とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

12章

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12章 帰省2日目 父の想い


1月3日 AM7:10 晴れ


当麻「ん」

 パリン! という、何かが割れる音で上条の目が覚めた。
 南に面した古い障子窓から明るい日の光が差し込んでいて瞼を閉じていてもまぶしい。
 寒い冬にはこの上ない快適な朝である。しかし上条の頭は一向に冴えない。昨晩何だかんだで眠れなくて
午前5時頃まで起きていたのを覚えているから当たり前だろう。

当麻「寒い」

 もう少しだけ寝よう、などと明確に判断もできない寝惚けた頭で、隣にある温かく柔らかい物体に抱きつく。
 するとその物体もさわさわと抱きついてきたので、気をよくした上条は脚を絡め、頬ずりをしてみる。
 その物体はいたるところが柔らかく、良い匂いで、すべすべしていた。
 だんだん気持ち良くなってきて、そのままもう一度眠りに落ちていく。

美琴「ア・ン・タ・ねぇ」

 しかし、もう少しで夢の入り口に差し掛かろうかという時、震える声と爆ぜる電撃音が上条の耳を貫いた。
 この上ない最悪な目覚ましであったが、その分上条には絶大な効果があった。

当麻「ふが」

 重たい瞼をどうにか開けると、見慣れた制服姿に着替え済みの御坂美琴が天地逆さまに見えた。
 もちろん短パンは健在。

当麻(あれ、てことは?)

 今にもキレそうな美琴から視線を外し、自分が腕と脚を絡めて頬ずりして頭を撫でてやっているその物体を見やる。

乙姫「ん、おにーちゃ」
当麻「…………………………………………」

 それは未だ夢の中に居る従妹であった。
 上条から血の気が引く。

当麻「……こ、これこれ乙姫さんや、おにいちゃんの布団に勝手に入っちゃだめだろう?」
美琴「それ、乙姫ちゃんの布団でしょ?」
当麻「え? ……あっはは、またまた、御坂のお嬢さんってば冗談がお上手……で……?」

 上条は首を回して状況を確認する。
 部屋は元の和室だった。
 昨晩の夕飯の時に乙姫が「おにいちゃんだけ上の和室で寝るの? 寂しそうだから同じ部屋で寝てあげる」とか
申し出たのを思い出す。あの場に美琴が居たらどんな顔をしただろう。
 もう少しだけ首を回すと、上条が深夜まで寝ていた布団が見つかった。
 ということは今寝ている布団は確かに乙姫の物で間違いないだろう。
 全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。

当麻(ん?)

 背中に何かが当たる感触がして眼球を回すと、昨日奪われたゲコ太のぬいぐるみが寂しそうに独り横たわっていた。

当麻(ああ、そうか、そうだった。昨晩とことん眠れなくて、ぬいぐるみの匂いでも嗅ぎながら寝ようと乙姫の
   布団へ奪いにいったんだ。それで何だかんだで掴まって、ゲコ太代わりに抱きしめられて、抵抗してる
   間に眠くなって……)
美琴「目は覚めたかしら? 一応言い訳は聞いてあげるわよ」
当麻「…………言えませんごめんなさい」

 色んな意味で無理な内容である。
 上条は滑らかに土下座モードへ移行……しようとしたが、すぐに動きが止まる。
 ジタバタしても喚いても乙姫が離してくれないからだ。これでは出られない。
 決して男子の体に巻き起こる朝特有の退っ引きならない理由で出られないわけではない。と上条は心の
中で釈明する。

美琴「ふーん」
当麻「……あれ?」

 上条は言い訳を諦めて右手を頭上にスタンバイしたが、一向に電撃も、叱責の言葉すら飛んでこない。

当麻「何もしないの?」
美琴「何かして欲しいの?」
当麻「いえ、滅相もございません……」

 美琴はため息を付くと、疲れたようにただ焦点の合わないジトッと湿った瞳で上条を見つめていた。

当麻「もしかして、お前も眠れなかったのか?」
美琴「ん? ああうん、そうね。枕が合わなかったのよ」
当麻「へえ。いつも美琴たんが抱いてるお気に入りのぬいぐるみが無かったとかじゃなくて?」
美琴「ぶっ!? ち、ちがっ、そそそそんなもの抱かなくても眠れるわよ子供じゃないんだから!!」
当麻「うぐっ」

 グサッ、と、両者等しくダメージを受ける。

美琴「まあいいわ。朝ご飯できたから早く顔洗ってきなさいだって、詩菜さんが……クシュッ!」
当麻「あれ、まだくしゃみしてるのか?」
美琴「ま、まあアンタはそのまま乙姫ちゃんと添寝したいのかもしれないけどねー」
当麻「んなわけねーだろ! この状態は詳しく言えませんが不可抗力、っておい!!」

