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えす☆えふ2

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だれでも歓迎! 編集
「おーす」
「お姉ちゃん、いらっしゃーい」

 若い盛り、食べたい盛りの思春期の少年少女がその食欲を開放する無法地帯、その名は昼食時間の教室。
 かがみはいつものように、三年B組を訪れていた。

 ただし、半月ほど前から、もう一人と連れ立って、になったのだが。

「やほー、こなた姉さん」
「やふー、こなつー」

 その連れ合いとは……KONATA-02、通称こなつー。
 みゆきの手によって作られた、こなたのレプリカアンドロイド、その人(?)である。

「こなつー、C組はもう慣れた?」
 かがみの膝に乗せられながら、こなた。……もはや観念したのか、それについては何も言わない。
「うん、最初は間違えてB組に入りそうになったけど、もう大丈夫だよ」
 首をめぐらせるこなつー。その動きにつれて、紺色の髪がさらりと流れる。
 えへへぇ、と曖昧に笑いながら、つかさがさりげない風を装って、彼女の脇へと席を移した。
「でもさー、なんで私まで陵桜で勉強しなきゃならないんだろ」
「黒井先生の差し金らしいよ。『頭の中が泉と同じなら、ちゃんと授業は受けなあかん!』って、職員室で強硬に主張したんだってさ……はむっ」
 見事にシンクロしたタイミングで、お尻からチョココロネにかじりつくこなたとこなつー。教室中にシャッターの音が響く。
「むぐむぐ……な、なんかヨコシマな考えがありそーだね。……でも、授業料だってバカにならないのに……」
「んー、家族割が効いてるらしいよ」
「んなエコヒイキな……ああ、そういや理事長も『こな☆フェチ』感染者だったっけ」
 陵桜が私立でよかった……いや、こなつーにはいい迷惑か。

 ぴんひょろりー。
 間の抜けた鳴き声をあげて、窓の外でトンビがくるりと輪を描いた。


――――――――――
 『えす☆えふ2』
こなつー大ピンチ!編
――――――――――


「こなつー、あんたさっきまた居眠りしてたでしょ」
 こなたの肩越しに自分の弁当をつつきながら、かがみのジト目がこなつーを射る。
「い、いやー、あれは不可抗力なんだよ。あの先生の声、私の思考ロジックを強制停止させるコードが含まれてるんだよね~」
 あわてて取り繕うこなつーを、こなたがニヤニヤしながら見守っている。……次の瞬間、非難の矛先は自分に向くとも知らずに。

 彼女がこの輪に加わって、まだそう長くは経っていないはずなのに、まるでずっと前から繰り広げられていたかのような……
 そんな、いつもの食事風景である。

「ったく……そーいう時だけ都合よくロボットぶるんじゃないの。頭の中はこいつとまったく同じなんでしょうにさわさわ」
「うひゃっ!? か、かがみ、さりげにお尻さわんないでよ~」
 こなつーに鋭いツッコミを入れながらも、かがみの指は膝に座らせた『こいつ』……泉こなたの太腿から、小さなお尻へと這い上がっていく。さも当然かのように。

「そういえば、こなちゃんも居眠りしてなかった? もそもそ」
「ひゃぁ!? ちょ、ちょっとつかさ、そんなトコから手入れないでよー」
 そういうつかさは、こなつーの肩に手を回し、がっちりと抱き寄せている。
 その手はこなつーの胸元から中へと潜り込み、小さな胸を包み込んでもぞもぞと蠢いているのだった。

「泉さんとこなつーさんは双子の姉妹……いえ、それ以上の関係ですから、エンパシー(共感能力)のようなものが働いているのかもしれませんね」
 メガホンを手に、五メートルほど離れた場所にぽつんと陣取って、みゆきが言った。
『エンパシー?』
 こなたとこなつーが、同時にみゆきの方へ振り向く。……その拍子に、二人とみゆきの距離が五メートルを割った。
「『コルシカの兄弟』というおはだしがあるんでつよだばだば」
 みゆきの鼻血が溢れ出し、ふた筋の赤い筋を描いて机に血溜りを作り始める。
『う、うぉっとっと』
 慌てて距離を取る二人。その途端、鼻血がぴたりと止んだ。
 どうやら、みゆきの鼻血圏内は五メートル、ということらしい。

