とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part02

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EPISODE 1


Scene_1  【喫茶店エトワール】

「よっ。ビリビリ、久しびり」

 カウンターに座り、あっけらかんとした笑顔で手を挙げてこちらを向いていたのは……。
 上条当麻、その人だった。

 だが、上条は手を挙げたまま固まっていた。
 顔色がどんどん悪くなり、全身からイヤな汗が噴き出している。
 挨拶をした美琴から、一切のリアクションがなかったからである。

(うう……気マズい。ロシアで会った時に、ビリビリが助けようとしてくれた磁力線を断ち切っちまったのが気まずくて、噛んだように見せてボケたのに、コイツ……それに気付いてねぇ……)
(イヤ、もしかしたら……今のボケをワザとスルーして、今以上に気まずい雰囲気を作ろうとしているのでは……?)
(ヤバい! スルーされたボケがどれ程惨めか? この女、分かってやってやがるのかっ!?)
(それとも、いつものように『久しぶりに会ったのに、何大ボケ咬ましてんのよッ!!』つって、超電磁砲(レールガン)でも打つつもりじゃ……)
(もしかして、……上条さんは何時もの如くやっちまいましたか? やっちまいましたね。やってしまいましたのね。の三段活用ですかァ?)
(こっ、これは……マジで、地雷を踏んだ。イヤ…もはや地雷原の真っ只中なのでは……)

 と、相変わらずイヤな汗をダラダラと流し続けながら、挙げた手をどうしようかと必死にレベル0のオツムにフル演算を強いる上条であった。
 が、こんな時にイイ案が浮かぶくらいなら、普段不幸な現実の幾ばくかは避けられているはずだし、補習や追試漬けの日常なんてあるはずがない。
 自分のオツムに過度の期待をし過ぎていることを徐々に認識しはじめ、諦めの度を強くする。
 だが……、良く見ると御坂の様子がおかしい。
 いつもなら、顔を俯かせ、肩を振るわせて……『アンタって奴はァ~……』と来るはずである。
 ところが……御坂は、上条が見たことのない表情で自分を見つめている。
 目に一杯涙を溜めて、そこから大粒の滴がポロポロとこぼれ落ちている。
 何かを言いたいのだが、言えない。言葉に出来ない。それを現すように唇はフルフルと震えている。
 自分がそこに居ることが信じられないという感じで、首をゆっくりと横に振りながら、でも目は自分の顔を見つめて視線を逸らそうとはしない。
 その表情を見て、上条は胸の中を何かに射貫かれたような感じがした。

『(ズキューーーンッ!!)ドキッ!?』

(なッ、何だ!? 今の何ですか!? 胸に何かが突き刺さったような? 心臓を何かに射貫かれたような……?)
(父さん、母さん、御坂がカワイいんですよ。御坂がスゴい可愛いと思ってしまっている上条さんがいるじゃないですか?)
(どうしたんだ?オレッ!!! そんなバカな……。中学生相手にそんなことを思うなんて……。オレはいつからロリコンになったんだぁ~!?)

 と、それまで経験したことのない感情に支配されかけていた上条に、トドメの一撃が飛んでくる。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」

 美琴は溢れる涙を止めることなく、上条の胸に飛び込んでいった。
 そして上条を抱き締め、感情を爆発させる。

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカァ~~~~。どれ程心配したと思ってるのよ。どれ程人に心配かけたら気が済むのよォ~~~」
「会いたかった。会いたかった。会いたかったよォ~~~。生きててくれた。生きててくれた。生きててくれたんだぁ~~~」
「ウソじゃないよねっ! ウソじゃないよねっ! ホントにアンタよねっ!! ホントに帰って来てくれたんだよねっ!!!」
「あ……あのッ……、みっ、みみっみみみみみ御坂さん?」
「バカバカバカバカ。心配したんだよッ。心配したんだよッ。ホントに心配したんだからぁ~~~!!!」
「帰って来てくれた。帰って来てくれた。帰って来てくれたんだぁ~~。ホントに当麻が帰ってきてくれたんだ。うわああああああああああああああん」

 美琴の想定外の行動に、上条はオロオロするばかり。
 一方美琴は上条に抱きついて泣きじゃくるのをやめない。
 上条は仕方無くしばらくそのままでいたのだが、チラッと後ろを見るとマスターが口パクでこう言った。

(ちゃんと『ただいま』って言ってやれ。バカ野郎)

