とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part10

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第8章


 この時間の御坂美琴と妹達に別れを告げ、上条と白井は鉄橋下、元の世界からこの世界に飛び立った、あの廃材置き場に来ていた。
 理由は簡単。
 ここから元の時間に戻るためだ。
 二人とも結構ボロボロなのだが、応急手当と少しの休養である程度、歩いて時間移動のための場所に来ることと喋るくらいことくらいできる体力と元気は戻ってきていた。
 ついでに白井はテレポートする力も戻っている。
 ちなみに美琴は常盤台の学生寮での処置を提案したのだが、そこには『この時間の白井黒子』がいるので、この案は却下となった。
 よって、応急手当用の消毒液や包帯は、一〇〇三二号を通じてこの実験の結末が知れ渡っていた妹達に準備してもらったものである。
「そう言えば、今、この世界から元の世界に戻りますと、わたくしの記憶は『この世界』からの記憶に書き替えられるのでしょうか?」
「どうだろ? 確か魔術の『遡行の儀式』ならそうなるって話だったが、俺たちは『身体』そのものを移動させたんで記憶が残るかもしれないな」
「ううむ……それはそれで不都合かもしれませんわ……今度はわたくしだけが違う世界に放り込まれる感じになるような…………」
「ははっ。だったら、お前の記憶が書き換えられることを祈ってろ」
「無責任ですわね。わたくしにとっては結構深刻な問題ですわよ」
「そうは言っても違うのは『八月二十一日~十二月中旬』だけなんだろ? それなら、その間は『夢』だったことにしちまえよ。どうせ、お前はお前だ。あとは周りとその間の話を上手く合わせてろ。それでもどうにもならないようなら俺が弁護してやるさ。お前の記憶が書き換えられなくても、少なくともここ三日から四日ほどのお前と俺の記憶は同じだ」
「なるほど。それもそうですわね」
 白井はポンと手を叩いた。
「ところで、元の時間に戻るのは大丈夫なのか?」
「その辺りは問題ありませんわ。『元の世界』は『現在』ですし、『過去』と違って、元々、座標がどこにあるか分かってますし、『時間のベクトル』を確認する必要はありませんの」
「そうか、てことは後は俺たちが入る『機材』を何にするか、だな」
 言って二人はキョロキョロ辺りを見回す。
 ちなみに『機材』には事欠かないので何の問題もない。
「さて、これで元に――――」
 上条は、ふと、携帯を取り出した。
 あの激しい戦いの中、壊れたかもしれない携帯を。
 もっとも、誰かにかけるためではないから故障しているかどうかは問題ではない。
 望んでいるものがあるかどうかを確認するだけだからだ。
 しかし、


 ――――――――っ!!


 上条は息を呑んだ。一瞬、自分の目を疑った。
 そんなはずはない。
 そう思いながら、かぶりを振り、目をこすって再度、携帯を見る。
 しかしない。
 あるはずのものがない。
 御坂美琴の命を助けたのに。
 八月二十一日の顛末を変えたのに。
 それなのに、そこになければならないはずのものがないのだ。
「どうされました? 上条さん」
 上条の様子がちょっとおかしいことに気付いた白井が声をかける。
「いや……そんな……まさか…………」
 上条は必死に否定したくなった。
 しかし、現実は残酷だった。
 上条の予想は当たっていなかった。
 御坂美琴を救い出せば世界は元に戻るという予想は間違っていたのだ。
「上条さん?」
 再び、白井が問いかける。
 上条は肩越しに振り返った。
 その表情は蒼白に強張っていた。



