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甘さに込めた思い

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「うーん、やっぱりつかさの作るクッキーは美味しいねー」
「えへへ、ありがとー」

休日の昼下がり、こなたは柊家に遊びに来ていた。
つかさの焼いたクッキーを食べながら、つかさと二人で楽しく話している。
こなたは三人で遊ぶ…つもりで来たのだが、生憎かがみは別の友人と遊びに行っていた。
しばらくゲームで遊んでいたのだが、ずっとこなただけのプレーが続いたのでお喋りに切り替えたのだ。

「それにしても、本当につかさは料理上手いよね。
 やっぱり昔から料理は好きだったの?」
「うーん、確かに小さい頃からやってはいたんだけど…
 元々、興味があって始めたわけじゃなかったんだ」
「…え、そうなの?」

つかさがいつもとは違う、柔らかさが抜けた表情になる。
その様子を見て、こなたは多少戸惑いつつも質問をした。

「…えーとさ、それじゃ何で料理を始めたの?
 私みたいに仕方が無い状況で…って訳じゃなさそうに見えるし…」
「うん…丁度お姉ちゃんもいないし、良いかな。
 ちょっとだけ長くなるんだけど、いい?」

少し遠くを見るような目をしているつかさ。
当時に何かあったのだろうか…
こなたはそんな雰囲気を感じ取っていた。

「…うん、聞かせて」

そこから、つかさは静かに話し始めた。
姉と自分の事。
そして、自分が料理に打ち込み始めたきっかけを…


幼稚園の頃、つかさは男子にちょっかいを出されることが多かった。
もちろん4~5歳の子供がやる事なので、からかって反応を楽しむ程度のものだったが…
つかさはからかわれると、すぐに泣き出すことが多かったために、ちょっかい出しの格好の的だった。
だが、そんなつかさには同じ幼稚園内に一つの頼れる存在がいた。
…双子の姉、かがみだ。

「ちょっと!つかさをいじめるな!」
「わー、『しゅごしん』がきたぞー、にげろー!」
「だれが『しゅごしん』よーっ!」

つかさがからかわれて泣き始めると、大体すぐにかがみが飛んできた。
なので幼稚園内では、『かがみはつかさの保護者』というイメージが定着してしまっていた。

「だいじょうぶ、つかさ?
 たまにはつかさもいいかえしなさいよ、むこうがおとこのこだからってえんりょしない!」
「あうぅ…だってだって、いいかえすなんてこわくてできないんだもん…」
「なさけないわねー、もっとしっかりしなさいよ」
「はぅ…」

生来の優しさと気の弱さが災いして、どうしても言い返す事ができないつかさ。
自分の身に問題が起こった時、必ずそれを解決するのはかがみという構図が出来上がっていた。
小さい頃からこの形が出来上がったため、かがみもつかさも特にこの事について気にしてはいなかった。
だが、後にこの関係について考えさせられる機会が起きる。
そのきっかけは、小学校に上がった時の『ある出来事』だった…


かがみとつかさ、小学二年生の時。
つかさは、相変わらずの気の弱さでからかわれる事が多かった。
それでも幼稚園時代のように泣くことは少なくなったが…
やはりその度にかがみが助けに入るのは変わらなかった。
そんなある日、つかさにとって一つの転機となる出来事が起こった。

給食の時間、つかさはいつものように給食当番から食事をよそってもらい、席に戻ろうとした。
だが…

ガシャン!カラカラカラ…

「いたたた…うわあぁぁぁ、どうしようどうしよう…!」

机の前まで来たところで足をもつれさせてしまい、派手に転んでしまったのだ。
教室の床に飛び散った給食。
クラス内が突然の出来事に、一時騒然となる。
同時に、近くにいた友達がつかさを心配して話しかけてきた。

「大丈夫、つかさちゃん!?怪我しなかった?」
「う・うん、大丈夫だけど…あうあう、どうしよう…!」

うろたえてその場から動かないつかさ。
と、そこに別のクラスメイトの女子が割って入ってきた。

「何してるの、急いで掃除しないと!
 柊さん、こけちゃったのは仕方がないから、急いで片付けて!」

言うと同時に、掃除用具入れへと飛んでいくクラスメイト。
それにつられて、他の生徒達もモップや雑巾を取り出しに行った。
…しかし、つかさはその場でへたりこんだままだ。
頭が混乱していて、次にどう行動すれば良いのか整理がつかなかったのだ。
その様子を見て、友達がつかさに声を掛ける。

