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メドレーリレー・バースデー(9)

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【track 9 : 手遅れになる前に】


 二、三時間ほど前のことだ。
 料理や飲み物を運んでいる最中、誰もいない廊下で、私は峰岸に呼び止められた。
「こんなときに言うことじゃないかな、とは思うんだけど……」
 そんな前置きに続いて言われたのは、私を紹介して欲しいと言っている男子がいる、ということだった。
 なんでも峰岸の恋人である日下部のお兄さんの、その友人の弟だかなんだかで、
 私たちと同じ陵桜学園の二年生らしい。
 もちろん動揺したし、また腹立たしくもあった。
 本当に、なんでこんなときに、と。
 しかし同時に、まったく別の方向から、

 これは――使えるかも知れない。

 そんな思いが沸き起こった。
 頭が急速に冴えていくのを感じた。それまでずっと空回転を続けるだけだった歯車が突然噛み合い、
 そして小気味よいほどの勢いで回り始めたような。
「返事は今すぐじゃなくても……柊ちゃん?」
「峰岸」
 行ける。
 これなら、真実を話さずにみんなを納得させることができる。
「封筒とか、持ってない? できれば何も書いてないやつ」

 そして借り受けたのが、今私が手にしているこの封筒。
 ひらめいたその場の勢いで言ってみただけなのに、本当に持っていたのには驚いたわね。
 そーいや中身はなんなのかしら。
 まぁ、なんでもいいか。理由も教えずに借りた上に勝手に見るなんて、さすがに峰岸に悪いし。
 ともかく、これで乗り切れる。
 筋書きもパーティーの準備をしている間に組み立てた。
 おかげで上の空になっちゃって、結局いつも通りには振舞えなかったけど。
 あと切り出すタイミングにも困ったけど、どちらもまあ、結果オーライでなんとかなった。
 しかし、

「「「――ええええぇえぇえぇぇぇぇえぇえぇぇええええっっ!?!!?」」」

「っ……!」
 突如響いたサラウンドの絶叫攻撃に、思わず耳を押さえて顔をしかめる。
 こなたと日下部、つかさと……あと田村さん?
「……なんつー声だすのよ、まったく」
 ああなんかデジャブ。
「なんで!? なんぞ?! なんの伏線もなかったじゃんっ! そんな超展開私は認めないよ!?」
「そーだぞ! いつの間にそんなことになってんだよ! てか相手誰だよ!!?」
 聞いちゃいねーし。
「だあぁっ! っも、うるせえー!!」
 左右から詰め寄る馬鹿二人を、怒鳴って蹴散らす。
 さすがにここまで激しい反応は予想してなかった。
 てか、仮にも年頃の女子高生が「ラブレター」って単語に対して暴れだすってどーなんだ。
 他のみんなも、叫んだりはしてないけど揃って目をまんまるにしてるし。
 峰岸まで。
 あんたのそんな顔、初めて見たんだけど。
 ん……ゆたかちゃんだけは、微妙に反応が薄いわね。どちらかと言えば早くも納得したような顔。
「そーだよ! 誰なの相手は!」
「ちょっと貸せ! 見せろ!」
 って、コイツら収まってなかったし!
 競い合うようにこちらに手を伸ばしてくる二人に、意識が他に逸れていたこともあって、反応が遅れた。
「ちょっ……あっ!」
「よっしゃ!」
「ナイスみさきち!」
 しまった。コイツらの運動神経を甘く見た。しかも地味に連携しやがった。
 日下部の手が封筒の口にかかる。まずい。
「まっ――」