 『バカ野郎は余計だろう』と思ったが、さすがに口には出来なかった。
 そして、相変わらず自分にしがみついて泣きじゃくっている女の子の茶色の髪を優しく撫でてやり……

「ただいま、御坂。心配かけて、ゴメンな」

 と言った。
 すると、泣きじゃくっていた美琴は顔を上げ、涙を一杯に溜め真っ赤に腫らした目で上条を見つめ……

「お帰りッ!! このバカ!!」

 と、上条が知る限りの最高の笑顔で『お帰り』を言ってくれた。
 上条はその時、本当に学園都市に帰って来たのだと実感したのである。
 なぜ自分がそう感じてしまったのかまでは気付いていなかったが……。

 その二人の挨拶が済むと、アッコが助け船を出す。

「美琴ちゃん、上条君が困ってるから、そろそろ泣き止んであげたら? もうしばらくそのままで居たいのは分かるけどね♪」

 そう言われた美琴は、『ビクッ』と身体を震わせ、徐々に泣き声を抑えて行き、しばらくすると泣き止みはしたのだが……
 いつまで経っても、上条に抱きついたまま離れようとしない。
 イヤ、離れられなくなってしまっていたのである。

(わっ、私ったら……なッ、ななっなななな何てコトをしちゃってる訳!?)
(コイツの顔を見た途端、……もう全部が吹っ飛んじゃって、思わず抱きついて泣きじゃくっちゃったんだけど……)
(これって、これって……もう……『好きだ』って告白してるのと同じようなもんじゃないッ!)
(どうしよう。このまま抱きついてるのも恥ずかしいけど、それ以上に、今コイツに顔を見られるのが……一番、恥ずかしい……)
(絶対にグチャグチャになってるよ、私の顔ッ。そんな恥ずかしい顔 糸色 文寸 見せられないッ)
(どうしよう……、どうしよう……、どうしよう……。どうしよう……。どうしよう……。どうしよう……。どうしよう……)
(恥ずかしい……思いっ切り恥ずかしいよォ~。コイツの顔、今見たら絶対にヤバいよ……。何言っちゃうか自分でも分かんない……)
(でも、もし、このタイミングで『好き』って言ったらどうなるんだろう? ある意味今しかないかもっ!? ココまでやっちゃったんだもんねッ。言っちゃう? 私、言っちゃうッ!?)

「あ、あの~……み、御坂さん。……そろそろ離れて戴けないでせうか?」

 さすがに理性の限界に来たのか、上条が怖ず怖ずと聞いてくる。
 美琴は頭の中で必死に『告白』のシミュレーションを繰り返す。
 そして、上条の胸に埋めていた真っ赤に染まった顔をゆっくりと上げて、上目遣いに上条をジッと見つめる……。

 赤く染まった顔。
 涙でウルウルになった瞳。
 そして、上目遣いの真剣な表情……。
 今の上条の視界に映る全ての光景である。

 『黒い三連星』のジェットストリームアタックを遙かに凌駕する、三段同時攻撃。
 それに対する上条は、ニュータイプでもなければ、強化人間でもない。
 ただのレベル0。学園都市最弱の無能力者だ。
 右手に宿す摩訶不思議な力。
 幻想殺し(イマジンブレーカー)で学園都市第1位を破ったことがあるとは言え、今の状況では、その右手も何の役にも立ちはしない。
 美琴の三段同時攻撃に、ただただ固まり、ただただ胸を何かに射貫かれるのみである。

 しばらくすると、意を決したかのように美琴が言葉を発する。

「わっ、わたッ……わたっ、私ッ……あっ、あのッ……あッ、アンタの……あ、アンタのコトg「コラッ! 上条!!」の……え!?」

 一世一代の美琴の告白を遮るように、一人の少女が怒鳴りながら店に入ってきた。

「あ……雲川先輩……」
「…(誰? 誰か来たの?)…」
「もう…、勝手に行かないで欲しいんだけど……アレ?」
「あッ、あのッ、こっ、これはですね……」
「…(誰なの? この女の人?)…」
「フ~ン、アンタにそう言う相手がまだ居るとは思ってなかったんだけど」
「あッ、イヤ、そういうコトではなくってですね……何と言いますか。そのッ……」
「…(えっ!?)…」
「そんなに慌てなくてもイイと思うんだけど」
「あ、……アハ、アハハハハ……オイッ、御坂ッ。イイ加減離れてくれよッ!」
「えっ!? ……あっ!? ごっ、ゴメン……」

 知り合いに見られて恥ずかしいのか、慌てて上条は美琴を引き離そうとする。
 仕方無く、上条から離れる美琴。
 だが、その女性が来るまではなかったはずの、自分に向かって飛んできた上条の行為と言葉の『何か』に少し『ムッ』と来ている。
 そして、自分の告白を遮った女性の方をチラッと見る。

