神様のいたずら
九月のある日、上条当麻はポツンと立つジュースの自販機の前で呆然と立ち尽くしている。
さっき確かに二千円札を自販機に滑り込ませた。それなのに、一体どうして
自販機は何の反応も見せないのか。はぁ、何というか……不幸だ。
がっくりと肩を落とす上条の後ろからがりっと革靴の足音が聞こえた。
「ねぇ、アンタ何してんのよ」
背後から御坂美琴が声をかけてきた。
「あぁ、今しがたこの自販機に二千円をのまれたんだ」
「ハァ?あんたこの間も同じことやってたじゃないの」
「ん~、そうだったなぁ」
「アンタ大丈夫?」
「ああ。多分いつも通りだ」
「ま、いいわ。仕方ないからやってあげる」
美琴は自販機の正面に立ち、右手の掌をゆっくりと硬貨の投入口へ突き付ける。
「おい、何するつもりだ」
瞬間、美琴の掌から青白い火花が飛びだし自販機に直撃した。
自販機からは黒い煙が噴き出てくる。
上条は青ざめた。
そして驚愕した。
「お前何だそれは!自販機が壊れちまったじゃねぇか!」
「何って言われても電撃は電撃じゃない。あんた本当に変よ。どうせまた
何かあったんでしょ。正直に言いなさい」
「どうしても言わなきゃならないのか」
「アンタ隠し通せるとでも思ってるの?」
(もうこれは白状するしかない……)
美琴は不安そうな表情で上条を窺っている。
暫く上条は押し黙っていたが、覚悟を決めたような顔つきになり、
美琴のほうへ顔を向けた。
「えっと………本当は言いたくないんだけど、実は、今日以前の記憶が無いみたいなんだ。
自分のことも君のことも何も覚えていない」
(うそ………)
美琴は想像し得ないほどの喪失感を覚えた。立っているのもままならないほど
美琴にとっては衝撃的な告白だった。
悲しみが込み上げてきた。
表情が崩れてしまいそうだった。
しかし、記憶を失った上条だって同じような境遇にあるのではないか。
それでも上条は臆さずにいる。
だから、ここで悲しみを顔に出すべきではないと美琴は思った。
上条は美琴の様子を見ていた。記憶喪失であることを告げた瞬間、
美琴の表情からは悲しみが見てとれた。自分のせいでこの子は
傷ついてしまったのだとわかった。この子にこんな表情をさせてしまったということに
心の奥底を揺り動かされたような気がした。
(つまり、今回は私がアンタを助ければいいのね)
「それじゃあアンタはいろいろ困ってるってわけだ」
美琴は空元気を出した。
上条にとって、記憶喪失のことを知っても自分のために明るく振舞ってくれる人間は
とてもありがたいものだった。
「ああ。正直困ってたところだ。記憶喪失はできれば隠しておきたいんだけど
それだと自分のことすら一切分からなくてさ。
だからもし良かったら俺のことと君のことを教えてくれないか」
「アンタは隠しておきたかったのね。だかささっき話を合わせてたのか。
それはそれとして、じゃあ、まず自己紹介しなきゃね。私は御坂美琴。そしてアンタは上条当麻」
「俺は御坂と同級生なのか?」
「違うわ。私は中学生でアンタは高校生よ」
「確かその制服は常盤台中学のだよな。俺たちはどういうきっかけで知り合ったんだ?」
「んーと。じゃあそれも込みで一回やってみるか。アンタは右手をこうやって前に突き出して」
「何するんだ?」
「私は超能力者の電撃使い。そして、アンタは―――――」
美琴の茶色い髪が電極のようにバチンと火花を散らす。
前髪から角のように青白い火花が散った瞬間、槍の如く一直線に雷が襲いかかってきた。
そして上条の右手に激突した雷撃の槍は、吹き飛んだ。
「―――――アンタは無能力者。で、その無能力者にどうして私の電撃が効かないのかしらね」
なぜだかはさっぱりわからないが、おれの右手は御坂美琴が放った雷撃の槍を消し飛ばしたようだ。
内心死ぬかと思ったぜ。御坂は随分慣れたような感じだったな。
俺は御坂とこうして戦闘を繰り返す仲だったということか。
俺、きっと嫌われてるんだろうなぁ。はぁ………不幸だ。
「なぁ、御坂。俺たちってどういう関係だったんだ?」
(突然何を言い出すのよアンタはー!!