 ……賢明な読者諸兄は、ここまで読むまでもなくお気づきかと思う。
 彼女たちは全員、ブ○ックジャックも匙を投げたあの奇病、『こな☆フェチ』の罹患者である。
 別名、突発性難治性対特定対象性欲異常亢進症候群。正式名称はこの五倍ほどの長さがあるのだが、割愛させていただきたい。

「双子の片方に危機が訪れるともう片方が胸騒ぎを感じたり、好みや行動が期せずして一致したりするのは、エンパシーによるものだと考えられているんですよ」
「へぇー。でもゆきちゃん、私とおねえちゃんも双子だけど、そんな感覚って感じたことないよ?」
「いえ、これは医学的に認められているわけではだくで(だばだば……ぴたっ)、伝承に過ぎない話ではあるんですよ」
「…………」
「ただ、調べてみますと実際にいくつか事例が報告されているようでづどで(だばだばだば……ぴたっ)、無下に迷信と片付けてしまうのも気が早すぎるかと……」
「……ねえ、ちょっと」
「まして、こなつーさんの頭脳は、泉さんの思考をばるごと再現したぼのでつから(だばだばだば……ぴたっ)、今までの臨床実験では考えられないことが起こっても……」

「……ちょっと、姉さんってば」
 放っておくとどこまでも続きそうなみゆきの話を遮って、こなつーが声をかけた。
「んー、何?」
「みゆきお母さんで遊ぶのやめようよ~……」
「だって面白いんだよ? ほら、こうやってちょい、と指を近づけるとだね」
「あ、あど……(だばだばだば……ぴたっ)……泉さん?」
 五メートルの境界線で、指を出し入れして遊んでいるこなたに。

「こなた……アンタはホントにやることなすこと……可愛いなもにゅもにゅ」
「にゃぁっ!? か、かがみぃ、耳たぶ甘噛みするの反則っ!!」



 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― 



 その日は珍しく、みんな散り散りの下校だった。
 つかさとかがみは、神事の手伝いということで早々に……いや、未練たらたらといった感じで先に帰っていった。
 そしてみゆきもまた「すみません、今日はちょっと用事が……」というなり、ロケットパックを背負って遥か天空へと舞い上がっていった。
 ちなみにこれも、こなつーと同じく彼女の発明品らしい。……なぜ彼女は、高校で授業など受けているのだろうか。

 そんなわけで、こなたとこなつーは、久しぶりに二人で糖武鉄道の倖手駅前を歩いていた。
 ここに至るまでに、あやのを撒きみさきちを倒し、一年生四人組によるジェットスト○ームアタックを(ひよりんを踏み台にして)突破する、といういつもの波乱があったのだが、ここでは割愛させていただく。

「そういえばかがみってさ、こなつーに対しては発症しないよね」
 アニメと漫画の話でひとしきり盛り上がった後、こなたは重要な指摘を切り出した。
「そういえばそうだね……ま、私にはありがたいけど」

 謎に包まれた『こな☆フェチ』の症状や感染経路。……だが、まったく手がかりがないわけではない。
 未羅患のそうじろうとかなた。こなつーに対しては発症せず、従前どおりの友人関係を保っているかがみ。

「これってさ、もしかしたら『こな☆フェチ』撲滅の重要な手がかりなんじゃないかな?
 ……あーなんか、希望見えてきたヨ。平穏な生活が戻る日は近いっ!?」
「あー、ダメダメ。期待しないほうがいいよ?」
「え゛ぇー、なんでさー?」
「だって、誰も本気で治りたいって思ってないもん。研究進まないよ」
「……ダメだこりゃ」
 こなたのアホ毛が、へにょんと萎れた。

「……それにしてもさー」
 ふと天使が通りかかった後、今度はこなつーが切り出した。
「何?」
「みゆきお母さんは、なんで私を泉家に住まわせる気になったんだろ?」
「んー、こなつーの事を考えたんだと思うよ」
「私の事? ……ふぉ、寒っ!!」