 黒髪のセミロングヘアーが美しい。
 あの制服は上条が通っている高校のそれのようだ。
 雰囲気はつかみ所の無さそうな飄々とした感じではあるが、何よりかなりの美人である。
 そういえば先程、上条はこの女性を『雲川先輩』と呼んでいた。
 ということは学校の先輩なのだろう。
 一体、上条とどういう関係なのだろう?
 などと考えていると……

「初対面の人間をあんまりジロジロ見るのは、礼儀に反するように思うんだけど」

 と言われてしまった。
 上条とこの『雲川先輩』という人の関係に頭が一杯になっていたため、この人から視線が外せなくなっていたらしい。
 慌てて俯き、視線を外して謝る。

「あッ、す、スミマセン……」

 別の意味で顔が赤くなる。
 シュンとなって、身を縮こませるしかない。

「まぁ、コチラもあんまり人のコトは言えないんだけど」

 と、苦笑混じりにその少女が言う。

「それにしても、上条。いつも『不幸だ』とばかり嘆いてるけど、今日のお前はスゴく幸せだと思うんだけど」
「えっ? なッ、何でッ!? 何のコトでせう?」
「今日で3人目だったと思うんだけど。お前が抱きつかれた女の子の数」
「う゛……」
「え゛……?」
「空港までオマエを迎えに行って、そこで私に抱きつかれて……」
「あわわわわッ!?」
「…(ムカッ)…」
「お前の寮に戻ってみたら、中に二人女の子が居たんだけど、銀髪シスターがお前に向かって駆け寄ろうとしたのを突き飛ばして、ショートカットで二重の胸の大きな女の子が、その子と同じようにお前に抱きついて盛大に泣きじゃくって……」
「あうあうあうあうあうぅぅ……」
「…(ムカムカ)……」
「その後、銀髪シスターにシッカリ噛み付かれてたのは、お前らしい「不幸」だったと思うんだけど」
「だァ~~~~~、それまで言いますかァ~~?」
「…(フンッ! いい気味よッ)…」
「で、一緒にこの店に来て…私に電話がかかってきたから、少し先に行って貰ったら、…シッカリ3人目に抱きつかれてるシーンを拝ませてくれた訳だけど」
「あッ、だッ、だから……それは、その……」
「…(む~~~~~~ッ)…」
「お前は一体、どれだけの相手にフラグを立ててるのか、一度調べてみたい気もするけど……。今は先ず、食事を済ませることが優先だね。……ってコトで、マスターいつものヤツお願い」
「アイよ。量は、少なめだな」
「当然。……と言うより、アレを私に全部食えって言うのは、完全に拷問だと思うんだけど」
「そりゃそうだ。ワハハハハ」
「……ハァ……不幸だ……」
「あ、あの……」
「うん? 何か聞きたそうだけど。常盤台のお嬢さん」
「あ、あの……コイツとは、そっ、その……どういうご関係なんですか?」
「あ、御坂。あのな、雲川先輩はオレの高校の先輩で……。今回、日本に戻ってくる時に色々手を回してくれたんだ」
「えっ!? 手を回してくれたって?」
「お、オレさ、学園都市に無断でロシアに行った訳だろ? だから、帰る許可がなかなか降りなくってさ……」
「理由はそれだけじゃなかったんだけど。まぁ、このバカには色々と借りがあるから、今回ちょっとコネを使ってその許可を無理矢理取ったんだけど……」
「あ、あの……『借り』って?」
「簡単に言っちゃえば、私がこいつに惚れてるってだけのことなんだけど」
「「ええええええええええッ!?」」
「あれ? 上条、お前気が付いてなかったの? とっくに気付いてくれてると思ってたんけど」
「そっ、そんなの、気が付いてる訳ないじゃないですかっ!? いつもいつも、不幸な目に遭ってるオレを見てケラケラ笑ってるだけなんですから!!!」
「私としては、とっくに『無血開城』しているつもりなんだけど」
「へっ? それってどういう意味何でせうか? おバカの上条さんに分かるように言って欲しいのですが……」
「……何だかんだと、色々世話を焼いてやってるはずなんだけど……」
「あ……う……そ、それは…まぁ……確かに……」
「まぁ、お前に好きになって欲しいとか付き合って欲しいとか、そんなんじゃないんだけどね。お前にはいつも楽しませて貰っているからって言うのが理由……って感じなんだけど」
「それにしても、いきなり先輩から『惚れてる』なんて言われたら……」
「ふふ~ん、嬉しい?」
「あ……イヤ、その…先輩に…そういう感情を……抱いたことがなかったし……。それに、いきなりだったんで驚きましたけど……。とにかく、先輩をそういう対象として見たことはなかったので……」
「……あ、……ハァ~。まさか告って1分も経たないウチにフラれるとは思ってなかったんだけど……」
「え゛……そっ、そんな……そういう意味で言った訳ではないんでせうが……」
「相変わらず、鈍感な奴だね。お前は……。今確か、私にはそういう感情を抱いたことがないって言ったと思うんだけど!?」
「あ……ハイ……」
「つまり、お前は私を恋愛対象として見たことがないってコトだと思うんだけど?」
「それが、何か……?」
「……」
「……」
「……」