 美琴は無視して一階の居間へと降りて行ってしまった。
 追掛けようとしするがどうしようもできない。結局暴れまくった末、ゲコ太身代わりの術を使用して何とか
束縛から脱した頃には数分経っていた。
 ようやく布団から這い出た上条は暴れて熱くなった体を外気で冷やす。

当麻「はあ、起きていきなり疲れた。おーい、乙姫も起きろー。いつもの元気はどこいったー?」
乙姫「んー、頭いたーい。後5分ー」
当麻「頭? ああ」

 昨晩乙姫がまた調子に乗って甘酒を大量に飲んでいたことを思い出す。

当麻「下に行ったらクスリと水があると思うけど」
乙姫「んー、だっこー」
当麻「……ダメだ。自分で起きなさい。じゃねーと夏休みにお前にやられた起こし方。アレ、やり返すぞー?」
乙姫「んー? いーよー」
当麻「いや、よくねーから」

 もちろんやるつもりはない。目覚ましフライングボディアタックは妹キャラだから許される所行である。

当麻(って、妹でもだめだろ。あれは二次元だけの…………。いや、待てよ?)

 あの当時、乙姫は美琴の身体であったわけだが、今なら許してしまうかもしれないな。と、起こすのを
諦めた上条は一人惚気ながら立ち上がり、美琴の降りていった階段を眺める。
 適当に伸びをして、頭と体の電源を徐々に温めていく。

当麻(何か知らねーけど、アイツも変だったな)

 自分の悩みに気づかれたのだろうか。とやや不安になるが、それは無いだろうと首を振る。
 何か問題を抱えているのだろうか。なら話して欲しい。と思った所で、自分も同じような事をしている事に気づく。

当麻(やっぱ、こういうのはダメだな)

 相談した所で改善なんかしないだろう。逆に悪化するかもしれない。
 それでも、一緒に悩むことは出来る。二人は既に他人同士ではないのだから。
 一晩考えて、美琴の顔を改めて見て、そう結論を出した。
 何より打ち明けないと後々怖い。美琴は絶対怒るだろう。

当麻「しっかし、ほんと寒いな。一階はストーブ付いてんのか?」

 上条は乙姫を放っておいて、先に洗面所に行こうと和室を出る。

当麻(ん、どっか開いてる?)

 階段を下りようと足を踏み出した時、僅かに風を感じた。
 こんな真冬の朝に空気の入れ換えかだろうか。そう思って上条は洋室を覗き込む。

当麻「何だこれ?」

 洋室の窓はガラスが割られていた。
 鋭くギザギザな形で残ったガラスの破片が痛々しい。
 さっき寝ながら聞いたのはこの音だったのかもしれない。
 応急処置として風を防ぐために適当に置いたのであろうベニヤ板は、その風によって内側へ吹き飛ばされていた。

当麻「誰かぶつかったのか? 通りで寒いわけだ」

 上条は体を擦りながら板を拾うと、外の様子を窺う。
 小道に面した窓の下には破片はない。もちろんフローリングの床にも。
 ということは外から内に割れて、片付けたのだろうか。
 とにかく寒いのですぐに板で蓋をしようと、適当な支えにするため棚から適当に本を数冊取る。
 一応何かしら大切なものではないかと表紙を確認していく。

 ――――『月刊学園都市』

 最後の一冊で上条の手が止まった。

当麻「……あの野郎のか」

 昨日遭遇した男、文津知誠はこの雑誌の編集長であるらしい。
 即座に開くことはしないで、棚にもう一度視線を走らせる。すると別号の同じ雑誌が数冊見つかった。
 上条の両親も学園都市に子供を預ける身として学園都市の情報は気になるのだろう。
 『特集 最新技術』、『大覇星祭 気になる結果』、『貴方の子供は大丈夫? 武装無能力集団(スキルアウト)とは』、
『一端覧祭 お薦めスポット完全攻略』、『学園都市の今 戦争と安全』――――
 様々な謳い文句が背表紙に並ぶ。


詩菜「当麻さーん、乙姫ちゃーん。朝ご飯ですよー?」
当麻「はーい! 今行く!」
乙姫「うあーい、あと30秒ー」

 階下から聞こえる母の呼び声に、適当に叫んでやる。
 なんだかこういうやりとりはこそばゆい。記憶がないからか、新鮮すぎて思わず甘えてみたくなってしまう。
 そんな事を考えながら上条は数冊の雑誌の内、今年行われた大覇星祭の結果について書かれた1冊を
取り出してぱらぱらとめくってみた。
 『御坂美琴』の名前が当たり前のように何度も踊る。
 上条の記憶では、確か第一位と第二位は出場していなかったため、自ずと注目されるのも良い成績を
修めるのも美琴なのだ。
 さらにページを捲ると、美琴の特集記事まであった。
 斜め読みしてみても、美琴をとにかく絶賛するような内容である。

