のち晴れ 2 中編
二日後、俺は土御門と青髪ピアスの二人と休日を過ごしていた。
休日を過ごす、とはいったものの、男三人で遊びに来ているわけではない。
そうした方が多少気分が晴れる、それも分かるが、とても気分を晴らすテンションが俺には無い。
そして、俺以外が乗り気ではない事も、重々承知で今日はこの場所に来た。
その場所は、
「カミやん、オレたちがなんでこんなファンシー空間なところにいるのかにゃー」
可愛らしい装飾で彩られたぬいぐるみ売り場だ。
そこに、男三人で入店した。
「カミやーん、僕らに全くもって似合わない場所すぎへーん?」
場違いな事はよく分かってる。
青髪ピアスの気持ちも土御門の気持ちもよく分かる。
こんな場所、俺も一生縁がないと思っていたところだ。
少なくとも御坂の事を好きになってしまうまでは。
「仕方ないだろ、姫神も、吹寄も、挙句、小萌先生までいそがしいってんだから」
今日のため全員に今日の予定を聞いたが、全員が首をそろえて忙しい、との返事だった。
予定を聞けば、姫神は出かけの用事、小萌先生は研究の発表会議の準備らしい。
吹寄には休日まで貴様に使う時間は無いといわれた、予定じゃないだろ、それ。
御坂妹はどうだろうと思ったが、今日出かけて土御門達を待っているとき
打ち止めとサブマシンガン片手に追いかけっこをしていた。
打ち止めがやけにハイテンションだったので打ち止めがまた何か奪ったのだろう。
結果、野郎三人でこのファンシー空間に突撃したわけだ。
「頼むよ、俺を助けると思ってさ」
神様にお願いするように手を合わせて二人に拝む。
神様なんて信じちゃいないが、今は神にでも祈る気持ちだった。
「でもにゃー、カミやんを手伝うとろくなことにならんしにゃー」
それはこっちのセリフだぞ土御門君。
……仕方ない、こうなれば、
「この前、舞夏にあったとき、アイツ、こういうの欲しがってたなぁ」
瞬間、土御門の表情が変わり、
「カミやん、このオレ土御門元春に任せてくれい」
普段からはありえない爽やかな声を掛けられ手を握られる。
舞夏を餌にすれば引っかかると思った俺の勘は当たったらしい、内心ニヤリとする。
今度は、チラリと青髪ピアスを見る。
青髪ピアスは余裕の表情で俺を見ていた。
「ふっ……カミやん、ツッチーはそれで釣れるかもしれへんけど、この僕―――」
「小さい女の子もそうだけど、最近結構こういうの流行りらしいし
小萌先生が持ってたら似合うんじゃねーかなー」
「――――はもちろんカミやんの味方やで、僕らの友情は永久不滅や~!」
はっはっはと一般人が見たら軽く引くテンションで俺たちは入店した。
「……で?カミやんは愛しの美琴ちゃんのために何を買ってあげたいのかにゃー」
入店五分後、ぬいぐるみとにらみ合っている俺に土御門が問いかけてきた。
「何で名前知ってんだよ」
「ふふ、カミやんオレの情報網を舐めたらいかんぜよ。
常盤台といえば、かの有名なお嬢様学校、カミやんでなくとも興味はあるにゃー
ちょーっと調べれば、カミやんの想い人が誰なのか、丸分かりだぜい」
そうだった、土御門は多重スパイなのだ。
調べようと思えば、学園都市の裏だろうがいくらでも調べられるという事か。
どんなことでも、と考えが行き着き、慌ててしまう。
そんなことを考えている俺を気にせず土御門は話を続けた。
「しかも、あの超電磁砲・御坂美琴、学園都市が誇るレベル5となれば
名前だけじゃなく、いたるところで有名ぜよ」
「えーーーー!!あの娘、レベル5やったん!?」
反応を示したのは青髪ピアスだ。
声に驚いた周囲の客が迷惑そうな眼で俺たちを見る。
頼むから、目立たないでくれ、ただでさえ目立つんだから。
「有名……?」
「そう、一位の『一方通行』、二位の『未元物質』は、七人七様に名前だけなら有名にゃー。
だけど、その中でも特に露出が高いのは三位の『超電磁砲』。