 秩父おろしの突風が、二人のアホ毛を振り回して吹き抜けていった。
 こなたは一本、こなつーは二本。

「……う~~、冷感まで実装しなくてもいいのに……」
 そういうこなつーは、この寒いのに夏服である。
 こなたと区別がつきやすいように、と考えて着てきたのはいいが、いくら風邪を引かないといってもさすがに辛い。冬服に襟と袖だけ移植しようっと。

「こなつーには人間とまったく同じものを感じてほしい……っていう、みゆきさんの母心なんだよ、きっと」
「母心……かぁ」
 こなつーの脳裏に、半月前の光景が蘇った。


…………


 半月前、エイジング(慣らし)が終わったこなつーを連れて、みゆきは泉家を訪れた。
 こなつーを泉家に住まわせてほしい、と切り出した時の、みゆきお母さんの表情が脳裏に浮かぶ。
「こなたさんの心は、泉さんそのものです。……やはり、『父親』であるあなたと一緒に暮らしたほうが……」
 その言葉にちょっと感動した二人だったが、その表情は……血の涙を流すみゆきは、マジで怖かった。

「……みゆきちゃん。気持ちは嬉しいけど、君はまだ高校生じゃないか。それに、俺にはかなたという最愛の妻がぐぉっ」
 何かを決定的に勘違いしているそうじろう。その脇腹に左右から肘鉄をかましたのが、二人最初の合体攻撃だった。
 カウント二.九でなんとか立ち直ったそうじろうは、みゆきを真っ直ぐに見据えてこう言った。

「もちろん、大歓迎さ。心がこなたと同じなら、こなつーは俺の娘も同然だからね」

 その時、こなつーは初めて実感した。
 自分には泣く機能が備わっているんだな……ということに。

 もっとも、その直後、
「二人いれば、風呂を覗いたり寝顔を堪能する楽しみも倍にぐはっ」
 ツープラトンのウエスタン・ラリアットが炸裂。タッグ結成早々、緒戦を勝利で飾ることとなったわけだが。


…………


「そういえばあの時、そうじろうお父さん、なんか言ってたよね」
「あー、『かなたの身体もよろしく頼むよ』ってやつ?」
 声のトーンを落とし、そうじろうの声真似をするこなた。どう贔屓目に見ても似ていない。
「さすが姉さん、ツーカーだね。かなたお母さん、昨日私の頭ん中へ遊びに来たんだけど、PCが狭い狭いってボヤいてたよ」
「帰ってきたはいいけど身体がない……って、なんだかちょっと間が抜けてるよね~」
「『神様の秘書』の定年退職特典だっけ? 奇跡を起こす権利をもらったんなら、二十年くらい前に転生すればよかったのにね」

 ゆるゆるまったりと普通の学生生活を送っていたはずのこなただったが、あの日をきっかけに、全てが変わり始めた。
 ある日突然、パソコンの中に現れたお母さん。
 時を同じくして、突如蔓延した『こな☆フェチ』症候群。
 そして、完璧超人から完璧超常生物へと進化を遂げ、こなたの分身たるこなつーを作り出してしまったみゆき。
 げに恐ろしきはファンの想像力よ。
 ちょっと待て。ファンって何だ。

「……でも、ちゃんと作ってくれるのかな? みゆきお母さん」
「だいじょぶでしょ。お父さんスポンサーなんだし」
 こなつーの身体とてタダではない。膨大な技術と資金を投じて開発されたものである。
 そのための費用は、そうじろうを始めとするスポンサーの資金協力によってまかなわれていた。
 そして、そうじろうがスポンサーになる条件が、『かなたの身体を作ること』だった。

「そっか。……ってことは、私にとってのそうじろうお父さんは、パパというよりパトロンなわけだね」
 ニヤリ、と黒い笑いを浮かべるこなつー。
「私はそうじろうお父さんに『開発』されたようなもんなわけかぁ」
「ちょ、こなつー、その発言ヤバいって!」


