とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part12

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風の辿り着く場所


「う、ぅううううぅううううううううぅうううう……」
「? どしたのアンタ、なに智恵熱出してんのよ?」
 智恵熱を出してる少年の名前は『彼氏』上条当麻。
 上条を心配している女の子の名前は『彼女』御坂美琴。
 元々はケンカ友達だった二人が紆余曲折の上に恋人同士になって、現在はホワイトデーを視野内に収めたとある一日。
 どこかのベンチで二人並んで腰掛けてのんびり話をしていたが、美琴が上条にホワイトデーの話題を振ったら突然上条が智恵熱を出した。
「ホワイトデーで何か悩み事でもあんの?」
「いや、ホワイトデーっつったら三倍返しでお返しが基本だろ?」
 どうしようか、と美琴に苦悩の視線を向ける上条。
「あー、気にしなくて良いわよ。アンタにはひどい事しちゃったから」
 美琴は先日、バレンタインデーのチョコレートのうち一つに七味唐辛子を仕込んで上条に食べさせた。結果、上条は全身をビクビク言わせてのたうち回るという大惨事に発展し、笑い事ではすまない状態で一日を締めくくった。しかもデートに行こうという話もいつの間にか流れてしまった。
 そんなわけで『彼女』としては、ホワイトデーのお返しについては強く言えない。上条がお返しについて考えてくれるだけでもありがたいと言うものだ。
「ああ、そうじゃなくて。俺義理チョコもらってっからお返ししなきゃ行けないんだけどそれをどうしようかなって思ってさ。あと海外組は何日前に発送すれば当日に間に合うんだろうとかその辺全然知らなくって痛ァ!?」
 美琴がコイツもちょっとは気にしてくれてるんだなどと思い直した瞬間に上条から素の疑問が飛んできたので、グーをお見舞いしてその場に置き去りにしてやった。

「まったく。アイツはどうしてこう、彼女の前で平然と他の女の話ができるわけ? あの馬鹿にはデリカシーってもんがないのかしら」
 美琴は一息に口にして、そして思い直す。
 上条はもらったからお礼を返さなければならないという礼儀の問題を持ち出しただけで、そこに他意はない。
 わかっている。これは自分のやきもちなのだと。
 上条に、やきもちを焼く自分の気持ちに気づいてもらいたいだけのわがまま。
 美琴は常盤台中学の寮まであと一〇〇メートルの距離で、薄っぺらなカバンを肩に担ぎながら後ろを振り返り
「……何でアンタは私を追っかけることもしなけりゃフォローの電話もメールもしてこないわけ?」
 呟いた。
 これはわがままだと分かっているのに。

