ミニミニ当麻きゅん事件
御坂美琴は、お気に入りのぬいぐるみ・キグルマーを抱き締めながら、
自分のベッドの上でゴロゴロしていた。
基本的に寂しがり屋な所のある彼女は、人恋しい時はこうやって慰めているのだ。
ルームメイトの白井は今いない。
先程、固法先輩から連絡があり、風紀委員第177支部へと向かったばかりだ。
白井が風紀委員で忙しい、という事は、同じく風紀委員の初春も忙しいのだろう。
ならば佐天は、と思ったのだが、
本日は柵川中学の友達(春上、枝先、アケミ、むーちゃん、マコちん等々)
と遊びに行くと言っていた。
きっと佐天や春上ならば、美琴が「一緒に行ってもいい?」と言えば喜んで手を差し伸べるだろう。
おそらく他の友達も快く迎え入れてくれる。
しかし自分一人だけ常盤台だし二年生だし、などと考えてると、やはり気を使わせてしまいそうだ。
そんな訳で結局美琴は、一人寂しくゴロゴロしているのだ。
「僕は友達が少ない」…なんて事を思うと、自己嫌悪に陥りそうになるのでやめた。
(あと誘えそうなのは、あの馬鹿くらいか……)
美琴は他に声をかけられそうな人物・上条当麻の顔を思い浮かべた。
が、速攻でそれを打ち消した。
上条は美琴の想い人である。知ってると思うけど。
つまり遊びに誘うという事は、それはデートのお誘いとなるのだ。
今時、男女で遊ぶ=デートという方程式も無いと思うが、それでも美琴はそう考えてしまうのだ。
正直誘えるものなら誘いたい。説明した通り、美琴は彼に思いを寄せている訳だから。
だがそう簡単にいかないのだ。何ヶ月も片思いしているのも、伊達や酔狂からではない。
何故なら美琴はツンデレなのだ。知ってると思うけど。
好きな相手を目の前にしても、素直になれないのがテンプレである。
(……やだなぁ…こんな性格………)
結局、自己嫌悪になる美琴。ため息を吐きながら、キグルマーに顔を埋める。
だがその時だ。美琴はとんでもない事を思いついた。
それはリンゴが自然と落ちたのを見たニュートンの如く、
ベルを鳴らしただけでよだれを垂らした愛犬を見たパブロフの如く、
ガラパゴス諸島を訪れたダーウィンの如く、まさに世紀の大発見だった。
いつでも上条を身近に感じる事ができ、さらに素直になる為のリハビリも出来るという方法。
それは、
(あああああの馬鹿の抱きぐるみとか作ったら、
こうやってアイツに顔を埋める事とか出来るんじゃないのっ!!!?
ぬいぐるみ相手だったら色々やっても大丈夫…かも知れないし!!!
って、い、いい、色々って言っても『そういう意味』で色々する訳じゃないけどねっ!!!?)
という事である。先程あげられた歴史上の偉人たちに謝っていただきたい。
と言うか、誰に対して何の言い訳をしているのだろうか。
二時間後、「ふおああああぁぁぁぁぁぁ」とよく分からない声を出し、
完成した上条ぬいぐるみを掲げる美琴の姿がそこにあった。
早い。早すぎる。
あれから材料を買い、部屋に戻って一からぬいぐるみを作るのに、たったの二時間である。
裁縫なども得意な美琴だが、それを差し引いてもとんでもない早さだ。
おそらく「一刻も早く完成させたい」という美琴の強い思いが、
人の限界を超えるほどの集中力と裁縫力を引き出したのだろう。
トレードマークのツンツンヘアーも見事に再現されている。
美琴は早速、出来立てホヤホヤの「ミニミニ当麻きゅん(美琴命名)」を抱き締めてみた。
果たして本物の上条と対峙した時のようにツンツンしてしまうのか、それとも―――
「や~んもう、カ~ワ~イ~イ~!!!」
大丈夫だ、問題ない。
美琴はミニミニ当麻きゅんをむぎゅ~っとしながら、
フカフカモフモフしたり、ナデナデスリスリしたり、フニフニムニムニしたりしていた。
「えっへへ~、これからはず~っと一緒だからね、当麻きゅん♡」
恍惚な表情でそんな事を言う美琴。
そろそろ「誰だお前」とツッコまれそうなので断っておくが、今彼女は部屋で一人なのだ。
誰でも一度は経験した事があるだろう。
普段なら恥ずかしくて絶対にやらないような事を、一人っきりになった時に思いっきりやる、というのを。
つまりはそれだ。今の美琴は開放感に満ちている。故に恥ずかしい事でも惜しげも無くできるのだ。
黒歴史とは、他人に知られなければただの恥ずかしい秘密に過ぎない。
ではここからは余計な説明は無しに、美琴がぬいぐるみ相手に独り言を話す様子を見てもらって、
その暴走っぷりに思う存分鼻で笑っていただきたい。
「も~ちゅきちゅきちゅきちゅき! 当麻きゅんってば、何でそんなに可愛いの?
え? 何々? 私にいっぱい抱き締められる為に可愛く生まれてきた?
や~ん、じゃあお望み通りい~っぱいぎゅーってしてあげちゃう♡
むぎゅ~~~~~っ! 嬉しいの? にゅふふふ~、私も~♪
え? 今度はちゅーして欲しいって? 当麻きゅんったら甘えん坊さんなんだから~!
