とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part22

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集


― 制約と誓約 ―


「へ?あっ悪いもう切るぞ、じゃあな」

やはり予想通り、彼は電話をしていた。
自分の存在を彼が確認すると、彼は半ば強引に電話を切る。
電話の内容はよほど聞かれたくない話をしていたのだろうか。
その彼の示した反応が、余計に自分の仮説の外堀を埋めているような気がした。

「ちょっと、どういうことよ…」
「えっと…どういうこと、とはどういうことなんでしょう…?」

はて?と首を傾げてよくわからないといった彼の態度が無性に腹がたつ。

「とぼけないでよ、さっきアンタがしてた電話の話よ」
「電話の話…?なんだお前聞いてたのか?あれはだな…」
「明日どこかに行くって、一体どこに行くつもりなのよ」
「…………は?」

またしてもわけがわからないとも言いたげな彼の態度。
ここまで言って何故わからないのか。
その彼の態度は、実はあれは自分の聞き間違いもしくは勘違いだからなのか、それとも…

「さっきの電話、悪いけど数分前から扉の前で聞いてた。ところどころ聞こえないところはあったけど、それでもどこかに行くってところは聞こえた。まさか、また"外"に行くんじゃないでしょうね?」
「あ、いや…」
「もしそれが本当だとしたら、前回は行くのを止めなかったけど、今回は止める。それだけは知っといて」
「えっと…」
「さっきも言ったけど、私はね、この一年間、この一ヶ月は本当に辛かった、あんな思いはもうしたくない。これからは、できたらずっとアンタと、当麻と一緒に同じ時を刻みたい。……だから、いってほしくないの」

何かを言おうとしている彼を無視して、自分の話を続けていく。
何を言ってるんだろう、途中そんな衝動に駆られた。
これは単に自分のことしか考えてない、彼の事情などは一切合切無視している自分のわがまま。
いつからかな、こんなにわがままになってしまったのは。
確かコイツに会う前はこんなにはわがままじゃなかったはず。
自分で言うのもなんだけど、聞き分けもよくて、もっと人当たりもよかったはず。
それがなんでこんなにも変わっちゃったんだろう。
コイツのせい、全部コイツのせい。
私がこんな辛くて、苦しくて、でも楽しかったり、幸せだったりする感情なんかを教えられなかったら、自分はこんなにわがままにはならなかったはず。
こんなに相手のことを省みず、自分のことしか考えない、独占したいという醜い感情に苛まれる自分には。

「えっと…美琴さん?」
「……なに?」

呼ばれて彼の顔を咄嗟に見る。
見た瞬間、彼は少し戸惑っていましたという風な顔をしていた。
でもそれは次第に表情を変えてゆき、最終的には笑顔を見せてくれた。
自分がこの一年間ずっと待ち焦がれてた、望んでいた、そんな笑顔を。
優しく大丈夫だと自分を諭すかのような、自分の中の醜いところ、汚いところを全て消し去ってくれるような笑顔を。
彼の笑顔を見たら、少しだけ心が軽くなった気がした。
そしてその笑顔を見たら、やっぱりあんなことを言うんじゃなかったと後悔した。
彼の表情が、彼がこれから話すことのほとんどを物語っていたから。

「あー。なんだか色々と突っ込みどころのある話だったんだが、何から言うか…」

うーんと、指を額にあて少し悩んでいるような素振りを見せ、

「じゃあまず一つ目、さっきの電話は公園で俺といた土御門からで、内容は主に今日美琴に話しかけてきたあの男のあの後の話だ。あいつ、捕まって色々と尋問されてるんだとさ」
「……ぅん」
「あいつは……そのなんだ。諸事情で俺を恨んでてだな、その復讐のために恋人の美琴を殺してやろうとしたんだと。でもお前は超能力者、まともやったら勝てないと思ったんだろうな、だから…」
「恋人のアンタを死んだことにして、私の戦意喪失を誘ったってこと?」
「そういうこと」

