kairakunoza @ ウィキ

バレンとタイン~番外編~

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
「全員、傾注ッッ!!」
 朝。開店前のアニメイト店内。居並ぶ店員達を前にして、アニメ店長こと兄沢命斗の大声が響く。
「皆も知っての通り、今日はバレンタインデーだ。アニメイトでは『HAPPY VALENTINE キャンペーン』として声優さんのトークショー&チョコレートお渡し会という素敵な企画を用意してある。だが!」
 兄沢はそこで言葉を一区切りし、握り拳を突き上げる。
「そういうのは一部店舗の話で、我々はここでいつもどーりっ!! アニメを愛するお客様を全力でサポートするのだあっ!!」
「「「おおーっ!!」」」
 兄沢の言葉に呼応し、店員達も拳を突き上げた。その表情からは「自分もトークショー行きたかった」という気持ちがひしひし伝わってくる。
「よーし気合い十分だな。誠心誠意接客することが、お客様への何よりのバレンタインプレゼントだ」
「しかし店長。こんな日にアニメイトに来る人って――」
「 馬 鹿 野 郎 ―――ッッ!!!! 」
 杉田店員が何か言おうとしたところ、すかさず兄沢の鉄拳制裁が飛んだ。
「ぐはぁっ……ま、まだほとんど何も言ってないじゃないですか!」
「言ってからでは遅い! お前は今言ってはならんことを言おうとしただろう! アニメを愛する者達のガラスのようなハートを打ち砕く一言を!!」
「いや、そんなつもりは……」
「甘い! 甘いぞ杉田店員! 学校でいじめをしている生徒に注意した時、その生徒が『いじめのつもりはなかった』といえば貴様は引き下がるのか!? 引き下がる教師が多いそうだな実際は!」
「そんなリアルに陰惨なたとえを出さなくても」
「客商売たるもの、口が裂けてもお客様を貶すようなことを言ってはいけない! たとえ『バレンタイン? 何それ食えんの?』な人達でもお客様はお客様! そうだろうが!」
「いや店長、あんたが言ってるし……」
「ともかく! バレンタインであろうと普段と変わらず真面目に仕事だ! いいな!」
「「「分かりました店長!」」」
「よし! では開店準備を進めよう!」
 店員達は各々の仕事に取りかかり始めた。兄沢の言葉通り、みんな真面目に仕事をしている。
「……」
 だがそんな中、一人店長の兄沢だけがそわそわした様子だった。作業をするでもなく、店内をうろうろしたりして、どうにも挙動不審だ。
「どうしたんですか店長?」
「あ! いや何でも……」
 商品を棚に陳列していたラミカが尋ねると、兄沢は妙に焦って誤魔化そうとする。
「サボってないで仕事してくださいよ」
「サ、サボってなんかいないぞ! 俺はだな、バレンタインだからって君達が浮かれていやしないかと注意を払っているわけで――」
「さっきので十分伝わりましたから大丈夫です」
「そ、そうだな。さすがラミカくん……」
 愛想笑いを浮かべて、店長はその場をすごすご去ろうとする。その背中へラミカが一言。
「……店長、ひょっとして私達からチョコレートもらえないかなー、とか考えてます?」
「ギク!」
 図星を突かれた兄沢は胸を押さえる。
(今、口でギクって言わなかったかあの人……?)
 杉田店員の疑問をよそに、ラミカが兄沢に詰め寄る。
「やっぱりですか。普段と変わらず真面目にとか言って、一番浮かれてるのは店長じゃないですか!」
「うぐ……」
 痛いところを突かれまくる店長は、苦虫を噛みつぶしたような顔で脂汗を浮かべている。
「ここは男らしく『アニメキャラからのチョコ以外はいらん!』ぐらい言うべきでしょう!」
 それが男らしいかどうかはともかくとして、ラミカの厳しい言葉に対し、兄沢は勢い込んで捲し立てる。
「仕方ないじゃないか! 俺だって健全な男なんだから! 確かに俺はアニメが好きだ! そしてアニメキャラを愛している! たとえ現実では全然モテなかったとしても、アニメがあれば幸せだ!」
 ここまで言い切ってから、不意に声のトーンを落とす。
「だが、そんな俺でも……やはりバレンタインとなると……一つも貰えなかったらどうしようと……怖いというか不安というか……くうっ」
 兄沢は不意に涙を零した。
「自分で自分が情けない! 杉田店員! 俺を殴れ!」
「ええっ!? 何でですか?」
「いいから殴れ! 今の俺は殴られなければいけない!」
「そ、それじゃあ、殴りますよ? せーのっ」
 戸惑いながらも、杉田店員はかなり力を込めて兄沢の顔面に拳を入れた。
「ぐぅっ……効いたぜ……」
「大丈夫ですか店長?」
 兄沢は口端から流れる血を手の甲で拭い、不敵な笑みを浮かべる。
「ああ。おかげで目が覚めた。さあ開店時間まであと僅かだ。すまなかったなみんな。作業を続けてくれ」
 普段の調子を取り戻した兄沢の言葉に、作業の手を止めていた店員達も残った仕事に取りかかる。
「……」
 だがそんな店員達の傍を、また兄沢がそわそわうろうろしている。
「店長、まだ何か?」
「いやその……本当に、チョコ用意してないの?」
「……杉田店員。もう二、三発殴っといて」
「手が痛いんで嫌です」


