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雪の日に響く歌(2)

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二月に入ってから、ゆたかとゆいは様々な事を試していた。
あれから退院はできたものの、未だゆたかの声は出ないまま。
ゆいは心療に関する様々な本を読み漁り、何か効果的なものは無いかと模索し続けていた。
ゆたかも何とかして自身のトラウマを打破しようと、思いつく限りの事を試していた。
精神科医にも何度かアドバイスを貰いにいったが、依然として効果は出ていない。
もちろん、二人共そんなに早く治ると思ってはいないのだが…
それでも進展が全く見えない事に、二人は不安を徐々に感じるようになってきたのだ。
試行錯誤を繰り返し、様々な心療方法を試す毎日。
気がつけば、二月も真ん中まで過ぎていた…

「ゆたか、どう? 少しは良くなった感じ…ある?」

ゆいがゆたかに、いつものように問いかける。
だが、返ってくる返事はいつも通り首を左右に振るだけ…
それはつまり、改善の兆しが見えていないという事。
その様子を見て、益々ゆいの中に焦りが生まれる。

だが焦りがつのるゆいに対し、当事者であるゆたかは逆に落ち着いていた。
家族や医者から『そうそう簡単に治るものではない』と何度も聞かされていた為、逆に長く付き合うという覚悟が決まっていたからだった。
得てして当事者より周りの人間の方がパニック状態に陥りやすいという事例があるが、まさにその状況だった。
そんなゆいの心情を察したのか、ゆたかはゆいの傍へ行き、背中へと抱きついた。
不意なゆたかの行動に驚き、顔だけ振り返ったゆい。
そこには、優しい笑顔をしたゆたかがいた。

「…ゆたか?」

少し戸惑い気味なゆいに、ゆたかは小さな紙を手渡した。
そこには、一つの文章が書かれていた。

『お姉ちゃん、わたしはだいじょうぶ。
 お姉ちゃんのきもちはわかるけど、このままだとお姉ちゃんの方がつかれちゃうよ。
 ゆっくりなおそうってやくそくしたんだし、あせらないでいこうよ』

そこには、ゆたかの心療の為に奔走していたゆいを気遣う言葉が綴られていた。
確かにゆいはこの数週間、学校以外の『自分の時間』をゆたかの為に使っていた。
もちろんゆたかの事を思っての行動だったのだが、その分心身ともに疲労していたのも事実。
自分は少し焦りすぎていたのかもしれない…
その事を他ならぬゆたかから指摘されたゆいは、少し気恥ずかしくなった。

「…ありがとう、ゆたか。
 私、少しでも早くゆたかの声が元通り出せるようにしたいと思ってて…
 でも、焦りすぎても良くないんだよね。
 …ゆたかと違って、私にはまだ『覚悟』が足りていなかったのかも…」

落ち着いたゆいを見て、ゆたかはにっこりと微笑んだ。
本来ならケア側に回るべきである自分が、ゆたかに励まされた。
如何に自分が焦りすぎていたのか、ゆいはようやく気が付いたのだった。

(いくら焦ったって『確実に治癒速度が早くなる』訳じゃないんだよね…
 ゆたかの言うとおり、確実にゆっくりと治していかなきゃ。
 …それにしても、ゆたかに心配かけちゃうなんて…お姉さん失格だなあ)

初めてぶつかる、心という箇所の傷。
何もかもが不明な状態からのスタートであり、ゴールが果てしなく遠く見える。
しかし一歩ずつ歩みを進めていけば、必ず辿り着ける距離。
不可能ではない…そんな気持ちを新たに持ち、ゆいは改めてゆたかの為に頑張ろうと決めた。
と、その直後にゆたかがゆいの服を引っ張り、紙を渡してきた。

『でも、声が出なくなっちゃってさみしいのは、うたがうたえないことかな。
 すきなうたや、学校でおぼえたものもいっぱいあるのに…』

当時、ゆたかはよく歌を歌っていた。
テレビから流れてきた流行歌や、親が聞いていたCDを聴くたびに一緒に口ずさむ程だった。
しかし声が出なくなってしまった今、以前のように歌って楽しむことが出来ない。
仕方が無い事とはいえ、ゆたかにとっての楽しみが一つ消えてしまったのは事実。
これを読み終わったゆいがゆたかの顔を見ると、心なしか少し残念そうな表情をしていた。
だが、こればかりはゆいにも何も出来ない。
この時ゆいは、ゆたかに対して慰めの言葉をかける事しか出来なかった…


