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kairakunoza @ ウィキ
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縁結びの雨

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だれでも歓迎! 編集
「……ふう」
 何の気なしに、溜息をつく。そういえば、最近、溜息が多いような気がするな。忙しさの現れかもしれない。
 今、僕は、ラジオ局の楽屋前にいる。「らっきー☆ちゃんねる」の収録を終え、これから帰宅するところだ。
 折りしも、今日は八月七日。つまりは旧暦の七夕だ。各地で七夕のお祭りが行われる。今日の収録でも、あきら様にこの話を振ったが、「七夕なんて願いが叶うわけねーだろ! 大体、織姫星と牽牛星は何光年離れてるってんのよ! 一年どころで会えるわけねーっての!」と、ことごとく話を粉砕された。
 ……ここまで言われると、何も返す気がしない。結局、今回もグダグダの三十分を公共の電波で垂れ流すことになってしまう。
 まあ、何はともあれ、今日も仕事は終わりだ。早く帰って、休もう……と思った矢先、僕の耳にあの人の大声が飛び込んできた。
「はぁ? もう一度、言いなさいよ! ……ふっざけんじゃないわよ! ああーん?…だったら、飛べ!」
 一体、何があったのだろう。一ついえることは、間違いなく彼女にとって、悪いことが起きたということだ。そして、こういうときの彼女は、何を起こすか分からない。とばっちりがこちらにきたら、たまったものじゃない。
 ……というわけで、早く逃げ帰るのが吉だ。だから、楽屋に背を向けた、その時だった。
「白石っ!」
 怒声が僕の背中に向けられた。怒鳴った人物が誰かなんて、今更言う必要もない。それでも、僕は確認の為に、恐る恐る振り向いた。
 そこには、携帯電話を片手に、阿修羅の如く、恐ろしい形相をしているあきら様がいた。おまけに歯軋りまでしている。その怖さといったら、僕が初めて伐折羅大将(ばさらたいしょう)の切手を見たときと同じくらいだ。
 ギリギリと廊下に響く歯軋りの音を不快に思いながらも、僕は仕方なく聞く。
「な、何でしょう」
「……あんた、傘持ってるでしょ?」
「はあ、持ってますけど」
 今日は朝から雨が降っていた。僕は、このラジオ局にも地下鉄と徒歩で来ている。だから、傘を持っていた。まあ、当然のことだ。
「ならいいのよ」
「はい?」
 全くわけが分からない。
 自分だけ納得したように、彼女は頷き、僕の聞き返しにも応じず、代わりに携帯電話に向かって、
「あー、もしもし。もう、いいわ。……うん、そう。その代わり、あんたクビだからね」
 そう言って電話を切った。随分と穏やかでないことを言うものだ。
 どう対応していいものか分からず、僕は曖昧な表情をして立ち尽くす。そんな僕に、彼女は歩み寄ってくる。
「ねえ、白石さーん♪」
 そして、僕の前まで来ると、態度を急変させた。営業モードというべきか、ぶりっこモードというべきか……。まあ、ともかく芸能人としての表の顔である。
 往々にして、彼女が僕に接する態度は、本性、つまり裏の顔だ。仕事中ならともかく、カメラが回っていない時は、大抵裏の顔で接してくる。そして、何かを企んでいたり、怒ると、営業モードに戻るのだ。
 まあ、ようはあれだ。怒ると逆に冷静になる人みたいな。いや、何というか、我ながら微妙な比喩だけれども。
 ともかく、本格的に嫌な予感がする。冷や汗がたらりと頬を伝うのが分かった。それでも、逃げるわけにはいかない。逃げたら、なおさら状況は悪くなるのだ。次に会うときに、どんな仕打ちがあるか分からない。まさに茨の道だ。
 ……閑話休題。今は用件を聞くことにしよう。僕が持っている選択肢は、それしかないのだ。
「……はい、何でしょう」
「実はねー、傘を借りたいんですよー」
「え、でも、あきら様は車なのでは……?」
 彼女はいつもタクシーを呼んで、それで帰宅していた。しかも、いつも同じ運転手を指名するらしく、事前にスケジュールを知らせてあるとか。
 よくよく考えれば、14歳の彼女にとっては贅沢すぎるような気がするけど、まあ、そんなことを言ったら殺されるので言わない。
「それが、この雨で首都高が渋滞中だって、運転手がほざいてんのよ。今、竹橋の近くだって。見通しの甘さにもほどがあるわ。道路情報くらい見てから出発しろっての」
 また本性に戻った。目つきは鷹のように鋭く、見るものを怯ませる。全く、黙ってればかわいい顔なのに。非常に勿体無い。
 しかしまあ、なるほど。そうなれば、さっきの怒りようも納得だ。彼女は、自分の思い通りにいかないと、何でも怒るからな。
「ここまで言えば……分かりますよね? 白石さん?」
 彼女は破顔一笑しながら言った。途端に、僕の全神経が研ぎ澄まされる。緊急事態モードに突入だ。ここからは、彼女の逆鱗に触れないように、慎重に行動を起こさなければならない。
 傍から見ればただ笑っているようにしか見えない。しかし、その頭の中では、答えられなきゃ殺すぞ、と思っているに違いない。僕には、この笑顔の後ろに黒いオーラが漂っているようにしか見えないのだ。
 逆にそれだけ信頼されているんだよと、以前に彼女のことについて相談したときに、友人の一人に言われた。本当なのか。はなはだ疑問である。
 彼女は、曲がりなりにも一流芸能人だ。それに対して、僕はフォローがちょっとうまいくらいの何の特徴もない男だ。彼女との接点は、この「らっきー☆ちゃんねる」だけ。というか、この番組でさえ、明日突然に終わっても不思議じゃない。
 よくよく考えると、彼女との接点は物凄く少ないし、そもそも釣り合わないと言うか、相性は最悪だと思う。そこに、はたして信頼関係など生まれうるのか、僕は疑問を感じていた。
 ……また話がそれたか。どうも、僕は話をそらしてしまう癖があるようだ。今は、質問に答えなければ。
 心なしか、さっきよりあきら様の笑顔がさっきより引きつっているように見えるし。さっさと答えないと、何か悪い事が起きるに違いない。それに、この質問に答えられないほど、僕は馬鹿じゃない。
「……勿論です。車で帰れないから、徒歩で帰ろう。でも、雨が降っているから傘が必要だ。……そういうわけですよね?」
「そのとーり。白石さん、だーいせいかーい」
 無邪気な声で、彼女は言った。
 それにしても、僕の傘は一本しかない。どうするつもりだろうか。……ま、この人のことだから、どうせ「お前は傘なしで帰れ」とでも言うのだろう。仕方ない。いつものことだ。もう慣れた。滅私奉公ならぬ、滅私奉神ってところか。
「じゃあ、僕の傘は傘置き場にありますから、それを使ってください。青い傘です。じゃ、僕は先に帰りますんで」
 僕はそう言って、くるりと背を向け、さっさと帰ろうとした。傘が使えない以上、なるべく早く帰るに限る。
 が、
「おい」
 腕を掴まれた。
 恐る恐る振り返ると、阿修羅の如く、恐ろしい形相をしているあきら様がいた。……さっきも同じようなことを言ったな。
「な、何ですか?」
 緊張で喉が渇きながらも、どうにか声を出す。
 しかし、彼女はあくまで無表情に話した。
「あんた、一人で帰る気?」
「は、はあ。だって、僕とあきら様が相合傘になったら問題になりますし、何よりあきら様はいやだと……あ、いででっ!」
 言っている途中で、頬をつねられた。一体、何が気に入らないんだ。
 すると、彼女は、腕を組み、壁を見つめながら、話す。
「ばーか。あんたとそうなったって、何の間違いも起こらないっての。何を期待してんの?」
「あ、はい、その、す、すいません。何かすいません」
 僕としては、世間体が気になるんだけど。当人がどう思ってようと、世間は勝手に物事を想像する。でも、今は、何の反論も許されないような空気だった。
 そして、彼女は溜息をつき、眼光鋭く僕を睨みつけて、心底疲れたように、愚痴をこぼす。
「大体、あんたに勝手に風邪引かれたら困るのよね。代役探すのは面倒だし、それで怒られるの私なんだから。たまったもんじゃないわよ。それ分かってんの?」
「あ、は、はあ」
「あんたの勝手な行動で、他に迷惑かかっちゃ困んのよ。だから……何すっか分かるだろうねえ?」
 それは最後通牒だった。
 そして、彼女は子供向け特撮番組に出てくる悪役よろしく、ニヤリと笑った。僕が冷や汗をかきまくっていることなどを知らずに。


―――


 運命とはあらかじめ結末が定められたもの、と誰かが言ったが、だとしたら、僕の運命を決めた神様を僕は恨む。
 全く、何でこんなことになったんだろう。
 しとしとと降る雨空の中、隣にいる彼女をちらりと見て、ふと考える。
 今の状況を説明しようか。あきら様と相合傘をしている、以上。
 ……うーん、人生初の相合傘がよもや、年下の、しかもこの人とだとは、思いもしなかった。周りからどう見られているんだろう。兄妹か、それともロリコンの変態か?