 思わず、美琴、芹亜、そしてアッコが互いの顔を見渡し、最後に大量の『?』を頭の上に並べている上条を見つめて……

「「「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~」」」

 と、三人同時に怒濤の溜息をついた。
 そして……雲川が奥で調理をしているマスターに向かって叫ぶ。

「……マスターっ!! 上条のハンバーグセットに毒盛って欲しいんだけどぉ~ッ!!」
「アイよォ~!」
「え゛え゛~~~~ッ、なッ、何でだァ~~~~~~!?」
「芹亜ぁ~、何の毒がイイんだ?」
「ん~……テトロドトキシン?」
「分かった」
「オイッ! 有るんかいッ!?」
「……バカ……鈍感……」
「ヘッ!? …あッ、み、御坂? ちょうど良かった。教えてくれよ。今ので何でオレが雲川先輩をフッたコトになるんだ?」
「えっ!?」
「だからさ……、どうしてオレが雲川先輩をフッたコトになるんだ?」
「あ……アンタって……、アンタって奴はぁ~~、……それを私に聞くんかいッ!!!!!」

 上条の鈍感極まりない質問を受けた途端、美琴のボルテージが一気に上がり、全身を青白い炎の如き電撃が包む。

「バッ、バカッ!? こんなトコロでッ……!?」

 上条は慌てて右手を突き出し、美琴を抱き締める。

『パキィィィンッ!!!』

 幻想殺し(イマジンブレーカー)の効果で、美琴を包む電撃の青白い炎は一気に消し飛ぶ。

『ドキィッ!!!』
(えっ!? わっ…私ッ、こっ、こここコイツに抱き締められてるっ!?)
「ふ…ふ…ふにゃぁぁぁ~~~……」

 だが同時に、……上条に抱き締められたという事実を認識した美琴の意識も……電撃と共に消し飛んでしまう。
 上条の右手が美琴の頭に触れているため、漏電も起こらない。

「あっ、あれっ!? おッ、オイ……御坂? 御坂……? み、御坂さん?アレッ!? しっ、しっかりしろっ。御坂ァ~~~!?」

 上条は大慌てで、美琴を抱き抱えたまま呼びかけるが、美琴の意識はしばらく戻りそうにない。
 目の前で展開される出来事を見て、さすがの雲川もショックを受けざるを得なかった。

(いくら何でも、フラれたばかりの私の前で、この展開は……酷すぎると思うんだけど……)

 そう、心の中で呟くしかない雲川芹亜だった。



 しばらくして……

「不幸だ……」

 上条と雲川が注文した料理が出て来た。
 先程、美琴とアッコが食べていた『ハンバーグディナーセット』だ。
 上条のは普通(約二人前)盛。雲川のは少なめ(と言っても女性にとっては結構な量だが……)になっている。
 雲川は早速その料理をパクついている。
 余談だが、その胃袋にブラックホールを持つと噂される銀髪シスターは、この『ハンバーグディナーセット(大盛り)』2人前を、30分で完食している。

「うんうん、味がとびきりイイって訳じゃないんだけど、懐かしい味なんだよね。マスターの料理は。これでもう少し愛想が良ければ言うことないんだけど」
「放っとけ」
「アハハ……。もっと言ってやって。芹亜ちゃん」

 などと、マスターやアッコと談笑しながら食事をしている。
 一方の上条は……

 先程の自分の質問で美琴を怒らせてしまい、美琴のボルテージが上がって電撃を撒き散らしかけたのを、得意の右手で止めた。
 そこまでは良かったのだが……。
 思わず抱き締めてしまったコトで、美琴の意識まで飛ばしてしまった。
 その後美琴は、意識を失っているにもかかわらず再び上条の胸に抱きついたまま、離れようとしない。
 離そうとすると、ギュッと抱きついてくる。
 仕方がないので上条は、カウンター席からテーブル席に移動して、横に美琴を座らせているのだが……。
 美琴は一向に意識を取り戻す気配はない。

