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栗色攻略戦 前編

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匿名ユーザー

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 簡単だった。
 そう。考えてみれば――否。本来なら考えるまでもないほどに、実に簡単なことだった。
 かがみを挟んで私の対称位置にいる人物。
 かつ、峰岸さんが味方をする相手。
 そんなの、一人しかいないじゃないか。
 そんなことにも気付けないなんて、どうやら私は相当に面食らってしまっていたらしい。

 でも、分かったよ。
 構図は見えた。陣営も把握した。
 丸二日かけて情報を収集し、作戦も立てた。切り札も用意した。あとは幕を上げるだけ。
 それじゃあ行こうか。
 第二ラウンド、だよ。


  -----------
        栗色攻略戦
  -----------


 私立だからか、この陵桜学園には毎週じゃないけど土曜日にも授業がある。
 ふだんは面倒くさいだけのそのことが、今日だけはありがたい。 
 あの学食遭遇戦から四十八時間が経過したこの放課後。私、泉こなたは学校の図書室を訪れていた。
 ある人物と待ち合わせをするために。
「――お、きたきた。おーい、こっちこっち」
 程なくやってきた待ち人に、手を挙げて笑顔で呼びかける。
「……」
 さすがに場所を考慮してか、相手は仕草だけで返答し、そのまま歩み寄ってくる。
 そして手に持っていた四つ折りのルーズリーフを、私が着いている大机の上に広げて置いた。

“放課後、図書室まで来て。できれば一人で”

 自分の筆跡によるその短い文章に私は一旦目を落とし、そしてまた相手の顔を見上げる。
 不可解八割、不機嫌二割ってところかな。
「なんだよちびっ子。わざわざこんなモン使って呼び出して」
 その人、日下部みさおは表情どおりの声で言った。
「あ、うん。ゴメンね」
 なるべく申し訳なさそうな顔を作って謝る。
 それは紛れもなく私が彼女の靴箱に仕込んだものだ。三時間目の休み時間を利用した。
「ちょっと、かがみには知られたくなくてさ。メアド知らないし。――えっと、何か予定あった?」
「ぃや、別にねーけど。てかなんなんだよ」
 言いながら、みさきちは私の向かいに腰掛ける。ちょっと警戒入ってるね。愛想良くしすぎたかな?
 ならばさっさと本題に入るとするか。
「聞いたよ。最近がんばってるんだって? 勉強」
「ん? あー。まーな」
 ふむ、意外と反応が薄いね。誰に、とも訊かないし。
 ま、想定の範囲内だけど。
「どんなふうにやってるの?」
「……なんでそんなコト訊くんだよ」
 おっと、ここで硬化しますか。
 だったら少しほぐしてあげちゃおう。
「だって、みさきちって私とレベル同じぐらいだったじゃん? だから真似できるかなーと思って。
かがみやみゆきさんの流儀じゃハードル高すぎるんだよね」
「……ふぅん」
 ちょっと意外そうな顔をしたあと、何気ない感じでみさきちは相槌を打つ。
 でも微妙に喜んでるよね。わかりやすくて助かるよ。
「なんてゆーかさ、やっぱ受験生なわけだしね私も。いつまでもなまけてるわけにもいかないし、
何よりさ、いつまでもかがみに頼りっぱなしじゃ迷惑だと思うんだよね」
 続く私の言葉――特に最後の部分に反応し、眉がピクリと動いた。
 そしてまた「ふぅん」とつぶやくと、
「……しゃーねーな。わかったよ。教えてやろうじゃないの」
 偉そうにそう言った。
 ちょっと赤くなってる。かわいいもんだねぇ。

「――つっても別に特別なコトはしてねーよ。基礎をみっちりやってるだけ。とりあえず最初は
一年の復習から始めた」
「ほうほう」
「ここに受かったってことはさー、ここの授業についていけるって判断されたってことじゃん?
そう思って真剣にやってみると、意外にイケるんだゼ、コレが」
「おおー」
「あとはまー、繰り返しだな。解らなくなったら解るところまで戻ってやりなおす。
あ、でも歴史なんかは逆だぜ。まず大雑把に憶えて、そっからだんだん細かくしてくんだ」
「なるほどなるほど」