 ……もし、後者のように見られていたら、それだけで一週間は不登校したくなるな。
 まあ、でも、相合傘を許したということは、それなりに心を許してくれたという事実だ。その事実がわずかばかりだけど、僕の心をほっとさせた。少なくとも、死ぬほど憎んでいる奴と相合傘をしたい奴なんていないだろう。
 とはいえ。彼女と行動を共にするということは、かなりのリスクを背負うということだ。僕は、この相合傘を終えるまで、神経を常に研ぎ澄ませなければならない。生きて帰るために。
「あきら様。あの、地下鉄の運賃は持ってます?」
「ああーん?」
 こんな些細なことを訊くだけで、この始末だ。だから、もう、怖い顔で睨まないで下さいよ、もう……。
 ずっと睨まれるのも気持ちがいいものではないので、一応、謝っておく。
「すいません……」
「あのさ」
「はい」
「その、すぐに謝る癖、もうやめない?」
「す、すいません。……あっ……」
 言ってからまた謝っていることに気づいたので、慌てて口を押さえる。
 どうにか、代わりの言葉がないものかと、少ない僕のボキャブラリーの中から必死で探していると、彼女は肩をすくめて、落胆したような声を出した。
「やれやれ。全く、あんたの間抜けさにも参ったもんだわ。よくもまあ、私の助手を務められたもんね」
「あ、す、す……あ、いや、は、はい」
 また謝りそうになったので、慌てて返事を変える。
 知らぬ間に、謝り癖でもついていたんだろうか……。確かに、僕はこの業界に入ってから、謝ってばっかりのような気がする。
 そんな風に勝手に意気消沈している僕を尻目に、彼女は話を進めた。
「ま、それはともかく。地下鉄の運賃くらい持ってるわよ。子供じゃないんだから。それくらい持ってるっての」
「あ、そうですか。ですが、しかし……あきら様ほどの芸能人が地下鉄なんかで移動なさったら目立つのでは……?」
 彼女を一瞥してから、僕は尋ねた。
 一応、対策として常日頃から用意しているのか、彼女は今、変装をしている。でも、それは素人目に見ても、申し訳程度のもので、効果があるのか疑わしい。
 ハンチング帽に、普通の丸いめがね。……それだけだった。服は真白学園の制服だし、おまけにサーモンピンクの髪の毛も少し帽子からはみ出ている。これじゃあ、バレバレなのではと思う。
 しかし、彼女は手をひらひらと振り、余裕綽々な様子で僕の疑問に答える。
「いいのよ、これくらいの変装してりゃ、誰も気付かないわ。東京の人間はね、周りなんか全然気にしてないのよ。特に、私のような小っちゃい子供なんて、誰も気にしないわ」
「そんな卑下されなくても……」
 名誉のために、一応反論しようとする僕だったが、彼女はそれを遮るように強い語調で、
「本当の話よ。実際、これまで誰にも話しかけられないじゃないの。世の中、そんなもんだわ」
 と、断言した。
 あまりの語調の強さに、僕はこれ以上反論する気も起きず、彼女に賛同することにした。
「そういえば、僕も変装していないのに、気付かれてませんね」
「あんたは、ただ影が薄いのと知名度がないだけでしょ」
「……そうですか」
 返す言葉もない。
 気付けば、もう地下鉄駅に着いていた。
 傘をしまい、駅に入る。やはりというか、何というか、駅構内は人でごった返していた。さすがは東京の地下鉄、といったところか……。年間に二十八億人以上もの人を運ぶのだというのだから凄い。ニューヨークでも二十億人に満たないのに。
 僕は構内を見回しながら、彼女に聞く。
「どこまで行かれるんですか?」
「口出し無用。改札前で待ってなさい」
 にべもなく言い捨て、彼女は自分ひとりで券売機まで向かい、僕を券売機の前まで一緒に行くことも許してくれなかった。……まあいいさ。想定の範囲内だ。
 ちなみに僕はICカードがあるから、別に切符を買う必要はない。とはいえ、どこまで行くのだろう。場合によっては、チャージ額を超えちゃうかもしれないし。何となく不安だ。……いや、そこまで遠くはないはずだとは思うけど。
 その後、彼女に先導されるような格好で、改札を抜けて、ホームに入る。入ったホームの発車標から察すると、どうも北の方に行くようだ。ついでに電車の到着まで、あと二分ほどある。
 ちらりと気付かれないように彼女の横顔を見ると、うらさびしい顔をしていた。何か言おうかとも思ったけど、その寂寥感が滲み出ている顔を見ていると、何も言えない心持になった。
 今、彼女は何を思っているのだろう。家族のことか、学校のことか、それとも別のことか。彼女のことは分からないことだらけだけど、基本的な情報くらいは知っている。
 14歳にして芸歴11年という彼女が芸能界に入ったきっかけは、母親の半ば強引な薦めだったらしい。ところが、このことを巡って、父親と母親が対立。離婚こそしなかったものの、両親は別居し、彼女は母親方と同居する。
 父親はロクに養育費も出してくれないし、母親もパートの仕事を少しやるくらい。だから、ほとんどの生活費を自分だけで稼ぎ、自分の手元にはさっぱりお金が残らないらしい。
 どこか人生を達観しているようで、酸いも甘いもかみ分けている。それが、僕が逆らえない理由でもあった。はっきり言って、僕の人生など、平々凡々に過ぎない。それに対して、彼女は僕よりはるかに人生経験が豊富なのだ。亀の甲より年の功とは言うが、年の功は僕より彼女の方が上なのだ。
 でも、彼女は誰かに本気で愛されたことはあるのだろうか。14年も生きてきて、一回もないんじゃないかと僕は思う。父親には養育費も出してもらえず、母親は真に彼女のことを思って教育しているとは思えない。それが、今の性格を形成するに至った大きな要因であると僕は考えている。