所属の学校はもちろん、容姿もはっきりしてるし、目撃情報も多いにゃー。
ネットなんかじゃかなりの知名度だぜい」
「それで?」
「電気系の能力ってことでかなりポピュラーだし
レベル1からレベル5へ登りつめた事も、彼女が憧れの対象である事は当然ぜよ。
んでもって、可愛いとなれば?」
「と、なれば?」
突然、土御門がお手上げのポーズをとった。
「容姿端麗、才色兼備のスーパーお嬢様。
これで、憧れ以上の感情を持たない男がいるか?」
そこで、一旦言葉を切り、俺を見るとにやりと笑う。
「答えはノーだぜい。
倍率は当然高いだろうし、同じように才色兼備なお坊ちゃんがお似合いだろうにゃー
好きになるのは自由だけど
カミやんみたいな無能力者は釣り合いどころか相手にもされないってのが筋ってもんだぜい」
それでもいいのか、とでも言うように土御門は腰に手を当て俺を見下ろした。
どんな態勢であれ土御門は俺よりの長身なので自然と見下ろす形になるのだが
本人はそれを考慮してしているかは分からない。
「…………」
「カミやん?」
黙ってしまった俺の視界にぬっと青髪ピアスが現れる。
すこし、心配そうな表情だが気のせいかもしれない。
俺は、その大男を右手で退けると、出口に向かい足を動き始めた。
「カミやーん、何もこうてへんけど、ええの~?」
ゆっくりと、俺は振り返る。
「帰るよ、悪いな、休みの日につき合わせて」
それだけ告げて、足を引き摺るようにして店を出た。
帰路、肩を落として歩く。
「釣り合い、か……」
土御門の言った事は、正論かもしれない。
好きになるのは個人の自由、子供といえど、それはもちろんその通り。
好きなるのが年下だろうが年上だろうが、外国人でも、距離は関係ない。
テレビで見かけた芸能人を好きなるのも、地位だって関係ない。
許さないのは、環境……だろうか。
周りの人間が歳、地位、そこの決まりがそれを拒否する。
御坂と俺であれば、そこまで環境は壁を作らないだろう。
学園都市であろうと、一生そこで暮らすわけではない。
成人して、一定のカリキュラムを終えて、実験終了、教育課程の終わりがこれば
後は多少の制約があれど自由に生きていく事ができる。
大人だって、別に御坂がどこぞの皇居の娘でもないのだし、常盤台から出てしまえば
お嬢様のレッテルは剥がれる、だろう。
御坂も普通の学生と大差は無くなるはずだ、誰と付き合おうが度を越えないものなら
たとえ御坂に恋人が出来ても(相手は考えない事にするが)気にしない。
多分、とやかく言ってくるのは、御坂と俺の同年代の学生たちだろう。
土御門が言うように御坂は普通の女生徒と比べれば、贔屓目に見ても可愛い部類だ。
好き嫌い関係なく、それは言えるだろう。
自分と同じように御坂に憧れ以上の感情を抱いたものたちのことを考えてみる。
そこで、去年の夏休みの事が回想される。
(海原の奴も、悩んでたんだろうか)
俺を襲った別人の皮を被ったアステカの魔術師。
俺が御坂と関わった事で、御坂と敵対しなければいけなくなってしまった魔術師。
俺とは比べ物にならないほどの苦痛や悩みを抱えていたに違いない。
スパイとして学園都市にいたあの魔術師は俺以上に科学サイドにいる御坂とは相容れてはいけない、遠い存在だ。
よく、耐えてこれたものだと思う。
そして、俺はそんな奴と約束を交わした。
(御坂美琴とその周りの世界を守る)
夏休み最終日、鉄骨の下敷きになりながらも、誓った約束。
海原に強制的に交わさせられたものではなく、俺自身が決めた誓いだ。
今、その約束は守られているだろうか。
俺がしてしまった事は、御坂を悲しませたものなのか、それならば俺は守れていない事になる。
それとも……、
「あー!だめだー!こんなの俺の性にあわねぇっつの!」
悩むのは全く性にあわない、俺は考える事をやめた。
