とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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第7章(後編)


 上条当麻は一方通行へとダッシュをかけた。
 対して、一方通行はその場に突っ立ったまま、拳の一つも握らない。両腕をだらりと下げたまま、両足もろくに重心を計算に入れず、顔には引き裂かれそうな笑みを浮かべ、たん、と。
 一方通行は、まるでリズムを刻むように、足の裏で小さく砂利を踏んだ。
 ゴッ!! と、
 瞬間、一方通行の足元の砂利が、地雷でも踏んだように爆発した。
 四方八方へと飛び散る大量の砂利は、言うなれば至近距離で放たれる散弾銃を連想させた。
 史実ではどうだったか。
 この時、上条は、多少ガードはしたものの、そんなもの薄皮でしかなく、まともに受けて吹き飛ばされた。
 しかし、今の上条は違う。
 全てが変えられてしまった世界でただ一人、元の記憶を持っている上条からすれば、『この当時の一方通行』の攻撃など、喰らえばもちろんダメージになるが、基本、単なる派手なだけの見せかけ、もっと言えばこけおどしにしか過ぎないことを知っている。
 よって、上条は砂利による攻撃を横に飛んで避けた。
 なぜなら、その攻撃は確かに『四方八方』なのだが、『範囲』は『前にいた上条』を補うものでしかなかったからだ。
 同時に、その勢いを利用して、さらに前へと飛んだ。
「なに!?」
 驚嘆する一方通行だが遅い。
 ぐしゃり、と、上条の右拳は一方通行を捉えていた。
 上条当麻は知っている。
 この当時の一方通行は真正のおぼっちゃまで、その身は脆弱で打たれ弱いということを。
 この当時の一方通行でも能力は桁外れだが、ただそれだけであることを。
 あらゆる敵を一撃で必殺できるだけに、上手く敵を倒す技術を持っていない。
 あらゆる攻撃を反射できるだけに、『避けたり』、『防いだり』することはしない。
 それが身に染みてしまっているので、『能力を封じられた』時、一方通行が急転直下で『最弱』に転落することを知っているのだ。
「今の一発は、ただの警告だ」
 上条当麻は、地面でもぞもぞ蠢く一方通行の背中に静かに語りかけた。
 ひたり、と一方通行の動きが止まる。
「この実験に協力することを止めろ。従わないなら従うまでお前を打ち据える」
 きっぱりと、力強く宣言する上条当麻。
 この一方通行は聞き分けのない子供と同じなのだ。
 誠意をもって話をしたところで通用しないのだ。
 だったら、体で解ってもらうしかない。『悪いこと』をすれば『痛い目』に合うということを理解してもらわなければならない。
「チッ、――――吼えてンじゃねエぞ三下がァ!」
 遠吠えのごとく声を荒げて、一方通行は再び、たん、と軽く地を踏む。
 バネ仕掛けのように、足元に寝かされていた鋼鉄のレールが起き上がる。
 同時に、再び、上条は地を蹴った。





「四ヶ月、後…………?」
 御坂美琴は白井黒子の言葉に、文字通り、信じられないものを見た顔をした。
 ついさっき、『白井を信じる』と言ったセリフを、心底、取り下げようかとも思った。
 とは言え、ならば、どうして白井と上条がこの実験のことを知っているのかを説明できないのもまた事実なだけに半信半疑に陥った、といったところだろうか



「そんなお顔をされることは想像に難くありませんでしたわ」
 白井は苦笑を浮かべた。
「アンタ……本当に四ヶ月後から来たの……?」
「ええ」
「あいつも?」
「はい、そうです」
「証拠は?」
「この冬服、ではいけませんか?」
「アンタとあいつが結託して担ごうとしている、って推測はできるわよ」
「でしたら、どうして『わたくしと上条当麻さんが顔見知り』でございますの?」
「それは、私があいつのことをアンタに話したことがあるからよ。風紀委員で……おぞましいからあんまり言いたかないけど……私の近くに来る男を片っ端から排除しようとするアンタなら調べかねないわよ」
「くす。わたくしがお姉さまから聞いたのは『あの馬鹿』という人物像だけですわよ。姿形はもちろん性別さえもお教えいただいておりませんのに、ですか? まあ『殿方』だろうという予想はできておりましたが」
「あ……!」
「さらに言えば、わたくしが上条さんのフルネームを知っていることに疑問を感じてくださいませんの?」
 美琴は絶句した。
 これでは、美琴の中には白井の言葉を否定できる材料が何一つない。
 だったら、今度は『白井と上条が四ヶ月後から来たことを肯定する』前提で聞いていく。
「とすると、アンタのテレポートで過去に遡れたってことは、私の知っている『レベル4』の黒子じゃないってことよね。過去に遡るテレポートなんて現時点じゃあり得ないんだから」
「はい。わたくしの今のレベルは『5』でございます。わたくしの時間で三日前に、お姉さまの時間では四ヶ月後に認定を受けましたの」
「それは凄いわね。そっか、とうとう並ばれちゃったんだ」
 どこか苦笑を浮かべる美琴。
 もっとも、白井はそれを否定する。
「いえいえ、わたくしはまだまだお姉さまに追いついておりませんわ。そのことを最近、知らされましたの」
「どういう意味?」
「んー……なんと申しますか、実はお姉さまは本日、一方通行に追いつき追い越す予定でしたの。わたくしや上条さんが出しゃばらずともお姉さまのお力で、『レベル5』の一方通行を『退けられることはできた』のです」
「はぁ? じゃあ、何であんたたちは四ヶ月後からわざわざ来たのよ?」
「えっと、それはですね……なんと申しましょうか……」
 どうも白井の歯切れが悪い。『肯定』前提で聞いて『疑問』が出てくるのだから皮肉以外の何物でもない。
「じゃあ、肝心なことを訊くわ。四ヶ月後から来て、この実験のことを知っているってことは、この実験の今後を知っているわよね?」
「もちろんですわ」
 白井のわざと穏やかな振りをした回答を聞いて、意を決する美琴。
「…………この実験はどうなるの?」
「実験そのものは終了いたしておりますわ。そして、妹達は一〇〇三二号さん以下、九九六九人は四ヶ月後も存命しております」
「そう……てことは『止められる』のね……?」
 美琴はどこかホッとした。
 絶望の淵でもがき苦しんだ結果が、光明となって美琴の心に広がったからだ。
 自身が一方通行を追い越したということも後押しした。
 それなのに。
「ですが………」
 白井の顔は曇った。
「黒子?」
 美琴のいぶかしげな問いに言うべきか言わぬべきか。
 白井の心が揺れる。
 しかし、それでも言わなければならないのである。
 なぜならば、
「一方通行は『レベル6』に進化しましたわ。お姉さまの命と引き換えに『絶対能力』を手に入れましたの」
 再び、美琴は驚嘆に絶句した。
 そういう表情を美琴が見せるであろうことを分かっていながら白井はあえて言ったのだ。
 なぜならば、
 それを知らないと、今、この場でも同じことが起こるかもしれないからだ。



