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メドレーリレー・バースデー(1)

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【track 1 : 案ずる姉と不安な妹】


 九月十六日、日曜日です。
 私、高良みゆきはいつもの休日より少し早い時間に起床し、シャワーを浴びて寝汗を流すと、
 母と一緒に朝食をとりました。
「いよいよ今日ね。みなみちゃん、喜んでくれるかしら?」
「ええ。きっと」
 平行してテレビと新聞をチェック。特に痛ましい事件や災害などは起きていないようです。
 とりあえず、一安心といったところでしょうか。
 六年前は酷かったですからね。
 それから軽く身支度を整えて、時計で時間を確認します。まだ少し余裕がありました。
 学校の課題をしながら時間を潰すことにしましょう。

 そうしながら何度か時計を見上げていると、やがてちょうど良い頃合いを迎えます。
 携帯電話を手に取り、アドレス帳の三番目に登録してある番号にかけて、待つこと十秒あまり。
 ちなみに一番目と二番目は両親の番号です。
『――もしもし』
 っと、繋がりました。
「おはようございます、みなみさん。みゆきです」
『……おはようございます』
 おや? なんだか声の調子が……いつもと違わないようでいて、ですが少し……
「みなみさん、どうしました? もしかして、お体の調子が優れないのですか?」
 そう言うと、かすかに息を呑む気配が伝わってきました。
 迂闊です。
 考えてみれば、そういった可能性も確かにあるじゃないですか。まるで想定していませんでした。
『……いえ、大丈夫です』
「え? ……本当に?」
『はい。……身体の方は、本当に』
「……」
 信じましょう。
 彼女が私に嘘をつくはずがない、なんて、そんな傲慢なことを言うつもりはありません。
 ただ、十年以上も実の姉妹同然のお付き合いを続けてきたのです。
 嘘をついているかどうかの区別ぐらいなら、つくつもりです。
「では――何か悩みごとがあるのですね?」
 今度ははっきりと驚く気配。思わず苦笑を返してしまいます。
「身体の方は、と言ったじゃないですか。――私でよければ話を聞きますよ」
 沈黙。
 急かすことなく私は待ちます。
 やがて、時計の秒針が一周した辺りでしょうか。
『……ゆたかが、』
 か細い声が聞こえてきました。
「ゆたか……小早川ゆたかさんのことですね? 彼女が、何か」
 また、沈黙。
 時間にして、先ほどの半分ほど。
『みゆきさん、私……』
「はい」
『……ゆたかに嫌われたかも、知れない……』
「え……」
 一瞬、意味が分かりませんでした。
 小早川さんが、みなみさんを、嫌いになった?
「そんなことは……何かの、間違いではないのですか?」
『……』
「だって小早川さんは――」
 と、言いかけて、しかしどうにか踏みとどまります。
 小早川さんは今日のことも一番熱心に――そんなことを言いそうになってしまいました。
 全てが台無しになるところです。危ないところでした。
「ええと……みなみさん?」
『……はい』
「どうしてそのように思うのですか?」
『…………避けられている、気がするんです……』
 避けられている?
 ――あ。
 もしかしたら……
「それは、いつごろからですか?」
『…………二、三日前から……』
 やはり。
 なるほど、そういうことですか。
 大丈夫ですよみなみさん。小早川さんはあなたを嫌いになってなどいません。
 むしろ逆です。
 そのことを今お伝えできないのは心苦しい限りですが……
「そうですか。――じゃあ、電話ではなんですから、直接会ってお話しませんか?」
『……』
「実は、久しぶりに買い物でもご一緒させていただきたいと思って掛けたんです。ですから、
気晴らしも兼ねて、どこかで落ち着いてお茶でも飲みながら……どうですか?」
『……、はい』
 ああ。
 ほんの少しだけ、声に元気が戻りましたね。
 どうやら私は、まだ彼女にとって“頼れる姉”としての地位を保てているようです。
「ありがとうございます。では、後ほどお迎えに上がりますね」
『はい』
「それでは。失礼します」
『失礼します』
 挨拶を交わし、通話を終了させます。
 ふぅ。
 一時はどうなることかと思いましたが、どうにか計画通りに運ぶことができそうです。
 泉さんに指示された「デートしましょう」の一言は結局言えませんでしたが……構いませんよね?
 さておき。
 始まりました。
 今年こそは――そんな想いが胸に沸き起こります。

