とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part04

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第三話『幸福』


夕陽の傾く時間。

いつもの通学路を。

いつもと同じように歩いていく。

ただ、いつもと違うのは、一人の少女が傍らにいること。

もう一つは、今までに感じたことのない温もりが、胸の内から生まれていること――。



学園都市も冬を迎えているとはいえ、この日は比較的温暖であった。
ほとんど風も吹かず、体感温度だけで言えば春先とほぼ同じ程度だといっていい。
そんな日の夕暮れ時、下校の途を歩く上条当麻は、自分の右隣を歩いている少女に目を向けた。
栗色のショートヘアーに、茶色を基調としたブレザーの制服を着ている。
様々な肩書きを持つ、学園都市屈指の超能力者、御坂美琴。
顔を合わせれば殆ど喧嘩沙汰になっていたが、今日は不思議とそういった事態に発展しそうな気配はない。
むしろ、今日は穏やかな空気が二人の間に流れていた。
その視線に気付いたのか、美琴も上条の方に顔を向けてくる。
少しばかりの不安と困惑が入り混じった表情を浮かべて、

「どうしたの?」

と聞いてきた。
朝方に『時間が空いているか』と電話で聞かれた後、夕方の下校時に会ってからあまり言葉を交わしていないからだろうか。
そうしたことで変に気負ってしまっているのなら、それらを打ち消してやらねばなるまい。
自然な笑みを浮かべた上条は、言葉を考えながら返事をする。

「いや……。こういうのが、『幸福』ってやつなのかと思ったんだよ」

『幸福』について深く考えたことはない。
上条にとってすれば、スーパーのタイムセールで、目当ての特売品を残り一つでゲットしたり。
何かの抽選で景品が当たったとしたら、それが幸福というものなのだろう、と考えていた。
しかし、物欲で感じるような幸福もあれば、そうでないもので感じる幸福もあるのではないか――。
美琴と共に下校している中で感じた温もり、これが確実に幸福だと断定は出来なかったが、それに近いものではないかと推測する。

「その……お前はどう思ってるんだよ」

ぶっきらぼうに返した言葉に、しまったと舌打ちする。
これではまた、喧嘩沙汰になりかねない。
もっと言いようがあっただろうに――。
そんな上条の心中とは裏腹に、美琴は静かな笑みを浮かべていた。

「そんなこと言われたら……幸せに決まっているじゃないの。ばか」

その表情を直視できなくなった上条は、そうか、とだけ返事を返して視線を外す。
そんなやり取りをしていた時、少しだけ吹いた風に、美琴のショートヘアーがふわりと揺れた。
風に乗って、爽やかな柑橘系の香りがする。
使用している整髪剤のものだろう。
それにしても、レベル5としての自信に溢れ、勝気な超能力者としての一面。
常盤台のエースと呼ばれながらも、自販機に回転蹴りをする自由奔放な一面。
そして、今日のような普通の女の子としての一面。
一体、どれが御坂美琴という少女の本質なのか?
そんなことを考えながら、上条は再び美琴へ視線を移す。
そこには、先ほどと変わらない年相応の少女がいた。
だが、上条の考えはそれを見たところで解決するわけでもなく、逆に迷ってしまうような感覚に陥るのだ。

「ねえ。ちょっと寄り道したいんだけれど、いい?」

美琴からの声で思考が中断される。
声の調子は若干、緊張しているように感じられた。
朝にかかってきた電話越しでの声と同じように。

「朝の約束もあるし、何処へでも付き合うよ」

少しでもこの少女の傍にいてあげたいと、いつの間にか感じている。
逆に離れてしまえば二度と会えないような、不思議な気分だ。

「じゃあ……」

その先に続いた言葉は、意外な場所を示していた。


「ここ、覚えてる?」

「覚えてるも何も……。初めて会った場所だろ? ……『今の俺』とお前が」

そこは、お金をことごとく飲み込むという都市伝説を持つ自販機がある公園。
半年前の夏、上条はある一件で記憶が無い状態にあった。
以前に会っていた美琴との記憶も失っており、この場所が今の上条と美琴の関係の始まりといってもいい。
上条の記憶からすれば、という話ではあるが。

「それにしても……やっぱり眠いな」

学校の保健室で仮眠をとったとはいえ、実質は四時間くらいしか眠っていない。
あくびをなんとか堪えながら、上条は目を擦る。

「眠い? だったら……」

そう言って周囲を見渡す美琴。
人影は見当たらず、視界に入ったのは一つのベンチ。
よし、と頷くとベンチに向かって歩き出す。
その行動に疑問符を浮かべながら、上条も後に続く。

「ほ、ほら。隣に座って」

美琴はベンチに腰を下ろすと、上条に腰を下ろすよう促す。
それに従って、ゆっくりと腰を下ろした。
だが、次に発した美琴のとんでもない発言に耳を疑うことになる。

「ひ、膝枕してあげるから」

――へ? 今、何と仰いました?