当麻「…………」

 読み進めていく内に、上条の胸の奥でザラリと何か気味の悪い物が蠢いた。
 内心期待していたのかもしれない。
 もし美琴を貶すような内容の記事であったなら、と。
 結局自分は美琴にとっての正義《ヒーロー》で居続けたかったのだろう。そうすれば、美琴を守り続ける
事が許されるから。お姫様を奪っていく悪漢を退治するだけで物語は終わるから。
 しかし、そんな都合の良い作り話のような事はそう何度も起こらないようだ。
 想いのままを吐露して、相手を叱責し、殴れば解決するような分かり易い構図に、いつもなるわけではない。
 誰もが笑い、誰もが幸せなハッピーエンドにするために、最も邪魔な存在が自分自身であるように思えた。
 残酷なまでに、『相対する者』は悪役ではなかった。
 むしろこの物語での悪役は――――

当麻(やめた。……結局俺は何が大切なんだ? 少なくとも自分がヒーローかどうかじゃないだろ……)

 さっさと本で窓を塞いでしまおう。そう思った直後、

美鈴「あれ、当麻君おはよ。こんな所で何してんの?」

 セーターとパンツ姿の美鈴が現れた。
 もう一人の、家族という名の正義。

当麻「おはようございます。いやなんつか、何で窓ガラス割れてんだ寒いじゃねーか馬鹿野郎と愚痴ってた
   ところで。まさか美鈴さんが酔っ払って割ったとかじゃないですよね?」
美鈴「愚痴ってたって、雑誌にデカデカと載ってる美琴ちゃんの写真に見蕩れながら?」

 上条は未だ御坂美琴特集のページを開きっぱなしにしていた。
 バッチリメイク済みの顔がニヤニヤと笑みを作り上条を観察する。

当麻「え? ……あ、いや違っ! これは別にそういうんじゃなくて!」

 上条は何故かいけないところを見られた気がしてわたわたと焦ってしまう。
 そして更にその様子が変な誤解を招いていると気づき、余計慌ててどうしようもなくなる。

美鈴「んふ♪ その雑誌気に入ったのかなーん? 確か学園都市には売ってないのよね。私んちにも
   余ってるから、欲しかったら上げるわよん♪」
当麻「だー! 勘違いだから要りません!!」
美鈴「うんうん。オトコノコにはそういうのも必要よね。想像だけじゃ限界があるだろうし」
当麻「何勝手に納得して頷いてんだあんたは!? っつか、今おかしな事仰いませんでした? 娘の
   写真を何に使わせようとしてんだこの母親は?」
美鈴「あらーん? 当麻君ったらどんなこと想像しちゃったのーん? 『写真をナニに使う』だなんて」
乙姫「うわぁ、おにいちゃんさいてー」
当麻「えー、俺!? 今の俺が悪いのか?? あーもうナンダコレ面倒くさー!!」

 いつの間にか起き出してきたパジャマ姿の乙姫にまでジト目で見つめられて、上条はヤケクソ気味に
雑誌を棚に戻し、ベニヤ板を窓へ固定する。

当麻「そもそも誰だよ窓割ったの。和室にはちんまい電気ストーブ一台しか無いってのに」
美鈴「私じゃないわよ?」
乙姫「私もー」
当麻「……、ふーん?」

 犯人見つけようとしているわけではないので上条は適当に生返事するしかない。

美鈴「とりあえず用は済んだんでしょ? なら降りましょ。お腹空いちゃった」

 その一言で、三人は揃って階段を下りだした。


 上条が洗面所から戻ると、正月仕様の朝食が食卓を彩っていた。
 詩菜と美鈴は台所で準備をしているようで、楽しそうに会話する声が漏れている。

刀夜「おはよう当麻。朝から元気だな」

 刀夜は新聞から顔を出して息子に話しかけた。
 どの程度声が聞こえていたのだろう。

当麻「おはよう父さん。何か寒いと思ったら二階の窓が割れててさ、何かあったの?」
刀夜「まあ気にするな、大したことじゃない。夜までにはどうにかしておくさ」
乙姫「うわ、こんなに天気良いのに昼から大雪だって! 積もるのかなぁ」