「――だめぇっ!!」

 悲鳴。
 私じゃない。
 全員が動きを止めて、声の主を振り返る。
「……あ、やの?」
 日下部にとっても珍しいことなのか、信じられないものを見るような目だ。
 それに抱きつく格好で、恐怖か驚愕か、こなたも顔を引きつらせている。
 他のみんなも、だいたい同じ反応。
 私もだ。
 ただ、つかさだけは、どこか訝るように眉をひそめていた。
「……だめよ、みさちゃん、泉ちゃん。そういうのは、本人以外は、見たらダメ」
 それらの視線を跳ね返すように、峰岸は断固とした口調で言い放つ。
「「ごっ……ごめんなさい……」」
 両手を挙げて声をそろえる二人。
「……ったく」
 とりあえず封筒を取り戻す。助かったけど……峰岸、ちょっと焦りすぎよ。バレちゃうじゃない。
 それとも、ひょっとしてマズいものだったの、これ?
 だったら言ってよ……って、説明しなかった私も悪いか。
 けど一度口に出してしまった以上、もう引っ込みは付かない。貫き通す以外にない。
「あぁもう、シワになってる……にしても、さすが峰岸。彼氏持ちはタブーを心得てるわね」
「そ、そんなこと……」
 一応のフォローを入れると、峰岸は気まずそうに顔を赤らめた。
 なんとなく漂っていた緊張感と慌しさが、少し薄まる。
「アノ……」
 それを見計らったように、パトリシアさん。
「結局、ドゥイゥことなのでショウか」
「そ、そうっスよ。そのラ、ラブレター、が、なんなんスか?」
 続いて田村さん。
 ええ、そうね。
 確かにラブレターというだけでは、みなみちゃんの話の中で私が落ち込んでいた説明にはならない。
「それは――」
「そーそー。てか見せてくんないならなんで持ってきたんだよ」
 説明しようと口を開きかけたところに、また日下部。
 さらにこなたまで勢いを取り戻す。
「そだよ。いやそれより相手は誰なのさ!」
「いや、だからそれは……」

「――待ってくださいっ」

「「「……!」」」
 今度は、みゆきだ。
 頬を紅潮させて肩をいからせる姿に、またしても全員がぎょっとする。
 みゆきは、失礼、と咳払いを一つすると、私に迫っていた四人を真摯な瞳で見回した。
「みなさん、まずはかがみさんの話を聞くべきです。質問はそのあとにしましょう」
「……ごめん」
「……ごめんなさい」
「……Sorry」
「……申し訳ないっス」
 揃って項垂れる日下部他三名。
 みゆきと、峰岸。ふだん穏やかな二人からの二連続での叱責は、さすがに堪えたようだ。
 大人しく聞いていただけのゆたかちゃんやみなみちゃんまで首をすくませている。
 田村さんとパトリシアさんも別に悪くないと思うけど、まあ、黙ってくれてた方がやりやすいか。
「みゆき、ありがと」
「あ、いえ……」
 ひとまず礼を言うと、みゆきは困ったように眉を下げ、首をかしげる。
 さて。
 仕切りなおしだ。
 軽く目を閉じて、ため息のふりをして深呼吸。その間にもう一度筋書きを確認する。
 行ける……わよね?

