とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part04

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匿名ユーザー

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3日目 美琴と妹達


 冬の寒さと布団の魔力には相対するものがあるという。今朝方から急激に寒くなってきたのだが、上条当麻はいつものように起きることはなかった。
 普段自宅で使っている薄っぺらい布団と違って、高い保温性を持つ良い布団は上条の疲れを高級マッサージの如く癒していた。
 普段なら暴食シスターの乞食行為による生命の危機もあって無理やり起きる上条が、布団の魔力と疲れで目を覚まさないのは自然なことだった。

「当麻、ほら、起きなさい。流石に寝過ぎているわよ」

 ミノムシのように布団で体を包める上条を美琴が揺すりながら起こしにかかる。

「うーん……、後10分待って……くれ、…………インデックス」

 ぶつぶつとうなされるように寝言を言う上条はなかなか布団から出ようとしない。

「む、まだ起きない……。それなら……」

 美琴は揺するのをやめて、布団の端に足から忍び込む。ダブルサイズの布団をうまく手繰り寄せ、上条の蓑を剥がし、開いたスペースに自身の体を入れ込む。
 昨日きちんと感じられなかった上条の体温をしっかりと感じながら美琴はそっと上条の耳元へ近づき

「と、う、ま」

 まるで恋人のような普段と違う甘い声を囁く。

「……うーん、上条さんに……ができる……なんて幸せですよ…………」

 上条の寝言にビクリと体を震わせる美琴。今の言葉に反応したのだったとしたら、それはとても嬉しいことだ。
 もっともそれ以上の羞恥で顔に血液が集まっていくのを感じ、美琴は上条を起こさないように、布団から抜け出し寒くないようにもとに戻す。

「あの寝言に免じて、今はゆっくり寝させてあげるわ」

 打ち止めのご飯催促を思い出した美琴は、満足そうな笑みを浮かべたまま、その場を後にした。



 上条当麻は不幸な人間である。それは基本年中無休であるのだが、ごくたまにだが不幸が訪れない時がある。
 大抵そういう時は後で反動のように大きな不幸に見舞われたりするのだが、起床してから今まで幸いそういった事態は起こっておらず、穏やかな時間を過ごすことが出来た。

「いやぁ、幸福だ…………」

 ぼんやりとソファーに腰をかけながら、いつも呟く言葉の対義語をポツリと呟く。
 結局、上条が目を覚ましたのは9時半過ぎだった。平日にもかかわらず学校に行かず日々の疲れを癒すことができたのだ。
 それに詳細は覚えていないが、今朝は幸せな夢を見ていた気がする。上条が望んでいるそのものを体現したような感じがして、気分は良い。
 朝は美琴の作ったご飯を打ち止めと談話しながら食べて、それから小萌にもらった宿題もスムーズに進む。
 そして現在に至るわけだ。

「ちょっと、何いきなり遠くを見つめて、変なこと呟いてるのよ……」

 アンタ、どれだけ苦労してるのよとでも言いたげな視線と言葉とは裏腹に、美琴の表情は穏やかそのものだ。ビリビリしなくなった美琴は見た目通り、快活で優しい女の子だった。

「珍しく不幸じゃないんで、つい……」

 上条はツンツン頭に手をやり、照れるように頭を掻く。日頃の生命を脅かす貧乏生活や傍若無人なシスターさんとの共同生活でぶっちゃけ上条の精神は疲れに疲れていたのだ。そこにいきなり多少は制限はあるものの不自由ない生活を送ることができているのだ、幸せを感じない道理はなかった。