「ほら、つかさちゃん。
 とりあえず立って、食器を片付けよう?」
「あ…あ、うん、そうだね…」

結局、つかさは落とした食器を使用済み食器のカゴに入れただけで、掃除は全てクラスメイトが終わらせた。
そして食事の時間が終わった後の昼休み、つかさはとあるクラスメイトの女子に声を掛けられた。

「柊さん、ちょっといいかな?」
「あ、え…?」

それは、先程つかさが混乱していた時に割って入ってきた女子だった。
その事を認識するなり、つかさはすぐに謝った。
きっと、さっき動けなかった事についての話に違いない…そう直感したからだ。

「えっと…さっきはごめんなさい、私…動けなくなっちゃって…」
「…謝るんだったら、さっきは自分から行動してほしかったわね。
 普通こぼしちゃったら、雑巾とかですぐに拭く位はするでしょう?」
「あ…う…」

一つ一つの言葉がつかさの心に刺さる。
だが、最も厳しい言葉がその後に発せられた。

「柊さん、普段お姉さんに守られているから…『その事』に慣れちゃってるんじゃないの?
 さっき長い間動かなかったのも、『誰かが助けてくれる』っていう考えが少しあったからじゃないの?
 自分で何とかしようって考えたことは無いの?」
「…!」

言われた瞬間、つかさはこれまでの事を思い返した。
ちょっかいを出された時、自分がミスをした時、勉強がわからない時…
そんな時、いつも姉であるかがみの姿がそこにあった。
最初はかがみが自主的に助けてくれることが多かったが、今は自分から頼りに行く事も多い。
そこには、かがみへの『依存』があった。

つかさは自分でも気がつかないうちに、『姉が守ってくれることは当然の事』と考えるようになっていたのだった。
この事実を認識した途端、つかさの心にある感情が生まれた。
それは依存しきっていた自分への悲しさか、これではいけないという焦りか…
つかさ自身、うまく説明できない感情が渦巻いた。

「そ、それは…その…」

口ごもるつかさ。
この事について反論は全くできない。
しかし、つかさはこの状況で『そう考えた事は無かった』と言う事ができなかった。
言ってしまえば、つかさの中の色々なものが崩壊しそうだったからだ。
それは、つかさの自己を守るための小さなプライドだったのかもしれない。

「…まあ、仕方がないわね。
 何にしても、自分からもう少し何とかしようって気を起こした方が良いと思うわよ?」
「…うん、ありがとう…」

その日、つかさは一つの決意をした。
お姉ちゃんに依存する事をやめよう…
つまり、なるべく自分の力で物事を解決できるように努力しよう、と。
『姉に助けられてばかりの自分』を変えたいと思ったのだ。
…だが、決意だけでは物事はうまく進まないもの。
つかさはこの決意を立てた事によって、逆に自らの弱さを認識する事になる。


一ヵ月後、つかさはリビングの隅でうずくまっていた。
お姉ちゃんに頼らない。
その決意を立てたはいいものの、結局以前と変わらない生活を続けてしまっているのだ。
あれから、いつもの様にかがみがトラブルの現場に駆けつけてくれた事が何度かあった。
その度につかさは、かがみに言葉を伝えようとしたが…できなかった。

『大丈夫だよ、自分で何とかするから』

…それだけの言葉が、どうしても言えない。
まだ、心のどこかで姉という存在に甘えているのだ。
そして、それはつかさの心に深く根を張っていた。
深く染み付いた『それ』は、一朝一夕に取れるものではない。
つかさは甘えてはいけないという思いと、頼りたいという心の間で悩み続けていた。
…と、その時だった。

「…つかさ?どうしたのよ一体」

かがみがリビングに入ってきた。
隅っこでうつむいているつかさを見て、何があったと思ったのだろう。
かがみは心配そうな表情で、いつもの元気さが無いつかさを見た。

「あ、お姉ちゃん…何でもないよ、何でもないから…」

無理に笑顔を作って返事をするつかさ。
しかし、そんな事でかがみをごまかす事はできなかった。

「どう見ても何でもないようには見えないわよ。
 …何か悩みでもあるの?良かったら言ってごらん?」

つかさを心配してくれているかがみ。
しかし、その優しさがつかさには辛かった。
お姉ちゃんが相談に乗ってくれる。
…でもそれは、またお姉ちゃんに頼ることになる。
それだと、せっかく決意したことをまた達成できなくなる…
つかさは、心の中でそう思っていた。
しかし…