「――まず、差出人と手紙の内容は、教えない」
「「えぇ~?」」
 前置き代わりの宣言に、いきなり挙がる不満声。
 具体的な発生源は、言わずもがな。
「うるっさい。あんな反応されて言えるわけがないし、言わなくても問題ないでしょ、この場合は」
 そこまで脚本を煮詰めてないってのもあるけど、実際言う必要はないだろう。
 問題なのは「昨日、何があったのか」なんだし。
 それにもしこれが真実だったとしたら、私なら意地でも言わないと思う。だからここは流す。
 OK。次。
「で――受け取ったのは、三日前……木曜日ね。その放課後。受け取ったってゆーか、靴箱に
入ってたわ」
「あ」
 つかさが短く声を出す。思い当たったか。
「そう。あんたとみゆきがトイレにって席を外してる間に見つけたの」
 実際は、例の男子三人組の会話を靴箱越しに聞いていた時間だ。
 だけど……だから、100%の虚偽でもない。
 あの会話の中には、確かに私に対する好意を示すものもあった。
 説得力を持たせるために、その部分をあえて反芻しながら私は語った。
「言われてみれば、あのときのかがみさん……ですが、少し機嫌が悪そうに見えましたが……」
「必死に隠してたのよ。……そんなふうに見えちゃってたか」
 やや不審そうなみゆきに、ふっ、と肩をすくめてみせる。
「じゃ、一昨日から寝不足だっつってたのも、それか?」
「そうよ。悪かったわね。――それで、昨日なんだけど……」
 割り込んできた日下部にも軽く答えて、そこで口が止まった。
 ここまでは、大丈夫。
 問題はここからだ。用意した言い訳は、ちゃんと通じるだろうか。
 思わず泳ぎかけた視線を、まぶたを閉じて押さえつける。
 息を吸って。
 吐いて。
 目を、開く。
「……一度、なくしちゃったのよ、これ」
 封筒を掲げながら、ぽつりとこぼすように。
 様子を盗み見ると、みゆき、みなみちゃん、ゆたかちゃんのあたりが軽く息を呑んでいた。
 他のみんなも、「えっ」って感じ。
 行けるか……?
「昨日、教室で、日下部と峰岸と別れたあとよ。カバンに入れてたと思ったのが入ってなくてね。
それでパニックになっちゃって……」
 焦ったような早口になってしまった。
 バレたか? ――いや。
「で、つかさとみゆきと、あとみなみちゃんがご存知の通りってわけ」
 みっともないところを見せてしまったんだ。
 このぐらいでも、問題はないはず。
「あ、峰岸もか。ごめんね」
「気にしないで。そういうことなら、仕方ないわよ」
 お、もう普通に戻ってる。
 この子も大した役者ね。
「え? じゃあ、どうしてこなちゃんを探してたの?」
 うっ……つかさ。
 できれば、そこには触れて欲しくなかった。
 一応答えは用意してあるけど、こればかりはさすがに、使うのは気が引けてしまう。
「へっ、私?」
 こなたが目を丸くする。
「そーいやケータイに着歴残ってたけど……まさか、かがみ」
 携帯電話を取り出しながら、言いながら、その顔が不満げなものに変わる。
「私が盗ったと思った、なんて……言わないよね?」
「……」
 目を逸らした。
「わ、悪かったわよ。でもしょーがないでしょっ、そのぐらいパニックだったのよっ」
 本当に、悪いとは思うけど。でもそれしかないのよ。
 矛盾を解消するにはそういった筋書きしか、少なくとも私には思いつかなかったのよっ。
 ……それに、そもそもあんたがあのとき電話に出ていれば。
 あの時点であんたとちゃんと話ができていれば、こんなことにはならなかったはずなんだから。
「でもちびっ子ならやりそーだよなー」
 お?
「いやいや、泉先輩なら中身をすりかえるパターンっスね」
 呆れたように言う日下部に続いて、田村さんもフムフムと笑った。
 思わぬ助け舟だ。
 これは……乗っかるか。
「うわっ、ひどっ! 私ってそんなイメージ?」
「……ってゆーかアンタ、前科あるし」
 わめくこなたを横目に、ぼそりとつぶやいてみる。