 得意げに語るみさきちに、できるだけ感情を込めて相槌を返す。
 その作業は思ったより簡単だった。てか意外と、本当に参考になるかも。
 明らかに誰かさんの受け売りな部分もあるけど、あえてツッコミは入れないでおく。
 まだ機嫌を損ねられちゃ困るからね。
「ま、そんなトコかな。なんか質問ある?」
「うーん……今はちょっとないかなー。またあとで思いついたら訊いてもいい?」
「おっけーおっけー、おねーさんに任せなさい」
 えっへん、と胸を張るみさきち。
 どうやらポーズじゃなく、素で得意になってるね。……頃合い、かな?
「でもさー」
「ん?」
 私の自然なつぶやきに、みさきちは笑顔で首をかしげる。
 その笑顔に向け、隠し味程度に尊敬の念を匂わせて、そっと本命の問いを差し出した。
「なんで急にがんばろーと思ったの?」
 答えは、実はだいたい知ってる。
 おおよその見当はついてたし、ゆーちゃんにも確認を取ったから間違いない。
「んん? ……へへん、知りたいか」
 みさきちの笑顔が、勝ち誇ったようなものへとシフトする。
 シミュレーションBか。
 よりにもよって、一番やりやすいパターンとはね。
「う、うん」
 勝利への確信を押し殺し、わずかに戸惑いの色を見せると、みさきちは得意げにうなずいた。
「そーかそーか。ならば教えてしんぜよぅ」
 その姿からは、もはや疑いも警戒も完全に消えている。
 ここまで来ればこちらから口を挟む必要はもうないだろう。
 新世界の神にでもなった気分だよ。
 まさに計画通り。笑いをこらえるのがこんなに大変だったとは、ってね。


 そうしてみさきちが語った内容は、だけど少し意外なものだった。
 かがみにもっと構ってもらうために勉強をがんばる――そこまでは予想通りだったけど、
 まさか夏休みの宿題を自力でできるかどうかなんて賭けまでしたとはね。
 道理で自信満々なわけだよ。
 口ぶりからして賭けそのものには負けたみたいだけど、かがみの心を動かすのには成功した、と。
 試合に負けて勝負に勝った、ってことになるのかな。
 ともあれ、これで欠けていた最後のピースも埋まったし、全ての準備は整った。
 覚悟はいいか、泉こなた?

「どーするー? ちびっ子。おまえも中間あたりでがんばってみっか?」
 余裕たっぷりに笑うみさきち。
 声大きいよ。図書室だよここ。
 ま、いーけどね。もう用は済んだし、そろそろご退場願うとしますか。あともつかえてるし。
「いやぁ、二番煎じはどーかな。そもそも私には無理だよ」
 無理だし、無意味だ。
「へっへん。ま、やるだけやってみろよ。勉強できて損ってことはないぜ?」
「あはは、そーだね。がんばってみようかな。ありがとね、みさきち」
「おう。どーってことないって」
「いやホント。付き合ってくれてありがと。参考になったよ。こんど何かおごらせてよ」
「そか? じゃあ……」
 遠慮のない調子でつぶやきながら、みさきちは視線を宙に飛ばし、そしてニヤリと笑った。
「確かバイトしてるんだよな? コスプレキッサ、だっけ。そこでなんか食わせてくれよ」
 そ、そう来ますか。
 誘導無しだとナニ言い出すかわかったモンじゃないね。別にいーけど。
「おっけ。とっときのオススメ出すよ。いつがいいかな、っと……」
 言いつつ、スカートのポケットから携帯電話を取り出す。
 ふふふ、激辛パフェなんかどうだろうね。

 ――あ。

 かがみから着信入ってるよ……
 何も言わずに連続ですっぽかしちゃったからかな。まったく寂しがり屋さんなんだから。
 でも今はこっち優先。
 ゴメンねと心の中で謝りながら、何気ないふうを装ってスケジュールを呼び出す。
「えーっとね、来週は火曜と金曜、あと次の日曜にシフト入ってるから――」
 いつにする、と言いかけたところに、
「あっ、そーだ! それより!」
 大声が被せられた。
 さすがに慌てる。
「ちょっ、みさきち声大きいっ。ここ図書室っ」
「うおっ。ご、ゴメンゴメン」
 奥の方のちょっとした隠しスペースだから周りに人はいないけど、それにしたって限度があるよ。
「もぉ……で、なに?」
「あ、うん。岩崎のこと」
「え――」
 思いがけない名前に、心臓がドクンと跳ねた。
 思いがけないってゆーか、最初からずっと頭にあったけど、相手から出されるのは想定外だ。
 なんで? まさか、知ってる?
「い、岩崎って、岩崎みなみちゃん……?」
「そっ。その岩崎。おまえって、あいつとワリと仲いいよな?」
「……まぁ、ね。ゆーちゃんの友だち、だし」
「だよなっ? だったらさー、おまえからも陸上部入るように頼んでみてくんないかなー。
なんかいっくら口説いてもぜんぜんでさ。あんだけの逸材がもったいないって」
「……」
 え?
「……はい?」
「だから、勧誘。あいつめっちゃ足速いんだぜ? 知らねーの?」
「う、ううん。知ってる」
 私と同じぐらいだとは聞いたよ、ゆーちゃんから。
 けど……なんだ。そんなことか。ビックリした。計画が全部パーになるかと思った。
 でも考えてみればゆーちゃんにもひよりんにも口止めしたんだし、そんなわけはないよね。
「……別にいいけど、なんで私?」
「だからぁ、仲いーんだろ?」
 いやまーそーだけど。みさきちよりは付き合い長いけど。
 でも難しいと思うなあ。それって言い換えれば、放課後はゆーちゃんを放置しろってことじゃん。
 そんなの、たとえゆーちゃん本人から頼まれたってOKするとは思えないよ。私なんかじゃなおさらさ。
「まあ、言うだけ言ってみるけど……保障はできないよ?」
「よしっ! じゃー契約成立な!」
 ずいっ、と手を差し出してくるみさきち。
 仕方なく握り返す。
「だから、声大きいって」
 ま、いっか。


「そんじゃ私、少し調べ物してくから」
「おうっ。じゃまたな、ちびっ子」
 そして来たときとは対照的な騒々しさでみさきちは去っていった。
 それを見届けると、私は、
「さて、と」
 つぶやいて。
 顔の向きはそのままに。

「――峰岸さん」

 呼びかけた。
 二秒、
 三秒。
 反応はない。
 目を閉じる。
「…………」
 十秒数えて、開ける。
 すると音もなく。
 気配もないままに。

「こんにちわ、泉ちゃん」

 その人、峰岸あやのさんは私の真正面に佇んでいた。
 ……演出を心得てるねえ。


     ☆


「うん、こんにちわ」
 まずは笑顔でお出迎え。
 峰岸さんも笑ってる。けど、
「どうして、いるって分かったの?」
 うわ、ホントに不思議そうな声。ぜんぜん裏が見えない。みさきちがアレだった分、なおさらか。
 でもそんなの関係ねぇ。ここまで来たらやるしかないさ。
 とりあえずこちらも笑顔は崩さずに。
「ううん、分かんなかった。でも来るって信じてたよ。――どう? 隠れやすかったでしょ、ここ」
 両手を軽く広げて周囲を示す。
 奥まった隠れスペース。
 逆に言えば、内側からも周りが見えにくいってこと。
 私からもみさきちからも死角になる場所は、ちょっと調べただけでも四ヶ所はあった。
「うん。……そっか、まんまと釣られちゃった、ってわけだ?」
 さりげない動きで辺りを見回しながら、峰岸さんは悪戯っぽくつぶやく。
 同時にこぼれた髪を耳にかけなおす仕草は逆に大人っぽくて、そのギャップがすごい威力だ。
 コレがふだん目立たないんだからなあ。
 どんだけ自己制御が上手いんだか。
「でも、それと私が来ることとは、関係ないんじゃない?」
「そうだね。でも、みさきちに用がない日は一緒に帰ってるんだよね? だったら峰岸さんも手紙を
見る可能性は、高いでしょ。で、見さえすればもう、来るでしょ」
「そう?」
「そう」
「『一人で』って書いてあったじゃない。それを無視すると思ったの?」
 ひどいな、と峰岸さんは微笑む。
 またホントに悲しそうだし……
「いやいや、実際来といてソレはないでしょ。ってゆーか、そうじゃなくてね」
 ぴ、と人差し指を一本立てる。
「だって“ヒロイン”同士の直接対決だよ? それを知ってて見逃す“読者”がいるかな?」
「そっか……」
 峰岸さんのまぶたが、かすかに開いた。
 色素の薄い瞳が垣間見える。

「……それで、どうするの?」

「……っ!」
 うわぁ。
 なにコレ? 声色とか使ってないよね? なんか雰囲気が一変したんですけど。
 たまらず顔を伏せてしまった。
 目を開けただけで、なんでこんなに……東の龍王かこの人。
「……場所、変えよっか」
 ごまかすように、そのまま立ち上がる。
 けど、もともとそのつもりではあったし。好都合だと考えよう。
「あら、調べ物するんじゃなかった?」
 さっきの凄味を収納し、またしても本当に不思議そうに峰岸さんが訊いてくる。
 普通に考えたらイヤミなんだろうけど、まるでそうは聞こえない。恐るべきは、その柔らかさか。
「もちろん、調べるよ?」
「私を?」
「そゆこと」
 そして頭の回転も速い。いやホント、これは思った以上に強敵だ。
 よくこんな人とノンキにマンガ談義なんてできたな、二日前の私。
 でも、なんなんだろうねこの感じ。
 ゾクゾクする。

















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