「か~がみっ!久しぶり!会いたかったよ~」
「おーっすこなた、アンタは変わってないわねえ。能天気そうでうらやましいわ」
久しぶりの再会に胸ときめかせながらも、つい悪態をついてしまいはっとする。自分自身くだらなさを実感させられる日々の中で、私の心はすっかり汚染されてしまった。
どうしよう、こなたに嫌われちゃう。
「うぷぷ、かがみんも相変わらずツンデレだねえ」
なんだ、こなたは特に私の言葉を気にはとめていないようだ。
いや、そうだ。私とこなたの関係って、こうだったんじゃないか。アイツは私をからかい、私はアイツに怒ったりツッこんだり。
何気兼ねなく懐に飛び込みあえる仲。
遠慮なんて要らない、親友だったんだじゃないか。
たった一ヶ月、ひとりぼっちでいただけで、こんな大事なことを忘れていたなんて。
人との距離感ってものを、こんな短期間で忘れてしまった自分が信じられない。
「??かがみん、どうしたの?」
「あ、あ~いや、なんでもないわよ。それより、どうする?飲みにでも行こうか?」
「いいね~、でも、できればゆっくりお話できる場所がいいな。ファミレスとか」
「いいわよ、じゃ、あそこにしようか」
…
「いや~かがみん、元気そうで何よりだよ」
相変わらずの小さな猫口、かわいらしい糸目。
「いや、私はアンタがまともな学生生活を送れてるのかどうか心配だ」
「むふふ、ホントは私に会えなくてさびしかったんじゃないの~?」
「んなっ!」
思わず漏れ出てしまったリアルなリアクションに、こなたは一瞬目を丸くする。
「ん、あ、ああ、ってそんなわけないでしょ!私は毎日忙しくアンタのことなんか忘れてたわよ…」
「やっぱりかがみはツンデレだなあ」
「ツンデレ言うな!」
すぐにいつもの軽い会話に戻ったものの、こなたは私の表情から何かを察したようで、すこし私の顔色を観察し始めたようだ。
アイツはゲームやアニメのことばかり考えているくせに、以外と人間の機微を察知することにも長けている。私の中に在る本当のさびしさ、ばれちゃったかな。
「それで、そのサークルの先輩にみさきちがね…」
「あはは、それってくさいわよね~」
楽しい時間、久しぶりの笑顔。
(
大学に入ってから、人と心の通った会話をしたことあったっけ)
心の中のよどみがほぐれていく。
私の中の人間らしさが戻る。
(そうよ、私はこういう時間を求めていたの)
こなたはかけがえのない親友だ。
この楽しい時間の中で、それを改めて実感する。
「あはは、あ、もうこんな時間、こなた、電車大丈夫?」
「あ、うん、まだまだ平気だよ」
楽しい時間は過ぎるのもあっという間だ。
「かがみ、あのさ」
「ん?なによ」
「今、幸せ?」
「!?、え、なんでよ」
どきっとした。
「かがみは、もっともっと幸せになれる人だと思う。今日こうやって会いにきたのも、私はきっとかがみが良い生き方をするための手助けが出来ると思ったから」
「こなた…」
コイツには全部見透かされてたのか。
私がさびしい思いしていることを察して、忙しいのに時間を割いてくれたんだ。なんか、感動しちゃった…
「それでね、ぜひこれを読んで欲しいの」
そういうと、こなたはおもむろのかばんを探り、分厚い本とパンフレットのようなものを取り出した。
「…なにこれ?」
『開眼せよ!この世の終わりは近い』
『神のすすむ道を照らす光となれ』
『幸せ入門』
こなたはなんだかよく分からない文句の並んだパンフレットをテーブルの上に並べると、真顔でこういった。
「かがみは、神様って信じる?」
「は、はあ?いや、うち神社だから…」
こなたは何を言ってるのだろう。冗談?それにしては、こなたの目はいつになく真剣だ。
「うん、知ってる。かがみも偽者の神様にだまされたかわいそうな民衆の一人なんだよね」
こなたは笑みを見せる。哀れみのような、蔑みのような目。
私は、こなたのこんな表情を見たことはなかった。
「神様はひとつなんだよ」