「なにソレっ! ワタクシがイツそんなコトヲっ!?」
 なんで微妙にカタコトだ。
「一学期の中間の少し前ぐらいだったかしら? 私のカバンにヘンな本、入れてくれたわよね?」
「入れただけだよっ! 何も盗ってないよっ!」
「じゅうぶんだ馬鹿者」
 わめく馬鹿を冷たく両断。自然とうんざりとした声が出た。
 なんだか……波に乗った感じだ。
 私ってこんなに嘘が上手かったかしら。
「中間?」
 と、日下部が何かに気づいたようにつぶやいた。
「ひょっとして、あのときのアレか?」
「ええ、まさにそのときのソレよ。……あのときは、怒鳴って悪かったわね」
 こなたがアレをやらかしたとき、
 写させていたノートを返そうとカバンに触った日下部に過剰反応してしまったことを思い出す。
 本当に、あれは危機一髪だった。
 いや別に私のじゃないから見つかったところでいくらでも説明できたんだけど。
「そっか、ちびっ子が原因だったのか」
「あれあれー? なんだか私が大ピンチだよー?」
「……あ、それでは……」
 おどけるこなたを無視する形で、みゆき。
「今朝、電話であのように説明してくださったのは……」
「……そ。あのときは、まだ誰にも教える気はなかったし」
 自然な形で球を返せた。
 今朝、つかさとみゆきにああ言っておいたのは正解だったわね。
 絶対に通じない苦し紛れだと思ってたけど、そのおかげで思いつくことができたようなもんだし。
 ……と、他の何人かが首を傾げている。ついでに説明しとくか。
「つかさとみゆきには、こなたがまた同じことやらかしたからって説明したのよ。昨日、その……
パニくったところ、見せちゃったから」
「なんという人聞きの悪さ……」
「じごーじとくだろ。ったく、人騒がせなヤツだぜ」
「うぐぅ~……」
 日下部に言われて、落ち込んだ素振りで奇声を発するこなた。
 前もやってたな。何のネタだ。……どーだっていいけど。
「そうでしたか……あ、すみません。脱線させてしまいましたね」
「いいのよ。――えっと、どこまで話したっけ」
「ラブレターをなくして、泉先輩が盗ったと思ったってところまでっス」
 視線を宙に飛ばすと、田村さんがすかさず答えた。なかなか聞き上手ね、この子。
「あ、そうそう」
「でも、見つかったんスよね? どこに…………あ」
 そして質問をしかけて、ハッとなる。
「今、ここにあるってことは……」
「……鋭いわね。そうよ。今日使ったカバンの中に入ってたわ」
 おおー、と空気が少し沸き立った。パトリシアさんが口笛を鳴らす。
 ほんと、大したものだわ。
 ま、私が思いつく程度の話だし、本格的にマンガを描いているらしい彼女になら、
 この程度は造作もないってところなのかもね。
「いやもぅ、なんでそんなところにあったのか自分でも分かんないんだけど……とにかく、それで、
誰かに見つかったらどうしようとか、改めて返事どうしようとか、そもそもなんでこんな紙切れの
せいでこんなにも悩まなきゃなんないのよ、とか……ま、そんな感じだったわけ」
 愚痴る口調で一気に言って、私はため息をついた。
 終わった。
 どうにか最後まで上手く喋れた。
 嘘をついてしまった罪悪感もあるけど、やり遂げた達成感の方が今は大きい。
 改めて頭の中で見直しをしてみても、特に不自然なところは……うん、ない。
 ないと思う。
 少なくとも「本当の理由」を説明するよりは、よっぽど説得力があるはずだ。
 だってそんなもの、当の私にだってよく分かっていないんだから。
 みんなからも、ため息というか、なんとなく気が抜けたような気配が漂っている。
 あえて言葉にするなら、そうだったんだー……みたいな。
 みなみちゃんも、分かりにくいけど、たぶん納得してる顔よね?
 ただつかさだけは、半信半疑というか、何かに引っ掛かってるような顔で私と峰岸を見比べている。
 しかし口に出して何かを言う気配はないし、問題はないだろう。