 そんな彼女を僕は救いたかった。でも、赤の他人である僕にはどうすることもできない。さっきのように、傘を共にすることくらいしかできない。何か行動を起こしたくともそれができない、自分の存在の小ささを改めて不甲斐なく思った。
 電車が到着して、電車に乗ってからも、だらりと首を垂れて、おとなしく席に座っていた。電車の中であまり騒ぐのもなんなので、移動中は一言も喋らなかった。でも、心の中では、ずっと彼女のことが気になってならなかった。気になったなら、話しかければよかった。でも、できなかった。何たる意気地なしか。僕は、自分を呪った。
 やがて、電車に乗ってから二十分くらい経ってから、降りろという命令があったので、彼女と一緒に降りる。
 そこは、繁華街として栄えながらも、下町情緒がどこか残っている、東京北部の町だった。駅は結構大きく、五つの路線が乗り入れている。
 雨はさっきよりは小降りになったものの、まだぽつぽつと降っている。灰色がかった雲が空全体を覆い、町はモノトーンの灰色に染まっているようだった。
「あの」
「何」
 相変わらず不機嫌そうな声だった。一つ質問するだけで、おっかなびっくりでやるなんてやってられませんよ、あきら様……。
 そんな愚痴が頭に浮かんだけど、胸の奥底にしまい、改めて質問する。
「……家まで向かわれるんですか?」
「そうよ」
 即答? 本当にそれでいいんですか?
「送っていってもいいんですか?」
 沈黙が流れた。重苦しい気まずい空気が、二人の間に流れる。
 十分も続いたように思えた沈黙だったが、もしかしたら一分だけだったかもしれない。ともかく、暫くしてから沈黙を破ったのは彼女だった。
「……あんた、ここまで来て、帰るわけ?」
「……」
「さ、行くわよ。とりあえず、駅前に伸びる大通りを真っ直ぐ歩きなさい」
「あ、はい」
 傘を差して、あきら様を招き入れる。あきら様は、無言で従順に従い、その身を傘の下に収めた。
 それを確認し、僕は灰色の町へ踏み入れる。それから、何となく気になったので、右にいる彼女を少し眺めてみる。
 改めて彼女を観察してみると、やはり、年のせいか、歩幅は僕の方が大きいらしく、歩幅を一生懸命合わせようと、何だか彼女は歩くのに慌しげだった。そして、その様子が何だか僕には微笑ましい光景に見えた。
「何、ニヤニヤしてんのよ」
 やばい、悟られた。いつの間にか、彼女が僕のことを見上げている。
「い、いえ、何でもないです」
「あ、そう」
 そう言って、彼女はぷいっと顔を伏せた。
 あれ、意外だな。いつもなら詰問するのに。……いや、いいか。平穏なのはいいことだ。こちらもあまり勘繰らないようにしよう。下手に勘繰って、「あんた、私に殴られたいわけ!?」とか言われたら嫌だし。触らぬ神に祟りなしだ。……小神だけに。
 そういえば、家はどこなんだろう。とりあえず、駅から伸びる道路を真っ直ぐ歩いているけど、いつまでも真っ直ぐ、ってわけでもないだろうし。
「……あきら様。家はどこなんですか?」
「あれ」
 間髪いれず、あきら様は北西の方向を指差した。指差した先は、地上20階くらいか……まあ、ともかく、そこそこに高いマンションだった。どうやら、あそこが家らしい。やっぱり高いんだろうな。
「では、あそこへ向かえばいいんですね」
「嫌」
「……え?」
 何で、即答で嫌と答えるんだ。家に送れといったじゃないか。どうして、そんなうら寂しい顔で「嫌」と言うんだ。
 不可解な答えに反論しようと口を開くと、それを遮るように、
「いいの、いいの。すぐ家に帰らなくったって。だから、私の指示に従って歩きなさい。いいでしょうね?」
 有無を言わさぬような強い口ぶりで彼女が言った。
 そうはいっても……と反論しようとしたけど、無駄だと判断した。こういうときの彼女の意思は、岩のように硬く、頑なに反論や対案を拒否する。自慢じゃないが、僕も彼女と付き合ってきて幾分か立つ。彼女の性格などは、手に取るように分かっているつもりだ。
 だから、こういうときは、とりあえず肯定するべきだろう。今は、慎重に彼女の真意を量るべきだ。
「分かりました……。仰せの通りに」
「分かりゃいいのよ」
 それから、彼女は細かく道を指示してきた。僕は疑問に思いながらも、逆らうことができないので、指示通り、大通りをそれて、裏路地へと入っていく。
 裏路地は、賑やかな大通りとは違って、民家と小さな商店が入り交じっている、まさに下町というようなところだった。
 そんなところをゆっくりと歩きながら、ふと、一軒の家を見てみると、鮮やかな朝顔が目に入った。降り止む気配のない雨に打たれて、蔓がしきりに揺れている。
 僕は、雨にも負けずに健気に咲き誇っているその朝顔が、とても綺麗に見えた。そして、曇天とこの雨のせいで、全てがモノトーンで表現されたようなこの町の中で、一つだけ咲き誇っているこの朝顔の周りだけがまるで別世界にあるようだった。
 例えればそう……ひたすら黒塗りにされたキャンバスに、誰かが鮮やかな朝顔を落書きした―――そんな感じだった。
「何、止まってんのよ」
 彼女のいらいらとした声が耳に入り、我に返る。気付かない間に、朝顔に見とれていて、立ち止まっていたらしい。
「あ、すみません。朝顔が目に入りましてね……」
「朝顔? あんた、花が好きだったの?」
「いやあ、そういうわけじゃないんですけどね……」
 頬をポリポリとかきながら、質問に答える。
 すると、彼女も腰に手を当てながら、少し興味深げに朝顔を眺め、僕にこう質問した。
「朝顔って言えば、そうね、朝顔の花言葉は知ってる?」
 見当もつかない。
 しかし、即答したら、彼女相手にいささか気分が悪いので、少しばかり記憶の糸を探る。
 でも、花言葉なんていつかのテレビドラマで見た、ミヤコワスレで「しばしのお別れ」くらいしか分からない。……マイナーか、これって?