「ま、まぁ、こんなかわいい姉妹と暮らしてるんだし、か、感謝しなさいよ」
「自分で可愛いとか言うなよ……」

 美琴の軽口に上条は少し呆れながらも、心のなかで上条を気遣ってくれている美琴に感謝する。

「おっまたせーってミサカはミサカはお姉ちゃんに抱きついてみる」

 子供らしく勢い良く美琴に抱きついた打ち止めは、美琴の肩越しに上条に笑みを向ける。

「準備できたから、行こうよってミサカはミサカは2人に提案」

「そうね、そろそろ行かないと時間に間に合わないわ」

 打ち止めを背中から引き離し、美琴はハンガーに掛かったコートを上条に手渡す。

「サンキュー、美琴。病院行くんだったよな」
「そうよ、打ち止めの調整」

 妹達は急激に体を形成した影響で、定期的に冥土返しの治療を受けなければならない。一方通行がおらず、なおかつ打ち止めの事情を知るのが上条と美琴しかいなかったために、今日は2人が付き添いをすることになったのだった。
 上条は美琴から受け取ったコートを羽織り、財布と携帯電話を忘れていないかしっかり確認する。
 ここ数日出かけるたびに美琴に身の回りのことを母親のように言われていたせいで自然と習慣になりつつあるようだ。

「それじゃあ、行きますか」

 上条は力強く立ち上がり、打ち止めの頭をひと撫でして、美琴と頷き合うのだった。



 学園都市1の名医・カエル顔の医者こと『冥土返し』の勤める病院はなんてことのない総合病院である。
 上条が記憶喪失で目覚めたのもこの病院の一室であるし、いつも魔術師やら能力者やらと戦って傷ついた時にお世話になるのもここなので馴染み深い場所である。ただ入院することは多くても、見舞いや付き添いとしてくることはそこまで多くなく、そういう点では新鮮であった。
 受付での手続きや打ち止めの付き添いは美琴が全て行なっていた。かなりデリケートな問題もあるし、同性だけのほうがいいだろうという上条の判断でもある。
 とはいえ、病院に来て何もすることがないというのはかなり手持ち無沙汰ではある。かといって色々ウロウロするとこの病院の看護師の皆さんに怒られそうなので、それはやめておく。

「コーヒーでも買ってきて、暇つぶしに携帯でも弄るか」
「おや、こんなところで貴方と会うとはとミサカは偶然を装いつつ声を掛けます」
「ん? 御坂妹か」
「はい、そうですとミサカは貴方から貰ったネックレスを見せびらかします」

 上条が席を立とうとしたところに声を掛けてきたのは、妹達の1人で上条とも縁の深い御坂妹こと10032号だった。

「現在、貴方は上位個体とお姉様と暮らしているのですね」
「ああ、実験の都合でな? っていうか何でそれを知ってるんだ?」
「上位個体はミサカネットワークで記憶をバックアップする癖がありますとミサカは懇切丁寧に説明します」

 上条の疑問に御坂妹は簡単な説明を交えて答えているのだが、どうにも様子がおかしい。何やら深く考え込んでいるようで、心なしかその表情は若干悲壮にも見える。

「どうしたんだ。体調でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です、とミサカは体調に関しては問題ないことをアピールします」
「じゃあ、何かあったのか? 俺でよければ相談にのるぞ?」

 上条は少し様子がおかしい御坂妹にいつものように提案する。その言葉を聞いた途端、御坂妹の表情が傷が痛むかのように一瞬歪む。
 僅かな逡巡の後、御坂妹は上条に視線を向けて切り出す。


「…………それでは、昼食に付き合ってください、とミサカはお腹の虫が鳴いていることをアピールします」
「め、飯? でも美琴と打ち止めを待たないといけないし……」
「上位個体の検査はしばらく掛かります。お姉さまもそれに付き添われるのですからしばらく時間は空きます」
「けどなぁ」
「食事をしながら悩みを相談したいのです、とミサカは理由を明らかにしつつ断られないように予防線を張ります」

 時刻はちょうど正午を過ぎた所で昼食を取る時間としてはちょうど良い感じはした。上条もそろそろ小腹がすいていたので、昼飯をとることには賛成だった。
 しかし美琴や打ち止めを置いて、1人勝手に食事に行くのは忍びなかった。そこに御坂妹の頼みであり、上条は板挟みで悩むことになる。

