~外伝 とある夫婦の育児記録2~
暑い夏の日差しがさんさんと降り注ぐ中、上条一家はとある場所にいた。
「プールなんて久しぶりね」
第6学区、屋内プール施設『マリンアイランド』去年オープンしたばかりの大型施設である。
巨大な施設の中には大小数十のプールが存在し、オーソドックスな流れるプールや波のプールから、渦潮プールやら激流川下りプール、鯉の滝登りプールなど、最早なんだか分からないものまである。
また、飲食店や物販なども揃っており、水着着用のまま食事や買い物も出来る。買い物や食事のときは入場時に配られたリストバンド型のIDカードで最後に清算、という形になっており、またそのIDで各所に設けられた集配所で荷物を預け、必要ならば他の集配所からも引き取れるといったこともできるのでほとんど物を持っていなくてもいいというのがこの施設の売りでもある。
巨大な施設の中には大小数十のプールが存在し、オーソドックスな流れるプールや波のプールから、渦潮プールやら激流川下りプール、鯉の滝登りプールなど、最早なんだか分からないものまである。
また、飲食店や物販なども揃っており、水着着用のまま食事や買い物も出来る。買い物や食事のときは入場時に配られたリストバンド型のIDカードで最後に清算、という形になっており、またそのIDで各所に設けられた集配所で荷物を預け、必要ならば他の集配所からも引き取れるといったこともできるのでほとんど物を持っていなくてもいいというのがこの施設の売りでもある。
「まま。まこ、はやくぷーるにはいりたい」
ゲコ太がプリントされた水着の麻琴が美琴の腕を引っ張る。
その目はわくわくと輝いており、暗に早く早くと急かしてくるようだ。目の前のプールに早く入りたいのだろう。
上条たちがいるのは、何の変哲もない普通のプール。
幼い麻琴を連れているのでまずは無難に、といったところだろう。
その目はわくわくと輝いており、暗に早く早くと急かしてくるようだ。目の前のプールに早く入りたいのだろう。
上条たちがいるのは、何の変哲もない普通のプール。
幼い麻琴を連れているのでまずは無難に、といったところだろう。
「麻琴。プールに入るのは準備運動してからな」
「やー。はやくいきたいの~」
上条の言葉にぷくっと頬を膨らませ、美琴の手を早く行こうと引っ張る。
「ダメよ。ちゃんと準備運動しないと、イタイイタイってなっちゃって帰らなきゃいけなくなっちゃうわよ」
「う~。かえるのはやー」
しぶしぶ、美琴と一緒に準備運動を始める。といっても幼い麻琴が一人で出来るわけでもなく、美琴や上条の動きを見よう見まねでやっているだけであるが。まぁ、時折美琴が手を貸してしっかり柔軟させているので大丈夫だろう。
「ぱぱ。げこたふくらましてー」
一通り準備運動が終わると、麻琴が大事そうに抱えていたふにゃふにゃのビニールを上条に渡す。
昨日買って貰ったばかりのゲコ太浮き輪。麻琴の大のお気に入りだ。
昨日買って貰ったばかりのゲコ太浮き輪。麻琴の大のお気に入りだ。
「任せとけ」
麻琴から浮き輪を受け取ると、大きく息を吸って一気に吹き込む。
上条が息を吹き込むたびに、徐々に膨らんでいく浮き輪の様子に麻琴はご満悦のようだ。
上条が息を吹き込むたびに、徐々に膨らんでいく浮き輪の様子に麻琴はご満悦のようだ。
「ぷはぁ、どうだ!」
「すご~い」
会心の一息、とでも言うのか最後に大きく胸をそらせて一気に吹き込み、浮き輪をパンパンに膨らませた。
さすがに少し疲れたのか、上条は肩で息をしているようだった。
さすがに少し疲れたのか、上条は肩で息をしているようだった。
「は、はは。パ、パパにかかればこんなもんだ」
キリッとカッコつけたいようだが、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返し疲労感丸出しである。
「お疲れ様。でも、そこまで張り切らなくても良かったのに。あそこで空気入れ借りれたみたいだし」
美琴の見ているほうに視線を移すと、ちょうど他の家族が浮き輪に空気を入れているようだった。自動で出来るらしく、瞬く間に浮き輪が膨らんでいく。