こなたは、私の目をじっと見据えて語りだした。
世の中で信じられている神への信仰や仏、八百万の神はすべて偽、キリストはただの預言者で、ムハンマドは神の意思を歪曲した偽善者。
「それでね、神様は今の今まで私たちの前に姿を現すことはなかったの。でもね、すごいんだよ!なんと神様は現代日本に使いをよこしたんだよ!神様の使いである聖父様のために私たちは…」
こなたはとうとうと語り続ける。迷いのない口調で。
怖い、怖い。
こなたの声が、言葉が、目が。
「こ、こなた、あんた何言ってるの?変な宗教にでもはまってるんじゃ…」
「変な宗教なんかじゃないっ!!!!!!!!」
時間が凍る。
その声はフロア中に響き渡り、私は、目の前の人物がもはや私の知っているこなたではないことを悟った。
「お客様、何か…」
「あ、すみません、つい話しが盛り上がっちゃって…」
駆けつけた店員にそう話すこなたの目や口調は普通そのもの、でも、私はもう耐えられなかった。
「ごめん、私帰るわ」
伝票を取り、上着を羽織って席を立つ。
後ろからわめき声が聞こえてきたが、振り返らずに会計を済ませ、店を出た。
東京の11月はかなり冷え込む。
駅前のスクランブル交差点を足早に渡り、駅に入るとタッチ式のプリペイドカードで改札をくぐる。階段を駆け上り、ちょうどホームに止まっていた電車に乗り込んで、反対側のドアの手すりにもたれかかかった。
ふと、同じ車両に乗っている女子高生4人組が目に入った。
「「「「くさいよね~」」」」
他愛のない会話に花を咲かせ、今の青春を謳歌しているように見える彼女達。
でも、私は知ってしまった。
彼女達の友情だって、永遠に続くものではないのだということを。
すべては変わってしまうということを。
諸行無常。
国語の授業で習った言葉が急に脳裏に浮かんで、同時に、その授業の宿題を写しにきた、青髪の、猫口で、だらしなくて、でもほうっておけない、私の大事な親友のことを思い出して、私は泣いた。
ブルルルルル…
携帯が震えている。
つかさからだ。
「もしもし」
「もしもし、お姉ちゃん。まさか、こなちゃんに会ってたり、しないよね?」
「そ、そんな…」
つかさの話は衝撃的だった。
彼女がいうには、こなたは夏ごろから高校時代のクラスメイトに手当たり次第連絡して、こなたの信じる宗教の勧誘をして回っているそうだ。
宗教は宗教でも、さっきのこなたの口ぶりからすると、主流からは程遠い、トンデモ宗派だ。
やはりまともに話を聞くものは誰もおらず、ついにクラスの枠を超えて勧誘を始めたそうだ。
「でも、なんだって新興宗教なんかに…あのこなたが…」
「どうもね、今年の始めにはやったアニメが宗教対立を描いたストーリーだったらしくて、ファンの間で教会とかモスクに足を運ぶのがちょっとしたブームになっているらしいんだ。
ちゃんとした宗教、3大宗教っていうんだっけ?キリスト教とかイスラム教とか、そういうのなら問題はなかったんだけど、一部の新興宗教がそれに乗じて勧誘をかけ始めたらしくて、こなちゃんも…」
「でも、マイペースなアイツが、いくらアニメネタに関わるからってそこまでどっぷりはまるかしら。さっきのこなた、尋常じゃなかった」
「…こなちゃんもね、大学生活が思うようにいかなくて悩んでいたみたいだよ。第一志望の学部じゃなかったから、勉強も面白くないみたい。高校時代から、こなちゃん、本当の感情を表に出さないところがあったから。すがるものが欲しかったんじゃないのかな…」
電話を切り、今日のことを思い返す。
「アイツ…そんなにさびしいなら、そんなにすがるものが欲しいなら、私を頼ればよかったじゃない。どうして、どうして…」
自分の信仰について、教祖様について語るこなたの、ぎらぎらとした目つきが頭をよぎる。
ほんの何ヶ月前には想像もつかなかったアイツの姿に、私はどうすることもできなかった。
