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父親たちの二重想

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 冬の鷹宮神社の境内に、坪鈴の音が小さく響く。
 見ると、和装に身を包んだ長身の男性だった。
 拝殿に向けて深いお辞儀を二回、柏手を二回、最後にもう一度深く一礼。
「ほう……」
 二拝二拍手一拝。
 今時珍しい、正式な参拝の手順である。
 昨今の雑学ブームにより知名度こそは上昇傾向にあるものの、実践する者を見ることはまだ少ない。
 珍しいといえば、時期的にもそう。初詣にはかなり、節分にも少しばかり遅すぎる。
 そうは思うがしかし、気持ちはわかるとも、柊ただおは思う。
 彼自身も今朝から――いや、数日前から。
 表には出していないつもりであったが、胸のうちでは今日のことを神に祈る気持ちが渦を巻いていた。
 なぜならこの日は、彼の娘の大学入試が行われる日。
 普段から安定して好成績を収めている彼女の実力を信じてはいるが、やはり親として不安は尽きない。
 いろいろな意味で。
「……どれ」
 興味を引かれ、また「もしかして」と予感を覚え、ただおは視線の先へと足を向けた。


「あ……」
 玉砂利を踏む音に反応してだろう、参拝客が顔を上げて振り向いた。少し驚いたような様子。
 拝む構えを解き、そのまま向こうも歩み寄ってくる。
 長身だがやや猫背気味の、目元のほくろと無精ヒゲが特徴的な男性だ。
 年のころは、ただおよりいくらか下、といったところか。
「どうも、おはようございます」
 照れ笑いを浮かべながら、軽い会釈をしてくる男性。
「はい。おはようございます」
 ただおも返す。
「神主さんですか?」
「ええ」
「ということは、柊さんですね?」
「おや」
 今度はただおが、少し驚く。
「あ、失礼」
 再び照れ笑いを浮かべつつ、男性は居住まいを正した。そして深く頭を下げる。
「はじめまして。泉そうじろうといいます」
「ああ……」
 どうやら予感は、当たったらしい。
 やはり彼もまた、自分と同じ受験生の父なのだ。


     ☆


 社務所の座敷に通された。
 炬燵に収まり、そうじろうは何とはなしに室内を見渡す。物は少ないが、殺風景とは感じない。
 落ち着いた佇まい。
 通常は建物の外観に用いる表現だが、そう感じた。
 作家として間違っているだろうか。
「――お待たせいたしました」
 やがて、お盆に二つの湯飲みを乗せたただおが現れた。
 そして一つをそうじろうの前に置く。
「どうぞ」
「や、こりゃどうも」
 恐縮しつつも素直に受け取る。
 正直、身体は冷えていた。
「けど、大丈夫なんですか?」
 一口すすり、向かいに座ったただおに尋ねる。
「なにがでしょう?」
「いえ、ええと……」
 この場合はなんと表現すればいいのか。
 一瞬迷って、結局無難な選択をすることにした。
「お仕事があるのでは」
「ああ。少しぐらいなら大丈夫ですよ。というか、ここも私の職場です」
「そうですか」
 うなずいて、また一口。
「それにしても、すいませんね。そのうち正式にご挨拶に伺おうと思ってたんですけど……ははは」
「それはそれは。ですが気にすることはありませんよ」
「そ、そうですか……」
「……」
「……」
 ずずず、と。
 お茶をすする音が二人分。
「……」
「……」
 何を言えばいいのだろう。
 ただおは柔らかな雰囲気で、どんな言葉も受け止めてくれそうではあるのだが、
 それが逆にそうじろうの言葉を阻む。
 つまり言い換えれば、隙がない。
 娘に護身術を教えてくれた合気道の先生に、どこか通じるところがあった。
 思っていると、不意に、
「――私も、同じですから」
 ただおが妙なことを口走る。
「はい?」
 意味が分からず首をかしげると、恵比寿様を思わせる柔和な笑顔が返ってきた。
 そしてただおは、何事もなかったかのように別の話を始める。
「不躾ですが、合格祈願ですか?」
「え? ……あ、はい」
「私も、朝から祈りっぱなしでしてね」
 言って、ただおは照れくさそうに笑った。
 大学によって日程の異なるはずの本試験の日が重なっている。
 偶然ではない。
 そうじろうの一人娘と、ただおの三番目の娘は、学部こそ違えど同じ大学を受験するのだ。
 ただおも、知っているはず。
「ははは……俺なんかもう、家でじっとしてられませんでしたよ」
「私も、特別な御守りなど持たせてしまいました」
「特別……ですか」
「はい。御札の他に、親心を込めた、特製です。神職に就いていながら、あるまじきことですよ」
 今度の笑顔は、困ったような。
「いえ」
 そうじろうは首を振り、眩しいものを見る思いで微笑んだ。
「親として、あるべき姿かと」
「……ありがとうございます」