「……上条さんの努力は一体……」
「ぱぱ。よしよし」
ガックリと膝をついてうなだれる上条の頭を麻琴が撫でる。
「麻琴たん……。うぅ、上条さんは麻琴たんみたいな娘を持てて幸せですよ」
「娘にまで『たん』をつけんな!」
「はいはい。まったく美琴たんってば、娘にやきもちやくなんて。自分以外に『たん』をつけてほしくないからって大声出さなくてもいいじゃねぇか」
特に意図せず口にした上条だったが、どうやら図星だったようで美琴の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「ち、ちち違うわよ!? 私だけ特別に呼んでほしいとか…じゃなくて、当麻だけの特別がいい…っでもなくて、ああぁぁあうあう、あの、その……、そ、そうよ。『美琴たん』言うな、このバカッ!」
「照れ隠しにしても無理があると思うぞ」
「まま。おかおまっかー」
恥ずかしさに支離滅裂なことを言う美琴に夫と娘の言葉が刺さる。鈍感な上条にまでもバレバレで、言い逃れなんて出来そうもない。
そんな美琴がとった手段は……
そんな美琴がとった手段は……
「う、うううるさい! こ、これはあれよ、暑いからよ! 早くプールに入りましょ」
真っ赤になった顔を見られないように、すばやい動きで上条の後ろにまわり、ぐいぐいと背中を押す。力技の誤魔化しだった。
「麻琴~。おいで~」
「ままー」
ぱちゃぱちゃと水を蹴りながらゲコ太浮き輪に乗った麻琴が美琴の元にたどり着く。
美琴に抱きとめられた麻琴は、本当に楽しそうにえへえへと笑顔を浮かべている。
美琴に抱きとめられた麻琴は、本当に楽しそうにえへえへと笑顔を浮かべている。
「じゃあ、またパパのところに行こうね」
「うん」
くるりと美琴が浮き輪を反転させる。
今度は上条の元に、と泳ぎだそうとした麻琴だったが、視線の先に上条がいないことに気付いた。
先ほどまでは、少し離れたところで待っていたはずなのに、その姿はどこにも見えない。
今度は上条の元に、と泳ぎだそうとした麻琴だったが、視線の先に上条がいないことに気付いた。
先ほどまでは、少し離れたところで待っていたはずなのに、その姿はどこにも見えない。
「ぱぱいない……どこー?」
不思議そうな顔できょろきょろと辺りを見回す麻琴。
そんな娘の様子が可愛らしくて、くすりと微笑む。そして視線を麻琴の元に水面下から近づいてくる黒いツンツンに向けた。
すでにその黒いツンツンはいつでも準備できてるぞと、水の中でサインを送ってくる。
そんな娘の様子が可愛らしくて、くすりと微笑む。そして視線を麻琴の元に水面下から近づいてくる黒いツンツンに向けた。
すでにその黒いツンツンはいつでも準備できてるぞと、水の中でサインを送ってくる。
「ぱぱー?」
「どこに行ったのかしらねー?」
そう言いながら美琴も水中でサインを送る。
それに合わせるかのように麻琴の目の前に水中から黒いツンツンが出現した。
それに合わせるかのように麻琴の目の前に水中から黒いツンツンが出現した。
「ふえぇー!?」
どばぁ、と水を掻き分けて突然出現した何かに、麻琴が驚きの声を上げる。
「ぷはぁっ。上条さんでした。どうだびっくりしたか、麻琴ー? ってなんか思ったより反応薄いな」
「ほぇー」
ぽかん、と上条を見上げる麻琴。どうやら事態をうまく把握できていないらしい。
「あれぇー? もっとこう、びっくりしたり泣き出したりするかと思ったんだが、潜って隠れたの無駄骨!?」
「あ、ぱぱー」
今更気付いたのか、嬉しそうにぱちゃぱちゃと泳いでいくと上条に抱きついた。なんというか拍子抜けな結果である。
いつも通りの麻琴の反応に、せっかく驚かそうとしたことが肩透かしをくらい、なんともいえない微妙な表情を浮かべる上条だった。
いつも通りの麻琴の反応に、せっかく驚かそうとしたことが肩透かしをくらい、なんともいえない微妙な表情を浮かべる上条だった。
「……ぶふぅっ!」
そんな上条の表情に、耐え切れなくなった美琴が思わず噴出した。
「美琴!?」
「ぷくく、ご、ごめん。で、でも、あんなに息止めて我慢して潜ったのに、見事にスルーされて、くくっ」