 二〇〇一年、九月十一日。
 アメリカ同時多発テロ事件――俗に言う、“9.11”。
 詳しく説明する必要はないでしょう。
 今、ここで重要なのは、それがみなみさんの誕生日の前日に起きたということです。
 彼女がちょうど十歳になろうとしていた、その直前に。
 私たちの家族や近しい知り合いの方たちが直接の被害を受けたということはなかったのですが、
 世界中を震撼させた事件の影響はやはり少なくなく、誕生日どころではなくなってしまったのです。
 みなみさん本人も相当のショックを受けたようで……
 あのときの、真っ青な顔。今思い出しても胸が痛みます。
 そして、今もまだ、少なからず引きずっているのでしょう。
 どうしようもないことですので田村さんやつかささんたちには敢えて言いませんでしたが、
 みなみさんが誕生日のことを誰にも教えなかったのは、その辺りの理由も大きいのだと思います。
 ですが、いつまでもそのままというわけにはいきません。
 皆さんも協力すると言ってくださいました。
 ですから。
 ですから、みなみさん。今年こそは。
 あなたの生まれた日を、楽しい思い出の日に塗り替えなおしてみせます。

「……さて」
 決意も新たに、知らず握りこんでいた携帯電話を再び開き、アドレス帳を呼び出します。
 と、そこに。
「ねぇ~、みゆき~?」
 ノックもなしにドアが開き、母が入ってきました。
「これ、どぉかしらぁ?」
 そして、身につけている妙にきらびやかな洋服……いえ、もはやドレスと言うべきでしょう。
 を、見せびらかすように、その場でくるりと回ります。
 ……ええと。
「あの、お母さん? もしかして、それを着ていかれるつもりですか?」
「そうよ? ……だめぇ?」
「ダメというわけでは……ただ、主役はみなみさんですから、それより目立ってしまうのは……」
「ええ~? んん~~……でも、そっかぁ……わかったわ」
 しゅん、と、心の底から残念そうに、そう言うと母はとぼとぼと部屋を出て行きました。
 あの人は、本当に……
 張り切る気持ちは分かりますし、頼もしくも思うのですが……不安です。
「……」
 不安といえば、もう一人。
 改めて携帯電話を見つめます。ディスプレイに表示された、先程呼び出したつかささんの番号。
 ついで、と言っては失礼ですが、確認しておかなければなりませんね。


     ☆


「じゃあ、上手くいったんだね?」
『はい、おかげさまで。ですから予定通りの時間にいらしてください』
「うんっ!」
 いよいよだ。
 九月十六日、日曜日。岩崎みなみちゃんのお誕生会当日の朝。
 ゆきちゃんからの計画開始のゴーサインを受けて、私の胸は高鳴った。
 昨日までは楽しみに思うだけだったけど、いざとなったらやっぱり緊張しちゃう。
 特に私は、パーティーのもう一つの主役とも言うべきお料理のほうを任されてるから。
 ってゆーか、なんだか私がいつの間にかメインシェフみたいになってる気がするんだけど。
 大丈夫だよね? みんな手伝ってくれるよね?
 私一人でぜんぶ用意するなんてことはないよね?
 ケーキはこなちゃんとゆたかちゃんが用意してくれることになってるけど……
 あううっ、お菓子が一番得意なのにい。

「それで、あの……つかささん」

 ――と。
 ゆきちゃんの声で我に帰る。どこか不安げな声だった。
「かがみさんの様子は……」
「あ……」
 そうか。
 思い出す。昨日の放課後。
 どう見ても怒っているのに今にも泣き出しそうだった、酷く追い詰められたような顔。
 あれがゆきちゃんの見た最後のお姉ちゃんだ。
「――うん。さっきはもう、だいぶ普通だったよ」
 誰が聞いているわけでもない自分の部屋なのに、私は自然と声を落とす。

 あのあと、私はすぐに後を追った。
 今日のことの最終的な打ち合わせをするためにひよりちゃんを待っていたところだったんだけど、
 それはゆきちゃんに任せて、一人で。もともと私はいても何かの役に立つわけじゃなかったし。
 だけど廊下に出たときにはもう姿が見えなくなってて。
 携帯に掛けても繋がらなかった。
 どうしようもなくて、家に帰るしかなくて。それでも心配で何度もなんども掛けなおして、繋がらなくて。
 だけど、夕ごはんの直前になってやっと帰ってきたお姉ちゃんは、もう普通の顔に戻っていた。
 みなみちゃんへのプレゼントもちゃんと買ってくれていた。
 そして、何も言ってくれなかった。
 ぜんぜん欲しくなかった『ごめん』の一言以外は。