そういえばアイツは私のことどう思ってたんだろう。
私、何回もアイツにケンカ売って攻撃して、………。
良く思われてたはずはないわよね。
何で私嫌われるようなことばっかりしてたんだろう)
黙りこくってしまった美琴に上条は当惑した。
何か言わなければ、そう思って
「友達、だったか?」
「友達かぁ………。ねぇ、私はアンタの友達になってもいいのかな?」
美琴は平坦な声で言った。
「いや、こちらこそ。御坂との思い出は何一つ思い出せないけど、そんな俺でよかったら」
「それは気にしなくていいの。アンタが悪いわけじゃないんだから」
どうやら嫌われているわけではないようだ、と上条は安心した。
ふと上条は思った。
「御坂は前も俺のことをアンタって呼んでたのか?
せっかく友達になったんだから名前で呼んでくれよ。
特に御坂は初めての友達なんだから」
「で、でも、いきなりそんなこと言われたって………恥ずかしいもん」
美琴は頬を朱に染めて下を向いてしまった。
(恥ずかしいのか。うーん、どうしたものか)
上条にとってこれは譲れないのだ。仲の良い人同士は互いに名前で呼び合うもので、
代名詞は使わない、という知識があったから。
「御坂が恥ずかしいっていうんなら、俺がまず恥ずかしいことをしてやる。
何がいいかな…………そうだなぁ、これから御坂のことを下の名前で呼ぶってのはどうだ」
「わかった。じゃあ先にアンタからね」
「よし、いくぞ」
「………………………」
「………………………?」
上条は辺りをキョロキョロ見回したり、もじもじしたりと挙動不審である。
「どうしたのよ?」
本来この程度の行為、上条にとって全然恥ずかしいものではない。
ある程度長い付き合いの人が呼び方を変えるというわけでもないし、
躊躇することはないはずだ。しかし、なぜだか、恥ずかしいのだ。
「い、今言うぞ。……………………美琴?」
「何で上げ調子なのよ」
「いや、とにかく言ったぞ。交代だ!」
今度は美琴が困惑した。
(ど、どうしよう………。名前だから『上条』か『当麻』よね。
『上条』はさすがによそよそしいか。アイツだって私のこと美琴って呼んでくれたもんね。
だったらやっぱり………いや、でも、……う~ん、言うしかないか……)
「と………う、ま」
美琴は耳の先まで真っ赤になってしまった。
(こ、これは……可愛い!
いかんいかん、もっといじめたいなどというう邪な感情が……!)
「え?聞こえないなぁ」
「な、なにーっ!!また言わなきゃいけないわけ?」
「ああ、そうしてくれ」
「じゃあいくわよ、………と、とうま」
「お、おう」
(やっぱり、恥ずかしい/// 私、もうここにいるの無理………)
「わ、私、ちょっと大事な用事の急用を思い出したんだった、じゃあねーっ!」
美琴は我を忘れてほんの数メートルでトップスピードに乗り、消えるように去っていった。
「なんだ。もう帰っちまったのか。しかしまぁ、今日は友達ができてよかった。
俺、幸せ者だな。もうすぐ夜だし帰るとするか」
どこに?
