とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part02

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変化を兆す初詣[誓う守り]


お参りするために賽銭箱の前の行列に並んでいる間、上条は美琴と当たり障りのない会話で時間を潰していた。
会話しながらも最近の美琴のことを振り返る。率直に言って様子がおかしい。
具体的な時期はわからないが、ロシアからなんとか帰還してからその兆候はあったように思えてしまう。
会話中にいきなり失神、漏電はお手の物。ぼんやりとしていて何か考え込んでいることなんて多々ある。
時折自分に妙に潤んだ瞳を向けてくることも加えると、自分がイギリスに飛ぶ前と比べ明らかに変だ。
この少女の身になにかあったのだろうか?例えるならそう、シスターズの事件みたいな大きな絶望。
誰かを巻き込むことを好しとしないこの少女はまた独りで何かに耐えているのだろうか?
そう考えるとなんだか胸のあたりが痛い。

(なにやってんだ俺は…)

もし上条が学園都市を離れている際に美琴が何かに巻き込まれたのが是なら聞かなければならない。
場合によっては自身の手で調べることも必要になる。この変化が美琴なりのSOSならば尚更だ。
何故もっと早くに気付こうとしなかったのか、と過去の自分に悪態をつきたくなってしまう。
そんなとき目の前に賽銭箱が現れた。どうやら思った以上に深いところに潜っていたらしい。

(まずい。会話が途切れちまってた)

[彼氏]ならこんな風に[彼女]を放置しないだろう。そう気付いて隣を見やると…

ぽーっとした表情でこちらを見ている[彼女]がいた。

美琴もどこかに思考を飛ばしているらしい。
幸い、と言っても良いのか先に戻ってきたのが上条なので、[彼氏]らしく[彼女]に呼び掛ける。

「美琴。なにぼーっとしてんだ?俺たちの番だぞ」

「へ?」

「だからお参りするんだろ?」

「いま名前で…って…わわっごめん」

「頼むぜ美琴センセー」

賽銭箱に小銭を放り込んで願い事を唱え…ようとするが内容を決めてなかった。

(願い事…ねぇ…)

隣で必死になってブツブツ言ってる美琴のことが頭によぎるが――

(なんか違うよな。それは)

不意にロシアで対峙した彼とのことを思い出す。

―目の前で泣いてほしくない人が泣いているんだ!唇を噛んで耐えている人がいるんだ!それだけで十分だろ!―

彼に叩きつけた言葉は別に彼だけに向けた言葉じゃない。

―大して知りもしない人間に自分の一番大切なものを預けて、それで全部満足できんのかよ!!―

傍にいる少女が一番大切かどうかはわからない。

でも――

この少女の笑顔を曇らせたくないという気持ちだけはホンモノで。

なら――

(神様に願うことはこれしかねえよな……)



「ねぇ。とっととまっ…とまっ…」

「……トマト?何言ってんだ?美琴」

「違うわよっ!」

「さっきからトマトトマトばっか言ってるじゃねーか?」

「はぁぁぁぁーーーーー」

正月にトマトが関連する事なんてあっただろうか?そんな勘違いをする上条。
盛大にため息をつく美琴を不審に思い、顔を覗き込んで尋ねる。

「美琴?」

「~~~ッ!!」

「さっきからどうしたんだ?顔も赤いし体調が悪いんだったら…」

「なんでもにゃいっ!なんでもにゃいからっ!」

本当に赤い。美琴の言うトマトが人を指しているならば今の彼女だろう。
おまけに滑舌まで怪しくなっている。口調が猫になる奇病でも流行っているのか?
そういえばクラスメイトにそんなヤツがいた気がする。

「本当かよ?」

「やっぱアンタはどんな時でもアンタよね」

不審人物Aを見るかのような目つきで確認するが、銀髪シスターと同じことを言うので??としか反応できない。
取りあえずこの問題は置いておいて、これからどうするか上条は思案してみる。
やはりここはおみくじを引きに行くのが定番か?
だが、変なものを引きそうな気がする。例えば…《異偽離須獣時製凶》とか《牢魔重磁製凶》とか…
そんな思考を打ち切らせるようにして、典型的なカップルが上条と美琴の前を通り過ぎた。
どのくらい典型なのかを具体的に記述するならば――