 美琴のバレンタインデーデビューはほろ苦かった。
 二月一四日の朝は、ひっきりなしに二〇八号室を訪れる寮生達のチョコ攻撃を退けることもできず、引きつった笑みを浮かべて一人一人にできる限り愛想良く対応し、最後の一人が帰る頃には百人組手が終わった空手選手のようにドアにもたれてへたり込んだ。同室の白井が風紀委員の腕章と共に場を仕切ってくれなければ、美琴一人であのラッシュを捌く事は難しかっただろう。
 午前中で大きな精神的ダメージを受けた美琴への追い打ちは強烈だった。
 上条の部屋でチョコを作って、出来映えを確かめていたらチャイムが鳴った。何だろうと思ってドアを開けたら女の子がいた。自分の知らない女の子が立っていた。
 その手に上条宛のチョコを持って。
 大半はエプロン姿の美琴を認めてすごすごと引き下がっていったが、それでもひるまず美琴に立ち向かった少女が二人いた。
 一人は艶やかな流れる黒髪を持った、上条と同じくらいの歳の女の子。
 もう一人は美琴も見覚えがあった。スパリゾート安泰泉でも見かけた、サッカーボールのせいで上条に抱きつかれたあの子だった。彼女は美琴の姿を見て『これを渡してください』とチョコを差し出し、最後に美琴に向かって
『負けません。あきらめません』
 大きく澄んだ瞳で真っ直ぐに告げた。
 宣戦布告を、ろくに言葉も交わした事のない、名前も知らない相手から叩きつけられた。休日の上条の部屋にいる存在が上条にとってどんな意味を持つのか知りながら、彼女は美琴に真っ向勝負を挑んできたのだ。
 彼女は美琴に言うだけ言って、その日は帰っていった。勝負を後日に持ち越され、それでついカッとなってしまい、行き場のない気持ちを上条にぶつけてしまった。
 上条がチョコをもらってくるのは、上条が悪いのではない。部屋まで女の子が押しかけてくるのも上条のせいじゃない。
 わがままだと分かってて八つ当たりしてしまう、自分が悪い。
 自分一人が勝手に上条に言いがかりをつけて怒っても仕方がない。大人気がなかったことを認めて素直に謝る事にしよう。上条がチョコをもらうことも、上条の部屋を自分の知らない女の子が訪ねてくるのも、それらは全て上条には何の非もないのだから。
 美琴はポケットから携帯電話を取りだし、パカッと開いて登録番号リストを呼び出す。上条の番号にカーソルを合わせて、電話をかけるかメールを送るか、迷う。
 美琴はどちらも選べず携帯電話を自分の額に押し当て、ぎゅっと固く目を閉じた。
(だーっ、『さっきはごめん』って言うだけでしょうが! 何でいちいち顔が赤くなんのよ私! ……だめだ、できない! 変に緊張する! 手が震えちゃってメールも無理! 片思いしてた時じゃないんだからどうって事ないじゃないのこんなの!)
 直接顔を合わせれば言えることが、電話越しだとうまく行かなくて
(……たまにはアンタから電話しなさいよ。いつかみたいに『頭は冷えたか?』って連絡寄こせばいいでしょ!)
 わがままだと分かっているのに、美琴はまぶたの向こうの上条に願う。
 少年が時折見せる優しさを、ここにいる美琴に向けてくれることを。

 白井黒子は美琴の荷物持ちとして駆り出された。
「毎度のことだけど悪いわね」
「いえいえ、お姉様のパートナーとしては当然のことですの。むしろお姉様とお買い物デートができてわたくしはもう、ああもう幸せのあまり胸がはち切れてしまいそうですの!」
「デートってアンタ……これ単なる荷物持ちなんだけど。しかも荷物持つ必要なくなっちゃったし」
 美琴がバレンタインデーのお返し計五十余名分を買い出しに行くというので白井はお供を名乗り出て、現在はとあるデパートの地下売場、通称デパ地下を二人で仲良く歩いている。人数が人数だけに小さなクッキーの詰め合わせでもかなりかさばることが判明したため、宅配便で寮に一括配送を依頼し、手ぶらになった美琴と白井はデパ地下のお菓子売り場を絶賛物色中だ。
 甘いものは別腹。
 美琴も白井もスイーツ系は嫌いではないので、女の子同士と言うこともあってついつい話の花が咲く。あれおいしそうね今度初春達も誘いましょうかなどとショーケースの展示を指差しては、色鮮やかなお菓子に次々と目移りする。
「ところでお姉様。『ダイエット』はもうお止めになりましたの?」
「……何の話?」
「とぼけないでくださいな。お姉様は以前より週二日、ダイエットと称して寮の夕食を辞退(エスケープ)されていらしたではありませんの。寮での食事は点呼を兼ねてますからわたくし正直、気が気ではありませんでしたのよ? その分無断外出が減ったようですからプラマイゼロではありますけれども」
 美琴が放課後の街をふらついて寮の夕食をすっぽかすことは日常茶飯事だったので白井も特に気に止めてはいなかったが、『きっかり週二日同じ曜日に』夕食を辞退するのはさすがに何かあると勘ぐってしまう。美琴に問い質してもいつもはぐらかされるので深くは詮索しないよう努めていても、何かあるならパートナーの自分に話して欲しいと白井は思う。
 変態と言えども白井は淑女。真にわきまえるべき一線は心得ているのだ。
「あ……ああ! うん、そうそう。ちょっとやり過ぎたかなーって思って止めた。うん、止めた。成長期だし、ダイエットは学校側に禁止されてるものね」
 それにしても、と白井は一度言葉を切って
「お姉様のスリーサイズに変動がないのは何故ですの?」
「一体どこで人のサイズを克明にチェックしてんのよアンタ!? その前にそんな話をここですんなっ! いくら周りが女の子ばかりでもここは学舎の園じゃないんだから!」