帰る家を思い出せないこの少年はやっぱり不幸だった。
☆
所変わってここは美琴と黒子の相部屋である。
美琴は部屋に入るや否やベッドに身を預けた。
「恥ずかしくなって逃げちゃった……
けどアイツは、もとい、当麻は記憶喪失で困ってて不安だったんだし
もう少し一緒にいてあげた方が良かったかな。
ああ、そっか………当麻は私のこと忘れちゃったんだ………
当麻、ねぇ、当麻。私は当麻に命を助けてもらったのよ。
妹達の事件はやっぱり辛かったけど、当麻が助けてくれたっていうことは大切な思い出。
当麻は『私とその周りの世界を守る』って約束もしたわよね。
でも覚えてないわよね。
まったく、何に巻き込まれれば記憶喪失なんかになるのよ、ねぇ、当麻ぁ……」
悲しみを抑えるなんて、できなかった。
美琴は枕に顔を押し付けて嗚咽を漏らした。
しばらくすると感情の波は少し穏やかになった。
「やっと分かったわ。アイツがいないと私はダメなんだ。いつの間にか
アイツの存在は私の中でどんどん大きくなってしまったのね」
大切なものは失って初めてその価値が分かるものである。
美琴の場合は完全に失ったわけではないから、失った時の悲しみは半減された。
だからこそ冷静に考えをまとめることができているのだ。
美琴は以前の自分を顧みていた。
以前の美琴は事あるごとに上条につっかかり、電撃を浴びせてきた。
(こんなやつ、嫌われるどころか怖がられるわよね。
やっぱりあいつだって怖かったんだろうなぁ。もし右手で防ぐことができなかったら
アイツは、あのときみたいに……)
一つ一つ思い出を振り返っていくと、気になることがあった。
盛夏祭のとき、バイオリンの独奏を控えて緊張していた美琴に、上条は
随分他人行儀な言葉遣いで話しかけていたのだ。
「あのときは私のことを笑いに来たんだって思ったけど、もしかしてあの時
当麻は記憶喪失だったのかな。
別の日には『誰だコイツ』って言われたなぁ。これも記憶喪失と関係していたのかもしれないし、
そうじゃなかったのかもしれない。もう本人に聞いたってわかることじゃない。
もし仮に記憶喪失だったとしても、当麻は他の人に相談したりはしなかっただろうなぁ。
当麻は何でも一人で抱え込んじゃうんだもの………」
美琴は考えた。そんな上条の力になるにはどうすればいのかを。
「そうだ。当麻が生活に困らないように学園都市の案内をしてあげよう」
早速明日、と思ってメールを作成しはじめた。
「あれ?これってデート………!い、いや、デートじゃないわ。
当麻のために案内するだけなんだから」
美琴が帰ってきたとき、声をかけるタイミングを逃してしまった白井黒子は自分のベッドで
狸寝入りをして美琴の独り言を聞いていた。
美琴は今後もそのことを知ることはない。
☆
上条は仕方なく辺りを適当にぶらついていた。
ふと財布の中のレシートに目を通してみた。
「これは食い物買いすぎだよな?」
とそこで上条は美琴を見つけた。
先ほど美琴が走り去った方向とは正反対の場所にいたのに
上条はそんなことは全く考えなかった。
「おーい、美琴ー!」
「ミサカは美琴ではありません、とミサカは飽きれた口調で答えます」
「何言ってんだ?お前は美琴だろ。そういやそのゴーグルさっきはつけてなかったな」
「あなたは記憶喪失にでもなったのですか、とミサカは本気で心配します」
「何かよくわからんが君は美琴じゃないのか」
「学園都市で七人しか存在しないレベル5、お姉様の量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン
――妹達ですよ、とミサカは答えます」
「ってことは君以外にもたくさんいるのか」
