とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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友達、トモダチ…




 ―――始めは、あいつからの“ある”相談がきっかけだった。

「お、おい、御坂…ちょっといいか?」

 第三次世界大戦やグレムリンによる騒動は一段落し、元の平和を徐々に取り戻しつつあった学園都市。
 あれは、そんな戻りつつある平和を享受して、何気なく一日を過ごしていたある日のこと。
 街中をぶらぶらと歩いていた時、不意に声をかけられたのだ。
 振り返ると、困惑した表情のあいつの姿。

「アンタの方から声かけてくるなんて珍しいじゃない。どうしたのよ? ……あっ、もしかしてまた勉強がやばいとか?」

 その時私は、あいつの表情を見て真っ先に頭の中に思い浮かんだ事を口にした。
 なぜならあいつの表情は、いつも勉強がやばいと泣きついてくる時のそれに限りなく近かったからだ。

「いや、今回は違うんだ。そうじゃなくてだな、その、なんだ…」
「? 歯切れが悪いわね、アンタらしくない。言いたい事あるならはっきり言いなさいよ」

 しかし、それはどうも違うらしく、何やらあいつの様子がどうもおかしかった。
 例え問題が起きたとしても、大抵は自分でどうにかしてしまうあいつがこういった態度をとってくるのは非常に珍しく、私の記憶では勉強以外ではほとんどない。
 普段ならこちらから困ったら相談しろと口を酸っぱくして言い聞かせていても、実際にまともに相談された試しはほとんどないというほどなのだ。
 そんなあいつからの、相談。
 はて、では一体何があったのだろうか、また何か厄介事でも発生したのだろうかと、頭の中で次の候補を考えていた時、あいつは言い放った。

「…………こっ、恋の…相談なんだが…」
「…………は?」

 それは、ほんの数ヶ月前の出来事。



【友達、トモダチ…】



 私は、それを聞いた時は耳を疑った。
 単なる空耳とも、誰かの別の人が喋ったのかとも思った。
 だが、違った。
 どうやら気恥ずかしかったらしく、あいつはその後場所を手近なファミレスに移そうと言いだし、そこでどういった経緯で相談に至ったかをつらつらと説明しだしたのだ。
 あいつが話し始めるまでは、その恋愛の相談というのは私のことなのだろうかと胸は高鳴り、心は躍り、頭は舞い上がっていた。
 ……だがそれも違った。
 話の要点のみを説明すると、どうやらあいつは同じ高校の同級生の子に告白をされたらしい。
 そして大絶賛不幸な人生を驀進中の自称モテるはずのない男、上条当麻は恋愛の経験は皆無らしく、告白された時はかなり喜んだようだった。
 一方で、その女の子の事をあいつはよく知らなかったらしく、告白された時も嬉しい反面何故だかさっぱりわからなかったようだった。
 理由を聞いてみると、以前に不良に絡まれた時に助けてくれたことがきっかけ、なのだとか。
 あまりにどこかで聞いた事がありすぎるエピソードで、あまりに予想のど真ん中を行き過ぎていて、その時私は思わず大きくため息をついてしまった。
 あんたは見境なく人を助け過ぎなのよと、怒鳴ったりもした。
 そこからさらに話を聞いていくと最終的には、とりあえず返事は保留にしてしばらく一人で考えたが、恋愛経験皆無故に対処がわからないため、どうすればいいかをこの上条当麻めにお教え下さいと、土下座までされた。
 私は話を聞いている最中あいつのフラグ体質に内心イライラ頭はムカムカしていたが、土下座された時は少し焦った。
 仮にも上条当麻は、自身が少なからず他人とは明らかに違う特別な感情を抱いている相手である。
 にもかかわらずその相手をとられてもいいのか、と。
 そして先を越されてしまったという自分への憤りとあいつのあまりのフラグ体質に嫌気がさしたことも相まって、何故そんなことをよりにもよって私のとこに来るのかと、半ばヤケで怒鳴りながら聞いた。
 曰く、同じ高校でこういうことを相談できる友人がいないから、らしい。
 かといって一人で考えても駄目なことはわかっており、返事もいつまでも先延ばしにする事もできないので藁をも掴む思いで相談にきた、らしい。
 一瞬、追い返して帰ろうと思った。
 一瞬、断ればいいと言おう思った。
 一瞬、返事をしなければいいと言おうと思った。
 その後、私って最低の女だなと思った。
 しかし。
 実際にとった行動はそのどれでもなかった。
 当然ながら自らの恋敵の応援をしたいなどという気持ちは一切なかった。
 むしろ、邪魔したいという気持ちの方が大きかったかもしれない。
 それでも私はあいつからの相談を真摯に受け、一つの提案をした。
 相手の事がわからないから迷っているのなら、とりあえず友達から始めればいい。
 そこで気が合ったなら付き合えばいいという前向きな、つまり結果的に恋敵の援護射撃をしてしまう形になるアドバイスをした。
 何故そうアドバイスをしたのかは、上手く説明できない。
 けれど自身とその女の子を照らし合わせて考えた時、きっとその女の子は勇気を振り絞って告白をしたのだろう、という考えに至った。
 そう考えると、素直にその女の子がすごいと思えたのだ。
 いつまでもうじうじしていて行動にまるで移せていない自分と違って、その女の子はなんと素晴らしいことか。
 私が今までずっとできなかったことを、やってのけたのだ。
 そんな女の子の努力を、勇気を、無下にすることなど、私にはできなかった。