「…実はね、私…」

結局、つかさはかがみに相談した。
自分はこれまで、姉に頼りすぎだったのではないかということ。
そして、自分はその状況を改善しようと頑張ったこと。
しかし、結局この一ヶ月間その目標に近付くことが出来なかったこと。
こうして相談する事に複雑な気持ちを抱きつつ、つかさはかがみに全てを話した。

「…そんな事を考えてたの?」
「…うん…」

つかさは話している間、かがみの顔を見ることができなかった。
ある意味、仕方が無い事だっただろう。
自分が頼らないように…と考えていた姉そのものに相談しているのだ。
…やはり、自分はまだ甘い。
自己嫌悪に落ち込みそうになった、その時だった。

「つかさらしくないわね、何をそんなに変な風に考えてるのよ」
「えっ?」

つかさが考えている方向とは、別のニュアンスの答えが返ってきた。
かがみは、さらに言葉を続ける。

「そりゃ、確かになるべく自分で解決できた方が良いとは思うわよ?
 でもさ、そうしようと決めたからって、そんな急に力がつくわけじゃないでしょ。
 特につかさの性格じゃ、『ああいう』トラブルを自分の力だけで解決できるようになるのは、まだまだ厳しいわよ」
「うう…そんなハッキリと言わなくても…」

少し落ち込むつかさ。

「大体、私が助けに入るのは『他の人がつかさに向けて行動した結果起きる』トラブルだけよ?
 男の子からちょっかいを出されたり、からかわれたりするパターンね。
 つかさの行動で起きたトラブルには、流石に助け舟を出せないわよ。
 それさえも自分で解決しようとしないなら、私もそのクラスメイトの言葉に同意するわね」
「あ、う…」

お姉ちゃんに頼らないように。
そればかりを考えていたせいで、自分自身の欠点を修正することまで気がまわっていなかった。
最初にクラスメイトから言われた言葉だったのに…
…自分は何を勘違いしていたんだろう。
そんな考えが、つかさの頭をよぎる。

「…それに、つかさは自分が頼りっぱなしだって事を悩んでいたみたいだけど…
 私だってつかさに頼っている事…助けられている事があるんだよ?」
「…ふぇ!?」

意外な言葉だった。
自分が姉に頼られ、そして姉を助けていた…?
全く自覚がなかったつかさにとって、その言葉の衝撃は大きかった。

「私が落ち込んでたり、悩んでいたりしていた時…
 そんな時、つかさはいつも私を元気付けようとしてくれてるよね。
 つかさがかけてくれる言葉で、いつも私は安心できるんだ。
 そういう意味では、私はつかさの事を頼りにしているんだよ」
「えっ…私…が…?」

かがみは悩んだり落ち込んだりした時、それを一人で抱え込む癖がある。
それをいち早く察知し、声をかけるのはつかさだったのだ。
助けられてばかりだと思っていたが、実は自分も姉を助けていた…
この言葉は、つかさを追い詰めていた心を緩めさせるのには十分だった。
…だが、つかさの心の隅には何かがまだ引っかかっていた。

「それに、私達はまだ小学生じゃない。
 そんな難しいことを考える必要は無いわよ!
 あれこれ考えず、今まで通りにいこうよ、ね?」
「…う、うん」
「ふふ、少しは笑顔が戻ったみたいね」

話が終わり、リビングから出て行くかがみ。
その後姿を見ながら、つかさはある事を考えていた。
自分が直していくべき部分。
それは、先程のかがみとの話ではっきりとわかった。
この事については、これからの生活でゆっくりと直していけば良い。

だが、つかさはもう一つの事も考えていた。
今までかがみが落ち込んでいた時の事を思い出していたのだ。
かがみが机の前で泣いていた時、頭を抱えて悩んでいた時…
そんな様々な場面で、つかさは確かにかがみの心をフォローしていた。
そして、落ち着いたかがみが『ありがとう』と言葉を返す。
…しかし、そこにはいつものかがみから抜け落ちているものがあった。