 結局、兄沢は誰からもチョコを貰えないまま開店時間を迎えた。
 バレンタイン、あるいは平日であることなど関係なく、今日もアニメイトは多くのアニメを愛するお客様を迎え、そして間もなく閉店時間。
 兄沢の貰えたチョコの数は、当たり前だがゼロのままである。
「燃えたよ……燃え尽きたよ」
「チョコぐらいでそんな凹まなくてもいいでしょう」
 店の隅っこで白くなっている兄沢に杉田店員が声をかける。兄沢は拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
「ほっといてくれ。いいんだ。俺にはアニメがあるんだ」
「はぁ……とにかく、まだ営業時間なんですからシャキッとしてください」
「おお……それもそうだな」
 凹んでいてもそこは店長。たちまち色つきになって持ち場に戻る。
 その時である。既に客の姿もまばらになった店内に、一人の少女が足を踏み入れた。
「あっ、あれは……!!」
 その姿を認めた途端、店内に独特の緊張感が漂う。
(伝説の少女……Aッッ!!)
 この街にはアニメイトとゲーマーズ、二つのアニメショップがあると知りながら、同じ物を両方で一つずつ買っていくという、伝説の少女A。
 また、年に二回の祭典であるコミックマーケットにおいては、彼女が本を買ったサークルのほとんどが大手に急成長するという奇妙なジンクスを持つ。とにかく色々と伝説な少女だ。
(バレンタインのこのような時間帯に来るとは……予想外の動きだ! さすがは伝説の少女A!!)
(どうしますか店長!? ここはやはりバレンタインらしくアニメイト特製、アニメキャラの手作り風バレンタインチョコなどおすすめするべきでしょうか!?)
(待て! まだだ! まだ様子を見るんだ!)
 アイコンタクトで店員達とやり取りしながら、兄沢は緊張した面持ちで伝説の少女Aの動向を見守る。
 伝説の少女AはCD売り場を物色している。かと思えばDVDの棚に移動し、その次はコミック売り場に向かう。確固たる目的がある動きとは思えない。
(どうします店長! 動きますか?)
(いや……ここは俺が行ってみる。みんなは手を出すなよ……!)
 兄沢自らハタキを持ち、棚の埃を払うふりをしながらさりげなく伝説の少女Aに接近する。
「すみませーん」
「は、はいっ」
 意外にも向こうから声をかけられた。兄沢は緊張をひた隠し応対する。
「絶望先生の十二巻って置いてないですか?」
「申し訳ありませんお客様。その商品は明日発売です」
「そっか。一日勘違いしてたや」
 頭をかきながら、伝説の少女Aはコミック売り場を去ろうとする。
(まずいっ、このままでは帰ってしまう!)
 兄沢は何とか引き留めようと幾つかの手段を脳内で模索する。
「おっ、お客様っ、ただいま当店では――」
「あ、そうだ店長。ちょっといいですか?」
「はい?」
 またしても向こうから声をかけられた。何事かと見ている兄沢の前で、伝説の少女Aは鞄の中からラッピングした箱を取り出した。
「これ、余り物ですけど」
「こ、これはまさか……バレンタインチョコ?」
「いつもここにはお世話になってるんで」
 そう言って伝説の少女Aはにっこり微笑む。
 兄沢は震える手でそのチョコを受け取るや、感動に咽び、地に膝を突いた。
「くうううっ……!」
(店長泣いてる!)
(マジ泣きだ! チョコ貰った感動で泣く人初めて見た!)
 見守る店員達の視線も意に介さず、兄沢は伝説の少女Aの手を取った。
「ありがとう! 本当にありがとう! たとえ義理でも君から俺に――」
「良かったらお店の皆さんで食べて下さい」
「へ……?」
「そんじゃばいならー」
「……」


「俺にじゃないのねーっ!!」ドカーン!!


おわり













コメントフォーム

名前:
コメント:
  • (BIG BOSSの声で)やるじゃないか‼ -- 名無しさん (2010-06-12 00:57:12)
  • 面白いじゃないか!! -- 名無しさん (2008-02-16 00:16:14)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー