外堀強制埋め立て計画
土御門 & 青髪
「はあぁぁぁぁ……ホンマ、何とかなれへんかな~。カミやん病」
青髪は深い溜息を吐きながら、おもむろにそんな事を言ってきた。
部屋の中の本棚に、所狭しとばかりに大量に納められているエロ本の内、
「メイドさん」や「妹」がメインで描かれているエロマンガを横になって読みながら、
土御門は返事をする。
「んー? 何とかって、具体的には何かにゃー?」
「つか、めっちゃエンジョイしとんな! 一応ここボクの部屋やで!?」
ここは青髪が下宿しているパン屋の一室。
そこに土御門は遊びに来ている訳だが、もはや我が家のように寛いでいる。
ちなみに青髪の名誉の為にも断っておくが、部屋は別にエロ本だけで埋め尽くされている訳ではない。
ハーレム系ラブコメ漫画にライトノベル、恋愛シミュレーションゲーム(18禁もあり)や、
美少女フィギュア(キャストオフ機能付きの物も含め)に薄い本(言わずもがな)など、
数多くのサブカルチャーで網羅されているのだ。…うん、言い訳できないね。
「…まぁええわ。それよかカミやんよカミやん! あんのボケ、ウチのクラスだけじゃ飽き足らず、
ついには隣のクラスの女の子まで完全攻略したらしいで! ハーレムエンド一直線か!」
「隣って言うと黄泉川先生のクラスかにゃー? あそこは吹寄タイプの、お堅い優等生ばっかだぜい?」
「その硬く閉ざされた優等生の心を、カミやんが解かしてしもたんや……
何やこれ!? その内、学校中の全ての女の子が奴【カミやん】の前に跪くんとちゃうか!!?」
「いくらカミやんと言えども、それは流石に有り得…いや、まぁ、その、んー………」
否定しようとしたが、土御門にもその姿が容易に想像できてしまう。
そんな突拍子のない事も、あのフラグ男ならば出来てしまうような気がするから恐ろしい。
「なぁ…どないしたらええんかな……
カミやんの魔の手からおにゃのこ達を救うには、ボクは何をしたらええのん!?
あらゆる絶望の中にも一筋の希望が入っとるて、パンドラの箱さんも言うてはったよ!?」
オーバーアクション気味に、床に手をついて本気で落ち込む青髪。
仮に上条へのフラグが立たなかったとしても、
そのおこぼれが青髪に向けられるかどうかは別問題なのだが、
土御門は敢えてその非常な現実を口にせず、青髪の相談に乗る。
「んー…そうだにゃー……ならいっそ、実際にカミやんに彼女を作ってやればいいんじゃないかにゃー」
「んなっ!!?」
しかしそれは、青髪の想像していた物と違っていた。
「いや、ボクの話聞いてた!? それじゃ何の解決にもなれへんやん!
てかそれどころか、むしろ悪化しとるよ!?」
だが青髪の反応も想定内だったらしく、土御門はニヤッと笑い、説明を続ける。
「いやいや、逆転の発想だぜい。
カミやんに彼女が出来れば、男子は勿論だが女子からも反感を買うはずですたい!」
「…? どういう事?」
「今のこの飽和状態は、カミやんにフラグは立っているけど、
カミやん自身はその自覚がない事で成り立っているんだにゃー。
ハーレム…って言えば聞こえはいいが、
その実は女の子からカミやんにベクトルが向けられているだけで、カミやんはそれに気づいていない。
つまり、女の子側からの一方的な片想いの団子状態になっているだけなんだぜい」
「充分腹立つやん! めっちゃ羨ましいやんそれ!」
青髪は、血の涙を流して抗議した。
土御門は「まぁまぁ、落ち着け」と片手を上げ、それを制止させる。
「けどもしそんな時に、カミやんが一人の女性を選んだらどうなると思うかにゃー?」
「どうなるて………ハッ!!?」
青髪は思わず息を呑んで答えた。
「アンチが…増える…!?」
例えば、好きなアイドルや声優に熱愛が発覚した時、祝福してくれる者も勿論いるが、
その反面、嫉妬に駆られてファンからアンチへと闇堕ちする者も多い。
つまり、増殖しすぎた上条病患者【ファン】を一気に治療【アンチに】させよう、
というのが土御門の作戦案だったのだ。
「あ、あんたぁ……ホンマもんの天才やっ!!! これが噂に聞く、『孔明の罠』か!」
「いや~、それほどでも…あるけどにゃー♪」
そこまで大した物ではない。あと、孔明に謝れ。
「けどそうなると、カミやんの相手を誰にするかが重要だにゃー…
クラスで一番好感度が高いのは姫神か?」
「ちょ、待てい! クラスの女の子はアカンやろ! もしそれでホンマにカップル成立してもうたら、
教室中にイチャイチャオーラを振りまく事になるんやで!?
デメリットがメリットを上回ったら意味無いやろ!?」
「それは…そうだにゃー。となると、必然的に相手は他校の生徒って事になるぜい」
「せやなぁ……誰がええんやろ…?」
腕を組んで真剣に考えるアホ二人。
たっぷり5分もこんなくだらない事に頭を使い、土御門が白羽の矢を立てたのは、
「あ、常盤台の超電磁砲なんてどうかにゃー?」
意外な人物であった。
「超電磁砲て…レベル5の? カミやんと釣り合うか?」
「それが、超電磁砲側【あちらさん】はかなりカミやんにお熱らしいぜい。
証言元(舞夏やグループ時代の海原など)も確かだしにゃー。
それに中学生に手を出したっていうレッテルもオマケで付いてきて、ポイント(?)も二倍だぜい」
「マジか……あの男、どんだけやねん!!!」
しかもその超電磁砲の少女、二人は気づいていないが、実は面識がある。
あの夏休み最後の日、「無視すんなやこらーっ!!」と上条の背後から、
思いっきり抱きついて【タックルして】きたあの少女なのである。
「ほんなら後は、どうくっつけるかやな……
『二人が付き合ってる』っていう噂でも流れてくれたら楽なんやけど…」
「噂、か…それならオレに当てがあるぜい」
「ええぇ!? マジで!?」
「マジでマジで」
土御門は科学サイドからも魔術サイドからも依頼を請け負っている多角スパイであり、
そういった経緯から、「噂を流す」という裏工作は得意なのである。
「ほんなら噂の件は任せるわ」
「おう、任されたぜい。そんでオレがいい感じに噂を流したら後は…」
「ボクがカミやんを煽ればええんやね…?」
「そういう事だぜい…越後屋、お主も悪よにゃー…?」
「いえいえ。お代官様こそ…」
こうして悪代官【つちみかど】と越後屋【あおがみ】は、邪悪な含み笑いを残しつつ、
この訳の分からない作戦会議を終了させたのである。
打ち止め & 一方通行
「合コンをしようと思うの!ってミサカはミサカは提案してみる!」
「………あァ?」
打ち止めの口から突然飛び出した謎の提案に、
一方通行は手に持っていた缶コーヒーを、思わず落としそうになった。
「おいガキィ…そォいう色気付いた事は、あと5~6年待っとけ」
否定はしつつも悪態にはいつものキレが感じられず、どうやらそれなりに動揺しているらしい一方通行。
打ち止めはそこに気付く様子もなく、頬をぷくっと膨らませる。
「違うの! ミサカの話を最後まで聞いて!
ってミサカはミサカはアナタのせっかちさんっぷりに遺憾の意を示してみたり!」
「あァ、そォかよ…」
一方通行はごろんと横になり、話半分に聞く体を装い、全神経を聴覚に集中させる。
流石は学園都市最強のツンデレである。
「このままじゃお姉様よくないと思うの、ってミサカはミサカは心配してみたり…」
「あ? オリジナルだァ?」
合コンの話から、打ち止め達『妹達』の素体となったオリジナルの話へと一気に飛び、
一方通行は眉をしかめる。
「実はお姉様には好きな人がいるって知ってる?ってミサカはミサカは質問してみる」
「あァ…そりゃまァ、な」
あの実験の後に一方通行とオリジナルが再会したのは、11月のハワイでの事だったが、
その時には既に誰が見ても明らかな程、彼女はある人物にベタ惚れ状態だった。
ただし、オリジナル本人は周りに気付かれていないと思い込んでおり、
相手の男性も全く気付いていないのだが。
「だが、それがどォした。さっきの話と関係あンのか?」
「だから、合コンでお姉様にお花を持たせてあげようと思うの!
ってミサカはミサカはドヤ顔を決め込んでみる!
……下位個体達【ほかのシスターズ】にはちょっと悪いけど、ってミサカはミサカはほんのり罪悪感…」
「………さっぱり意味が分かンねェ…」
「あ~、もう! だ~か~ら~!」
打ち止めの話を要約すると、こういう事だった。
打ち止めは普段から素直になれないオリジナルの為に、合コンという特殊な空間の中のノリで、
彼女の好きな相手とイチャイチャさせてしまおう、というアドリブ感満載の作戦を立てているらしいのだ。
二人っきりにしたら間違いなく失敗するので、打ち止めと一方通行が一緒に参加してサポートする、
という所まで聞いたところで、
「…ちょっと待ちやがれ! 何で俺まで、ンな下らねェ事しなきゃなンねェンだァ!?」
声を荒げた。
「だってミサカとアナタは一心同体だから…ってミサカはミサカは体をくねらせて照れてみたり…」
「いやいやいや、そンな事聞いてンじゃねェンだよ!
じゃァせめて、他の奴も誘え! そのメンツで合コンとか、どンだけシュールな絵面だァ!!!」
想像して、血の気が引きそうになる一方通行。地獄絵図にも程がある。
だが打ち止めは真剣に考えているらしく、話を続ける。
「他の人は無理なの。この作戦は人数が多くなると意味が無いから、
ってミサカはミサカはアナタの提案をまるっと否定してみる」
「提案じゃねェよ! 遠回しに断ってンだよ俺はっ!」
「って言うのも実は、合コンのメインイベントとして王様ゲームを予定してるんだけど、
ってミサカはミサカはアナタの反論を横に流して説明を続けてみたり」
「流すな! 聞けよっ!!! 人の話をよォ!!!」
しかしそれでも打ち止めは聞く耳持たず、王様ゲームの説明を始める。
4人で王様ゲームをした時、打ち止めか一方通行が王様を引く確立は、二人合わせて4分の2…
単純計算して、2回に1回は引く事になる。
(正確に言えば、オリジナルの相手は『不幸体質』で王様を引く確立は限りなく0なので、
打ち止めか一方通行が王様を引く確立は、ほぼ3分の2なのだが)
そしてその場合、お互いに何を引いたのか分かるように合図を決めておけば、
必然的にオリジナルとその相手の番号も分かるようになるのだ。
例えば、打ち止めが王様を引いた時、一方通行が「1」の合図をすれば、残りは「2」と「3」になる。
その際、打ち止め【おうさま】が『「2」番と「3」番が抱き合う』とでも命令すれば、
確実にお姉様をサポートできる、という寸法だ。
打ち止めが「人数が多いと意味が無い」と言ったのは、
人が多ければその分打ち止め達が引ける率も低くなるし、
何よりオリジナル達の番号も分からなくなるからであった。
「じゃあ合図を決めるね!ってミサカはミサカは張り切ってみたり!
『1』だったら鼻をすすって、『2』だったら咳払い。で、『3』だったらほっぺを―――」
「おい、ちょっと待てクソガキ。テメェのその作戦には穴があるって事に目を背けてンじゃねェ。
そもそも俺は、最初っからやンねェっつってンだろ!
どォしても4人でやりたいっつーンなら、俺の代わりに垣根辺りでも呼べっ!」
あれよあれよと進める打ち止めに、苦言を呈する一方通行。
このままではなし崩し的に、本当に合コンなんてふざけた事をやらされそうなので、
きっぱりと否定する。だが打ち止めはその言葉を肯定的に受け取ったらしい。
「えっ…? じゃ、じゃあ合コンじゃなくて、ダブルデートがいい、とか…?
ってミサカはミサカはアナタからのお誘いに赤面しなからモジモジしてみる……」
一方通行は腹の底から叫んだ。
「尚更、有り得ねェからっ!!!!!」
しかしその後、打ち止めからの「協力してくれないと代理演算切る」という脅迫の一言に、
押し黙るしかなくなる一方通行なのであった。
佐天 & 初春
「初春……風紀委員の観点から見て、どう思う…? もぐもぐ」
「…やはり芳しくないと思います。全然進展してませんし……もぐもぐ」
「そっか…やっぱそうだよね……もぐも、ぐっ!? …っつー! キーンってきた…」
いつものファミレスに訪れていた佐天と初春だが、
二人でジャンボパフェを突いているとは思えないほどに、緊迫した空気が漂っている。
しっかりと、アイスクリーム頭痛まで堪能しながら。
「う~ん…もう、多少は強引な手段でも、コレを使うしかないかな~」
「…? 何か良い案でもあるんですか?」
佐天は自分のカバンから、一冊の台本を取り出した。
「実はさぁ、放送部の人が今度ボイスドラマやるんだけど、知ってる? お昼休みに流す奴」
「ああ、はい。校内新聞に載ってましたね」
科学技術が20~30年は進んでいる学園都市と言えど、
放送部による校内放送や、新聞部による校内新聞など、
アナログな学校行事をする所も多いようである。
「それで脚本募集してたから、あたしちょっと書いてみたんだよね。…まだ提出はしてないけど」
「これがその脚本ですか…でも、それと御坂さんと何の関係が?」
「うん。そこでさ…」
佐天はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、無駄に意味ありげに一拍置く。
「…その台本の主人公とヒロイン、上条さんと御坂さんにやってもらおうと思ってるんだよね!」
無駄に意味ありげだったのは、やはり無駄であった。佐天の案に、初春も一瞬ポカンとする。
「……え? いや、あの…柵川中学【ウチのがっこう】の校内放送の話…ですよね?」
「うん、そうだけど?」
「いや、そうだけどって……」
さも当たり前の様に返事をする佐天。
御坂さんは他校の生徒だし、上条さんに至っては中学生ですらない。
当然、そんな二人が柵川中学の校内放送に参加できる筈もないのだが、
佐天はそれを分かった上で話を続ける。
「何も二人がウチの学校に来なくてもいいんだよ。ドラマなんだから、予め録音しとけば。
それに『あの』御坂さんが声をあててくれれば、学校的にも盛り上がるっしょ?」
「それはそうかも知れませんが…色々とクリアしないといけない問題が…」
「まぁまぁ、とりあえず文句は台本【これ】を読んでからにしてよ。
一応、御坂さん達が感情移入しやすそうな設定にしたんだからさ」
そう言うと佐天は、手に持っていた台本を初春に差し出した。
納得は出来ていないが、どうやらこれを読まない限り話が進まなそうなので、
初春は佐天に言われるがまま、台本のページをめくり始めた。
『ナレーション
「物語は、とある二人の禁断の恋から始まった。
レベル5のお嬢様とレベル0の一般生徒の少年。
お嬢様は素直になれない性格で、少年も鈍感な所があるが、
実は二人はお互いに愛し合っている。しかし身分の違いに―――」』
「ちょーっと待ってください佐天さんっ! これ、思いっきりモデルがいますよね!?」
途中まで読んだ所で初春がツッコミを入れた。
確かに、アフレコをする二人にとって、これ以上に感情移入しやすいキャラ設定もないが。
しかし佐天は気にせず先を読めと催促する。嫌な予感がプンプンするが、初春はページをめくった。
『ナレーション
「少年の名前は《藤間 守丈 (とうま かみじょう)》。
お嬢様の名前は《三殊 美沙香 (みこと みさか)》―――」』
「うおおおおおい!!! 駄目でしょこれ!!!」
再び、途中まで読んだ所で初春がツッコミを入れた。
佐天は「え~? もう、イチイチ止まるから、全然進まないじゃん」と顔に出しているが、
止まらずにいられるか、というのが初春の感想である。
「これ! 名前! まんまじゃないですか! アナグラムにしても雑すぎますよっ!」
「まんまじゃないよ! 漢字、全然違うじゃん!」
「ドラマなんですから分かりませんよそんな事!
同音異義語は声に出したら、ただの同音なんですよ!?」
「もう! いいから先読んでよ! 文句は全部読み終わってからにして!」
「……はぁ…分かりましたよ、もう…」
確かにツッコミだしたらキリがなさそうだ。初春は仕方なく、最後まで声を出すのを我慢する事にした。
『藤間「もうダメなんだ! みことがいないと俺は…俺は生きていけない!」
三殊「ああ、とうまさん! 私も…私もあなたがいないともう…もう!」』
――――――――――
『御坂さん「今ここで…永遠に忘れられない口付けを……」
上条さん「本当にいいんだね…みこと…」』
――――――――――
『御坂さん「だ、だって! アンタの事が…好き…なんだもん……って、言わせんな馬鹿っ!」
上条さん「あのなぁ…上条さんだって、ずっと前から美琴の事…その…す、好きだったんだからな」』
結果的に、台本を読み終わった初春は、
「……うん。いいんじゃないでしょうか」
「でしょ!? いや~、我ながら中々の出来だと思ったんだよね~♪」
ツッコミを放棄した。だってもう、ツッコミどころがありすぎて面倒くさいから。
「まぁ、最悪これを御坂さん達に読んでもらって、あたしがそれを録音すれば、
放送部に採用されなくても別にいい訳だしね。目的はそこじゃないんだし」
「あはは…そうですね……」
もはや何を言っても佐天は止まりそうもないので、初春は乾いた笑いで誤魔化しつつ、
溶けきったジャンボパフェのアイスをスプーンですくうのだった。
美鈴 & 詩菜
「ホントにもう…ウチの美琴ちゃんにも困ったものだわ…」
室内プールのあるフィットネスクラブの更衣室。
美鈴は軽く溜息を吐きながら、そんな事をポツリと呟いた。
髪を乾かしていた詩菜はヘアーアイロンをその場に置き、美鈴の悩みに耳を傾ける。
「あらあら。美琴さんがどうかしたのかしら?」
「いやね、昨日メールしたんですよ。『最近、好きな男の子とはどうなの?』って」
「……随分とストレートな文面なんですねぇ…」
想像して、詩菜は思わず苦笑する。
「それで返ってきたのがこれですよこれ!」
しかし美鈴は気にした様子もなく、自分の携帯電話の画面を見せる。
『件名:ぼつにアイツは
本文:好き八津とかしんなんじゃなから
台位置アイツの言んか空きでもなんんでもまいんだし
隙とじゃ内だんからへなこと岩無いだよ
しれにすきとかそんのんじゅないんし』
ボロボロである。
余程慌てて返信したのだろう。打ち間違いや文字抜け、漢字変換ミスが酷すぎる。
しかも最終的には、変換すらしていない始末だ。
その上、「アイツの事は好きでも何でもない」しか情報がないのである。
これは流石の詩菜と言えども擁護は出来ず、「あらー…」と困り顔をするしかなかった。
「もう少しくらい素直になれればいいんですけどね~…」
「でも当麻さんもアレでかなり鈍感ですから、美琴さんが少し頑張っても気付かないと思いますよ?
…ウチの子がどうしようもなくてすみません」
「いえいえ。ウチの子こそ、どうしようもなくてすみません」
お互いに深々と頭を下げる母親達。
ちなみにお気づきかと思われるが、このママン'z、我が子達がくっ付く事に何も反対しておらず、
むしろ「はよくっ付け!」とさえ思っているようだ。
「う~ん…美琴ちゃんも当麻くんもあの性格だから、全然関係が進んでくれないんですよね~…」
「そうですね~…せめてもう一押し、何かきっかけがあれば良いのでしょうけども…」
着替え途中の大変けしからん状態で、腕を組みながら長考するアラフォー二人。
すると美鈴が、ふとこんな事を言ってきた。
「例えば…あの子達が幼馴染とか、実は子供の頃に婚約してたとか、
そういうドラマチックな話でもあればいいんですけどね…」
「あらあら。それだと私と御坂さんも昔なじみ、っていう設定になるのかしら?」
あらあらうふふ、と笑いあうアラフォー二人。
しかし瞬時にピタッと笑いが止まり、二人とも真剣な顔になる。
「……本当にそういう設定にしちゃいます…?」
「あの子達の幼少の頃の記憶はどうにもなりませんから、
二人が学園都市に上がってから、実は親同士が約束してしまった…っていうのはどうでしょう?」
「それだと上条さんも悪者になっちゃいませんか?
私が言い出した事ですから、上条さんは知らなかったって事でも―――」
「あらあら、ここは乗り掛かった船ですよ? 泥を被るなら一緒に、です」
本気なのか冗談なのか、勝手に子供達に「許婚設定」を付け足そうとするアラフォー二人。
母は強しとはよく言った物である。…少々、強さのベクトルが別方向に向いている気もするが。
◇
上条 & 美琴
「おーい、美琴ー! ちょっと買い物付き合ってくれ!」
「つ、付き合!? い、いや、買い物よね、うん。落ち着け私」
「? 駄目か?」
「いいわよ。どうせまた、お一人一パックの卵でしょ?」
「いや、今日は更にトイレットペーパーも安いのだ!」
「ああ、はいはい。分かった分かった」
周りでとんでもない計画が着々と進行しているなど露知らず、
今日も上条と美琴は平和な学園都市生活を送るのだった。
近い将来、
突如「二人が付き合っている」という噂が立ち、
打ち止めから誘われた合コンの王様ゲームで不自然にイチャイチャさせられ、
佐天に渡されたボイスドラマの台本で恥ずかしい台詞を言わされ、
急に母親から「実は許婚がいる」と言われるなど、
その時は知る由も無かったのである。