめぐらせていた泉の頭がついに爆発した瞬間である。
「……」
そんな彼女、遠ざかっていく泉の姿に流川が気づく様子はない。
泉の混乱が、流川の誤解がいつ解けるかは分からない。
それが解けぬまま、ふたりともあっさりと命を落としてしまうかもしれない。
「いやいやいや!!! センパイ! センパイ助けてぇ、もうイヤァ!!」
パニックに陥った泉。
「……」
あくまで自分の欲望に忠実である流川。
バトル・ロワイアルというゲームの中で、二人はまだ恐怖の意味を本当には理解していなかった。

【F-08 無学寺本堂内/1日目・午前3時半ごろ】
【女子02番 磯崎泉@I''s (アイズ)】
状態:健康 混乱
装備:100万Vスタンガン
道具:支給品一式 (食料と水2人分)
思考:1.無学寺から全力で逃げる
   2.一貴と合流する
   3.安全そうな人がいたら守ってもらいたい
※流川楓を変態と判断

【男子42番 流川楓@SLAM DUNK】
状態:健康 寝た
装備:なし
道具:いちごパンツ@いちご100%、支給品一式 (食料と水無し)
思考:1.Zzz……
流川の支給品一式は、全て中身が外に出ています。


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菩薩の前で 磯崎泉 二人はまだお互いを知らない
菩薩の前で 流川楓 二人はまだお互いを知らない

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最終更新:2008年02月13日 20:09