「その通りです。私たちは―――――――――
こうして上条は、以前の自分が美琴、そして妹達を助けるために学園都市最強の超能力者
一方通行と死闘を繰り広げたことを知った。
上条はこの出来事を知ったことで、以前の自分の信念や思想を少しつかむことができた。
そして、それらは現在の自分のものとさほど変わりないように思えた。
「俺は俺、ってことか」
そして、上条は最大の懸案事項を思い出した。
「なぁ、俺んち知ってるか?」
☆
上条はやっとのことで家に着いた。
「おかえりとうまー」
「おう、ただいまインデックス」
御坂妹に家を教えてもらうついでに家庭の事情も教えてもらっていた。
なんでもインデックスとかいうシスターを居候させているらしい。
「とうま、おなかへった」
「冷蔵庫に何かなかったか?」
「とうま、何も買ってきてないの?なんで?私はこんなにおなかがすいてるのに!!」
「ご、ごめんなさいっ」
「もういいもん!小萌のところに行ってくる!」
インデックスは家を出ていってしまった。
あいつのせいでウチの家計は火の車なんだろうなぁ。
妙にしみじみとしていると携帯の着信音が鳴った。
美琴からのメールだ。
『明日もし当麻がヒマだったら私がこの辺を案内してあげる
あと、困ったことがあったらちゃんと私に相談しなさい』
なるほど、それはありがたい。
「明日はいつどこに集合?っと」
『じゃあ11時に今日の自販機前でいいかしら?』
☆
午前10時30分。
美琴、自販機前に到着。
「ちょっと早く来すぎたかしら。なんか当麻って時間ギリギリに来そうな感じよね」
美琴は今日の計画をばっちり立ててきた。
上条の持っていない情報をたくさん教えてあげられるようにいろいろ考えた。
午前10時58分。
上条到着。
「当麻!ちゃんと時間守れたじゃない。偉い偉い」
「待たせちまってゴメン。美琴は俺のこと普通に呼べるようになったんだな」
「あ、本当だ。慣れって怖いわねぇ~」
「で、今日はどこに連れてってくれるんだ?」
「まずは、ゲームセンターね!」
ゲームセンターに到着した二人はシューティングゲームで対戦したり
UFOキャッチャーで人形を捕ったりして楽しんだ。
「私はゲームセンターが結構好きなの。当麻は知らないと思うけど私はゲームセンターのコインを
武器にして戦うこともあるわ」
「それはゲーセン好きかどうかは関係ないんじゃねえのか?」
「じゃあ私がゲーセン好きであることを証明してみせるわ」
「へぇ、どうやって?俺と対戦でもするか?」
「アンタ自信満々ね。じゃあDanceDanceEvolutionで勝負よ!」
※DanceDanceEvolutionは足で踏んでプレイする音ゲーである。
「勝負するからにはフェアプレイ精神で行くわ。私もやったことない新曲があったらそれで。
え~と、あった!『only my railgun』!これは今月の新作よ」
「よし、わかった。まず美琴からやってくれ」
美琴は所定の位置にスタンバイした。
そして、流れるような華麗なステップ。最高レベルの譜面をいとも簡単に攻略していく。
上条は華麗なダンスを踊る美琴に釘付けだった。時々制服のスカートがめくれあがって
短パンが見え隠れしていたがそんなことには気づかなかった。
いつの間にか美琴の周りにはたくさんの見物人が集まっていた。
曲終了と同時に拍手が沸き起こった。
「お前、こんな才能があったなんて………」
上条が負けたのはいうまでもない。
「当麻に勝った……!」
美琴はさっきから口癖のように繰り返す。
確かにあれには勝てない、と上条は思った。
「もうそろそろ昼飯食わないか?」
「もうそんな時間かぁ。じゃああれにしましょ」
