第030話 届いた銃声 ◆SzP3LHozsw
「銃声ですか……」
氷川村の民家の一軒に、Lの姿があった。
Lは民家の北側に面した部屋の窓辺に例の独特の座り方でしゃがみ込むと、カーテンの隙間から頭だけを覗かせて外の様子を窺った。
隈に縁取られた眼が、闇を射抜くように見透かしている。
銃声が上がった場所は比較的近い場所のようだったが、さすがに確認できるほどの至近距離ではなかったらしく、窓の向こうは暗闇に覆われていた。
この民家にLが忍び込んだのは、時計が午前1時30分を指そうかという頃のこと。
それまで用心しながら1時間以上も掛けて村へやって来たLは、庭に子供用のMTBが止めてあったのを一目見て、迷わずこの家を選んだのだった。
理由は簡単である。
コンパスや分度器を手に入れるならば、子供の持ち物から探すのが確実だからだ。
小学生くらいの子供なら、ちょうど算数の授業でコンパスも分度器も使い始める時期に当たる。大体の子が持っているはずだと見当をつけた。
逆に、大人はこういう文房具の類はあまり使わないだろうとも思った。
例えば老夫婦の二人住まいの家庭でそんなものがあるかといえば、これは疑わしい。まず持っていないと考えるのが妥当だろう。
建築関係の仕事をしている人や航海士なら必須アイテムではあるが、一般的に日常で使われるものかと言うとそうでもない。
そんな理由から、Lはこの家に忍び込んだのだ。
そして、それは結果から言えば正解だった。
Lの思ったとおり、子供部屋の勉強机に放り出されていた筆箱の中から、コンパスも分度器も案外簡単に見つけることができた。
Lは玄関に備え付けられていた懐中電灯を先に拝借していたので、それで手元を照らすと、
コンパスの針の先は若干曲がっていて、分度器にはキャラクターもののシールがベタベタ貼ってあったが、それでも使用に差し支えるほどのこともなかった。
そのまま勉強机を借りて天測計算を始めたのだが、しかしものの10分もしないうちに表で銃声が上がり、それが2発……3発……と続いたのだった。
それで今、Lは窓から様子を窺っているというわけだ。
「不味いですね」
窓の外を見やったまま呟いた。
さすがのLも、開始からたったの2時間で銃声が上がったことに驚かされていた。
いずれそういう事態がやってくるだろうことは予測していた。
この緊張感の中では、ちょっとしたことが引鉄となり、人々を凶行へ走らせることになりかねない。
それはわかっていたのだ。
だが、それにしても早過ぎた。
もっと精神的な疲れが出始めた頃こそが危険だと思っていたが、その推測も虚しく、2時間という短い時間で早くも理性の箍が外れた人間が現れてしまった。
この際、あの銃声が戦闘によるものか、それとも別の意図によるものか、それは大した問題ではない。
問題なのは、銃声が上がってしまったという事実なのだ。
この意味は限りなく大きい。
銃声が上がってしまった以上、それを聞いた者は否応無く『ゲーム』が本当の意味でスタートしたことを思い知らされることになる。
ある者は「殺されると」恐怖し、ある者は「誰がやったと」と混乱し、またある者は「自分も早く誰かを……」と思うかもしれない。
――疑心暗鬼。
――人間不信。
呼び方は何だっていい。とにかく、これこそがこのゲームで一番恐いところだ。
互いを信じられなくなれば、そこには『疑念』という最も醜い感情が生まれる。或いは『憎悪』だとか『敵意』なんてものが生まれる。
この状況では、それらが『殺意』へと変わるのは火を見るより明らかなことだ。
これから先、このままではまだまだ犠牲者は増え、また新しい犯罪者が生まれていくことになる。それは間違いのないことだった。
まるで負の連鎖だ。
(人間の深層心理を正確についている……)
殺し合うだけという一見単純そうなこのゲームが、実は巧妙なカラクリによって作られているのだと、Lは改めて認識せざるを得なかった。
Lは窓辺から離れた。
もう銃声が続く様子はなかった。しかし、気分は暗澹としていた。
どうしても、あの犯罪者グループのことを考えてしまう。
彼等は何の目的があってこんな真似をするのか――。
身代金目的?怨恨?政治絡み?思想団体による犯行?それとも愉快犯?
……どれも説得力に欠けていた。
やはり今のところ海上自衛隊などが一枚噛んでいるとの線が濃厚だったが、それとて何の証拠もない。
それに、海上自衛隊が孤軍でこんな大それた犯行を行ってるというのもイマイチしっくりこなかった。或いは更なる黒幕が控えているのかもしれない。
――しかし、Lは次から次に湧いてきてしまう疑問を一旦封印することにした。
今は手元にある情報が少ない。……というより、何もない。
わかっているのは目の前で最も劣悪な犯罪が行われているということだけなのだ。
これ以上考えたところで、思考の堂々巡りを繰り返すばかりで、先には進めないだろう。答えなど出やしない。
ならば当座、Lがしなければならないのは、やはり情報を集めることである。
その手始めが、やりかけた天測計算だった。
まずはこれで島の位置を割り出すほか、今できることは無い。それを足がかりに、一つ一つ情報を集め、そして整理していく。
外では大変な事態になっているかもしれなかったが、こういう積み重ねが大事なのだ。
「では、とっとと片付けますか」
Lは再び勉強机に向かうのだった。
【I-06/民家/1日目・午前2時30分ごろ】
【男子06番 L@DEATH NOTE】
状態:健康
装備:なし
道具:支給品一式(※
ランダムアイテムは不明)コンパス、分度器、懐中電灯
思考:1.情報を集める。
2.犯罪を停止させる。
3.生還する。
※聞こえたのはH-06の銃声で、H-04の銃声までは室内に居たということもあり聞こえていません。
最終更新:2008年02月08日 16:03