ぽんぽん、と膝の上を叩いている美琴。
聞き違いではないのは、林檎のように紅潮した表情を見れば一発だ。

「こ、これなら少しは休めるでしょ? 人もいないし……」

「いやいやいや! 休めるとか休めないとかそういう問題じゃなくて!」

非常に魅力的な提案だったが、知り合いに目撃されたりするなどのアクシデントが起こる可能性が高い。
その原因には上条自身の不幸体質もあったが、

――健全な男子高校生が、そんなことをされて理性が吹っ飛ばないわけがないことぐらい分かるだろ……。

一人の『男』としての自覚もあった。
しかし、そんな上条の心中を眼前の少女が察知できる筈もなく。

「や、休めないの!? 折角、休める場所を提供してあげるっていうのに!」

怒りの感情が口調に混じり始め、電撃がバチバチと美琴の身体から現れ始める。
マズイ。これでは結局、また喧嘩沙汰に終わってしまう。
そんな別れ方はしたくない。そう思い始めている自分の変化に戸惑いながら、上条は折れた。

「そ、それじゃあ……御言葉に甘えさせて頂きます……」

壊れてくれるな、俺の理性。
一切の欲望を捨て去るように念じながら、ゆっくりと隣に座る少女の膝に頭を預ける。
美琴の膝はまるで最高級の羽毛を使用した枕のように柔らかく、温かかった。

――あー。気持ちいいなー。ホント、このまま眠っちまうかも……。

「いつも無茶ばかりしちゃって……。少しは自分のこと、大事にしなさいよ」

さっきまでの怒りが嘘のように、心配するような声で上条のツンツン頭を撫でる美琴。
その感触はまるで、母親に頭を撫でられているのではと錯覚してしまうほど優しいものだった。

――不思議だ。いつも喧嘩になってしまう御坂が、こんなに優しくしてくれるなんて。

膝からの誘惑に抗うべく、そんなことを考えていると不意に声がかかる。

「あれ? ……寝ちゃった?」

――はい! 上条さんは寝ています! 決してやらしいことは考えておりません!

「……あのね、今まで言えなかった。何気なく続いている日常を壊すのが怖くて」

――な、何でせうか?

「でも……言わなきゃ伝わらないことだって、あるんだよね……」

――御坂?

「私ね、上条当麻のことが好き、大好きなの。……言葉にしちゃうと安っぽいけれど、そういった表現しか、私は知らないから……」

――あ、う?

「……どう思っているのかな。当麻は」

――そ、れは。

「あーあ。起きている時に面と向かって言えないんじゃ、どうしようもないのに、ね……」

――つまり、その。

その告白を聞きながら、今まで美琴をどのように見てきたかを思い返す。
最初は本当に年下だからといって、子供のようにしか見ていなかった。
いつからだろうか。その見方が徐々に変化していって。
なかなか考えてはみたが、答えを見出せなくって。
だが今日の告白で、自分の見方がどうなのかがはっきりとした。

上条当麻は、御坂美琴に好意を抱いている、と。

しかし、相手の告白でようやく気付くとは……。自分の鈍感さを実感して、自嘲するように思った。

――ああ。その気持ちは、俺も同じだよ。

しかし、その思いはどうやら口に出てしまっていたようで。

「えっ……?」

美琴の驚いた声が耳に届いた時、やっちまったと思ったが時既に遅し。
自分の右手がどうやっても彼女には触れられない場所にある。
これでは電撃を流されてどんな目に会うか――考えただけで恐ろしい。

「お、起きてた、の……?」

声は呆然としている。
起きていたことに対する怒り→電撃のコンボが、上条の頭の中を埋め尽くす。
右手は――やはり動かない。
そんな中、美琴の口から出た言葉は、上条の予想と大きく違っていた。

