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メドレーリレー・バースデー(8)

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匿名ユーザー

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 セミの声。
 夏のまぶしい太陽と、それを遮る街路樹の枝葉。
 バス停のベンチの平らな感触。
 スポーツドリンクの冷たい喉越し。

 どうして、今、こんなことを思い出すんだろう。

 心を満たす、フラットで不思議な感覚。
 それをくれた、先輩の笑顔。

 あのときの、あの人も、こんな気持ちだったんだろうか。



【track 8 : あの日の記憶と二つの告白】



 結論から言うと、拍子抜けだった。
 なんて言ったら、悪いかな?
 とにかく。
 要約すると、こうだ。
 みなみちゃんは昨日、学校の帰りにある人物と出会ったらしい。
 名前は言わなかったけど、同じ学校の人だったようだ。
 そして、目元を腫らしてベンチに座り込んでいたその人に、ハンカチを貸してあげた、と。
 ……それだけ。
 ただ、その行為が、私と初めて会ったときにしてくれたのとまったく同じだってことを
 気にしているみたい。
 そして保健委員を続ける以上、今後も同じようなことをしていかざるを得ないということも。

「……ごめん」
 話を終えたみなみちゃんは、最後に小さく、そう言った。
 顔は伏せられていて、目線は下を向いている。
 そんなみなみちゃんの姿が、横方向にスライドして、消える。
 私の視線が勝手に動いた。
 入れ替わって目に入ったのは、日下部先輩。
 不思議そうな顔をしている。
 でも、私には笑っているように見えた。ニコニコと、嬉しそうに。
 ……違う。
 思い出したんだ。
 蝉時雨の降り注ぐバス停。
 フラットで不思議な感覚と、それをくれた先輩の笑顔を。
 あのときの先輩もこんな気持ちだったのだろうか。
 だとしたら……ううん。そうじゃなかったとしても、私の言うことは、決まってる。
 目を戻す。
「……そっか」
 私はうなずいた。
 笑顔で。
 日下部先輩のあの笑顔にはとても敵わないけど。
「みなみちゃんは、優しいね」
 敵わなくても。
 そうしたいから。
「え……」
 顔が上がる。
 驚いたような表情。
「私は嬉しいよ? みなみちゃんが、その人のことを見捨てないでくれて」
「で、でも……私は……」
「うん。……ほんと言うと、ちょっとだけ複雑な気分もあるけど……でも、他の人にしないで欲しいなんて
言わないし、みなみちゃんはそんなことしないって、信じてる」
「……」
 あ、ちょっと泣きそうな顔。
 でも、どうしてだろう。
 そんな反応が、なぜか嬉しい。
「だって最初に私に声かけてくれたとき、みなみちゃん、別に保健委員じゃなかったでしょ?」
「――!」
 戸惑いに揺れていた目が、大きく見開かれる。
 なんだか不思議だ。
 どうして私の周りの人たちは、自分の長所というか魅力というか、そういうものに気付かないんだろう。
「仕事とか義務とかじゃなくて、みなみちゃんだから。みなみちゃんが、そういう優しい人だから、
私のこともその人のことも助けてくれたんだよね?」
「……それは……」
 戸惑い。
 そして、うなずき。
「うん。そんなみなみちゃんだから、私は大好きになったんだし、こうして友だちになれてよかったって
思うんだよ? それに――」
 調子よく出ていた声が、止まる。
 どうしよう。勢いで口走りそうになっちゃったけど、けっこう恥ずかしいセリフかも。
 周りにはみんなもいるし。
「……?」
 って、ダメだ。みなみちゃんが不安そうな顔になっちゃった。
 高良先輩も言ってた。
 言うべきことはちゃんと言わないと、って。
「え、えと、その……そんなに悩むってことは、あのときのことを、それだけ大切に思ってくれてるって、
ことなんだよね? ……私も同じだから、その……嬉しい」
 また尻すぼみな喋りになっちゃった。
 頬がどんどん熱くなってきて、思わず顔を伏せかけたけど、慌てて上げる。
 みなみちゃんは、
「……」
 ほとんど無反応。
 茫然としているのか、それともただの無表情なのか――どうしよう。わからない。
 急に不安になる。
「あ……えと、それとも、別にそういうことじゃなかった……かな……」
 ってゆーか、そうだよね。
 何言ってるんだろう、私。