ペシペシと水面を叩いて笑いを堪えようとする。しかし、美琴の脳内に先ほどの上条のなんともいえない表情が思い浮かんでしまった。
「ぶはっ、ごめん無理。さっきの顔、面白すぎる。あははははは」
今度はバシバシと水面を叩き声を出して、周囲の視線を気にせず笑う。もう我慢の限界だった。
唐突に笑い出した美琴に周囲の視線が集まる。
当然その視線は上条たちにも注がれるわけで……
唐突に笑い出した美琴に周囲の視線が集まる。
当然その視線は上条たちにも注がれるわけで……
「な、なんでもないんですよー。何だよこの羞恥プレイは……美琴、いい加減笑うのやめろ。あぁ、視線が、視線が突き刺さる、うぅ、不幸だ……」
「ふこーだー」
笑い続ける美琴とがっくりと肩を落とす上条。
麻琴はその横で楽しそうに上条の口癖をまねしてきゃいきゃいと騒いでいた。
これが数年後、実際に麻琴の口癖になっているという事実は言うまでもないだろう。
麻琴はその横で楽しそうに上条の口癖をまねしてきゃいきゃいと騒いでいた。
これが数年後、実際に麻琴の口癖になっているという事実は言うまでもないだろう。
それからしばらくして、美琴は休憩所になっているベンチで一人、遠目にプールを眺めていた。
波のプールからか、人工的ではあるが波の打ち寄せる音が一定のリズムを刻んでいる。どこか落ち着くその音に、美琴は周囲の喧騒をよそに耳を澄ませていた。
波のプールからか、人工的ではあるが波の打ち寄せる音が一定のリズムを刻んでいる。どこか落ち着くその音に、美琴は周囲の喧騒をよそに耳を澄ませていた。
「ねー彼女。一人? 俺たちと一緒に遊ばない?」
そんな美琴に軽薄そうな声で話しかけてきたのは、やはり軽薄そうな男たちだった。
美琴がこういう目に会うのは少ないことではない。
中学生の頃の可愛らしさはすでに綺麗と評するに値するものに変わっている。整った顔立ちに、均整の取れたモデルのようなプロポーション。あのレベル5の超電磁砲と知らなければ声をかけてくるような輩もいるのだ。超電磁砲と知っている人がナンパなどの声をかけないのは、もちろんバカップルとしても有名だからである。
美琴がこういう目に会うのは少ないことではない。
中学生の頃の可愛らしさはすでに綺麗と評するに値するものに変わっている。整った顔立ちに、均整の取れたモデルのようなプロポーション。あのレベル5の超電磁砲と知らなければ声をかけてくるような輩もいるのだ。超電磁砲と知っている人がナンパなどの声をかけないのは、もちろんバカップルとしても有名だからである。
(こういうのはどっから沸いてくるのかしらね……)
相手にするのもめんどくさそうに、美琴が小さくため息を吐く。
「きっと楽しい思い出になるからさ、一緒に遊ぼうぜ」
「あ、いえ、連れを待ってますので」
とりあえずやんわりと断る。事を荒立てるのも面倒だし、能力で追い払うのは、水辺が近くにあるのでまずい。
「まぁまぁ、そう言わずにさ」
「ちょっ!」
無理矢理男が美琴の腕を掴む。さすがに不快そうに男を睨みつけ、声を上げる。出力を落とした電撃ではったおしてやろうか、と美琴が少々物騒なことを考え始めたとき、その男の手は横から出てきた別の手に抑えられた。
「おい! 俺の妻になんか用か?」
昼食の乗ったトレイを持った上条だった。怒りを押さえ込んでいるような低い声に男たちの動きが止まった。
普段からは考えられないような鋭い眼つきでギロリと睨みつける。
普段からは考えられないような鋭い眼つきでギロリと睨みつける。
「い、いや、何でもありません。失礼しました~」
上条の迫力の気圧されて、男たちは情けなく愛想笑いを浮かべて去っていった。
「ふぅ。ほれ、飯買って来たぞ」
「ぱぱかっこいー」
何事もなかったかのように振舞う上条に、麻琴がきらきらと輝くような尊敬のまなざしを向ける。
「そ、そうか?」
「うん!」
娘からの賛辞に少し照れたような笑みを浮かべる。
「当麻。その、ありがとね」
「別にたいしたことはしてねぇよ。それに俺の美琴が他の男に触られるのが嫌でむかついただ…け……」