美琴が指さしたのは一個ニ千円のホットドッグであった。
「に……にせんえん……」
上条は呆然とした。
「当麻はここで待ってて。私が買ってくるから」
「いや、いくらなんでもこの額をおごらせるわけには」
「いいのよ、これくらい。こういうのは断った方が気まずくなるのよ」
結局ニ千円分おごってもらった上条であった。
ベンチに腰掛けホットドッグを食べる。
「昨日はあの後どうだったの?」
「あの後は、御坂妹に会って妹達のこととか俺の家の場所とか教えてもらったんだ」
「なっ………なんでアイツが当麻の家を知ってるのよ。私だってまだ知らないのに」
「そういえばなぜだろう」
「当麻は妹達のことを知ったのよね。だったら私からも言いたいことがあるの」
「何だ?」
「私は妹達を助けるために死のうとしてた。そしたら、当麻がそれを止めて、その後
妹達を助けたの。当麻は覚えてないかもしれないけれど、私にとっては大切な思い出。
一生感謝してもし足りないぐらいのことをしてくれたのよ、当麻は」
美琴はどこか遠くを見つめている。このとき上条は自分が記憶喪失であることが腹立たしかった。
どうしてこんな大切なことを覚えていてあげられなかったのだろう。
上条はこの雰囲気を払拭したかった。
美琴の気持ちを無視するわけではないが、自分の知らないことについて
話をするのは辛いから。それに、折角なら楽しく過ごしたい。
「そっか…………。なぁ、美琴。鼻についてるマスタードは拭いとけよ」
んなっ!? と美琴の顔が真っ赤になった。食べかけのホットドッグを紙ナプキンで包んでベンチに置くと、
上条から顔を背けつつハンカチを使い、慌てて鼻の先についた汚れを拭き取ろうとする。だが、
「ひっ! ~~~~ッ!?」
今度は鼻を押さえて、美琴は足をバタバタと振り回した。
どうやら急いでマスタードを拭き取ろうとして、誤って鼻の粘膜にマスタードがくっついたらしい。
「あー……大丈夫か?」
上条も美琴に倣って紙ナプキンで自分のホットドッグを包んでベンチに置いた。
(こ、これはデジャブ…………!)
美琴は自分のホットドッグを上条のものから離した。
「だ、大丈夫よ。というか、別になんにも起きてないわよ」
どうやら彼女は、マスタードで無様に自爆した事そのものをなかった事にしたいらしい。
再び上条に向けた美琴の顔は、何もなかったかのように平静を装っている。ただしそれは表面上の話で、
よほどマスタードが鼻に効いたらしく、頬は赤くなり、唇を引き結んで目尻に涙が浮かびそうになるのを
必死にこらえていた。その肩もブルブルと震えている。
「そうかい」
上条はそう言ってホットドッグを食べ始めた。
美琴もホットドッグを手に取ろうとした。しかし、さっき自分が置いたところに
ホットドッグはなかった。代わりに食べかけのホットドッグがぽつんと一つ残されている。
「ア、アンタそれっ………!そのホットドッグ!!」
「な、どうしたんだ?こっちが欲しいのか?」
「ベ、別に、何でもない………」
既に手遅れ。どちらを食べても同じことだった。
美琴は両手でホットドッグを掴むと、しばらくそれを眺めてから、
やがて小動物のように口へ含んだ。何かその顔が赤くなっている。
「なぁ、美琴。次はどこに連れて行ってくれるんだ?」
「次はね、遊園地!」
こうして二人の一日は過ぎてゆく。
午後6時。
「どう?今日はいろいろ楽しいものを見られたでしょ?」
「ああ、楽しかった。よかったらまた案内してくれ」
「じゃあ、来週にする?」
「わかった。楽しみにしておくよ」
じゃあね、と手を振りながら美琴は去っていった。
☆
次の日、上条は隣人・土御門元春と共に登校していた。
「なぁ、カミやん。昨日は何で補習サボったんだ?