んー…ちゅっ♡ ……え? もっと? しょうがないな~。 …むちゅむちゅむちゅー♡ ―――」
…美琴の一人芝居はまだ続いているが、ここらでやめておこう。
見ている方が恥ずかしくなってくる。
一方その頃、風紀委員第177支部では。
「やっほー! 来ちゃったよー!」
「あれ? 佐天さん? 春上さん達と遊びに行ったんじゃなかったんですか?」
「そうなんだけどさ。むーちゃんがちょっと学校に呼び出しくらったから、そのまま解散みたいな?」
「呼び出し…って…何されたんですか!?」
「ああ、大丈夫。そういうのじゃないから。進路の事だって」
「あぁ…なんだ、良かった……」
「初春はまだお仕事?」
「いえ、この書類をまとめたら終わりです」
「じゃあこの後どっか行こうよ!」
「…でももうこんな時間ですよ?」
「こんな時間だからいいんじゃん! 白井さんも誘って…って白井さんは?」
「白井さんは外回りですから。でももうすぐ帰ってくると思いま―――」
「ただいま戻りましたの」
「―――って、噂をすれば、ですかね」
「だね」
「? 何のお話ですの? っと言うより佐天さん! ここは部外者の方は立ち入り禁止だと何度も!」
「え~? いいじゃないですか~! 減るモンでもないですし~」
「……はぁ。貴方に何度言っても無駄ですわね」
「白井さん、今日はもうこれで…?」
「ええ、終了ですの。早く帰ってお姉様のお顔が見たいですわ」
「!!! 初春、あたし思ったんだけどさ」
「あ…佐天さんが悪い顔してる……」
「いいから聞いて! あたし達って、御坂さんや白井さんの部屋って行った事ないよね!?」
「確かにそうですね……ってまさか佐天さん!!?」
「ふっふっふ…そのまさかだよ! 白井さん! 今からおふ」
「駄目ですの」
「たりの部屋に………って、最後まで言わせてくださいよ」
「駄目に決まってますでしょう。もうすぐ完全下校時刻だというのに。
そもそも常盤台中学女子寮【あそこ】は関係者以外は入れませんの!
風紀委員第177支部【ここ】と違ってセキュリティもゆるゆるではありませんわよ!?」
「そんなの白井さんの空間移動があれば関係ないじゃないですか!
初春だってお嬢様の部屋とか興味あるでしょ!?」
「うっ…! それは…確かにありますけど……」
「ねっ! 白井さん! 初春もこう言ってますし、ちょっとだけ! 少しの間でいいですから!!」
「………はぁ…分かりましたの。
幸いにも寮監はボランティアに出ていて、帰りは遅くなるとの事でしたし」
「ホントですか!? やったよ初春ー!!」
「そ、そうですね!」
「佐天さん相手では、断っても意味はなさそうですし」
「あ、でもせっかくだから御坂さんには内緒にしとこうか! サプライズ的な感じで!」
「え、で、でもいきなり行ったらご迷惑をかけるんじゃあ……」
「お姉様はそんな些細な事で怒るような器の小さいお方ではありませんわ。
わたくしが身をもって実践済みですので! 主にお風呂やベッドなのでふへへへへへ」
「白井さん、よだれよだれ」
「じゃあさっそく飛びますか!」
そんな経緯があり、白井は佐天と初春を連れて自分の部屋の中まで空間移動した。
しかし、そこで彼女たちはサプライズするつもりが、思いっきりサプライズされる側になる。
何故ならそこには……
「当麻きゅん当麻きゅん当麻きゅううぅぅん!!! むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむ…ぎゅ……?」
ただの恥ずかしい秘密とは、他人に知られた瞬間に黒歴史となる。
その後美琴がどうなったかは、敢えて語らないでおこう。
彼女の名誉の為にも。
ちなみに後日。
上条宛てに一箱の小包が届いた。差出人は佐天だ。
何だろうと開けてみると、中には一通の手紙と一枚のDVD。そして、
「…何だこれ。美琴…か?」
美琴の姿をしたぬいぐるみ、「みこぐるみ(佐天命名)」が一つ入っていた。
手紙には簡単な挨拶と、みこぐるみは佐天本人が縫ったという内容、
それとみこぐるみの使用方法等が記載されていた。
「ええと何々?
『お好きなようにフカフカモフモフしたり、ナデナデスリスリしたり、フニフニムニムニしたり…』
って、何だこりゃ? 復活の呪文か何かか?」
だが更に、詳しい事はDVDをご覧くださいとも書かれていた。
仕方ないので、DVDを再生してみる。
上条の頭の上で ? マークが飛び回った。
どうやらケータイのムービーをダビングした物らしく、画像は荒い。
だがそんな事はどうでもいい。問題はその内容だ。
『当麻きゅん当麻きゅん当麻きゅううぅぅん!!! むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむ…ぎゅ……?』
自分そっくりなぬいぐるみを抱きながら、『何か』をしている美琴の姿が映し出されていた。
『何か』と表現したのは、何をしているのかサッパリ分からないからだ。
明らかに『何か』とんでもない事が行われているのだが、それが『何なのか』は理解できない。
謎は深まるばかりである。