なるほど、今日の小さいうちの疑問の一つが解けた。
あの男の目的が自分を殺すことだとしたら、やり方が回りくどすぎると思っていた。
結局は電磁波の反射を利用したレーダーのようなものによって阻まれるだろうが、背後からの奇襲などやり方など他にもある。
だから、それを何故わざわざあんな話を持ちかけてから殺そうとしたのかと。
確かに今の自分を確実に殺すのなら、それが最良の一手かもしれない。
それならあの男の行動の全ての合点がいく。

「んで二つ目、俺が明日行くのは別に遠いじゃないし、ましてや"外"なんか行かない。明日は用で隣の部屋の土御門のところに行くってことだ。つまり、お前の早とちり」
「ぅ…」

やはり、言い終えた時の予感は当たっていた。
もし彼が本当に"外"に行くようなことがあるならば、恐らく彼ならあんな笑顔を見せたりはしない。
少し辛そうな顔をして黙るか、はぐらかすかするだろう。
彼はそういうところでも変に優しいから。
自分に気をつかっているからか、はっきりとは言わないだろう。
そこだけで発揮されるわけではないが、そういう優しさこそ彼の良いところでもあるのだが…
とにかく自分の早とちりがとても恥ずかしく感じられ、視線は彼から逸らして俯いた。

「あと三つ目。これは俺にとっても、美琴にとっても良い話で、美琴が誤解しているとこだな」
「な、何よ…」
「まぁあくまでも恐らくなんだが……俺が魔術関連のことで"外"に行ったりすることは恐らくもうない」
「ぇ…?」

咄嗟に俯いていた視線を彼へと戻した。
少し半信半疑で聞いていたこともあってか、驚きが余計に増す。

「良い話だろ?まぁこれはまだお前に言ってない話が関係してるんだけどな。まぁ少なくとも"外"に行く回数が各段に減るのは間違いないな。……だから、しばらくは一緒にいれるよ」
「そっか、そっか…」

それを聞けたら、なんだか目頭が熱くなってきた。
これから一緒にいれることが嬉しくて、彼からのあたたかい言葉が嬉しくて。
最近は妙に涙もろくてダメだ。
今日だって学校でも泣きそうになったし、再会の時には盛大に泣いた。
ここ一ヶ月は彼と会えない、連絡がとれない辛さで泣いた夜さえもあった。
もしかしたら黒子もそのことを知ってるかもしれない。
だが、それらの涙は悲しみの涙。
再会の時、そして今の涙は嬉し涙。
とてもとても久しぶりの、悲しみ以外の涙。
悲しみ以外で涙を流せることがこんなにも幸せで、嬉しいのは知らなかった。
でも、それもこれも元を辿れば全部コイツのせい。
コイツには色々と変えられてしまった。
わがままにもなってしまったし、涙もろくなってしまった。
後者に関してはそんなに自分を泣かせて楽しいか、などと時々思ったりもする。
そしてそう悩めることはまた、とても素敵なことだったんだということも知った。
この悩みの原因となるものは、何と言っても辛くて、苦しくて、それでも楽しくて、幸せな感情が原因だから。
それは恋というもの。
こんなにも素敵な感情を教えられたからこそ、自分は変わってしまったし、変わった。
以前とは考えられないような範囲で。
だから、変わってしまったと悩めることは、とても素敵なこと。
気付けば、自分の周りを温かいものが覆っていた。
言うまでもなく、それは上条当麻。

「これからのこと、まだ言ってないこと、それら全部ひっくるめて後で詳しく話す。だから、今は泣いててもいいぞ」
「ぅ…」

相変わらずの彼の気障な言葉。
聞いてて恥ずかしくなってくるセリフを、よく平気で言えるなと思う。
そんな彼の気障なセリフも久しぶり。
だから、今回はちょっと素直に甘えてみる。
泣いてはいるものの、別に悲しいわけじゃないのでそんなに言うほど涙はでないけど、こうしていれば彼は優しく包み込んでくれる。
今まで手に持っていたスーパーの袋を下に落として、自分も彼の背中へと手をまわす。
彼の胸に顔を埋め、彼の優しさと体温に包まれて、しばらく、そのまま―――




