第058話 空に叫ぶ ◆z.M0DbQt/Q
音がした。声だ。何か喋ってる。
気のせいかとも思ったけど、段々はっきりと聞こえてくる。――――――近づいているんだ。
立ち上がった御子柴は、じっと自分の手を見つめた。
その手に握られているのはこの試合において自分に与えられた“力”。
そう、“力”はあるんだ。
後は俺の“心”だけ。
勝負に負けない、自分に負けない心を持っていられるか。
今俺はそれを試されている。
(先生……)
全てを変えてくれた、恩師の力強い笑顔を思い出す。
それだけで手の震えが止まって、緊張感が心地いい強さに緩まっていく。
場面は一回の表、ニコガクの攻撃。
1番の関川はその俊足を生かして2塁を踏んだ。
2番・セカンド、
御子柴徹。
俺も、俺も、塁に出たい。
赤星に繋いで安仁屋に繋いで新庄に繋いで――――――ホームベースを踏みたい。
そうして、ベンチから飛び出した先生と笑顔を交わすんだ。
バットの替わりに銃を握り、俺は架空のバッターボックスに向かう。
『様子見なんてダセーまねすんじゃねーぞ!!』
『ぜってー塁に出ろ!!俺まで回せよ!!』
ベンチから飛び出すみんなの声が、俺に勇気を与えてくれる。
木の葉が揺れる。声が近い。影が見える。
来た。
「あそこに誰かいる!」
女の子の声だ。
そういえば塔子ちゃんはどうしてるかな。
ちょっと気が強いけれど、彼女はニコガク野球部にとってなくてはならない有能なマネージャーだ。
無事だといいな。
「……俺たちはやる気はねぇ。あんたもそうなら出てきてくれ」
男の声。
やる気がないってどういうことだ?
やる気ないなら――――――野球するなよ。
先生が来る前のどうしようもない日々を過ごしていた頃の気持ちが甦る。
野球がしたくて、でも全てを諦めていたあの頃の真っ暗な気持ちを塗り替えるために、俺は今、野球をしている。
真剣なんだよ、俺は。
俺たち、真剣に野球をしてるんだよ。
なのに「やる気はない」なんて……、なら、俺の前に立たないでくれよ。
姿の見えない声だけの男に対してちょっと――――――――――――腹が立つ。
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1秒ごとに自分の神経が張り詰めていくのがわかる。
肌で感じてんだ。……生命の危険ってやつを。
小さな影は動かない。
この静けさの中、唯の声が聞こえなかったはずはないんだが反応はない。
2人を背中にかばいながら、一条はできるだけ落ち着かせた声でその影に話しかける。
「……俺たちはやる気はねぇ。あんたもそうなら出てきてくれ」
「…………」
吐き出す息さえ響いて聞こえちまうような静寂が続く。
グシャ、と唐突に草を踏み潰す音がした。
ビクリと体を震わせた唯が俺の背中のシャツをきつく掴む。
菊丸も身じろきをしたようだったが、さすがに俺にしがみついてくる様な真似はしなかった。
グシャ、と音が規則的なリズムを刻む。
頭上を覆う葉の隙間から差し込む月明かりが、そのヤローの輪郭を浮き出させる。
思ったよりも小柄なヤツだ。
だが体つきはしっかりしている。男だ。
どことなく岡本に似ている。
クソ真面目な顔をしたそいつは、無言のまま俺たち1人1人の顔を見つめていく。
視線が、俺で止まった。
いや、俺の持つバッドに、だ。
そこからゆっくりと視線を上げたそいつは、燃えるような目で俺を睨みつけている。
しばしの間睨み合う。
覚悟を決めた目だと、なんの根拠もねぇのにそう思った。
キ、と唇を結び俺を凝視するヤツの手に、何か光るものがある。
「よろしくお願いします!!」
突然男が叫んだ。
よろしく?何だ一体、何のことだ?!
いや、それよりも――――――――――――!!