「白井…………」
「何ですの?」
 そんな上条の表情を見れば、白井の表情にも険しさが浮かぶ。
「まだ…………『世界は元に戻ってねえ』…………」
「…………は?」
「…………もし、世界が元に戻っているなら、俺の携帯に付いてなきゃならないものがある。けど、それがないってことはまだ戻っていないってことだ」
「………………」
「どういうことなんだ? 御坂を助け出して、史実通りにしたのに、何で…………?」
 何が何だか分からない。
 上条は狼狽するしかできない。
 そう。上条当麻の携帯には、本来の史実、九月三十日に御坂美琴とペア契約した際に特典として付いてきた、十月三十日に千切れてしまったが、十一月初旬に再度戻ってきた、ゲコ太のストラップがまだ付いていなかったのだ。
「そうですか…………はぁ……」
 が、白井黒子は、そんな上条の様子をあざ笑うがごとく、呆れたため息を盛大に吐いていた。
 どことなく、上条を見る瞳が白く見えた気がした。
 それが何を意味するかを即座に悟る上条。
「ち、違う! 俺は嘘を吐いちゃいない! 世界は絶対に御坂がいないことで変わっていたんだ! 証拠だってあっただろ!?」
「何をうろたえておられますの? 今さら、あなたが嘘を吐いていた、なんて思っておりませんからご安心くださいませ」
「そ、そうか……じゃ、じゃあ何で元に戻らないんだ…………?」
 少しだけホッとして、しかし、上条は再び慌てふためき、
「つまり、それは『お姉さまを救い出す』が条件ではなかったということですわ。何か別の理由で『世界が変えられた』になりますの」
「けど、世界は御坂がいるかいないかで違っていたんだ。それなのに『別の理由』なんてあるのか?」
「いえ、『お姉さまがいるかいないか』で相違があったことは正しいですわ。ですが、原因が『一方通行に殺されたから』ではなかったということですの。まあ、あれほどまでに苦労したことが実は間違いでしたでは…………これが先ほど、わたくしが呆れた視線を上条さんに向けさせていただいた理由なのですが…………これでは、徒労感と脱力感が半端ではありませんわよ…………はぁ…………」
 再び、白井は盛大な溜息を一つ吐いて。
 それでも、なんとか気を取り直して、
「ここはもう一度、おさらいしてみましょう。そもそもの原因、『お姉さまが命を落とすことになった』一番の理由、つまり、あなたが仰った『一方通行を上条さんが退けてお姉さまが命を落とさずに済んだ』が、どうして、この世界では『無かった』ことになっていたのかを」
 即座に提案する。
「ああ。だから、『俺』の代わりに俺たちが来たんだろ? もしかして白井がいたことがまずかったとか?」
「アホですか、あなたは。『お姉さまがいるかいないか』で世界が変わってしまっているのですから、ここに、わたくしが居ようと居まいと関係ないではありませんか」
「け、けど、元の史実だと『お前はいなかった』わけだから…………」
「ええい、お姉さまが『あの馬鹿』と仰っていましたが、お姉さまの『あの馬鹿』発言は照れ隠しの悪態でしたのに、まさか本当に言葉通りとは思ってもみませんでしたわ」
「う…………」
「言っておきますけど、それでしたら、今の上条さんも私と同じ立場ですのよ。『本来の史実』を持ち出すなら、『今、この時間の上条さん』でなければならないことになりますの」
「あ、そうなるな…………てことはやっぱりこの時間の『俺』じゃないとまずかったってわけか…………」



「そういうことですわ。というか、どうしてこの時間の『上条さん』はお姉さまをお救いにならなかったので?」
「んなもん俺が知るか。俺の知っている史実なら俺はちゃんと御坂を助けたんだ」
「そこですわ。『今の上条さん』はお姉さまを助けると思ってくださったのに、なぜ『この時間の上条さん』がそう思ってくださらなかったのか。『今の上条さん』と『この時間の上条さん』が別人でなければおかしな話ですわ」
「んな馬鹿な。『この時の俺』と『今の俺』は同じ『俺』だ。なのに、考え方が違うなんざ、あり得ないだろ――――って、待て」
「どうされました?」
「いや……ちょっとな………」
 しばし、二人沈黙。
 白井は上条の答えを待っている。
 上条はハッとした。
「まさか……いや、そんな…………けど、それしか考えられない…………ひょっとして…………あ、そう言えば………てことは………嘘だろ…………アレか、アレが原因なのか…………だとしたら今回の事件の真犯人は…………いや、それだと…………」
「上条さん?」
 上条が意味不明に呟くのが聞き取れて、白井は思わず呼びかけた。




「白井…………分かった……見えた……今回の御坂がいなくなった世界に変えられてしまったって事件のほぼ全貌が…………」




「何ですって!?」
 震える声で切り出す上条に、素っ頓狂な声を上げる白井。
「ああ……まだ俺自身の中での組み立てでしかないんだが聞いてほしい…………そんで、俺の仮説に矛盾が無いかどうかを判断してほしい…………」
「ええ…………」
 白井の同意を得て、上条は語る。
 今回の事件の顛末すべてを。
 そして、今回の事件の首謀者を。
 白井は黙って上条の説明を聞いた。
 一字一句逃さずに、それくらい真剣に聞いた。
 上条がすべてを話し終えて。
 白井は再度、自分の中で話に筋道を立ててみる。
 出た結論は、




「確かに…………それでしたらほとんど全ての辻褄が合いますの…………ですが、まさかそんな…………」




 白井の声も震えていた。上条同様、何か信じられないものを見た、そんな表情だった。
「ということは、わたくしたちの行くべき本当の時間は――――」
「そうだ。けど、どうする? 今、俺たちが『一方通行を倒してしまった』以上、これから戻る『世界』は『御坂がいない世界』ってところは変わらないが、もしかしたら『俺たちの知っている御坂のいない世界』じゃなくなった可能性がある。てことは、その世界の一方通行が、『俺たちの知っている』一方通行とは限らなくなってしまったってことだ。『レベル6』でかつ『俺たちに協力してくれる』一方通行がいないかもしれないし、さっきの仮説通りでお前の記憶が書き換えられてしまったらって考えると迂闊に戻るわけにはいかなくなったぞ。そして、『今のお前』では過去にテレポートすることは…………って、白井?」


 話の途中で、突然、白井黒子は上条の周りに円を描き始めた。
 いや、円というよりも何か別のもの。
 なぜなら単なる円ではなく、中に三角を二つ重ねて書いているからだ。
「なら、もう残された手段はこれしかありませんわ、上条さん。『今、この場』から『その時間』に飛びますの」
「え?」
「あとは――――申し訳ござませんが、そのまま少し待ってていただけますか?」
「はい?」
 上条が間の抜けた声を漏らすと同時に、白井の姿が消えた。
「待つって?」
 上条は茫然と立ち尽くすしかなかった。
 そして、待つこと十数分。
「お待たせしました」
 言って、白井は、まるで優しく抱きとめるように腕に色々な『道具』を抱えて戻ってきた。
 それらをそそくさと三角形の角へと置いていく。その数、六つ。
「何してんの?」
「見て分かりませんの?」
「分からないから聞いている」
「ではお答えする前に、右手だけ円の外に置いてもらえますか? あ、円の範囲には触れないでくださいまし」
「こうか?」
「そんな感じでよろしいかと」
「で、何すんの?」
 上条がどことなく、何気なく問いかけると白井は自身の右手を上条の額に当てた。




「――――――『遡行の儀式』ですわ」




 白井が静かに呟くと、三角を二つ重ねた円の線が、ブンと音を立てて光を灯した。
「………『遡行の儀式』?」
「ええ…………インデックスさんが仰っておりました魔術、『過去の自分の意識』と『現在の自分の意識』を交換させる魔術…………」
 白井が静かに告げて、何かを、上条からすれば意味不明の言語を呟いた刹那、




 白井黒子の全身から大量の鮮血が噴霧した。




「白井!?」
 それは明らかにさっきの戦闘の傷口がまた開いた、レベルの出血ではなかった。
 確実にその量と吹き出した個所が増大していた、そんな感じだった。



「右手は絶対に円の中に入れないでくださいませ!!」
 しかし、白井の嗜める恫喝が上条の動きを硬直させる。
 思わず、右手で白井を支えようとしたが、その手を止めてしまう。
「…………もう……これしかないのです……上条さん…………それに……今から行く時間であれば……『その時間の上条さん』に意識はないはず…………」
「止めろ白井! 能力者に魔術は使えない! 使えばお前は…………!!」
「ふふ…………それは正確ではありませんわ……『能力者にも魔術は使える』のです…………ただ、『体が魔術を使うのに適していない』だけで…………まあ……上条さんのお部屋で……インデックスさんの書いた文様を反芻したとき……に……こうなることは予想できていましたけど…………読んだだけでも全身が震えましたわ…………恐怖ではなく………何か、立ち入ってはいけないところに踏み込んだ……そんな感覚でしたの…………」
「なんだと!?」
「ですが……そんなことは言っていられません…………もう『遡行の儀式』以外で……お姉さまを救う手立ては…………ないのです…………」
「だからって何でお前が!? この世界でも『能力者じゃない人』はいる! ほとんどの人はこんなオカルトに協力してくれないだろうが、俺の担任なら事情を話せば協力してくれるはずだ! そんな人なんだよ!! だから何もお前がやる必要はない!!」
「いいえ…………わたくしでないと意味ないのです…………わたくし、言いましたわよ…………」
「何をだよ!?」
 上条は叫んだ。
 対する白井は、鮮血に染めた表情で上条を見上げた。
 その顔は笑っていた。
 おそらくは美琴にさえも見せたことが無いであろう最高の笑顔だった。




「わたくしは……『お姉さまのいない世界は認めません』と……その世界には『今のわたくし』も含まれるのですよ…………」



 ――――っ!?
 上条は喉が干上がったと思った。
 何と言葉をかけてやればいいのか分からなくなった。
「うふふ……心配ありません…………上条さんが……世界を元に戻すことができたときは……『今のわたくし』は消えるのです…………元々、わたくしは……存在していないのです……存在しない者に…………気を病む必要はございませんわ…………」
 魔法陣の鳴動が激しさを増す。
 魔法陣から放たれた光が上条当麻と白井黒子を包み込む。
 白井から飛び散る深紅の奔流も激しさを増していく。
 それでも白井黒子は呪を紡ぐのを止めない。
 自身の肉体がどうなろうとも止めるつもりなどない。
 上条当麻の右手はサークルの外だ。
 ありとあらゆる『異能の力』を無効化する『幻想殺し』はインデックスの予想通り、『上条の意識』に対して行使される『異能の力』には反応しなかった。
 サークルに触れない限り、儀式が破壊されないことを証明した。



「ダメだ白井! それでもお前はここにいるんだ!!」
 目の前で苦しんでいる人を見捨てられない上条当麻の性が。
 血まみれになり、息も絶え絶えで、全身が軋んでいる音さえ聞こえてくるような白井の身体を直視させられて、上条はこの儀式はやらせてはならない、そう強く思った。
 だから、白井の言葉を無視して右手を円の中へと入れようとした。
 しかし、白井がそれを拒む。
 左手に上条の右手首下辺りを強く握らせ、強引に外へと押し出した。
 上条は右手をなんとか白井の左手を振りほどこうとするが白井の左手はびくともしない。
「無駄……ですわ……こう見えてもわたくし…………風紀委員ですの…………暴漢を抑え込むための鍛錬を積んでおりますわ…………どういう風に力を入れれば相手を制圧できるかを…………熟知しておりますのよ…………」
「白井!!」
「上条さん…………本当に……わたくしのことを気遣ってくださるのであれば…………この儀式を受け入れてくださいまし……そして…………必ずお姉さまをお救いくださいまし…………」
 再び、上条の瞳を覗き込んでくる白井の目に上条は押し黙るしかできなかった。
「大丈夫ですわ……上条さんがお姉さまを救い出してくだされば…………元に戻った世界ならば…………お姉さまのすぐ傍に『わたくし』は居ますから…………」
 再び、白井は最高の笑顔を向けた。




「…………我ninsたgい……knmのw……kntnr時htmtbk給e…………」



 白井黒子が何か聞き取れない言葉を、聞いたこともない言語を全て舌に乗せた瞬間、上条の視界が白井の表情を四角く切り抜いて、それが闇に呑まれるように遠くなっていくのを感じた。
「しらいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 上条は『右手』を伸ばす。
 そう『右手』を伸ばす。
 しかし、その右手は遠ざかる白井黒子を捕まえることはできなかった。
 上条当麻に見えたものは、





 全身を深紅に染めた白井黒子が静かに崩れ落ちていく姿だった。









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