同日20時頃、上条宅

「できたわよー。お皿とか準備してー」
「わかったー」

彼と抱き合うこと数分間。
もう既に落ち着いていることがバレてしまい、彼はすぐに離れていった。
もう少し彼と抱き合っていたい気分で、離れてゆく温かさは名残惜しかったが、もう彼が離れていくようなことはない。
これからは機会さえあれば、じっくり味わうこともできる。
離れていった後は特にこれと言った会話も交わさず、自然に、何気なく夕飯の用意にうつった。
料理の途中、今日の彼とのことがフラッシュバックして顔を弛ませた時もあったりしたのは内緒だ。
さらに今日という一日は色々なことがありすぎて、少し頭の中がいまいち整理できていないし、整理する時間もなかった。
そのせいか、偶にぼーっとしたりして料理を焦がしそうになったりもした。
それでもいつもより出来は悪いかもしれないが、料理を作り終えることはできた。

今は彼がそれらを盛る食器類の用意をしてくれている。
盛りつけたら、実に約一年ぶりとなる彼と二人だけの食事。

「じゃあそっちに運んで」
「おう」

料理をのせた皿をガラステーブルへと持っていき、それで準備完了。
自分が座った対面のところに彼は座り、二人で手を合わせて、

「「いただきます」」

いただきます、それはいつの時代を問わず、日本人なら必ず一度は誰でも口にするであろう言葉。
それは今から食べられる料理の食材となった生命に対して、感謝と敬意を示す言葉。
人間の都合により、食材となるために生命を絶たれた生物への。
だからその生物達に対して人間がへりくだって"いただきます"。
無論美琴はそれを知っている。
だが今の美琴の感謝の方向は異なる。
食材対してではなく、またこうして彼と食事を共にすることができることに対して。
だが美琴がそんな感傷に浸っているとは露知らず、上条は手元にある箸を手に取り、待ってましたと言わんばかりに真っ先に料理にへと箸を伸ばす。

「ん!んまいんまい。やっぱり美琴の料理はいつも美味いな」
「そ、そう?結構適当に作ったから、あまり自信はなかったんだけど…」
「んなことねぇよ。上条さんが作るより全然美味しいですよー」

そう言って彼はまた料理を口へと運んでゆく。
どうやら本当に美味しいらしい。
らしい、というのは彼女が味見をしていなかったからというわけではなく、ちゃんと彼の好みに合っているかわからなかったためである。
なにせ、彼に料理を作ったのは一年ぶり。
いくら以前は何でも美味しいと言ってくれたからと言って、その一年で彼の好みが変わっていない保証はない。
だから万が一、好みに合わないようなことが起きないかがとても心配だった。
美味しそうに料理を頬張る彼を見て、自分も目の前の料理へと箸をのばす。
確かにいつもと比べて適当に作った割には、美味しくできていた。

「……ねぇ、ちょっといいかな?」
「ん?なんだ?」
「さっきの、まだ言ってないこと、についてなんだけど…」
「あぁ、そっか。言わないとだったな」

食事が始まってまだほんの数分。
美味しそうに料理を食べてくれている彼には申し訳ないが、性格上気になることをあまり後回しにはしたくない。
聞ける時に聞いておいてスッキリしておきたかった。

「別に話すこと自体はいいけど、はてさて何から話すべきか…」
「じゃあ……これからは魔術関連で"外"にいくことは多分ない、っていうのに絡んでることって?」
「それか……それは俺がこの一年間にしてきたことの結果なんだ」
「インデックスを助けだすってことの?」
「そう、なんだけど……実はそれ自体は向こうに行ってひと月かかってないくらいに終わってたんだよ」
「なっ…!」