「ね~え~どんなことをお願いしてたのぉ~」

「もちろん大好きなハニーの幸せのことさっ」

「嬉しい~私もぉ~ダーリンとのことお願いしてたのぉ~」

「僕は幸せものだな。ハニーみたいな素敵な女性と一緒に歩くことができるなんて」

「私も幸せぇ~ダーリンみたいな素敵な紳士と一緒にいれてぇ~」

――といった具合に、典型的を通り過ぎて絶滅危惧種に認定されていそうなゲロ甘っぷりである。
ロンリー地方在中からすれば、有害な何かを垂れ流し移動する様はまさに《歩く産業廃棄物》と言えよう。
しかし上条は羨ましいとは感じなかったし苛立つこともなかった。
不思議に思いながらも美琴に視線を移すと何やら彼女はこちらをジッと見ている。
まるで言えと暗に命令するかのように。

「どうした美琴?まさかっ…まさか上条さんにあれをやれと仰るのですかっ!?」

「さすがに私だって無理よっ!ってそうじゃなくて願い事よ願い事っ!」

いま…さすがにって…言いませんでしたか?…と突っ込みたくなって我慢する。
美琴の問いにどう答えようか考えていると、どうやら焦れてきたらしい。

「なによ。アンタだって私と同じくらい長かったじゃない」

実は上条の願い事が気になって、途中から何度もチラ見してたことなんて言えない純情乙女。

「笑わねえか?」

聞かれるとは思っていたものの実際に聞かれると言いづらい。

「絶対に笑わない」

美琴が真面目な顔をしているので上条も渋々答える。

「世界平和」

「……は?」

「だから世界平和だよ。少しでもみんなが幸せになれば上条さんの不幸指数だって下がると思ったんですってなんだかむなしくなってきたぞチクショーッ!!」

美琴は困惑から泣きそうな顔に変わっていく。
だから言いたくなかったんだと不満をこぼし、事実とは言え若干後悔してしまう。
女の子の涙目はどうしてこうも破壊力が高いのだろうか。

「あのな美琴。なにやら勘違いしているだろうから言うぞ」

「…え?」

「その…あれだ…」

「言ってよ。じゃないと私…」

「確かに[彼氏]ならもっと違うことを願うと思う」

上条はあくまで[彼氏]役だ。
でも偽海原の一件と同様に事情はあるのだろう。
彼女が言いだしたこの関係も何らかの意図があるのだろう。
そう信じた。だから今もこうして[彼氏]役を演じているつもりである。

「でもな。こんなとき嘘は付いちゃいけねえと思うんだ」

「…ぐすっ」

「わーっ!だから最後まで話を聞いてくれ!頼むから!」

けれど、たとえ振りであっても譲れない領域があるのだ。
だから[上条当麻]が[御坂美琴]の[彼氏]であると仮定して、告白する。

「なんか…大切な人の事を得体の知らないヤツに頼むのは変だなって思うんだよ」

「願うだけじゃ…ダメなんだ」

他者から見れば、大袈裟に見えるかもしれない。
たかが仮想デートでなにを大袈裟な、と。
けれど上条は気持ちを言葉にすることの大切さを知っている。
今までもそうやって言葉に表して、相手にぶつけて生きてきたのだから。

「お前のこと…前に約束したんだよ」

「御坂美琴を守るって、お前とその周りの世界を守るってアイツと約束したんだ」

「でもそれは、別にアイツに頼まれたから仕方なく約束したわけじゃない。誰かに言われたからじゃない」


「――上条当麻は御坂美琴には笑っていてほしいと心から思ってる――」


「だから自分自身に誓ったんだ」

「美琴の笑顔を守るって」

「つまりだな…今日はその…改めて自分に誓ってたんだよ」

目の前の少女を抱き締めたくなる衝動が膨れ上がる。
でもこれは本題じゃない。
だからソレを振り切るように言葉を紡ぐ。

「今日の…いや、今日だけじゃねえよな」

「いつからかは具体的にも俺にはわかんねえ。でも美琴の様子がおかしいのに気付く事ができた」

「だから何があったのか教えてほしい。何に悩んで苦しんでいるのかを」

「もしかしたら役に立たないボンクラかもしれない」

「それでも…」

「それでも俺はお前の力になりたい」




「――もしお前の世界がまた暗い闇で覆われてしまってんなら――」

「――俺がその幻想〈絶望〉を何度だってぶち殺してやるから――」




言ってしまった…と思う。クサい言葉なのは重々承知だ。
こんな感じだからデコ委員長に空気が読めない扱いされているのだろうか?
でも撤回する気は微塵もない。

「…」

さっきからずっと目の前の少女は黙ったままだ。
どれくらい時間がたっただろう?秒単位なのかそれとも分単位なのか…

「あのぅ…御坂さん?」

なんの反応も無いとさすがに動揺する。

「……ばかっ」

ポツリと漏らした言葉に想いが届いたかどうか不安になってしまう。

「(上条さんはどこか失敗してしまったでせうか!?)」

そこには華奢な体を震わせて、しかしそれを堪えるようにしている少女がいた。

「せっかくっ…お化粧とかしてたのにっ…」

顔は俯いていてよく見えない。けれど…

「(なんか激しくデジャビュなんですが、と上条は戦慄しますぅ!)」

けれど彼女から発せられる嗚咽やら涙やらには暗いものは含まれてはなくて――


「とうまのっ!せいでっ!ぜんぶだいなしじゃないのよっ!!」


顔を上げたその表情には、流す涙を必死に堪えながら、

言葉の内容とは裏腹に、上条当麻が守ると誓ったモノが、確かにそこに在った――――

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美琴は神社から少し離れたところにある化粧室に来ていた。
涙やら何やらで化粧が台無しになってしまったので、お色直しをする必要があり上条に頼んでいったん別れたのだ。
幸い、簡単な道具は持ってきていたのでスッピンという事態は回避できた。
まさか常盤台中学で自然に備わった化粧技術が役に立つとは、彼に恋する前の自分なら想像すら出来ないだろう。
そもそもこの道具の用途は当初考えていた方向とはかなり変わっている。
情けない話かもしれないが、彼のデリカシーの無さから泣かされることは想像していたのだ。想像してたのに…

「あんなこと言われたらどんな人だって落ちちゃうわよ。ばかっ」

ずるいと思う。そう、ずるい。彼は土壇場で想像以上の言葉をくれる。プラスにもマイナスにも両極端。
しかも彼が想像していた悩みは全くの見当違いだ。
他の男が言えば、何勘違いしてんの?と切り捨てていたに違いない。
でもなぜか彼の言葉は心に響く。その深いところまで。
きっと上条は上条なりに真剣に私のことを考えてくれているからだろう。

「心配してくれたんだ…」

空回りしているとは言え、その事実に嬉しくなってしまう。ニヤけてしまう。
行列に並んでいる間、会話が当たり障りのないものになっていたのは非常に助かった。
寄り添っているだけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上意識させられるような事態は避けたい。
しかし途中で気づいてしまった。彼が真面目な表情で何か別のことを思案しているのを。
いつもなら、私が傍にいるのになに他のことを考えてんのよ馬鹿!的なことを言って憤慨していたかもしれない。
けれど真剣な表情にどこか魅せられてしまい――

(私のこと考えていて欲しいな)

――そう、期待してしまったのだ。

もうダメだ。
自分の病状が日に日に悪化していることを悟る。
上条科専門の医師が診察したなら、手遅れです、と首を横に振るだろう。
自分が末期患者な気がして愕然としてしまう。
恋をする度にこんな気持ちにならないといけないのか。
それとも一生この恋を引きずらないといけないのか。
そこまで考えて悪い方向へ向かいつつあることにハッとする。
これでは自分が振られること前提だ。

しかし――

常に自分自身と向き合いまっすぐ想いをぶつけてくる、ありのままの上条当麻。
それに比べ御坂美琴という人物は、あまりに小さく、脆くて、不自然。
彼のことは好きだ。ずっと傍にいたい。その気持ちに偽りはない。
けれど想いを告げてしまっていいのか?私よりも…

「臆病者の言い訳…か」

出かける前に叱咤激励してくれた母の事をもう一度思い返す。
よくよく考えてみれば、今の私に必要なことは全て言ってくれていたではないか。

「後悔したくないなら彼と過ごす一秒を大切にする」

彼と過ごす時間を無下に扱って、その日常がどれほど尊いか考えていなかった。
御坂美琴がこうして生きていること自体が上条当麻のおかげなのに。
もしかしたら明日にはまたどこかへ旅立って帰ってこないかもしれない。