 ……そんな二人を物陰から窺う、一人の少女の姿があった。
 緩やかにウェーブを描く髪、豊かな胸と腰、すらりと伸びた手足。
「……ふふ……見つけた」
 落ちかけた陽に銀色のアンクレットをきらめかせ、踵を返す。

 その姿は……高良みゆきと瓜二つだった。
 真紅の髪色と、眼鏡をしていないことを除いては。


…………


 底冷えのする権現堂堤を、二人で歩く。
 霞んだ空気の向こうに、うすらぼんやりとした太陽が沈もうとしている。

「……でもさ、こなつー」
「何? 姉さん」
「こなつーってさ、最初はなーんかテンション低かったけど、最近テンション上がってきたよね。いい感じだヨ」

 平野綾に似た声のこなたと違い、こなつーの声は広橋涼に似ている。
 その声質や、こなたよりも濃い髪の色もあって、よく言えば大人な、悪く言えば少々暗い雰囲気があったことは否めない。
 その所為でもないだろうが、性格もどこかおとなしめで、シニカルな面が強く出ていた。
 単行本で言えば、一巻当時のような。てか単行本ってなんだ。

「……私ってさ、姉さんの思考をまるごとコピーされたんだよね」
 意を決したように、こなつーは語り始めた。
「……こなつー?」
「こちとら立派なオタクだから、いきなりロボットになっちゃったぐらいでうろたえたりはしないけどさ、」

 空を見上げ、一息ついてから、こなつーは言った。
「自分がコピーだっていうのは、やっぱりなんだか……ねぇ」
「…………」
「ぶっちゃけ、自分はニセモノに過ぎないのかな、って思ったことも」
「んなことないよっ!」
「……えっ?」
 突然声を荒げたこなたの剣幕に、こなつーの言葉が詰まる。

 両の拳を握り締め、
「……なんかうまく言えないけど、こなつーはこなつー、ニセモノなんかじゃないよ! そんなコト言っちゃダメだよっ!!」
 こなたは、強い瞳でこなつーを見つめていた。

「あ、いや、落ち着いてよ、まだ続きがあるんだよ~」
「むー……そんなコト考えて気に病んでたなんて気づかなかったよ……あ~~、双子の姉失格だぁ」
 頭を抱えるこなたに、こなつーの表情が柔らかく緩む。

「……でね、ちょっと前にそんなことをみゆきお母さんにぶっちゃけたら、姉さんとおんなじ風に叱られた」
「そりゃそーだよ」
「それで、やっとふっ切れたんだ。私は私なんだ、私はここにいてもいいんだって」
「おぉ、おめでとー(ぱちぱちぱち)」
「いや、シンジ君じゃないんだからさ」
「振ったのはこなつーじゃーん」
 場の空気が、ふわりと柔らかくなった。

「うむぅ。……でもホント、私って幸せもんだよね」
 少し頬を赤らめて、こなつーは微笑みながら言った。
「姉さんがいて、みんながいて……こうして支えてもらえてることが、……その、すっごく嬉しいんだ……よね」

「……あーーもうっ、可愛いなあこの子はっ!」
「ふぉっ!? ね、ねーさんも『こな☆フェチ』発症っ!?」



 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― 



「まいっちゃうなー、こんな時に限って調味料切らしちゃうなんてさ」
 すっかり日も落ちて、薄暗くなった権現堂堤。こなつーは自転車を飛ばし、家路を急ぐ。

「……えーと、どうやるんだっけ」
 眼球を動かさず、意識だけを視界の左下隅に向けると、タスクウインドウが現れる。
 プルダウンメニューから、[システム]-[感覚系]-[暗視モード]の順に選択し、
「ぽちっとな」
 暗視モード起動。青黒い闇が緑色に染まり、ぱっと明るくなった。

「いやー、便利だねぇ」
 だが、手が……もとい、意識がすべり、[システム]の隣のメニューに意識が向いたその瞬間、
「ふおっ!?」
 突然開いたウインドウに、視界をほとんど遮られる。ひっくり返りそうになりながら、どうにか急停車。
 ツールやゲーム、インターネットのショートカット。
 寝ている間に録画した、深夜アニメの動画ファイル。
 ダウンロード販売で買った、同人誌のPDFファイル……
 整理もせずに放り込まれたアイコンが一気に展開し、視界のほとんどが埋め尽くされている。