(―――あれからもう数ヶ月経ってるのよねえ…。…まあ、そのおかげで今の関係ができちゃったわけだけど)

 私はあの日あいつと話をしたファミレスにて、目の前のデーブルに置かれている既に冷めたコーヒーを手に取り一気に飲み干すと、一人ため息をついた。
 それからというものの、私とあいつの今の関係は互いの良き理解者同士、と言ったところか。
 あいつにとって私は、何でも話せる良い相談相手となっている。
 そういう意味では親友、と言っても差し支えないかもしれない。
 だが、言ってしまえば親友止まりなのだ。
 あいつは今、紆余曲折あったものの、例の女の子とは上手くやっているらしい。
 まだ付き合っている訳ではないらしいが、でも話を聞く限りでは限りなくそれに近いと私は思う。
 私とあいつとの関係上、その手の話は嫌でも入ってくるのだ。
 何せ、その話題がメインなのだから。

(でも…、今の関係を都合よく使ってる私もいるのよね)

 そう、始めは一方的にあいつからの相談に乗っているだけで、話を聞いたり励ましたりしていただけだった。
 だがある日、少し嫌な事が起き、ふとそれをあいつに話したことが事の始まり。
 その日以降、辛い事、楽しかった事をあいつによく話すようになっていた。
 人の良いあいつはそれを拒む様なことも嫌な顔をするようなことは決してせず、毎回毎回話を真剣に聞いてくれた。
 すると話せる事がより楽しくなってゆき、次第に話をする機会を増やしていくようになり、いつの間にか一番に話すようになっていった。

(そして気付けば私の方が支えられていた、と)

 好意が好意を呼び、さらに好意で返される。
 今の私は終わりのない、螺旋の中。
 そしてまた今日も、話を聞いてもらう約束。

(これじゃ、どっちがどっちの相談役かわかんないわよね…。…にしてもあいつ、遅いわね。また遅刻かしら?)

 今は噂のあいつを待っている最中。
 あいつの登場を今か今かと待ち望んでいる。
 遅刻の常習犯ということはもう承知の上ではあるが、もう少しなんとかならないだろうか、というかした方がいい。
 相手がまだそれなりに気心が知れてあいつの事情もわかる私だからまだいいが、遅刻をよしとしない者だって少なからずいる。
 例の女の子ももしかしたらそういう人種かもしれないのだ。

(これじゃ、色々と先が思いやられるわよねえ…)

 そんな先が思いやられるあいつの心配をよそに、不意に私は空になったカップへ視線を移すと、コーヒーのおかわりをするために席を立った。
 立ったついでに店内を見渡したが、時間がまだ学校が終わってすぐという時間だからかファミレスの中に客はそうはおらず、どこの席も閑古鳥が鳴いている。
 そのために店内は流行りの一一一(ひとついはじめ)の曲が流れている以外はとても静かで、いつもはあまり気にならないはずの食器同士がぶつかるガチャガチャという音が妙に大きく聞こえた。
 私はそんな閑散としている店内のドリンクバーにてぽけーっと、カップの中に黒色の液体が注ぎ込まれていくのを見ていると、