 白井はわざとらしく周囲を見渡してから、あらごめんあそばせと嘯いて
「それにしてもお姉様。今年はお姉様の圧勝でしたわね。去年は惜しかったようですけれども」
「は? 圧勝? 何が?」
「お姉様……聞いていませんの?」
 白井はお姉様ったらこれだから、とわざとらしくため息をつく。
 白井が心を寄せるお姉様は自己の評価に対して無頓着過ぎる。
 そんな飾らない性格だからこそ、白井は美琴に心酔している。
 そんな彼女だからこそ、白井は賛辞を贈らずにはいられない。
「心理掌握との勝負、ですの。学内でも速報が出てたではありませんの。お耳に入ってませんでしたかしら?」
「……ああ、あれね。べっつにどうだって良いじゃない。勝った負けたなんていう話にもなんないでしょあんなの」
 白井が言う勝負とは、『超電磁砲と心理掌握、二人のレベル5のうちどちらがより多くチョコをもらえるか』という、常盤台中学で年に一度起こる密かなお祭りだ。何をどうカウントしているのかは知らないが、組織票ならぬ組織チョコを外した純然たる獲得数の合計で勝敗を競い、翌日の昼には噂話のネットワークを通じて集計速報が流される。去年は心理掌握三五個に対し美琴三一個の接戦だったが、美琴にしてみれば周囲が無責任に騒いでいるだけでそんな話には何の興味もなく、勝手にやってろと言う次第である。
「だってあっちは文字通りの精神操作能力者よ? チョコなんてどうにでもできるじゃない」
 心理掌握は常盤台中学に在籍するもう一人のレベル5で、常盤台中学最大派閥の女王サマでもある。彼女の能力は多岐に渡り―――簡単に言えば自分が操作されていることを気づかせることなく相手の心を『丸ごと乗っ取る』事もできる。そうやって周囲(とりまき)の心を掴んでチョコを贈らせるなど、心理掌握には造作もないのだ。
「その心理掌握を真正面から打ち破ったからこそ、お姉様の素晴らしさが際だつというものではありませんの。もう少し喜ばれではいかがです、お姉様?」
「……それで喜ぶなんてアンタだけでしょ。私はそんな勝負ぜんっぜん興味ないから」
 美琴の答えはぞんざいだ。心理掌握との一騎打ちは彼女の髪をくすぐるフロアの空調ほどにも心を動かすことはなく、白井は美琴の横顔にほんの少しだけ嘆息した。

 『買い物デートで荷物持ち』。
 本当ならこれってアンタの仕事でしょ、と美琴は自分の隣にいるはずだったツンツン頭のあの馬鹿を頭の中でのみ指名した。その位置には現在白井が陣取り、お姉様あちらなどいかがですかと積極的に話題を振ってくる。白井の変態には恐れ入るが、この気配りや神経の細やかさは上条にも見習って欲しいと美琴は思う。
 ……わがままだと分かっているけれど。
「ホント……アンタが私の彼氏だったら良かったのにね……」
 思わず考えていたことを口に出してしまった。
「おっ、おっ、おねっ、お姉様……………」
 白井はそれを聞き逃さなかった。
「長かったですの……黒子は今日この日を夢に見て見ておりましたの! ようやく、ようやくお姉様は黒子の海より深い愛を受け入れてくださる気になったのですね! さあ、さあさあここで愛のメモリアルケーキを注文しちゃいましょうお姉様! もういっそ天まで届くウェディングケーキで二人の門出を祝いますのよ! ベリーメリーホワイトデーで世界を白く美しく染め上げますの!! 黒子はお姉様のためでしたら海辺のレストランでも夜景の綺麗なレストランでもそれこそどんなシチュエーションでも用意いたしますのよ?」
「い、いやあのね黒子? トリップしてるとこ申し訳ないんだけど今のはただの言葉の綾で人の目を気にしろ抱きつくな変な妄想膨らませんな私のお尻に手を這わせるなこの馬鹿っ!!」
 美琴と白井はアクション映画のヒーローと敵のボスがクライマックスに全ての武器を捨てて素手で組み合うが如く攻防を繰り広げていたが、美琴が突然何かを悩んで動きを止めたのを見て白井もまた美琴の腰にさりげなく回そうとした手を引っ込める。
「……お姉様? いかがなされましたの?」
「……へ? あ、ご、ごめん黒子。私ぼーっとしてたわ」
 白井ともみ合っている間にも上条のことが頭をよぎり、美琴は動きを止めてしまった。ちょっとしたことで心を持って行かれるほど上条が好きなのに、一度ボタンを掛け違えてしまうとなかなかうまく元に戻せない。
 きっと上条はあきれながらも、美琴が落ち着くのを待っているのだろう。
 あの地下街の再会のように。
 美琴の行動をいつものわがままと思いながら。
(会いたい)
 上条にごめんと切り出すきっかけを掴めぬまま、ズルズルと今日まで来てしまった。週二回の訪問も無断で止めている。そろそろ何か行動を起こさないとまずいと思っているが、美琴は踏ん切りがつかない。
 二人の距離は近くなったり遠くなったりを繰り返し、美琴にはその手を掴むチャンスが計れない。一度は掴めたと思っていたのに、気がつくと上条は美琴の手の中からするりとすり抜けていく。
 どうすればいいのだろう。会って一言言いたいだけなのに。
 隣で美琴を気遣う白井の言葉も耳に入らず、美琴はぼんやりとデパ地下の通路に立っていた。