残念だけど、ああなってしまったこなちゃんにはあまり関わらないほうがいいのかも…と、つかさはさびしそうに言っていた。
つかさにとっても、こなたは親友であることに違いはない。
しかし、親友であっても、他人であることには変わりない。
他人の選んだ生き方に口を出すのは筋違いなのかもしれない。
でも…
わたしはふたたび携帯電話を握り、電話帳を開く。
こんなとき、頼りになるのは、あの子しかいない。
「…もしもし、みゆき?」
私は、北関東にて一人暮らしをしているみゆきの家を訪ねた。
こなたのことを相談するためだ。
「そうですか…泉さんは、確かに私のところにもいらっしゃいました。キリスト教の聖書やイスラム教の経典を持ち出して説得してみたのですが、教祖様が神の使いだという点については頑として曲げませんでした。かなり理論武装をしている印象を受けましたね」
「アイツ、その情熱をもっと有意義なことに使いなさいよね…」
でも、分かる気がした。
アイツは良くも悪くもオタク気質。
自分が好きなことには常人離れした能力を発揮するし、趣味を汚されるのを極度に嫌う。
その気質と、新興宗教への依存とは見事にマッチする。
「みゆき、こんなとき、親友としてどうしたらいいのかな」
「とても、難しい問題ですね…、信仰の自由は認められるべきですし、たとえ本人の生活が客観的に見て破綻していたとしても、本人が望むものを無理やりやめさせるというのは簡単なことではありません」
「でも、あれはどうみてもマインドコントロールっていうの?こなたの本当の意志じゃなくて、操られてるっていうか…」
「わかります。そこが宗教問題の難しいところですよね…。かがみさん、とりあえず今日はうちでゆっくりしていってください。その件についても、ゆっくりお話ししましょう」
「ありがとうみゆき、お世話になるわね」
「クッキーを作ってみたのですが、いかがですか?」
「お、サンキュー、いただくわね」
みゆきは4月からこの県にある医大に通い始め、一人暮らしをしている。
1DKの部屋はきれいに整頓されており、自炊もきっちりしているそうだ。
さすがはみゆきといったところか。
手作りのクッキーも、市販のものにはない味わいがあってとても美味しい。
「でも、みゆきに会いにきて本当によかったわ。なんだか気持ちがウキウキしてきちゃった」
「うふふ、私もかがみさんと久しぶりにお会いできてうれしいですよ。大学生活は思った以上に大変で、実をいうと高校時代に戻りたい、なんて思うときもありまして」
「あー、すごいわかるわ!私なんて、大学でも友達が一人もいなくってさ~」
友人との再会に心が躍っていたせいか、話さなくてもいいような自分の惨めな大学生活のことまでぺらぺらしゃべってしまう。
「そうなんですか、でもかがみさんなら、きっとすぐにお友達もできますよ」
「なかなかそれがうまくいかないのよね~。最近はお
昼休みに
居場所がなくてトイレでご飯食べてるのよ」
「それは衛生上よろしくないのでは…」
「なれちゃうと、あの場所の落ち着き具合が病みつきになっちゃうのよ、あはは」
自分でもなんだか変なテンションだと思いながらも、口が止まらない。
みゆきも特段引いている様子もないし、まあいいか。
「あれ、みゆき、もしかしてタバコ吸うの?」
棚の上に、ライターと、タバコが数本入った箱がおいてあるのに気づいた。
「え、あ、ああ、実は最近少々嗜んでおりまして…」
「へ~、意外ね。やっぱり医大の勉強は大変なんだろうな、ストレスもたまるわよね」
「ええ、お恥ずかしながら…」
あのみゆきがタバコにストレスのはけ口を求めるなんて。苦労してるのは自分だけじゃなかったんだな。
「みゆき、私にも一本頂戴」
「ええ?でも、これは…」
「いいからいいから、一回吸ってみたかったのよね」
なかば無理やり箱から一本取り出すと、口にくわえてライターで火をつけ一気に吸い込む。
「すう~・・・げ、げほ、げほっ!」
