その二人は美琴最大の敵だった
「ハメられた」
第7学区にある小さな喫茶店に一歩入った瞬間、御坂美琴はそう思った。
一時間ほど前、美琴は佐天から電話がかかってきた。
内容はいつもの通り、「今日お暇ですか? 良かったら遊びません?」だった。
ただし白井と初春は風紀委員の仕事で来られないらしく、
美琴はてっきり佐天と二人きりだと思っていたのだ。
なのだが、待ち合わせの場所【きっさてん】には佐天の他にもう一人いる。
かと言ってそれは春上や枝先ではなく、勿論白井や初春でもなく、
「やっほー、美琴ちゃん! 大覇星際ぶりねー!」
美鈴【ママ】だった。
「なっ、えっ、えええぇぇぇ!!?」
「おー! いいわねそのリアクション! ドッキリしかけた甲斐があるってもんだわ♪」
「私は若手芸人かっ! …っていやいや、その前に何でマm…お母さんが
学園都市【こんなとこ】にいんのよ! 簡単に出入りできるような場所じゃないでしょ!?
しかも何で佐天さんと仲良く一緒にお茶してる訳!? 何なのコレどういう状況!?」
「そんないっぺんに聞かないでよ。それといつもみたいに『ママ』って呼んでいいわよ?」
「数ある質問の中から、何でそこをチョイスした!!?」
「まぁまぁ御坂さん。今からちゃんと説明しますから」
事の顛末はこうだった。
1:美鈴は大学のレポート作成の為の資料集めに、学園都市にやってきた。勿論、許可を取って。
2:街を歩いていたら、大覇星際で知り合った、娘の友人【さてん】に出会う。
3:せっかくなのでお茶に誘う。美鈴のおごりで。
4:二人で、美琴にプチドッキリをしかける事を思いつく。
で、
「……現在に至る…って訳ね……」
「そういう事♪」
「てか何で『1』の時点で私に連絡よこさないのよっ!」
「だって、すぐ帰る予定だったし」
「資料集めはどうしたのよ!?」
「もう終わったけど?」
「じゃあ帰れよ!!! すぐ帰るって予定を今すぐ実行しなさいよっ!!!」
「美琴ちゃん…人生ってのはね、予定通りに行かないものなのよ」
「自主的に予定を狂わせてんでしょうが!!!」
ぜぃぜぃと息を切らす美琴。
一通り親子漫才も終わったようなので、佐天はコホンと咳払いをして本題に入る。
「コホン……えー、御坂さん。実は御坂さんを待ってる間に美鈴さんと話し合ったんですが、
このままじゃマズイと思うんですよ」
「え、な…何が…?」
これから佐天から何を言われるのか、美琴も薄々分かっている。
何しろ二人とも、いやらしいくらいニヤニヤしているから。
二人ともこんな顔をする時、決まって『アイツ』に関する話題を振ってくるのだ。
「何って決まってるでしょう。勿論、上条さんの事ですよ!」
「やっぱりそれかああああぁぁぁぁ!!!」
お約束である。
「だって全然進展してないんですもん! 心配になりますよ!」
「そうよ美琴ちゃん。こういうのはね、ガンガン攻めなきゃ駄目よ!」
「し、ししし、進展とか! 攻めるとか! な、何の事言ってる訳!?
べ、べべ別にほら、私とアイツはその…た、ただの友達な訳だし!」
カラカラになった喉を潤すために、コップの中のお冷を口に含みつつ、
テンプレ通りに否定する美琴だが、そんなのはこの二人には通用しない。
二人はハモりながらこう言った。
「だって御坂さん、上条さんの事が好きじゃないですか」
「だって美琴ちゃん、上条くんの事が好きなんでしょ?」
お冷は盛大に噴射された。
「ゲホッ!!! ゲホッ!!! なっ、ななな何そのガセ情報!!?