「――はあぁぁ~~…………」

 と。
 ひときわ大きなため息を吐いて、田村さんがその場にへたり込む。
「私はまたてっきり……いえ、なんでもないっス……ホントなんつー空回り……」
 ……いいえ。たぶん、あなたの方が正しい。
 胸中でつぶやく。
 もちろん気付いていた。彼女が私とこなたの衝突を回避しようとしていたことには。
 あれだけ何度も露骨に割り込まれれば、いくらなんでもね。
 だけど下手な慰めを口にするわけにもいかない。
 私にはその資格はないし、何よりもっと相応しい人がいる。
「No、アナタは立派に役目を果たしマシタ」
 その肩にそっと手を置いて、パトリシアさんが優しく囁いた。
「お疲れ様デス、ヒヨリ」
「マジ疲れたっス……なんだかとっても眠いっス、パトラッシア……」
「エエ……眠りナサイ、ヒヨリ……」
 ……うん、まあ、そっとしておこう。
 一方で。
「ほら、私関係なかったじゃん」
 日下部を肘で突付きつつ、こなたが口を尖らせている。
「まったくとんだ濡れ衣だよ」
「うっせぇな。悪かったよ」
 顔をしかめる日下部。
 同じ表情を浮かべそうになり、慌てて目を逸らす。
 イラつく。元はと言えばあんたが……いや、関係ないわ。
 そう、関係ない。
 今はそれよりも、峰岸にどう返事をするか……違うか。まだみなみちゃんを祝うことの方が大事よね。
「――ねぇ、かがみ」
「……」
 まぁ。
 だからといって、話しかけてきたのを無視するわけにもいかない、か。
「何よ」
「結局さ、差出人は誰なの?」
「言わないって言っただろ!」
 前言撤回。
 無視しても問題ないわ、こんなヤツ。
「え~? い~じゃ~ん。ここまで言ったんだから言っちゃいなよ~」
「うるさい。擦り寄るな」
「同じ学校なんだよね? せめてクラスだけでも……」
「しつこいっ」
 なんだってのよ。
 どうせ、私のことなんかどうだっていいくせに。そんなに弄りたいか。
「じゃあイニシャルとか」
「いいかげんにしろ! 黙れっつってんのよ!」
「あぁ~れぇ~」
 押しのけると、こなたはそのままふらふらと流れて、そしてつかさに抱きついた。
 片眉が、無意識に、痙攣するように跳ね上がる。
「うぅ、つかさぁ~。かがみがつめたいぃ~」
 もしかして日下部の真似か、それは。
 ふん、なによ。やっぱりふざけたいだけなんじゃない。
「わ、わっ。えっと……よ、よしよし」
 つかさも、撫でてんじゃないわよ。
「……けど、そっか……」
 撫でられながら、こなたの声の、トーンが変わる。
「ついにかがみにも春が来たか……」
 どこか、寂しそうに。
「せっかくみさきちと峰岸さんと仲良くなって、明日からまた毎日かがみと一緒に昼休みを過ごせると
思ったのに……その隙にそんなコトになってるなんて、どんなエボシさまだよ」
「余計な――」



 ……………………………………………………………え?



「――なんだって?」
 今。
 何を、
 言った?
「ん~? だからぁ、森に攻め込んでる隙にタタラ場を襲われたエボシさまの気持ちが――」
「そうじゃなくてっ!!」
 のん気そうな声を遮って、声が勝手に跳ね上がる。
「日下部と峰岸とって……どういうことよ」
「どうって……だから、かがみがみさきちたちを置いてうちのクラスに来るからアレなんでしょ?
だから明日からは三人で来なよ、って。こっちからそっちに行ってもいいし。――ね?」
 最後の呼びかけは、日下部と峰岸に。
「そだけど……え? ひぃらぎ、聞いてなかったのか?」
「聞いてないわよっ! ってかなんでこなたが日下部とのそれを知ってるのよ!?」
「え?」
 つかさが目を丸くする。
「お姉ちゃん、言ったんじゃないの?」
「言ってないってば!」
「いや、私が聞いたのははみさきちからだよ。さっき言ったじゃん」
「そ、そう、だった……?」
「なによ、それ……」
 え?
 あれ?
 待ってよ。待って、待ってってば。
 それってつまり、つまり……
 今、私がやったことは……
「違うわ」
 ……峰岸?
「台所での話なら、泉ちゃん、誰からとは言ってなかったわ。ただ『聞いた』としか」
「へ? そだっけ?」
「峰岸さん、聞いてたの?」
「聞こえちゃったのよ。――それで、柊ちゃん」
「……え?」

「どうするの?」

 深い。
 恐ろしく深いところから、一気に突き上げてくるような、問いかけの声。
「……どうするって……」
 なにを?
 なにを、どうしろって言うの?
「そーだよひーらギ。どうするつもりなんだ、結局?」
 日下部?
「なに――が?」
「なにがじゃねーだろ。返事だよ、そのラブレターの」
「あ……」
 視線を落とす。
 白い封筒。
 焦点が合わない。
 そっか。
 これは嘘だけど、峰岸に言われたのは、本当なんだった。
 それを考えなきゃ。返事、しなきゃ。
 でも、
「――ごめん。まだ、決めてない」
「どうして私に謝るの?」
 不思議そうな顔と声。
 どうしてって……そうか。
 峰岸経由だってことには、なってなかったんだ。今の私の説明では。
 しっかりしなきゃ。
 そうだ。しっかりしろ、私。
「こっちこそごめんね、余計なこと聞いちゃって」
「う、うん」
「それじゃ、もうこの話は終わりにしましょ」
 ぽん、と
 峰岸が胸の前で手を打ち合わせる。
「えぇ~?」
 日下部が不満げな声を挙げる。
「ダメよみさちゃん、これ以上柊ちゃんを困らせちゃ。それに肝心の岩崎ちゃんが置いてきぼりじゃない」
「え? ……あ、いえ、私は別に……」
 突然名前を出されて、みなみちゃんが戸惑いを見せる。
 こなたがそちらに向き直る。
「おおっ、そーだったそーだった。ごめんね、忘れてたわけじゃないんだけど……よしっ! それじゃー
みなみちゃんからかがみにヒトコト言ってもらって、この話はシメにしよう!」
 妙に早口におかしなことを言い出す。
「……」
 そして、こちらに向き直ったみなみちゃんと、目が合った。
「ええと……」
 少しだけ頬を赤くして、困ったような声。
 なんとなく場違いな反応に思えた。
 いや、この“場”の方にそもそも違和感がある。何かが間違っているような、捻じ曲がっているような。
 本来あるべき流れから外れてしまったような。
 でも、

 ――駄目だ。

 そんな思いが競り上がる。
 そうだ。駄目だ。これ以上、この子に心配をかけては、駄目だ。
 降って湧いたような使命感と責任感。
 それらが、わずかに、混乱を上回った。
「……いいのよ。別に無理して何か言わなくても。――あんたも無茶振りしてんじゃない」
 体が勝手に動くような奇妙な感覚を憶えながら、みなみちゃんに苦笑いを、こなたに半眼を送る。
「え~? ノリ悪いよかがみ」
 笑っている。
 どこか悲しそうに――残念そうに、笑っている。
 そうだ。
 コイツは、いつも無茶なこととか思わせぶりなことを言って、そうやって人を弄って楽しむヤツなんだ。
 だから。
 気にしたら駄目だ。
 こなたのことなんか。
「……ごめんなさい……」
 みなみちゃんが、恥ずかしそうに頭を下げた。
「だから、いいって。気にしなくて。……私の方こそごめんね、心配させちゃって」
「いえ……。あの、かがみ先輩」
「ん?」
「その……がんばって、ください」
「……ありがと」
 律儀な子だ。
 思わず笑みがこぼれた。そして、誰からともなく拍手が沸き起こった。
 うん。
 これでいい。
 これでよかったんだ。
 私は間違ってない。……間違って、ない。




















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  • ふぅ~、読んでてこんなにハラハラするのも珍しいw
    あと、今回のかがみの嘘説明では
    「なぜ駅前で泣いてたのか」はまだ皆に説明してない(納得させてない)…
    って事で良いんだよね…? -- 名無しさん (2008-05-04 00:53:14)
  • 結局何も解決されてない件 -- 名無しさん (2008-05-03 09:13:50)
  • せつねえ・・・。
    せつなすぎる年頃。
    続き楽しみにしてます!
    どうかこの娘たちを幸せにしてあげてください。 -- ぱぶ (2008-05-02 04:12:56)

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