「――――――走れ!!」
そう叫ぶのと同時に、俺は唯の腕を掴み駆け出していた。
転びかける唯を半ば抱えるようにして山道を走る。
ドン、と低い音が鳴り、すぐ側の木の根が弾け飛ぶ。
(撃ちやがった!!)
マジかよ、と一人ごち、なるべく標的になりにくいようにとジグザグに木の間を抜ける。
「……うそ」
呆然と呟く唯の言葉に答えている余裕はない。
草を踏む音が迫る。追ってきている。
(菊丸はどうした……?!)
もう一人の同行者の姿がない。
どこに行った?はぐれた?……殺られた?!
嫌な予想が脳裏を占める。
2度目のドン、という音が頭上で響いた。
弾丸に煽られたらしい木の葉が不規則に舞い落ちてくる。
「唯!菊丸探せ!!」
ナイトビジョンを装着したままの唯を大声で急かす。
「う、うん。でも……!」
唯が木の根につまづく。
こいつに逃げながら誰かを探すなんてマネできっこねーだろ、と自分を叱り付け、俺は唯の頭からナイトビジョンを引き抜いた。
「ちょっと一条くん!」
唯の抗議を無視し後ろを向く。
人がこっちに向かっている。
菊丸か?いや違う。ヤツの方だ!
ヤツが銃口をこちらに向けたのがはっきりと見える。
ヤベェと思った瞬間に、左腕に鋭い熱が走った。
唯の手が離れる。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
森を切り裂くような唯の悲鳴が響く。
少し遅れて、鉄の匂いが鼻腔に届く。
いや、鉄じゃねぇ。
血だ。何度も嗅いだことのある――――――血の、匂いだ。
「一条くん!!」
こっちに駆け寄ってこようとした唯が銃声と共に崩れ落ちる。
斜面をずり落ちていく唯を、男が追う。
「――――――――――――唯!!」
腹から叫んだ俺の声は、何かが倒れる音を掻き消していた。
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痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
あまりの痛みに声が出せない。
木の幹にぶつかった背中も痛いけど、何よりも足が痛くて堪らない。
右足の膝から下が濡れている感じがする。
唯、撃たれたんだって気がつくまでに少し時間がかかった。
「唯!」
一条くんの声がする。
でも痛くて痛くて、声を出しただけでも痛みが増しそうでただうずくまることしかできなくて。
本当は怖かった。目が覚めてからずっと。
笑っていつもの唯をやっていないとどうしていいかわからないくらい怖かった。
それでも一条くんも菊丸くんもいいヤツなんだって思ったから、大丈夫って自分に言い聞かせてた。
2人がいいヤツだっていうのは勘だけどさ。
唯の勘は当たるんだよ?
だから一緒にいたいと思ったんだ。
1人は怖い。でもこの2人と一緒ならちょっとはマシかな、って。
唯が1番に会いたい人はじゅんぺーだ。
でも、じゅんぺーはきっと唯のことも探してくれるけど……西野さんに1番に会いたいんだろうな。
2番目でもいい。ううん、最後でもいいよ。
でも絶対にじゅんぺーが唯を迎えに来て。
かくれんぼをした時は、いっつもどこに隠れてもじゅんペーが唯を見つけてくれたよね。
だから信じてる。じゅんペーは唯を絶対に見つけてくれるって信じてる。
だってじゅんぺーはいつだって唯のヒーローだもん。
早く来てよ、じゅんぺー。
早く唯を見つけてよ。
でないと唯――――――――――――――――――、死んじゃうよ…………!!
