獄を聴くは必ず諸れを朝廷に質し、衆とこれを共にす。兵獄は制を同じく、故に廷尉を称す。(応劭)
廷は、平なり。獄を治めて貴く平らかにす、故に以て号と為す。(顔師古)
廷尉とは、
朝廷の
職官である。
九卿の一つに数えられ、現代の大臣に相当する。刑法・裁判を司る。郡国で裁判や訴訟が決しない場合はその報を受けて判決を下し、また、皇帝から下げ渡される事案を決してこれを奏する。
軍官を示す「尉」を称するのは、古来の
兵刑一致思想の名残による。
目次
歴史
故の秦官。
景帝中六年、更名して
大理とする。
武帝建元四年また廷尉と為す。
哀帝元壽二年、また大理と為す。
王莽新は改めて曰く作士。
中興後、また廷尉とする
位
職掌
(前漢)
刑辟を掌る。
孝武帝以下、
中都官は、
獄二十六所を置き、各令長の名とす。
世祖中興して皆省く。唯だ廷尉及び
雒陽が
詔獄を有す。
(後漢)
獄を平らげ、応じる所に当たり奏すことを掌る。
凡そ
郡国の疑罪(未決の裁判)を
讞し、みな報を以て当たるに処す。
雒陽に詔獄有り。
属吏
丞
(前漢)
一人。千石。
(後漢)
一人。比千石。
一人、秩千石。
廷尉左監
(前漢)
一人、秩千石。
(後漢)
一人、秩不明。
中興後、右監が省かれるが、なお左監と称する。魏に入り
廷尉監となる。
廷尉右監
(魏)
一人、秩千石。
左監から改称する。
(前漢)
4人(?)、秩六百石。
宣帝地節三年初めて置く。宣帝紀は「廷尉平四人を初めて置く」とするが、『百官表』は廷尉左平、廷尉右平を置くとする。
(後漢)
『百官志』は廷尉左平、一人、六百石とする。
詔獄を平決することを掌る。
員吏
(後漢)
百四十人。
その十一人は
四科。十六人は二百石廷吏(
廷史?)。
文学は十六人で百石。十三人が
獄史。二十七人が佐。二十六人が
騎吏。三十人が
仮佐。一人が
官医。
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関連項目・人物
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詳説
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最終更新:2015年01月07日 17:54