ここまで言って上条が言葉に詰まる。
娘に珍しく褒められて気が緩んでいたのか、つい口から本音が飛び出してきてしまった。なんだかとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったのではないか。
少し前の記憶を辿り、「俺の美琴」だの「他の男に触られるのが嫌」だの言っていた事を再確認し、上条に顔が見る見る赤く染まる。
恥ずかしい、これは恥ずかしすぎる。公衆の面前で、娘も近くにいるというのに何を言ってるんだ。
チラッと美琴の方に視線を向けると、やはりしっかりと聞かれていたようで、顔を真っ赤にしてうつむいている。
娘に珍しく褒められて気が緩んでいたのか、つい口から本音が飛び出してきてしまった。なんだかとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったのではないか。
少し前の記憶を辿り、「俺の美琴」だの「他の男に触られるのが嫌」だの言っていた事を再確認し、上条に顔が見る見る赤く染まる。
恥ずかしい、これは恥ずかしすぎる。公衆の面前で、娘も近くにいるというのに何を言ってるんだ。
チラッと美琴の方に視線を向けると、やはりしっかりと聞かれていたようで、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「あ、あのですね、美琴さん。今のはちょっと本音が漏れたというか、つい口走ってしまったというか……」
恥ずかしさを誤魔化そうと弁明する上条だが、誤魔化しになってないのは気のせいではないだろう。
「ふ……」
美琴は美琴ですでに限界だったようで……
「み、美琴、落ち着け。深呼吸して落ちつ…ここ水辺だから、電撃はー!」
「ふにゃー」
上条の悲鳴にも似た叫びと放電音が休憩所に響いた。
それから、数時間後―――
上条一家は帰りのバスに揺られていた。
先ほどの漏電は、かろうじて上条の右手が間に合い周囲への被害は免れたのだが、意識を失った美琴を上条が抱きとめ、膝枕で寝かせて介抱していたため、周囲から色んな意味で注目の的になってしまう結果となった。
美琴が気付いてからは、少し冷めた昼食を食べた後、流れるプールで麻琴が水流に逆らおうと必死に足をばたつかせるも流されていったり、親子3人でウォータースライダーを滑ったりと遊びまくっていた。
さすがに一日遊び続けたからか麻琴はすっかり電池切れ状態だ。上条の膝の上に座り、穏やかな寝息をたてている。
そして、一日中麻琴を追い掛け回していた美琴も、上条の肩を枕にして夢の中だ。
先ほどの漏電は、かろうじて上条の右手が間に合い周囲への被害は免れたのだが、意識を失った美琴を上条が抱きとめ、膝枕で寝かせて介抱していたため、周囲から色んな意味で注目の的になってしまう結果となった。
美琴が気付いてからは、少し冷めた昼食を食べた後、流れるプールで麻琴が水流に逆らおうと必死に足をばたつかせるも流されていったり、親子3人でウォータースライダーを滑ったりと遊びまくっていた。
さすがに一日遊び続けたからか麻琴はすっかり電池切れ状態だ。上条の膝の上に座り、穏やかな寝息をたてている。
そして、一日中麻琴を追い掛け回していた美琴も、上条の肩を枕にして夢の中だ。
(あ~。麻琴のサイズが抱き枕みたいで暖かいし、美琴の体温や香りがなんともいえなく心地よく、眠気が……)
気を抜くと睡魔に持っていかれそうになるのを何とか頭を振って堪える。
(耐えろ、耐えるんだ上条当麻! ここで寝たら絶対乗り過ごして、後で美琴からビリビリが……あぁ、でもやべぇ。意識が飛びそうだ……)
気合を入れなおし睡魔と懸命に戦う。
懐と肩から伝わる家族の温もりに幸せを感じつつも、このままだとこの先に起こる不幸を嘆く上条であった。
実際に上条が寝過ごして、美琴からお仕置きされたのかは当人たちしか知らない。
懐と肩から伝わる家族の温もりに幸せを感じつつも、このままだとこの先に起こる不幸を嘆く上条であった。
実際に上条が寝過ごして、美琴からお仕置きされたのかは当人たちしか知らない。