思わず叫んでしまったが、幸い通りには誰も通っていないので気にしない。
意識を辺りに戻すと見慣れた駐輪場が見えてきた、寮まではあと少しだ。
ゆっくりと階段まで近づき、これからどうしようと暇になってしまった時間をどう使おうか考える。
外に出れば御坂に会ってしまうかもしれない、かといって部屋ですることもない。
同居人だったインデックスも今はもう部屋にはいないので話し相手もいない。
このままでは引き篭もりの根暗男になってしまいかねない気がした。
「…………なんとかしないとな」
寮の部屋の玄関まで着いて、鍵を探しながら呟く。
「あれ……?」
探し物は一向に見つからない。
相当ポケットの奥深くにいれてしまったのかと思い奥に手を突っ込むが感触はない。
「まさか……なぁ」
財布の中も確かめてみる。
相変わらずコンパクトで厚みはなく重みもなければ鍵の形状の盛り上がりもない。
「嘘だろ……?」
そりゃないぜ神様、恋愛での自信をなくすだけでなく、鍵までなくすなんて。
酷すぎです、不幸だー……と、いつもの口癖を言ってみる。
しかし、おどけている場合ではない、このままでは管理人に鍵の弁償もしなければならなくなる。
いくらそこまで高くなくとも鍵は鍵、管理不足となると色々不味い。
鍵などに生活費を割いているほど楽な暮らしではないのだ。
どこやっちまったかなぁ、などと考えながら寮から離れ、歩いてきた道を戻ることにする。
流石にまだ拾われていないだろう。
前言撤回だ、楽観的過ぎた。
鍵なんてどこにも落ちてやしなかった。
途中で青髪ピアス、土御門にも会ったのだが、鍵らしきものは見ていないとの事。
「結局買いにきたんかい?うぷぷ、恥ずかしがりやな~カミやん」
会った時、鍵を落とした事を嘘だと思ったのか、青髪ピアスに笑われたので
一発分殴っておいた、殴られたのに笑ってやがった、そっちに目覚めている事は知っていたが
男にされてまでとは、予想外だった、気持ち悪いものを見てしまった。
土御門にも苦笑いされていたが、無視する事にした。
その後管理人にも事情を話したが、管理人のおっさんは思ったよりも優しく接してくれた
なくしたことを正直に言うと俺が不幸な事を知っているようで一応気をつけるように言って予備の鍵を渡してくれた。
人間外見で判断しちゃいけないなと再認識させられた。
……携帯を開く、時刻は夜七時半、かなりの時間探していたようだ。
「疲れた……」
エレベーターに乗って少しは楽しよう、いいだろそれくらい。
寮のエレベーターに乗ると決まって降りる階の一つ上か下で止まるか、壊れるので
普段は絶対乗らないようにしているのだが、今日はもういい、乗ってやる。
「…………」
ボタンを押す。
カチッと音はするが、エレベーターが動いた音がしない。
「………………」
カチッカチッカチッと三回押す、しかし反応は無い。
「………………………………」
今回は乗る前に壊れていたようだ。
断じて俺のせいじゃない、絶対にだ。
「不幸だ……」
エレベーターにすら見放され肩を落として、階段を使う。
一段一段が妙に高く感じる。
「……あれ?」
階段を上がり、自分の部屋がある階までつくと人影に気付く。
俺の部屋のドアの前に誰かが背を預けていた、誰なのか明かりがなくて分からない。
月が雲で隠れてしまっているのも見えない理由だろう。
階を確認する、確かに俺の部屋があるはずの階なのだが。
誰かの部屋と間違えているのだろう、声をかけようとすると、雲が動いたおかげで月明かりが入ってきたらしい
少し周りが明かるくなる。
そこで、
「……………!」
慌てて階段を降りる、降りるというよりは転げ落ちたといった方が正しいだろう。
自分でも驚くべき瞬発力だ。
しかし、それに驚いている場合ではない、驚くべきは俺の部屋の前で待っていた人物だ。
(な……なんでだ!?)