「ち――違うっ!」

 え?
「……みなみちゃん?」
「じゃ、じゃなくて――違わ、なくて、だから、その……」
 あれ?
 みなみちゃん、真っ赤だ。
 視線と手先を泳がせて、口を開いたり閉じたりして。日下部先輩の流儀で言えば、「パニくってる」。
「だから――だから、つまり、その……」
 同じような切れ切れの繰り返しが、しばらく続く。
 私は口を挟まなかった。
 周りの、他のみんなも。
「……私は……わたし、も――」
 そうして、みなみちゃんは、とうとうそれを口にした。

「――私も……私も、同じだから。……ゆたかと」

「……」
 ゆっくりと。
 意味が沁み込んでくる。
 同時にどんどん顔が熱くなっていく。さっきまでも熱かったけど、さらに。
 まるでみなみちゃんの言葉がそのまま温度に変わってしまったみたいに。
 なんで?
 さっき自分で言ったときは、ただ嬉しかっただけなのに。
 ううん、今も嬉しいけど。
 でも、それと同じぐらい、恥ずかしい。
「――え、えと、ええっと……あ、ありがと……」
「……私、こそ……」
 みなみちゃんもますます真っ赤だ。
 急に周りが気になって、見回した。
 高良先輩とそのお母さん、みなみちゃんのお母さん、峰岸先輩はにこにこ笑っている。
 日下部先輩とつかささんは、感心したような顔。かがみさんはなんとなく複雑そう。
 そしてお姉ちゃんとパティちゃんはニヤニヤしていて……
「……何してるの?」
 なぜか二人がかりで田村さんを羽交い絞めにしている。
 その田村さんは、窮屈そうな体勢ながらも、何か満ち足りたような笑顔。
 もう思い残すことはないっす、とか呟いてたり。
「気にしないで、ゆーちゃん。必要な措置なんだよ」
「That's Light。ヒヨリはワタシたちに任せて、サァ、続けてクダサイ」
「続けて、って……」
 みなみちゃんに向き直る。
 続けろって言われても……もう言うことは全部言ったと思うし…………あ。
 そうだ。
「みなみちゃん。一つだけ、訊いてもいいかな?」
「……なに?」
「えっと、ダメならダメでいいんだけど……昨日、ハンカチを貸した人って、誰かなー、って」
 軽い気持ちだった。
 ちょっと話題を変えようと思っただけで、最初から気になってはいたけど、
 どうしても知りたかったってわけでもない。
 だけどみなみちゃんは、ぎくり、と顔を強張らせて、思わずといった感じで横方向に視線を投げた。
 反射的に目で追いかけてしまう。
 その先にいたのは、
「……」
 他の人たちから微妙に離れた位置で、辛そうに眉をしかめて、私たちを見つめていたのは、
 私と同じ髪型の、少し特徴的なシルエット。
 え?
 じゃあ――
「あっ……」
 しまった、みたいな声。みなみちゃん。
 だけど遅い。
 もう全員の目が向けられた。
「へ?」
「そなの?」
 日下部先輩と、お姉ちゃん。
 二人から短く問いかけられて、十一人分の視線を受けて、
「……ええ」
 かがみさんは、ため息をつくようにうなずいた。

「ええ、そうよ。今の話の、みなみちゃんにハンカチを借りたっていうのは、私」

 お姉ちゃんと日下部先輩、そしてつかささんが目を丸くする。
 私も同じ思いだ。
「……ごめんね、みなみちゃん。余計なこと言っちゃったのね、私」
「……い、いえ……」
 それはつまり、かがみさんは泣いていたということに他ならない。少なくとも落ち込んでいた、と。
 どうして?
 かがみさんは、男の子から告白されて、それで悩んでたんだよね?
 振られたというのならわかるけど、告白されて、どうしてそんなことになるの?
 疑問を込めて視線を向けると――峰岸先輩は、無表情だった。
「……」
 たぶん、初めて見る。
 いつもにこやかなあの人から、笑顔が消えている。
 少し怖くさえある、一切の感情が見えない面持ちで、私の視線にも気付かない様子で、
 峰岸先輩はかがみさんを見据えていた。
 どういう反応なのかはわからない。
 でも、先輩がウソをついたとも思えない。
 だったら――単純に、それとは別の何かがあった?