 それどころか……

「とうまぁ……ふにゃ~……帰って来てくれた……嬉しいよォ~……」

 と、いつもは絶対に言えない想いの丈を、無意識の内に言葉にして、繰り返し呟いている。

 上条の目の前には、待ちに待った『ハンバーグディナーセット』が並んでいるのだが……
 美琴に抱きつかれたままの今の状況では、食べることは出来ない。
 テーブルの上で『ジュウジュウ』と音を立て、美味しそうに焼けているハンバーグからはウマそうな香りが漂ってきている。
 先程から、腹の虫は目の前にあるハンバーグディナーセットを要求し続けている。
 だが……美琴が離れない限り、それを食べることは出来ない。
 そんな拷問を上条はなぜか、先程から受け続けているのだ。

(何でオレがこんな目に……ハァ、不幸だ……)

 などと、自分に全ての責任があるって事に全く気付いていないこの人間国宝級の超鈍感男は、いつもの口癖と共にただただ項垂れるだけだった。

「ねェ、芹亜ちゃん。……アレ、どうすんの?」

 とアッコが上条達を指差し聞いてくる。

「放っといてイイと思うけど」

 芹亜は既に『我関せず』を決め込んでいるようだ。

「確かに……自業自得だからね……」

 とアッコ。
 マスターも、苦笑するだけで助け船を出してくれそうにない。
 『やはり、上条さんはそういう運命なのですね』と、当たり前に訪れる不幸な現実に涙するしかない上条。
 そんな中、自分に抱きついて離れない少女の顔を見つめる。

(それにしても……御坂のヤツ。ホントに幸せそうな顔してるよな……)
(こんな男にそんな幸せそうな顔して抱きついて……。そんなに心配かけちまったんだな……ゴメンな、御坂)
(しかし、今日はホントに……雲川先輩だろ。その後、五和に抱きつかれて……、インデックスには……噛み付かれた……)
(雲川先輩に抱きつかれたのって、アレって冗談だと思ってた。オレを困らせて楽しもうとしてるって思ってた)
(まさか、さっきの『惚れてる』発言も……そうだと思ってたんだけど……何か良く分からねえ……)
(で、それを御坂に聞いたら途端の怒り出したのも良く分からねえんだけど……)
(インデックスも、五和もそうだったけど……。でも、ココまでじゃなかったよな)
(御坂が抱きついてくる前の表情……。あんな顔、見たこと無かったよな……)
(こんなに心配かけちまってたのか……。オレの事をこんなに心配してくれてたんだ……)
(そりゃそうだよな。いくらレベル5だからって、中学生の女の子が、わざわざロシアまでオレを助けに来てくれて……)
(でもオレは……、あの時どうしてもしなきゃならないことがあったから……それを断ち切って残ったんだよな……)
(考えたこと無かったけど、……もし、オレが逆の立場だったら……メチャクチャ辛いよな……)
(そんな想いをコイツにさせちまうなんて……。御坂と御坂の周りの世界を守るって約束までしてるのにな……)
(オレって……ホントに、ダメなヤツだな……)

 そんなコトを考えてる時だった。

「とうまぁ……ふにゃ~……もう、ドコにも行かないで……。行っちゃヤダよォ……」

 意識がないはずなのに……、いやだからこそか?
 ポロポロと涙を流しながら、美琴は懇願する。

「傍に居て……。一緒に居て……。……私のそばに……居て……」

 先程から続いている美琴の呟きは小さな声なので、上条以外には聞こえていない。
 それが余計に上条にとっては拷問だったりする訳なのだが……。

「私……当麻のこと……──だよ。……アナタのことが……──なの……」

 その一言を聞いた時、上条は固まった。
 それはさっき雲川先輩から言われたそれの数倍、いや、数十倍、イヤもっとか? 数百倍、数千倍、数万倍……否、もっと、もっともっと威力があった。
 それこそ、天文学的な数字になるかも知れない。
 恒河沙? 阿僧祇? 成豊? 不可思議? 無量大数? などと聞き慣れない単位がレベル0の頭を過ぎる。
 と同時に、先程から連続で喰らっている、胸を射貫く『何か』をハッキリと理解するのだった。

(こっ、コイツッ!? 今、とんでもねぇコトを……。聞いて良かったのか? 今のホントに聞いちまって良かったのかァ~~~~~~!!!!!)