知らなかった、というかそんなこと聞いてない。
まだ彼と連絡を取り合っていた時に状況などをしょっちゅう聞いてみたりしていたが、大事なところをぼかしてはいたものの、既に終わったという旨を彼は何も言っていなかった。
なら、それ以外の十一ヶ月は何をしていたのか。

「じゃあ、なんでもっと早く帰ってこれなかったのよ!終わったらすぐに帰ってくればいいじゃない!」

バン!とテーブルを両手で叩き、料理をのせた食器とテーブルが揺れ、カチャカチャと陶器類が擦れる音が部屋中に響いた。

「向こうにいるときは多分お前がそういうと思ってたから敢えて言わなかったんだけどな。……まぁ簡単に言うと俺は戦争の事後処理をしてたんだよ」
「はぁ?戦争事後処理って……あの戦争の?」

あの戦争、もちろん言うまでもなく二年前に勃発した第三次世界大戦のことだろう。

「そう。まだあの時は戦争の余波で馬鹿なことを考える輩がいっぱいいたんだよ。インデックスの誘拐もそうだし、今日の美琴を巻き込んじまったやつも少なからず絡んでる。だからそいつらを捕まえたり、そいつらの起こした事件を沈静化したりして、世界中をめぐり巡ってた。そのせいで予想以上に帰るのが遅れた。それについては本当に悪いと思ってる」
「……ふーん」
「でも、あの戦争の発端は俺に全く関係がないわけじゃないんだ。その責任を感じてとは言わねえけど、せっかく収まった戦争をまた繰り返そうなんてのは我慢できない。お前には悪かったけど、その件には受け身じゃなくて自分から首を突っ込んだ」
「……そう」

別に彼が自分から首をそういう厄介事に首を突っ込んでいたことに驚きはない。
彼はそういう人間だから。
目の前に事件があり、それを解決することで、たとえ自分に利益はなくても救われる人が少なからずいるのなら彼の行動はほぼ決まる。
目の前の事件に喜んで首を突っ込んでいくだろう。
だから驚かない。
けれどもあまり快く思えない点がある。
それは彼がそういうことをしていると自分に伝えなかったこと。
確かに彼にどんな事情があっても、あの時の自分なら確実に早く帰ってこいと言う。
それだけ彼のいない時間というのは退屈で辛かったから。
だが同時に、あの時の自分には彼の決断を受け入れる以外に選択肢はなかった。
あの時は彼は"外"にいて、自分は学園都市の中。
この場所の制約はとてつもなく大きい。
自分がどれだけわがままを言ったとしても、携帯越しでは彼を掴むこともできなければ、実際に止めることもできない。
できるのは言葉による制止のみで、最終的には彼が決める。
そうなれば、彼が簡単に意志を曲げるとは思えない。
それでも彼は自分の言葉を聞くことで多少なりとも決意が揺らぐのを恐れ、さらに罪悪感を感じたくなかったから敢えて言わなかった。
彼の性格を考えれば恐らくこんなところだろう。
どちらにしても、残される自分の選択肢は相変わらず彼を待つことで、変わるのは彼が何のために"外"にいるという目的だけ。
そんなものが変わっても、生活には腹が立つくらい何ら影響はない。
そしてその理由を聞いて今は特別怒っているわけではない。
特別怒っているわけではないが、多少の怒りはある。
じろりと少量のご飯をほうばる彼に、目でそれを訴えてみるが果たして伝わっているのかどうか…

「ング……んで、この一年間、ずっとそういう奴らが絡んでる事件がなくなるまでやってきた。そういう奴らがいなけりゃ俺がわざわざ呼ばれるような事件なんてのはそうそう起きない。そういうわけで、俺は多分"外"に行くことはなくなる」
「なるほどね、よーくわかったわ」
「美琴さんは理解が早くて助かります」
「アンタと違って頭の出来が違うのよ」
「うっ!?」