「むぅ……さすがに階層分けして整理しないとまずいね、こりゃ」
 再び意識をタスクバーに向け、ウインドウもろともメニューを閉じる。
 暗い路面を向いた視界に、大きなアンクレットを嵌めた、引き締まった足首が写っている。
「あ、すいませ……」

「よそ見していると危ないですよ? こなつーさん」
 少しハスキーな声。中山恵里奈に似てるな、とこなつーは思う。
 ウェーブを描く長い髪を追って、視線を上げる。

 ――そこには、みゆきが立っていた。

「あれ? みゆきお母さ……」
「ふふ……『初めまして』、こなつーさん」

 みゆきお母さん……いや、何かが違う。
 わずかな街灯を頼りに、めいっぱいの光量増幅をかけてどうにか見えた髪の色は、燃えるような赤。

『みゆき』は、こなつーの首筋へと手を伸ばす。
 その口元に、ぽつんとひとつ、インジケーターの赤い光。
 わずかに揺れた前髪の間から、青緑色の光が漏れる。

「じゃないね……もしかしたら、」
『みゆき』の指先が、こなつーの首筋に触れる。
「あなたも、みゆきお母さんの作ったアンドロイドな・」

 バシッ。
 鋭い音とともに、こなつーの首筋で一瞬、白い火花が飛んだ。

『の』

 時を停められたかのように。こなつーの動きが、止まった。
 その瞳から、生気に満ちた輝きが失われる。

 考える力を封じられ、
 ――主演算ユニットのブレーカーを落とされ、

 心を凍結させられた、こなつーの身体は、
 ――思考機能を強制停止させられた、KONATA-02のボディは、

 指一本動かすことさえできず、
 ――処理すべき動作命令を与えられず、

 ただ、その場に立ち尽くすのみだった。
 ――ただ、現状を維持し続けるのみだった。


 うつろな瞳を虚空を泳がせたまま、こなつーは立ち尽くしている。
 濡れたような輝きを放つ光学樹脂の瞳は、もう何も映してはいなかった。

 度の入っていない眼鏡を外し、その場に投げ捨てる。
 こなつーの背中から手を回し、セーラー服の裾から手を差し入れる。
 燃料電池への酸素供給と内部冷却のため、ゆっくりと規則的に上下する小さな胸。
 掌に感じるのは、エネルギー伝導と冷却を兼ねる人工血液を送り出すための、拍動ポンプの鼓動。
 『心』を停められても、胸部フレーム内に組み込まれた自律系制御機構によって、それらは黙々と動き続けている。

 『みゆき』の指が、愛おしそうにこなつーの胸の頂を捉える。
 指の腹でこねるように撫でると、桜色の蕾が指先から逃げるように転がる。

「…………」
 だが、その『心』を停止させられたこなつーは、もはや何の反応も示さない。
 『みゆき』は僅かに眉を寄せ、
「……仕方ありませんね」
 呟きながら、小さく首を竦めた。

 『みゆき』の指が、こなつーの喉元のあたりへ届く。
 セーラー服の胸当ての下で『みゆき』の指が蠢き……

 かちり、という小さな音に、ふうっ、という息の音が重なる。
 こなつーの額と右の頬に灯っていた、インジケーターの光がゆっくりと消える。

 ふぅ――……と長い息をつき、こなつーの『呼吸』が止まった。
 膝が崩折れ、『みゆき』の胸の中へと倒れこむ。
 力なくぶらり、と揺れる腕を避け、細い身体を抱きしめる。

「ふふ……すぐに『直して』あげますからね……」
 整った口元に微笑を浮かべながら、『みゆき』は囁くように言った。

 返事はない。
 メインスイッチを切られ、物言わぬ人形と化したこなつーは……
 瞬きひとつせず、ただ地面を見つめるだけだった。



 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― 



「……っ!?」

 首筋に鋭い痛みを感じ、こなたは弾かれたように立ち上がった。
 氷の刃で撫でられたような戦慄が、背筋を走り抜ける。
 画面の中でエルフの少女を襲う、『描かれた惨劇』のせいではない。