「わ、わりぃ! また、遅れちまった…」

 カップの中が満たされた時とほぼ同時刻、私の待ち人であるあいつは、少し息を切らせながらやってきた。

「……もう、遅いわよ!」

 あいつを怒鳴る私の声には、さほど怒気はこもっていなかった。


         ☆


「さみいいいいいいいいいい!! 今日の北風はまた一段と強いな!」

 相談事も無事終え、今は二人で帰宅途中。
 二人並んで、川沿いの道路を歩いていた。
 気温は5℃、冬の夕暮れ時の気温としては極端に低い方ではない。
 だがこいつが言うとおり、北風がビュービューと音をたてて吹いているのがわかるほど強く、視界の端に映る木々でさえ北風に靡いていた。
 加えて、時間はもう既に17時を回ろうとしている。
 すっかり太陽はその高度を下げ、空を鮮やかな茜色に染めながら今にも山にその姿を隠そうとしていた。
 はっきり言って、寒い。
 震えるくらい寒い。

「……何言ってんのよ。雪で覆われてたあの極寒のロシアをその学ランとマフラーだけで凌いだ男がよく言うわ」
「う…。それは、その、あれだ。その場のノリというかテンションというか…」
「じゃあそのその場のテンションとやらでどうにかすればいいじゃない。なんなら私の電撃で焼いて(あたためて)あげようか?」
「……あの、美琴センセー? 何故か上条さんには焼いてと書いてあたためてというルビがふられているのがなんとなく見えるのですが…?」
「何? そんなにやってほしいの?」
「全力でお断りします!」

 威嚇で一瞬バチッと額のあたりで電撃をちらつかせるが、それを見るや否や、あいつはしゃんと背筋を伸ばして断固拒否の姿勢をとる。

「久々に追いかけっこでもしてあったまろうかと思ったけど、駄目か」
「お前の電撃を避けながら死にそうな思いで逃げる俺の身になってみろよ!? お前のビリビリはまじでシャレにならねえんだからな!」
「打ち消せるんだから、関係ないじゃない。あとビリビリ言わない」
「それは右手オンリー! 右手以外に当たったらいくら上条さんでも危ないの! オーケー? どぅーゆーあんだすたん!?」
「はいはい、分かったから下手な英語使わなくてもいいわよ」
「ぐっ…」

 だがそうは言っていても北風は一向に止む気配を見せず、寒さも半端じゃない。
 気温それ自体は凍えるほどの低さではないはずなのだが、この極端な体感温度の低さは冷たく強い北風が一役買っているのだろう。
 とりあえず「上条さんだって頑張ってお勉強しているのですよ…?」と、ぶつぶつ呟きながら若干しょげているあいつは放っておいて、体を縮こまらせてできるだけ体温を逃がさないようにする。
 いくら体内電気を操る事で熱を発生させることはできても、その発生させた熱が逃げてしまえばまるで意味がなく、体力の無駄遣いでしかない。
 また、なまじ体が温かい分、肌が露わになっている箇所は一層寒さを感じてしまい、気になって仕方がない。
 それはあいつに関しても同じだった。
 元気だった先程までの姿はどこへやら、腕は次第に胸の前で組まれ、小刻みに体を震わせていた。

「………」
「………」

 寒さのせいか、二人の間に少しの間沈黙が流れる。
 していることと言えば、私は悴んだ手に息をふきかけ、あいつは腕をさすって暖をとっていることくらいだ。
 その二人の間をまた一段と強い北風が吹きぬける。
 堪らず、隣を歩くあいつは寒さに小さく声を漏らし、腕をさする速さをあげた。
 腕をさする速さのコンテストがあるならば、上位を狙えるのではないかと思えるくらいその速さは尋常ではなかった。
 かくいう私も、手が相当悴んでいる。
 いつもならばワンポイントにゲコ太をあしらった愛用の手袋を着用するのだが、その愛用の手袋は今寮の机の上でぬくぬくと過ごしているはず。
 つまる話忘れてしまったのだ。
 どうして忘れてしまったのだと朝の自分に対して嘆きながらも、それでもまだ平気だと思えた。
 今は一人で帰っている訳ではなく、隣にはあいつがいる。
 あいつから特別温もりを感じるわけではない、直接温もりをくれるわけでもない。
 ただ隣にいるだけ。
 それだけで強い北風も、悴んだ指も、強がりでなく平気だと思えた。

「……今日もありがとね、話聞いてくれて」
「……い、いいいつものことじゃねえか。というか別に構わねえぞ? おおお俺も相談してるわけだし、お、おあいこだろ」

 どうやら、相当寒いらしい。
 寒さで悴んでいるのか、隣を歩くこいつの口はカチカチと歯を鳴らし、体はブルブルと震えている。
 そんな姿にクスリと小さく笑い、考える。
 本当におあいこと言っていいレベルなのだろうか、と。
 疑問に思うほどに、最近の私の話とあいつの相談の割合は偏っている。
 明らかに私の方が多いのだ。
 それはそれだけ、私があいつと例の女の子の時間を奪っているという事にも繋がっている。
 なんだかんだと言いつつも本当はこいつも私などとではなく、あの子と過ごしたいのではないのだろうか。
 私はもっと身を引くべきではないのかと、そんな風に考えたこともある。

 しかし。

 本音を言ってしまえば、二人の仲はあまり認めたくはないというのもまた事実。
 認めたくはないからこそ、少しでも辛い、楽しいといったことを話すようにすることで、二人で一緒にいることができる時間を作っている自分がいる。
 一方で、それはそれで心苦しくも思っている。
 私がその女の子の立場だったらそれをどう思うか、とかを考えてしまうからだ。
 もし私が彼女の立場だったら、こんな自分以外の特定の女の子といくら相談のためとは言え頻繁に会わせたくはないし、会う事を許可もしたりしたくない。
 だからこそ、最近こいつと会う時は必ずと言っていいほど罪悪感に苛まれる。
 それを考えてしまうとやはり私は、いつかはこいつに依存しているこの関係を終わらせなければいけないのだろうな、とも思う。
 それもそれで、心苦しい事には変わりはないのだが。

「―――か?」

 なんだかんだと二人で過ごす時間は楽しいのだ。
 このかけがえのない時間をそう簡単には失いたくはないに決まっている。
 故に、罪悪感に苛まれつつも、結果的に何度も何度もこいつを呼びつけてしまう。
 そして終わりの見えない、抜け出せない螺旋の階段を私はまた上っていく。

「――い、み――か」

 こいつもこいつで、何度も呼びつける私を咎めたりすることを全く拒まないことも問題なのだ。
 少しは嫌な素振りを見せてくれれば、少しは拒んであの女の子の元へ行ってくれれば、そうすれば私もこいつへの感情は薄れ、きっと呼びつける回数を減らせる気がする。
 そうだ、結局はこいつが悪いんだ。
 こいつが私に一緒にいる楽しさ、心地良さ、満足感を教えてくれなければ。
 こいつの興味が、もっとあの女の子に向けばあるいは、この関係を―――

「―――おい! 御坂!!」
「……え? ――っ!?」

 私の視界は、その一瞬で真っ暗になった。





「―――あっぶねえなぁ…。おい! 気をつけろ!!」

 状況をまるで把握できず、頭の中が疑問符で埋め尽くされていた時、頭の上からそんな声が聞こえた。
 何に対してそんなに怒っているかはわからないが、声の方向性と強さから少なくとも私ではないことはわかった。
 一体何が、と何気なく視線を頭の上へと向けると、もう目と鼻の先に、怒りをあらわにしたあいつの横顔。

(えっ…? ―――っ!?)

 そこでようやく、状況を把握。
 私は今、抱きしめられていた。
 しかも服の上からだというのに耳は心音を確かに捉え、目はあいつの顔を視界いっぱいに捉えていた。
 その後気恥ずかしさに駆られ、すぐさま視線を元の位置へ戻すが、そうすると仄かに香るあいつの匂いは嫌でも鼻孔をくすぐり、肺の空気までもがあいつで満たされた気がした。
 だからか、自分の中の何かのゲージが急激に高まっていくのを感じた。
 けれども、えもいわれぬ感覚も覚えた。
 それは心の底から湧きあがってくる感情を全て抑えつけ、本能の暴走を許さない。
 故に、私はやたらと落ち着いた頭で、ああ、こいつに抱きしめられるってこんな感覚なのかと、ぼんやりと思っていた。
 それほどまでに心地良く、心の奥底にそれは刻み込まれる。
 一方で、ずるい、とも思った。
 一瞬でこんな、いい加減諦めたいと思っていた時にこんな感覚を教えてくるなんて、と。

「……ぃ、たい」

 いざ我に返ってみると、かなりの力で抱きしめられていたのを感じ、意に反してそんな声が漏れた。
 それは決して拒絶の声ではない。
 むしろ、もっともっとこの感覚を味わっていたいくらいだったというのに。
 そうこうしている内にも意識は覚醒の方向へと向かい、そのせいか鼻の先が心なしかヒリヒリしているのに気付いた。
 恐らくかなり急に抱き寄せられたためであろう。
 また、遠くからは私たちのこの状況を冷やかすような声も微かに聞こえた気がした。
 だが不思議と、いつもなら真っ先に込み上げてきそうな、抱きしめられているということへの恥ずかしさは未だに猛威を振るわない。
 何故だか今の頭はそれをも支配してしまい、冷静でいられた。
 ……いや、冷静でいたのではなく、感情を表にだす機能が停止していた、と言った方が正しいかもしれない。
 緊張からか瞳孔は開き、自分の高鳴る鼓動ばかりを感じて、あとはもうあいつに全てを委ねていただけだった。

「あ…わ、わりぃ、緊急だったからな。でも実際、お前も危なかったんだぞ? 後ろからバイクがきてたからこっち寄るよう言っても反応ねえし、あのバイクの野郎は避けようとする素振りは見せねえし」

 私の声に反応したあいつは、そう言いながら私を抱きしめる腕を、解いた。
 併せて視界は急激に広がり、私を包んでいたえもいわれぬ感覚は、消えた。

「あっ…」

 私は頭が未だに機能が停止している中で茫然としつつも、名残惜しさから思わず声が漏れた。
 直後、ブレまくる視線はあいつの顔を一瞬確かに捉えたが、直ぐに俯き、黙る。

「……? どうした? どっか痛むのか?」

 いつもなら何かを言いそうな私が何も言わず、黙ったからか、あいつは優しげな声でそう問いかけた。
 大方、私の怪我か何かの心配をしているのだろう。
 だが違う、こいつは何もわかっていない。
 どうせこいつは、私が今どういう気持ちでいるかなんてわかっていない。
 どうせこいつは、私の胸がどうしてこんなにも苦しいのかなんてわかりやしない。
 こいつは、そういう人間だから。

「ほ、本当にどうしたんだ、御坂? やっぱりどっか痛むのか? もしそれが俺のせいだってんなら謝るぞ?」

 あまりの反応のなさにあいつは肩を揺さぶってくるが、私はそれには応じない。
 こいつが鈍感だということは、重々わかっている。
 知り合ってからの時間なんてまだ一年にも満たないくらいだが、付き合いの密度はそれなりに濃いはずと勝手に自負している。
 だからこいつの鈍感さが犯罪レベルなんてことは、確認するまでもないほどの自明な事実であり、そこにいちいち反応していてはキリがないことも過去の経験が物語っていた。

「………あんたは」

 とは言えその鈍感にしても、いつでも我慢できる訳じゃない。
 その時の精神状態や気分、状況によっては何か物申したくなる時だってある。
 でなければ、私の気持ちは一体どうすればいいのか。
 ちゃんと、聞いておきたい事がある。
 あんたは一体、私をどう見ているのかということを。