 頭を押えつつテレビで朝のワイドショーを見ていた乙姫が声を上げた。
 かなり辛そうだが、遊ぶ気満々なのだろうか。

刀夜「ならあまり出掛けることはできないな」
当麻「正月だし家でだらだらってのも有りなんじゃないの?」

 本音を言うとどこかへ遊びに行く気分じゃ無いというだけであるのだが。

刀夜「んん。まあな。温泉に行くというプランもあるんだが、大雪ともなれば交通が麻痺しそうだな」
当麻「温泉ねえ」
詩菜「あらあら。刀夜さんったら前回温泉行ったときどれだけ大変だったか覚えていないのかしら。
   あ、乙姫ちゃん、これ持って行ってもらえる?」
乙姫「はーい」
刀夜「い、いや母さん。あれは不可抗力で……、それよりも父としては息子の成長ぶりを裸と裸の
   付き合いで確認する義務がだなぁ……」
詩菜「美鈴さんに手伝ってもらったから豪勢になっちゃったわ」

 しどろもどろの刀夜に満足したのか、詩菜は適当にスルーする。

美鈴「詩菜さん、良かったら後で娘にも教えて下さいよ。ほんと味付けがお上手で」
詩菜「あらあら。お世辞が上手いんですから。でもそうね、美琴さんにはこれから必要になるかもしれない
   から、ポイントだけでも教えた方が良いかしらね」

 二人は楽しそうな笑顔のまま上条の方へ視線をチラチラと送る。

当麻「何だその下手くそな目配せは。俺の顔になんか付いてるのかよ」
美鈴「別に~」
詩菜「ふふふ」
当麻「……、ていうかどうでもいいけどさ、当の美琴さんはどこ行ったんだ?」

 乙姫がお皿を並べきったテーブルには、5人分の朝食しか用意されていなかった。



 ◆



美琴「はあ、お腹空いた」

 朝食くらい取ってからでも遅くはなかっただろうか。美琴は新幹線のグリーン席で発車ベルの音を
聞きながらそんな事を思った。
 新幹線と言っても、そんなに遠い距離を行くわけではない。単にできるだけ早く事を済ませようと
しただけだった。
 美琴は瞼を閉じて先ほど初春飾利、白井黒子とした電話の内容を思い出す。


 ◇


美琴「文津!?」
初春『ええ、……ご存じなんですか?』
美琴「……、ううん。その娘は知らない」
初春『とはいっても、結局その人が噂を流していたのか、多才能力者が流していたのかは分かりません。
   どちらも発電能力を持っていましたから。あるいは他の人物という可能性もあります』
美琴「なんだかややこしくなってきたわね」
初春『それとなんですけど……、すみません! 白井さんがそちらへ向かってしまいました。止めよう
   とはしたんですが』
美琴「まあ、だろうと思ったわ。てことは、外へ続くゲートも?」
初春『分かりません。正規ルートで無理矢理通っていったのか、能力で無理矢理強硬突破したのか』
美琴「あの子の能力ほど突破しやすいものも無いわね。ったく、ジャッジメントとしての信条はどうしたんだか」
初春『無茶してないと良いんですが……。あ、ちなみに御坂さんが上条さんと一緒に居た事は言いません
   でした。今もばれていないと思います』
美琴(てことは、あの子は私の家へ行くのかしら。でも私は居ないわけだから、諦めて素直に学園都市へ
   帰る……、わけないわね)
初春『御坂さんは今ご実家ですか?』
美琴「へっ!? あ、ああ、うん。そんなとこ。とりあえずあの子は適当にあしらっておくわよ」
初春『お願いします』
美琴「マルチスキルの事も心配しないで。木山春生の時も全然余裕だったし、いざとなったらこっちには……」
初春『こっちには?』
美琴「あ、ううん。なんでもない」
初春『?』
美琴「ありがとね初春さん。こんな正月の朝っぱらから。ちゃんと寝てる?」
初春『あ、はい。おせちもお雑煮もしっかり食べましたし、佐天さんと初詣も行きました! だから心配ご無用、
   全然平気ですっ!』
美琴「そう、良かった。貴方に体調崩されても悪いし、後は私に任せてゆっくり休んで頂戴ね」
初春『はい。で、では、白井さんをお願いします。御坂さんも気をつけて下さい! 何かあったら私も全力で
   バックアップしますので遠慮無く言って下さい!』
美琴「うん、大変になったらお願いするかも。じゃあ、また何かあったら連絡するわね」


 ◇


白井『もしもしお姉様ご無事ですの!?』
美琴「無事に決まってんでしょ。それで黒子? アンタ今どこ居るのよ」
白井『うっ、え、えーっとそれは…………ックシュッ!! ズズッ……、失礼』
美琴「まさか私の実家の前で寒さに震えながら独り途方に暮れている、とかじゃないわよねぇ?」
白井『ま、まさか、わたくしがそんな後先考えないアホっぽい事に…………ックシュッ!! ズズッ。
   ……すみません。なっていますの』
美琴「はぁ、ったく、私が電話掛けなきゃどうしてたのよ……。悪いけど私今ママと別の場所に泊まってる
   から、大人しく帰って頂戴。大体アンタも帰省するんじゃなかったっけ?」
白井『で、でもお姉様? その……多才能力者がお姉様を狙ってるかもしれなくて』
美琴「初春さんから聞いた。それで、アンタは私が負けるとでも思ってんの?」
白井『それは…………、はい。正直思っていますの』
美琴「……ふーん、詳しく話してみなさいよ」
白井『はいですの。「クリーナー」と名乗っていた敵の言動などから推察しますと、木山の時と異なる点が
   いくつかありますの。まず、彼らが駆動鎧を身に纏って、複数人数で構成されている点。あと、お姉様へ
   の対策を行っていて、やっかいな能力を幾つか備えている点ですの。最低限、レベル5に肉薄するクラス
   の空間移動、読心能力、発電能力を備えた駆動鎧が軍隊のようにチームを組んで襲いかかると考えて
   いいかと思いますわ。そう考えたら、いかにお姉様とは言え善戦は厳しいはずですの』
美琴「……。だから自分も戦うって?」
白井『ええ、できるだけ戦力はあった方が良いかと』
美琴「戦力……か。ねえ黒子。じゃあどうして初春さんに行き先を告げなかったの?」
白井『はい? それはどういう……』
美琴「あの子も立派な戦力だってことよ。相手が機械に頼っているなら尚更。それはアンタが一番知ってるでしょ?
   最近の駆動鎧は外部から電力とか情報を得ている場合が多いしね」
白井『で、でも、敵は恐らく学園都市の闇に近い人間ですの。いくら何でも初春には危険すぎますし、それに……』
美琴「巻き込みたくない?」
白井『…………』
美琴「ごめん。回りくどい言い方だけど、アンタにも解かるわよね」
白井『…………』
美琴「気持ちは嬉しいんだけど、私もアンタを危険な目に合わせたくないのよ。だから大人しく」
白井『嫌ですの!』
美琴「黒子?」
白井『嫌ですのよ。以前にも何度か似た状況がありましたが、あの時はお姉様の抱えてる問題の経緯も、
   悩みも存じませんでした。でも今回は違いますの。わたくしも「知ってしまいました」。ですから、もう後に
   退くことは絶対にできませんの! お姉様が傷つくところを指を咥えて見ている事なんて、そんなこと
   わたくしにはできませんのよ!! 例え……お姉様にどう思われようとも』
美琴「黒子……」
白井『お願いですから、たまには……、少しでいいのでわたくしも頼ってくださいまし』
美琴「…………、はあ。わかったわよ」
白井『申し訳ありませんですのお姉様。わがままを言って』
美琴「ほんとよ。ったく、何でどいつもこいつも私の個人的問題に突っ込んでくるのかしらねぇ」
白井『それはもちろん、お姉様を心底愛しているからですのよ!!』
美琴「なっ、……………………」
白井『お姉様??』
美琴「何でもない!! と、とりあえずお願い事するけど、あんまり無茶するんじゃないわよ? 初春さんに
   まで心配掛けて。本当ならもっと怒る所なんだから」
白井『……はいですの』
美琴「それじゃあ――――」


 ◇


 『ご乗車、真にありがとうございました――――』
 あらかじめテープに録音していたようなアナウンスが耳に入り、その声と共に美琴はゆっくりと瞼を開ける。

美琴(……アイツには、告げるべきなのかしら)

 はなから素直に助けを請う事ができるなんて思っていない。
 『あの夏の日』と比べれば、資格という意味では十分だろう。日が浅いとは言え恋人である。責任すら共有
できそうなほど距離が近いのだ。
 しかしそれでも躊躇われた。原因は複雑で、予感めいた部分もかなりあったが。

美琴(何も告げず、このままクリーナーとやらを返り討ちにするまで家に帰らなければ、アイツや家族に余計
   な被害を与えることもないわよね)

 そんな事をしたら上条は怒るだろう。
 想像したらふっと笑いが漏れた。
 まるでいつもと立場が逆だ。

美琴(まあ、最低限状況だけはきちんと確認して、間違った行動だけは避けたいところね)

 駅の改札を通って美琴は走り出す。
 電磁波によるレーダーの精度を限界まで上げ、暗殺に注意を払う。

美琴(とにかく、ヤツに会う)

 手の中で名刺がぐしゃりと音を立てた。


 ◆


 学園都市にほど近い都内某所。
 月に100万部以上を売り上げる月刊雑誌の編集部、という話であったが、辿り着いたのはこぢんまりした
7階建ての雑居ビルのような建物であった。
 中もそれほど広いわけではない。編集部が占める階へ小さなエレベーターで登ると、そこにはせいぜい
机が十ある程度だった。

知誠「はは。あまり大きいと学園都市側が私たちを監視しにくいですからね」

 美琴に気づいた文津知誠がすかさず応対する。

知誠「雑誌ネタも半分以上は学園都市の広報から情報をもらっているだけですし。……あ、非常口は
   そことそこです」

 そのビルは学園都市と良くも悪くも利権を享受する関係の法人が多く借りているらしい。
 昨晩のまま紺色のスーツを着た文津は美琴を応接間へ案内しつつ適当に説明する。若干無精髭の
伸びたからか、その姿は前より老けて見えた。
 彼はフロアと自分のだらしない姿について詫びた後、美琴を応接間に残してコーヒーを淹れに行く。
 編集長としては部下に頼みたい所らしいが、どうやら彼しか居ないようである。フロアどころか、ビル全体
が静まりかえっていた。正月の早朝であるし、仕方がないだろう。

知誠「いやいやありがとうございます。わざわざお越し頂けるとは思っていませんでした。私もこれで
   何かと手間が省けます」

 美琴は革張りのソファーへ深く腰を掛け、脚と腕を組んで目の前の親ほど年の離れた男に憮然とした表情を向ける。

美琴「別に気にしないでいいわよ? 完全に私の都合だから」
知誠「……、というと?」

 コーヒーを差し出しながら笑顔で尋ねる。

美琴「私の用事で来たって言ってんの。……アンタ、昨日アイツに何喋ったわけ?」

 美琴は鋭く文津を睨んだ。その周りでバチンバチンと電撃が派手な音を上げ爆ぜる。
 牽制、というわけではない。実際一番気になっていたことである。
 昨晩帰ってから、上条の様子は妙だった。

知誠「アイツ……ああ、当麻君ですね。お話と言っても、私たちは簡単な世間話をしただ」

 文津の言葉が途中で呑み込まれる。
 電撃の槍が文津の頬を掠めて後ろに飛んでいったのだ。もちろんかなり抑えた気味のものではあったが。

美琴「美琴さんも暇じゃないのよねー。無駄なことは省いてもらえるかしら。わざわざここに来たのも電話口
   じゃ不便だからよ。アンタがどうしても口を割らない時に、ね」
知誠「……」

 美琴の顔が不敵に笑った。
 相手を萎縮させるような――――とまではさすがにいかないが、美琴には目の前の男が今の状況をきちんと
理解しているだろうという確信はあった。
 何せ情報屋である。
 第三位の機嫌を損ねたらどうなるかぐらい予想が付いて当然だ。

知誠「分かりました。しかし、ウソではありませんよ。半分は本当に世間話……、それでもう半分は
   美琴さんにする予定の話を、当麻君用にアレンジして伝えただけです」
美琴「……」

 美琴は昨晩の事を思い出す。
 父からの依頼。結局話はそこに戻るらしい。
 相手のペースに載せられているようでやや癪だったが、先を促すように無言のまま目線で促す。

知誠「お母様には確認してただけたでしょうか? お父様からご連絡が行っていると思うのですが」
美琴「連絡は行ってないそうよ。ご愁傷様」
知誠「……、本当ですか?」

 そこでようやく文津の笑顔が陰った。

美琴「直接確認してみる?」
知誠「いえ、疑っているわけではありませんが……、そうですね、ちょっとお父様の方に確認を」

 文津はおもむろにポケットから携帯電話を取り出し、二三ボタンを押して耳に当てる。
 旅掛へ電話を掛けているようだったが、一向に会話は始まらない。

美琴「あ、父には随分前から繋がらないわよ? 国際通話できる携帯でもね」
知誠「………………。そのようですね」

 文津はため息をつきながら携帯を仕舞った。

知誠「はは、参りました。まあ、あの方の事だから『携帯が繋がらないような場所』で何かしら奮闘されて
   いるのでしょうが、少しは娘さんの事を優先してあげても……、っと、すいません。ご本人の前で言う
   ことではないですね」

 疲れた営業マンのようであった文津の表情から、ほんの少しだけ仮面が外れる。
 その事が父親と目の前の男との親密な関係を表しているような気がして、美琴はそっと眉をひそめた。

知誠「仕方ありません。予定はずれますが、とにかくこれをお渡ししておきます」

 文津は一通の白い封筒をテーブルへ差し出した。
 表には『美琴ちゃんへ パパより』と書かれている。確実とは言えないが、旅掛の字に似ている。

知誠「こちらも事を急ぎますので手短に言います。手紙は『学園都市外へ引っ越さないか』という内容です。
   できれば学園都市に帰る前までにそれを読んで、お母様ともご相談して頂きたい」
美琴「……、っ」

 美琴はそっと奥歯を噛みしめる。表情はできるだけ変えないように。
 学園都市から美琴が外へ引っ越すという事は多大な意味を孕んでいた。
 不安、罪悪感、恐怖、喜び、憤り、無常感。様々な感情が容赦なく美琴の心を嵐の如く掻き乱す。

 それは現在の生活や友人と今生の別れをするということ。
 それは友人や妹達も危険に晒すかもしれないということ。
 それは学園都市や敵対勢力からも死ぬまで逃げ続けるということ。
 それは親が娘のために一大決心をしたということ。
 そして何より大きいのは――――

美琴「それを……、アイツに言ったわけ?」
知誠「はい」
美琴「……、っ」

 美琴は胸を鷲掴みされたような痛みを覚えた。
 苦しくて、どうしようもなくて……だから少しでもそれを抑えようと言葉を吐き出す。

美琴「昨日も言ったと思うけど、私はアンタを信用してないのよ? アンタの娘、文津幸美が昨日何を
   していたか、どうせ知らないわけでもないのよねぇ?」
知誠「私の娘……、が何かしたのですか?」

 文津の表情が変わる。
 しかしそれは不安そうな親の色。隠し事をしているようなものではなかった。

美琴「ネット上に私とあの馬鹿の誹謗中傷をばらまいた……という容疑が掛かってるんだけど?」
知誠「…………」

 文津はゆっくりとメガネを外すと、ため息を付きながら目頭を押え、深く頭を垂れる。

知誠「それは……大変申し訳ないことを……」
美琴「随分簡単に信じるのね」
知誠「はい……。娘にはそれを行うだけの理由がありますから」
美琴「ふーん。憎まれてるってわけか。じゃぁ『クリーナー』ってのに覚えは?」
知誠「ッ、どこでそれを!?」
美琴「昨日アンタの娘の部屋に居たのよ。ひょっとしてアンタの」
知誠「クソッ!!」
美琴「!?」
知誠「早すぎる。これじゃ逃げる時間があまり無い。親船のババァは一体なにやってんだ!?」

 今まで柔和な表情を崩さなかった目の前の男が突然憤怒の形相に変貌したことで、美琴は言葉を
呑み込んでしまう。
 しかし心の中で美琴は薄く笑った。

美琴(ようやく素が出たわね。これで本来の目的が果たせそうだわ)

 今、何かが起きようとしているのか、それだけが知りたい。
 でなければ、また全て持って行かれる。

美琴「詳しく聞かせてもらおうじゃないの」


 ◆


 その後、どうにか落ち着いた文津は、「旅掛さんには止められているんですが」と前置きをして、
ポツポツと語り出した。
 『スキルクリーナー』。文字通り学園都市にとって邪魔な者を排除する組織。
 他の暗部組織とは一線を画し、そのほとんどが金で雇われた、能力を使えない大人で構成される。
 使用する武器は科学兵器で、その中にはまだ市場には出回っていない実験段階の物や、今後も
表では決して流通しないであろう非人道的な物も多数含まれるらしい。
 そのためばらつきはあるが、平均しても正規の学園都市軍を超えるポテンシャルを持つ。
 一対一では大能力者にも劣る程度であったが、基本的に多数派工作を得意としていることと、失敗
が許されず、計画を遂行するまでどんどん新しい人員が投入されるため、執拗さで言ったら随一で、
狙われた者が逃れたという情報は無い。

知誠「実際のところ、高位能力者が所属している極秘集団の方が上手く立ち回るので、裏でもあまり
   目立たない存在ではありました。あくまで極秘集団から溢れた者を駆除する『ゴミ掃除担当』
   だったのです。ですが、第三次世界大戦後に投入された駆動鎧が、どういう魔法を使ったのか
   大人でもマルチスキル、しかも高位能力を操れるシステムが組込まれていて、一気にその名が
   轟きました。失礼ですが、単純な見立てでは個人でヤツらに敵うのは第一位くらいでしょう」

 文津は大して面白くもない説明書を読むかのようにつらつらと話した。
 しかしそこからトーンを一変させる。

知誠「そのクリーナーが10日ほど前、学園都市の上層部からの依頼で美琴さんをターゲットにした
   らしいのです。その情報を得た旅掛さんが、何とかそれを防ごうとしたというのが今回の真相です。
   予定が早まったのは恐らく、同様にターゲットにしていた上条当麻と二人で逃亡すると思われて
   焦ったのでしょう。上はいよいよ上条勢力を危険視し始めたと言うことです」
美琴「…………」
知誠「ですが今ならまだ間に合います!! 学園都市を離れるお覚悟を!!」

 文津は身を乗り出しながら、数枚の紙をテーブルに並べた。
 『能力者保護プログラム―適用レベル5―』と題された紙には、レベル5のAIM拡散力場を検知させなく
する方法や、別人に成り代わるための方法が説明されていた。それらについての承諾サインを求める項目
まで目で追った後、美琴は再び文津の方へと不審そうな視線を向ける。

美琴「アンタがそのお仲間でないという証拠は?」
知誠「ッ!? あり得ない!! プログラム適用後、お父様に確認して頂ければ分かることです!!」
美琴「じゃあ、私が逃げたとしてあの馬鹿はどうなるわけ?」
知誠「……、最大限、譲歩はします。貴方が望むなら、彼の身の安全も保証しましょう。旅掛さんもそれは
   了承してくれるはずです。しかし同じ場所にというのはこのプログラムの性質と状況的に無理です。
   あくまに別々じゃないと、学園都市が追撃に本腰を入れかねない。政治的にもかなりギリギリなのです」

 男の言葉は、ただひたすらに上条との別れを意味していた。
 しかしそれは同時に、上条の身の安全を守る数少ない方法にも思えた。
 その二つが美琴の心を簡単に抉っていく。

美琴「……ま、考えておくわ」

 そう言って美琴は勢いよく立ち上がる。

知誠「美琴さん!」
美琴「私、朝食まだなのよね」

 遮るようにそう言うと、美琴は応接室から出て行く。
 文津は一旦言葉を呑み込むと、その後ろ姿を見つめながら静かに息をついた。

知誠「今日中。それもできるだけ早めにお願いします。分かっているとは思いますが、いつヤツらが襲ってくる
   とも分かりません」
美琴「……」

 美琴は振り返らずエレベーターへと乗り込む。

知誠「それと、敵の動きが掴めたらお電話差し上げますから! 通話拒否なんかしないで下さいね」
美琴「随分と気前が良いじゃない」
知誠「……ええ、それなりの報酬を頂く予定ですから」

 エレベーターのドアが閉まる寸前、美琴はその言葉にだけ薄く笑みを見せてやった。


 ◆


 帰りの新幹線はグリーン車が満席だったため、美琴は普通席に座っていた。
 時期のせいか、かなり家族連れが多く、子供の声がそこかしこから上がっている。
 しかしその喧噪が美琴の耳に届いているかは不明である。そのくらい集中して、一枚の紙を眺めていた。
 学園都市に来てから何度となく見たその字体は、いつもと違い軽い雰囲気はない。
 その文章を何度もなぞるように見ているのに、頭にもやがかかったように考えが進まない。
 美琴は諦めて、窓に頭を預けると、流れゆく外の景色を見ながらはぁーっと大きなため息を付いた。
 その温かい息で出来た曇りに、二人分の名前を小さく書いてみる。
 しかしそれはすぐに跡形もなく消えていった。

美琴(冬なんだから、ガラスくらいは曇ったままでいいのに)

 茫然とした頭でそう思いながら、美琴はそっと瞼を閉じた。


 ◆


  愛する美琴ちゃんへ


 元気にやっていますか。
 最近はあまり会うことが出来ずすまない。パパも寂しいんだが、この所、世界情勢が
不安定で特に忙しいんだ。
 そういえば大覇星祭の写真を見たが、どんどんママに似て美人になってきているね。
 もしかして好きな男の子とか居るのかな? この前ママに聞いてみたら、意味深に
笑うだけで教えてくれなかった。パパは心配だぞ。

 と、無駄話はこの程度にしておいて本題に入る。
 既にある程度の事を情報屋から聞いていると思うが、本題というのは美琴ちゃんの
引っ越しの話だ。
 非常に勝手な事を言っているというのは重々承知しているが、こればかりはどうしよう
もない。パパは学園都市で美琴ちゃんを襲った不幸をほぼ全て知ってしまった。
 思えば学園都市に美琴ちゃんを送ったところから間違いだったのかもしれない。
何を今更と思うかもしれないが、当時のパパの認識が完全に甘かった。親のわがままで
人生を左右される事については、恨んでもらっても構わない。
 でも、パパとママが美琴ちゃんの命を諦めきれない事も、理解して欲しい。

 だから美琴ちゃん。もう一度3人で暮らそう。
 パパも仕事を変えるつもりだ。
 美琴ちゃんにとってはこれまでの環境も友人もほぼ失うという相当辛いことになると思うが、
このままでは他のレベル5同様、あの街に食い殺されてしまう。
 いや、既に1度はそうなりかけたのかもしれない。その事を思うと今でもゾッとする。
 彼女たちについては、統括理事長の影響から徐々に離れるよう細工を施しておいた。だから
心配しなくても大丈夫だ。
 それと、美琴ちゃんの恩人、上条君についても保護プログラムが適用できるよう手配しておいた。
 他に気になることがあったら何でも言ってくれ。父として、出来る限りのことはする。
 だから、このわがままだけはどうにか通させて欲しい。
 頼む。


  パパより


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