何で私がアアアアイツの事を……その…好………とかになんなきゃいけないのよっ!!!」
必死に言い訳をする美琴だが、当然意味はない。
まさか『アレ』でバレないとでも思っていたのだろうか、このレベル5は。
二人は追い討ちをかける。
「上条さんに手作りクッキー持って行きましたよね?」
「それは…」
「大覇星際で楽しそうにしてたわね」
「うっぐ…」
「そのストラップ、上条さんとおそろいって本当ですか?」
「ううぅ…」
「てか美琴ちゃん、最近電話すると上条くんの話ばっかするじゃない」
「ぁぅ…」
美琴弄りに定評のある二人がタッグを組んだ。つまり美琴は質問攻め【イジられまくり】だ。
佐天【ありよし】と美鈴【ザキヤマ】挟まれた美琴【たけやま】は、
なすすべなく、ただアワアワするだけである。
「むー…予想はしてましたが、やっぱり埒が明きませんね」
「もう…我が娘ながら、こんなに素直じゃないとは思わなかったわ。本当に誰に似たのかしら」
「…はにょ…はにょ………」
あれから十数分、美琴は顔を茹でダコのように真っ赤にしたまま縮こまっている。
茹でたてなのか、頭からしゅうしゅうと煙も出している。
だが出すのは煙ばかりで、肝心な上条についての証言は出なかったようだ。
たまに観念してごにょごにょと何か言ったりはしたのだが、
聞き取りにくいので聞き返すと、「やっぱ何でもない!」の繰り返しであった。
美琴がこんな調子じゃあ、進展なんぞする訳がないのだ。
「どうしましょうか、美鈴さん」
「そうねぇ…こうなったら秘密兵器を呼びましょうか」
ビクッとする美琴。正直、嫌な予感しかしない。
「秘密兵器…ですか?」
「そう。こんな事もあろうかと思って、さっきお手洗い行った時に上条くんに電話したの」
「ちょーーーっ!!!? ママァァアアア!!?」
余計な【おもしろい】事を仕出かしてくれる母親である。
「叫んでていいの? もうすぐ上条くんここに来るのよ。
私としては美琴ちゃんが一緒にいてもいいんだけど、それじゃあ上条くんも話しづらいと思うから、
美琴ちゃん、後ろの席に座っててくれない?」
「娘がいたら話しづらいような事を、本人が聞いてる所で堂々とする気かオノレはっ!!!?」
このまま母親を説教して、話の流れをうやむやにしてやろうか、などと企んでいた美琴だが、
カランコロンと入り口のベルが鳴り、反射的に後ろの席に身を隠す。
慌てていた為、飲みかけのコーヒーもそのままにする程に。
「いらっしゃいませ」
「あの…連れがいると思うんですけど」
マスターの声と、上条【あのバカ】の声だ。美鈴は即座に、入り口に向かって手を振る。
「上条くーん! ここ、ここー!」
「あ、美鈴さん。どうも……って…」
美鈴に呼ばれその席まで行くと、その隣には佐天がいた。珍しい組み合わせである。
美琴繋がりである事は容易に想像できるが、
しかしその美琴【つなぎやく】がいないのはどういう事なのだろうか。
不自然に思い、尋ねてみる。
「美琴は? いないんですか?」
その瞬間、後ろの席から誰かが咳き込む声が聞こえたが、美琴はいないようだ。
美鈴と佐天【めのまえのふたり】が妙に含み笑いをしている。
「くっ…ぷくく……あ、ごめんね? 美琴ちゃん、ちょっと用事があるみたいで」
「あ、そうなんですか。…で、佐天は何でここに?」
「そこでバッタリ会いまして。せっかくなので観光案内してたんです」
「へー。んで、俺は何で呼ばれたんですかね?」
上条は電話で、美鈴から「大事な話」があると呼ばれてきた。
だが込み入った話ならば第三者【さてん】がいるのはおかしい。
なのでどうせ、ろくでもない用で呼ばれたんだろうなと理解しつつも、とりあえず席に着く。
するとテーブルの上には、3つのコーヒーがある事に気づいた。
2つは勿論、美鈴と佐天の物だ。ではもう一つは?
