美琴 3
熱気のある、香ばしい油の香りに釣られるように美琴は目を覚ました。
昨晩は部屋についてすぐに寝てしまった。服もそのままで
「起きたか。もうすぐできるから顔洗って待ってろ」
体を起こし、声のする方を見ると、上条がフライパンで何かを焼いていた。香りからしてベーコンか何かだろうと美琴は考える。
一晩ベッドで寝て、疲れはなくなってきているが、まだ気だるさは残っている。もう少しだけ寝ていたい気持ちもあるけれども、食欲に負けてベッドから降りる。
顔を洗うと机に朝食が並べられており上条も既に座っている。美琴が座るのはその反対側だ。
朝食はトーストとベーコンエッグ。
「お嬢様のお口に合うかはわからないけど」
「い、いただきます」
こうして誰かが作った料理を食べるのは久しぶりだ。
トーストを一齧りしてからベーコンエッグに手を付ける。
「…美味しい」
素直に、そんな言葉が出てきた。
空腹だからとか、材料がいいだとかそんな問題ではない。単に彼自身の腕だ。
「そうかそうか。いやー人に食べさせるの初めてだから心配で」
上条は嬉しそうにする。それを見て美琴の頬も緩んでくる。
(どうしてだろう)
初めて会った時も。勝負を仕掛けていた時も。
(どうしてこんなに)
昨日で会った時も。今、こうして朝食を食べている時も。
(こいつといると、こんなに心が満たされるんだろう)
朝食を食べた終わった上条はすぐに学校に行ってしまった。補修らしい。
ゆっくりしてていいからとは言われているが、一宿一飯の恩。とまではいかないが、泊らせてもらった以上、何もしないのは悪い気がするのだ。
シャワーを浴びて、食器を綺麗に片づけて洗濯物を畳む。掃除機をかけてから何を思ったのかベッドも下を探るが何も出てこない。
そうして、一通りの家事を午前のうちに終わらせた。
(さて……)
もう後腐れは無い。掃除の時に机の上に置いたPDAを手に取る。
ゲームをする為でも、インターネットで気になる言葉を検索する為でもない。
開いたのは学園都市全体の地図である。
(二日前の第7学区の球磨総合技術研究所。第22学区の今上駆動鎧開発所。昨日の第7学区の阿武那薬品。次は。次はどこにでる?)
自分で付けた丸印を日付ごとに目で追う。
丸印は第7学区から一周しているのが見て取れる。
(『私』なら近いところから片を着ける。だったら……)
目的地の予想は出来た。急いで玄関に出て靴を履くが、ドアノブに掛ける手が異様に重い。
(…………何を、躊躇してるのよ)
もしも、このまま何もしなければ。
もしも、今ここで全てを忘れてしまえるならば
そうすれば、自分の身だけは守られる。
そうすれば、彼はずっとここに居させてくれるかもしれない。
そんな考えが美琴の頭に過る。
(ううん。それでも)
それでも、自分が起こした事だから。
きっとこのままでは、美琴自身が罪悪感に潰されてしまう。
これは、誰でもない『美琴』の戦い。誰でも悟られず、自分自身の手で片を着ければいい。
そうして、誰も、何も知らずにただ笑っていられる事ができるのならば。
(たとえ『私自身』が死ぬ事になっても)
浮かぶのは、白井黒子や初春飾利、佐天涙子。そして……。
「さようなら」
誰に聞かせるわけでもなく呟いて。
そしてその手をゆっくりと回す。