「だから後悔しないために、今を大切に生きよう。それで良いのよね?」

鏡に映るだれかは何も言ってくれなかったけれど――

――それでも笑って私の背中を押してくれた。



一度別れた場所に戻って彼の姿を探す。
思いのほか簡単に見つかった。ベンチに座ってコーヒーを飲みながら待っているようだ。
正面から話しかけてもなんかつまらないなと思って、見つからないよう背後に回る。
そこで彼の持つ缶コーヒーに目を向けて嫌な予感がした。

「(これはアレよね?いきなり声を掛けたら…)」

仕方ないから飲み終わるまで待っててあげる方針に変更。
すると彼の独り言が聞こえてきた。

「御坂、遅いな」

「(悪かったわねっ!)」

「怒ったり泣いたり本当に忙しいヤツだな」

「(誰のせいよ!誰の!)」

「やはりアレなんかね?」

「アレってなによ?」

堪えきれなくなって、つい口を挿んでしまった。

「だからほら、まだ中学生だろ?」

「(また子供扱いしてっ!)」

いい加減に子供扱いは止めて欲しい。年の差はたった二年なのだ。
しかし同時にそれ以上離れていなくてよかったとも思える。

「でも名門中学の…しかもLevel5」

「…」

「周りからの期待とかでストレス溜まっちまうよな」

結局はこれだ。たとえどれだけ地位や名誉があっても、当たり前の女の子として扱ってくれる。それが嬉しい。

「心配してくれてんの?」

「そりゃ、な。だからだと思うぜ」

「?」

「そんな環境で育てば…」

「育てば?」

「まだ反抗期も抜けられず情緒も…不安…て…ぃ…」

そしてこれだ。持ち上げて落とす。これさえ無ければ…でもいいのかもしれない。
もしそうなってしまったら、今以上にライバルは増加しているだろう。

「なによ?言いたいことがあるんでしょ?言えばいいじゃない」

予想通り気が動転してしまったようで缶を持つ手が挙動不審だ。
彼が動く前に、素早く背後からのしかかるようにして手を伸ばし缶を固定する。
中身はまだ残っていたので我ながら英断だと思う。

「みっみみみ御坂さんっ!?この態勢は上条さんにはハードルががっ」

横の、うわー柔らかいというか良いにおいというかいろいろとうわー状態のウニ型PC、は放置。
缶コーヒーを奪いそれを飲む、が冷たい。
そういえばずっと外のベンチで待っててくれた影響か彼はずいぶんと寒そうだ。
彼の気遣いに心がほっこり暖かくなり、同時に冷静な部分がヤレと命じている。
今、彼の体は防寒具があるとはいえ外の寒さに当てられて満足に体が動かせないはずだ。


―――唇の端がつり上がるのを止められない。


取りあえず彼から離れて正面に回り込む。
いきなりの態度の変化にまだ彼の頭の処理は追いついていないと判断、即行動に移る。

「ねぇ、とうま。お願いがあるんだけど?」

彼にやられたときと同じように瞳を覗き込む。

「うぇ?」

おおよそ彼らしくない返事になぜか胸がキュンッとしてしまう。

「少しの間で良いから目、閉じて?」

「うぇぇ?」

「とうま。目、閉じてね?」

聞き分けのない子供を諭すように優しくお願い(強制)する。

「んんしょ…っと…」

目を閉じるのを確認すると彼の膝の上に向かい合わせで強引に座った。
着物の稼働範囲はかなり狭いのでどこか生地を傷めてしまうが今はどうでもいい。
さすがに何か言われるかなと思いきや、どうやら律儀にまだ目を瞑ったままだ。
その鈍さが、今はとてもいとおしく思える。

(「とうま…」)

ここから先は過激と言えば過激にカテゴライズされてしまう。
場合によってはトウマセキュリティソフトがアクティブになるかもしれない。
そうなれば些か面倒だ。だから彼に主導権は与えない。

「とうま。目と口を閉じたまま聞いて?」

「…」

なにやらプルプル震え、寒いはずなのにじっとり汗までかいている。

「ここから先はとうまは一切動いちゃダメ。していいのは呼吸だけ」

「もしやぶったら…」

ビクンっと痙攣した。何か酷いことをすると思ったのか?ならばそれは失礼だ。


「本気で襲っちゃうから…」


彼の耳元で囁き、ふうと息を吹きかける。
すると今まで見てきた中で一番とも言えるくらい真っ赤に顔を染めていた。
ツンツンした髪の毛をヘタとするならトマトとは言い得て妙かもしれないと笑ってしまう。
しかし悠長に笑っている暇はない。次の段階へ移行。
まず首に巻いてあるマフラーをほどき、続いて厚手のコートのボタンを震える手で丁寧に外していく。
そこでわずかに身じろぎしたのを私は見逃さなかった。
ちっ、黙ってビジー状態を維持していればいいものを…
こちらも追加戦力を投入するしかないのだろうか?いや、ここで戦力を温存しても意味が無い。