「……アレ? これは…?」
上条は知らないが、それは美琴の飲みかけだ。上条の疑問に、佐天はいい事を思いついた。
「あ、それ上条さんのです! 先に注文しといたんですよ!」
「え…あ……どうも」
上条としては若干余計なお世話だ。
先に注文したらヌルくなるし、何より注文ぐらい自分でする。好きな物頼みたいし。
だが悪気があった訳でも無いだろうし、むしろ善意だろう。ここはありがたくいただく事にする。
「じゃあ、せっかくだし……」
上条がそのコーヒーを一口飲む。
その状況を、話は聞こえているが見る事はできない美琴の為に、美鈴が実況した。
「上条くん、そこに置いてあったコーヒー美味しい?」
「そこに置いてあった」という言い回しに違和感を覚えながらも、上条は答える。
「はぁ、まぁ美味いですね。……やっぱりちょっとヌルいですけど…」
後ろの席からどんがらがっしゃんと騒々しい音が聞こえてきた。隣の客はよく騒ぐ客である。
そっちも気になるが、今は話を戻そう。
「あー…大分、話が逸れましたね」
「あら、ごめんなさいね」
そもそも本題にすら入っていなかったが。
「実はちょっと相談したい事があって…」
「俺に…ですか?」
「うん。美琴ちゃんの事なんだけど…」
先ほども説明したが、佐天がいる以上、相談と言ってもそこまで重い話にはならないだろう。
しかし美琴について、というのは少し気になる。
美琴は美琴で、不安を感じながらも少し期待していた。
二人が上条との関係を取り持ってくれようとしているのは明らかだ。
さりげなくアピールしてくれるかも知れない。だが……
「美琴ちゃんの事なんだけど…異性としてどう思う?」
「…はい?」
さりげなくどころかド直球であった。
確かに鈍感な上条相手ではそうするしかないかも知れないが、いくら何でもストレートすぎる。
また後ろの席から物音がした。
「えっと……それはつまり?」
「御坂さんとお付き合いできるかどうかって意味です」
佐天からの援護射撃【とどめのひとこと】。
これを後ろで聞いている美琴は、今どんな思いでどんな顔をしているのだろうか。
「いや、ちょっと待ってくれ! そもそも何でそんな話になるんですか!
相談じゃなかったんですか!?」
「だから相談よ。美琴ちゃんの、恋の相談♪」
「それを本人のいない所で…って言うか、その役を何で俺が!?」
上条の問いに、二人はハモりながら答えた。本日二度目である。
「だって御坂さん、上条さんの事が好きですし」
「だって美琴ちゃん、上条くんの事が好きだもの」
「うおおおおおぉぉぉぉい!!! 何を言うてくれとんじゃこの二人はあああぁぁぁぁぁ!!!」、
という心からの叫びを美琴は口に出さず呑み込んだ。
暴走する二人を今すぐにでも止めたいが、今出て行ったら余計に変な空気になる。
「………へ? 美琴が? 俺の事を? いや、それはないでしょ。
だってアイツ、毎日会う度に何かツンツンしてますもん」
そのツンツンの裏に隠されたデレデレを察して欲しいと願わずにはいられない。
というか、『何故』毎日会っているのか少し考えていただきたいものである。
「それただの照れ隠しですって!」
「そうそう。あの子ちょっとお子様だから、好きな人にはイジワルしちゃうのよ」
本人が後ろに控えているという事を、この二人は忘れてはいないだろうか。
「いやー…アレはただの敵意かと……」
それでも上条は納得してくれない。
業を煮やした美鈴と佐天は、ガバッと立ち上がり声を荒げる。
「あーもう! だからそれは、『好き』の裏返しなんですよ! ねぇ御坂さん!?」
「だからそれは! あの子なりの愛情表現なのよ! ねぇ美琴ちゃん!?」
二人は後ろを振り返りながら声を出した。バラしやがったのだ。
「……………ふぁぇ…?」
唐突に話を振られ変な声を出す美琴。聞きなれた声に、上条も反応する。
「えっ!!? み、美琴いたのかっ!!?」
ビックリしすぎて固まる二人をよそに、雑なドッキリをしかけた二人はそれぞれ電話をかける。
「あ、もしもし初春? 仕事終わった? ……ホント!? じゃあ初春も来てくれないかな。
そう、…うんそう。今『御坂さんと上条さんをくっつちゃえ作戦』の途中。
…あー、そうなんだよね。あたしと美鈴さんだけじゃ手に負えないから。
え? 違うよ、美鈴さん。みーすーずーさん! さっきセブンスミストの前で会ったの。
あっ! 勿論白井さんには内緒で来てね。…はい、はーい、じゃ、待ってるから」
「もしもし、上条(詩菜)さんですか? お世話になってます、美鈴で…
え? ああ、はいそうです。今お時間大丈夫ですか? …すみませんね~、突然のお電話で…
はい、はい。あっ! ありがとうございます。
それでですね、この前お話した『そちらの息子さんに、ウチの美琴ちゃんをお嫁に…』
ってお話なんですけど…そうなんですよ~! ええ、ええ、はい。
あ、はい、ハンズフリーにしますので、上条さんも説得してください。
…え? あははははは! その話はまた後日お願いします。…はーい」
更なる増援を召喚する二人。事態は益々混沌としていくようだ。
さぁ、これからが大変だ。