 今日も上条からの電話はない。メールも来ない。
 もうダメだ、今日こそ連絡しようと美琴はようやく思い切り、携帯電話を片手に二〇八号室から廊下へ出た。白井には『少し外の風に当たってくる』と声をかけ、道路に面した二階の窓から外を眺めると、美琴は二つ折りの携帯電話を開く。
 メールにしよう。上条の声を聞いたらうまく口が開かないかも知れないから。
 美琴はメール作成画面を見つめて、わずかな文字を打ち込んでいく。
『ごめん』
『アンタに会いたい』
 送信ボタンを親指で押すと、美琴はため息を一つついて窓ガラスに手を付き、何の変化もない外の景色を見つめていた。
 上条から何にも返事が来なくても良い。今言いたいことはあれで全部伝わったはずだ。
 そう考えて美琴は自分に納得していると、消灯まであと一〇分のところで美琴の携帯電話が小刻みに振動した。美琴は慌てて折りたたんだ携帯電話を開き、着信画面を穴が空くほど見つめて確認する。
 あの馬鹿からの返信だ。
 美琴はメール受信フォルダを開いて内容を確認する。メールには一言『窓から顔を出せ』とだけ書かれていた。
(窓から顔? ……何だろ。………………あ)
 寮の前に誰かが立っていた。光量の足りない街灯の光で判別できないが、そこには確かにツンツン頭の少年が立っていた。
(うそ、うそ、うそ!?)
 窓辺に立つ美琴に手を振って、携帯電話片手に上条当麻が寮の前に立っていた。
(ちょっとアイツ……私が会いたいってメールしたらそのためだけにここまで来たって言うの?)
 夜の廊下では大声を出すと響いてしまう。美琴は慌てて携帯電話を開き、上条にメールを送る。
『こんな遅くにどうしたの?』
 上条から返信が届く。
『何言ってやがる。お前が会いたいって言うから来たんだぞ』
 美琴は親指をフルに駆使してボタンを操作しメールを送る。
『来てくれてありがと。嬉しい』
 上条からの返信は
『カレーが食いたい。野菜がいっぱい入った奴が良い』
 美琴が答える。
『わかった。今度おいしいの作ってあげる』
 ガラス越しにお互い見つめ合いながら、メールを使って二人はおしゃべりを続ける。
 美琴のわがままに応えて、上条は夜遅くに美琴の寮までやってきた。けれど、楽しい時間は長くは続かない。
『ごめん。もうすぐ消灯』
『夜更かししないで早く寝ろよ。おやすみ』
 上条からの最後のメールに慌てて美琴が窓の外に目を向けると、ちょうど上条が大きく手を振って元来た道を走って帰るところだった。美琴もそれに答えるように小さく窓越しに手を振って、上条の姿が見えなくなるまで見送る。
(うわー、うわー、どうしよう。アイツがまさかここまで来てくれるなんて思っても見なかったわよ)
 部屋に戻った美琴はにやけ笑いが止まらない。白井に不審な目で見られても気がつかない。
(これは……嬉しすぎて……やだ、何か変にドキドキする!)
 緩む頬を隠すのも限界だ。美琴は白井におやすみ先に寝るわねと言ってベッドに飛び乗ると、手には携帯電話を握りしめたまま頭からミノムシのように掛け布団をすっぽりとかぶる。
(……今夜は嬉しすぎて眠れないわよ、あの馬鹿)
 美琴は掛け布団の中で足を何度も何度もジタバタさせて
(こう言うのって……幸せよね。アイツの彼女になれて良かった)
 今までの憂鬱を全て吹き飛ばし、いくつもの甘いため息をついた。

 翌日、上条当麻は学園都市から姿を消した。

 時刻は午後六時四〇分。
 平日なら完全下校時刻を過ぎている夜の街を、御坂美琴は腕を組みムカムカしながら早足で歩いていた。
 笑顔でイージス艦を沈ませかねないお嬢様軍団のエースは、今まさに自分一人でも米国国防総省(ペンタゴン)を制圧せんばかりの殺気を滲ませ怒りで肩を震わせる。
 上条にかけた電話は向こうが圏外で通じず、上条宛に送ったメールは送信されることなくセンターで待機中。不吉な予感に誘われるように上条の部屋を訪れてみれば、主を失った部屋の玄関には生活の気配がない。
(またかあの野郎)
 上条は美琴に何の断りもなく、性懲りもなくまた『外』へ出たのだ。アンタのそれはいつもの病気かそれとも単身赴任の海外出張かと頭の中でブツブツ不平不満を並べ立てながら、美琴はゲームセンターから常盤台中学の寮へ向かって歩いていた。
 やり場のないストレスを発散させても腹立たしさは消えなかった。
 今なら家を空けたまま何日も戻ってこない旦那を心配する新妻の気持ちが理解できるかも知れない。
(人をあんだけ喜ばせておいて、あれはアンタの置き土産かっつーの)
 がつん、と歩道を軽く蹴飛ばしてしまう。
 三日前はあんなにはしゃいでいたのに、今はとんでもないところへ一人で置き去りにされた気分だった。
 こちらからの電話がつながらないと言うことは、向こうからかけてもこちらにつながらないと言うことだ。もしかしたら上条も今頃どこかで美琴と連絡が取れずに慌てているかも知れないと思いつつ、その可能性を苦く笑って切り捨てる。
 アイツの性格でそれはない。アイツは極限状態にあってなお誰かに助けを求めたり美琴を気遣うような奴じゃない。アイツのそんなところばかり詳しくなっても仕方ないじゃんと、美琴は当たり散らすようにもう一度歩道を蹴飛ばす。
 美琴には言えない何かを背負って走る上条は、美琴にそれを教えようとはしない。上条が隠す何かを知りたいと思うのは、美琴のわがままだ。
 もし本当に上条が『外』へ出たのなら、先日頼んでおいた『あれ』が役に立つかも知れないと思い、直後首を横に振る。
 備えあれば憂いなしだが、あんなもの役に立たない方が良いに決まっている。
 噂をすれば影とばかりに携帯電話の着信音が鳴り響いて、美琴はプリーツスカートのポケットの中に手を突っ込むと、ごそごそと取り出して通話相手を確かめる。
 そこには、つい最近登録したばかりの『あれ』の名前が表示されていた。
 美琴は粟立つ気持ちを鎮めるように深呼吸して、受話器を耳に押し当て通話ボタンに親指をかける。
(……やっぱりかかってきちゃった、か。まさかこの先の予想まで当たるなんて事はないわよね?)
 美琴は通話相手と二言三言言葉を交わし、終話ボタンを押して携帯電話を折り畳みそのままポケットへ落とした。そこから寮へ向けた爪先を進路変更し、美琴は夜の街を一人早足で歩き出す。
 今から寮へ帰っても門限に間に合わないのはわかりきっている。だったらこれから寄り道したって大した事はない。
 美琴の行く先は一つ。
 カエル顔の医者が勤務する、いつもの病院。
 上条が入院した、いつもの病院へ美琴は向かう。


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