「――かがみさん」

 高良先輩が一歩、前に出た。
「名乗り出てくださったということは、話していただけると思っていいんですね?」
 質問というよりは確認。
「やっ! っちょ、ま……!」
 そこに入る、待ったの声。
 いつの間にか元に戻っていたみたい。
「なんですか、田村さん」
 応じる高良先輩の声は、強く厳しい。
「い……いえ、その…………」
「いいのよ」
 そして言葉に詰まった田村さんを、かがみさんは自ら遮った。
「説明する。……ごめんね、田村さん。いろいろ気を使わせたみたいで。――みんなも」
 もう一つ、ため息。
 あちこちから、「いや……」とか、「別に……」とか、中途半端な声が上がった。
 それらを受けて、かがみさんはリビングの出口方向へと向かう。
「かがみ?」
「……ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
 お姉ちゃんの声も半ば無視して、そのまま出て行ってしまった。
「……」
「……」
「……」
 微妙な空気。
 沈黙は降りていない。
「……どーなってるっスか。どーすりゃいいんスか……」
「…… Wmm ……モハヤ、説明してもらうシカないと思いマス……」
 うろたえる田村さんと、それをなだめるパティちゃん。
「……あやの……」
「……うん……」
「……ゆきちゃん……」
「……待ちましょう」
 不安そうな日下部先輩とつかささんに、それぞれ静かに寄り添う峰岸先輩と高良先輩。
「……」
 悔やんだ顔で押し黙るみなみちゃん。
 そして、
「……」
 ポケットから取り出した携帯電話を、お姉ちゃんは助けを求めるように見下ろしていた。



「お待たせ」
 言葉どおりすぐに戻ってきたかがみさんは、手に何かを持っていた。
「ええと、みなみちゃん」
「あ……はい」
「とりあえず、先にこれ、返しとくわね。ありがとう」
「……いえ……」
 一つはハンカチ。
 どうやらみんなの荷物を置いてある部屋に行っていたらしい。
 そしてもう一つは、何かの紙切れ――官製はがきぐらいの大きさの、白い封筒。
 一見したところ何も書かれていない。
 あれって……
「なんだそれ、ひぃらぎ?」
 日下部先輩の質問に、かがみさんの答えは簡潔だった。

「ラブレター」

 あ、そうなんだ。
 こなたお姉ちゃんが峰岸先輩たちにって言ってた招待状かと思った。同じ封筒だから。
 でも、普通の文房具屋さんとか、あとコンビニなんかでも売ってるものだし、
 そもそもかがみさんが持ってるわけはないよね。
 と、
「えっと……ソレはもしかして、私にくれるのカナ? ……カナ」
 引きつったような笑みを浮かべながら、お姉ちゃん。
「いやいやいや、あたしだろ。だよなひぃらぎ?」
 日下部先輩が続く。
「……んなわけないでしょ。もらったのよ、私が」
「……」
「……」

「「「――ええええぇえぇえぇぇぇぇえぇえぇぇええええっっ!?!!?」」」

「っ!?」
 ――びっくりしたぁ。
 お姉ちゃんと日下部先輩と、あと田村さんとつかささんが、ほとんど絶叫した。
 他のみんなも少なからず驚いている。
 私以外は。
 だって私は事前に聞かされて知っていたから……って、
 あれ?
 ふと見ると、峰岸先輩も、目を見開いてかがみさんを凝視していた。
 さっきの無表情よりもなお珍しい。この人があんなにもはっきりと驚愕をあらわにするなんて。
 でも、どうして?
 かがみさんが男の子から告白されたらしい、と。
 まだパーティーの準備をしていたときに、そう教えてくれたのは、峰岸先輩だったのに。




















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