 ……エンパシー……『コルシカの兄弟』……
 みゆきの言葉が、ぐるぐると回る。

「……何かあったんだ……こなつーに……!」

 上着を掴む。階段を駆け上がる。リビングへ飛び込む。
「おとーさんっ! ゆーちゃんっ! ちょっと出かけてくるっ!!」
「ど、どうしたのお姉ちゃん?」
「おいおい、今何時だと思ってるんだ? こなつーももうすぐ帰って……?」
 こなたの真剣な表情に、二人はすぐにただならぬ何かを感じ取った。
「まさか……こなつーに何かあったのか?」
「わかんない……けど、何かすっごくヤバい感じがする! 行ってくるよ!」
 そう言い放ち、踵を返す。
「こなた!」
「止めないでよ、おとーさんっ!」

 肩越しに振り返った、こなたの目に入ったのは、銀色の光を放つ放物線。
 反射的に手を出し、受け止める。

「? ……バイクのキー?」
 白いブロードブリムハットのマスコットがついた、ホンダのウイングマークがあしらわれた小さなキー。
「カーポートの奥にある。ゆいちゃんに連絡を取ったら俺もすぐ出るから……無茶だけはしないでくれよ」
「……わかった! ありがと、おとーさん! ゆーちゃん、留守お願いっ!」
「お姉ちゃんっ!! ……おじさん、私に何かできることはないですか!?」
「ゆーちゃんはここに残って、みんなからの連絡をまとめてくれ。それと念のため、学校や柊さんにも……」

 コンロの火を止めて子機を取り上げるそうじろうを尻目に、部屋を飛び出し階段を駆け下りる。
 玄関の引き戸を引くのももどかしく、わずかな隙間から無理やり外へ。背後で派手な倒壊音がしたが、気にしている余裕はなかった。
 カーポートの片隅にある、銀色の塊。バイクカバーを勢いよく剥がすと、白と青に塗り分けられた小さな原付が姿を見せる。
 ホンダNSR50。少し前に、そうじろうが知人から譲り受けたものだ。
 当時の人気車種だったNSR250を、そのまま小さくしたような小柄な車体。
 長身のそうじろうが乗ると、まるでヤジロベエのようだったが、こなたの小柄な身体にはしっくり来る。
 キーはオフのまま、キックスターターを数回踏みおろす。……そして、キーをオンにしてキック一発。
 エンジンが目覚め、パラパラとまだ不機嫌そうなアイドリングを奏で始める。
 前に一度乗った時より少し重いそのアイドリングに、焦るこなたは気づく由もなかった。

 国道へ出る細い道を、こなたの駆るNSRが走る。
「……早く、早く温まってよ!」
 冷え切ったエンジンは吹け上がりが悪い。思うように乗らないスピードに苛立ちを覚えながら、こなたはエンジンを覗き込む。
 規制上限の七.二馬力を発生する、水冷二ストローク、四十九ccの単気筒エンジン……

 ……にしては、やけに大きい。
「ちょ、まさかこれって……」
 何かの漫画で見た覚えがある。ひとクラス上のオフロード車のエンジンを無理やり積んで……

 十分温まったエンジンの音が変わり、回転計(タコメーター)の動きが元気を取り戻した。
 待ってました、とばかりにアクセルを全開にした途端、
「うぉぅ!?」
 フロントを軽々と持ち上げて、NSRはとんでもない急加速を開始した。
 水冷二ストローク、百二十五ccのエンジンが、小さな車体を猛烈な勢いで押し進める。
 反射的にタンクに身を伏せ、荷重を前に移してフロントを抑え込む。
 信号が黄色に変わった交差点へ飛び込む。体重をめいっぱい右に乗せ、ハングオンの体勢で右折。横倒しにならんばかりの勢いで地面が迫る。
 タイヤのグリップと相談しながらアクセルオン。前後のタイヤを軽く横滑りさせながら立ち上がり、再び加速体制に入る。
 国道4号を北へ。権現堂川を右手に見ながら、走る。