そう、『笑顔』だ。

かがみは、とにかく心に色々な事を溜め込むタイプだ。
なので一旦落ち着いたとしても、心に余裕ができない。
心の片隅に、必ず不安要素が残るようにしてしまっているのだ。
油断してはいけないという、かがみの堅実な面がそうさせているのだろう。

しかしそれでは、精神の方が持たない。
そんな事を続けていれば、いつか何かしらの形で爆発する可能性もある。
いつも自分を体だけではなく、心まで守ってくれるお姉ちゃん。
力が弱い自分としては、せめてお姉ちゃんの心をしっかり守りたい…
その為にはどうすればいいのだろうか。
またそういう状況になった時、お姉ちゃんの心を芯からほぐすためにはどうすればいいのか…

その時、ふとつかさの頭に一つの考えが浮かんだ。
かがみが今まで、一番良い笑顔をしていた時の事。
楽しく話をしていたときの事。
少し重い話をしていても、ある事がきっかけで先程までの緊張が解ける時…

「…あ」

つかさは思いつくやいなや、すぐに家の本棚をあさった。
しばらくごそごそとやっていたが、ある本を一冊手に取った。
それは、菓子作りのレシピ本。

「…お姉ちゃんが一番幸せそうな時って、お菓子を食べてる時だもんね」

少なくともつかさの記憶の中で、一番かがみがリラックスしている場面はお菓子を食べている時だった。
ならば、自分の想いを込めたお菓子で心を暖めてほしい。
単純な理由だったが、それが当時のつかさが出来る精一杯の事だった。
何より、これまで自分を守ってくれていた事のお礼にもなるから。

早速作ってみよう…と思ったが、思いとどまった。
せっかくだから、ちょっとお姉ちゃんを驚かしたい。
そこで、つかさはかがみが家にいない時に菓子作りの練習を始める事にした。


母・みきの協力も得て、つかさは菓子作りの練習を始めた。
初めての菓子作りに選んだのは、クッキー。
なるべく自力で頑張りつつも、難しい所は母の助けを借りつつ作っていった。
…そして、試作第一号が完成。
早速、母と一緒に試食してみる。

「あら、結構美味しく出来たじゃない。
 初めてにしては上出来よ、これは」
「うん、思ったより良い感じに出来たねー」

想像以上の出来栄えに喜ぶ二人。
後はもう少し練習して、ちゃんと一人でも作れるようにしよう…
そう思った時だった。

「あれー、つかさ、お母さんと一緒にクッキー作ったの?
 どれどれ、一つ食べさせてよ」
「あ、まつりお姉ちゃんー」

姉のまつりが入ってきた。
まつりは机の上に置かれたクッキーを見ると、すぐに手を伸ばして口の中へと放り込んだ。
反応を待つつかさ。
ところが、まつりからの反応は予想外のものだった。

「…あれ、何だかちょっと微妙だね…お母さん、いつもと作り方変えた?」
「えっ!?あの…まつり、あのね?」

今回はつかさが主に作ったのだ、と説明しようとするみき。
だが、まつりはそのまま感想を喋り続ける。

「何だかいつものお母さんらしくない味だね。
 新しい味に挑戦しようと思ったの?
 前より美味しくないから、これはやめておいた方がいいんじゃな…」
「まつり!これはつかさが初めて作ったクッキーなのよ。
 私はつかさの作業を手伝っただけなの!」

言われた瞬間、まつりの顔が凍りつく。

「えっ……あ…!」

まつりの多少大雑把な性格が、ここで災いしてしまった。
つかさは母の作業を手伝っているだけだと思い込んでしまい、思った事をそのまま口に出してしまったのだ。
まつりとみきは、恐る恐るつかさの様子を見る。
つかさは、下を向いたまま黙っていた。
その様子を見て、まつりが口を開く。

「…ご、ごめん…あの…お母さんの作業を手伝っているだけかと思ってね…その…えっと…」

まつりは混乱していた。
自分が発した不用意な言葉のせいで、つかさを傷つけてしまった…と。
みきも同じように、つかさが傷付いたのではないかと心配していた。
だがその直後、つかさが急に顔を上げる。

「まつりお姉ちゃん、感想ありがとう。
 もっと美味しくなるように、色々試してみるね」

二人の予想に反して、明るい表情と口調で返事をしたつかさ。
流石にこれには、まつりとみきの両名が驚いた。
いつものつかさだったら、半分泣きべそ状態になっていただろう。
しかし、今日は違った。
『美味しくない』という意見を素直に聞き入れ、なおかつもっと美味しくすると言ったのだ。
今までからは考えられないつかさの様子を見て、まつりは戸惑いながら言葉を返した。