「ああ、そんな急激に吸ってはいけませんよ。ゆっくり肺にいれてください」
「う…うんわかった。みゆきもすっかり悪い大人になっちゃったわね」
「そんなこといわないでください…」
「あはは、冗談よ!でもすごいわね、なんだか気持ちよくなってきちゃった」
タバコって、こんなにいい気分にさせてくれるものだったとは。こなたのこととか、孤独な大学生活のこととか、いろんな悩みがあって重かった頭が、急に軽くなった。
「みゆき、これってすばらしいものね」
「ええ、そうですよ。これがあれば、どんな悩みだって吹き飛んでしまいます」
その後、みゆきとは、朝方近くまでいろんなことを話し合った。
高校時代の思い出のこと。今の生活のこと。そして、こなたのこと。
「かがみさん」
「?なに?」
「かがみさんは、私の友人ですよね?」
「何を改まって…当たり前じゃない、親友でしょ」
「ええ、そうですよね。どんなことがあっても、私たちは親友です」
会話の終わりがどこだったのか覚えていないけど、私たちはいつしか眠りに落ちていった。やすらかな眠りとなるはずだった。
『ドンドンドン!!』
「ドアを開けなさい!開けないとこじ開けますよ!」
妙な物音と怒声に目を覚ましたのは、朝の7時くらいだったろうか。
「…みゆき?一体なにご…」
ガキッ、ドカ!
ドドドドっという足音とともに、紺色の服をきた男女5~6人が部屋のなかに飛び込んできた。
「何?!何事??!!」
侵入者の女性2人に私は両脇をがっしりつかまれる。1人が私の寝床の周りを大きなカメラで撮影している。
「な、なんなのよアンタたち!警察を呼ぶわよ!」
「私たちがその警察です。大麻取締法違反の現行犯で逮捕します。とりあえず立ち上がってもらえますか?」
頭がまだ覚めていない。理解できない。夢?これは夢なんだろうか。
「みゆき…」
みゆきは、この集団のリーダーらしき人物に何かの書類を見せられている。表情は見えないが、肩が振るえ、泣いているようにも見える。
「みゆき…これはどういうことなの?」
みゆきは振り返って、ただこう言った。
「かがみさん、本当にごめんなさい」
「7時2分、逮捕」
リーダーがそう告げると、みゆきの手に手錠がはめられた。
私たちは、大麻を取り寄せ、葉巻およびクッキーに練りこむ形で摂取した罪で、逮捕されたのだった。
「あなたは、高良みゆきとどういう関係ですか?」
女性警官が私に尋ねた。
「…黙秘します。弁護士がくるまで、黙秘権を行使します」
みゆきとともに逮捕された私は、大麻の購入、所持の共犯として起訴された。
検察も昨今の大麻問題を受けて、大学生の大麻所持に関しては厳しい態度で臨んでいたようで、購入・所持については冤罪だという主張は聞き入れられなかった。
一種の国策捜査。結論は最初から決まっていたようにも思える。
「医大生とS大生逮捕」
「大学に広がる大麻汚染」
「今度は女子大生、高校時代の友人」
折からの大学の大麻汚染問題の中で、女子大生2人が新たに逮捕されたというニュースは大きく紙面を飾り、ワイドショーでも連日取り上げられた。私とみゆきの家族や友人たちは多くの突撃取材にさらされたようだ。もちろん、『宗教家』になっているこなたのところにも。
「『仲良し4人組』のゆがんだ友情」
「大麻常習女子大生と女性布教家のあきれた転落人生」
マスコミは私たちの友人関係を面白おかしく書きたてた。
「主文、被告を懲役1年に処する。ただし、本裁判確定の日から3年間、右刑の執行を猶予する」
これが私に下された判決。
結局、私の冤罪は解かれることはなかった。
「よかったですね、執行猶予がつきましたよ」
私の無実をはなから信じちゃいなかった国選弁護士は喜んでいた。無罪ではなく、猶予判決狙いの弁護方針だったのだから、彼的にはいい仕事をしたことになるのだろう。
「もう、どうでもいいわ…」
前科、大学、友人、家族…これから一体どうなってしまうのか、思考がまったくまとまらない。
「とりあえず、家に帰ろう…」
とぼとぼと地裁の正門を出ると、視界の下のほうに妙なものが写った。
それは、地面に額をすりつけている、高良みゆきの姿だった。
師走の寒さのなか、一人の女性が額をコンクリートに押し付けている。
私よりもやや早いタイミングで執行猶予付きの有罪判決を受けていたみゆきだ。
一体何時間その体制でいたのか、額には擦り傷ができ、寒さで体が小刻みに震えている。
「ちょ、ちょっとみゆきなにしてるのよ。ほら、立って…
「かがみさんっ!本当に申し訳ありません!」
突然の大声の謝罪に思わずのけぞった。
見ると彼女は大粒の涙を流しながら、顔をなお地面に擦り付けている。
「ば、ばか、もう済んだことじゃない。猶予判決でもう自由の身だし、法学部生として刑事訴訟のいい現場実習になったわ、なーんて…」
「すびません、本当にすみません…」
本当は、私だってひどい目にあわされたと思ってる。
法学部生でいられるのも、大学の処分次第ではあと数日かもしれない。
それでも、今にも腹でも切りそうな彼女の様子を見ていると、とてもじゃないが自分の不安を吐露する気にはなれない。
冤罪で裁かれた理不尽よりも、かつての美人優等生が、目の前で涙ながらに額を擦り付け土下座するというシュールな図のほうが私には堪える。
「とりあえずさ、その辺であったかいものでも飲もう。寒かったでしょ?」
まったく動こうとしないみゆきをなんとか近くのベンチに移動させ、自販機でホットコーヒーを2本買ってきた。
「ほら、あったかいよ」
「…う、うぅ…」
みゆきはまだ嗚咽を残している。
私はしびれを切らした。
「あのさ、みゆきが犯罪を犯していて、私もその巻きぞえになったのは事実だし、そのせいで私の生活も変わってしまったのは事実。正直私だって不安よ。大学だって首になるかも。
でもね、それでも私たちは親友じゃない。あの日約束したでしょ?どんなことがあっても親友だって。
だから、私はみゆきを許す。うん、もう許した。これからはお互い助け合って生きていこうよ。それこそ、大麻なんかに頼らなくてもいいようにさ。だから、顔あげて、コーヒー飲んで、ゆっくりこれからのこと考えようよ」
「うぐ、い、いいえ、ちがうんです、いや、ひっく、そのことも申し訳ないのですが、違うんです…」
みゆきは時折しゃくりあげながら、話し出した。
「はあ?よく分からないんだけど…」
「あの、つ、つか、つかささんが…」
「え?つかさがどうしたのよ」
「つかささんが、自殺を…」
つかさの遺書
「こなちゃん、ゆきちゃん、そしてかがみおねえちゃん、本当にごめんなさい。
私は頭が悪くて、気もきかなくて、仲良しだと思っていたみんなのことを少しも理解できていませんでした。
特にかがみおねえちゃん。
私は、お姉ちゃんがなにも悪いことをしていないことを知ってるよ。だから、裁判で一生懸命しゃべったつもりだったけど、
裁判官の先生には伝わらなかったみたい。馬鹿な妹でごめんね。私がちゃんと話せなかったから、みんなお姉ちゃんの悪口を言っています。
私がいなければ、私が一緒に生まれてこなければお姉ちゃんはこんなひどい目には遭わなかった。
迷惑かけて本当にごめんなさい、さようなら」
「ちょっと、何よこれ!つかさは何も悪くないのに!何考えてるのよ!!」
「かがみ、落ち着きなさい」
「これがどうやって落ち着いていられるのよ、ふざけないで!ねえ、つかさ!」
「…う、うん、ごめん、お姉ちゃん」
つかさは、私の判決公判当日の朝、遺書を書いた後、自宅の風呂場で自殺を図った。入浴剤と洗剤をビニール袋の中で混ぜて、
発生したガスを吸い込もうとしたのだそうだ。
流行の自殺方法、彼女は家族に迷惑をかけないよう少量の薬液だけを使用し、家族が全員出払ったときを見計らってガス自殺を決行した。
しかも、すぐに現場の処理が行われるよう、直前に消防に予告連絡を入れ、二次災害を防ごうとする手の込みようだ。