 精一杯思案したが、結局、答えは思いつかなかったので、諦めて、白旗を揚げることにする。
「……考えましたが、分かりません。あきら様はご存知なんですか?」
 すると、彼女は一呼吸置いて、朝顔を見ながら口を開いた。
「……まあね。儚い恋、よ」
 思わず黙ってしまった。彼女もばつが悪いのか、頬を少し赤らめていた。そして、尚も朝顔を眺めている。
 儚い恋、だって? 曇り空を見上げて、少し考える。
 彼女も、やっぱり恋というものをしているんだろうか? こうして気丈に振舞っていても、本質は14歳の中学生だ。別にしていてもおかしくはない。思春期真っ只中だし。
 かといって、あまり恋する彼女も想像できなかった。学校で男友達と喋る……なんてのも全く想像できない。僕は学校での彼女を知らない。交友関係も知らない。だから、想像できるか否かなんて、僕の勝手なんだし、彼女にとっては余計なお世話なんだろう。
 でも、だからといって、わざわざそんなことを僕に言うのが釈然としなかった。それに、彼女の恋愛事情なんてのを考えていると、何故かはわからないけど、もやもやした気持ちになった。何だか……心に何かつっかえているような、そんな言葉では言い表せないような奇妙な気持ち。
 何なんだろう、今日の彼女の行動は要領を得ない。一体、何が真意なんだろう。相合傘することを命令したり、うら寂しい顔をしていたり、変にしおらしかったり、こんなことを言ったり……。考えれば考えるほど、わからなくなった。
 しかも、儚い恋? 儚いってどういうことだ。手に届かないような恋か? じゃあ、もしかして、同業者との……
「……何、黙ってんのよ。全く、あんたの顔を見てると気が滅入るわ」
 気付けば、いつの間にか彼女が僕のことを見上げていた。既に、頬の赤みはとれている。
 まずい、少し怒っているようだ。急いで、出発しないと。
「あ……すいません」
「また、謝ってるし。……まあ、いいわ。行くわよ」
「はい」
 再び歩き出す。朝顔をもう少し見ていたかったけど、まあ、いいか。これも一期一会、ってやつだ。
 考えてみれば、こうして彼女と相合傘をしている今の時間だって、一期一会だろう。こんなこと二度とないはずだ。そう考えると、この時間を大切にしたほうがいいのだろうか。でも肝心の彼女が、どうもおかしい。一体、僕にどうしろというんだ。
 そんな風に、歩き出してから三分間くらい考えあぐねていると、彼女が僕を呼んだ。
「白石ー」
「……何です? 何かありましたか?」
「背負ってー。疲れたー」
 特に表情を動かすこともなく、彼女はそう言った。
 ああ、背負えと。分かりましたよ……って、ちょっと待て。今、この人はなんと言った。
「せ、背負うんですか?」
「べっつにいいでしょ、それくらい。まさか、断るわけ?」
 口を尖らせて彼女が言った。どうやら、拒否権はないようだ。
「……いや、滅相もありません。あきら様がそうしたいというのなら、どうぞ」
 言われるがままに、僕はしゃがんで、背中に乗っかるよう促す。
「よいしょっと」
 程なくして、彼女が僕の背中に乗っかったので、僕は立ち上がった。
 ん……傘を持ちながら、背負うのは結構面倒だな。彼女自体は思ったより軽いけど。いや、こんなこと言ったら失礼だろうけど。
「あきら様、ちゃんとつかまってくださいよ。僕は、片手しか使えないので」
「わーった、わーった。いいから、早く進みなさい」
「はい」
 再び歩き出す。さっきから止まってばっかりだな、なんてことをモノクロームの曇り空を見ながら思う。
 度々歩くのをやめる僕たちと違い、雨はまだまだやむことを知らない。雨なんて早くやんでしまえばいいのに。雨は心を曇らせ、僕を憂鬱にさせる。
 だから、僕は梅雨が一番嫌いだ。梅雨明けは発表されたけど、朝に見た天気予報によると、今日の東京は、雨が夜まで続くとかなんとか。
 そういえば、七夕に降る雨を「洒涙雨(さいるいう)」というらしく、これは織姫と彦星が流す涙だと誰かが言っていた。とすれば、今頃、二人は感動の再会で、涙をたらふく流しているのだろうか。……いやいや、僕もまあ、ロマンチストだな。
 ロマンチシズムな考えを取っ払い、僕は現実に帰還する。それから、世間話とばかりに、彼女に話しかけてみることにした。
「雨はやみそうにないですね。それに少し肌寒いです。あきら様は大丈夫ですか?」