 顔を真っ赤にして、周囲を見渡す。
 もし誰かに聞かれてたりしたら……という心配からだ。
 だが、カウンター席の3人は上条達を無視してケラケラと談笑している。
 その心配は無さそうだ。

(聞かれてねぇ……良かった……。でも……でもよぉッ!?)
(みっ、御坂がッ……おっ、オレの事を……オレの事をっ!?)
(うッ、ウソだろっ!? ウソですよねッ!? 冗談ですよねッ!? 気絶してるのに冗談が言えるなんて……さすがレベル5は違うなぁ……)
(……って、んな訳ねェだろがッ!!! バカか、オレッ!?)

 と必死で今の雰囲気から脱出しようと、一人ボケ一人ツッコミを展開する上条。
 無駄な努力である。(キッパリ!!!)

(どうすりゃイイ!? 今御坂が目を覚ましたら、どんな顔すれば良いんだぁ~~~~ッ!?)
(御坂が何でオレの事をっ!? どうしてッ!? 何でッ!? こんなレベル0の無能力者を、学園都市で一番有名なレベル5のコイツが……)
(……ん? ……でも、オレ、何でこんなに動揺してんだ!? 御坂のコトなんて……、御坂のコトなんて……、何とも思って……)
(何とも思ってねぇはずなのに……何だろう? この胸の奥にあるモヤモヤしたモノは……?)
(分かんねぇッ!? ……どれだけ考えても分からねぇッ!!!)

「一体どうすりゃ良いんだぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 余りの重圧に、とうとう叫んでしまった上条であった。
 カウンターで談笑していた3人がビックリして、こちらを向く。
 だが……、先程と変わらぬ状況を見て、芹亜はこう言い放った。

「全部お前が悪いんだけど。飯にありつけない今の状況を何とかしたいのなら、その子をそのままにしてないで、何とかしてみたらイイと思うけど」
「なッ、何とかって言ったって……」
「起こしてみるとか、呼びかけてみるとか。……さっきから、お前ずっとそのままで、何にもして無いじゃない。それで何とかなると思う方が甘いと思うんだけど」
「あ……う……」
「それとも、その子に抱きつかれたままの方がイイとか? お前にそんな趣味があったとは知らなかったんだけど。……あッ、そうか。だから私はフラレたんだ」「何でそうなるんですかっ!?」
「……ん……ふえ? アレ? 私……どうして……ヘッ!?」

 上条の大きな声で美琴は目を覚ます。
 そして気付く。
 自分が上条に抱きついてしまっていることを。

「あ、あうあう……」
「おッ、気が付いたか? 御坂?」

 上条に呼びかけられ、美琴は真っ赤になってしまう。
 それこそ、お湯が沸かせるのではないか? と思うほどに。
 そして、慌てて上条から離れる。
 その速度は間違いなく音速を超えていた。

「ごっ、ゴメン……」
「あッ、いや。……べっ、別に、うん。……その、大丈夫……か?」

 しどろもどろになりながらも、美琴を気遣う上条。
 その優しさが美琴にとってはたまらなく嬉しい。

「う……うん……」

 赤くなった顔を限界まで赤くさせて、答える。
 それを見て、上条もつられて赤くなる。
 そして……美琴が言ったあの言葉が……頭の中を過ぎる。

(『私……当麻のこと……──だよ。……アナタのことが……──なの……』)

『どっきぃぃぃぃいいいんッ!!!』

 『ボンッ!!!』と音がするのでは? と思うほどの勢いで、真っ赤になる上条。
 そんな二人を見て、さすがに面白くないのだろう。
 芹亜が横目で二人を見ながらこういう。

「やっとお目覚めね。良かったじゃない、上条。これで晩ご飯にありつけるわね」
「えッ!?」
「あ……。いや、御坂は気にしなくてもイイから。そっ、そんなに腹減ってなかったし……」

 と言った途端に……

『グウゥゥ~~~~~~~~~』

 とシッカリ腹の虫が『そんなことねぇぞ!!!』と主張してしまう。

「あ……」
「ごっ、ゴメン……。ホントに……」
「いっ、イイって、きっ、気にするな。なッ。……ん、んじゃ、いただきまぁす」

 そう言うと、上条は目の前にある夕飯にかぶりつく。
 横に居る美琴を無視するほどの勢いで……。

(こんなにお腹、空かせてたのに……私が抱きついてたから……ガマンしてくれてた……の?)