「今日も、ちゃんと行くって」
『そうですか。……いったい、何があったのですか?』
「……。うん、さっき聞いたんだけど――」
 と、

 コンコン、ガチャ。

「つかさー? 入るわよ?」
 申し訳程度のノックを挟んでドアが開き、まさに噂をすればなタイミングでお姉ちゃんが入ってきた。
「あ、電話中? ごめん」
 そして私の姿勢に気付いて、声を落とす。
「う、うん。――あ、ごめんゆきちゃん。ちょっと待って。――なに? お姉ちゃん」
「あ、みゆきなんだ、相手。いや、それよ。連絡まだかなーって。あ、終わったら替わってもらえる?」
 妙ににこやかだ。
 早口だし。
 でもこの状況で訊いたらゆきちゃんにも余計な心配かけちゃうし……ええと、ええっと。
「う、ううん。今終わったとこ。――もしもしゆきちゃん?」
『はい。……かがみさん、ですか?』
「うん。替わって欲しいんだって。いいかな?」
『ええ、お願いします』
「ありがと。――はい、お姉ちゃん」
 携帯を耳から離し、お姉ちゃんに手渡す。
 受け取る顔は、やっぱりどこか不自然な笑顔。
「ごめんね。――もしもし、みゆき? ――うん、私。おはよう。――――ええ? やだ、大丈夫よ。
うーん……ってゆーか、ごめんね?」
 身振りをつけて話すクセの、その動きも、どこか硬い。
 思わず眉を寄せて見つめてしまうと、気付いたお姉ちゃんは私に背を向ける。
「――いやホント、なんでもないのよ。――ん……だからね? こなたのヤツがさ、また私のカバンに
ヘンな本、仕込みやがってさ。あはは。――そう。それだけのことだから」
 さっき、朝ごはんを食べながら聞かされた話だ。
 こなちゃんが、お姉ちゃんのカバンに、その……えっちな本をこっそり入れるいたずらをして、
 それで怒っていた、って。
 確かに、前にもそんなことはあった。一学期だったかな?
 クラスの人に見つかりそうになって、死ぬほど恥ずかしかったって、お姉ちゃん、すごく怒ってた。
 でも、そんな理由だったら昨日のうちに教えてくれてもいいはず。
 一晩考えた言い訳ですって言ってるようなものだよ。私にだって分かるぐらい。
「それより、みなみちゃんの方は――――お、じゃあ計画通りね。よしよし。――うん、しっかりね。
じゃあ、つかさに替わるから。――はい、つかさ。ありがと」
「あ――う、うん」
 お姉ちゃんが返してきた携帯を、受け取る。
 指先同士が、触れ合わない。
「……もしもし? ゆきちゃん?」
『はい。……大丈夫なようですね』
 お姉ちゃんに聞こえるわけもないだろうけど、ゆきちゃんの声も小さめだ。
「そうかな」
『ええ、そう思います。本当のことを言っていただけないのは残念ですが……』
「そっか。……ねえ、ゆきちゃん」
『はい』
「……」
 開きかけた口を、目とともにぎゅっと閉じる。
 ――中止にできないかな。
 言えるわけないよ、そんなこと。
『つかささん?』
「ううん、ごめん。なんでもない。またあとでね」
『……はい。それでは後ほど。失礼します』
 ぶつり、と途切れる。 
 通話時間を表示するディスプレイをなんとなく見下ろしていると、お姉ちゃんが声をかけてきた。
「どうかした、つかさ?」
「……」
 振り返る。
 とぼけた感じの微笑みを浮かべてはいるけど、その向こう側には緊張と警戒が透けて見えている。
 どうかしてるのはお姉ちゃんの方だよ。
 でも、訊かれたくないんだね。
「なんでもないよ」
「そう。――じゃあ、いのり姉さんに準備してくれるよう言ってくるから」
「うん」
 主に食材とか、持って行くものが多いから、私たちは他のみんなとは別に、いのりお姉ちゃんに
 車で送ってもらうことになっている。そのことに気付いて、頼んでくれたのもかがみお姉ちゃん。
 でもそれも、きっと目の前のことに集中しようとしてるだけで、やっぱり無理の表れとしか思えない。
「あんたも用意しちゃいなさい。忘れ物とか、しないでよ?」
「うん、だいじょうぶだよ」
 だけど、こういうときのお姉ちゃんは、絶対に何も言ってくれないから。
 少なくとも私じゃ聞き出すことはできないから。

 がちゃり、ドアが閉ざされる。

 私は、どうしたらいいんだろう。
 お姉ちゃんのことと、ゆきちゃんに頼まれた今日のこと。どっちを考えたらいいんだろう。
 そんなふうに迷ってみて、気付く。
 私の“一番”は、もうお姉ちゃんじゃないんだ。そしてお姉ちゃんの“一番”も、もう私じゃない。
 そんな当たり前のことが、今はただ悲しい。
「――んっ」
 ぱちん、自分で自分のほっぺを叩く。
 しっかりしなきゃ。
 こんな気分で作ったお料理なんて、絶対においしくないに決まってる。
 今は私も、目の前のことに集中しよう。
 お姉ちゃんのことは、きっとこなちゃんがなんとかしてくれるから。私は私の、やるべきことを。
 今はそれだけを考えるんだ。




















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