 また少しの沈黙をはさんで。
 そうじろうは湯飲みを置き、やや居住まいを正す。
「二人とも、合格できたら……」
 ただおも倣う。
「ええ。聞きました」
「そうですか」
 目を合わせ、そしてどちらからともなく逸らす。
 情けないなと思いながら、そうじろうはそのまま尋ねた。
「――どう思われますか?」
「いいんじゃないでしょうか」
 即答だった。 
 思わず目を戻す。ただおも戻っており、微笑んでいた。
 二人とも、合格できたら。
 そのときは、部屋を借りて、二人で暮らす。
 彼女たちはそう言った。二人で、並んで正座をして、そうじろうに告げたのだ。
 初めてだった。
 娘から、あんなにも真剣な目を向けられたのは。
 小遣いやゲームソフトをねだられたとき、宿題の手助けを頼まれたときなど、
 それなりに真面目な顔をされたことなら何度でもある。
 しかしそれらとは次元が違った。
 小学生のとき、母親の不在について訊いてきたときでさえ、あれほどの顔はしていなかった。
 そしてそれは。
 その亡き妻が、危険を承知で出産を決意したときにそうじろうに見せた顔と、同じだったのだ。
 理解した。
 完全に、本気なのだと。
 これが自分の娘の、本当の本気なのだと、理解せざるを得なかった。
 ――しかし、
「……失礼ですが」
 この人は、どうなのだろう。
「分かっていますよ」
 皆まで言わせず、ただおは再び湯飲みを持ち上げる。
 そしてゆっくりと傾けた。