「 と う ま ?」

声色は極めて優しく、かつ怒りを混ぜて脅す。
でもそれだけではダメだ。
言いつけを破ろうとした悪い子には罰を下さなければならない。

「はむっ。レロッ。っちゅ」

頬を擦りつけ、耳を食み、犯し、口づける。
それだけで彼は抵抗をやめた、というより電源が切れてしまった。
ならば再起動するまでは自由時間だ。コートの最後のボタンを外し、前をはだけ密着する。

「ふにゃ~」

想い人の匂いに包まれ何とも言えない気持ちになる。
以前の私が手を伸ばそうにも届かなかった場所に今は届くのだ。

「こんなことで良かったんだ…」

素直になるだけでこんなにも幸せになれる。
恥ずかしさをちょっと我慢すれば、自分を偽り無く表現できる。
本当に今までの自分が愚かしい。

「とうまぁ~♪」


________________________________________________________________________________

―夢を見ていた―

確証は無いが、ここが現実ではないことが不思議と理解できた。
見なれた学生寮の一室で男性は夕食をとっている。
向かいには女性がいて、既に食事は終えていた。

(あれ?)

その男性が、女性が、誰だか知っている気がする。

「どうしたの?味付け変だった?」

「いや。いつも通り美味いぜ」

(いつも通り?でもここは俺の住んでる部屋だぞ?)

上条の疑問を余所に男性は続ける。

「~は今日友達の家に泊まるんだっけ?」

「そうね。学校からそのまま行ったみたい……娘の外泊が心配?」

頬杖をついてに茶化すように女性が問いかける。
~が個人名なのは理解できた。
娘の名前なのか……って…娘?

「アイツの家だろ?なら大丈夫さ」

どうやら信頼している人らしい。

「そう考えると…久しぶりに今夜は二人っきりかしら」

(まてまてまてまてまてぃーー!)

なにか妖しい雰囲気になってきた。
女性は期待を浮かべた瞳で男性を見つめている。

「ごちそうさま!」

(よく言ったっ!)

いろいろとおかしくなりそうな雰囲気を男性は打ち切るが――

「あの子、弟が欲しいって」

――女性は逃がさない。
いつの間にか男性の傍まで来ていて、そしてその首に両腕を回し、ぶら下がるような格好になる。
どこか蟲惑的な表情で“こう”言った。

「今夜はいっぱい可愛がってね?とうま…」

とうまと呼ばれた男性は観念して“こう”答えた。

「今夜《も》な。みこと?」

二人の距離は徐々に縮まり―――――



「ああぁぁぁぁぁぁああああーーーーーーっ!!」

目が覚めて夢特有の浮遊感が無くなりここが現実だと理解した。
荒くなった呼吸を正しながら周囲を見回すとそこは学生寮の部屋ではなかった。
実家の自分の部屋だ。取りあえず現状把握に努める。
昨日は大晦日で美琴から初詣に誘われて…どう考えてもここで寝ていることに結び付かない。
自宅に帰った部分が抜けているのだ。
初詣に行って美琴の様子が変であらためて誓いを立て…全部覚えている。目覚める直前の夢も。
だからこそ変だ。どこから現実で夢か曖昧で判別できない。

「あらあら。当麻さん。どうしたの?」

先の絶叫から心配して様子を見に来てくれたらしい。

「母さん?俺どうしてここに…はっくしゅっ!」

「あらあら。すごい汗。シャワー浴びてきたらどうかしら?」

確かにこのままじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。

「そうするよ。って、どうしたの?」

詩菜はこちらの首筋を凝視している。

「当麻さん」

「はい?」

「いくら親が相手だからって、見せつけるのはどうかと思いますよ」

そう残して去ってしまった。

「?」


数分後、上条は知ることになる。

鏡に映った首筋には、夢と現実を確かに区切るようにして、上条当麻を侵した傷跡があちこちに残されていた――――


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