「こなつー……お願いだから無事でいてよっ!」

 速度計の元の目盛りを軽く振り切り、後から貼られた追加目盛りのシールすら振り切ろうとするNSRを駆り、こなたは行くべき先を目指す。
 行くべき先は、直感が告げていた。



 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― 



「……あ、あれ?」

 全てを飲み込むような深い闇の中で、こなつーは目を覚ました。
 低い羽音のような機械音が、重奏低音のように絶え間なく響いている。

「……えーと、確か……」
 こなつーにとっては『一瞬前』、その瞬間の出来事を思い出す。

 ――暗闇に見え隠れする、血のように赤い髪。
 ――何かを秘めた微笑を浮かべ、みゆきが……みゆきに瓜二つのアンドロイドが近づく。
 ――細い指が、こなつーの首筋に触れる。ちょ、くすぐったいって。

 そう思った、次の瞬間。
 ――こなつーは、ここにいた。

「うーん……何の手品だろね、これは」

 昨夜はこなたと二人、仮想世界の果てにある洞窟へと遠征していたから、いいとこ二時間しか寝ていない。
 ぶっちゃけ、眠い。アンドロイドだろうが、眠いものは眠い。

 真の闇の中では、光量増幅をかけても何も見えない。
 とにかく、誰か探して事情を聞こう。
 さっきの人が気を利かせて、ここで寝かせてくれたのならお礼しなきゃいけないし、
 いや、それより早く帰らないと。みんなお腹すかせてるだろうな……

 背中には、固めのビニールマットのような感触。
 両膝を曲げ、マットに手を突いて上体を起こす。

「よいしょっと。……ありゃ?」
 背中には、固めのビニールマットのような感触。
 ごろん、と横に寝返りをうち、腕をつっかい棒にして身体を起こす。

「うんしょっ。……ありゃりゃ?」
 背中には、固めのビニールマットのような……

「……って、ちょ、何でっ!? 身体、動いてないじゃんっ!!」
 思わず、声を張り上げる。
 その声に呼応するかのように。突然、周囲が白い光に包まれた。


 そこは、ボロボロの分厚い壁に囲まれた、窓のない小さな部屋だった。
 何かの工作室だったのだろうか。機械油の染みが壁のそこかしこに残り、錆の浮いた工作機械が放置されている。
 周囲には、壁の古めかしさとは不釣合いな、鈍く光る機器類がところ狭しと積み上げられ、低い唸りを上げている。
 それらの中から生えているのは、何本ものケーブル。

「!! え? ええっ? 何なのさコレ!?」

 こなつーは、初めて自分の置かれている状況を知った。
 ニーソックス以外一糸まとわぬ姿で作業台に横たえられ、肩や腕、脇腹などあらゆるメンテナンスハッチが開かれている。
 機器類から伸びるケーブルは、床を這い、作業台へと這い上がり……ハッチから覗くこなつーの内部機構へと繋がれていた。

「……お目覚めですか? こなつーさん」
 機器類の唸りをバックに、涼やかな声が響いた。
 ゆるやかにウェーブを描く、赤く長い炎のような髪。
 あの時の眼鏡はかけておらず、その深い紫色の瞳には、底知れぬ何かが秘められている。

「みゆきお母さん……の、アンドロイド?」
「……そう、私はみつき……高良みゆきの、レプリカ・アンドロイドです」
 紫色の瞳に愛情を湛えて、みつきは静かにこなつーを見つめている

「私を……どうするのさ?」
 その瞳の奥に感じたのは、確かに愛情のはず。

「何も、心配することはありませんよ」
 ……だが、その深い紫色の瞳の奥に、こなつーは見た。

「あなたを、守るために……」
 ――愛情と、

「あなたを、苦しませないために……」
 ――悲しみと、


「あなたの心に手を加えて……私を、私だけを愛するように、なっていただくだけですから」
 ――――そして、狂気。



 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― 
















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  • アクション感動巨編の予感…?! -- 名無しさん (2011-05-05 10:02:24)
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