「仕方ないな……」
「ありがとうございます、とミサカは心のなかでガッツポーズを取ります」
「あんまり高いところには連れて行ってやれねぇからな」
「大丈夫です、とミサカは即答します」

 御坂妹はそう言って上条の手を逃さないように捕まえると、そのまま上条を引きずっていく。美琴と同じまだか細い体のどこにそんな力があるんだと思いつつ、上条は心のなかで2人に申し訳なく思うのだった。



「とりあえず午前の検査はこれで終了だよ? 一時間休憩を挟むからお昼を食べてくるといい」

 診察室でリアルゲコ太こと冥土返しは、そっくりな2人の姉妹の顔を交互に見比べる。

「ふむ、珍しい組み合わせだね?」
「一時的にこの子を預かることになったんです」

 普段一方通行とこの病院を訪れることが多い打ち止めの付き添い役にオリジナルである美琴がなっている理由を聞いて冥土返しは納得したように頷く。

「早くご飯ご飯ーってミサカはミサカはビーダッシュ」
「あ、こら。病院は走っちゃダメ! それじゃあひとまず失礼します」
「ああ、気をつけてね?」

 診察室をあっという間に飛び出してしまった打ち止めとそれを慌てて追いかける美琴を興味深げに見つめながら冥土返しは小さく息を吐きだす。

「どうやら、彼女はいい方向に向かっているらしいね?」

 妹達の事情をよく知る冥土返しは実の姉妹のような関係を築きつつある2人の姿を思い出しながら自身も昼食を取るべく立ち上がったのだった。

「そういえば、10032号がお兄ちゃんと会ったみたいだねってミサカはミサカはお姉ちゃんの表情を伺ってみる」
「え、あの子が?」
「うん、その後は意図してミサカネットワークと接続が切れてしまっているんだよってミサカはミサカは続けてみる」

 打ち止めの言葉に美琴は言い知れぬ嫌な予感がするが、それを努めて顔に出さないようにしつつ、打ち止めの目を見る。

「まぁどうせご飯を先に食べようとして、あの子がついてきたってところでしょ。アンタもいるし、私たちは私たちでご飯にしましょ?」
「そうだねってミサカはミサカは早くご飯が食べたいって催促してみる」

 心のなかで全く困ったお兄ちゃんだねと打ち止めは10032号が抱いている感情を思い出しつつ、美琴の手を引き、歩き出すのだった。



 上条と御坂妹が入ったのは何の変哲もない普通のファミレスだった。ランチタイムということで人はわりかし多めではあったが、満席ということはなくすんなりと席につくことが出来た。

「何頼む?」

 上条は御坂妹にメニューを手渡し、食器の入った籠を持ってきた店員に普段は頼まないドリンクバーを頼む。

「ミサカはこのレディースセットを頼みます」
「んじゃ俺はこのナポリ風スパゲティにするか」

 ベルで店員を呼び注文を伝えると程なくして食事がやってきた。

「うーん、まぁまぁかな」

 基本的に貧しさ故なんでも美味しくいただく上条だったが、ここ数日の美琴の料理に比べるとどうしても味気なく感じる。

「所詮はファミレスといったところです、とミサカは上位個体越しに伝わったお姉さまの料理の味を思い出しながら答えます」

 これは上条に対する御坂妹のささやかな皮肉なのだが、あいにくこの鈍感大魔王にそんなこと通じるはずもなく

「ま、そりゃそうか。美琴の料理うまいもんな」

 と御坂妹の言葉に納得したように頷いた。その表情がとても嬉しそうで、御坂妹の心にまたズキリと文字通り痛みが走る。

「どうしたんだ? やっぱ気分が悪いか?」
「いいえ、なんでもありません、とミサカは……」

 だんだんと御坂妹の声が尻すぼみに小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。そしてそこから2人の食事が終わるまで二人の間に会話はなく無言だけが続いていた。
 なんとなく上条は声がかけ辛かった。御坂妹のポーカーフェイス越しに感じるどこか悲しげな雰囲気が上条を拒んでいるように感じたのだ。
 とはいえ、それでは食事をしにきた意味がない。上条はおずおずと話を切り出そうとして

「そろそろ出ましょう、とミサカは混んできたことを知らせます」
「ああ」

 結局は言えなかった。その後、上条は薄い財布を更に薄くしてファミレスを出て、病院へと戻ろうとする。

「…………少しよろしいですか、とミサカは切り出します」
「なんだ?」
「ついてきてくださいとミサカは貴方の手を握ります」

 御坂妹の有無を言わさぬ剣幕に戸惑いつつ、上条は御坂妹に引かれ、病院の近くの公園へと連行される。
 そして真剣な表情で上条の瞳を見つめながらゆっくりと口を開く。

「いい加減、鈍感なふりをするのはやめたらどうですか、とミサカは上条当麻の態度に苛立ちを感じつつ告げます」
「な、何を言ってるんだ?」
「とぼけないでください、とミサカは本気で上条当麻に怒りを覚えます」

 見た目は普段と変わらず無表情にも関わらず、その瞳はロシアの凍土よりも冷たかった。

「お、おい、御坂妹。本当に何言ってるか……」
「本当は気づいているはずです。それを見つけられないヘタレな上条当麻」
「ちょ、ちょっと待てよ……」

 御坂妹は上条の何を言ってるかわからないと言いたげな態度に更なる苛立ちを覚えつつ、続ける。

「はっきり言って今の貴方はみっともないです、嫌いです、とミサカは同情の余地なく突き放します」

 御坂妹はそこまで告げると一旦顔を伏せて、黙りこむ。

「なんか、ごめん。俺、バカだからどうすればいいかわからないんだよな。だから言ってくれ」
「そうでしたね。貴方はそういう人間でした。その優しさは残酷なのです、とミサカは若干の嬉しさを感じつつもこれからのことを思い覚悟を決めます」
「な、だから機嫌を直して……」
「だからこそ、ミサカは貴方の心に楔を打ち込みます」

 上条は必死になだめようとしているが、それは逆効果だった。御坂妹は決心を固めたのかうつむかせた顔を上げ、上条を見つめる。

「ミサカは貴方が――上条当麻が好きです」



 突然の御坂妹の告白。それに上条の心は激しく動揺していた。
 信じられなかった。よくよく考えればわかることなのだが、上条は不幸体質であり、自分に幸せが来ないと思っているフシがある。当然異性が自分のことを慕ってくれているなど思っているはずがなかった。
 だから上条は多分告白されたらあっさりその人のことを好きになるだろう、そう思っていた。
 だが実際に告白されて思い浮かぶのは戸惑いと御坂妹を通して見える美琴の顔だった。

「やはりミサカではだめですか?」
「え、ああ、告白してくれたことは嬉しい、けど……」
「ミサカなら貴方の望むどおりの女になります。思春期の男子が心のなかでしたいと思っているどんな行為すら受け入れます」

 そう言って御坂妹は上条に近づき、その体に手を回しながら今までと違いどこか艶っぽい声で告げた。
 すっと首筋に御坂妹の顔が近づき、その柔らかで赤い舌がつぅっと顔に向かって首筋を這いだ。
 上条はその瞬間、目の前にいる御坂妹を無意識のうちに突き飛ばした。御坂妹の行為に顔は真っ赤で心なしか呼吸も荒い。

「そういうのよせよ! もっと自分を大事に……」
「それが貴方の答えなのですね、とミサカは告白を断られたことを暗に知ります」

 御坂妹は倒れたまま、哀しそうに呟く。

「わ、わりぃ。突き飛ばして」
「貴方の手を煩わせる必要はありません、とミサカは暗に貴方のことを拒絶します」

 自分が突き飛ばしたことを思い出した上条は、慌てて御坂妹に手を貸そうとする。しかし御坂妹はそれを受け止めることなく、ゆっくり立ち上がりそして再び上条に向き合う。

「やはり、ミサカではダメなのですね、とミサカは想定していた通りの結果に落胆します」
「ごめん…………」
「謝らないでください。これはミサカが自ら望んで成したことです」

 御坂妹は何を言っていいのかわからないといった風体の上条を相変わらずの無表情のまま見つめたまま、言葉を口にする。

「ですが、ミサカは諦めきれません、とミサカは心のなかに残る感情に従い貴方に言葉を投げかけます」
「御坂妹……」
「ですから、貴方は私のこの気持ちのためにも貴方自身の答えを見つけて、それを私に伝えてください、とミサカは貴方の本心をいつか告げてほしいと嘆願します」

 ミサカのためを思うならそうしてくださいと貴方に頼みますと告げた御坂妹は、最後に淋しげな笑みを浮かべて手を差し出す。

「最後に身勝手なお願いですが、これからもどのような結果になろうと今まで通り接してください」
「ああ、わかった」

 御坂妹の手を取り、上条は神妙な表情のまま頷く。御坂妹は最後に上条の手の感覚をしっかり刻みこむとすぐに手を離し、そのまま振り返りどこかへ走り去っていった。

「ごめんな」

 上条は追いかけることもできず、しっかりと残った美琴と似ているが違う手の感触を手のひらを握り締めることでかき消した。まるで幻想を打ち消すかのように。



「全く……アイツはどこほっつき歩いてるのよ……」

 美琴は電話をかけているのに繋がらない上条に対して苛立ちを覚えながら、お揃いのゲコ太ストラップを弄る。
 美琴と打ち止めは既に昼食を摂り終えて病院に戻ってきており、打ち止めはリアルゲコ太先生と共に治療室へと姿を消していた。

「流石に暇だからってどこか行くなら声をかけなさいっての」

 打ち止めの治療にはかなり時間が掛かるらしい。ここで待っていてもいいのだが、上条のことも気になる。
 そして姿をくらました直前には上条に好意を持っている御坂妹がいた。

「ああ、もう。モヤモヤする。直接探しだして、文句の一つでも言ってやらないと気が済まないわ」

 美琴はがさつに立ち上がると大股で病院を後にする。

「とは言ってもどこを探せばいいのやら……」

 いざ病院を出たはいいものの、上条を探す手がかりは全くない。わざわざこの程度のことのために監視カメラをハッキングするとかいうのは論外なので行わない。

「お姉様?」
「アンタ!」

 病院の玄関前で考えを巡らせていた美琴に、いつもと変わらぬ無表情の御坂妹が声をかける。

「アイツを知らない?」
「アイツとは上条当麻のことですか、とミサカはわかりきっていることを確認します」
「そうよ。アンタのことだからアイツにご飯に連れてってもらったんでしょ?」
「流石お姉様ですね、とミサカは上条当麻にご飯を奢ってもらったことを自慢します」

 暴食シスターにクールビューティーと評される無表情のまま、淡々と事実を告げる御坂妹。だが、美琴は御坂妹が上条の名を出すときにどこか表情が少し歪むように感じた。

「それで?」
「その後、ミサカは病院に戻らなければならなかったので上条当麻と別れ、ここでお姉様と遭遇しました、とミサカは簡潔に答えます」

 御坂妹の言葉に変なところはない。だが、なんとなく引っかかるのだ。美琴は思い切って疑問に思っていたことを尋ねてみる。

「アンタ、アイツと何かあった?」
「あの方の持ち前の不幸体質でお尻を触られました、とミサカはミサカの機嫌が悪い理由を憤りを覚えながら答えます」
「アイツらしいっちゃアイツらしいか」
「では、ミサカはそろそろ行きます」
「それじゃあね」

 御坂妹は美琴との会話を切り上げるとすぐに病院の玄関へと吸い込まれていった。そんな彼女の後ろ姿を眺めていた美琴はやはり何かあったかと確信する。
 それが何かはわからない。けどきっと御坂妹にとっては大きなことだと思う。パンツを見せても動じない御坂妹の下手な嘘に美琴は気づいていた。

「なおさらアイツを探さなきゃいけなくなったわね」

 美琴は御坂妹が言ったファミレスをまず第1の目的地とし歩き出す。程なくして美琴は小さな公園を見つける。

「あ、いた。アン…………」

 小さな公園の一角でただぼんやりと佇んでいる上条を発見した美琴は大声で声をかけようとして、慌ててそれを押しとどめる。
 上条の表情は美琴が今までに見たことのないものだった。物憂げでどうすればいいか全くわからない、まるで迷子になった幼子のようなものだった。
 美琴は戸惑いを覚えた。いつも強くて優しいアイツがなぜあんな表情をしているのか。そしてそれは御坂妹と関係しているのだということに。
 同時に美琴は心の底から上条を支えてやりたいという思いが湧き出すのを感じていた。今の上条はあまりにも儚く、そしてすぐに消えてしまいそうだった。
 全く苦労させられるわねと一つ息を吐いて、努めていつも通りの態度を取りながらさも偶然かのように美琴は上条に近づき、声をかける。

「全く、アンタはどこほっつき歩いてるのよ。せめて連絡ぐらいいれなさいよ」

 美琴に気づいた上条がいつものような快活な、それでいてどこか無理をしているかのような、笑みに美琴は敢えて気づかないふりをする。

「すまねぇ。ついぼうっとしててさ」
「まあ、いいわ。それと今のアンタの顔、すっごく間抜けだから病院に戻るまでには元に戻しておきなさいよ」
「間抜けってなんだよ」
「あ、アンタはいつもどっか抜けてるもんね」

 美琴の軽口に上条の口調と表情が少しだけ元気さを取り戻す。美琴は少しほっとしたように感じ、更に軽口を叩きながら、上条の手を引っ張り歩き出す。

「そうそう、当麻。打ち止めが一緒に御飯食べられなくて寂しがってたから、お詫びにお菓子でも買ってあげなさいよね」
「了解ですよ」
「うん、よろしい」

 美琴は上条の手をしっかり離さぬように握りながら、上条が元気を取り戻すように明るく振る舞うのだった。



「ただいまーってミサカはミサカは疲れた体をソファーにダイブさせてみる」

 あれから美琴とともに病院に戻った上条は、治療室から出てきた打ち止めと合流し、帰宅の途についた。御坂妹とは結局病院で遭遇することなく、実にあっさり帰宅し、現在に至る。

「それじゃ、ご飯にするから、当麻は打ち止めと遊んでて」
「ああ、わかった」

 いつも通りの様子の美琴を見て、ほっとひと安心した上条は、上条が自宅から持ってきたゲーム機で遊んでいる打ち止めの横に座る。

「おーし、打ち止め。対戦しようぜ」
「うん、いいよってミサカはミサカはお兄ちゃんに対抗心を燃やしてみる」

 打ち止めがやっていたゲームは様々なゲームのキャラクターが作品の枠を超えて戦う格闘ゲームだった。赤い帽子をかぶった小太りのおっさんや美琴を若干彷彿させる黄色い電気ネズミなどが出てくる。

「よーし、じゃあ、上条さんはこいつだ」
「それじゃミサカはいつもと違うキャラでいってみたり」

 上条が選んだのは、緑色の剣士だ。一方打ち止めは、某白いシスターと同レベルの大食らいであるピンクのまん丸いのを選ぶ。
 レディファイトとという声で対戦が始まる。CPUキャラ2名を加えた乱戦で試合が始まる。

「よし、まずはこれで」

 上条は手慣れた手つきでCPUにダメージを加えていき、まず一体を場外へと弾き飛ばす。

「やっぱ、お兄ちゃん強いねってミサカはミサカは苦戦していることを知らせてみる」

 ゲーム経験はあるものの、あまりこの手のゲームは得意ではないのか打ち止めはもう一体のCPUキャラに苦戦気味だ。

「ほれ、頑張れ、打ち止め」

 適当に打ち止めの手助けをしつつ、上条はキッチンから漂ってくる芳ばしい香りに一瞬意識を逸らしてしまう。

「あ、しまった」

 気がつけばもう一体のCPUキャラの必殺技をモロに喰らい、上条のキャラはあっさりと吹き飛ばされそのまま場外へ消えてしまう。

「お兄ちゃん油断大敵だねってミサカはミサカは……あー」

 上条に勝ち誇ったように勝利宣言をしようとした打ち止めの隙を突いたのか打ち止めのキャラも簡単にCPUに吹き飛ばされてしまう。

「くっそ、負けたか」
「悔しいってミサカはミサカはあのマッチョ野郎にプンスカ」
「よーし、今度は2人でアイツを倒そうぜ」
「はーい、そろそろご飯よ。後で私もやるから先にご飯食べなさい」

 エキサイトしていた上条と打ち止めを美琴が後ろから静止し、既にテーブルに置かれた料理を指さす。

「わーい、美味しそうってミサカはミサカはコントロールを放り投げてダッシュ」
「こら、ちゃんと手を洗いなさいよ」

 美琴と打ち止めのやり取りを聞きつつ、上条はようやく少しずつ自分の調子を取り戻しつつあることを自覚するのだった。



 美琴の料理を食べた後、上条は打ち止めと美琴と共にゲームの続きをすることにした。ゲーセンマスターの美琴が使うキャラはどれもとても強く上条は全く叶う気がしなかった。打ち止めと二人がかりで挑んでゴリラキャラの自殺を駆使しても負けたのだ。上条のプライドはズタズタに切り裂かれたといってもいい。
 しかしそれでも美琴と打ち止めの3人でするゲームはとても楽しかった。時間を忘れ熱中していたためか、時刻は日付をまたいでしまっていた。
 美琴は打ち止めを就寝させるため、先に打ち止めとともに風呂に入っている。

「さて片付けるか」

 ゲーム機のスイッチを切り、電源ケーブルを抜き、一箇所にまとめる。そして周りに落ちているお菓子の残りやジュースを回収しようとして、コップからジュースが零れ落ち、上条のズボンをシミが染めていく。

「やっべ、タオルか雑巾」

 零れたジュースを拭うべく上条は、慌てて洗面所へと向かう。そしてタオルを手に取ろうとした時、風呂の扉が開き、一糸まとわぬ姿の美琴が気持ちよさそうに出てくる。

「へ、美琴?」
「な、な、な、なんでアンタがここに……!」

 羞恥で顔を真っ赤に染めながら美琴は我を忘れ叫ぶ。そして体中から電撃を放つ。美琴の真っ白な裸体を目にしていた上条は、すぐに気を取り直し電撃を右手で打ち消しつつ、背中を向けタオルを取って退散する。

「ごめん、美琴!」

 上条がいなくなると美琴は呆然とその場に立ち尽くす。

(アイツに裸、見られた…………)

 それもまじまじとだ。凄まじい羞恥とちょっぴりのドキドキに美琴の頭はパンク寸前だった。
 一方の上条も美琴の裸を事故とは言え、まじまじと見てしまったことに大きな罪悪感とかなりの興奮を覚えていた。

(美琴の裸、白くて綺麗だったな……って何思ってるんだ、俺は。相手は中学生だぞ。しかもビリビリだ)

 必死に自分を抑えようとして、上条は寝室に駆け込み、誰も入ってこないように鍵を締める。

(そうだ、俺の好みは年上のお姉さんだろ? ガキに興味は……ない。でも美琴は…………)

 自分の心に蓋をし、いつものように鉄壁の理性を働かせるべく言い訳を総動員するが、それは大して役に立たない。
 このままではダメだ。とっさに判断した上条はベッドに潜り込み、必死に目を瞑り、眠気が訪れさせようとするのだった。

続く








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