小ネタ 三種類のカーネーション
上条当麻とその娘・上条麻琴は、混雑する大型フラワーショップの中をウロチョロしていた。
ここ第13学区は幼稚園や小学校が多い学区であり、麻琴の通う小学校もこの学区にある。
その為か、店内は小さなお子さん達でごった返していたのだ。
理由はとてもシンプルだ。本日が『 母の日 』だからである。
あの子もその子も、みんなカーネーションをお買い求めに来店している訳だ。
そして勿論、当麻と麻琴が花屋【ここ】にいるのも、それが目的となっている。
店側としては嬉しい悲鳴だし、その光景もとても微笑ましい物ではあるのだが、
それはそれとして当麻は後悔していた。やはり空いている日【きのうのうち】に来れば良かった、と。
「麻琴ー!? ちゃんと良いのを選ぶんだぞー!」
「うーん! パパもねー!」
二手に別れ若干距離がある為、音量を気持ち多めで会話する父娘【おやこ】。
カーネーションは色のバリエーションが豊富である為、
せっかくだから色々な種類を買ってこようというと父娘会議で決定した。
選ぶ色は三種類。当麻と麻琴がそれぞれ好きな色とチョイスし、
もう一つは美琴【ママ】の好きな色…つまりは緑色の物を見つけてくる事。
美琴の好きな色が緑なのは、乗り物に弱く髭を生やしている某カエルの影響だが、
理由はどうあれ好きな色に間違いないのだから、野暮なツッコミは止めておくべきだろう。
◇
「どうだった? 麻琴」
「あたしはね! あたしはこれ!」
数分後に二人は合流し、お互いに選んできたカーネーションを見せ合う。
先に選んでいた緑色に加え、当麻が選んだのはオレンジ。麻琴が選んだのはピンクだった。
「おー、ピンクかー。やっぱり麻琴も女の子なんだな」
「えっへへ~…可愛いでしょ! ママ喜んでくれるかなぁ?」
「当たり前だろ? 麻琴が選んでくれたお花だもん。喜ばない訳がないって」
その言葉を聞き、麻琴は嬉しくも恥ずかしそうに「にしし」と笑った。
そして照れ隠しでもするかのように、パパの選んだカーネーションの話題を振る。
「パパのは大人っぽいね!」
「ああ。ママって何か温かいイメージがあるから、暖色系にしようと思ってな。
定番の赤も良かったんだけど…でも、こっちも素敵だろ?」
「うん! 素敵ー!」
そんな会話をしながら、三色のカーネーションをレジへと持って行く。
それぞれ別々だったカーネーションは一つにまとめられ、色鮮やかな花束となった。
あとはママに渡すだけだ。日頃の感謝の気持ちと、愛情たっぷりの想いを込めて。
◇
「美琴!」「ママ!」
「「母の日おめでとう!」」
当麻と麻琴は「おめでとう」と声をそろえ、先程買ったばかりの花束を差し出した。
差し出された美琴は、ビックリして一瞬だけ目をパチクリさせたが、
すぐに柔らかい笑顔を浮かべ、優しく花束を受け取った。
「ありがとう。パパ、麻琴ちゃん。ん~…いい香り……とっても嬉しいわ!」
ママが心底喜んでくれた事で、当麻も麻琴もホッと胸を撫で下ろす。
母の日の主役は、あくまでも母【みこと】なのだから。
貰った花をさっそく生けようと、花瓶を用意する美琴。
ガラス製の花瓶に三色のカーネーションを挿しながら、ふいにこんな事を聞いてきた。
「ねぇ。カーネーションって、色ごとに花言葉が違うって知ってる?」
「いや…知らないな。麻琴は?」
「知らなーい」
美琴には初春飾利という、中学生時代からの親友がいる。
彼女は情報処理と甘い物【スイーツ】に関する知識が豊富だが、もう一つ得意な分野がある。
それが花言葉だ。
学生時代から初春と親しくしている事もあり、美琴も花言葉に詳しくなっていた。
だが当麻【だんな】も麻琴【むすめ】も、そちらの知識については乏しいようで、首を傾げる。
つまり二人とも、花言葉は分からないが『偶然』にもその色を選んだのだ。
麻琴はピンクを、当麻はオレンジを。
「じゃあ俺達が選んだのはどんな意味があるんだ?」
当麻が問いかける。
しかし美琴は悪戯っぽくクスッと笑い、「べ」っと舌を出してこう言った。
「教えてあげなーい♪」
美琴のその態度に、当麻も麻琴も頬を膨らませて抗議した。
「え~? そこまで言ったんなら教えてくれてもいいだろ~!」
「知りたい知りたい知りたい! 知~り~た~い~!」
「やーよ! 自分達で調べなさい♪」
ママの上機嫌っぷりを見る限り、どうやら悪い意味ではないらしが、
父娘は納得できず、いつまでもブーブー文句を言うのだった。
ピンク色のカーネーション…麻琴がママに贈った花には、
『感謝』・『気品』・『暖かい心』・『美しい仕草』
オレンジ色のカーネーション…当麻が美琴に贈った花には、
『純粋な愛』・『あなたを熱愛します』・『清らかな慕情』
そして緑色のカーネーション…二人から贈った花には、『癒し』
そんな意味が込められた三色のカーネーションは、
ガラス製の花瓶の中で春の風に吹かれ、そよそよと優しく揺れた。
その姿は、まるで花達が笑っているかのようだった。
どこにでもある温かい家族を、微笑ましく見つめるように。