できる限り皮肉って彼に言葉を投げかける。
言われた直後、多少いじけたように彼は自分の箸をテーブルに何かを書いているかのように動かしていた。

「……それじゃあここ一月連絡とれなかった理由は?」
「うぅ……それは単に携帯が壊れたからなんですよ」
「やっぱり…」
「……正確には壊された、なんですが。今日のアイツによ」
「アイツに壊された…ね」

音信不通の原因はこちらは予想していた通り、携帯の損壊。
壊れても一応存在はするはずの番号とアドレスについても説明できる。
それはもし携帯が壊れて使っていないからといって、請求がなくなるわけではない。
その状態のままではお金ももったいないので外国のどこかで契約を打ち切った、恐らくそんなところだろう。
学園都市の携帯は機種こそ学園都市内限定のものが存在すれど、サービスを提供する会社自体は"外"と変わりはない。
だから外国でも学園都市の人間だけでなく、日本人全体に対して彼のような緊急事態が起きた時に早急に対応するため、いくつか支部を設けている。
ただその支部では契約関連のものしか受けつけず、機種の販売等などはしていない。
ましてや彼の携帯は学園都市内限定品。
買い替えることも、修理もできない。
そして残り一つの疑問だった、何故今日現れたアイツが、彼と自分との連絡が途絶えている状況にあることを知っていたことについて。
それもそういう経緯があったからかと納得する。

「それ以外にまだ聞きたいことあるか?」
「……今ぱっと思いつくのはもうないと思う」
「そっか、それじゃあ早く飯食っちまおうぜ。冷めたらもったいない」
「ん、そうね」

全く聞きたいことがないわけではないが、彼の言うことも一理ある。
それに、それ以外の聞きたいことは後日にまた聞けばいい。
そして様々な感情が交錯する頭をなんとかして整理しようとするが、すぐにはできそうにはない。
ただでさえ多くの出来事があった今日なのに、ここにきてさらに新たな情報。
流石の自慢の頭脳をもってしても、これはなかなかに堪える。
とりあえず今は頭を切り替え、目の前の最早冷めかけている料理へとまた意識を戻した。




「―――ごちそうさま、本当に美味かったですよ。こんな美味い料理が食えて上条さんは幸せ者です」
「その前に、この私がアンタの隣にいる時点でもうアンタは幸せ者決定じゃない」
「自分でそれを言うか……でもまぁ、あながちそれは間違いでもないな。……じゃあ言い直す。上条さんは美琴が彼女でとても幸せ者ですよ」
「ぅ…!……ほ、誉めても何もでないわよ?」
「それくらいわかってるっつーの」

まさか自分の発言を本気にするとは思っていなかった美琴。
半分本気、半分冗談の入り混じった会話で久しぶりの二人だけの食事を終え、二人とも箸を置き、上条はその場に留まり美琴は後片付けをしに台所へと向かった。
あの後の会話は気が重くなるような真剣な話は避け、割とふざけた内容の会話をして過ごした。
これは二人に等しく言えることだが、食事中くらいは楽しく過ごしたかったからだ。
そして美琴の作った料理は上条の舌に相当合っていたからなのか、それとも単に腹が減っていたからなのかは不明だが、美琴が明日の朝を見据えてゆうに二人分以上の量を作っていたのに関わらず、上条は料理のほとんどをほぼ一人で平らげてしまった。
それだけの量を食べたせいか、美琴が後片付けをして始めて数分が経った頃になると、上条は少し腹を抱えながら、ベッドにもたれかかり、うとうととしている。
これはもう寝ていると言っても何ら遜色はないかもしれない。
恐らく今彼を襲っているその微睡みは、満腹感によるもの以外にも、今までの仕事や旅の疲れといったものもあるだろう。
話している時にはそういった素振りこそ見せていなかったが、微睡んでいる彼の顔にははっきりと疲れたと書いてある。
美琴は後片付けの途中にその彼の様子を見て、作業を止め、ベッドに寄りかかる彼の下へゆっくりと歩み寄り、