ふ、と視界が暗くなった気がした。
顔を上げると、知らない男の子が唯を見下ろしている。
「逃げろ!!」
一条くんが叫ぶ。
唯に言ってるんだ、ってちょっと間をおいて気がついた。
でもごめん。唯、動けないよ。
痛くて痛くて――――――後、たぶん怖くって……体が動かない。
死にたくない、とか逃げなきゃ、とか……そんなことももう考えられない。
ただ、じゅんぺーの名前を心の中で何度も何度も呼び続けるだけ。
「うるァ――――――――――――!!」
一条くんが叫び声をあげながら、唯とその人の間に入り込む。
その瞬間に銃声がして、一条くんが崩れ落ちた。
「一条くん!!」
やっと出せた声は、涙交じりで。
「やめろ――――――!!」
一条くんの叫び声に、その人はピクリと手を止める。
その人がもう一度手を動かして唯に銃口を向けた時、何かが風を切る音を聞いたような気がした。
それを最後に――――――――――――唯の視界は真っ暗になった。
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一条くんが「走れ」って叫んだとき、頭の中が真っ白になった。
反射的に足が動いてていつのまにか走ってて。
気がついたときには俺は1人だったんだ。
木の根っこにつまづいて、絶妙のバランスで転倒をまぬがれた時にそう気がついた。
でも、音がする。
誰かが走ってる。草を踏み潰して葉を揺らして土を巻き上げながら走ってる。
「……どこ?!」
慌てて周囲を見回しても、いくつかの動き回る影と舞い落ちる木の葉が見えるだけ。
いくら俺の動体視力がいいからって、こう暗くっちゃ何もわからないよ。
(どうしようどうしようどうしよう?!)
混乱する頭でもう一回周囲を見ても何もわからない。
(そうだ!)
まだ見てなかった俺の支給品。
唯ちゃんのと同じようなものが合ったら見つけられるかもしれない。
リュックの中身を放りながら手探りで硬いものを引き出す。
「なにこれ……」
何か……映画とかテレビとかで見たことある。
ボウガン、ってやつだよね、これ。
俺が記憶を引っ張り出している間にも、爆発するような音――――――たぶん、銃声ってヤツ――――――は続いている。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
唯ちゃんの声?どこから?あっち?
馬鹿みたいにその場をグルグルと回ると、斜面の上のほうに人影が見えた。
誰だろう。一条くん?唯ちゃん?それとも。
どうしようどうしたの何があったの?!
草を掻き分ける。木の幹を避けて斜面を転がるように登る。
数メートル先。木の下に誰かいる。
一人は――――――倒れてる。
「――――――――――――唯!!」
一条くんの悲鳴が響く。
倒れてるのは唯ちゃん?
やられた?あの人に…………殺された?!
まさかまさかまさかって頭を振る。
「……ぃ……た……」
微かに唯ちゃんの声がした。
よ、よかった。死んでない、生きてるんだ!
「逃げろ!!」
一条くんが叫ぶ。
え、と思って目を凝らすと、誰かが唯ちゃんに近づこうとしてる。
さっきの人だ。唯ちゃんを――――――殺そうとしてる?!
(だ、ダメだよそんなの!助けなきゃ!!)
ダメだよ殺すなんてそんなのダメだよ!!
は、っと思いついて手の中のボウガンを見つめる。
(で、でも……これ、当たったら痛い、よね……?)
明らかに鋭くて痛そうな矢が、俺の手を震えさせる。
使い方はなんとなくわかるけど……でも……!
「うるァ――――――――――――!!」
唯ちゃんを庇うように飛び出した一条くんが、大きな音と共に崩れ落ちた。
「一条くん!!」
迷ってる場合じゃない。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ。でないと――――――――――――みんな殺される!!
「やめろ――――――!!」
一条くんの絶叫が俺の腕を動かした。
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ナイトビジョン越しに唯の足から血が出ているのが見えた。
怪我してやがんか。だから逃げられないのか。
男が唯に近づく。
俺から唯とヤツをはさんで数メートル先の斜面の下にいるのは、菊丸か?
暗い上に離れているここからでもわかるくらい、何かに怯えている。
無理もねぇ。
俺だって――――――ちょっとビビッてるしな。
だが、それでも俺の体は本能に従って動く。
俺の目の前で誰も――――――死なせやしねぇ!!
「うるァ――――――――――――!!」
無我夢中で叫びながら俺は唯の前に飛び出した。
痛みと血とか、そんなモンはどうでもよかった。
ここで動かなかったら、こんな傷よりもっと酷ぇ傷を心に負っちまうって理屈抜きにわかってんだ。
一瞬視線が合ったクロヤローが驚いた表情をしたのがわかって、俺は無意識に口角を上げていた。
次の瞬間、轟音とほぼ同時に俺の膝が意志に反して崩れ落ちる。
「一条くん!!」
さっきまで馬鹿みたいにはしゃいでた唯の涙声が痛々しくて、心の中が軋んだ気がした。
撃たれた足を引きずりながら腕の力だけで無理やり体を引き起こす。
男が唯に銃口を向けるのが見え、動かせる右腕で男の足を力いっぱい引く。
「やめろ――――――!!」
鈍い音がしたのはその時だった。
引きずり倒した男を右腕と左足の力で押さえつける。
膝を腹に沈め、呼吸の自由を奪う。
マウントポジションを取ろうと右手で首を押さえると、思ったよりも強い力で跳ね除けられた。
間髪いれず男の顔を殴りつける。
片腕と片足が動かないせいでいまいち上手く力が入らないが、それは確実に効いてるようだった。
「……か……はぁっ……」
突然、後頭部に衝撃が走り、目の前がチラつく。
「テメェ……!」
俺がさっき放り投げたバットで殴られたらしい。
カチャリという金属音で銃の存在を思い出す。
そういや唯は、唯はどうした?!
「……唯!唯!」
何度呼んでも反応はない。
まさか、ってイヤな考えが浮かんじまって俺は這いずりながら必死に後ろに首を回した。
「……んだ、これ……」
ナイトビジョンを通して見えたものは、完全に予想外の状況だった。
唯の右目から何か長いものが生えている。
口から血を流した唯は、左目を見開いたまま身動き一つしない。
その様子は、生者のそれではなく。
「あ……」
俺が力を抜いた隙をついて男が俺を跳ね除ける。
だけど完全に俺の頭ん中は目前の光景で一杯だった。
「あ……う……あ……」
無意識にこぼれた声が、言葉になることなくただの雑音となって流れていく。
「あ……あ……うあ……ああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――!!」
叫んでるのは俺なのか他の誰かなのか。
それすらも――――――何もかもが、わからなかった。
そして俺の頭に何か硬いものが振り下ろされ――――――俺の意識が飛んでいった。
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風が雲を攫う。
だいぶ薄くなった月明かりが葉の隙間からスポットライトみたいに差し込んでくる。
ちらりと視界に入ったお月様がテニスボールみたいだって、なんとなくそう思った。
こんな状況でも、まだテニスがしたいって思う俺って本当にテニス馬鹿。
でも馬鹿でも何でもいいや。
テニスが出来れば――――――できれば大石やタカさんや不二や乾や……手塚と、みんなと一緒にやれれば、俺、幸せだし。
薄い光が地面を照らす。
それでわかった。
木の下に3人の人間がいて……みんな倒れている。
目を凝らすと、ぐったりとした唯ちゃんの顔に何か刺さってるのがわかった。
「あ……れ……?」
それは矢、だった。
さっきまで俺の手元にあって……俺がコレで放った金属の細い棒。
違う人に向けたはずなのにどうして唯ちゃんに刺さってるんだろう?
なんでなんでなんでなんで――――――――――――。
一条くんが誰かと組み合っている。
組み敷かれた人が何か棒を持って一条くんの頭を殴るのがスローモーションみたいにはっきりと見えた。
でも俺は唯ちゃんから目を逸らすことが出来なくて。
「おれ……?おれが……?」
まさか、って思っても否定したくても……唯ちゃんは動かない。
助けたかっただけなのに。
ただ、死にたくなかった……死なせたくなかっただけなのに。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――――――――――――――――。
「あ……あ……うあ……ああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――!!」
咆哮が響く。
それは俺の声なのか一条くんの声なのか。
額に冷たい感触を感じてもそれはわからなくて。
顔から矢を生やす唯ちゃんの姿しか俺には見えなくて。
そして。
俺は、何もわからなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
息が苦しい。
何がなんだかわからないっていうのが正直なところだった。
俺は確かにあのバッドをもったヤツに向けて銃を撃った。
そいつが倒れたから俺は倒れた女の子を撃とうとして。
でも目をいっぱいに見開いて俺を見つめるその子を撃つには俺の手は震えすぎていたんだ。
(何があっても成し遂げるって決めたんだろう!)