「い、いやその…ちょっとストレートに言い過ぎてごめん。
 えっと…美味しく出来たクッキー、期待してるね」
「うん、頑張るね!」

一体つかさはどうしたのだろう。
そんな考えが、まつりの頭の中を駆け巡った。
一体どうしたのか…と聞こうとしたが、流石に居心地が悪かったのか、そのまま退席した。

一方、当人のつかさはもっと美味しく作ろうと意気込んでいた。

(そうだよね、やっぱり食べてもらうならしっかり美味しいものを作らないと…
 誰が食べても『美味しい』って言ってもらえる位のものにしなくちゃ!
 …何より、かがみお姉ちゃんに美味しいって感じてもらわないと意味が無いもんね)

そう、今のつかさは『かがみに美味しく食べてもらいたい』という事だけを考えていた。
理由はどうあれ、思いというものは人を強くする。
つかさは色々な意見を貪欲に取り込み、より良いものを作ろうという気概に満ち溢れていた。
…それからしばらくの間、つかさはかがみが家にいない時を使ってクッキー作りの練習を続けた。
そして一ヵ月後…


「うん、良い感じにできたーっ!」

休日の昼過ぎ、台所につかさの声が響いた。
あれからつかさは何度も改良を重ね、少しずつクッキーの味を高めていった。
そして一ヶ月経った今日、最初の頃とは比べ物にならない程のクッキーを作り上げたのだった。
まずは自分で試食するつかさ。
どうやら、納得がいく味にできたようだ。
そこでつかさは母を呼び、出来上がったクッキーを試食してもらった。

「まあ、これ凄く美味しいじゃない!
 お母さんも形無しだわ…腕を上げたわね、つかさ」
「えへへ、頑張ったもん」

嘘偽りの無い賞賛の声に、つかさは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑った。
ようやく美味しいクッキーが作れるようになった。
後は、かがみに食べてもらうだけ…

その時だった。

「…ただいまー」

玄関の戸がゆっくりと開けられる。
声の主はかがみだ。
いつもなら5時近くまで遊んでいるのに、今日は早く戻ってきた。

「お帰りなさい、かがみ。
 今日は珍しく早いわね?」
「お母さん、ただいま。
 …うん、今日はちょっと早く解散しちゃってねー」

笑いながら返事をするかがみ。
だが、つかさの目には笑顔の裏の顔が見えていた。

(…お姉ちゃん、何かあったみたいだ…)

そのまま部屋に戻るかがみ。
つかさは、後を追ってかがみの部屋へ向かった。
扉の前に近付くと、中から声が聞こえてくる。
…それは、押し殺した泣き声だった。
流石にこの状態で部屋に入るわけにはいかない。
かがみの状態が落ち着くまで待った後、つかさは部屋をノックする。

「…お姉ちゃん、入っていい?」
「…つかさ?…いいわよ」

声の雰囲気だけは、いつもの状態に戻っていた。
部屋に入ると、そこには机の前に座った、少し目のまわりがほんのり赤いかがみがいた。

「どうしたのよつかさ、何かわからない事でもあったの?」

あくまで平静を装うとするかがみ。
しかし、無理をしているのがつかさには丸分かりだった。

「…お姉ちゃん、今日何かあったの?
 帰ってきた時、何だか様子が変だったから…気になって…」
「…!」

その瞬間だった。
かがみがつかさに抱きつき、泣き出したのだ。
いきなりの事につかさは驚き、戸惑った。

「お、お姉ちゃん?」
「つかさ…うっ…聞いてよぉ…ぇぐっ…」

つかさはかがみをなだめながら、話を聞いた。
聞くと、友達と遊んでいる最中に些細なことで喧嘩したらしい。
それだけならまだ良かったのだが、相手がかがみの持っていた人形を壊したのだった。
それは、かがみが一番気に入っていた、そして大事にしていたもの。
目の前でそれを破壊されたショックから、かがみは相手に一発ビンタを入れてそのまま帰ってきたらしい。