「も、もう一度、言ってよ。お願いだから!」

さっきの告白の催促だった。
しかし、再び口にするのが恥ずかしくないわけがない。
だが黙っていては、美琴が得意とする電撃で病院送りも覚悟しなければならないだろう。
結局、上条が取った選択は。

「……ぐー」

安易過ぎる選択だった。子供ですら、こんな声を聞いても寝ていないと思うだろう。
上条にしてみれば、照れ隠しのつもりであったが……。

「――ッ! た、狸寝入りするなぁ!」

そんな照れ隠しで誤魔化されるほど、女心は簡単ではないわけで。
美琴は両手で上条のツンツン頭をガッチリとホールドし、残像が見えるほどシェイクする。

「当麻! アンタが! 起きるまで! 振るのを! 止めないからッ!」

どうやら、美琴の台詞は最近ハマッている漫画から流用したもののようだ。
もし、この光景を見ていた者がいたとしたら、効果音すら形として見えていただろう。

「や、やめてくれ! 頼む、頼むからぁ!」

上条の哀願が、公園中に響き渡る。
その時の衝撃は、死線を潜り抜けてきた経験のある彼でさえ、後にこう述べた。


――電撃と比にならない。本当に死ぬかと、思った。

「うぅー……。気持ち悪ぃ……」

「ご、ゴメン。……ちょっと、やり過ぎたわ」

左手で口を抑えている上条の背中を、ゆっくりとさする美琴。
両肩を上下させながら、気分を落ち着かせていく。

「それで……さっきのことだけど」

自分のことを好きだという少女が、期待を込めた眼差しを向けている。
その少女のことを同じ気持ちで思っている自分がいる。
だとしたら、応えねばなるまい。

「わかった。……一度しか、言わないぞ」

深呼吸を一息つくと、ゆっくり美琴の方へ顔を向ける。
少女の双眸を、これほど間近で見つめるのは初めてではないか。
そんなことを考えながら、告白の言葉を口にする。

「上条当麻は、御坂美琴のことを好きだと思っています」

顔から火が出るのは比喩ではないと思うほど、恥ずかしいと思った。
しかし、その告白に美琴は首を振る。

「……丁寧な言葉の飾りなんか要らない。当麻の思いをそのまま、聞かせて」

「わかったよ……」

むぅ、と考え込む。自分のありのままの思い――だとしたら。

「お前が好きだ……。美琴」

これほどまでに、飾り気のない単純な告白はない。しかし、上条当麻は嘘を隠したりするのが下手な人間である。
率直な告白こそが、少女にとってどれだけ聞きたかった言葉だったのか――。
美琴の瞳が、見る見るうちに潤っていく。
そして、数秒も経たないうちに、ぽろぽろと涙が頬を伝って落ちていった。
今まで塞き止めていた何かが、滝のように流れ落ちる。
その様子に、上条は慌てて狼狽の表情を浮かべた。

「ど、どうした!? か、上条さんは何か、間違えちゃいましたか!?」

「違う……違うの。名前で……名前で呼んでもらえるのが、こんなにも嬉しいことだったなんて……思わなかったから……」

ふと、普段の美琴がなんと呼ばれているかに気付く。
レベル5第3位。超電磁砲。常盤台のエース。お姉様――。
その他に、彼女のことを『御坂』という性で呼ぶ人物は多い。
だが、『美琴』という名前だけで呼ぶ人物は、今となっては両親ぐらいしかいないのだろう。
いくら親しき間柄になったところで、周囲がそう簡単に呼ぶことを許さない。
いや、許されない環境を作り上げてしまったのだ。
それを作り上げたのは皮肉にも、美琴自身が積み上げてきた努力だった。

「……すまなかったな。気付いてやれなくて……」

「当麻……とうまぁ……」

泣きじゃくる美琴の身体を抱き寄せて、頭を撫でながら上条は思った。
これからは、漠然とした『護る』という思いで、彼女を見ていくのではないということを。
こんな自分に幸福の喜びを教えてくれた、とても大切な人だからこそ、護りたいのだと。


その日、上条当麻と御坂美琴は今までにない喜びを共有して、日の暮れた学園都市を歩いていった。


手と手をしっかり、繋ぎながら――。


第三話 『幸福』 了


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