女の子だろうと何だろうと、これは勝負なんだから。
そう自分を叱咤して引き金を引いたら、なぜか撃ったはずの男が目の前で崩れ落ちて。
ああ、彼女を庇ったんだ、って思ったら俺の手はまた震え始めてしまった。
それでもがんばってがんばって銃口を向けたんだ。
そうしたら――――――急にすごい力で地面に引き倒された。
膝で腹を蹴られて息が詰まる。
それでもこの“力”だけは手放すわけにはいかないから、俺は必死に抵抗した。
これでもそこそこ殴られ慣れてるんだ。
口の中に感じた血の味も、こういう風に味わうのは初めてじゃない。
俺たちは馬鹿で……馬鹿だったから、言葉だけじゃわかりあえなかったから。
先生の顔が浮かぶ。
安仁屋や新庄や……、みんなの顔が浮かぶ。
俺が、がんばらなきゃ。
俺は……ニコガク野球部の
キャプテンなんだから……!!
必死で体を捻って手を伸ばして、……何か棒に触れたから、それを思いっきりそいつの頭に叩き付けた。
ちょっと前の俺だったら、考えられないよ。こんな風に相手を殴るなんて。
俺――――――俺、少しは強くなれたのかな、先生。
何度も棒で殴るけど、怪我をしているはずなのにそいつはすごい力で俺を押さえつけようとしてくる。
だけど突然そいつの力が緩まって……その隙にそいつの下から這い出した俺は、すぐ目前にすごく奇妙なものがあることに気がついた。
人が、目から棒を生やしている。
それがあの女の子だって気がついたのは、少し経ってからだった。
初めて見た人の死に顔が、何かを超えた恐怖で俺を染めていて……その恐怖を振り払うために俺は棒を男に何度も振り下ろした。
男が動かなくなったのを見て、震える足を励ましながら俺は走り出す。
でもその足はすぐに止めることになった。
行く先に人が立っていたからだ。
さっき、あの男と女の子と一緒にいたヤツだってすぐにわかった。
瞬きもせずに呆然と立っているそいつの手には、どこかで見たことがある武器がある。
「おれ……?おれが……?」
そいつの呟きに、我に返る。
脳裏から離れない光景。女の子の目に刺さった棒。見開いた光のない一つだけの瞳。初めて見た人の死に顔。
そして、こいつが手にしている武器。
「あ……あ……うあ……ああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――!!」
叫び声が響き渡る。
「仲間を……殺したのかよ……」
俺の言葉にソイツは何も答えない。
「仲間を裏切るなんて最低だ!」
野球は1人じゃ出来ないんだ。
9人いないと出来ないんだよ。
だから――――――ONE FOR ALL、 ALL FOR ONE……一人はみんなの為に、みんなは一人の為に戦うんだ。
それがチームってヤツなんだよ。
なのに、なのにコイツ…………!!