「………………」

 けれど続く言葉は、でなかった。

「……あんたは、なんだ?」
「……なんでもない」

 あんたは、他の女の子にも同じようにするのか。
 本当はそうこいつに言ってやりたかった。
 でも、言えなかった。
 答えなんてこいつの性格を考えればすぐにわかることであり、また、きっとそれを聞いたら私はまた落ち込むに違いない。
 だから本当は聞く事すらも怖かった。
 私以外の女の子に対して優しくしているところなんて見たくも聞きたくもないし、想像するもの嫌だ。
 ましてや、笑っているところなんて尚更。
 それは例の女の子に関しても例外ではない。
 なら何故聞こうとしたのか。

(違うって言ってほしい、だけ…)

 だがそれは叶わぬ願い。
 私はこいつにとって少しは特別なのかもしれないが、それはあくまでも“友達の中で特別”というだけ。
 先の質問で私が望む返答を言ってもらえるほどの“特別”ではないのだ。
 しかもこいつの場合、もし特別になれたとしてもそう返答してくれるかはわからないというのに、その程度の私に言ってくれるはずもない。

「お、おま、途中で切るなよ。気になるだろ?」

 あいつは少しおどけた様子でそう言ってくるが、

(口にだせるわけ、ないじゃない…)

 それすらも、口にだせるわけもない。

「いいの。もう、いいの…」
「そう、なのか? じゃあもう聞かねえけど、あまり溜めこむなよ?」
「……うん。……ありがと」

 今にも消え入りそうな声で返事をして、そこで会話は途切れた。
 普段ならば晩御飯の献立で盛り上がるとあるスーパーマーケットの前でも。
 こいつにはお決まりのフラグイベントが起きたとしても。
 そろそろ分かれ道に差しかかろうかという所でも。
 再び会話をすることはなかった。
 ただ分かれ道に差しかかると、あいつは立ち止まり、

「じゃあ俺はここまでだけど、なんかあるなら遠慮なく相談しろよ? 俺達、友達じゃねえか」
「っ! ………ぅん」
「……本当に大丈夫か? 御坂が元気ないとなんか調子狂うな…。まあ、心配ではあるけどもうこんな時間だし、また次の機会に話そうな? ……じゃあ、またな」

 そう言って、あいつは足早に駆けて帰って行った。
 今や太陽はすっかり沈んでしまい、辺りはもう明りがなければ何かを視認することが困難なほど暗い。
 故に駆けて行ったあいつの姿は今や闇の中へと吸い込まれていき、最早視認することも叶わない。
 だが私はこの暗さに少し感謝した。
 これがもし明るかったなら、あいつはきっと、ある言葉に反応した私の表情の変化に気付いていただろうから。
 そうなれば、またあいつにいらぬ世話を焼かせてしまう。
 そうなれば、私はまたあいつの優しさに甘えてしまう。
 普段は鈍感なくせに、そういうところには敏感だから困る。

(友達、ね…)

 わかってはいた。
 そんなこと、誰よりもわかっていたではないか。
 私とあいつは、友達。
 それ以上でも以下でもないことなど。

(全く眼中にないんだもんなあ…。参ったよ、本当に)

 本当は、心の奥底では今の関係に満足などしていない。
 けれど心のどこかではこれからの展望に望みを抱いていない自分もいた。
 二人はあくまでも友達であり、二人の関係が恋愛に変わる事は、恐らくないからだ。
 それならば、

(進展が望めないのなら、もうこの気持ちはこのまま胸にしまいこんでおいた方がいい。これ以上は、辛いだけ…)

 私は、あいつが闇の中へ吸い込まれていった方から視線を180度回転させ、寮へと歩み始める。
 今だって、十分近い位置にいるではないか。
 数多いるであろう他の恋敵と比べれば、私とあいつの距離は断然近いはず。
 それでいいではないか。
 例え私がどれだけあいつの事で胸を痛めていても、例え私がどれだけそれ以上の関係を望んでいたとしても、それは言えない。
 私とあいつは、あくまでも友達、トモダチ…。
 キュっと締め付けられるような痛みを覚える胸を掴みながら、そう言い聞かせるようにして私は寮への帰路についた。
 一人で歩く帰り道に吹いてきた北風は先程とは違い、妙に冷たく感じた。








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