 戦闘は上条に圧倒的有利で展開していた。
 一方通行に『策を練る』という概念はない。
 あるのは目の前にある『道具』を圧倒的な力をもって直線的に攻撃するしか脳がない。
 だから、全てが上条に読まれる。
 だから、全てを上条に回避される。
「クソ。クソォ! クソォオオオオオオオオオオ!!」
 己の攻撃はすべて見切られ、向こうの攻撃はすべて当たる。
 しかも、相手は宣言通り、『打ち据えてくる』だけの攻撃で『本気』ではない。
 そのことが分かるだけに、余計、一方通行にとっては腹立たしく屈辱的だった。
 ただし、一方通行は気付いていた。
 一方通行の能力が『通じない』、正確には『能力が消されてしまう』のが、相手の『右手』だけであることには気付いていた。
 理由は単純だ。
 相手が右手以外で攻撃してこないからだ。
 左はもちろん、蹴りや頭突き、タックルと言った攻撃が来ないからだ。
 とは言え、それでもどうすることもできない。
 なぜなら、『相手の動きを読むことができない』一方通行では、『一方通行の動きをすべて読んでくる』相手にはまったく届かないからだ。
「…………っ! く、は、何なンだよその右手は! 何だ、チクショウ! 何だってオマエにはただの一発も当たンねえンだよ、ちくしょう!!」
 どう聞いても、負け惜しみである。
 この間にも上条は一方通行に拳を叩き込み続けていた。
 言うなればジャブ。
 相手の足を止めるための体力削ぎ。
 そして、ついに、かくん、と一方通行の膝から力が抜けた。
 ゴッ!! と上条はこれまでにない力を込めて一方通行を殴り飛ばした。
 地を舐めながらごろごろ転がり、
「はっ……ハァ…………!?」
 上半身を起してみれば、そこには上条当麻が、どこか哀れんだ瞳で見下ろしていた。
 無様にも、学園都市最強は、手だけを使ってずるずると後ろへ下がる。
「レベル6って、そんなにいいものかよ」
 上条はゆっくり追う。
「絶対能力、無敵を手に入れた先に何かあるのかよ。たくさんの人たちを犠牲にしてまでほしいものなのかよ」
 静かに上条は言う。
 右手をぎゅっと握りしめ直して、
「てめえは、頂上に辿りついた野郎がどうなるか、知ってんのか! 俺はそいつがどんなに辛く寂しく絶望に等しい日常を送っているかを目の当たりにしたんだ! それでも『無敵』という『頂点』がほしいのかよ!!」
 上条は止まらない。
 名前こそ明かさないが、それは四ヶ月後の一方通行の姿だ。
 『無敵』を手に入れた一方通行が激しく深い後悔をしていたことを知っているからこそ。
 『無敵』よりも、能力使用に制限がかかっていようと、体が不自由だろうと、それでも『傍に誰かがいてほしい』を選ぶ一方通行の泣きそうな顔を知っているからこそ。
 上条当麻は、この一方通行にそうなってほしくないのだ。
 上条当麻の優しさが、この一方通行を見ていると、どうしても怒りが湧いてしまうのだ。
 ひっ、と一方通行の動きがピクリと止まる。
 言われている意味は分からないが、目の前の相手が自分に対して言っているのだということは分かる。怒鳴られていることは分かる。
 そして、それが一方通行にはとても『怖かった』。
 この目の前の相手を『怖い』と思い、どこかへ行ってほしいと本気で思ってしまった。



「私が…………殺された…………?」
 ようやく、美琴は言葉を絞り出して言った。
 随分と長い時間、沈黙していた気がする。
 それくらい、衝撃的だった。
「はい…………お姉さまは、一方通行を追い詰めることには成功しました。しかし、そのことが……『追い詰めてしまったこと』が……一方通行を、新たな『力』に目覚めさせて…………しまったのです…………」
 思い出したのか。
 思い出してしまったのか。
 今、目の前にいる御坂美琴を直視して、耐えきれなくなったのか。
 白井黒子は毅然と告げているつもりだったのに、その声は嗚咽で震えていた。四ヶ月間の寂しかった思いが体中を駆け巡ったのだろう。
 その声に秘められた思いに嘘はまったくなかった。
 美琴はそれを感じ取った。
「だから…………実験が終了した…………一方通行が『レベル6』になったから…………」
「そういうことです…………」
「でもちょっと待って。自分のことなのに客観的に見るのも変だけど、それが事実ならそれでいいじゃない。私は、そのつもりでここに来たんだから」
 そう。御坂美琴は命を賭してこの実験を止めに来た。
 経過はどうあれ、結果が同じなら、それで構わないのではないかと美琴は考えた。
 自分の命で残りの妹達の命が救えたならば素晴らしいことではないか。
 上条や白井が助けに来てくれたことは素直に嬉しい。
 でも、それだけで充分なのである。
「…………それでしたら、わたくしたちが四ヶ月後から来ませんわよ」
 しかし、どこか白井の次のセリフには怒気が孕んでいた。
「お姉さまは、目的を達成できて満足されるかもしれませんが、残された者のことを考えられましたか?」
「そ、それは…………」
「わたくしはお姉さまが亡くなられてから毎晩泣き明かしましたの。もう涙が枯れるくらい泣き明かしましたわ。それでも『それでいい』と仰りますの?」
「え、えっと…………」
「わたくしだけではありません。お姉さまのご両親はもちろん、初春や佐天さん、その他、常盤台の生徒、もちろん、妹さんも嘆き悲しんでおられましたのよ」
「で、でも……………」
「あと一方通行もお姉さまを殺めてしまったことを後悔しておりましたの。その償いに妹達を守る決意をされたほどでしたわ」
「………………………」
 美琴は黙り込むしかできなかった。確かにこの当時の美琴は追い詰められていたから周りが見えなくなっていたが、『その周り』の反応を知らされると、如何に自分が愚かであったかを痛感させられる。
「だ、だけど黒子さ。事実が『史実』なら、アンタの行動も褒められたもんじゃないわよ。いくら時間遡行できるからって、『個人の我が侭』で歴史を変えるのはどうかと思う、け……ど…………」
 語尾は尻すぼみになってしまうのはいた仕方ない。
 なぜなら、白井がジト目で睨んでいたからだ。
 もっとも、その白井も別の意味で気を取り直して、
「ですが、お姉さま。その『事実』さえも『史実』ではなかったとしましたら?」
「え……?」
「上条さんが仰っておられましたし、その証拠も提示していただきました。『お姉さまが亡き者にされた世界』こそが『変えられた世界』だとしましたら? ですから、わたくしたちはこの時間に来たのです」
「え――――!!」
 三度、御坂美琴は絶句した。




 上条当麻は静かに歩みを進めていた。
 恐怖に硬直する一方通行を見据えながらゆっくり近づいていった。
 結局は、一方通行を上条当麻が倒すしかこの実験を終わらせることがはできないのだと。
 結局は、レベル0という『最弱』で、レベル5という『最強』が『最強』ではなかったことを証明するしかなかったのだと。
 そう考えると、上条はどこか悲しくなった。
 だから、一方通行に近づくまでに時間がかかった。


 しかし、その躊躇した行動が最悪の結果を招く。


 上条当麻は自分自身のことだったのに忘れてしまっていた。
 しかも、四ヶ月後の一方通行も忘れてしまっていた。
 『御坂美琴だけ』ならば『レベル5』でも屠ることができたかもしれない『力』のことを忘れてしまっていた。
 一方通行のレベル6の力が『絶対』過ぎて忘却の彼方に追いやってしまった事実が一つあったのだ。
 一方通行のレベル5の力で『幻想殺し』を超越する力が、一つだけあったのだ。



 それは、上条の前髪が『夜風』になぶられ、まるで墓地に咲く名もない花のように揺れていたことを発端とする出来事。
(……、風?)
 と、追い詰められていた一方通行は気が付いた。
 四ヶ月後の一方通行が『忘れてしまっていた』ために『伝えていなかった』ことに気が付いた。
 この場にいる上条当麻も『本来の史実』だったのに『忘れてしまっていた』ことに気が付いた。
「く、」
 一方通行は笑う。上条は思わず立ち止った。
 しかし、それは一方通行にとってはどうでもよかった。『この距離』なら気付いてももう遅いからだ。
「くか、」
 一方通行の力は触れたモノの『向き』を変えるというもの。
 運動量、熱量、電力量、それがどんな力かは問わず、ただ『向き』があるものならば全ての力を自在に操るもの。
「くかき、」
 ならば。
 この手が、大気に流れる風の『向き』を掴み取れば。
 世界中にくまなく流れる、巨大な風の動きそのすべてを手中に収めることが可能――――!
「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけきくくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきこきかかか――――ッ!!」
 轟!! と音を立てて、風の流れが渦を紡ぐ!
 一方通行が両手で何かを掴もうとするがごとく天に突き上げたその先で。
 上条の顔色が変わった。そして、今ここで思い出した。
 一方通行の『ベクトル操作』の中で、上条当麻の『幻想殺し』が唯一防ぐことができなかった『力』。
 しかし、もう遅い。
 殺せ、と一方通行は笑いながら叫んだ。
 刹那、世界の大気を纏め上げた破壊の鉄球は風を切り、風速一二〇メートル――――自動車すら簡単に舞い上げるほどの烈風の槍と化して、見えざる巨人の手は、上条当麻をいともたやすく吹き飛ばした。




「何ですの!?」 
 白井は説明を中断して声を上げた。
 予期せぬ事態に、一瞬、何が起こったか分からなかった。
 突然、台風以上の暴風が吹き荒れたと思ったら、上条当麻の体がその風に呑み込まれて鉄塔に激突し、しかも、結構な落下距離を頭から地面に落ちたからだ。
 しかも、ピクリとも動かない。
「嘘…………」
 別の意味で美琴は言葉を失くした。
 それは、傍にいた妹達も同じだった。
 白井と美琴が、ある意味場違いな会話をかわせたのは、上条当麻が一方通行を圧倒していたからだったのだ。
 それがいきなりの大逆転劇を見せられてしまえば、言葉を失っても仕方がないと言える。




「…………咄嗟に思い付いたンだが、こりゃ、相当の威力だなァ……『反射』とは違って、『向き』を自分の意思で変更させる場合は『元の向き』と『変更する向き』を考慮しなけりゃなンねェわけなンだが………この付近の『大気』だけでもこの威力…………くっ、」
 一方通行は笑い出した。
「クッ……カッーカッカッカッカッカッカッ! なるほどな! 確かに『強い相手』と戦うとレベルアップするってのは本当のようだなァ! 三下ァ!!」
 そのまま、再度、両手を開き、天へと掲げ、
「何だ何だよ何ですかァそのザマは! 結局デカイ口叩くだけで大したことねェなァ! おら、もう一発かましてやるからカッコよく敗者復活してみろっての!!」
 はっきり言って、本当に子供のようだった。
 追い詰められていたのは一方通行の方だったというのに、有利になった途端、この悪態である。
 しかし、それでも上条は返事ができなかった。
 いや、聞こえているかどうかすら怪しかった。
「空気を圧縮、圧縮、圧縮ねェ。はン、そうか。イイぜェ、愉快なこと思いついた。おら、立てよ。オマエにゃまだまだ付き合ってもらわなきゃ割に合わねェんだっつの!!」



「くっ! やっぱり私が!」
 美琴は歯を食いしばり、ポケットからコインを取り出して、駆け出そうとするが、
「お待ちになってくださいお姉さま! お姉さまが戦ってはなりません!」
 それを白井は、美琴の眼前にテレポートして制止した。
「どきなさい、黒子!」
「いいえ! お言葉を返すようで申しわけございませんが、お姉さまと一方通行を戦わせるわけにはいかないのです!」
「何でよ!? アンタのさっきの言葉が正しいとするなら私は一方通行を追い詰めることができるんでしょ!? だったら、あいつの窮地を救えるのは私だけってことになるじゃない!!」
「だからですわ! 『レベル5』の能力者が一方通行を追い詰めてはいけないのです! それが一方通行を『レベル6』に引き上げる原動力になるのですから!!」
 美琴以上の音量で言い募り、美琴が黙り込んだところで、白井は太もものホイルスターから一本、金串を抜いた。
「ですから! ここはわたくしの出番ですわ!!」
 吼えて、白井は振り向きざまに金串を投げた。
 一方通行めがけて、一方通行の起こした大気の流れを突き切るように金串は疾走する。




「あン?」
 一方通行の頬を何かがかすめていった。
 少し切れたのだろう。細い赤い糸が伝っている。
 即座に、視線を今、何かが飛んで来た方へと移す。
 そこには一人のツインテールの少女が一方通行を睨みつけていた。
 同時に一方通行は大気の演算を止めた。
 空気の塊は拡散し、周りに吹き荒れていた暴風も弱まっていった。
 『大気の演算』を放棄するほど、一方通行はそのツインテールの少女に興味を持った。
 白井黒子の、一方通行のレベルを知って、なお、上条当麻のように恐れを為していない眼差しに多大な興味を示したのだ。
「お姉さま! ここはわたくしが一方通行の相手をします! お姉さまは上条さんを!」
「でも!?」
「わたくしを信じて下さいませ! お姉さまが戦われるよりも、わたくしの方がまだ可能性はあります! 一方通行を進化させない可能性が!!」
 白井黒子は振り向きもせず、一方通行に視線を合わせたまま、美琴に促した。
 そして、美琴はそれが何を意味するかを瞬時に悟った。
 相手が『レベル5』では、一方通行が『レベル6』という絶対に進化してしまう危険性がある以上、この時間では『レベル4』としか記録に残っていない、しかも『レベル5』がいない『テレポーター』の白井黒子【レベル5】で、一方通行をペテンにかけるしかないことを。
 そして、そういう風に考えたということは御坂美琴は信じたのだ。
 この上条当麻と白井黒子が四ヶ月後の世界から、『美琴が殺されてしまった世界』を『美琴が助かった世界』に戻すためにやってきた来たことを。
 とは言え、疑問も残っている。
 どうして上条当麻が『変えられた世界』であることに気付いたのか。
 どうして上条当麻が『御坂美琴が救われた世界』に拘っているのか。
 この二点だけは、どう考えても分からなかった。
 しかし、そんな疑問など今の美琴にとってはどうでもよかった。
 そんな疑問に構ってられる上条当麻の様子ではないからだ。
 これ以降、御坂美琴の頭の中に『この疑問』が呼び戻されることはなかった。
「う、うん! 分かったわ! けど無理するんじゃないわよ!」
 美琴もまた、頷いて、同時に妹達を背負って、上条の元へと向かう。
 鉄塔に激突した上条は地に突っ伏して、いまだピクリとも動かない。
「なァンだァ? テメエごときに俺の相手が務まるとでも思ってンのかァ?」
 凶悪な笑顔を浮かべて嘲る一方通行。
 対する白井黒子は太もものホイルスターから鉄串を抜いて、右手の人差指、中指、薬指の間に二本挟み構えた。
 実は、白井には勝算があった。
 一方通行を倒して、御坂美琴を助け出し、そして実験を終わらせる勝算が。
(この当時のわたくしのデータバンクは『レベル4』。でしたら、今、この場でわたくしが一方通行を撃破しても一方通行は『最強ではない』と判断されますの)
 という目算が。
 しかしである。
 それはそのまま、白井黒子の弱点ともなる。
 なぜならば、



(ただ、わたくしの攻撃手段はわずか二投…………しかも、ベクトル気流を見極めての攻撃は一回だけですわ。二度の偶然はあり得ない、と、この一方通行も考えるはずですからね。そうなると、わたくしがレベル5であることがバレてしまいますの……)
 白井の頬に緊張の汗が伝う。
 それは白井が『レベル5』だと相手に悟られてはいけないからだ。
 もちろん、『レベル5同士の戦いだから、たとえ一方通行が負けたとしても、誤差の範囲内と判断されるから』ではない。
 単純に『レベル5の一方通行』であれば、今の白井黒子は負けない自信がある。
 それは一方通行の能力発動時に発生する『ベクトル気流』が見えるので、その間隙を縫うことができるからだ。
 しかし、問題は一方通行が『レベル6』に進化する前に倒さなければならない点にある。
 白井の知っている一方通行は御坂美琴との戦いで『レベル6』に進化した。
 それも一方通行本人から聞かされたのだから疑う余地はない。
 と言うことはつまり、それは『レベル5』に追い詰められたからこその進化であると結論付けられるわけだから、『レベル5』の白井黒子が一方通行を追い詰めてしまうと、『レベル6』に覚醒する可能性を孕んでしまっているということだ。
 だから、白井が『レベル5』であることを悟られてはならない。
 一回であれば、一方通行も偶然で片付けるだろうが、二回目を絶対に偶然と判断するわけがない。
 『縁』であれば二回目でも偶然で片付けられるが、『命』がかかった出来事の二回目を『偶然』と思うわけがない。
 だから最大でも、おとりを含めて二投までしか金串攻撃は許されないのだ。



 御坂美琴と妹達は上条当麻の元へと辿り着いた。
 一方通行の注意が白井黒子に向けられたので、あっさり辿り着くことができたのだ。
「ちょっと!」
 即座に美琴は上条の手を取った。
 同時に何か生温かいぬるっとした感触があった。
「―――――っ!!」
 一瞬で全身の血の気が引くのを感じる美琴。
 それは妹達も同じだった。
 最悪の可能性が過った。



 白井黒子はテレポートを駆使して、一方通行の砂利散弾攻撃をかわしていた。
「ギャハハハッ! やるじゃねェか! テレポーター! このスピードでも空間把握ができるなんざ大したもンだぜ!」
 しかしまだ金串を投じてはいない。
 一方通行の感心なのか馬鹿にしているのかよく分からない哄笑が届くが、そんなことくらいで白井がキレることはない。
 間合いは取ったまま、縦横無尽にテレポートを繰返し、かわし続ける。
 例えるなら、『とある科学の超電磁砲S』OPムービー、『Sister's Noise』の二回目の「彷徨う心の~」辺りの、麦野沈利のメルトダウナーの攻撃を回避するテレポートを白井一人で繰り返している、そんな感じだった。
 実は今の白井は十一次元に瞬間ではなく、一時的に一定時間、身を置くこともできるのだが、それをやるのもご法度なのだ。
 とにかく白井黒子は一方通行に自身が『レベル5』であることを悟られるわけにはいかないのだ。
「オラオラオラオラ!! どこまで避け続けることができるかなァ!!」
 一方通行は本当に楽しそうに砂利散弾を撃ち続ける。徐々にそのスピードを加速させながら。



「お姉さま……この方は息をしておりません、とミサカは震える声で報告します」
「分かってるわよ!」
 妹達のどこかガクガクしながらの現状報告に、自分の嘆きを吹き飛ばすように声を荒げる美琴。
 もちろん、妹達にも分かっている。
 美琴が、上条当麻の現状を危惧している苛立ちを爆発させただけだということを分かっている。



 白井黒子はランダムテレポートを繰り返しながら隙を探っていた。
 この当時の一方通行は『レベル5』で、実際に当時最強なのだが、その最強を『過信』する『驕り高ぶった』最強だった。
 対する白井は絶対に油断しない。驕った『最強』でしかない、今の白井なら『負けることはない』一方通行と言えど、油断はしない。
 なぜなら、どんなに傲慢だろうと、この一方通行が『レベル6』に進化する可能性を秘めていることを知っているからだ。
 だから白井は油断しない。
 ましてや白井の手数はわずか二手。そのことが『絶対に油断できない』緊張感を生む。
 一投目でベクトル気流を読み切り、二投目を一方通行の眉間めがけて投擲する。
 間合いを間違えなければ今の白井の金串にはピアノ線が付いているので、金串が脳を貫く寸前に引っ張り出し、最小のダメージで一方通行を倒すことができるのだ。
 今、この場の勝利とは何か。
 それは、御坂美琴の命を救い、一方通行の命までは奪うことなく『気絶』させて倒すこと、ただ一つだ。
(来た!)
 白井は心の中で快哉を叫んだ。
「オラァ!! 今度はどうだ!!」
 一方通行が十数本に切断したレールを弾丸として、白井目がけて放ったのだ。
 砂利とは違い、レールはある程度の太さと長さがある。
 つまり、目くらましに使えるのだ!
 瞬時に、白井はレールの間隙を縫うようにテレポートを繰り返す!
「ぬ?」
「はぁっ!」
 完全に右手がレールの死角に隠れる瞬間を見逃さず、白井は金串を投げた。
 反射でかわされても構わないおとりの金串を。
 一方通行の頭部めがけて、だいたい100キロ前後のスピードで風切り音を立てて向かっていく。
「ハン! 無駄無駄ァァァ!!」
 当然、一方通行は自分の目の前に迫った金串を『反射』、正確には『金串のベクトル』を操作して、あらぬ方向へと飛ばした。
(今ですわ!)
 心の中で吼えて、同時に白井はもう一投!
 今度は一方通行の『ベクトル操作』が作用しないはずの一撃を放った!
「ン?」
 一方通行からいやらしい笑みが消えた。
 何か探るような視線をその金串に向けていた。
 そして、


 一方通行は、サイドステップを踏んで、その金串を『避けた』。


「なっ!?」
 当然、驚愕する白井。
 思いがけない一方通行の行動に動きが止まったのだ。
「ほォ、テメエ、なかなか面白ェ真似するじゃねェか…………俺の『ベクトル操作』時に『ベクトルの流れ』を見極めて、その間隙を付いてくるとはなァ…………」
 一方通行は凶悪な笑みを浮かべた。
「さてはテメエ、『レベル5』クラス、だな? テレポーターの『レベル5』なンざ聞いたことなかったが、俺の『ベクトルの流れ』が視えるとすりゃァ、三次元を十一次元変換して空間把握する『テレポーター』以外、考えられンぜ。それも俺と『同レベル』じゃねェと、『視える』はずもねェ」
「馬鹿な! どうして、それが解りましたの!? わたくしの『視覚による攻撃』は今のが最初ですわよ!!」
 白井は叫んだ。
 最初からいきなり、見破られるとは思ってもみなかったからだ。
 しかし違うのだ。
 一つ、白井黒子はミスを犯していた。
 そして、それは致命的なミスだった。



「『今のが最初』?…………クックックック……違うんだなァ……テメエの今のは『二発目』だったンだぜ……ホラ、覚えてねェか? オマエ、あの男からオマエに俺の注意を向けさせンのに、牽制で『一回』投げたのを」
「あ――――!」
 指摘されて白井は愕然とした。
 一方通行の言う通りで、あの時に一回、金串を投げていたのだ。
 しかもそれは、絶対に白井に注意を向けさせなくてはならなかったので、『ベクトル気流』を見定めての一投で『一方通行の頬にかすらせた』のだ。
 一方通行からすれば、当然、その時に疑問を抱く。
 そして今の一撃だ。二度の偶然はない。
 そう結論付けるには充分だ。
 つまり、今の一撃は『三投目』だったのだ。
「くっ……」
 白井は歯噛みした。
 一方通行に自身が『レベル5』であることがバレてしまったから。
「さァて、テレポーター…………テメエに『ベクトルの流れ』が視えるってことは、俺に近いレベルがあるって意味だ…………こいつは正直、このダルイ実験よりもやり甲斐がありそうだぜ…………」
 一方通行が白井黒子を『敵』として認識した。
 それはすなわち、一方通行が、妹達や美琴を相手にしていた時とは違い、白井を相手にするときは遊ぶことも勿体つけることもしない、という意味だ。
 当然だ。
 格下が相手であれば、『真面目』にやるはずがない。『楽しむ』ために『余計なことをする余裕』があるものだ。
 しかし、相手が『実力が近い者』となれば、自身が『倒される』危険を孕む。そんな状況下で余裕をぶっこけば、寝首をかいて下さいと言っているようなものだから『真面目』にやる。
 だから、生成に時間がかかる『大気のベクトルを操った攻撃』を『最初から』中断したのである。
「今夜はなかなか楽しい夜だ。さっきの野郎のおかげで俺は『大気を操る』力を手に入れたわけだが、テメエは俺に何をくれるかね? 強い相手とやるのは『成長の近道』だからなァ…………」
 ただ、それでも一方通行は白井に負けるとは思っていない。
 『視える』だけでは『油断さえしなければ』なんとでもなるからだ。
 四ヶ月後の一方通行が白井に、ある意味追い詰められたのは、『レベル6』の力で脱することができる自信があったから『油断』したためだ。
「……………っ!!」
 白井は頬に汗を浮かべて、再び金串を構えた。
 しかし、攻撃するわけにはいかない。
 それは最悪の結果を招くことを知っているからだ。
 そして、それは、防戦一方になることを意味しているのだ。


 当然、結果は見えている。



 美琴は白井と一方通行の戦闘に視線を移さざるを得なかった。
 白井が、ずっと耐え忍んでいた一方通行の攻撃をまともに喰らい、吹き飛ばされたからだ。
 一方通行が砂利の上に着陸し、白井は態勢をまともに崩して、肩から落ちた。
 ぐしゃっと言う嫌な音がした。
「…………っ!」
 美琴は唇を噛み締めた。
 妹達だけじゃない。
 自分のことでいったいどれだけの人間が傷つくのだ、と泣きたくなった。
 自分の所為でいったいどれだけの人間を一方通行の生贄にしてしまうのだと自責の念に駆られた。
 ―――――!!
 次の瞬間、美琴は息を呑んだ。
 なぜなら、白井が立ちあがったからだ。
 小さくないダメージがあるだろうに、
 息も絶え絶えなのに、
 全身がふらふらなのに、
 それでも立ち上がったのだ。
 それが意味することはたった一つだ。




 白井黒子は、命をかけて御坂美琴、上条当麻、妹達に決して一方通行の注意が向かないようにしようとしているのだ。



(なんでッ……)
 美琴は嘆いた。
(なんで私は……こんなに弱いの?)
 美琴は慟哭した。
(常盤台のエース? 七人だけのレベル5?」
 美琴は自分自身を否定したくなった。
(なにもできないじゃないッ――――妹達を守ることも、一方通行を止めることも、コイツの怪我を治すことも、黒子を助けることも――――)
 美琴は心の中で絶叫した。
 しかし、美琴が絶叫したところで何も変わらない。
 奇跡は待っていたって起こらないのだ。
 美琴は今、自分の足元を見た。
 そこには、上条当麻が髪の影で瞳を隠し、口を少し開けたまま、血まみれの状態で横になっている姿しかなかった。
 正面にいる妹達は、そんな上条を沈痛の眼差しで見つめるだけだった。
 が、
 白井黒子を一方通行から救い出す手段は一つしかない。
(……こんな状態のコイツに私は何を…………)
 心の内に罪悪感が広がる。
 一瞬、ためらいが生まれる。
 しかし、その躊躇いは向こうから聞こえてきた、衝撃音によって吹き飛ばされる。
 白井が、再び一方通行の攻撃を受けてコンテナに激突した音だったからだ。
「……無理を言っているのは分かってる…………どれだけ酷いことを言っているのかも分かってる…………」
 美琴の声は震えていた。
 理屈は分からないが、この少年が持つ『能力を無効化する力』。
 それこそが、この場で一方通行を止めることができる唯一の手段であることを分かっている。
「でも、アンタにやってほしいことがあるの……ううん、アンタにしかできないことがあるの!!」
 美琴の瞳から涙が落ちていた。
 その涙は上条の頬で跳ねていた。
「私じゃ……みんなを……守れない……から……だからっ……お願いだから!」
 白井黒子は言った。
 レベル5が一方通行とは戦ってはならない、と。
 レベル5が一方通行と戦うと一方通行を無敵にしてしまう危険性を秘めていると。
 だとすれば、
 今、この場で一方通行を倒す手段は、美琴自身も知っている『上条当麻というレベル0の力』しかない。妹達では相手にすらならない。
「黒子を、妹達を、――――そして、私を助けて!!」
 心肺停止状態の場合の人工呼吸の基礎。





 泣き叫んでから、御坂美琴はありったけの気持ちを込めて上条当麻の体内へと、生命の息吹を吹き込んだ。



 上条当麻は、暗闇の中、柔らかな光が差し込んできたのを感じた。
 全ての感覚が失せていたはずなのに、その光を『暖かい』と思えた。
 自身の口元を中心に広がる暖かい感覚が、波紋のように全身に広がっていき、失いつつあった生命が再び活動を始めたことを認識した。
 同時に聞こえてきた。
 誰かの必死の思いが。
 誰かの泣き叫ぶ声が。
 誰かの切なる願いが。
 内容はまだ遠くに聞こえていたので届かなかったが、上条は『その誰かの気持ち』が言葉ではなく心で理解できた。
 まだ動ける。
 ならやることは一つしかない。
 上条の命の炎を再点火してくれた、その人物に報いなければならない。
 上条当麻の意識は再覚醒する。
 ピクっと指が動いた。
 次いで、閉じられたまぶたがギュッと引き締まった。
 美琴は、上条の体が反応したことに気付き、即座に離れて上条の顔を見やる。
 血の気の失せていて蒼白だった表情に赤みが差していた。
 もちろん、それは羞恥という意味ではない。
 上条の体に、再び命の炎が宿ったという意味だ。
 上条が静かにまぶたを上げる。
「み、さか…………」
「あ…………………」
 目の前にあったくしゃくしゃな顔の本人に呼び掛ける上条と、今度は嬉し涙が伝う美琴。
 美琴の口元に付着している赤いものは美琴のものか上条のものか。
「そうか……お前が俺を呼んだのか…………」
「うん…………」
 全身に力を入れて上条は起きようとする。
 刹那、さらに聞こえてきた激突音。
 上条、美琴、御坂妹は反射的にそちらへと視線を移す。
 そこには、



「クックックックック……よく頑張ったじゃねェか、オイ。何で攻撃してこなかったのかは分からねェが、それでもテメエはよくやった。まァ、これで終わりだ。退屈でツマンネエ実験よりも面白かったぜェ」
「くっ………」
 白井は座り込み、まだ戦意は失っていない瞳で睨みつけるしかできなくなっていた。
 そんな白井へと一方通行が手を伸ばす。
 白井にトドメを刺そうと手を伸ばしてくる。
 白井にはすでに避けることもテレポートで逃げることもできないほど、体力は低下し、全身の激痛が能力発動を拒む。
「終わり、だ」
 がさり…………
 呟いた一方通行の背後から、本来であれば耳をすましていなければ聞こえないほどの物音が聞こえてきた。
 一方通行の動きが止まる。瞬時にその背に冷たい汗が浮かぶ。
「まさか!?」
 一方通行はバッと勢いよく、振り返った。
 そこに信じられない光景が広がっていた。
 確かに息の根が止まったことを感じていたのに。
 確かにもう動くはずがないと思っていたのに。
 それなのに、そこにボロボロで血まみれの上条当麻が立ちあがっていたのだ。



(そんなはずはねェ! アレで生きていられるわけがねェ!!)
 同時に上条がおぼつかない足取りでこちらに向かってきた。
 ジャリ……
「!!」
 一方通行は自分の足が一歩後退したことに驚嘆した。
「チッ……」
 ぎりっと歯を食い締めてから、心を落ち着かせようと、一度佇まいを直して、
(何、あんな死に損ないにビビってやがる……アイツはもう、歩くのがやっとの野郎だぞ……立ち上がったこと自体、奇跡って野郎なンだぞ…………)
 理性は告げている。
 あんなボロボロの者など、触れただけで粉々にできる。
 速やかに実験を終わらせるなら、目の前のテレポーターと、奴の後ろにいるオリジナルを片付けて、クローンにトドメを刺してからでも充分大丈夫だと。
 優先順位からすれば一番最後で構わない、と。
 直接触れるのが嫌なら、その辺りにあるレールやコンテナの雨でも降らせて押し潰してしまえばいい、と。
 しかし、一方通行はどこか本能的な部分でアレに背を向けることを拒んでいた。
 どんな状態であれ、あの男がこの場における最大の敵であるが故、少しでも生き永らえさせてはいけないと考えてしまっていた。
 絶対に『自分の手』で葬り去らなければならない相手だと感じていた。
「面白ェよ、オマエ――――」
 一方通行は最初の標的に上条当麻を選んだ。
 かいたこともない冷や汗を浮かばせながら、どこか鼓舞するように言った。
「――――最ッ高に面白ェぞォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 吼えて、一方通行は足の裏のベクトルを操作して、弾丸のように飛び出した。
 ありがたい、と上条は思った。
 本来の、上条の知る史実の八月二十一日同様、そう思った。
 だとすれば後の展開も見えている。
 『先』を知っている者と『先』を知らない者。
 しかし、その『差』はレベルを超越する。
 上条はギュッと拳を握った。残されたわずかな力すべてを振り絞って握った。
 一方通行の右の苦手、左の毒手。
 ともに触れただけで人を殺せる一方通行の両手が、上条の顔面へと襲い掛かる。
 まったく同じだった。
 だから、上条は小さく笑った。
 これで、歴史が元に戻る――――そう思えたから笑った。
 一方通行に悟られることもないほどの小さなものでしかなかったが。
 それでも上条は勝利を確信した。
 残された最後の力で、上条は頭を振り回すように身を低く沈めた。一方通行の右手が虚しく空を切り、左の毒手は上条の『右手』に払われた。
「歯を喰いしばれよ―――― 一方通行――――」
 上条は言った。
 上条の知る八月二十一日とは、わずかに違うセリフで。
 なぜなら上条当麻にとっての『最強』は目の前の一方通行ではなかったから。
 なぜなら上条当麻にとっての『最強』はこの世界に送ってくれた『無敵』の一方通行だったから。


「――――この一撃はは四ヶ月後のお前から今のお前の目を覚まさせるよう、託されたもんだぁぁぁああああああ!!」


 瞬間、
 上条の拳はうなりを上げて一方通行の顔面に突き刺さり、その白い華奢なが勢いよく砂利の引かれた地面へと叩きつけられ、乱暴に手足を投げ出しながらゴロゴロと転がっていった。









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