 上条が美琴を無視するように夕飯にかぶりついているのには、全く別の理由があるのだが……。
 意識を失っていた美琴には、その光景は『余程お腹が空いていたのだろう』という風にしか見えなかった。
 だから余計に嬉しかった。
 そんな想いが美琴の中に溢れかけた時……

「そろそろ門限時間だったと思うんだけど」

 と声がした。
 途端にマスターが目を丸くする。

「何よ、マスター。言いたい事があるんなら、ハッキリ言って欲しいんだけど」
「いや、何でもねぇよ。……オイ、アッコ。お嬢ちゃん、送ってやりな」
「あ、そうね。……じゃあ、美琴ちゃん、行こうか?」
「え、…あ、…でも……」
「寮に連絡してあるから大丈夫だとは思うけど、ちゃんと送るって言っちゃったからさ。一緒に行かないと……ね」
「あ…はい……」
「じゃあ、お二人さん、ごゆっくり。アンタ、行ってくるね」
「オウ、頼んだぞ」
「アッコさん、またねぇ~」
「あ……ありがとうございました。失礼します……」
「ああ、良かったらまたおいで」
「は、はい……。あ…、あの……」
「バイバイ、御坂さん」
「は、はい……」
「んあ(モグモグ)…。あッ、御坂、またな~」
「うっ…うんッ!!!」

 上条に声をかけられ、今日2番目の笑顔を見せて、美琴はアッコと共に常盤台の女子寮へと向かう。
 店には、ハンバーグセットを迎え撃っている上条と、カウンターで食後のコーヒーを飲んでいる芹亜とマスターが残された。
 そして、芹亜が洗い物をしているマスターに向かって言う。

「あのね、マスター。そのニヤニヤした顔やめて欲しいんだけど」

 とほんのり頬を染めながら、言い放つ。
 するとマスターが……

「いや何ね。雲川芹亜にあんなイヤミな台詞を吐かせる女の子が居るなんてな。さすが第3位、常盤台の超電磁砲(レールガン)だな」

 そう言われた芹亜は……

『じとッ!』

 とした視線(殺気?)をマスターに向けるしかない。
 まるでそれが唯一の抵抗だと言わんばかりに。
 その視線を感じたマスターは……

「オッと、タバコ、タバコっと……」

 と言いつつ『ニヤリ』と笑ってから、逃げるように奥に入って行ってしまった。

「もう……」

 自分らしくない。
 そう思いながらも、芹亜の口は思わずそんな一言を呟いていた。
 そして、冷めたコーヒーを一口飲む。

「苦ッ…!? ……ちょっと、マスター、今日のコーヒー美味しくないんだけどッ!!!」

 と、ある意味八つ当たりの台詞を吐く雲川芹亜の意識は、視界の片隅でハンバーグをがっつき続けている上条当麻に向けられていた。



 美琴とアッコは、喫茶店『エトワール』を出て、常盤台の寮に向かっていた。

「美琴ちゃん、ホントにイイの?」
「大丈夫です。歩いて帰れますから……」
「……そう? それならイイんだけど……車ならすぐなのに……」
「いえ。それに……、ちょっと歩きたい気分だし……」
「ハハ~ン、幸せを噛み締めたいんだぁ~」

 アッコの一言に『ポンッ(//////////)』と音がして、顔を真っ赤にする美琴。
 それを見たアッコは……

(キャア~~、カワイいッ!! 美琴ちゃん、カワイ過ぎよぉッ!!! 抱き締めたくなっちゃうッ!!! 食べちゃいたいくらいにカワイいッ!!!!!)

 どこぞのツインテールの風紀委員のようなことを思い始めていた。
 そして……

(ああ、こんな娘が欲しかったなぁ……。若い時にもっと頑張っとけば良かった。いや、待って。今からでも、遅くないかも……? あの宿六もまだまだ元気だし、アタシだってまだまだ……。……フフ、フフフフフ……)

 と、虚空を見上げて不穏な笑みを浮かべている。
 そんな妄想にアッコが囚われていることなど知らぬ美琴は、真っ赤になって俯いたままだ。

(アイツが生きてた。そして帰って来た。帰って来てくれた)

