とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part05

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第四話『変化』


人は変わる。

本人がそれを否定していても、変わっていく。

最初は限りなく透明だった色が。

時間の経過、置かれた環境、他人との接触で変わっていく。

決して全ての物事は、不変ではいられない。



陽が落ちた学園都市は、店先の明かりや街灯によって照らし出される一つの世界へと姿を変えた。
人工的な光と夜の暗闇がそれぞれ支配する世界を、上条当麻と御坂美琴は並んで歩く。
二人はそれぞれの思いを告白した後、少しばかり洒落たレストランで夕食の席に着いた。
お互いに笑顔で、近況のことを色々と話す。
上条が美琴の、美琴が上条の知らない部分を知っていく。
『想い人の未知を知る』ということで、二人は幸福感に満たされるのを実感していた。
それから弱一時間ほどで夕食を済ませて、再び夜の学園都市へと歩を進める。
店を出てから、多く言葉を交わしたわけではない。
しかし不思議と、相手の顔を見ているだけで満たされている気持ちになるのだ。

「えへへ」

「急にどうした?」

頭を上条の右肩に預けながら微笑む美琴に、少しだけ戸惑いを感じながら問いの声を返す。

「なんでもないの。ただ、当麻と一緒にいられるのが嬉しいだけ」

「そう、なのか?」

「そうよ。その……当麻は嬉しくないの?」

美琴は頭を離すと、寂しげな表情で覗き込んでくる。
そんな彼女の様子に苦笑を浮かべた。

「嬉しくないわけないだろ……。美琴がそう思ってくれるのが、俺にとっては何より嬉しいよ」

今の自分が抱いているのが、愛しいという感情なのだろうか。
そんなことを考えながら、上条は優しく右手で美琴の頭を撫でる。

「えへへ、ありがと。……でも、そんなことを口にするのは私に対してだけにして? いい?」

眼前の少女が浮かべている満面の笑顔からは、同時に強大なプレッシャーを感じさせてくる。
自分の直感が警鐘を鳴らして訴えた。この言葉は本気だ、と。

「ぜ、善処します……」

「守れなかったら、新必殺技の実験を手伝ってもらうからね?」

「……的になれってことかよ。幻想殺しがあるからって、気楽に言ってくれる」

憂鬱な気分になりながら、上条は自身の右手を見つめる。
日常の口癖である『不幸』が喉まで出て来た瞬間、

「あはは、冗談よ」

美琴の浮かべている笑顔はさっきと変わらず、感じていたプレッシャーだけが消えていた。
もしかしたらだが、自分の反応を楽しむ為の演技だったのかもしれない。
かなわないな、と感じながら、

「冗談に聞こえないんだよ……。あまり年上の高校生をからかうもんじゃありません」

ふぅ、と大きく息をついて空を見上げる。
冬という季節も相まってか、夜空は澄み切っていた。
月と無数の星々が、漆黒の闇を舞台に煌いている。

――星空、か。

ここ最近、課題などに追われてゆっくりと夜の空を見ることも無かったと上条は思い出す。

「何を考えてるの?」

「ん? ああ。この夜空の中で美琴を例えるなら、月か星か、っていうことを考えていた」

「へぇ、この夜空の中でかぁ……。そんな一面が当麻にあるなんて、意外ね」

無邪気な口調の言葉に照れを感じ、美琴を直視出来なくなって視線を逸らす。

「やっぱり、上条さんには似合わないかな。こんな気障な言い回しは」

「そう? 私は嬉しいと思うわよ。誰も知らないような当麻の一面を、私にだけ見せてくれるから」

再び、美琴に目を移す。
顔が少しだけ赤いのは、恥じらいがあるせいだろう。

「それについては同じだ。美琴が誰にも見せない一面を、今日は見せてもらったからな」

右手でそっと彼女の肩を抱き寄せる。
驚きの表情が浮かんだのが見えたが、すぐにそれは歓喜を思わせるものに変わった。

「嫌だったか?」

「そんなわけないわよ。ただ、突然だったから驚いただけ」

様々な美琴の笑顔を今日は見てきたが、その中でも一番印象に残るような笑顔だと上条は思った。
夏の向日葵を思わせるような明るさ。宝石にも決して引けを取らない輝き。

「……なぁ、美琴。その笑顔を見せるのは、俺の前だけにしてくれよ」

「ふふ。それって、さっきの仕返し?」

「いいや。その、なんだ……。今の笑顔を独占してしまいたいと思ったんだ。……笑えるよな。いつも、偉そうな説教をするくせに。自分のことは棚に上げてな」

「それは人として当然のことじゃない? 私もそうだったわよ。当麻に、『私だけを見て欲しい』って思っていたんだから」

でも、と区切ると、一呼吸おいて再び言葉を続ける。

「今日みたいに素直になれなかった。……よくは分からないけれど、怖かったのかな。変わるのが」

「変わるのが?」

「当麻とどんな関係になるのか。当麻にどう思われるのか。……色々とあったけれどね。この際、当たって砕けろ! 後はどうにでもなる! って思ったら、当麻にモーニングコールを送っていたの」

「何と言っていいか……。美琴らしいな」

「学園都市の超電磁砲は、自分の心すら相手に向かって一直線よ」

上条の左胸を、美琴が人差し指で優しくなぞる。

――全く、かなわないな。

今日の美琴の一挙一動が、本当に可愛らしく、魅力的に映る。
こんな少女と交際を開始するのだから、

――俺も、変わらなくちゃな。

小さい決意を胸に秘めて、美琴を見つめる。
せめて、彼女に見合う男でありたい。そう思うのだった。


「そういえば、今は何時だ?」

携帯電話を取り出し、画面を表示させた。時刻は既に七時半を回ろうとしている。
常盤台には八時過ぎの門限があったことを思い出した。

「もうこんな時間か……。常盤台の寮まで送るぞ」

「え? い、いいわよ。そんなの。第一、黒子とかに見つかったら騒ぎになるわよ」

「俺が送ってやりたいんだ。駄目か?」

顔を赤くして、う~、と唸る。
……可愛いと思ったが、それを口にすると電撃が飛んできそうだったので、心の奥にそっと仕舞う。

「……そんな言い方されたら、駄目なわけないじゃない。……ばか」

「上条さんは馬鹿ですからね。まぁ、これぐらいさせてくれよ。彼氏としてな」

「か、彼氏……。ふにゃぁ~」

反射的に上条の右手が美琴の頭に伸びる。
間一髪で美琴の漏電を防いだ上条は、やれやれと心中で呟きながら思った。

――言った俺も正直、照れくさいんだが。


常盤台中学の学生寮、208号室。
美琴はお気に入りのパジャマに着替えて、ベッドに身体を寝かせて今日を振り返る。
同居人の白井黒子がなかなか浴室から出て来ないが、今の彼女にはそんなことに気を回す余裕は無い。
何しろ、今日は美琴が歩んできた約十年半という年月の中で、特別な日になったのだ。
勇気を出して、朝一番で片想いの異性と会う約束の電話をかけて。
告白から、相思相愛の恋人という関係になって。
彼氏だからという言葉を聞いた後、学生寮まで送ってもらって。

――えへへ。しあわせぇ……。

だが、このまま何も変わらないというのはあり得ない。
周囲の環境や関係の多くは、時間という水流が変えていってしまうだろう。
それでも、当麻に対する思いだけは不変のものでありたいと、心の中で願っている。

――今日はありがとう。そして、お休みなさい。当麻……。

愛しき人の名前を胸に抱き、ゆっくりと美琴は眠りについた。
至福の笑みを顔に浮かべて――。


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