二月も下旬に入ったある日曜日、ゆいとゆたかはリビングでくつろいでいた。
いつも通りこたつに入り、筆談を交えながら楽しく話している二人。
話がそれなりに盛り上がってきたとき、ゆたかがふと『あるもの』に反応した。

「……!」
「…んぅ?どうしたの、ゆたか?」

ゆたかの目線は、ゆいの後ろにある窓へと向けられていた。
それに気付いたゆいが後ろを向くと…

「…あ、雪だ…」

外には、約一ヶ月ぶりの雪が降っていた。
先月より降る勢いはゆるいが、その分雪の形がはっきりと見えて、二人の目に綺麗に映っていた。
しかし、雪はゆたかにとって良い思い出が無いもの。
心配してすぐに振り返ったゆいだったが…ゆたかは先程と変わらない、優しい表情のままだった。
それどころか、ゆたかはすぐにゆいに文を書いたノートを渡してきたのだった。

『やっぱり雪ってきれいだね。
 この前はつもった後だったけど、わたしはこうやってふっているのを見るのが好きだなあ』

ゆたかは雪に対してトラウマを抱えている筈…とゆいは思っていたが、取り越し苦労だったようだ。
しかし見る分には大丈夫かもしれないが、実際に遊ぶのはどうなのだろうか。
そこで、ゆいはある一つの事をゆたかに問いかけた。

「ねえゆたか、もし積もったら…また遊びたい?」

ゆいは、ゆたかの今の心がどういうものかを知りたかった。
だからこそ、あえてストレートな疑問をぶつけたのだが…
ゆたかは少し考えた後、一つの文章を返してきた。

『ごめんなさい、雪を見るだけならだいじょうぶなんだけど…
 雪であそぶのは、まだちょっとこわい。
 やっぱり、あの時のことを思い出しちゃうから…』

やはり、まだ雪を使って遊ぶのは駄目なようだった。
申し訳なさそうな顔をしているゆたかを見て、ゆいはすぐに声をかけた。

「気にしないでいいって、あんな事があったんだから仕方が無いよ。
 その怖さも、時間が経てば薄れていっちゃうよ!
 ゆっくりでいいから、少しずつ慣れていこう」

持ち前の明るさで、ゆたかを引っ張るゆい。
その明るさと勢いは、下向きになったゆたかの気持ちを即座に引っ張り上げる。
ゆたかは明るい笑顔で、ゆいに向かって大きく頷いた。
笑顔に戻ったゆたかを見て安心したゆいは、一旦こたつから出て台所へ向かい、みかんが入った籠を持ってきた。

「雪が降ったら、やっぱりこれが無いとねえ!」

そう言いながら籠をこたつの上に置き、改めて座るゆい。
こたつにみかん、そして外は雪。
王道の日本の冬スタイルが出来上がり、二人は一時の幸福を味わった。

それから十数分後、ゆたかはノートを取り出して文章を書き、ゆいに手渡した。
そこにはゆたかの『あるお願い』が書かれていた。

『お姉ちゃん、あの「ゆきやこんこ」ってうた…うたってくれないかな』

ノートを受け取ったゆいは、その予想外のお願いに驚きを隠せなかった。
この『雪』という歌は、ゆたかが倒れた時に歌っていた曲。
あの強烈な出来事と非常に密接な歌なだけに、これを歌ってほしいというのは意外だった。

「…なんでこの歌を?
 それにゆたか、この歌を聴いたら…その…思い出しちゃったりしないの…?」

その言葉に、ゆたかは首を横に振った。
それと同時にゆいの手元にあったノートに、さらに文を書き足した。

『このうた、わたしすきなんだ。
 冬らしくて、うたのかしもやさしいかんじだし。
 もしかしたら、あの事をおもいだしちゃうかもしれないけど、そんな事できらいになりたくないから。
 それにじつは、さっき雪を見た時にうたいたいなっておもったんだよ。
 でも、今のわたしはうたえないから…せめてうたをききたいなって』

歌う事が大好きだった。
そして、冬を感じるこの歌が好きだった。
今この場所で、その歌を歌いたかった。
しかし、一つの出来事が彼女の『好きな事』を奪ってしまった。
今、自身が出来る事は『聴く事』だけ。
ゆたかがゆいに対して発した『お願い』…それは、彼女なりの決意とささやかな望みが含まれていた。
そんな彼女の心境を察したゆいは、そのお願いを聞き入れる事にした。

「…わかったよ、ゆたか。
 それじゃあ歌うから…聴いてね」

そしてゆいが歌おうとした直前…ゆたかが急に焦った顔でゆいに対して制止する動きをした。
その直後、ゆたかはノートへ文章を更に書き足し、もう一度差し出してきた。
その内容は…

『ごめんなさい、もう一つおねがい。
 わたしもいっしょにうたいたいんだ。
 こえは出ないけど、お姉ちゃんといっしょにうたってみたい。
 ちょっとおそかったかもしれないけど、いちどお姉ちゃんといっしょにうたってみたかったから』

この申し出に、ゆいが断る理由は無かった。
むしろ、逆にゆいが望んでいた事だったからだ。
声が出ていなくても、一緒に『歌う』事はできる。
厳密にいえば歌えていないだろうが、少なくともゆいはそう思わなかった。
歌というものは『声だけでつくられるもの』ではない…そう考えていたからだ。

「…了解! それじゃあ、タイミングを合わせていくよー」

ゆいがカウントを始め、ゆたかがそれに乗る。
…そして、ゆたかとゆいは歌い始めた。

「ゆーきーやこんこ、あーられーやこんこ
 降ってーは降ってーはずんずん積もるー
 やーまも野原もわーたぼうしかーぶーり
 かーれき残らず花がー咲くー」

部屋に響くのは、ゆいの声だけ。
ゆたかはその震えぬ声帯で、音を表現しようと一生懸命に歌っていた。
傍目から見れば、ゆいに合わせてゆたかが口パクで付いていっているようにしか見えないだろう。
しかし、二人は確かに『歌って』いた。
お互いの呼吸を合わせ、高らかに歌い上げる二人。
それぞれの顔は、笑顔に満ち溢れていた。

…だが二番に入ろうとした時、ゆたかの表情に変化が起きた。
その眼に、涙が溜まり始めていたのだ。

(…お姉ちゃんと一緒に歌えてよかった…
 でも…でも、やっぱり私も声を出して歌いたい…
 ちゃんと…お姉ちゃんと……お姉ちゃんと一緒に…!)

二番を開始した直後、ゆたかの眼から少しずつ涙が溢れ始めた。
ゆいもゆたかの変化に気が付いたが、あえてそのまま歌い続ける。
最後まできちんと歌ってから…そう思ったからだった。

「ゆーきーやこんこ、あーられーやこんこ」

(皆とお喋りしたいよ…お父さんやお母さん、お姉ちゃんとお喋りしたいよ…!)

「降ってーも降ってーもまーだふーりやまぬー」

(もう一回、声を出して歌いたいよ…! お姉ちゃんと…皆と……また……!!)

「いーぬはよろこーびにーわかーけまわりー」

(……『治りたい』……!)

『…ねーこはこたつーでまーるくーなるー』

…歌い終わった瞬間、ゆいはある変化に気がついた。
最後の一節だけ…何かが違った。
そこまでは、確かにゆいの声だけだった。
しかし、最後の一節だけ…ゆいの声だけではなく、別の声が重なっていた。
それはゆいにとって聞き馴染んだ、しかし久しぶりに聞いた声。
その声の持ち主は…

「…ゆたか…? 今、もしかして…声…」
「え? ………えっ…あ……!」

止まっていた時が、再び動き出した瞬間だった。
急に復活した声に対し、戸惑っているゆたか。
それに対し、ゆいはゆたかの声が治った事に驚きを隠せなかった。
歌を歌っただけ、本当にそれだけの事をしただけだった。
しかし今、ゆたかは声をはっきりと出している。

「ゆたか…ゆたかああぁぁっっ!!!」

こたつから飛び出し、ゆたかの傍へ駆け寄ったゆいは彼女を抱きしめた。
しばらく戸惑っていたゆたかも、ようやく自分の声が出た事を認識し、喜びの声を上げた。

「お、お姉ちゃん…私の声…ちゃんと出てる…よね…!」
「大丈夫だよ、しっかり出てるから……良かった…本当に…!」

喜びに包まれる二人。
気が付けば、ゆいの眼からも涙が流れ出していた。
早期完治は諦め、ゆっくり長く付き合っていくべき…と考えを改めたばかりのゆいにとって、これほどの奇跡は無かっただろう。

「でも、どうして…歌っただけなのに、何で急に声が戻ったんだろう?」
「私もよくわからないんだけど…
 皆とまたお喋りしたい、お姉ちゃんと一緒に声を出して歌いたいって思ったら…急に…」

そのゆたかの言葉を聞いた時、ゆいはある事を思い出した。
精神というものは、本人の気持ちの持ち方次第でいくらでも変化する可能性があるという事を。
また、『こころ』はふとしたきっかけで改善される事もあるという。
ゆたかの場合、自らが声を出せない状況であえて一緒に歌唱するという行動に出た。
その結果、ゆたかの心に一つの強い思いが生まれた。
それは、今までに無い程の『治りたい』という強い気持ち。
その爆発的な思いがきっかけとなり、今まで無意識に抑止していた力が解除されたのだった。

「今まで心配かけてごめんね、お姉ちゃん。
 …それから、色々してくれて本当にありがとう」
「気にしないで、可愛い我が妹の為だもん…当然じゃない」

改めてお互いの顔を見つめ、笑いあう二人。
今までの緊張感から解き放たれ、安心感に包まれた二人の表情は満面の笑みに包まれていた。
まるで、止められていた一ヶ月の時間を埋めるかのように。
…その直後、ゆいはゆたかに一つの提案を出した。

「…それじゃあゆたか、もう一度歌う?
 さっきは最後しか合わせられなかったし、今度は最初からきっちり合わせようよ」
「うん!」

そして、ゆいとゆたかの二人は改めて『雪』を歌った。
リビングに二人の歌声が響き渡り、外では雪が柔らかく降り続いている。
庭にある数本の落葉した木には雪が積もり、『雪の花』が開いていた。
その雪の花は、まるで声を取り戻したゆたかを祝うかのように輝いていた…


「…ゆーちゃん、声を無くしていた時期があったんだ…」
「あの時は本当にびっくりしたけど、本当に治ってよかったよ。
 今考えると、あの事は夢だったんじゃないかって思う位だね…」

ゆたかの意外な過去を聞き、ショックを受けたこなた。
こなたは、泉家に来てからのゆたかを思い出した。
笑ったり泣いたり、落ち込んだり、大声で反論したり…
こなたの記憶にあるゆたかは、かつて声を失うほどのダメージを心に受けたようには見えなかった。

「…ゆーちゃんさ、もうその時のトラウマは克服しているの?」
「そうみたいだねー
 私の知らない間に、いつの間にか雪遊びも平気になっていたし。
 多分、あれから一人で克服しようと頑張ったんだろうね。
 …お母さんの言っていた通りだったよ、『ゆたかは心の芯がとても強い』ってね…」
「………」

ゆたかの話を聞き終わったこなたは、ゆっくりと炬燵から出て立ち上がった。
一旦全身を伸ばし、自分の顔を叩いて気を引き締める。

「姉さんごめん、せっかく来てくれたのに悪いけど…今日の宿題を片付けてくるよ。
 私も少しは頑張っておかないと、ゆーちゃんにちょっと顔合わせできないや」
「いいよ、こっちは気にしないで。
 それより宿題頑張りなー! こっちは適当にごろごろしてるからさっ!」
「あはは、やっぱりそうしている方が姉さんらしいね。
 それじゃあ、ちょっとだけ失礼しまーす」

こなたは居間を出て行き、自分の部屋へと戻っていった。
居間に一人残されたゆいは、すぐそばにあるカーテンを開けて窓の外を眺めた。
雪は相変わらず降り続けており、地面はうっすらと白くなっている。

「…止む気配が無いし、こりゃ今日は綺麗に積もりそうだねー
 帰りはスリップしないように気をつけないとなあ…
 電車も心配だし、ゆたかに帰りが遅くならないようメールしておくかな」

しんしんと降る雪は、埼玉の地を白く染めていく。
明日になれば、外は子供達の遊ぶ声で一杯になるだろう。
雪は人に楽しみを与え、時には苦しみまでも与える存在。
そして神秘的であり、不思議なもの…
どこかで聞いた言葉を思い出しながら、ゆいはゆたかにメールを送信した。

「…明日も、遊びに来ようかな」

そんな言葉を呟き、ゆいは携帯電話をそっとしまった。





















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  • ただ一言、素晴らしい名作を
    ありがとうございました。 -- チャムチロ (2012-08-29 22:49:47)
  • もう何度も読みましたが感動します。
    とても心が温かくなる作品だと思います、
    やっぱりゆい姉さんとゆたかの姉妹は良いですね。 -- 名無しさん (2010-03-24 16:50:07)
  • いい話だね。起承転結もしっかりしていて読みやすかった。
    なかなかの腕前ですな(=ω=) -- 氷牙九龍IV世(九重) (2008-06-15 10:27:43)

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