「そうだったんだ…」
「大事だったのに…お気に入りだったのに…!」

先程とは違い、今度はしっかりと感情を表に出しているかがみ。
やはり一番近い、そして一番気を許せる存在の前だからだろうか…
そこには姉と妹という関係を越えた、信頼しあえる二人の関係があった。

「お姉ちゃん、元気出して。
 お人形は壊れちゃったかもしれないけど、今までの楽しかった思い出は残ってるでしょ?
 …あのお人形さんは、ずっとお姉ちゃんの心にいるよ。
 だから…泣かないで…」
「うっ……ひぐ…っ…!」

それからしばらく、かがみはつかさの胸で泣いた。
とっても頼もしいお姉ちゃんだけど、意外と弱いところもあるんだな…
そんな事を、つかさは考えていた。
…そして十数分後、かがみは落ち着きを取り戻した。

「…ありがと、つかさ。
 また…助けて貰っちゃったね」
「ううん、私はお姉ちゃんの話を聞いただけだよ」
「…あはは、相変わらずつかさは控えめねー」

かがみの顔に笑顔が戻る。
と、その時だった。
かがみが急にバランスを崩して倒れそうになった。

「うわっ…とと…」
「お、お姉ちゃん?どうしたの?」
「うん…ちょっと疲れちゃったみたい。
 今日は色々あったからね…」

先程までは気がつかなかったが、確かにかがみの表情には疲れの色が出ていた。
喧嘩と怒りから来た疲労、そして泣いた事による体力の消費が大きかったからだろう。
ひとまず、つかさはかがみをベッドに寄りかからせる。
そして、しばらくつかさはどうしようか考えていたが…

「お姉ちゃん、ちょっと待っててね」

言うなり、つかさは部屋を飛び出した。
急に部屋を出て行ったつかさを見て、かがみはきょとんとする。
つかさ、急にどうしたんだろう…
普段とは少し違う様子のつかさを見て、かがみは多少不思議に思っていた。
しばらく待っていると、とたとたと音を立てながらつかさが戻ってきた。

「お待たせ、お姉ちゃん」
「急にどうしたの?…って、それは?」

つかさの手には、かがみが戻ってくる前に焼き上げたクッキーを乗せた皿があった。
そう、この時のためにつかさは今までクッキーを作る練習をしていたと言っても過言ではない。
部屋の真ん中にある机に皿を置き、つかさがゆっくりと喋り始める。

「疲れちゃった時には、やっぱりお菓子を食べるのが一番だよ。
 お姉ちゃんが帰ってくる前に、クッキーを焼いたんだ。
 一緒に食べようよ」
「え?…これ、つかさが作ったの!?」

かがみにとって、それは衝撃的な事だった。
かがみはつかさが今まで料理をしている所を、全く見たことがない。
しかし、つかさが持ってきたクッキーは見た目からしてとても良く出来ていた。
ほんのりと良い香りも漂っている。
気が付くと、かがみはクッキーに自然に手を伸ばしていた。

「じゃあ…いただきます」
「うん、食べてみてー」

まだほんのり温かいクッキーを、かがみは口の中へ入れる。
その瞬間、香ばしくて優しい香りが口の中一杯に広がる。
それは、かがみの予想を超えた美味しさだった。

「えっ…お、美味しいっ!
 こ、これ本当につかさが作ったの?凄すぎるわよ!」
「えへへ…ありがとうー
 実はお姉ちゃんが家にいない時、こっそり作るのを練習してたんだ。
 お姉ちゃんに食べてもらいたいなって思って…」

クッキーを食べるかがみの顔には、先程まで泣いていたのが嘘だったかのような笑顔になっていた。
そんなかがみを見て、つかさもつられて笑顔になる。

(よかった…お姉ちゃん、心が和らいだみたい。
 やっぱり一生懸命作って良かった…)

かがみの様子を見て、ほっとするつかさ。
自分も一緒に食べようとした、その時だった。

「…つかさ、ありがとう」

かがみが声をかけてきた。
それに気付いたつかさはクッキーを取ろうとした手を止め、声の主を見る。
そこには、普段はめったに見せる事の無い、優しい表情をしたかがみがいた。

「このクッキー、とても美味しいわよ。
 …それに、凄く優しい味がする。
 つかさの優しさや思いが伝わってくるような…そんな味がする」
「そ、そんな、大げさだよー」
「いや、本当よ。
 …やっぱり私は、こういう所はつかさに敵わないんだなって思うわ。
 つかさの優しさには…とってもね…」