見覚えのある茶色の髪、みたことのある制服。
(なんで、御坂が!?)
間違うはずもない、御坂美琴が俺の部屋の前にたっていた。
可笑しい、あまりにも不可思議だ。
なぜ、御坂が俺の部屋を知っているのか。
記憶をなくして早一年。
その間に俺の部屋を訪れた人間は多くいる。
だが、その中に御坂はいない、一度も部屋に誘った事もないし訪れるような用事もなかった。
(何でばれたんだ!?教えた事、ないよな……)
それとも学園都市のデータをハッキングして住所を調べたのだろうか。
(何が目的だ?)
まさか、俺への報復なのか。
(仮定だが)ハッキングをしてまで住所を調べて。
やはり、あの日のことを根に持っているのか、だから待ち伏せをして、俺を亡き者にしようとしているのか。
(ありえるのが、怖いな……)
会うたびに電撃を飛ばすようなお嬢様だ、可能性は十分にあった。
(ま、まずはここから離れねば!)
理由がどうあれ向こうから会いに来たのは、自分から会えない俺としてはチャンスだ。
あっていきなり攻撃はしてこないだろうし、話し合う猶予くらいは与えられる、はず。
しかし、そんな度胸がまだ俺には無い。
御坂が何を考えているか分からないし、俺自身の気持ちがまだ整っていない。
とても部屋に誘って、御坂の話を聞いたり、まして告白など出来ない状態だ。
階段を今度は落ちないようにゆっくり降りていく。
どうか御坂が気付きませんように。
だが、神は俺をどうしても追い詰めたいらしかった。
「…………………」
ブーン、ブーン、ブーン………。
決して陽気な蜂さんが俺を元気付けるため(もしくは刺す為)近づいてきた音でもなければ
やけにでかい何食ってでかくなったんだ君はとでも言いたい耳障りなハエ君が
俺の耳元を飛び回っているわけでもない。
携帯電話だ。
発信相手は、
「御坂美琴……」
神様、私めが何をしたというんですか。
これに出なかったらその後の報復も相当だろう。
仕方なく、電話に出る。
通話ボタンを押すのを一度ためらうが、えぇいままよ、通話を開始する事にする。
『あ……でた……』
電話に出て第一声がそれですかお嬢様、というかでないと思っていたんですか。
「…………」
出ないかなと思っていたのなら電話を無視した方がよかったかもしれない。
『えぇっと、聞こえてる?』
聞こえなきゃ、誰と話してるつもりなんだ。
「…………」
『電話、出たなら、へ、返事……してよ』
なんで泣きそうなんだ、こいつ。
そんな不安そうな声出されたら、返事をするしかないじゃないですか。
「………もしもし」
もしかすると俺の思っていた用事とは違うのかもしれない。
今いるのは一番下の階だが、御坂の耳に俺の声が聞こえる可能性を考えて
移動しながら小さな声で返事をする。
『な、何で出たときにすぐ言わないのよ』
緊張してたからです、怖かったからですはい。
しかしそんなことは言えない。
「何か用か?」
御坂の言葉は無視して、まずは俺の最優先事項の確認だ。
俺の部屋の前で何をしているか聞き出さなければならない。
御坂が部屋の前に入るのを気付いてないふりをして、だが。
『あ、そうね、うん……えぇっと』
今日は意外と素直だ、珍しい。
『あのさ、アンタ、今日、いつ帰ってくるの?』
「何でそんな事聞くんだよ?」
突き放すように言ってみる。
『え?えっと……聞いちゃ、駄目なの?』
やばいな、可愛いぞ、耐えれるか俺。
「ま、いいや、今日は俺、部屋に帰らねーぞ」
『え、そうなの?どうして?』
「…………と、友達の家に泊まるんだよ、そういう計画立ててたからな」
『そっか……ど、どうしても家に帰れないの?』
帰りたいのは山々ですが、あなたが今いる場所を離れない限り私は帰れません。
「ちょっと無理だな、寮から遠いし」
『そう……うぅ……どうしよ……』
それから暫く、御坂の声が聞こえなくなった。
何か悩んでいる様子だが、御坂が今の場所から離れない限り
俺は何があろうと、そっちに行くとは言えない。
御坂が話さなかったのは一分ほどだ、それまでに何回か自分を言い聞かす声は出ていたが
よし、と呟くと一分ぶりに会話を始めた。
『わ、私、今アンタの部屋の前にいるんだけど……』
「……なんで知ってんだ?調べたのか?」
なるべく平静を装って言う。
多分御坂が俺の部屋の前にいる理由が分かる。
御坂は少し焦ったようで、言おうか逡巡して言葉をつまらすが
隠しても意味は無いと悟ったのかすぐに続けた。
『……アンタの友達が教えてくれたのよ、金髪の土御門って人、メイドの義妹がいる』
「……ふーん」
土御門の野郎、覚えて置けよ
『寮に帰ろうとした時に会って、ちょうどアンタに用があったから
アンタの寮の場所、教えてもらったのよ』
「そうか……でさ、用って何?」
まさか、超電磁砲のプレゼントとは言わないよな、言わないよね。
右手で打ち消せれるからって何やってもいいわけじゃないんです。
『……………直接あわなきゃ言えない』
なるほど、ダイレクトアタックという事ですか。
力で語らねばならないことなんですね、分かりたくないです御坂様。
しかし、ふざけている場合ではない、俺も腹をくくらねばならないという事だ、答えを出さなければいけない。
御坂もきっと、あんな事をした俺との事を解決しようと思ってきたのだ
俺は選択をする。
……逃げずにそれは答えなければいけない。
それが、俺を突き放す事でも、いつまでも苦しめるわけにはいかない。
「……………一週間後」
『…………?』
それは、決着の日の指定だ。
「今から一週間待ってくれ、それで俺も腹括る」
『え、腹括るって?な、何言ってんの?アンタ?』
伝わってないわけがない。
御坂には準備ができているはずだ。
「そのときに俺を煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
『に、煮る?焼く?』
「けど………そのときは、まず俺の話聞いてくれ」
俺はどうにでもしてくれていい、ただそれはなぜ御坂にキスをしてしまったか
その理由を伝えてからだ。
『はな、話!?ふぇ……えと……うん、分かった……』
「じゃぁな、今日はごめん」
『……………お、おやすみ、えっと……』
「ん?どうした?」
『またね、当麻』
それで、電話は切れた。
「……………………はい?」
最後の言葉は俺の幻聴だったのかもしれないが。
先ほどの電話に小さなもやもやを抱えたまま夜の学園都市を歩く。
今日は歩いてばかりだ、しかも同じ道を何度も往復しての、全く無駄だ。
けれど、違うのは俺の気持ち、テンションだろう。
朝のようにそわそわしたものでなく、昼のように緊張したものでもないし
夕方のように重いものなんかではない、少しだけ、軽い足取り。
その理由はもやもやと俺の今抱えているものへの期待でもあるに違いない。
(名前、呼んでたよな……)
挨拶をした後に聞いた呟き。
あれがもし幻聴だったとしても、俺の足取りを軽くするには十分な薬になった。
いや、それ以前にやはり声を聞けた事自体が嬉しかった。
数年間会っていなかった友人と久しぶりに再会したような気持ちに似ている気がする。
俺には記憶がないからその気持ちがどんなものか分からないし、言いすぎかもしれないが。
(……しかし、大丈夫ですかね、この時間に)
時刻はすでに夜の九時を回る頃。
これから人を訪ねるところだが、大丈夫だろうか心配になってしまう。
……訪ねる場所はあの常盤台中学の女子寮なのだから。
(つーか、一年前にはかなり遅いときに来たことあるから今更なんだけどな)
思い出したくない思い出だ。
同時に忘れてはいけない戦いだった。
ただ一人の大切な人達を救うための戦い、それに比べれば今の俺はとんでもなく
小さなことでこんな時間に、他人から見ればくだらない事をしようとしているもんだ。
まぁ、ただ一人の大切な人であることも変わらなければ
あるいみ俺にとっては死活問題なので気持ち的には切羽詰っているが
いかんせん緊張感に欠ける死活問題だよな、うん。
「……ついた」
相変わらず荘厳というか、自分には似合わない寮につく。
女子寮だから似合っても色々とまずい気がしないでもないけどな。
……どうでもいい事は考えないようにしよう、惨めになるだけだ。
寮門を通り、中に入る。
中はやっぱり常盤台女子寮、貧乏学生の男子寮とは違い小奇麗だ。
掃除をしてくれる人もいるだろうから金持ち学校はいいものだと思う。
「さて……と……呼び出ししますか」
インターホンに近づき、二〇八号室と書かれたボタンを押す。
カッチン、とプラスチックが押し込まれる音が聞こえ
しばらく返事は聞こえなかったが、ブツッと雑音が入りそれで繋がったことが分かる。
「……………」
相手からの返事を待つ。
他の学校寮の制度は知らないが、一年間で寮の部屋替えをする寮はあるだろうか。
素行が悪かったりしない限り三年間部屋は変わらないと思うのだが
あの二人が、どちらかといえば御坂が門限を毎日守るなんて思えない
下手したら部屋が変わってしまっている可能性もある。
部屋が変わっていなければ、御坂が出れば(御坂が帰ってきていればだが、ちゃんと帰ったんだろうか)
自分が誰か隠して届け物があるといって呼び出せば言い
その後届け物だけ置いてと逃げ出そう、白井であればそれもまた然り
渡すものがあるといって襲われないうちに逃げ出そう。うんそれがいい。
……唯一つの心配といえば御坂と鉢合わせにならないことだ。
『はい』
きた……。
間違いない、聞き覚えのある声、白井だ。
ごくっと唾を飲み込み、じっくり、ゆっくりと言葉をだす。
「夜分遅くすみません、こちら二〇八号室の白井黒子さんと御坂美琴さんのお部屋でよろしいでしょうか?」
『……はぁ、その通りですが、何か御用で?』
「その、お届けしたいものがあるのですが」
一瞬、返事に窮したのか会話が途切れるが、
『……?あぁ、なるほど』
白井には何か心当たりがあるらしい。
どういうことだろう、もしかしてバレたのか。
『もうしわけございませんが、お姉様はそういったもの、お受け取りになりませんわ』
「……へ?」
『最近多くて困っていますの、殿方からの贈り物』
「――――!」
どうやら、以前から御坂の部屋には男からプレゼントを贈られることが多いそうだ。
それに対して、御坂はいつも自分から出向いて丁重に断っているらしい。
「そう、ですか……すみません、失礼します」
流石に上条当麻ですけど御坂美琴さんにプレゼントしたいものがあります、なんていえない。
それをいえば、白井は烈火のごとく、鬼神のように怒り狂い俺を抹殺にかかるだろう。
なんていうか、白井とはとことん相性が悪い。
仕方ない、帰ろう、直接渡すしかないか。
『あぁ、そうそう……』
「?」
なんだろう、通信を切っていない、まだ伝えたい事があるのだろうか
白井はイタズラっぽく、くすくすと笑っていた。
……だが、おかしい、インターホン越しにこんなに笑い声はハッキリ聞こえるものなのか。
「お姉様に近づこうなど、百億年早いですわ、上条当麻さん?」
俺の真後ろで、聞きなれた事が聞こえた。
「しら……い!?」
空間移動、自身をテレポートし白井黒子は俺の真後ろに立ちはだかるように立っていた。
「……上条さん、やはりきましたわね」
白井の目は旧知の友人にあったかの様に優しく微笑んでいたが
口調は怒りに満ちた、親の敵に向けるようなきついものだった。
「……やっぱり、ばれてたか」
「あれで気付かない方が可笑しいですわ、甘く見すぎですの」
「それで?どうする気だよ」
流石に殺しはしないだろうが、俺は今かなりピンチに違いない。
白井は女の子といえども訓練された風紀委員、プロとはいえないが
格闘技にも自信はあるだろうし、俺なんて一ひねりだ、それこそ裏道に不良のように。
「そうですわね、今すぐにでも血祭りに上げたいところですが……
お聞きたい事があります、場所を変えませんこと?」
聞きたい事、それには大体見当がついていた
多分、俺が今悩んでいる事に直結する事だ。
俺は、迷う事もなく頷き、白井の後を追うことにした。
「……上条さん、率直にお聞きしたのですが、お姉様のことをどう思っていますの?」
連れてこられたのは御坂とよく出会う公園。
白井は着いて一も二もなく問いただした。
「いきなり核心だな……こいつはまいった」
俺はまいりました、とお手上げのポーズをとる。
白井はそれが癪に障ったのか、眉をひそめ、顔を曇らした。
「おふざけではありませんの、正直に答えて下さいな」
おふざけではない、それは分かっている、少し落ち着く時間が欲しかっただけだ。
一度息を吸い俺は、
「……好きだよ」
俺は、正直に答えた。
白井はたじろぐ事もなく、俺を見据えている。
「それは、友人として?それともお姉様を一人の女性としてお慕いしているということですの?」
「……後者だよ。俺は御坂の事を女の子として、好きなんだ。
付き合いたい、キスしたい、抱きしめたい、抱きたい……そう思ってる、変か?」
間髪入れず、答える。
「いいえ、全く持って変ではありませんし、貴方ほどの年頃でしたら
当然思うことですわ、それをわたくしがとやかく言う筋はありません、不純とは思いますが」
「お前が言えたことかよ?不純がどうとか」
冗談っぽく、少しからかう様に笑ってみる。
無論言った事は白井を怒らせようと思って言った訳ではない。
「わたくしはいいんですの」
白井も分かっているようだ、怒ってはこない。
「……そうか、まぁいいや、で?それを知ってどうすんだよ」
「……………」
俺の気持ちを知って焦っているのか、それとも知った上で俺に手を引けといいたいのか
白井は何を考えているのか分からないが、黙ってしまった。
「……俺は、本気だ、御坂を弄ぼうとか、陥れようだとか思っているわけじゃない」
白井が黙ってしまうなら仕方ない、俺は御坂に対する気持ちが
遊びじゃない事だけは知って欲しく、白井が口を開くまで話をする事にした。
「俺は、本当に、純粋に御坂と、好きな女の子と一緒にいたいんだ
御坂が無理だって言うんならきっぱり諦めるつもりだ、気持ちは何が何でも伝えるけどな」
「……」
俺は更に続ける。
「だから、俺に気持ちだけは絶対に伝える事はさせて欲しい、頼む」
俺は本当にそれだけは許して欲しくて、頭を下げ、話を終えた。
「……貴方は」
一分も経たないうちに白井が、口を開いた。
「貴方は以前、言いましたわね」
「……?」
「『御坂美琴とその周りの世界を守る』と」
あぁ、と思わず、声がもれた。
「言った、俺は御坂とその周りを守る、これは絶対だ」
「貴方は、この約束を、これから先、本当に守れますの?」
「……どういうことだ」
もちろん、俺はその約束を破るようなことはしないつもりだ、必ず守り、貫き通す。
アステカの魔術師、海原の皮を被った、御坂美琴を本気で好きだった男との
最初で最後の最大の約束だ、それを俺は破ると白井は思っているのだろうか。
白井を睨みつけるように見据える、白井は俺のほうを見ずに話を続けた。
「御坂美琴と、その周りの世界、つまり貴方は何よりもお姉様を守らなければなりません。
では、お姉様の周り全て人達とお姉様が窮地に立ったとき、貴方は、周りの世界を投げ打ってでも
お姉様を守りますの?」
「……なんだと?」
「貴方は、そうなった時、誰を守りますの?お姉様だけをとりますの?
それともお姉様を見捨てて、世界をとりますの、どちらか聞いているんです」
「…………」
俺は、答えない。
「貴方は、どうするんですの?お姉様をとれば周りの世界を失い
お姉様の支えが消えてしまう、かといって、世界をとれば、核となるお姉様を失う
どちらをとってもどちらも失う、貴方はこの選択を迫られた時どちらをとりますの!?」
「……はっ」
答えは、決まっているからだ。
「何を、笑って……!」
「そんなもん、どっちもに決まってんだろうが!」
「――――!?」
俺は吼える。
「どちらをとってもどちらも失う?
それならどっちも助けるしかねーじゃねぇか!
俺は御坂を失って悲しむ人がいるのなら御坂を救ってやるさ!
それで、周りの人が、笑ってくれるなら、絶対に御坂を失わせねぇ!」
失う事の痛みは知っているから。
誰にも何も失って欲しくないから。
「周りの人達を失って、御坂が悲しむんなら、俺はアイツを支える人達を絶対に助けてやる!
それで、御坂が笑ってくれるなら、生きていたいって思ってくれるなら、俺は諦めねぇ!」
「そんな事……できる……わけが……」
「やってるよ……どこにいようと、何が起きていようと、御坂が地獄の底にいるってんなら
助けてって言ってくれたなら……その気持ちが届いたなら、地獄の底から引き摺りあげてやるよ!」
俺にとって御坂は大切な人だから。
好き、嫌い以前に俺はアイツに笑っていて欲しいから。
「アイツの大切な人が地獄の底にいるんなら、その人達も必ず引きずりあげてやる!
俺は……御坂を……」
すぅっと大きく息を吸う。
「美琴を誰にも傷つけさせやしねぇ!」
全て言い終えて、俺は白井と向き合った。
「…………」
白井は黙って俺を見て、数秒後、ふぅっと溜息をついた。
「……安心しましたわ」
「……は?」
白井は穏やかに、笑っていた。
怒るのでもなく、悲しむわけでもなく、姉が弟を見るような、母が息子を見守るように優しく、笑っていた
「いつもなら、こんなお馬鹿な類人猿とお姉様が一緒なら八つ裂きですわ」
ですが、と白井は続ける。
「お姉様があれ程までにあなたに執着する理由が分かった気がしましたの。
わたくし、貴方を一ミクロンだけ信じてみようと思いますわ」
「一ミクロン………」
落胆するが、少しは前向きに見てもらえるということか。
ほっと安心し、胸をなでおろそうとした時、
「これから、貴方に猶予を与えます」
悪魔の審判が始まったらしい。
「………え?」
「これから二週間、わたくし、風紀委員の新人合宿の監督補佐をしなければなりませんの」
「は?」
淡々と語る白井に呆然とするしかない。
「その間、私が帰ってくるまでに、お姉様を素直にさせなければ、貴方を八つ裂きの刑に処しますの」
「…………え?」
つまり……俺は、これから二週間の間に御坂といちゃいちゃして
それを白井に見せ付けないと、
「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ですの♪」
「ええええええええええええええええ!!?」
ひどいよ神様、御坂は超がつくほど素直じゃないんだぜ。
俺の小さな悲鳴は神様に届いたかどうか分からない。