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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox/Part21-1 - (2010/05/30 (日) 13:13:58) の編集履歴(バックアップ)




 たらふく水を飲まされた。
「うがぁ……」
 げっそりとした表情と共に重い足を引きずって階段を登る上条。
「あー面白かった」
 思い出し笑いを続けながら階段を登る美琴。
 流水プールでマグロ並の周遊と溺死体ごっこを(主に上条が)一通り楽しんで、二人は名物のウォータースライダーにやってきた。
 ここはラージヒルのスキージャンプ台かと思いたくなるほど長い階段を登っていくと、その前方では上条と美琴のように順番待ちのカップル達がずらっと並んでいる。中には一人で挑戦しようとしている者も何人かいるが、周囲のカップルの熱々ぶりがうらやましいのかそれともいたたまれないのか、小さく縮こまっている。
 延々と階段を登らされるならスタート地点までエレベーターでも設置すりゃ良いのにと上条は思うのだが、スタート地点で客を捌く都合かはたまた景観を損ねないためなのか、そんな便利な乗り物は用意されてないらしい。
「あー、何で水が落ちてこねえんだろうと思ったら、コースがパイプみたくなってんのか」
 ウォータースライダーのコースは底面こそ青く塗られているが、その他の部分は透明度の高いポリカーボネートで筒状に形成されている。だから下から見ててもコースレーンしかないように見えたのか、と上条は納得した。底面が塗装されているのは、スライダー利用客とその下で泳ぐ客、双方のための配慮だろう。
 苛烈な趣味を持つ一部諸氏をのぞき、誰だって人の臀部を眺めて泳ぎたくなどないし見せたくもない。
 それはともかく。
 このスタート地点でさえ地上から三〇メートル弱の高さ。対してウォータースライダーのコース長は約一キロ。と言う事は、上条のあやふやな数学の知識を総動員して計算するとコース全体で平均して約二度前後しか傾斜角が用意されていないと言う事になる。たったの二度ではコースパイプの底面にビー玉を置いて、それが転がり始める程度の運動エネルギーしか得られない。
 ウォータースライダーは滑走と速度によるスリルを楽しむための施設だ。ビー玉でもなければこの緩やかな傾斜を滑る事は難しそうに思える。ビー玉のように丸くない人間はどうやってここを滑り落ちるのか。
 こう言う難しい話は美琴に聞いてみるのが一番だろうと上条は考える。
『なあ、これってどうなってんだ?』と声をかけようとしたところで、
「はい、次の方こちらへどうぞ」
 コースパイプの手前に用意された、赤く正方形に塗装されている地点を係員が指差す。
 どうやらここに座れ、と言う事らしい。
 先に腰を落とした美琴に続いて上条も同じように腰を下ろすと、
「……で、なんでアンタはそんなにすき間を空けてんのよ。もっとくっつきなさいってば」
「……、んな事言われても……」
 上条は美琴の後ろで拳一つ分のすき間を空け、美琴の体を脚の間において、自分の脚を前方に投げ出す姿勢で赤い部分に座った。いわゆる恋人座りだが、今の二人の場合は譬えるなら木から落ちそうになっているナマケモノの親子に似た状態だ。
「すみませんが、もう少し女性に抱きつくようにくっついてもらえませんか? 離れて座られるとセンサーがうまく働かないんですよ」
「センサー? んなもんどこに……って、これか」
 上条が首を巡らせると、係員が済まなさそうに指し示す部分に客の体重を測定するらしき小型の赤外線センサーのようなものが設置されていた。センサーは人間一人分、ではなく二人でも三人でもまとめて『一個体』で換算し、何らかの演算を行うらしい。
 上条達の背後には、ぽっかりと開いた用途不明の空間がある。まるで排出口のように見えるがあれは一体何のためにあるのだろう。
 仕方ないので上条はしぶしぶと座る位置を前に詰め、美琴の背中に自分の胸板をぴたっと当てる。何やら説明のできない感触にうわあ俺どうすりゃいいんだと上条が心の中で葛藤していると、
「ほら、アンタの手は私の肩じゃなくて私の体に回して。体重はこっちに預けるつもりで寄りかかんなさい」
 美琴に腕を引っ張られ、仕方なく上条は美琴の肩から手を離した。
 どこかでぶぃいいいいいんと響く少し間抜けな機械音と『準備完了(レディ)』という合成音声が聞こえて

 ドカッ!!