ソイツの額に銃口を当てて引き金を引くのに、さっきのような躊躇いは何一つ感じなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドン、という音で急激に意識が戻る。
顔を上げると、コマ送りのように菊丸が倒れていくのが見えた。
「……っ!菊丸っ!!」
男が、走っていく。
「待……ちやが……れ……!!」
男を追おうとして、バランスを崩して木にもたれかかる。
男の後姿はまだナイトビジョンを通して確認できるのに、体がいうことをきかない。
「菊丸!菊丸!!」
感覚のない右足を引きずりながら菊丸の元へと向かう。
その間に男の姿は完全に見えなくなった。
倒れている菊丸の側に屈み、力いっぱい揺さぶる。
額に穴を開けた菊丸は、そのでかい目を見開いたまま瞬き一つしない。
心臓に耳を当ててみても何の音も感じられない。
左腕を抑えながら唯のところまで戻り、同じように胸に耳を当てる。
それでも俺の耳に聞こえてくるのは葉擦れの音だけで。
「……ク……ショウ……」
拳が木の幹を叩く。
出会ってたった数時間。
ガキのお守りは鬱陶しくてごめんだと思っていた。
それでもこの2人を結構気に入っていた自分に今更気がつく。
俺は――――――。
力を失った膝が地面につく。
形容しようのないほど色んな気持ちが入り乱れ、俺はただ拳を叩きつけることしかできない。
「チクショウ……」
右の拳が土を叩く。
皮膚が破れて血が滲み出しても、俺はそれに気がつくこともなく何度も何度も同じ行為を繰り返す。
「チクショウ……」
力を失った体が地面に転がる。
仰向けになった俺の視界に、葉の隙間から明るくなり始めた空が広がった。
守ってやれなかった。
女とガキを見殺しにした。
俺は俺は俺は――――――――――――!!
この気持ちをどうすればいい?
この怒りを、悔しさを、悲しみをどうすればいい?!
唯と菊丸を殺したあの男を殺すか?
それともこんな舞台に俺たちを放り込んだあのジジイ共を殺すか?
それとも、2人を守りきれなった俺自身に始末をつけるのか?
どれもこれも……じぶんがどうしたいのかすらわからねぇ……。
俺は……俺は、無力だ……!!
「チクショウ……!」
寝転がったまま拳が再度地面を叩く。
このままで終わっていいのかよ。いいはずがねぇだろ。
ギリ……と音がするほど唇を噛み締め、ボロボロになった自分の拳を空に突き出す。
こんな腐ったゲームが許せねぇ。
許さねぇ。許せるわけがねぇ。
アイツも、あのジジイ共も。
そしてこの腐った殺し合いに乗るやつらも、全員。
何よりも――――――俺が、俺を許せねぇ。
絶対に止めてやる。
俺の命に代えてでも絶対にこんなくだらねぇ殺し合いを止めてやる!!
「チクショォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
怒りに狂った頭でそれだけを思いながら、俺はただ自分の無力さに叫ぶことしか出来ずに。
俺の叫びを吸い込んだ空からは、もう月はいなくなっていた。
【E-06/神塚山麓付近/1日目・午前5時ごろ】
【男子03番
一条誠@BOY】
状態:左腕上腕部、右足大腿部に銃創、こめかみから出血
装備:NightOptics D-321-G Goggle
道具:支給品一式、蛇神のバット@Mr.FULLSWING
思考:1.自分、襲ってきた男(御子柴)、主催者達、殺し合いに乗っている全員に強い怒り
2.殺し合いを止める
3.日々野、イブ、春香を捜す(春香優先)
4.神崎を見つけたら止める
【F-06/神塚山麓付近/1日目・午前5時ごろ】
【男子36番 御子柴徹@ルーキーズ】
状態:疲労度中、顔に打撲
装備:9mm拳銃(4/10発)
道具:支給品一式、菊丸の支給品一式、ボウガン(残矢9本)
(予備弾、矢の支給: 無し)
思考:1.勝負の厳しさを知る(ゲームに乗る)
2.生き残って川藤を甲子園に連れて行く
3.女の子(唯)の死に顔が脳裏から離れない
【備考】
1.E-06に銃声が6回と男の叫び声が響きました。
2.唯の支給品一式は、唯の遺体の側に転がっています。
【女子13番
南戸唯@いちご100% 死亡確認】
【男子10番
菊丸英二@テニスの王子様 死亡確認】
【残り49人】
最終更新:2008年02月13日 20:03