何をやってもトロかったつかさにしては、ぬかりのない計画をたてたものだ。
しかし、彼女の誤算は、「入浴剤と洗剤を混ぜれば死ねる」という表面的な情報のみに頼っていたことだ。
彼女が混ぜたのは、バブルバス用入浴剤と食器用洗剤。
予告電話を受け、防護服と防毒マスクの完全防備で現場に急行したレスキュー隊が『ガス発生中』の張り紙のある扉を開けて見たものは、
全身泡まみれになりながら、液を入れたなべに顔を突っ込み深呼吸をする少女の姿だった。しかも、泡で足が滑った消防士の一人が転んで腰を痛めて労災となり、両親が消防署にこっぴどく怒られたらしい。
「まったく、あんたは…でも、無事で済んでよかったわ。もう死のうなんて考えちゃだめよ」
「う…うん、でも、きっと私は生きていても迷惑かけちゃうし」
「ばか!まだ言ってるの!そんなこと…」
「かがみ、ちょっとこっちへ」
父に呼ばれて別室に行くと、すでに母と上の姉が待機していた。
「実は、つかさは、うつ病にかかっているんだ」
「え…」
「かがみが、その、みゆきちゃんと警察のお世話になってから、警察やマスコミに色々なことを言われたり聞かれたりしたんだそうだ。
もちろん、私たち家族は、かがみのことを信じているぞ!でもな、世の中の人たちは必ずしもそうは見ていないようなんだ。
つかさは、かがみの無実を信じて、警察やマスコミ、それから高校時代や大学の友人に対しても一生懸命かがみを擁護したんだ。
裁判の情状証人にもなったよな。でもな、かがみも知っていると思うが、高校時代の仲良し4人組の思い出のことまで週刊誌の記事にされて、大学の友人もみんな離れてしまって、サークルにもいられなくなった。
つかさは本当に追い込まれてしまったんだ。
いつからか、つかさは自分のせいで他の3人の人生が狂ってしまった、自分がいなければこんなことにはならなかったと考えるようになったんだ。
ご飯も食べなくなって、夜もほとんど眠っていないようだ。それで、先週お父さんとお母さんが病院に連れて行ったら、医者はうつ病だと診断したんだ」
「…」
「しばらく入院させることになったんだが、ベッドの空きがなくて待たされている間に、こんなことに…」
「つかさは…なにも悪くないじゃない」
「分かっている、誰も悪くなんかないんだ。どこかで歯車が狂ってしまったんだな…。つかさは、私たちが面倒を見る。
かがみは自分のことに専念しなさい」
「告示 先日、本学学生が大麻取締法違反により…本件は本学の秩序を乱すとともに…よって当該学生を以下の処分とする。
停学3ヶ月 1名 以上」
以上が、大学が下した私への処分。
思ったよりも処分が軽かったのは、教授会の中に私の無実を信じてくれている人もいたからだと事務職員は言っていた。さすがは法学部、捨てたものじゃないわね。
もともと大学に友人もいないし、べつに3ヶ月くらいどうってことないわ。
さて、私にはやることがある。
もうこの世界は狂ってしまった。
輝いていた高校時代、いつも私たちの中心にいたこなたはいまや新興宗教の盲信者。
優等生のみゆきは、大麻に溺れ人生の岐路に立っている。
ドジだけど、やさしくていい子だったつかさは、言われもない理由で追い込まれ、精神を病んでしまった。
私はといえば、相変わらずひとりぼっち。
楽しかったあの思い出の日々は返ってはこないのか。
どこで歯車は狂い始めたのか。
相変わらず大学の大麻スキャンダルを追い続けているマスコミ連中が大学の周りをうろついているので、職員用の裏出口から構外に出ると、あらかじめ呼び出しておいたみゆきがそこ立っていた。
「かがみさん…」
大麻事件の主犯として裁かれたみゆきは、医大からの退学処分が決まっている。げっそりとやせ、歩く萌え要素と呼ばれたかつての風貌はどこかに消え去ってしまったようだ。
「これから、どうされるのですか?」
「…こなたのところに行くわよ」
続く
最終更新:2008年12月25日 19:21