「うおっ!?」
「きゃっ!?」
 突然上条の背中が形のないハンマーのような何かにものすごい勢いで叩かれ、上条を通じて美琴の体に衝撃が伝わり、二人まとめてウォータースライダーのコースパイプ内に放り出された。
 二人が座った部分に設置されたセンサーは、緩く傾斜したコースパイプの中でもそれなりの加速が付くように、客の総合体重を測定した後最適な出力で客の背中に向かって圧縮空気を『叩きつける』ためのものだったらしい。
 さしずめ人間用カタパルト、といったところか。
 たった二度の傾斜角しかないはずのコースパイプの中でどんどん加速が付いていく。
 圧縮空気によるコースパイプ内への射出だけではなく、パイプの滑走面に流される水と空気が絶妙のバランスで摩擦係数を減らし、速度向上に一役買っている。しかも、一キロという距離を滑っていても水着が脱げることもなければお尻が痛くなることもないのだから、このウォータースライダーを設計した人間はよっぽどのマニアなんじゃないかと上条は推測する。
「どこ触ってんのよ馬鹿!! ちゃんと腰に手を回しなさいってば!!」
「どこ触ってるって言われても分かるかっ!」
 二人は加速を続けながらパイプの中で叫び合う。
 ここで変態扱いされるのは不本意なので、上条は後ろから抱きしめるように美琴の腰らしき辺りに手を回した。
 しかしこの速度はただ事ではない。体感速度と実際の速度は異なるという話を良く聞くが、いったい時速何キロくらい出ているのだろう。
 ウォータースライダーと言うよりもこれはボブスレーじゃないのかと思えるほどの速度で二人は着水プールに向かって突き進む。とても悠長に景色を楽しむ余裕などない。
 コースパイプがカーブを描き、二人がコーナーを通過する度に視界がぐいんと捻るように九〇度回転し、また元に戻る。
 うぉああああああーと言う上条の絶叫。
 きゃあああああーっと言う美琴の悲鳴。
 二つが不協和音を奏でてポリカーボネイト製のパイプの中に響き渡る。
 あ、パイプで仕切られてない空がやっと見えた、と上条が斜め上の空間を見てそんな事を思った瞬間、ザッブーン!! と二人まとめて着水プールの中に放り出された。
 深く広く作られ水をなみなみと湛えた着水プールは、まるでスポンジのように着水の衝撃を殺し、加速が付いた二人の体を受け止める。
 青い水中で上条と美琴の体が離れ、無重力状態にある宇宙船内部で漂うみたいにくるん、と回った。
 上条はぶはぁ、と着水プールの水面に顔を出した。
 後ろを振り向くと、同じように美琴も水面に顔を出しているが、
 おかしい。
 美琴はそこから動こうとしない。
「どうした? いつまでもそこにいると次の客が滑り落ちてきてぶつかるんじゃねーのか?」
「あ、うん……そうなんだけどね」
 美琴の歯切れは悪い。曖昧に頷くもののやはり移動しようとせず、その場でちゃぷちゃぷと浮いている。
「どっか怪我でもしたのか?」
 上条が泳いで近づくと美琴はザブン、と水音を立てて潜ってしまった。
「……へ?」
 そろそろ次のお客達がスライダーから落ちてくる。着水プールの監視員も上条達に向かって『じゃれ合いたいのは分かるがとっとと上がれ』と言う趣旨の警告を発している。
 ひとまず上条は美琴を追って水の中へ。
 水中の美琴は両手を自分の背中に回しながらぶくぶくと無数の気泡をまとわりつかせて沈んでいく。
(アイツ、何やってんだ?)
 泳いで美琴のそばに近づき、人差し指を上に向けて『上がらないのか?』と言うジェスチャーをすると、美琴は両手で自分の胸元を上条から隠して、また沈んでいく。
 このまま沈んでいく趣味があるならそれはそれでかまわないが、たとえ美琴が肺活量に絶大な自信があったとしても長々と潜水できる訳ではない。
 上条は意味不明の行動を取る美琴の手を引っ張ると、上方向に向かって泳ぎだした。
 上条は水面から顔を出すと肺いっぱいに酸素を吸い込んで、
「御坂? お前一体どうしたんだ?」
「……れたの」
 か細い美琴の声が続く。
 それにしても変な単語だ。
「れた? れたって何だ?」
「……ずれたの」
「ずれた? 何が? 顎の骨か?」
「外れたの! 水着の紐!!」
 真っ赤な顔で『これ以上言わせるな!』と美琴が叫ぶ。
 美琴の水着から首に回る紐はそのままなので、どうやらトップから背中に回る紐がスライダーから着水プールに落ちた時の衝撃でほどけてしまったらしい。美琴は水中でそれを直そうとしたが紐が水に漂ってうまく掴めず、結果美琴はそのままぶくぶくと沈んでいたようだ。
「……直してやるから後ろ向け」
 とは言うものの、着水プールの水深は五メートル。
 これはウォータースライダーから着水する際の衝撃緩和と事故防止のために用意されたもので、五メートルもあったら上条も美琴も底に足がつかない。足がつくほど浅いなら最初から美琴も苦労せずに背中の紐を直せるのだが、五メートルの深さでは泳ぐ、もしくは何らかの手段で体を支えなければ背中に手が回せない。
 美琴は電撃使いなのでプールの壁に電磁力で張り付いて姿勢を固定するという手段が使えるが、それをここで使ったら不特定の誰かを巻き込んでしまう。
 どうするか。
 手っ取り早い方法は、二人ともプールの外へ出て背中の紐を直すことだ。だが、問題はそこではない。
 水に上がったが最後、美琴の言葉にしてはいけない部分がうっかり見えてしまうかもしれない。
 と言う訳で、上条はいったんプールから上がり、プールサイドから着水プールに向かって目をつぶったまま『ほらよ』と首を伸ばす。
 美琴は両手を伸ばし、上条の体で自分の胸元を隠すようにしてプールから上がり、美琴がプールから完全に上がった時点で上条が美琴の背中に手を回して紐を直す、という方法で
「……こっち見るんじゃないわよ」
「……分かってるよ」
 上条は目を閉じたまま両手両膝をプールの縁につけ、畑からサツマイモを引っこ抜くかのごとく首にぶら下がった美琴を水中から引き上げる。美琴はプールの縁に足をかけて水中から上がり、そのまま上条の体を目隠しに使う。
 美琴が完全に水から上がったのを確認すると、上条は美琴の体にへばりついた紐を一本ずつ手で持って、背中の真ん中でちょうちょ結びに直し
「……、ほれ、できたぞ」
「……ありがと」
 プールサイドで正座した上条と美琴が向かい合うという変な構図で、
「……見てないわよね?」
「……見てねえよ」
 そりゃちっとは興味があったけど、と言う言葉を飲み込むと上条は神妙に頷いた。
 上条当麻の半分は正直でできているのだ。

 お腹が空いたのでお昼ご飯を食べようと言う事になった。
 美琴の支度が遅れた分プールに入るのも遅れて、その分上条達の昼食の時間も後ろにずれたので、ここにしようかと選んで入ったカフェテリアのレジカウンターも店内の四人掛けテーブルにも空きが目立つ。
 店内の通路も防水処理加工を施された椅子もゆったりとした欧米サイズで作られていた。カフェテリア全面に取り付けられた大きなガラス窓から自然光を取り込んで、店内にいながらオープンカフェのような開放的な雰囲気でくつろいで食事が摂れる。いかにもセレブ御用達のリゾート地でお目にかかれそうなカフェテリアだった。
 座席確保を気にする心配もなさそうなので、上条は食べるもの、美琴は飲むものと手分けして調達する事にした。混雑対策のため複数用意されたレジカウンターでは、暇そうな男性店員があくびを噛み殺している。
 この後もいくつかプールを回ろうと話しているので、食事は胃にもたれないものをという美琴の希望によりサンドイッチと、もう少し何か欲しいなという上条の選択でソーセージの盛り合わせを購入した。笑顔がチャーミングな店員のお姉さんからお皿を受け取ると上条は手首のICバンドで精算を済ませる。
 さてアイツはどこへ行ったかなと上条が店内をキョロキョロ見回していると、窓際のテーブル席で美琴が『こっちこっち』と上条に向かって手を振っている。
 大きなガラス窓の向こうには、まるでファッションモデルのようなカップルや上条達のように初々しく腕を組んで歩く男女、そして『ひんにゅーばんざーい』や『ロリは正義やでー』というどこかで聞いた事のある台詞も耳に入ったが、そっちはもう聞き違いの一手であって欲しい。
 美琴と差し向かいで食事を摂ると上条はどうしても美琴のとある部分に視線が集中しそうなので、
『一ヶ所にじっとしてっと日焼け止め塗っても焼けるかも知んねーから念のためにパーカー着ておけよ。ここってやたら陽射しが入るみたいだし』
 という上条のそれらしい説得により、美琴はライムイエローのゲコ太パーカーをクロークから取り戻して羽織っている。当然ファスナーは上まで引き上げ済みだ。
 その後で美琴は
『もちろんあとでアンタが脱がせてくれんのよね?』
『……なあ、それだとまるでバカップルっぽくねえか?』
 バカップルには二通りある。
 周囲に見せつけることを目的とした狭義の意味での『能動的な』バカップルと、
 自分たちのことに精一杯で周囲にまで気を配れない、いわゆる初心者カップルがやらかしてしまう『受動的な』バカップルが存在する。
 上条達の場合はどちらかというと後者だが、美琴の行動が若干前者に近いので、上条としては遠慮被りたいのだ。
 美琴が確保した席に上条が戻ると、カフェテリアで使うには少々値の張りそうな黒くどっしりしたテーブルの上に、ドリンクの入ったグラスが一つ。
 グラスの中には細かく砕かれた氷と、パイナップルをベースにしたと思われるいかにもトロピカルなジュースと、一口大にカットされた色とりどりの果物が放り込まれている。
 でも、グラスは一つしかない。
 上条はジュースの入ったグラスを見ると首を傾げて、
「……、あれ? 俺の分はねえのか?」
「あるじゃない、アンタの目の前に」
 そんなことを言われても納得できない。
 上条は黒いテーブルの上にサンドイッチとソーセージの盛り合わせが乗った皿を置いて、両手で目元をゴシゴシとしつこくこする。
 手品でも何でもなく、ジュースの入ったグラスは一つしかない。
 上条と美琴の目の前にあるテーブルに置かれているのは、
 細かく砕かれた氷とパイナップルをベースにしたと思われるいかにもトロピカルなジュースと一口大にカットされた色とりどりの果物が放り込まれて、途中がハート型に曲げられたストローが二本刺さったハンドボールくらいの大きさのグラスが一つ。
 上条はやだなあ何の冗談だよと思いつつ、
「……、御坂たん。聞きたくないけどこれってもしかして」
「見ての通りこれで二人分よ。それから何気なく御坂たんて言うな」
「はぁ? 何で別々のグラスにしてもらわねえんだよ?」
「何でって言われても、ここのは最初からこうなんだから仕方ないじゃん。それとも何? この二人分のジュースを一人で飲めと言うのかアンタは」
 上条は近くのレジカウンターまで走って壁に貼り付けられたドリンクメニューを読んで絶句する。
 お客がお一人様でウォーター・パークを訪れる事は想定されていないのか、このカフェテリアではコーヒー以外の飲み物は全て、基本的に二人前の分量でオーダーする事になっているのだ。もちろんストローを二本添付、というのも店員が給仕する際の基本設定(デフォルト)。
 つまり、上条は飲みたくもないコーヒーを別口に注文するか、新たに飲み物を購入して一人で二人分に挑戦するか、何も飲まずにサンドイッチとしょっぱいソーセージをやり過ごすか、美琴と一緒に目の前のトロピカルジュースを飲むしかない。
 ストローが二本刺さっているからと言って、美琴と同時にジュースを飲まなければどうと言う事はない。美琴が飲んでいない時を見計らって飲めばいいかと思い直し、上条は椅子を引いて腰を下ろした。
「はい」
 ドスン!! と。
 リゾートには不似合いな威勢のいい音が聞こえたと思ったら、幸運を呼ぶ壺かダンクシュートのように、上条の向かい側で大きなグラスを両手で支えて台座をテーブルのど真ん中ヘ叩きつけるゲコ太パーカーを着た少女が。
「……つべこべ言わないでアンタは私とこれを飲むの。いい?」
 こんなコテコテのカップルみたいな真似事をするのは嫌だと思っていた考えを見透かされ、据わった目で美琴に睨まれて、逃げ場を失った上条は震える唇で小さく一言だけ『……はい』と告げる。

 ところで、このウォーター・パークは周囲の施設を含み、リゾートを主題にした研究エリアだ。
 その研究施設で最大規模を誇るウォーター・パークのテーマは『夏』。
 ようするに、このエリアで一番大きな施設が夏以外は研究に使えない。
「んなわけないでしょ」
 上条が『なぁ、ここって冬になったらどうなるんだ? 全面スケートリンクにでも変わんのか?』と質問したところ、美琴が苦笑混じりで答えを告げる。
「天気が悪い日や冬場は屋根がかかるの。ドーム式のヤツがね。だからここは冬でも泳ぎに来れんのよ。水はそのままじゃ冷たいから温水に切り替わるけど」
「へぇ、そうなのか。こんな広いパーク全面に屋根がかけられるなんてすげーな学園都市」
「その屋根も研究対象ってんだから大したもんよね。次世代の太陽光発電システムを開発中とやらで、無駄に広い表面積を利用して施設で使用する電気をまかなえるらしいわよ。……本当は冬のうちにアンタと一回ここへ来たかったんだけどさ」
「何で冬だとダメだったんだ?」
 上条の素の疑問に美琴がはぁ、と小さくため息をついて、
「……アンタがそれを分かってないからでしょうが。鈍いアンタに何度も気持ちを伝えて、ご飯作りにアンタの部屋に通って、いろんな事教えてようやく恋人らしくなったから二人でここに行こうって気になったんじゃない。冬の頃のやたら反応が薄いアンタだったら、誘ってもアンタが即座に『嫌』って言うか、来てもスタスタ一人で泳ぎに行っちゃうのが見え見えだもの」
 上条と美琴の恋は、美琴視点でシナリオを起こせば美琴好みの心情描写に焦点を当てた主観的な恋愛映画が一、二本は楽に撮れるくらい激動に満ちている。美琴本人はもっとゆったりした静かな恋愛物が好みであるが、ゆったりや静かを通り越して反応がないに等しかったかつての上条が相手では、それは望むべくもない事だ。
 動物園の飼育係が野生動物を手なずけるのと同じくらい、聞いているだけで美琴の涙ぐましい努力の跡が垣間見える話でも上条にとっては『そうだっけ?』くらいの感慨しかない。
 その上条にしても、いい加減な気持ちで交際を始めてから本当に美琴が好きだと思えるようになるまで紆余曲折があった。美琴が上条の手を引いてものすごい勢いで走っているジェットコースター感覚が強かったため、付き合い始めてから半年以上経つのに『いくら何でも急ぎすぎじゃねえの? もっとゆっくり行こうぜ』という気分なのだ。
 こんな感じで二人はとりとめもない会話を楽しんでいたのだが。
 上条がいざジュースのストローをくわえようとすると、美琴がグラスに顔を近づける。
 上条がグラスから顎を引いても、美琴は片肘をついて悠然とストローをくわえたまま、上条の目を見つめながらジュースをちゅーっと飲んでいる。
 最初に食べたソーセージがやたらとしょっぱかったので、ジュースを飲もうと上条がストローに指をかける度に、美琴は思わせぶりに美琴の分のストローをつまむのだ。
 これではいつまでたっても上条は喉を潤せないし、ジュースを飲めないから次のサンドイッチに手が出せず、お腹も膨らまない。
 美琴がはい、とサンドイッチを一切れつまんで上条に差し出しながら
「……アンタ全然食が進んでないみたいだけど、どうしたの?」
 サンドイッチを食べるにしても、先にジュースを飲みたい。水分の少ないパンを食べたら口の中がカラカラになりそうだ。
 ひとまず上条は美琴の手からサンドイッチを受け取る事にして、
「……何やってんのよ、口開けなさいって。ほら、あーんして」
 上条が美琴の持つサンドイッチに伸ばした指をかわして、美琴がサンドイッチをつまんだ手ごと上条の口元に差し出す。
「……、普通に食わせてくれねーか? あとサンドイッチを皿ごと持ってくなよ」
「だから普通に食べさせてあげてるでしょ? 犬やオットセイみたいに投げたものを空中でキャッチして食べろとは言ってないんだから」
「ここはウォーター・パークじゃなくて動物と触れあえるレジャーセンターだったのかよ!? 俺で遊ぶな!!」
「遊んでない遊んでない。だからほら、口開けて」
 バレンタインデーの時に上条はこのパターンで美琴にチョコを奪われているので、遊んでないと言われてもつい疑り深くなってしまう。
「……ぎりぎりで手前に引っ張って『残念でした』とかやらねえだろうな?」
「こんなところでそんな幼稚な事しないわよ。周りの方がもっとすごいもん」
 ほら……と小声で呟く美琴がこっそり指差した方を上条が振り返ると、
「な……ちょ……げ……」
 そこには抱き合いながら一切れのサンドイッチを一本のプレッツェルよろしく両端からかじっていくカップルの姿が。
 サンドイッチはプレッツェルほど長さがないので、あっという間にカップルの顔の間で原型を失っていく。
 そして
「…………ぎゃあああああああああああーっ!!」
 離れているのに生々しい音が聞こえてきそうな決定的瞬間を脳内に収めてしまい、一声叫んでもうダメだと両手で頭を抱えてテーブルの下に潜り込む上条。
「……おーい、出てこーい。もう終わったから大丈夫よ。あのカップル、店の外に出て行ったから」
 凶暴な大型犬に見つかるまいと隠れた子犬を呼び出すようにテーブルの下をのぞき込む美琴。
 頬を染めつつもカップルの一部始終を最後まで見届ける辺り、美琴には何か思うところがあるのかも知れないが、くっきりと脳裏に刻まれてしまった映像を消去するのに必死な上条はそれどころではない。
 上条はテーブルの下から涙目になった顔だけを出して、
「まさか……御坂たんは俺にあれをやれと?」
「アンタがやりたいって言うなら挑戦してあげても良いわよ? あと、さりげなく御坂たんて言うな」
 何故だろう、哀しくないのに溢れる涙を止められない。
「……、やっぱり普通で良いです俺」
 上条はテーブルの下からもぞもぞと這い出ると、美琴の向かいの席にぐったりしながら座り直し、美琴が差し出したサンドイッチにかじりついてもぐもぐと咀嚼する。
 人間とは大きな不幸を目の当たりにすると小さな不幸などどうでも良くなる生き物なのだ。
「おいしい?」
 おいしいかと問われればおいしいのだが、おしなべてこう言ったテーマパークの食事は外で食べるものより値段が割高だ。費用対効果(コストパフォーマンス)は望むべくもない。
 だから上条は思った通りのことを口にした。
「……お前が作った方が美味いんじゃねえの?」
 その方が金もかからねえし、と上条が告げる前に、上条の前に食べかけのサンドイッチを差し出していた美琴の動きがビクッ! と固まった。
 上条の何でもない言葉に何故か美琴は狼狽して、
「……ななな、何馬鹿な事言ってんのよ。こう言うところってプロが作ってんのよ? 私が比べものになる訳ないでしょ」
 はたして上条の言葉通りなのか味を確かめるべく、美琴は手にしていた食べかけのサンドイッチを口の中に放り込むと、
「―――――――――――――――――――――!!!」
 そのサンドイッチは直前に誰が食べていたのかを思い出したらしく、美琴は顔どころか耳まで真っ赤になった。
「御坂? これってそこまでマスタード効いてなかったと思うんだが……辛いのか? お前もしかして超甘党で辛いのはちょっとでもダメ、とか言う奴だったっけ?」
「……………………………………」
 美琴は硬直したまま何も言わない。
「とりあえず、ジュースでも飲んだらどうだ?」
 上条が向かい側にグラスを押しやると、美琴は自分のストローをつまんで真っ赤な顔のままトロピカルジュースを飲み、直後に何か取り返しの付かない失敗をした時に浮かべる表情を両手で覆い隠してテーブルに突っ伏した。
 何だかよく分からないが美琴がジュースを飲む事を断念したらしいので、上条はグラスを手元に引き寄せて久しぶりの水分補給を行う。
 しょっぱいのとパサパサなのを相殺してお釣りが来るほど、初めて飲むトロピカルジュースは甘かった。


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