穏やかな表情で話すかがみ。
つかさはその言葉を、静かに聞き続けた。

「…つかさのお菓子は、体にも心にも優しいと思うわ。
 私にとって、一番美味しくて嬉しいものかもしれない。
 だから…今度またつかさが何か作ったら、是非食べてみたいな」

かがみが顔を少し赤くしながら、つかさに微笑みかける。
つかさはそれを受け、自然に言葉を返していた。

「うん、もちろんだよ!
 これから色々美味しいお菓子を作っていくから、期待していてね!」
「本当!?それじゃあ、楽しみにしてるね!」

満面の笑顔で喜ぶかがみ。
つかさも、そんなかがみを見て笑顔でいっぱいになっていた。

この日はかがみにとって、とても辛い日になった。
だが、同時にとても幸せな日でもあった。
…そして、つかさにとっても最高に幸せな一日になった。
それは、姉妹の絆がより深まった日。
この日が二人にとって、人生に深く刻まれる日の一つとなったのは間違いなかった…


「…そっか、つかさが料理を始めたきっかけは、かがみを思っての事からだったんだね」
「うん、それからお菓子作りにはまって、段々普通の料理にも興味が出てきて…
 気が付いたら、今みたいな感じになってたんだ」

目の前にあるクッキーを手に取り、こなたがふと声を漏らす。

「この美味しいクッキーも、かがみがいたからこそ出来たって訳かあ。
 …何だかちょっと、かがみとつかさが羨ましいな…」

こなたは、かがみとつかさの『姉妹としての絆の深さ』に羨ましさを覚えていた。
もし、自分にも実の姉や妹がいたらどうなっていたのだろうか…
そんな事を、つかさの話を思い出しながら考えていた。

と、その時。

「たっだいまー!
 あ、こなた来てたんだ?いらっしゃいー」
「やあかがみ、お邪魔してるよー」
「ちょっと待っててね、荷物置いてくるからー」

かがみが帰ってきた。
いつもと変わらぬ笑顔で帰ってきたかがみ。
しかし、友達と遊びに行っていた割には帰ってくるのが早い。
こなたはそれを見て、つかさに一つ質問をした。

「…ねえつかさ、今日のかがみはどう?」
「え?…ふふ、大丈夫だよ、今日は特に何も無かったみたい。
 多分友達の都合で、早く解散しただけじゃないかな?」
「そっか…あはは、良かった。
 …でも、泣いちゃうかがみを少し見たかった気もするけどね」
「流石にもうそんな事はないでしょー、私達もう高校三年生だしね」
「はは、そうだよねー…以前ダイエット失敗した時は泣いてたけど」
「あはは…でも、それお姉ちゃんの前で言っちゃ駄目だよ?」

笑いあうこなたとつかさ。
丁度そのタイミングで、かがみが部屋に入ってきた。

「お待たせー…って、何二人で笑ってたの?」
「んーん、何でもない、ただの世間話だよ。
 それよりほら、さっきつかさがクッキー焼いたから一緒に食べよー」
「おー、それじゃ早速頂こうかしら」
「食べ過ぎてまた太らないようにねー」
「うるさいわ!」


料理やお菓子の美味しさをさらに素晴らしくする要素。
それは、作り手の心。
思いを込めて作ったものを食べれば、皆も自然と笑顔になれる。
今、こなた達はとても良い笑顔で喋り、笑いあっている。
その絶えぬ笑顔は、つかさのクッキーに込めた思いがこなた達の心に響いた結果なのかもしれない。












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コメント:
  • かがみ×つかさ!なんか良い話
    で、感動しました。 -- チャムチロ (2012-08-29 15:57:08)
  • 話はよかったけど普通給食こけて倒したら小学生なら慌てて混乱するんじゃね? -- 名無しさん (2011-04-21 16:48:37)
  • こんなお話が大好きです -- 名無しさん (2008-08-11 15:54:37)
  • いい話でしたGJ
    -- 九重龍太 (2008-06-15 09:30:35)
  • GJ!GJ!!GJ!!! -- 名無しさん (2008-04-03 00:24:24)
  • ええ話や!
    -- 名無しさん (2008-04-01 13:35:56)
  • なんとも素晴らしい。
    かがみの為に頑張ってたのがいいですね。 -- 名無しさん (2008-01-31 09:08:08)

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