 言いながら振り向くと、彼女の顔がすぐ目の前にあった。まあ、背負っているんだから、当然といえば当然だ。でも、改めてみてみると、何故かドキッとしてしまった。
 何考えてんだ、全く。相手は中学生で、そして芸能界では先輩に当たるんだぞ……。僕は、頭を振って、邪な感情を頭から追い出す。どうも、今日は、僕も彼女も変なようだ。地球温暖化のせいかもしれない。
 そして、当の彼女はというと、そっぽを向いて、
「別に大丈夫。……白石の背中、あったかいし」
 と、か細い声で呟いた。ほんのり、頬が赤くなっているようにも見える。
 一瞬、言葉に詰まる。……何が何だか分からなかった。
「……そうですか。なら、良かったです」
 少し間をおいてから、やっとの思いで、僕はそんな言葉を紡ぎだしていた。本当はもっと違う言葉を言えるはずなのに。僕はこの瞬間、世界一の臆病者だった。
 そんな暗澹たる気持ちになっている僕を知ってか知らずか、
「太った?」
 彼女は無邪気な声でそんなことを聞いた。
「何でですかっ! 太ってりゃ、温かいって発想はおかしいでしょう!」
「冗談じゃない、冗談」
 そう言って、彼女はけらけらと笑った。気にしていることを言わないでほしい……。
 でも……まあ、良かった。久々に、彼女の笑った顔が見れた気がする。さっき、彼女は、僕の顔を見ると気が滅入るといっていたけど、僕自身、彼女の寂しげな顔を見ていると気が滅入るのだった。だから、久々に見れたその笑顔は、僕の心をほんのりと温かくさせた。
 ……まあ、こんなこと言ったらまた殴られるんだろうけどね。
 そして、駅から歩いて十五分くらい経った頃だった。
「さ、着いたわ」
 目的地に着いたらしい。着いた先は、古き良き日本の家だった。平屋建ての和風住宅で、それなりに広そうな庭もあるし、縁側も見える。ただ、庭はあまり整備していないようで雑草だらけだ。例えるならそう……日曜夜六時半からやっている某アニメの主人公宅、といったところか。塀がなかったりと、ちょっと違うところはあるけど。
 表札には「小神」とある。え、まさか、ここが家じゃないだろうな。
「あー、ここは私の家じゃないわよ。親戚が家を引き取るって言うから、ママが安く買ったのよ。まあ、地価が上がるのを見越して、持ってるみたいだけどね」
 僕が疑問に思っていることが予測できたのか、彼女はそう言った。
 ふむ、彼女の母親は、お金や財産についてのアンテナが鋭いらしい。ちょっと古い言葉だけど、財テクってやつか。しかし、そうだとしたら、当然出てくる疑問がある。
「不動産、ってことですか。じゃあ、その家に……何故、来たんですか?」
「家じゃ、自由にくつろぐこともできりゃしないのよ。だから、ここはまあ、隠れ家って奴? ちょくちょく、来てんのよ。ママは当分、手放さないつもりらしいしね」
 ほう。すると、ここはさながら秘密基地ってとこか。懐かしい遊びだ。彼女も子供らしいところがあるんだな。まあ、彼女の母親は典型的なステージママらしいし、家ではちょっとうるさいんだろう。
 そんなことを思いながら、敷地に入り、玄関の前まで歩き、僕は彼女を下ろした。
「では、僕はこれで」
 そう言って、僕は足を浮かせて、帰ろうとした。僕はこれで御役御免だ。
 しかし、
「……帰るの?」
 彼女のか細い悲しみにくれた声と、僕の腕を掴む彼女の手が僕の足を止めた。
 途端に、僕の全身に電撃が流れたような衝撃が走る。予想外だった。彼女が僕を止めるなど。それでも、いや、こんなときだからこそ、僕はつとめて冷静に答えた。
「……ええ。家まで送れ、と言われましたよね」
「……馬鹿」
 ややもすれば、耳にも入らない消え入るような声で彼女は呟いた。そして、彼女が僕の腕を掴む指は震えていた。
 異常事態だ。こんな彼女見たことないし、見たくなかった。でも、どうすればいいか、僕には分からなかった。
 何もいえない僕に、彼女はやたら大きな声で話す。
「いいじゃない。どうせなら、雨がやむまで雨宿りしなさい」
「いえ、でも、ご迷惑になるのではないかと……って、痛っ!」
 言い終わらないうちに、むこうずねを蹴られた。痛い。
「人の厚意は甘んじて受ける! ……これが芸能界の常識」
 彼女はそう言って、くるりと僕に背を向けた。もはや有無を言わさず、「ついてこい」といわんばかりだ。
 僕はその背中が、いつもよりひどく小さいように思えて仕方なかった。加えて、僕はさっきの呟きを反芻する。あれは本当に、消え入るような声だった。でも、それにもかかわらず、あの言葉は、僕の心に深く突き刺さった。
 そして、これらを総合すると、彼女の頼みを無下にすることなど到底できない相談だった。だから、導き出された答えはただ一つだった。
「……はい。謹んでお受けいたします」
「よろしい」
 彼女は満足げに頷き、玄関を開けた。
 中の様子を見て、ますます、僕は日曜六時半を思い出す。まるで、昭和にタイムスリップしたような、そんな日本家屋だった。こんな家、まだ東京都心に現存していたなんて。
 そんな風に感嘆している僕のことを差し置いて、彼女は、黙って靴を脱いで上がり、一番近くにあった障子を開けて部屋に入ってしまった。
「ほら、白石ー。遅いわよー?」
 障子の向こうから声がする。そうだ、僕は何で止まっているんだ。別に、故郷でもないのに、ノスタルジーに浸っているような気分になっていた自分が恥ずかしい。
 ともかく、あまり待たせていたら、また彼女を怒らせてしまうので、家に上がることにする。
「失礼します……」
 一応、人の家なので、挨拶だけはして、靴を脱ぎ、家に上がる。
 彼女を追って部屋に入ると、そこは六畳ほどの和室だった。床の間があるくらいで、家具はほとんど皆無だ。恐らく、その引き取ったという親戚が、家財道具を全て片付けたのだろう。
 そして、庭側――僕が入ったところから見たら左側――には、縁側があり、彼女は、そこに、僕に背を向ける格好で腰掛けていた。
 縁側からは広い庭が見渡せる。といっても、雑草だらけなので、あまり見る価値はないけれど。
「……座んなさいよ」
 僕に背を向けたまま、彼女が言った。
「あ、はい。では、失礼します」
 促されるがままに、横に座ると、彼女はやにわに立ち上がり、
「……飲み物、持ってくる」
 部屋を出て行ってしまった。
 飲み物か。……冷蔵庫とかはあるのか?
 それにしても、本当にどういう風の吹き回しか。僕は今、もてなされようとしている。彼女が秘密裏にプライベートタイムを楽しむ、この家で。
 本当に、ラジオ局での一件から、今日のことは何だか夢のようだった。もしや、白昼夢かとも思い、頬をつねってみたが、案の定痛かった。まあ、当然だ。これが夢であるわけはない。僕は僕として今、この現実に存在している。
 ということは、彼女だって現実の存在だ。最初の疑問に戻る。その彼女が、一体、どうして、僕をもてなすんだ?
 ……考えても分かるわけはなかった。仕方なく、僕は、縁側から空を見上げる。雨は、もう小雨程度で、もうすぐやむだろう。雨宿りする必要、なかったかな。
 そんなことを考えている間に、彼女はお盆にジュースのボトルと二杯のコップを載せて、戻ってきた。彼女がとりにいってから、二分ほど経った頃だろうか。
 そして、ジュースをコップに一杯ずつ注ぐと、片方の一杯を僕に渡した。
「ほら」
「恐縮です」
 彼女も、それから自分の分のコップを手に持ち、
「かんぱーい」
「乾杯」
 ちん、とコップがぶつかり合う音が静かに響く。彼女は、乾杯するとあっという間に飲み干した。それにしても、随分とぐびぐびと飲むなあ……。
 その無邪気な様子にちょっと苦笑いしながら、僕もジュースを飲む。……うん、ただのぶどうジュースだ。それ以上でもそれ以下でもない。彼女のことだから、もしやお酒かなとも思ったが、杞憂だったらしい。
 そういえば、と思い、彼女のことを見直す。彼女は未だ、ハンチング帽に丸いめがね、という申し訳程度の変装をしている。変装は解かないのか? 当の本人は、そんなことなど素知らぬ様子で、二杯目を飲んでいる。
 僕は意を決し、訊くことにした。
「あの、ジュースをお楽しみ中、すみません、あきら様。変装は解かれないのですか?」
 すると、彼女は何故か眉をピクリとわずかに動かし、そのまま動きが止まった。
 何だろう、何か悪いこと言ったのかな、僕……。ただ、ずっと変装しているのが疑問なだけなんだけど。
 何か続きの言葉を言おうものかと考えていると、彼女はコップを縁側に置き、僕を睨んだ。ちょっと待ってくれ、一体、何なんだ。
「……あんたさ。これ見て、何か思わないの?」
「え……そうですね……」
 回答を求められている。うーん、これはまた修羅場だ。何か言わないとまた殴られるに違いない……。
 とはいえ、この変装、何か思うかといわれれば思うこともあんまりない。眼鏡にハンチング帽だろう……うーん、安い探偵?
 散々迷った挙句、言葉をどうにか考え出し、口に出す。
「……何だか、ちぐはぐな感じがしますけど」
「了解、射殺します」
 即答だった。
「ちょっ、あきら様っ! 何、物騒なこと言っているんですか! やめて、やめて! 僕はまだ死にたくないですから、その手に持っている危ないものを下ろして下さい!」
 いつの間にか、彼女の手にはどこから手に入れたのか、銀玉鉄砲が握られていた。そりゃ、殺傷能力はないだろうけど、至近距離であてられたら痛いに違いない。
 しかし、彼女は僕を無視して、弾を放った。
「うるさーいっ! 白石の馬鹿、馬鹿、馬鹿、ばか、ばか、ばかぁっ……バカーッ!」
「いででっ! いてっ! ちょっ、タンマ、タンマ! あきら様、やめてください!」
 立て続けに撃たれた。子供用のおもちゃとはいえ、地味に痛い。
 やがて、弾が撃ちつくされたことが分かると、彼女は銀玉鉄砲をたたみに投げつけ、そっぽを向く。撃たれたのは十数発ほどだった。
 僕は、ともかく撃たれた頬をさすった。痛い。
 そして、彼女はぼそぼそと呟いていた。
「白石のくせに、白石のくせに。バカでアホでタコのくせに。私がいなければ何もできないくせに……」
「……す、すみません、すみません……」
 良く分からないけど、本気で怒っているようだ。とりあえず、何回も頭を下げて謝っておく。何でかは分からないけど……。
「うるさいっ! あんたのせいでしょっ!」
「あ、は、はい……」
 ……どうやら、謝りも無駄のようだ。
 仕方ない。ここは、一旦退散しよう。謝っても無駄なら、その身を彼女の前から消えさせるのみだ。
「本当にすみません、あきら様……。僕は帰ります。また、今度会った時に、埋め合わせは致しますので……」
「……え?」
 彼女の失望したような声は気のせいだろう。
「失礼します」
 それだけ言って、鞄を持ち、慌てて立ち上がる。
 しかし、それを妨害するように、彼女が言った。
「……馬鹿は死ななきゃ治らない、ってわけ?」
 それと同時に、僕の右半身に軽い衝撃が伝わった。一瞬、頭が真っ白になり、気がつけば、僕の顔のすぐ横に、彼女の顔があった。
 そして、伝わってくる彼女の体温。間違いない、僕は彼女に抱きつかれていた。
 ……って、えっ? 何で?
「あの、あきら、様……?」
「……馬鹿白石」
 彼女はそれだけ言うと、僕の肩にぐりぐりと顔を押し付けた。
「あ、あきら様?」
 僕の戸惑いの問いに、彼女は答えない。ただ、顔を僕に押し付け続けるだけだった。
 船場じゃないけど、情けないことに、僕は本当に頭が真っ白になっていた。目の前の事態に、何ら論理的なことを考えることができず、ただおろおろするだけだった。何とも情けない。本当に、いつまでも僕は情けなかった。
 何か言葉をかけてあげないと。そうだ、男なんだ、何か力強いことを言ってやらないと。今の彼女は、何かを欲している。いや、それが何かなんて分かってる。彼女は寂しいんだ。
 そうだ、そうなんだ、彼女はいつも素直になれない。だから、寂しくても、ついつい当たってしまう。そんな不器用な性格なのを僕は知っていたはずなのに。なのに、見抜けなかった。
 全ては照れ隠しなんだ。そうだよ、それなのに、帰るなんて何て無粋なことをしちまったんだ、僕は。本当に、自分を呪う。この世界一の馬鹿が。
 だから、僕は何かを言わなきゃいけないんだ。力強く、彼女を元気付けるように。
「そのっ、あの、僕が何かやったなら謝ります。でも、でも、その、あの、僕は、元気なあきら様が好きですから」
 全然力強くない。
 かっこいいことを言おうと思ったのに、グダグダなのにも程がある。肝心なところで決められないのは、僕の悪い癖だ。
 でも、彼女にとっては、そんなことどうでもよかったらしい。
「白石の……ばか……」
 弱々しげな彼女の声が、かすかに僕の耳に届く。もしかしたら、少し泣いていたのかもしれない。
 僕は、せめてと思い、抱きしめる力を強くする。考えてみれば、僕だって不器用だった。でも、言葉でダメなら、行動で示せばよい。
 彼女が元気になってくれるのなら、僕はなんだってしよう。それが、アシスタント、白石みのるの役割だから。




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縁結びの雨(2)へ続く













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