     ☆


 ええ、分かっています。それの意味するところなら。
 やや温くなったお茶を味わいながら、胸中でただおは繰り返す。
 年が明けて間もないころ。
 娘の親友だと思っていた小柄な少女の、初めて見た真剣な眼差しと。
 娘の、自分の知るものとは微妙に異なる真剣さを湛えた眼差し。
 あれを前に、それが嘘や冗談だと思うほど、ただおは鈍くはないつもりである。
「――信頼されているのですね」
 そうじろうが、疲れたような、しかしどこか満足げな顔と声でつぶやく。
 とんでもない。
 ただおは思う。
 あの子は、しっかり者だと、強い人間だと人から思われがちだが、ただおはそうは見ていない。
 いや、強いことは強い。
 ただその強さは、他者のための強さに過ぎない。彼女は自分のために強くあることができない。
 誰かのために傷を受け、痛みに涙する自分を憎む。
 あれは、そんな子だ。
 そういう意味では、皆から心配されている末娘の方がよっぽど安心して見ていられる。
 だから、正直、ショックだった。
 強い反応ができなかったのは、逆にそのためだったのかも知れない。
 湯飲みを置く。
「貴方は、どう思うのですか?」
「…………、迷ってます」
 数瞬の間を置いて、天板の角に視線を落としながら返してきた答えは、先ほどから、
 最初から見えていたものだった。
 そう。彼は迷っている。
 しかし、何を迷っているかまでは分からない。
「俺――私は、アイツの幸せをいつも願ってます。アイツ自身が幸せだと思えるのなら、
どんな道を選んでも応援するつもりではいます。しかし……」
 顔が上がる。
「どちらを選ぶのが幸せなのか、さっぱりで」
 照れくさそうな、辛そうな、笑顔だ。
「なるほど」
「情けないですよね。未だに、俺は……」
「いえ」
 笑顔が消え、疑問が差す。
「親として、あるべき姿かと」
 そして笑顔に戻った。
「――ならば答えを出さないのも、手かも知れません」
「え?」
「私はそうしました」
 猶予期間を与える。
 それが、ただおの二人への返答だった。
「四年というのは、短すぎるかも知れませんが、少なくとも一つの目安にはなるでしょう」
 恐らく、大学という広いようで狭い世界の中で、二人の関係を周囲に隠し通すことはできまい。
 少なからず奇異の視線にさらされることになるだろう。
 それに耐えられるか。
 自分たちを試し、そしてその先の世界を見極めろ、と。
「その中で、一緒に答えを探していけばいいと、私はそう思います」
 結局のところ決めるのは彼女ら自身なのだ。
 周囲の意見など、あくまでその判断材料の一つに過ぎない。
 ならば、なるべくそれを多く得られるように。
「……無責任でしょうか」
「いいえ」
 そうじろうが首を振る。
 そして二人で湯飲みを傾けた。


     ☆


「これを」
 帰り際、そうじろうはただおから一通の熨斗袋を手渡された。
 開けてみると、御守りだった。
 覗きこむように手の中のそれを見つめ、そして顔を上げる。
 ただおは変わらず、柔和に微笑んでいる。
「今からでは遅いかも知れませんが」
「いえいえ、ありがたく頂戴します。……特製、ですか?」
「いえ」
 ただおは首を振る。
「まだです。貴方が、特製にしてあげてください」
「なるほど……」
 こいつは厳しい。
「わかりました」
 しかしこの人なら――この人に育てられた娘なら。
 信じられる気がする。
 任せられる、気がする。
「それでは、失礼します」
「はい。それでは、また」
 冬の鷹宮神社の境内に、玉砂利を踏む音が小さく響く。
 二人分。
 小さく響いて、やがて消えた。




















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  • 今連載中のヤツが、無事にこれに繋がる事を祈る。 -- 名無しさん (2008-09-27 02:10:15)
  • 読み終わって、思わず溜息が出た。
    二人の父親の、それぞれの娘を想う優しさと厳しさに、心を打たれました。 -- 名無しさん (2008-07-21 05:31:47)
  • すげぇしぶい! -- 名無しさん (2008-04-01 10:04:02)
  • 先が気になる!けど読み終えるのが勿体ない、もっと読んでいたい!
    23-49さんの作品は毎回、そんな気持ちになります。
    父親二人の娘への思い、GJでした! -- 名無しさん (2008-03-31 01:08:28)
  • こういう締まった空気が描写出来る物書きにわたしはなりたい。 -- 名無しさん (2008-03-23 20:45:07)
  • それぞれの子を想う気持ちが滲み出ていてそして混ざり合っていて…
    穏やかな気持ちになれました。GJです -- 名無しさん (2008-02-20 03:04:28)
  • なんてェ渋いんだ。
    親父さん達の視線の厳しさや優しさが読んでて快かったです。
    GJと感謝を。 -- 名無しさん (2008-02-19 21:52:02)
  • 父親視点のこなかがか。家族視点の話はかなり好きだ。またこういうのを読んでみたい。 -- 名無しさん (2008-02-16 23:45:45)
  • うう、なんて濃い作品なんだ、マウスを持つ手に力が篭った
    4年後、娘達はどんな結果を再び申し出て、この二人はその時どんな決断をするんだろう -- 名無しさん (2008-02-16 21:35:07)

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