「……疲れてるならそう言えばいいじゃない、ばか」

恐らく疲れているであろうその顔を見て、そう呟いた。
確かに、自分の相手をしてくれるのは嬉しい。
だが、彼がそれをするために無理をしているというのなら話は別。
無理をして笑顔をつくるくらいなら、自分の相手はせずに休んでもよかったのにとも思う。

「……でも、ありがとね」

本当に無理をしていたかは定かではないが、本調子ではないのは確か。
そんな中で作ってくれた笑顔。
彼のことが心配なのは確かだし、無理しなくてもよかったのに、ということも本当。
それでも、色々と矛盾するけども、やはりありがたかったし、嬉しかった。
私は彼のそんな何気ない優しさに惹かれ、惚れたのだから。
そんな彼らしい優しさを会って間もない時に垣間見れて、とても安心している。

「……とりあえず、今はゆっくりお休みなさい、当麻。今までお疲れ様」

流石に彼を持ち上げてベッドに寝かすことはできないので、ベッドにひいてあるかけ布団を手に取り、彼へとかけた。
今の自分にできることはこれくらい。
疲れた彼を癒やすこともできなければ、今寝静まった彼を起こしてやる気もおきない。
ただ、布団をかける過程で不意に彼との距離を縮めた時、無防備にスースーと寝息をたてる彼の頬へと、軽く触れるだけのキスをした。
別にこれは彼のためを思っての行動ではない。
これは単に自分の欲求から起こる自己満足。
ただただ愛おしい彼への拙い愛情表現。
今彼は自分がそれをしていることを知らないから、自己満足。
唇にしてもよかったが、それでは流石に彼が起きてしまう可能性もある。
それに、それは彼が起きてきてからのお楽しみ。
そういった久しぶりの熱い唇同士のキスは寝ている時にしても何も面白くない。
時刻は20時半にもなっていない頃。
今日という日が終わるまで時間はたっぷりある。
もちろん、彼の許可はとっていないが、今日はここに泊まるつもりだ。
いや、許可なんかでなくても意地でもここに泊まり、彼の隣でぐっすり寝たい。
まだまだ自分の彼と一緒にいたい、彼を近くで感じていたい、触れていたいという欲求は満たされていない。
別に今日ではなくとも、これからは時間がたっぷりあるのは承知している。

それでもやはり今日は彼といたい。
夕食前の彼からの抱擁はご飯を作るという使命があったから少し妥協した。
だが一年間で溜め込んだ、積もり積もった想いは数分や数時間、ましてや一日で満たされるはずがない。
一日かけても足りていないというのに、数時間で今日はお別れというのは納得できるはずがない。
そう思ってか、もう一度彼に触れたくなって、今度は彼の額にキスをした。
彼はうーんと、少し反応したが、起きた様子は全く見られない。
またすぐにスースーと静かに寝息をたてて、眠っている。

「本当に、コイツは幸せ者ね。何が不幸な男、よ。私にこんなに想われる男なんて、幸せよ。…そして、コイツに想われる私も幸せ者ね」

彼は根っからの不幸体質であると同時に、根っからのフラグ体質でもある。
それに彼の持ち前の天然の優しさに、やたらとくさいセリフばかりの説教、おまけに超がつくほどの鈍感。
そんな彼を射止められたのはラッキーだった。
ちゃんと捕まえたらこっちを見てくれるし、偶にの"外"での出来事で今までいなかったけど、そうでなければ極力そばにもいてくれる。
自分のことを真剣に考えて、想って、愛してくれる。
一生心変わりせずに愛してくれるという誓約もしてくれた。
今首にかけてるネックレスはその証。
だから、自分もとっても幸せ者。

「じゃあ起きた時のためにやるべきことをやっておくかな」

台所に残したままの仕事を片付けに、一旦彼のそばから離れた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー