セツコ:「裏方の受難その1」

 民間警備会社「オフィキス」の代表は、放任主義者で限られた任務でしか命令を下さない事で有名だ。
大抵、水産管理施設の近隣で釣り道具を抱えて歩いている光景を見る事が多い。精鋭集団のトップとは視認されておらず、仕舞いには無職者と思われている説も少なくは無い。
そんな彼を慕う者は多く、最近では一人で釣りをする日が珍しい程だ。

「…今日は引かないねぇ。」

「困ったなあ、嫁さんに打ち上げ分釣ってこいって言われてるんですけどね。」

「やめときなさいって、そんな叶わない約束しちゃって。あのねヘリック君、ここは確かに漁業が盛んだけど養殖エリアが殆どなの。出てくるとしたら、おこぼれの魚ちゃんを私達が釣ってる訳。」

 ある程度期待して買ったばかりの釣竿が揺れる事も無い、そんな現状に少々頭を抱え出す。

「勘弁して下さいよ…これの値段相当したんですから。バレたら嫁さんに何て言われるか…。」

 ヘリックが使用している釣竿は、どうやら給料日に奮発して購入した新品らしい。それに控え、リンガルスの扱う釣竿は中古で購入した安物だ。
項垂れる彼を余所に、リンガルスは着々と獲物を釣り上げる。とは言っても彼はキャッチ&リリース派であり、納得のいくサイズでない限りでは全て逃がしてしまう。

「全く、高ければ魚が簡単に釣れると思ったら大間違いだよ。ここの連中は漁業区域から逃げ出して独自の生態系を築いた苦労人?魚なの。人間舐め切ってるんだよ。」

「ハハ・・・最近の若い子達みたいで困りました。」

 含みの籠った言葉に、リンガルスは察したかの様に声掛ける。

「…ははん、気晴らし兼ねて釣りに来たと思ったけど。若い子を雇うのは大変だねえ。身内組織と比較して統率取るのは難しそうだ。」

「全くです。最近だと支給武装が発端で色々と…。」

 ヘリックが事情を話そうとした矢先、遮るかの様に整備員が響き渡る様な声で挙げる。

「管理官ーーーーーーー!!!!サーセンちょっと良いっすか!!!!」

 整備員とは掛け離れた風貌のフェレス族の青年がヘリックへ駆け寄る。リンガルスは噂をすればと察した様子である。

「いや本当、大変だねえ。まだ余裕が出来たらおいでよ。」

「申し訳ないです、先輩…また今度連絡します。」

 そそくさと釣り道具を片付ける傍ら、ラディスに要件を聞き出す。しかし返答内容は薄々勘付いてはいた。

「どうせ、セツコが出動班にキレてるんでしょ。」

「え?第六感すか?それともアニムスでそういう能力が…。」

「なわけ無いでしょ、俺は機人なんだから。先日から解決してないから察するって。」

 ラディスは冗談では無く、本気でヘリックの何かしらの能力と思った様子だ。純粋故に思い込みが激しいのが彼の短所である。

「いやー実は…例の支給武装の件で…。今度は戦術マチェットの改良型の事なんすけど。」

「ええ…折角HK-1980Rの仕様方針が解決したんじゃないの?今度はそっち?」

「ほら、管理官に報告あったと思うんすけど…ヤソノ機関がくれた機能設計を見てセツコ張り切ってましたよね?」

「あ分かった…あの子また無茶しちゃった?」

「ええとまぁ…切っ掛けはそこまでなんすけど…。」

 二人の話す光景に、リンガルスはつくづく思う。嗚呼、見知った面子で組織を作って良かったなと。





 発端はそこまで過去を辿らず、数週間程前の話である。特装三課に所属するオペレーター兼エンジニアであるセツコは、組織の支給武装であるハンドガンと戦術マチェットの改良に身を投じていた。
当の管理局はスタンバトンと機関銃を支給武装としていたが、三課の場合は専用武装や咢に投資していた事が原因で経費削減で支給武装を削られた経緯を持つ。
咢の開発費は各企業との「共同開発」という協力関係性の構築が目的である為、幸いにも資金運用がスムーズに事が進んでいる。

 しかしセツコは貧相な支給武装の内容に憤慨した。例え咢で万全の装備とて最低限の武器は注視する事無く、ましてやほぼ余り物と言って良いハンドガンとマチェットを寄越したのである。
出動班達は各々の専用武器を所有しているも、それが故障してしまえばバディの足を引っ張るどころか余計な被害が及ぶ可能性がある。その為、何としても「心強い支給武装」を手元に置かせてやろうと情熱を焦がしていた。

「ハンドガンはコスパギリギリで技術を詰め込んだ苦労の結晶になったがよ、コイツはどう料理すんだ?ワシとしては純粋に強度を上げちまうのが一番と思うがよ。」

 職人肌の頑固そうな壮年が気だるげにセツコへ言い切る。ヤソノ機関の有名職人ネーギルは出動班の専用武器開発の指南だけでなく、支給武装であるハンドガンの改良に携わっていた。
今回も戦術マチェットの改良をすべく、管理局より経費提供が受ける口実が作れるからと遠方より共同開発の為出張に赴いてくれた。経緯はあれど、元々は某アイドルのライブが翌日にある事から長期滞在出来る様に彼自身の口実に付き合う事となる。謂わば利害の一致である。

「それだけじゃぁ面白くねぇですぜ、ネーギルの旦那。ここは職人魂を燃やす所じゃねぇですかい?」

「へぇ、言うじゃねえか。んで、方向性は考えてんのか?」

 セツコは待ってましたと言わんばかりに、三課で採用されていないスタンバトンを作業台に置く。

「コイツを見てくだせぇ、鎮圧用にも使われる我等管理局の支給武装でさぁ。しかし何でかウチでは採用されねぇ代物、理由はご存知ですかい?」

「どうせ使い勝手が悪過ぎて余りモンの狩猟道具を持たされたんだろ?言わずとも分かるわい。」

 ネーギルの明察にセツコは少々グヌヌと言った反応を示す。元々、始末書提出の多い三課であるが為に破損されても問題ない支給武装を手元に残されたのだ。
これに関しては整備班一同は異論を唱える事は決して無かった。

「ま、まぁご明察で…。コイツをヒントに、白兵戦や鎮圧戦など多目的に対応可能なスタン機能搭載マチェットに魔改造するって寸法でさぁ!!」

「なんだその属性付与したら取り合えず強くなるみてぇな発想は。アニメに影響された若ぇモンが真似してたがよ。」

「最低限の武器こそ頼りになる味方じゃなきゃ、まともに戦えねぇって考えですぜ!因みに設計図と機能過程のデータがこれで…。」

 端末に展開された電子設計図をネーギルに閲覧させる。全体像として、理論的には可能であるが完成までの過程に問題が生じる箇所がいくつか見られていた。
ネーギルは瞬時に問題箇所を特定し、眉を歪ませる。

「はー成程な、おめぇさんの悩み処がすぐに解ったぜ。こりゃ人手が必要だな…空いてる整備士は何人いる?」

「開発部門なら3,4人くらいは。」

「んじゃ早速取り掛かるぞ、ワシは日が変わる前には退散するからな!」

「任せてくだせぇ!」

 この様な経緯があり、ネーギルの教授を受けて多大なるヒントを元にセツコ率いる開発チームは日夜情熱を注ぐ日々を過ごした。出動班達が所有する専用武器の様なアニムス干渉式やマナ搭載式の場合、それなりの経費と維持費があって形を成して存在出来る。
それが支給武装となれば、非常時に使用される武器にそこまで費用を重ねる余裕など有る訳ないのだ。それを承知した上で複雑機構の最小アニムス干渉式の猟刀を開発する、従来では耐久性に不安が募る事から、様々な問題が生じている。それらを一つ一つ解決しながら終着点を見つけ出す必要があった。

 こうして四苦八苦して完成に導き出された試作品こそ、整備士達の血肉同然の代物だった。だが、ここで致命的問題が生じていた。あくまでマチェットは非常用武器である。
元来より出動班達は専用武器を持っている事を忘れてはならない。彼等は愛用武器を自らの身体一部と同然に扱い、日々メンテナンスを行って何時如何なる状況であっても身を預ける事が可能だ。
そんな頼みの綱が壊れた場合のマチェットは使用された場面は一度も無いのだ。ハンドガンは遠距離での牽制等に扱われた記録はあるも、一般兵が所持する最低限強度だったマチェットに出動班達は身を預ける事など一度も無かった。
その様な状況下であれど職人気質を持ち合わせてしまったセツコ率いる開発チームは、無我夢中に特装三課オリジナルのスタンマチェットを遂に開発したのだ。


 これが数週間の経緯である。
そして会議室では出動班達とセツコ、彼女を宥める開発チームが討論とは呼べぬ一方的な喧騒を繰り広げていた。

「改善案があるなら言って下せぇよおのおのがた!!使ったら楽に打開できた所でわざわざ使わないってなぁコストも無駄に嵩むでしょうがよ!ぼくから言わせりゃおたくら贅沢なんでさぁ!技術がトガってるのを良い事にああだこうだ……」

「お姉様、とてもご立腹です……」

 ヒートアップと言い難いセツコの様子に、彼女を慕うアイオライトはたじろいでいる。
事の発端は二つある、まず会議前に募集したアンケートだ。出動班それぞれに提出を頼み、自由奔放な彼等は意外にも最低限の記載をされていた。

  • 出動班Ⅰ班
 エクト:(白紙提出)
 アイオライト:人型で支援する際、主にハンドガンとマチェットを使用させて頂いております。新型マチェットの性能には脱帽致しました。
 ホムンクルス:そもそも僕の使ってるブレードのサイズ的にマチェットと被ってんだよね。まぁメイン壊れたら使うと思うけど。
  • 出動班Ⅱ班
 タロス:オロチちゃんに持たせてる武器で手がいっぱいだけど~可哀想だから身に着けてるよ~。
 サーベラス:私の刀は装填式ですが、咢の性能上武器が無くても戦闘は可能でしてね…。
  • 出動班Ⅲ班
 ギュゲース:ワイは二刀流だから脇差気分で持ってんよ。見た目は良いよね。
 シルリア:いや、俺様の武器って銃と剣二本じゃん?使う機会がなぁ…。
  • 出動班Ⅳ班
 マリィー:ハンドガンは重宝しています。
 ヒナギク:この身が武器その物であるが故…形状は気に入ってるで御座る。


「まともに使ってんのアイだけじゃねぇかぃ!!!!!肯定的意見で嬉しいけどよぉ!!おのおのがた何回任務行ったんか言ってみて下せぇよ!」

「サベ君何回だっけ?」

「Ⅳ班のお二人と二回ありましたね、確か違法咢の取引先鎮圧で突入で。」

「あ~あの時!拙者が敵地潜入して供給システムをショートさせようとしたら、向こうの咢が暴走して大変だったで御座るよ!」

「でもさ~暴走した奴が雑魚共を蹴散らしちゃって案外簡単だったよね~?結局マリィーがぶっ放して終わらしちゃったけど。」

「合図に合わせて皆距離を作ってくれたから、狙いやすかったからね…。あっ…その時マチェットって。」

「…普通に考えて、タイミングが無いのが問題では?」

「だね~。」

「という事なので、申し訳ないがタイミングが無いで御座るよ。」

 ヒナギクの追い打ちに、セツコは遠い目で焦点が合わなくなる。

「おおーい!セツコ!どこを見てんだ!」

 エクトは落ち着かせようと目の前で手を振り続ける。それでもセツコは目を合わせない。
彼はどうにかフォローしようと、苦し紛れにセツコへ声掛ける。

「俺は使ってるぜ!」

「エクト様……!」

 アイオライトは彼に一心の期待を寄せた。出動班トップである彼ならこの状況をどうにかしてくれると。
しかしそれは只の期待で終わる。

「……に、荷解きの時とかに。」

「旦那ァ!」

「エクト様……。」

 流石の彼の発言に、皆呆れるか関心を示さなくなる。

「思うんだけどさ、あくまで非常用だし改良してくれたのは確かに嬉しい。でも使うとして自分の武器で慣れちゃってるってのも問題なんだよね。」

「…確かにぼくも開発に集中し過ぎたのもあるけど…~~~~。」

「セツコちゃん仕方ないっすよ。」

「俺ら、ネーギルさんから指導受けれただけでも最高でしたし。」

「皆…ぼくら、最高のチームでさぁ!!!!」

 開発チーム達は揃って抱きしめ合う。現にスタンマチェットはヤソノ機関より設計図の共有依頼を多額資金提供を条件に受けている程だ。
これはネーギルが手回ししてくれた様だが、お陰で特装三課の設備運営に回す資金は充分に受ける事が出来た。

「…この茶番終わりで良いんじゃない?」

「それは言っちゃアカンでしょタロスちゃん…。」

「なぁシルリア俺腹減った。」

 会議が終わるかと思われた空気の中、釣り帰りのヘリックが漸く到着した。この状況下を少しばかり察し、少しばかり言葉を選んでいる様子が見られる。

「あー…話は少し済んだかな?」

「済んでねぇですよ!ヘリックの旦那ァ!」

「ヘリックさん来たからまーたヒートアップしたじゃんすか!」

「フォロー出来てないアンタが言うなよ。」

 この場を切り返すかの様に、ヘリックは一同へ指示を言い渡す。

「まぁ移動途中で任務が来たんだけど、拡張型咢の人質事件が起きてるから出動して貰うよ。丁度良いや、Ⅱ班とⅢ班と…セツコはオペレーターで。」

「「「了解!」」」





 グダグダと言われても仕方ない空気の中でも、任務となれば彼らはすぐさま切り替えて行動を開始する。
Ⅱ班とⅢ班、ヘリックは装甲車へ乗り込み、Ⅱ班所属のデュナミス「アビス」も搭載される。運転手である整備士ラディスは装甲車を現地へと急ぐ。
現場であるヌーフ登録民居住区「第4区」へと向かう。本拠地より20分程かけて到達すると、人だかりに囲まれた半壊住宅地で既に拡張型咢に乗り込んだ首謀者が人質を拡張腕で締め上げている。

「ぎゃぁああああああッ!!!!!い、いてぇ・・・いてぇよ!!!!た、助けてください!!!!」

 拡張腕に潰されるかと言わんばかりに、腹部辺りを握り締められている男性に向けて首謀者は憎悪に満ちた眼差しを向ける。

「うるせぇ!!!!テメェはここで晒して殺してやるよ!その後に女も苦しめて殺すけどなぁ!」

 一部始終を既に端末経由で聞いていた一同は、ある程度察知はしている。

「なぁヘリックさん、これって…。」

「うん、不倫相手に対する復讐だねこれ。」

「へー、間男と汚嫁へ鉄槌って奴?掲示板の話題の花になるじゃんこれ。」

「うるせぇぞギュゲース。また自分の事検索すんじゃねえぞ。毒されるから。」

「もう既に遅いかと。」

「何か言ったか?」

 緊迫とした状況下にも関わらず、私語を慎まない出動班。これにはセツコも少しばかり焦りを隠せずにいる。

『ちょっとちょっと!各々方!人質が殺されかけてんだから緊張感を!』

「んー、人質案件って慣れてないのよねえ。」

「おい警察連中共!ここで俺を見逃さなきゃコイツを握り潰しちまうぞ!早くどけ!!!!」

 彼の声明に警備兵達は慎重かつ身動き一つ出来ずにいる。ヘリックは拡声器を持ち、首謀者に問いかける。

「あーー犯人となった貴方に問いたいけど!少しは聞いてくれるかな!?君の要求を聞く為にはまず対話をしたいと思うんだけど!」

「うるせえ・・・!!!何だよ話ってのは!」

 ヘリックは時間稼ぎをするつもりであり、その間にセツコは拡張型咢の解析及びハッキングを開始する。
セツコにとって量産型機体の解析は端末のハッキングをするのと同意であり、日常茶飯事に近いらしいのだ。

「あのねえ、女ってのは世界中に多く存在してるんだよ!そしてこれからも人間は増えていくし、君を見限った女性は君の魅力に気付けなかった可哀想な女なんだ、そんな女に気持ちを苛まれて虚しくならないかい?確かに裏切られた気持ちには変わらないけど、そんな奴らは裁判でしっかり社会的鉄槌を下して生活の足しを頂戴するのが良いんじゃないかなって思うけどどうかなぁ!!!今なら傷害罪と脅迫未遂も成立するか審議される段階だぁ、今なら間に合うし自首してくれたら弁護人だってしてやるさぁ!」

「こいつが弁護士なんだよ!!!!!その癖浮気しやがって!!!!!弁護士なんざ皆殺ししてやる!!!!”」

「ええ……。」

 予想外の展開にヘリックは言葉を失う。法の執行人がまさかの大戦犯だったとは思いにも寄らなかっただろう。

『ちょちょちょ!!!!まだハッキング終わってねぇですぜ!!!!早く対処を!!!!』

 セツコは急ピッチでハッキングを施行している、しかしヘリックの発言がまさかの地雷原となるとは予想外だったのか焦燥感を隠せずにいる。

「待てって!その弁護士が悪質なだけで真っ当な連中は沢山いるんだから」

「おおつまりコイツは悪質弁護士なんだろ?じゃあ生きてる価値は無ぇじゃねえか!?」

 ヘリックの必死な説得虚しく、犯人は益々怒号を挙げていく。

「おいアンタ!マジでやめとけって!罪が重くなると刑期長くなってマジでキッツイぞ!割と今後の人生しんどいぞ!!!」

「そうだそうだ!服役経験ある友達が鬱になりかけたって言ってたし、何もない個室に閉じ込める期間が結構長いらしいぞ!」

 Ⅲ班の二人は説得になっているのか良く分からない答弁を述べている。明らかに焦りながら伝えている所為か全く犯人に響いている様子は見られない。

「…ねぇセツコちゃん、あの関節部分って配線が露出してるよね?そんで手の部分はゴム製?」

 タロスが指差す拡張型咢の肩関節部位は安価な作業用の為か、露出部分が目に付きやすい。

『え、ええ。確かに、腕部もゴム製なのは確認済でさぁ。』

「へぇ~…。そんじゃ、スイッチ・オーン♪」

 突如としてタロスは戦術マチェット改にマナ装填を行う。迸る雷鳴に誰もが注目し、開発チームが生み出した血と涙の結晶体が舞台へと奮い立つ。
青白く、神々しい雷鳴を放つマチェットはまるで狂刃の雷帝を彷彿させた。

「死んでも恨むな、よォッ!!!!!」

 一直線に放たれた雷撃は、タロスが投擲した戦術マチェットだ。青白く輝き、目を眩ませる閃光は拡張型咢の関節部位に激突する。
その刹那、犯人含め拡張型咢は青白い電流が走り続け阿鼻叫喚を挙げ続ける。

「ぎゃばばばああああああああああアアアアアアアアアアギギイギイイイイイイ・・・・・・・・・・・・・・・ッッッ!!!!!!」

 拡張型咢はショートを起こし、脱力を起こす様に倒れ出す。すかさず、搭乗していた犯人も全身を床に叩き付けられる。
幸いにも人質だった間男は、ゴム製腕部に掴まれていた事で余計な傷を負う事も無く脱出する。胸部から腹部に掛けて両手で抑えている事から肋骨骨折は否定できないだろう。

「容疑者確保ーーーーー!!!!」

 現場の警備部隊によって犯人の逮捕、被害者の保護が為された。
タロスは関節部に喰い込まれた戦術マチェットを抜き取る。特に損傷も無く、電流も投擲前同然に流す事が可能だ。

「セツコちゃーん、これスッゴイね~!一発で終わらせちゃった!」

『は、ははは・・・・。』

「マジか…。」

「呆気な…。」

「悪くないですね…。」

 一人はしゃぐタロスとは違い、男連中とセツコは唖然するのみである。
こうして暴走拡張型咢による人質事件は終結した。





「…なぁこのマチェット、形状変える事って可能?」

「あー?試作品は3パターンで構成してっけど、これ以上の要求は吞みませんぜ?サイズ関係でマナ供給関連に響くんでさぁ。」

「斧とナイフと鉈の3タイプか…気分で変えるってのは」

「は????????????」

「ね、姉様…エクト様は悪気がある訳では。」

 例の一件以来、マチェットの使用頻度は極端ではなくともある程度拘りを持つ者が増え始めていた。
スタン機能が搭載されている事は画期的であり、使用幅が一層拡がった事が評価を受ける事となる。開発チームは後に管理局都心二課に特に称賛され、技術発表を依頼される事となった。
これには携わった整備士達は歓喜し、セツコを胴上げした後に箱街を朝まで飲み歩き貴重な休日を潰す事となる。
 出動班にマチェット改の支給が完了され、正式に彼らの仲間入りとなった事でセツコは各企業の注目の的となった。嬉しい反面、自らのSNS垢がバレないかと鍵を掛けるタイミングを見計らっている状況である。

「あ、セツコ。コイツの名称とか考えてるの?ハンドガンはHK-1980Rだけど。」

「うう~~~ん・・・そもそもコイツ自体はマチェットて名称だから、悩み処で困ったもんでぇ。。。」

「それでしたら、姉様から名前を授けるのは如何でしょうか!」

 アイオライトは自信満々にセツコへ提案する。この提案にセツコが乗ってくれると言わんばかりに自信満々な様子。

「ええ?僕の名前からぁ・・・?」

「ワクラバという言葉、響きがお好きでして…もし良ければと。」

 病葉(ワクラバ)という由来のある言葉であり、内心セツコは乗り気ではない様子だ。
実はある程度開発チームの中で名称候補は出しており、そんな事を今言える訳も無かった。

「ま、まぁちょっと考えさせてくれねぇかい?」

「あんまノリ気じゃなさそうじゃん、もしや既に決めてたり?」

「おんっ・・・おんまっ!!!だ、旦那!ンなわけねぇでしょうがい!!!」

 セツコは身内の中では隠し事が悲しい程に出来ない為、三人はある程度察知する。
同時にエクトは「やべぇ適当こいたら当たったわ…。」と言わんばかりの表情を見せる。

「この武器に、姉様の名前があると大事にしたいと思える気がしまして。つい口走ってしまいました…。」

「丁度ワクラバも候補に挙がってて多数決も優位だったんでぃ。んじゃワクラバに決定でさぁ。」

 セツコの切り替えの早い発言にエクトとホムンクルスは目が点になる。

「掌返したろお前!」

「エクトよりはマシっちゃマシじゃない?」

 後日、開発チームの意向関係なく正式名称「ワクラバ02」と命名が確定された。元より主導権がセツコにあった事から、幸いにも整備士達は快く承諾した。

 武器一本だけと言え、開発者にとっては身を削る行為に等しい程の労力が求められる。
前線切って命懸けで戦う彼等を支援するが為、今日も整備班一同は時代最先端技術である咢、デュナミス、そして特注武装の整備に励むのである。
バックアップを担う彼等もまた、最前線の一端と謂えよう。
最終更新:2022年06月07日 01:09