 上条が帰って来た。
 その事実を噛み締めながら、美琴はアッコと共に寮へと向かう。
 そんな美琴に、妄想からやっと抜け出したアッコが声をかける。

「何にしても……良かったね。美琴ちゃん」
「あ、ハイッ!!……うッ……グスッ……アッコさん……私……私……うわああああん」

 そう言って美琴は嬉しさの余り、アッコの胸に飛び込んで泣き出してしまう。

「あれだけ盛大に泣いたのに……。まだ泣けるなんてね。……美琴ちゃん、アナタよっぽど惚れてるのね……上条君に」
「えっ!? いや、そっ、そんなッ…あの…うう……あうあうあう……」
「でも、その気持ちをどうやって伝えるか? だよね?」
「あ……、うう……」
「今日は恥ずかしさもあって、彼の前では何も言えなかったんだろうけど……」
「う……うん……」
「今の気持ちを、今度会った時にちゃんと言えるようにならないと……。また、元の関係に戻っちゃうぞ?」
「えっ!?」
「アタシがそうだったからね……分かるんだ。……どうしても、素直になれなくて……」
「アッコさん……」
「時間かかっちゃってね……素直になるのに……。そしたら、アイツ……別の女と引っ付いちゃってね……」
「えっ!? あッ、あの……それって?」
「そっ、今の旦那。あの宿六よ……。ホント、あの時はショックだったわ……」
「でッ、でも……その、今は……ご夫婦なんですよね?」
「うん……アハハ、まあね。……だから、奪い取ったの。その別の女から、アイツを……」
「ええええええええッ!?」
「驚くのも無理ないわよね。……今、思い出してみても……良く、あんなことしたなぁ……って思うもの。我ながらスゴいと思うわ……」
「アッコさん……」
「確かに今は幸せだと言えるわ。でも……後悔していない訳じゃない。ううん、後悔したからこそ、奪えたとも言えるけど……」
「……あ……」
「もっと早くに素直になれてたらって……そう思わなかった時はないわ。アイツに初めて抱かれた時……、私の全てを捧げた時、……ホントにそう思った……」
「…うわ…」
「だから、そんな後悔を美琴ちゃんにはして欲しくないなって思うのよね。私に似てると思うから……余計にね……」
「えっ!?」
「……多分、芹亜ちゃんは本気だよ。口では軽そうなコト言ってるけど、あの子の想いはアナタに負けないくらい強いよ」

 優しいアッコさんが初めて見せる真剣な表情。
 その鋭い視線に、美琴は気圧される。

『ビクッ!?』

 想定していなかったプレッシャーに身体が思わず震えた。

「だから、素直になりなさい。そして想いの丈を上条君に伝えなさい。でないとあの子に奪われちゃうぞ?」

 最後はいつもの人懐っこい笑顔で言ってくれた。
 ウィンクというオマケ付きで。
 その笑顔とオマケに美琴はホッとする。
 そして……

「ハイッ!! 頑張ります!!!」

 と元気に返事をするのだった。

「うんッ。イイ返事だし、イイ笑顔だよッ! その笑顔で彼のハートを撃墜(おと)しちゃえッ!!!」

 とアッコさんも満足そうだ。
 と思ったら、急に抱き締められた。

「いやぁ~ん、やっぱり美琴ちゃんはカワイいわぁ~。こんな娘、産んどくんだったなぁ……。もっと頑張ればよかったァ~。ねッ、もうちょっとスリスリさせてぇ~ッ!?」

 前言撤回。どこぞのツインテールの風紀委員を遙かに上回る攻撃が美琴を襲う。

「ちょっ、……アッコさんっ? ヤダッ、ドコ触ってるんですかっ!? キャアッ……ダメッ……やめてぇ~ッ!!!」
「イイじゃない、美琴ちゃん。同じ女同士なんだしさッ。逃げなくってもイイじゃないッ。ん~~、やっぱりカワイいわぁ~~(スリスリ)」

 人通りが少ないから良いようなものの……(いや、ダメだろう?)。
 知らない人が観たら、間違いなく痴漢に襲われていると思うような行為である。
 あのツインテールの後輩が見たら、羨ましさの余り、彼女も突入してくるだろう。(二人に電撃で真っ黒子にされるだろうが……)
 そんな二人のじゃれ合いはとうとう追いかけっこになり、走りながら常盤台の寮へと向かっていくのだった。

 そんな戯れの中、アッコから逃げながらも上条が帰って来た喜びと、彼に向ける想いを再確認する美琴だった。
 でも……フッとある想いが過ぎる。

(でも……本当に素直になって言えるのかな? アイツに言えるかな? 私……私に出来るのかな?)

 と、不安を感じずには居られなかった。
 そこに居るのは『常盤台の超電磁砲(レールガン)』でも『電撃使い(エレクトロマスター)』でも『学園都市に7人しか居ないレベル5の第3位』でもなかった。
 まだ14歳の恋に悩む普通の女の子。御坂美琴でしかなかった。


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