また厄介事に巻き込まれたかにゃー?」
「そんなところだ」
「ふーん。カミやんも大変だにゃー」
と、上条の目の前に突然ツインテールの女の子が現れた。
「な、何だ??」
「あなた、ちょっとこちらへ来て下さいまし」
「え?おい、今から学校……」
「やれやれ、また女の子か。フラグ男も大変だぜい」
上条は路地裏まで連れられた。
「あなたは私のことをご存知ですか?」
「ああ、知ってる」
「嘘おっしゃい。私はお姉様から、御坂美琴からすべて聞いておりますの。
私は白井黒子。お姉様のルームメイトですの」
「で、その白井が何の用だ?」
「あなたには伝えておきたいことがありますの。記憶喪失になる前のあなたは
ある方と約束をされていたそうですわ。その約束は
『御坂美琴と彼女の周りの世界を守る』
あなたは忘れてしまったでしょうけれど、その約束をされた方にもお姉様にも
悪いので一応伝えにきましたの。…………悔しいですけれどあなたはお姉様の
心の支えになっていると認めざるを得ませんわ。
ですから、今後ともお姉様のことをよろしくお願いします。それでは」
それだけ一気に言うと、白井は消えてしまった。
美琴にとって、レベルに関係なく接することのできる上条と白井はとても大切な
仲間なのだが、そんな事情を上条はしらない。
(俺は、やっぱり大切なことを忘れてしまったんだなあ)
そして、上条はやはり記憶喪失になったことを後悔するのであった。
土御門とはぐれたせいため学校の場所が分からない上条は今、病院にいる。
本人はしらないが、上条の名前は院内では知れ渡っている。
ここは上条当麻御用達の病院である。
上条は記憶がないままでも何とかやっていこうと最初は思っていた。
しかし、御坂美琴にまつわる記憶だけでさえとても大切なものだった。
だから、全ての記憶を取り戻したいと思った。
「おや、また君か。今度は何だい?」
カエルみたいな顔の医者が話しかけてきた。
「記憶喪失ってここで治せますか?」
「僕を誰だと思っているんだい?」
それは、とても頼もしい言葉だった。
☆
日付は変わって今日は美琴が街を案内してくれる日である。
上条はこの日を待ちわびていた。集合時間の三十分前についた。
しかしそこにはすでに美琴が待っていた。
「あら、当麻早かったわね」
「もしかしてこの前もこんなに早く来て待っててくれたのか?」
「うん。だって私楽しみにしてたから」
上条は何とも言えない心地良さに包まれていた。
「ちょっと俺の話を聞いてくれ」
そう言って上条はベンチに腰かけた。
美琴もそれに倣って上条の隣に座った。
「俺、この間の放課後に自販機のあたりを歩いてたんだ。そしたら、
後ろから小学生ぐらいの子が自転車でこっちに向かってきたんだ。
あれはきっとブレーキが利かなかったんだと思う。そのまま突っ立ってたら
直撃必至だったから脇に避けたんだ。その時、空き缶を踏んづけて
自販機の角に後頭部を強打して、それで気絶した。
そのあと、起きたら何も覚えてなかった。んで、自販機に二千円を呑まれた
ところで声をかけられたんだ」
「ふーん。それで当麻は記憶喪失になったのか」
「ああ、そうなんだ」
「でも何で頭を打つ前の話を覚えてるの?
…………って、あーっ!!アンタ記憶戻ったんでしょ!
それならそうと早く言えやゴルァァアアア!!!」
体中からバチバチ言わせる美琴を上条がなだめる。
「ご、ごめんなさーい!!」
しばらくして美琴は落ち着きを取り戻した。
「それにしても"アンタ"、記憶戻ったのね。本当、良かったわ………」
そう。それは良かったのだ。ただ、残念なことがあるとすれば、
今こうして二人が集まることが何の意味ももたなくなってしまったということだ。
「俺が記憶を失くしていた間、辛い思いをさせてしまったよな。
ごめん。あと、俺のこと気遣ってくれてありがとう」
美琴にとってこの数日は貴重なものだった。
上条当麻という存在の大切さ、そして上条当麻がいなければ
自分はダメなのだということがわかった。
「変なこと言うけど、俺、記憶喪失になってよかったと思っている。
ここ数日は一緒にいる時間が多くて、なぜか分からないけど幸せだなあって思った」
「なぁ、"美琴"」
「…………!!」
「今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」